あ、ありのままに今起こっていることを話すぜ! 俺は事故とはいえ特異点冬木を解決して帰ってきたと思ったらアトラス院にいて、目の前にいた名探偵に「根源と接続してたんじゃね?」と言われていた。な、なにを言っているのかさっぱりわからないと思うが、俺の何を言っているのかさっぱりわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。薬切れによる禁断症状だとか、鉄心√エンドだとかそんなちゃちなもんじゃねぇ……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………。
そういえば、今回から三人称視点で話を書いていこうと思います。何かおかしな点がありましたらご指摘願います!
根源の渦。それは、『Fate/』というシリーズだけでなくTYPE-MOON作品に登場する一種のルールのようなもの。あの世界に登場する魔術師は何も聖杯戦争だけに拘っているのではない。元より、聖杯はあくまで根源へと至るための手段に過ぎない。結果はどうあれ、全ての魔術師の共通到達点である根源の渦への到達は、様々な手段で至ろうとしたことを知っている。
だが。まさかこのような場所でその言葉を聞くことになるとは思わなかった。さっきまでの話を聞く限り、ここは多くの錬金術の総本山であるアトラス院。魔術協会も聖堂教会も関与していない彼らは、各々の研究に邁進しているはずだ。そんな彼らの口から、魔術師が目指す根源だなんて言葉を聞くことに、黒鋼は驚いたのだ。
「………………………………」
「驚いているようだね。それは無理もない。私とて、これが本当に正しいかどうか曖昧なところだ。しかし、ここにある『トライヘルメス』による観測結果によれば、一部の錬金術師が君を拘束。その後に君の体をコフィンに入れてレイシフトを強制的に実行したらしい」
「らしい? 実行したその錬金術師はどうしたの?」
「
つまらなさそうにパイプたばこを吸う名探偵。彼の言ったことに悔しさがあったのだろうか。黒鋼の傍にいたブーディカが拳を強く握る。ここにその張本人が居れば、何度か殴りそうなぐらいには力が籠っている。そんな彼女を見ながらも、ホームズは状況説明を続ける。
「では、次に何故君が根源の渦に触れたのか。それは私も完全には理解できていない。だが、何も分からないという恐怖を味わうくらいなら、私の仮説を聞かせた方が良いと判断した。一応、ここで君に選択肢を出そう。―――私の仮説を、君は聞きたいかね?」
何かを試すように、名探偵は仮説の説明を黒鋼に譲る。ここまで聞かせておきながらそれは卑怯だろう。そんなことを思いながらも、黒鋼は考えることを放棄しそうなった自分を叱咤する。
「聞かせてくれ。名探偵シャーロック・ホームズの見解を」
「ああ。では解説の続きと行こう。まず、君が根源の渦に触れたかというのを断言した理由だが、それは君が入ったコフィンに異常が検知されたからだ」
ホームズはそこで言葉を切り、懐からファイルを一つを取り出してこちらに手渡した。その中にある紙を取り出して目を通してみると、何やら三桁やら四桁やらの数字が書かれていた。何を書いているのかさっぱり理解できないが、どうやらこれが原因だと特定できる要素らしい。
「それはね、コフィンの中にいる人の健康状態。魔術回路の起動状態。そこから生まれる魔力の量など。その他諸々のデータを数値化したものだ。普通ならその数値は二桁、瞬間的に数値が上がったとしても100も行けば良い方だ。だが、君の刻まれているデータは全て計測限界近くまで上昇している。これらが指し示すことは一つ。君がレイシフト先で何らかの強化が施された。この一点に尽きる」
後は語らずとも分かるだろう。全世界にその名を轟かせた名探偵、シャーロック・ホームズは再びパイプタバコを取り出して一服する。今の説明を聞いてこの紙に刻まれた数値を見ただけでも、十分異常なのは理解できた。だが、一つだけ腑に落ちない点がある。
「………確かに、これだけ見れば俺が根源とやらに触れたのも納得がいく。だが、それはたぶん違うと俺は思いたい」
「ほぅ? それは、一体何故かな?」
