Fate/Victory Order    作:青眼

15 / 20
どうも皆さん、10月のガチャ運ヤベー奴の青眼です。詳しくはガチャ報告回を参照してください。
今回の話を持って、Fate/Grand Order序章、『炎上汚染都市 冬木』はようやく完結です。次回からは第一章、『邪竜百年戦争 オルレアン~~~救国の聖女~~~』をお送りいたします。プロットは既に完成してるので、あとは文章にするだけです。これまでのペースで話を投稿していくつもりなので、これからもよろしくお願いします!!

それにしても、1100万DLボーナスで初代様。来週の火曜日にはセイレム実装直前ニコ生と。色々と忙しくなりそうですね。さてさて、私や皆さんは爆死せずに済むのか。今からが楽しみですねぇ…………!!



新たな日常

 

 

「っ、はあはあはあ、―――ッ!!」

 

 鬱蒼とした森林。途方もない数の木々に囲まれた場所で、黒鋼は走り続けていた。必要なことだからやっているとはいえ少々、いやかなりハードな事態に陥っていることに頭を抱えながらも、彼は手に握った刀を強く握り締める。決意を新たにした直後、後ろから物音が聞こえた。それと同時に後ろに振り向き、刀を思いっきり振り抜く。しかし、それは見事に空を切る。目の前にあった気配が既に消えていることに驚くも、それを無視して男の声が耳に届く。

 

「遅いな。どこを見ている!」

「ッ、くっそ、がぁ!!」

 

 わざと(・・・)言葉を発しながら、声の主は木の枝から降り、片手に握られた短剣を振り下ろす。それをギリギリのところで反応できた黒鋼は紙一重でそれを回避する。だが、男は何もなかったように平然と距離を詰め、容赦なく蹴りを放つ。先の一撃を躱すことに集中していた彼は、回避する術もなく思いっきり腹部を蹴飛ばされる。加減してもらっているとはいえ、普通の男性以上の威力が込められて蹴りを受けた黒鋼の思考が、一瞬だが真っ白になる。そんな黒鋼に対し、襲撃してきた男は容赦なく白の中華剣と、対を為す黒の中華剣の二つで殴り付ける。

 

「呆けている場合か! 何時如何なる時、自分が敵に狙われているということを忘れるな! 時として、弓兵が剣を持って前線に出る時もある。少なくとも、今の私から一本取れるようにならなければ、無様な最期を迎えるぞ!」

 

 襲撃してきた紅い外套の男。エミヤの連撃をすんでのところで躱し続けるこの訓練は、既に数時間は経過している。勿論、エミヤは手加減をしてはいるが、容赦無しの攻撃を何度も浴びてきた黒鋼は、既に体力・魔力・気力共に底が見え始めている。その全てを承知した上で無視して、エミヤは怒りにも似た感情を主に向ける。こんなことは本来、サーヴァントである彼がするべきことではない。しかし、これからの闘いにマスターが狙われないということはない。故に、自分のマスターである黒鋼に少しでも戦闘経験を積ませるべきだ。そう思い立ってのことから始めた訓練だったが、傍から見ればお節介ともとれる範囲を逸脱している。

 しかし、それを受けてなお闘志が折れない黒鋼も相当なものだ。普通の人間なら、英霊と戦うというだけで足が震える。圧倒的な力の差を見せつけられて、その上で何度も叩きのめされているのならなおさらだ。

 だが、何事にも例外というものが存在するらしく。既に数十、数百と叩き潰されているのにも関わらず。手に持った刀を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。ボロボロになりながらも目の前に立つエミヤを見据え、魔術回路を酷使して全身に強化の魔術を掛ける。気休めとはいえ、これでようやく手加減をしているエミヤに追いつけている。黒鋼の準備が整ったを見たエミヤは、二刀を構え直しながら口を開く。

 

「そうだ、それでいい。今は訓練だ。何度地面を這いつくばろうが、何度敗北を味わっても構わない。実戦で、最後まで戦い抜けば君の勝ちだ。さて、あと十セットはやり合うぞ」

「くっそ、弱い者イジメしてんじゃねぇっての! お前、本当に正義の味方か!?」

「勿論だとも。正義の味方だからこそ、主である君にこうして手ほどきをしてやっている。最低限、令呪を使うまでサーヴァントからの攻撃を防げるようになるまでは続けるぞ。さて、無駄話はここまでだ。次、行くぞ!」

