ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》   作:メロンアイス

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エピローグ

「―――カトーは虚空に浮かび上がった虹色の水晶を砕きながら言うの!『持ってくれよ……! 僕の体! ワールド・ディザスター最強の一撃をとくと味わえ! 《グランドカタストロフ/大災厄》』って!」

 

 王都にある高級宿屋の一室できゃー、と言いながらその場面のカトーの身振り手振りをつたなく再現するブロンド髪の美少女に呆れた視線をなげかける偉丈夫と双子の忍者姉妹。

 

「そのお伽噺みたいな技名の一撃でひゃくれべるのえぬぴーしーとやらを倒したんだろ」

「ここからがいいとこなのに話の腰を折らないでよガガーラン」

「鬼ボス飽きた」

「その作り話耳たこ」

「もー、ティアとティナまで!本当にあったことなんだってば! それでね―――」

 

 ガガーランは辟易とした響きと共にさっぱりとした性根の彼女らしくないわざと萎えさせる言葉を被せるが意味はなく、ジト目で端的に述べる二人の感想も気にもとめないで再び話すのを再開した。

 

(全く。最近はなかったのに、あの童貞のせいでまたしばらく聞かされるな。次会ったら絶対頂いてやる)

 

 ラキュースが遺跡の調査依頼中に帝国のワーカーと偶然ブッキングして帰ってきたときは一ヶ月飽きずに毎日のように話していたのだ。

 やっと鳴りを潜めていたというのに。

 楽しそうに話を聞いて再熱する切っ掛けを作った王国に二組しかいないアダマンタイト級冒険者である彼ら蒼い薔薇に風変わりな依頼をした男の貞操を無理矢理奪う妄想でもしなければガガーランはやってられなかった。

 

「イビルアイはどうしてんのかねぇ」

 

 コミュニケーション能力が皆無の吸血鬼が珍しく一人で彼を案内したいと積極的になった相手。

 双子は一目惚れだなんだ囃し立てていたがあの吸血鬼がそんなたまではない。

 ツアーというイビルアイの知古らしき人物の探索という依頼をしたことについて内密に色々探りたいことがあるのだろうと見当ついてはいた。

 

「ちょっと、ガガーラン聞いてる?」

「はいはい、聞いてる聞いてる。瀕死のラキュースが聖杯の奇跡で全快するとこだろ?」

「やっぱり聞いてないじゃない! 今は別れの―――」

 

 結局一冊の冒険小説みたいなラキュースの誇張が入ったであろうと三人が確信しているエピソードを聞かされた数日後。

 彼らは謎の轟音と共に更地になったカルネ村から南西十キロほどの場所への調査をすることになる。

 まさか自分たちの依頼者に関連付けられるわけもなく、組合にはただ原因不明とだけ提出した。

 しばらくして、イビルアイが帰ってきて軽くからかったのを最後に、南方風の顔をした依頼人のことも更地のことも気にすることなくアダマンタイト級冒険者としての生涯をひたすら駆け抜けていった。

 

 

 アーグランド評議国永久評議員の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオン、通称ツアーは生を得てからちょうど今年で千年になる。

 名実共に偉大なるドラゴンの激動の竜生には常にユグドラシルプレイヤーの影があった。

 

 最初の出会いである六大神。

 彼らと直接取引したこともあったツアーは強大な力を持つ故に警戒はしていたものの別に悪感情はなかった。

 抱くようになったのはその後。六大神が没し、その従属神が堕落した魔神に成り果ててから。

 

 続けて、百年の揺り起こしでやってきた新たなプレイヤーである八欲王は同族を殺し尽くし、スルシャーナも殺害し、世界を歪めた。

 このような所行を受けて好意的に思えるはずもなく、一時はユグドラシルプレイヤーというだけで憎悪の対象であり問答無用で歴史の闇に葬りさることもあった。

 

 八欲王の来訪から三百年後に現れた十三英雄のリーダーはある意味幸運と言えたであろう。

 あまりにも弱かったため、台頭するまでユグドラシルプレイヤーとは思われず、正体が判明するまでにツアーと信頼関係を築けたから。

 結末こそ後味の悪いものとなったがツアーの精神性を大きく成長させる交流であった。

 