「単純な話だ。俺は、この世界の住人じゃない。魔術なんて物は空想の話だったし、俺が生まれ育った日本は平和なところだったし、そもそも冬木市なんて場所がない」
黒鋼はここで自身の元居た世界のことを彼らに告げた。聖杯や、聖杯戦争という単語は確かに存在していたが、それは全て架空の物語であったと。第四次聖杯戦争や、第五次聖杯戦争。そういったことはあまり詳しく説明しなかったが、出来うる限りのもの知識を彼らに提供する。それを聞いたホームズさんたちは考えるように手を口元に寄せるが、シアリムさんの傍に立っていた藤丸は愉快そうにその話を聞いていた。
「ねぇねぇ。他にはどんな聖杯戦争があったの?」
「あ~………いや、俺もこれ以上は詳しくないんだ。そういった物語や伝承があったってだけで、それが実際に行われているかまでは知らないんだ。ごめんな?」
黒鋼からの回答を聞いた藤丸は、つまらなさそうに溜め息を漏らした。そこまで話した時、黒鋼はふと気になったことについて、目の前にいる彼女に尋ねることにした。
「そういえば、さ。ここに居た頃の俺ってどんな性格だったんだ? 一緒にいたなら、少しは覚えてたりしてないか?」
「そうだなぁ~……。私や師匠とはあんまり話したことがなかったかな。一応、師匠の弟子だったけど私とはあんまり話したことがなかったし。というか、今の君が本当にあの黒鋼君なのかと思うと、凄い不思議だなぁ」
「………正直、こんなところにいたから期待してなかったけど、そんなにコミュ障だったのか俺。いや、今でも十分コミュ障だけども」
並行世界の自分のことを聞いた黒鋼は、溜め息を漏らしながら頭を抱えた。藤丸が言っていることが本当なら、こっちにいた俺はあまり人間関係が良くなかったようだ。まずは、協力してくれる人たちとの関係を良好にすることから始めなければ。そんなことを考えていると、ようやく考えが纏まったのか。シアリムさんが口を開いた。
「となると、君はこっちいる黒鋼君が根源に触れた直後、向こう側に到達してしまった黒鋼君が何らかの行動の末に巻き込まれてしまった、並行世界の住人だということだね。全く、並行世界云々なんて大それたこと、よくやってくれたなぁあの馬鹿弟子は」
「いや、あの………なんか、すいません」
君が謝ることじゃないさ。シアリムはそう吐き捨てながらも、懐から普通のタバコを取り出して一服する。ライターを出さずにわざわざ錬金術で火を付ける辺り、本当にこの世界にやってきてしまったのだということを黒鋼は理解する。そこまでしてようやく、黒鋼は聞きたかったことがもう一つできた。それを尋ねても良いかと彼らに聞くと、問題ないと肯定した。
「その………。レイシフトしたってことは、どこかの時代に飛ばされたってことですよね。それって、あの冬木に飛ばされたんですか? それとも、もっと過去の世界に?」
「……………それを、今聞くかね。君は」
さしもの名探偵も、このことは想定していなかったようで。どう答えたものかと頭を悩ませるように手を合わせた。そのポーズはどこか見覚えのあり、どこか親近感が芽生えた。あまりシャーロック・ホームズの話を読んだことがない俺でも見たことがあるのだ。とても有名なものに違いない。
「まあ、言っても問題ないんじゃないかな? とりあえず、今は君が飛ばされた年代と、その時代の有名人を教えてあげるだけにしておくよ。飛ばされた時代は紀元前971年。飛ばされた国は古代イスラエル。この時代で有名な人物といえば一人」
「え゛」
シリアムは何の悪気もなく、つらつらとこちらの黒鋼が飛ばされて時代について説明する。それを聞いた黒鋼はというと、自分の飛ばされた時代について搔い摘んだ説明を聞いただけで嫌な予感を察知していた。というのも無理はない。何故なら、今さっき伝えられた時代は、黒鋼の知るこの物語の黒幕が飛ばされた時代だったのだから。黒鋼はまさか飛ばされた時代そんなところだなんて考えてもいなかったので、つい曖昧な反応をしてしまう。
「ありとあらゆる魔術の祖。恐らくだけど、冠位のクラスを持っていてもおかしくはない人類史上最強の魔術師。魔術王ソロモンのいた時代だ」
「―――――何やってんだよ。こっちの世界の俺ぇ…………」
「ま、まあまあ。そんな落ち込まないで、ね?」