 

 音速を超えるか否やの速度でこちらに斬りこんでくるエミヤ。それを見てゾッとする黒鋼ではあったが、これも必要なことだと自分に言い聞かせ、目を見開いてエミヤの動きをしっかりと見る。既にアトラス院(ここ)では日常となったこの生活に頭を痛めながらも、黒鋼は迫り来る攻撃に対して神経を研ぎ澄ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ボロボロだ。もう、これ以上ないってくらいに叩きのめされたよ。ふ、ふはははは、ふはははは……」

「研砥様。その、遠い目をしながら笑ってはダメ、ですよ?」

 

 アトラス院で人理焼却を防ぐ旅に参加すると決めてから既に一週間。黒鋼の日常は劇的な変化を遂げていた。武術の鍛錬をエミヤに、錬金術の修業をシリアムに。今はエミヤとの訓練を終えたばかりではあるのだが、先ほどのを見てもらったら分かるように容赦が無い。

 ある日、いきなり投影した模造刀を渡されたと思ったらいきなり一騎打ちをすることになり。時には、今日のようにシミュレーションルームで地形を変化させて戦うこともある。一応、エミヤの投影している武具は刃が潰れているため、万が一にも斬られることはない。だが、それを普通に振るうだけでも凶器に成り得る。そうやって戦闘訓練を済ませ、体中に痣を作っては静謐に介抱される。そういったことの繰り返しが今の日常となっている。

 

「こんなことばっかりやらせて、いつも悪いな。不甲斐ないマスターで本当に申し訳ない」

「いえ、そんなことはありません。私たちに気を使わせないよう、必死に努力をしているのは理解していますから。それに、これくらいしか。私に出来ることはありませんので」

 

 どこか悲しそうに笑いながら言う静謐に罪悪感を覚えながら、黒鋼は彼女に包帯を巻いてもらう。彼女の在り方や宝具の能力を考えれば仕方のないことだが、さりげなく自分の過小評価をするところを聞くと、聞いている方が申し訳なく感じてくる。

 

 

 『静謐のハサン』。中東にある十九代いる暗殺集団の頭領の一人で、幼い頃から毒を全身に浴びてきた暗殺者(アサシン)。あらゆる毒に対して耐性を持ち、体内、体外が毒素で構成されている彼女に触れると、それだけで致死の毒が対象に付与される。それ故、彼女はそういった(・・・・・)で敵を欺いて殺すという暗殺をしてきたが、自分の体の特性が災いし、終ぞ人の肌の温もりというものを味わえずに亡くなった。召喚された日以降に、彼女の口から告げられたそれを聞いた時。あまりに悲惨な最期に、アトラス院にいた全ての人が涙を流したものだ。

 

「………あんまり、自分のことを過小評価してくれるな。俺の方が弱いし、皆に頼ってるんだから。もう少し、堂々としてくれないと困る」

「申し訳ございません。ですが、これが私という在り方なのです。そのように努めようとは思いますが、あまり、期待しないでくださいね?」

 

 包帯をしっかりと巻き付け、怪我の手当てを済ませてくれた静謐に礼を言いつつ、黒鋼は脱いだ服を着直す。これからの予定を端末を通して確認していると、いつの間にか静謐が消えていた。流石はアサシン、一瞬にして気配を消してここから立ち去るとは。そんなことを考えながら、彼はマイルームを後にする。

 

 

 

 

 

 

「………お布団、温めていたら、喜んでくれるでしょうか……………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れたぁ……………」

「あはは………。黒鋼君お疲れ様。いやぁまさか、ここまで錬金術ができないとは驚いたよ!」

「師匠、あんまり言うのはやめてあげてください。ただでさえ肉体的にボロボロなんですから、精神的にまでボロボロになったら立ち直れませんよ?」

 

 今日も今日とて訓練を終え、彼らは夕食の為に食堂まで移動する。さっきまで一緒に錬金術の訓練をしていた藤丸と、師匠であるシアリムも一緒だ。エミヤとの戦闘訓練だけでもハードなのに、そこに錬金術の修業まで入ってくるとよりハードになってくる。むしろ、一週間もの間ここまで続けられている俺を褒めて欲しい。

 

「まだまだ修行不足しか出来ないなんてね。それにしても、物質の分解しかできないなんて変な物だねぇ。けどまぁ、水を変化させて水素と酸素に変えて火を投げ込んで、即席の爆弾を作るくらいはできるようになったから、まだマシじゃないかな?」