 そうして更に二百年後。

 死の神スルシャーナと同じオーバーロードにツアーは出会う。

 彼はツアーが出会った今までのユグドラシルプレイヤーとは一線を画した存在だった。

 隔絶した強さを持つユグドラシルプレイヤーは良くも悪くも我が強く、善と悪、どちら寄りであっても弱者にいきなり莫大な強さを与えたかのような不安定さがあった。

 けれども彼は違う。

 

「俺はユグドラシルプレイヤーだ。俺の家族がひっそりと平穏に生きるための場所をどうか提供してほしい」

 

 キーノに連れられてわざわざ本体の自分にまで会いに来た彼は異形の姿をあらわにするとそういって頭を下げると、ワールドアイテムというユグドラシルプレイヤーですら脅威を感じる宝すらも簡単に渡すと言い出す低姿勢さ。

 ツアーの知るユグドラシルプレイヤーではあり得ないことだ。

 

 ドラゴンという種族である以上、涎が出るほどの貢ぎ物であったが報酬と依頼内容があまりにも釣り合わないため不審がり、受けとるのを躊躇したのは仕方のないことだろう。

 目の前のアンデッドは間違いなく今まで見てきたユグドラシルプレイヤーでも上位に位置する化け物だ。少なくとも十三英雄のリーダーやスルシャーナよりは格上。

 拠点ごとやってきていた場合、ツアーに頼まなくても自力で領域を作りかつての八欲王のように国を興しても不思議ではない存在。

 更に目の前の黄金の杯もケイ・ セケ・コゥクのようなものであった場合目も当てられない。

 そんなツアーの心境を読んだのかオーバーロードは「安心しろ。これは所持者とその仲間のキャラデータの改変しか出来ないものだ」といって放り投げる。慌ててツアーは爪の先で器用にキャッチして睨む。

 変わっているとは思ったが、貴重なアイテムを杜撰に扱うこのアンデッドも所詮はユグドラシルプレイヤー、かと。

 

「わかった。君たちが静かに暮らしていける場所を提供しよう。ここから半径十数キロだ。問題はあるかい?」

 

 しかし、了承はした。

 ワールドアイテムとプレイヤーは野放しには出来ない。

 だから手元で監視する必要がある。

 こんな秘境へやってきた時点で予想はしていたのだろう。二つ返事でオーバーロードは「ないな」といって二人のファーストコンタクトは終えた。

 

 王国と帝国の境にあったオーバーロードのギルド拠点を何か非常な無理をしたのを窺わせる手段でツアーの領域に転移させた後、彼らは驚くべきほど静かだった。

 強いて言えばオーバーロードに付き従う何人かの強大な者たちから尋常ではない敵意を浴びせられていたがそれだけだ。

 何もせず、墓守りのように沈黙を続けて、キーノが所属していたチームメイトが老衰で死ぬほどの歳月を得てようやく己の心配が的外れであるという事実を認めた。

 

 例外は百年に一度。

 ユグドラシルから来訪した者たちが現れたときだけ。

 世界を乱す者が台頭すると直ぐ様全勢力を駆使して善なる者ならその力を振るえない環境へ。悪しき者なら討ち滅ぼした。

 ツアーは神の審判が実際にあるのならこのようなものを指すのだろう、と思う。

 

 審判の百年を幾度も繰り返し、いつしか目の前のオーバーロードとは何者よりも親しい付き合いとなっていたがツアーは彼の名前を知らない。

 以前、名前を尋ねたとき、自分はオーバーロードであって何者でもないと強調をするので追及は避けた。あまりにも根深い心理的な要因が見てとれたから。

 だが、その時に彼が思わず漏らした台詞をツアーは死ぬまで忘れない。

 彼が今こうしている原動力となっている理由を集約した万感を込めた言葉を。

 

「俺はさ、ヘロヘロ(なかま)に報いるにはこう生きるしかなかったんだ」

 

 ヘロヘロの残滓が遺したのは。

 この脆弱な世界を影から護るこれ以上ない守護者だった。

 オーバーロードがこの在り方を変えることはない。

 あまりにも満足そうに死んでいったヘロヘロの死に顔を忘れない限り。

 永遠に。




完結までお読み頂きありがとうございました。

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