「いや落ち込むよ。というかなんで錬金術でもない魔術王のところに行ってんの? 馬鹿なの? 馬鹿すぎて魔術王に不敬を働いて粉微塵にされたいの?」
まさか、並行世界の自分がいきなりラスボスの元に向かっていたなんて。そんな状況を全く想定していなかった黒鋼は、こちら側の自分を思いっきり酷評していた。わけもわからずレイシフトされ、その先がラスボスで、その影響か分からないが並行世界の自分がまきこまれて。正直な話、事情をちゃんと理解しているのなら同情も禁じ得ない状況に彼は立たされていた。
ここは確かにアトラス院だが、人理継続を求めるカルデアを助けるために作られた場所だ。そして、そんな貴重な装置を使い、その上にブーディカというサーヴァントとの契約を果たしてしまっている以上、黒鋼にはマスターとレイシフトの適性が両方あるということが実証されてしまっている。なし崩し的に黒鋼は世界を救う戦いに赴かざるを得ない状況になってしまったのだ。
「けど、まさかこのアトラス院支部が極秘裏に作られたものだとは思わなかったが。向こうのカルデアと連携を取りつつ、人理を救え。けど、肝心要のカルデアの通信ラインが途切れてしまったままだから、お互いに現状を把握しきれていないと」
「悲しいことにそうなる。人理が焼き尽くされていなかったらちゃんとした連絡網が使えたんだが、生憎世界は焼き払われたままだからね。電波も通じないし伝書鳩だって飛ばせない。連絡を取り合うのは不可能に近いね」
向こうにいる万能の天才が何とかしてくれるのを待つしかない。シリアムは愉快そうに笑いながら、黒鋼とブーディカの二人を先行する。ここにいない藤丸は次に特定できそうな特異点の把握。ホームズはこの人理焼却という名の完全犯罪にして、大量虐殺事件についての考察を続けると言って去ってしまった。ならば、黒鋼たちが今どこに向かっているのか。それは、管制室を出て数分先の場所だった。
「着いたよ。ここが英霊召喚場………『英霊召喚システム・フェイト』が鎮座している場所だ」
部屋に入るためのキーカードで差し込み、開かれた扉の先へと彼らは足を踏み入れる。一見すると何もないように見えたが、淡い光を放つ中央の機械に、その下には多種多様な魔法陣のような物が刻まれていた。黒鋼がいた世界で見たものとは全く違うそれを見て目を丸くした。
「これで、本当にサーヴァントの召喚が出来るの?」
「疑うのは無理もない。けど、これはカルデアから渡されたシステムに加え、我々アトラスの錬金術師が行う召喚術式を加えたものだ。試したことはないが、英霊の召喚は確かに可能………のはずだ」
「はずって。もし召喚できなかったら、こっちはブーディカさん一人でカルデアのサポートをしないといけないことになるんだが」
そう言葉を漏らしながらジト目でシアリムを睨み付ける黒鋼。睨みつけられた彼は苦い笑みを浮かべながらも黄金に輝く札を数枚渡す。
「それは、このシステムを実行させるために我々が開発した触媒だ。これで確実にサーヴァントの召喚が可能になる。カルデアは聖晶石と呼ばれたアイテムを使うようだが、生憎とこちらはまだ生成ができてなくてね。今はそれで我慢してくれ」
シアリムは謝罪を言葉にしながら、奥の方にある装置を弄る。暗かった室内に照明が点灯し、いかにも召喚場という雰囲気がそこにはあった。ここに来るのは黒鋼とシリアムの2人でも問題なかったのだが、もしバーサーカーのクラスで誰かが召喚された場合、取り付く島もない状態で殺されかねないというブーディカの意見の元、彼女にも付いてきてもらっている。そのことで、少しだけ黒鋼の心が痛んだのは別の話だ。
「さてと。こちらの準備はできたよ。黒鋼君は、そこにある基盤にその札を入れてくれ」
「分かりました。………結構力いるんだなっと」
召喚サークルの中央。手渡された札を指示された台にセットする。置かれた台から魔力が発生し、黄金に輝いていた札は土色となって消滅する。目の前でシステムが起動準備に入り、ゆっくりと光のラインを描きながらサークルが広がる。これから呼び出されるであろうサーヴァントの登場に、少なからず胸を躍らせていた黒鋼だが。その期待は悪い方に裏切られた。システムが起動し終えた後、出現したのは赤い布だけだったからだ。