「え、そんな物騒なことしていいんですか」

「なに、それは時と場合だよ黒鋼君。私だって錬金術が通じないなら銃器も使うし、その気になったら即席の爆弾だって作る。だって、死にたくないからね!」

 

 清々しいくらいに言ってのけるシアリムに苦笑を漏らす黒鋼。すると、厨房から皿が乗せられたプレートが渡される。湯気を立ち昇らせながら置かれる白い米と味噌汁。その右上に添えるような小鉢には、大根や人参といった野菜と、鶏肉の煮物が入った器。そして、その隣に置かれた卵焼き。どこから見ても美味しそうな料理がそこにはあった。三人は近くのテーブルに腰を下ろし、無言でまずは味噌汁を啜る。具も飲み込むように口の中に入れて行き、他の皿の品を次々と平らげていく。ものの数分で食べ終わった俺たちは、我先にとそれぞれの皿を持って厨房にいる人にオーダーする。

 

「すいません! 卵焼き追加で1つお願いします!」

「こっちは白ご飯と味噌汁を!!」

「俺はご飯と煮物を! 大至急!!」

 

 無言で食べていたのは疲れていたからではなく、言葉にするのも勿体ないくらい料理が美味しかったからだ。ここでは食べられると思っていなかった米と味噌汁。日本独特の味付けがされた煮物。加えて、良い感じにしっとりとして柔らかい卵焼き。今まで食べてきたものを遥かに凌駕する美味しさに、既に胃袋と心を鷲掴みされている。渡された皿を受け取り、新しい器に次々と料理を乗せて渡すのは、普段は後ろに纏めた髪を長く垂らした髪型に。いわゆるポニーテールにした赤い髪の女性だ。それは、黒鋼が初めて契約したサーヴァントであり、ここでは料理長の座に就いているライダーのサーヴァント。ブーディカが嬉しそうに笑っている。

 

「いやぁ、少しだけ安心したよ。日本料理ではエミヤ君に敵うとは思ってなかったんだけど。そこまで受けてくれるなら、お姉さんも嬉しいかな」

「そんな謙遜しないでください! ブーディカさんの料理はアトラス一………否! 世界一です!!」

「そうですよ! あの料理人の鬼(バトラー)に互角に戦えるだけでも凄いですッ!!」

「もう、そんなに褒めてもデザートしか出ないよ?」

「「「ありがとうございますッ!!」」」

 

 さりげなくプレートの上に置かれるアイスクリームに驚きながら、調理長に感謝の敬礼をする三人。あまりに洗練されたその動きに苦笑を漏らすブーディカだが、嬉しそうに笑っているところを見る限り、悪い気はしていないようだ。そんなやり取りをすること数回、腹を満たした俺たちは満足気に息を漏らす。

 

「あぁ~………。今日も生きてて良かった……」

「本当ですねぇ……。今日も一日、師匠の特訓を乗り越えて良かった……」

「全くだねぇ……。今日も一日、メンテナンスや弟子の修業に付き合って良かった……」

 

 あらゆる人類がこの料理を味わえば、戦争なんてものも終わるのではないのだろうか。そんなことを考えてしまうくらい、ブーディカの料理は心地が良い。エミヤの料理が洗練された最強の執事(バトラー)だとするなら。彼女の料理は、人が必ず思い出す暖かい母の料理と言える。

 

「もう、そんなこと言わないの。私は、自分の料理にそこまで価値があるとは思ってないんだから」

「何を言ってるんですか!? ここまで素晴らしい料理なのに、肝心の本人が無関心!?」

「駄目ですよそれは!! それだけは! それだけはしては駄目ですよ!!」

 

 まさかのことに黒鋼と藤丸は身を乗り出して抗議する。だが、ブーディカはそれをやんわりと断り、自分の分の料理を作り始める。その姿はとても楽し気で、鼻歌混じりに行っているそれを見た彼らは、その余りの可愛さに身悶える。

 

「私は単に、自分の娘や夫にしてあげてたことを、君たちにもしてるだけだからね。こと料理に関してはエミヤ君に敵う筈が無いし……。彼、現代出身の英霊とは言ってたけど。高名なシェフ百人とメル友だって言ってたでしょ? あそこまで料理を極めてる人なんてそうはいないよ」

 