「……………あのシアリムさん。これは、一体どういうことですか? 召喚されるはずのサーヴァントが出てこないんですが?」
「えっ!? い、いやぁそんなことはないでしょって、本当に召喚されてない!? ナンデ!? 召喚失敗ナンデ!?」
某忍殺マンガのようなことを言い出すシアリムを、黒鋼は侮蔑するような眼で見る。流石にそれには耐えられなかったのか、彼は原因追及のためにシステムの再検査をした。だが、どこにも異常は無いという検査結果を黒鋼に提示する。
「………なんでだろうね。私も、結構本気でサークル作成には貢献したんだが。ここからホームズ君は来てくれてるし、原因は分からないなぁ」
「まあ、そういったこともあると覚悟しておくべき。ということですね。バグはどの世界でも同じ、か」
とてもじゃないが、黒鋼自身はこの召喚結果に安堵していた。この召喚システムは彼が元居た世界で行われていたシステムと全く同じなのだ。術式こそ違えど、召喚システムの根幹が同じだというのであれば、出現したこの赤い布は『概念礼装』なのだということを、この場にいる誰よりも早く理解していた。
「ところで、これがどんな効果を持ってるのか。分かったりしますか?」
「残念だけど、そういった物は私の専門外でね。重ね重ね申し訳ないが、私にはさっぱり理解できない代物だ」
「…………なんで、こんな人がここの支部長なんてやってるんだろう?」
「ぐはっ!? け、結構ハッキリと物言うね君!?」
以前の黒鋼と比べていたのだろう。シアリムはオーバーリアクションで応えるのを見て、黒鋼は深いため息を吐く。だが、ここで諦めても仕方ないと自分を奮い立たせ、黒鋼は再び台に札をセットする。さっきと似たような現象を目の当たりにしながらも、今度は何かが違う感覚を覚える。目の前に広がったサークルに誰かがいる。そんな感覚だ。
「………どうやら、システム自体は壊れてないみたいだよ」
「そうみたいだな。さてと、一体誰が来てくれたのやら……」
今度はキッチリ、新たなサーヴァントの召喚に成功した。今までの黒鋼が知るサーヴァントが召喚されるのか。それとも、全くの未知なるサーヴァントが召喚されるのか。その辺りが気になるところだ。サーヴァントの召喚に応じて、光のラインが三本に分かれ、中央に光の柱が立ち昇る。それが消えた頃には、小さな物影が一つ現れていた。
身に纏うのは露出の多い黒衣。額にはしゃれこうべに手には短刀を数本。身長は百六十はあるかないか瀬戸際で、浅黒い肌から何かが漂っているように見える。召喚された彼女は現状を把握できたのだろう。魔法陣から少し前に出てこちらに膝を突くと、口上を述べる。
「サーヴァント・アサシン。ハサン・ザッバーハ。我が身の名は『静謐』。これから、どうかよろしくお願いします………」
どこか儚げに口上を述べたアサシン。静謐と呼称したハサンは膝を突いたまま動こうとしない。一方、名前を聞いた黒鋼はというと。自分でも聞いたことのないサーヴァントの名前に少し戸惑っていた。
「静謐のハサン、か。………悪いけど、聞いたことのない名前だな。申し訳ないが、こちらの事情は把握してる?」
「はい。人理焼却を防ぐ為の戦いに、我らサーヴァントの力を借りようとしている。それは『座』からの知識提供で理解しています。弱く脆い私ですが、どうかよろしくお願いします」
「そんな、何もそこまで自分のことを卑下にしなくても。とりあえず、これからよろしくお願いします」
何の気無しに静謐の手を握り、そこから立ち上がらせる黒鋼。サーヴァントというのは、過去に善行であれ悪行であれ。何かしらの偉業を成し遂げたからこそ英霊の座という場所に登録される。なら、今を生きて何も成し遂げていない自分より、遥か上に存在する人に膝を突いていて欲しくない。そんなことを思っての行動だったが、目の前にいるアサシンは何故か体が震えていた。
「あ、貴方は………私の体に触れても、何も問題ないのですか?」
「ん? え、何か不味いことでもしたのか俺? こう、触れた場所に爆弾が出現するみたいな?」
「いえ、そんなことではないのですが……。私の宝具は、我が身の全て。私という存在その者が致死の毒で出来ているのです。なので……その、直接触れられると毒で死なせてしまうのですが……」
自分の能力を説明した静謐は、おどおどと戸惑うように手を振る。何故だろう。初対面のはずなのにとても守ってあげなくちゃならない庇護欲が黒鋼に生まれ出た。ちなみに、静謐に言われて触れた手を良く見るが、特に変化があったところはない。痺れも感じないし、息苦しさだって感じていない。どうやら、自分の知らない内に毒に対する強い耐性を持っていたようだ。
―――正直、勝手に人の体を勝手に弄られたみたいで良い気はしないが、毒に耐性があるのは良いことか。
内心でそう呟きながらも、黒鋼は戸惑っている静謐の頭を撫でる。撫でられた彼女は突然のことに驚き、されるがままに撫でられ続ける。
「どうやら、俺には貴方の毒は通じないらしい。けどまぁ、それがどうしたって話だが………。その、凄い変なマスターだけど。これからよろしく頼むな」
どこか照れたように呟きながら、これからのことをよろしく頼むと黒鋼は言う。静謐はどこか感極まってしまったのか、仮面の奥から涙を流す。何も掴んでいない手で仮面を取り、素顔を晒した彼女は微笑みながら口を開いた。
「はい、我が主よ。全て。私の全てを捧げて、御身にお慕い致します」
「そんな仰々しく捉えなくて良いよ。自己紹介が遅れたけど、マスターの黒鋼研砥だ。マスターなんて呼ばなくていいから、好きに呼んでくれ」
「…………では、研砥様と。どうか、これからよろしくお願いいたします――――」
召喚された静謐は、そのまま何も無かったように仮面をつけ直し、その場で霊体化して消えた。何でも、自分は存在するだけで毒を放ってしまう体質なので、何か実体化して行動する以外は霊体化していないと不味いらしい。それも当然か。確かにここは広いとしても、殆ど密室に近いのだ。そこで致死の毒が撒き散らされれば死人が出ることは間違いない。
「さて、先ほどの静謐ちゃんを召喚した後も召喚を続けてきたわけだけど。全然召喚されないねぇ」
「それ言わないでください。結構傷つきますから」
結局、静謐のハサンが召喚された後。黒鋼はひたすら黄金に輝く札による召喚――――――彼の世界では呼符召喚と呼ばれていた――――――を続けていたが、その後に召喚されたのは謎の本だったり、魔力の籠った瓶だったりと。サーヴァントの召喚は失敗続きだった。手元に残っているのは残り一枚にまで減った札のみ。これで新たなサーヴァントを召喚できなければ、こちら側の戦力はたったの二人だけとなる。
「………あんまり気負わずに召喚しないといけないんだろうけど、流石に緊張してきたなぁ」
これから行う最後の召喚に失敗したら、これから先の戦いが圧倒的に不利になる。それは、カルデアのサポートをするべく立ち上げられたこの組織の存在理由が消えるに等しい。そんな事態に陥ることだけは防がなくてはならない。そこまでの事態に陥ってしまった自分が不甲斐なさから、自然と呼符を握る黒鋼の手に力が籠る。これから、最後の召喚を行おうとしたその時、彼の手をブーディカが優しく包み込んだ。突然握られたことに黒鋼は驚き、自然と彼女の顔を見た。その視線の先には、どこから儚げに笑うブーディカの顔があった。
「全く、たかが召喚だって言うのに、何そんな辛そうな顔してるのさ」
「いや、でも………。ここで強いサーヴァントを召喚しないと、これから先の戦いが……」
「そんなのは良いから。気負わずに、自分が思った通りに召喚を行いなさいな。どんな結果になったとしても、私や静謐ちゃんは君の味方なんだから。一人じゃ何もできないかもしれないけど、皆で力を合わせて闘えば。どんな不利な状況だって覆せるもんだからね?」
黒鋼の手を片手だけでなく、今度は両手で包み込む。苦しそうな表情を浮かべず、自分が思った通りに行動して欲しい。騎士王のいたブリテンの祖、ブリタニアの母は自分のマスターである黒鋼にそう伝えた。優しく温かいその言葉は、確かに黒鋼の心に響く。何を気負って考えていたんだろうと、そんな思いを彼は溜め息と共に吐き出す。
「ありがとうブーディカさん。それじゃ、最後の一回。召喚してくるよ」
「うん! 頑張ってね研砥!」
優しく微笑みながら、ブーディカは黒鋼を召喚場へと送る。彼の表情はさっきまでの憂い顔とは違い、迷いが吹っ切れた良い顔をしている。手元に残った最後の呼符を台にセットし、今回最後の召喚を実行する。システムが先ほどまでと同じ音を立てながら起動し、光のラインを描きながら召喚を実行する。