 慣れた手つきで料理を作り上げ、それを皿の上に乗せる。それをプレートに置いてこちらに運んだ彼女は、どこか照れたように笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「けど………。私なんかの料理でそこまで喜んで貰えたなら、お姉さんは嬉しいかなぁ」

「「「こふっ!?」」」

 

 とても幸せそうに笑うその表情、そして仕草から放たれた一言。それはこの場にいた三人のハートを的確に撃ち抜き、三人が余りの可愛さに身悶え、机の上に顔を突っ伏す。かくいう自分もその中の一人なので、精神的に大ダメージを負ったのだが、こういったダメージなら喜んで受けたい。

 

「だ、大丈夫? 凄い勢いで机に激突したけど。鼻血とか出てない?」

「だ、大丈夫ですッ! そ、それじゃあ先に出ます! ごちそうさまでしたッ!」

 

 こちらの異変に気付いたブーディカがこちらに顔を寄せるが、今の彼女と顔を合わせてられるほど黒鋼の精神は強くない。こちらに来る前に皿を洗い桶に置き、彼は逃げるように食堂を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、私の所まで来たと。君は意外と繊細なんだね。少々驚いたよ」

「………いやまあ、確かにそうだけども。そこまでストレートに言うか普通?」

「すまない、そういう性分なんだ。気に障ったのなら謝罪しよう」

 

 場所は変わり、アトラス院の中にある図書室。既に先客がここにいたが、あまり気にせずに黒鋼は稀代の名探偵、シャーロック・ホームズと言葉を交わしていた。ここには、今までアトラス院を拠点としていた錬金術師が残したレシピや、実験結果が残されている。探偵であるホームズは、錬金術や魔術といったものとは無縁だと思っていたが、それは違っていたようだ。

 

「それにしても、何でホームズさんがここに? まだ何の事件も起こってないですよね?」

「敬語でなくても構わないよ。私がここにいる理由だが。ただの暇潰しさ。それに、生前は魔術についても触れていたからね。それとは違う錬金術というものにも興味はある」

 

 そう言うと、ホームズは楽しそうに読書に耽る。元々、ここには彼しかいなかったのだから仕方のないけれど。せっかく話に来ているのだから、もう少し普通に話せない物だろうか。自然消滅してしまった会話に黒鋼つまらないと感じながら、彼も本を一冊取り出し、それを開く。しかし、当然といえば当然だが。異国の言葉で書かれた文書を読むことなど出来るはずがなかった。

 

「………読めない」

「そうだろうとも。ここにある膨大な数の本は、アトラス院で生涯を全うした人の手記から、錬金術の成果を記したものまである。文化の差もあり、私でなくても難解な暗号が張り巡らせているものも存在する。恐らくだが、ここに君が読み解ける物は無いと思うよ」

「となると、することがなくなったなぁ。少し早いけど、マイルームに戻って寝るか……」

 

 ここはエジプトで、黒鋼は日本人。文字の書き方から価値観が変わっているというのに、どうして読めるだなんて思い上がったのか。ここでの生活に少しは慣れてきてしまったせいで、今のところは眠気も無かったのだが、明日に備えるために今日は寝るという選択肢を彼は取る。図書室から出ようと出口を目指していると、読書に耽っていたホームズに呼び止められた。

 

「待ちたまえ黒鋼君。君は、今することが無いと言ったね?」

「………パシリは、やめてくださいよ?」

「そんなことはワトソン君に任せるさ。なに。君に丁度良いものを渡そうと思ってね」

 

 そう言ったホームズは懐から何かを取り出し、こちらに向かってそれを放り投げる。突然のことに驚きはしたものの、何とかそれを受け止める。投げ渡されたものを確認してみると、それは何処かの部屋の鍵だった。

 

「それは、君とエミヤ君が訓練に使っているシミュレーションルームの合鍵だ。今なら誰もいないだろうし、静かな草原でも作り上げてゆっくりしてきたらどうかね」

「…………え、何でホームズさんが合鍵なんてのを持ってるんだ?」

「なに、以前はピッキン………。名探偵的な開け方をしていたのだが、Mr.シアリムに注意されてしまってね。以来、合鍵を持つようになったのさ。幸い、誰にも貸してはならないとは言われてないから、その辺りは問題ないとも」

「いや、最初の何て言おうとしたの!? もしかしなくてもピッキングだよね!? 犯罪ですよそれ!?」

 

 黒鋼の指摘を笑って誤魔化すホームズを見た彼は、これがあのシャーロック・ホームズなのかと脱力した。けれど、意外と人間味に溢れていることにありがたいとも思っている。もし、ホームズが謎解きにしか興味が無い人だったら、ここまで仲良くなることなんて出来てないと思ったからだ。彼はそれを決して口にはせず、心の中で感謝しつつ、黒鋼は図書室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~と………まずは場所と時間帯の設定をして。次にエネミーの排出率の設定を弄って、と………」

 

 忙しかった一日も終わりを迎え始めた夜中の十一時。黒鋼は先ほどホームズに借りた合鍵を使い、シミュレーションルームに潜り込んでいた。システムの言語は幸いにも英語で書かれており、初めて使うものではあったが、ある程度のシステムの変更ができた。

 

「時間帯を夜に。場所は草原にして、満月をセット。エネミーの出現率を0%にしてっと。よし、準備完了。設定を保存して、再生開始………」

 

 システムの設定を弄った後、それを実行させる。直後、何もなかった部屋の中が若草で溢れ返った草原に変わる。それをまじまじと見た黒鋼は、よくもここまでリアリティをもたらせると。カルデアは未来に生きていると思い直した。誰も入ってこないとは思うが、念のためにシミュレーションルームの鍵を閉めてから草原の上に寝転がる。夜風と草の匂いが心地よく、今までの訓練も無かったように疲れが取れてくる気がした。元々、自然の匂いは嫌いではないので、それが余計に心地よさを増しているのかもしれない。

 

「あぁ……。最近、がむしゃらに剣とか術の修業で引き籠ってたからなぁ。久しぶりに、こうやって寝転がるのも良いもんだ」

 

 架空のものとはいえ、柔らかい草に身をゆだねる。システムによって発生したとは思えぬくらいに自然な夜風が吹き、暖かった体をゆっくりと冷まし始める。気を抜きすぎたせいか、少しうとうとしてきた。これ以上力を抜けば本当に寝入ってしまいそうだ。ここに来てまだ数分なのに、それだけで熟睡しかけている自分に呆れていると、部屋の入口から誰かが入ってくる。別段悪いことをしているわけではないのだが、秘密がばれたみたいなのでバツが悪い。誰が来たのだろうと寝転がったまま入り口を見上げると、意外な人がここに来ていた。

 

「あれ、ブーディカさん? 何でここに?」

「いや、それはこっちのセリフなんだけど……。寝なくて大丈夫なの? 明日も早くなかったっけ?」

「少し寝付けなくてさ。ホームズさんがシミュレーションルームで気分転換をしたら良いって鍵を貸してくれたんだ」

 

 部屋に展開されている夜の草原を指さしながら、黒鋼はブーディカに事情を説明する。それを聞いた彼女は怒りはせず、そのまま俺の隣に座った。纏められていた髪を解き、赤く長い髪が無造作に垂れる。

 

「ふ~ん。まさか、シミュレーションルームにこんな使い方があるなんてね」

「システムを弄ったから、あと三十分はこのままだ。眠くなるまではここにいようと思ったんだけど、邪魔しちゃ悪し部屋に戻るよ」

 

 黒鋼はそう言い、彼女とすれ違うように入り口まで移動する。システムの電源を落とそうとマイルームに戻ろうした。だが、そんな彼の袖をブーディカが掴む。それに気づかなかった黒鋼は自然と後ろに引っ張られる形になり、それが気になって振り返った直後。そのまま勢いよく地面に寝かされた。

 

「なっ――――」

 

 突然のことで頭が追い付かない。何でこんなことにと思いながら、硬い地面()と激突するであろう後頭部の衝撃に構えるべく目を閉じる。ところが、数秒経っても痛みや衝撃は襲ってこない。むしろ、先ほどまで寝転がっていた若草のクッションより柔らかい物に頭が触れている。何だろうとゆっくりと瞼を開く。するとそこには――――

 

 

 

 

 

「強引でごめんね? でも、こうでもしないと。君は帰っちゃうと思ったから。我儘なお姉さんを許してね?」

 

 

 

 

 

 ―――女神がいた。静まり返った草原の中、月の光に照らされながらこちらに向かって微笑む女神(ブーディカ)が、自分に膝枕をしてくれていたのだ。作り物とはいえ、夜空から差し込む月の光が彼女を照らし、燃えるような赤髪は夜風に吹かれる度に揺蕩う。それに微笑を添えながら、彼女は黒鋼の頭を優しく撫でる。