―――これでもし召喚が失敗しても良い。そう言われたことが黒鋼の思い枷を外したのだ。それを意図的であれ無意識であれ。それを外したブーディカは素晴らしいことをしたと言えるだろう。そして、その結果は自然と報われる形となって現れる。光のラインが先ほどまでの青白いラインではなく、黄金の輝きを伴って三本に分かれたのだ。それが何らかの異常をきたしたのか、部屋中に警報が響き渡る。
「な、なんだこの警報は!?」
「あ~落ち着いてね黒鋼君! これは通常のサーヴァントより強い霊気を持つサーヴァントが召喚された時に起動する警報だから。あ、もしかしたらバーサーカーが召喚されるかもだから、ブーディカさんは戦闘準備を。マスターが死んだら戦いが終わっちゃうからね」
「了解、シリアム君も避難準備してね?」
指示を受けたブーディカは腰に差した剣がいつでも抜けるように、愛剣の柄に手を添える。それとほぼ同時にサークルの中央に光の柱が立ち昇る。眩い光を伴いながら召喚が終わり、その中央に魔力の残滓が煙となって吹き上がり、その中に人影が構成される。数秒もすれば煙が消え去り、その中にいた人影が露わになる。そして、現れた人物の容姿を見た黒鋼とブーディカは、二人して息を飲んだ。
「―――サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ推参した。………お前が、私のような外れサーヴァントを呼んだ愚かなマスターか?」
逆立てた灰色の髪に、赤いロングコートを身に纏って青年。両手には彼が使用するのであろう白と黒の双剣が握られており、どこかこちらを値踏みするような視線を放っている。ここではない別の世界。つい先ほどまで冬木の特異点で共に戦った弓兵、エミヤが召喚されていたのだ。
ここではない場所で召喚されている以上、彼があの戦いを覚えているのかは不明だ。黒鋼がいた世界でも、記憶を引き継いで召喚されたサーヴァントと、そうでないサーヴァントもいたからだ。このエミヤはどちらなのだろうか。そんなことを思っていると、何かを思い出しように目の前に立つ男性は目を丸くした。
「む………? 待て、お前とはどこかで会ったことがあるのか? 妙な既視感を覚えるのだが……」
「数日前、特異点と化した冬木で一緒に戦ったことがあるんだけど……記憶にないかな?」
「すまないな。何分、守護者としての闘った時間が長くてな。故に、記憶の摩耗も酷い。今回もアラヤに言われるままに召喚に応じ、この場に降り立ったのだが………。まさか、あの時のようにサーヴァントとして召喚されるとはな」
何か懐かしいことでも思い出したのだろうか。エミヤは自嘲する笑みを浮かべながら、手に持った双剣を消して頭を掻く。記憶の摩耗が酷くても覚えていることがある。それはきっと、本来は彼しか知り得ないはずの闘争の日々の事だろう。あまり無粋なことを聞くのは失礼だ。黒鋼は一歩足を踏み入れ、エミヤの前に立つ。
「その………一応、俺が貴方のマスターだ。これからよろしく頼む。現状の説明は――――」
「必要ない。召喚された際に、現状の必要最低限の知識提供は得ている。しがない一弓兵だが、それなりのことは出来るつもりだ。これから、よろしく頼むぞ。マスター?」
こちらが伸ばした手を躊躇うことなく握り返すエミヤ。冬木で会った時とは違い、いつもに増して優しい彼の言動に驚きながらも、黒鋼は笑顔を浮かべながら言葉を返した。
「ああ。貴方たちの誇れるマスターになれるよう、俺も頑張るよ」
というわけで、今回はタイトル通りの現状の把握。そして、これから先の闘いに備えるための新たなサーヴァントの召喚を行うところまで進みました。次回は、ちょっとした小休止を入れてから第一特異点、『邪竜百年戦争 フランス~~救国の聖女~~』篇が始まります。一年と半年を掛けて共に戦った闘争の日々。それを別の視点で、マシュではなく別のサーヴァント。まぁ、今回ですと私の趣味嗜好でブーディカさんですが。彼らと綴るこの物語。最後を飾るその日まで、共に進めていけたらと思います。
ここまでの読了、ありがとうございました!
感想・誤字脱字等はいつでもお待ちしております!!