 

「――――――――――――」

 

 それに気づいた黒鋼は息を飲んだ。まさか、自分にこんなことが起こるだなんて思いもしなかったからだ。事実は小説より奇なりとは言うが、まさかこんな状況に陥るとは。想像力豊かな彼でも想定し切れていない。少なくとも、偶然居合わせた彼女に膝枕(こんなこと)をしてもらうなどという展開は、予想していなかった。

 

「………あれ、もしかして嫌だったかな? 冬木に居た時は、これで安心してくれてたんだけど」

「いや、その、別に嫌だとかそういうことじゃなくてですね。あまりの美しさに見惚れてたと言いますか。現実味が無くて夢じゃないのかだとか思ってしまいまして……」

「もう、君は私のマスターなんだから。もう少し堂々としてね? それに、私に敬語を使う必要ないから。もう少し砕けて話せないかな?」

 

 にっこりと微笑みながら、ブーディカさんはこちらにお願いしてくる。条件反射で敬語で話してしまっていたが、とりあえずそれを肯定するように首を縦に振る。それを見た彼女は満足げに笑い、頭を優しく撫で続ける。

 

「実はね、私もここに来るのは初めてじゃないの。今はまだ、特異点が見つかってないからレイシフトもできないから、自分の生きていた時代の平和な草原をシミュレーションルームで作ってゆっくりしてたんだ。………まあ、今日はマスターがいたから驚いたけど」

「あぁ……。だから、鍵を閉めたはずのこの部屋に入ってきたんですね。誰も来ないと思ってたから、ブーディカさんが入ってきた時は少しだけ驚きました」

「だ~か~ら。敬語は禁止。とりあえずさん付けは許すけど、ちゃんと呼び捨てで呼べるように練習しようね?」

「ぜ、善処します」

 

 少し怒ったような表情のブーディカを見れなくなった黒鋼は、自然と草原の方へと首を回す。別に、ブーディカの顔を見ることに対して恐怖したわけではない。しかし、ここで考えてもらいたい。膝枕をされながら彼女の顔を見るということは、膝の上に寝転がっている体制から見上げるということ。つまり、彼女の女性として発達しすぎている二つの双丘を直視してしまうということになる。あまり女性と触れ合うこと――――母親は別だが――――をしてこなかった黒鋼には、あまりにもハードルが高すぎるのだった。

 そうやってブーディカと話すこと数分。体が現状に安心したことで力が抜けてしまい、少しだが瞼が重くなってきた。しかし、このまま眠ってしまえば彼女にも迷惑がかかってしまう。そうならないためにも意識を失わないように懸命に努める。すると、それを戒めるように彼女の手が優しく目の周りを包み込む。

 

「一週間お疲れさま。今日は、ちょっとだけご褒美。私以外誰も見てないから、少しだけ。ゆっくりしてね」

 

 半ば嘆願されるようにそう言われ、黒鋼は何故と言おうとした。しかし、彼女がここまで言ってくれているのだ。それを無碍するというのはあまりに失礼だ。なので、ここは少しだけ彼女の言葉に甘えることにした。

 

「それじゃあ、少しだけ。膝、お借り…………しま………――――」

 

 徐々に力を抜こうしたが、一気に全身が動くことを放棄した。最後の言葉を言い切る前に彼の意識は途絶えた。あぁ、それでも。最後に彼の耳に届いたのは―――

 

「おやすみ。これからもよろしくね。私の、私たちのマスター?」

 

 最後まで、自分のことを思ってくれている、優しい女性の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………眠ったかな? うんうん、やっぱり。君みたいな男の子は、そういった顔が一番だよ」

 

 彼が、自分のマスターである研砥が自分の膝の上で寝ている。それを確認した私は彼が安らかに眠れるよう、娘たちにしてあげたように頭を撫で続ける。自分のマスターである彼は、元々この世界の住人ではないらしい。私はあまり魔術に詳しくはないけれど、それが“魔法”の域に達する事態のことだということは理解できる。

 戦うことを知らず。食べることに困ることもなく。ごく普通の平凡で平和な世界を謳歌していた私のマスター。そんな彼が偶然か必然か。今回の人理焼却という規模の大きい戦いに巻き込まれることになってしまった。私は彼に呼ばれたサーヴァントだ。だから、この身が朽ちるその時までマスターを護る。それは変わることのない事実だ。けれど、それとは別に、彼が放っておけないのだ。

 いきなり家族と離れ離れになったというのに、マスターは弱音を吐くことなく修業に努めた。服の上だからあまり見えないが、袖を捲れば至る所に包帯がまかれている上に、目の下には隈が出来ている。厳しい修行だとは理解しているものの、やはり、自分のマスターが傷ついているというのは喜ばしくはない。

 

「そこのところ、ちゃんと分かってるのかなぁ。ねぇ、エミヤ君?」

「………気付かれていたか。上手く気配を消していたと思っていたのだが」

「普段だったら気づかなかったかもね。けど、今日は何だか調子が良いみたい」

 

 後ろから近づいてくる気配の主を言い当てると、彼は溜め息を漏らしながら私の隣に座り込んだ。普段の赤い外套は着けておらず、黒のアーマープレートを装着し、逆立てていた白い髪を下ろしている。それだけを見ると現代に生きる青年のように見えたけど、その内から溢れる魔力は英霊のそれだ。今の彼の服装に少しだけ驚いていると、苦い笑みを浮かべながらエミヤ君は口火を切った。

 

「だが、今回のマスターも意外と負けず嫌いのようでな。手加減されているのは仕方ないとはいえ、私の動きを目で追うので精一杯というのが気に食わないらしい。全く、前回といい今回といい。私はマスター運だけは良いのだが、どうしてこう、負けず嫌いなマスターばかり引き当てるのだろうな」

「でもそれって、エミヤ君が剣を任せるに足るマスターと会えてるってことだよね? それはそれで羨ましがられると思うけどなぁ」

 

 私の言葉に応えるように彼は、守護者である私をサーヴァントとして召喚する。などという奇跡はまずないのだがと。いつものニヒルな笑みを浮かべながら口にする。物言いこそどうでもよさそうに言ってはいるが、その表情は晴れやかなのを見逃さない。なので、研砥のことは少なからず認めているということが窺い知れる。そのことが少しだけ嬉しかった私は、いつも頑張ってくれている彼の頭も少しだけ撫でる。エミヤ君は驚いたように目を丸くしたが、どこか恥ずかしそうに頬を赤く染めながら俯いた。

 

「エミヤ君も、いつもお疲れさま。私は何も出来てないけど、これくらいはさせてね?」

「いや、貴女が厨房を切り盛りしてくれているから、私も研砥に修業を付けてやれている。礼を言うならこちらのセリフだ」

 

 それから、私たちはシステムのタイマーが切れる間の数分。ここで起こったことを話し合った。とても短い間だったけれど、互いを知るには十分すぎる時間だった。このまま話続けていたいけれど、時間もそろそろ深夜を回る。英霊である私たちは睡眠を必要としないけれど、精神的に溜まった疲労を落とすために眠るサーヴァントだっている。私だっていつまでも研砥に膝枕をしてあげるわけにもいかないし、とりあえずマイルームまで運ぶことにする。

 

「さてと、それじゃあ私は研砥をマイルームで寝かせてくるね」

「ああ。まったく、これまでの修業で疲れているとはいえ、ここまでだらしのない寝顔を見せるものじゃないぞ……」

 

 苦言を漏らすエミヤ君に苦い笑みを浮かべながら、私は研砥を背負ってシミュレーションルームの入り口まで移動する。自動扉が開いて部屋を出ようとした時、あることを思いついた。入り口の近くで振り返り、エミヤ君に一言だけ伝える。

 

「エミヤ君。その……研砥は負けず嫌いで、頑張り屋さんだから。きっと、無茶もすると思う。だから―――」

「……言われるまでもない。彼は、私たちのかけがえのないマスターだ。この身が斃れるその時まで。彼を護ることを誓おう」

 

 私の言葉に、爽やかな笑みを浮かべながら言うエミヤ君を見て。私は彼が召喚に応じてくれて良かったと思った。冬木で会った彼とは違うけれど、マスターを大切に思うその心は変わりは無い。それがとても嬉しくて、私は大きく頷いて部屋を出るのだった。

 

 

 




ここまでの既読、ありがとうございました!
誤字脱字等の指摘はいつでもお待ちしておりますので、お気軽にどうぞ!

次回からはFate/Grand Order第一章を投稿いたしますので、お楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。