ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》 作:メロンアイス
アインズ・ウール・ゴウンを殺すことになるのはアインズ・ウール・ゴウン自身の一撃だった。
◆
ゲーム上にいたもうひとりの自分。
この世界では無類の強さを誇る怪物。
新月の夜にだけなれる異形の姿を目の前のオーバーロードに僕は披露した。
「どうだい。僕のタレントは?」
もう賽は投げられたというのに未練がましくも淡い期待を込めてアインズ・ウール・ゴウンに訊ねる。
或いはだからこそ、決心がつく決定的な言葉を聞きたかったのかもしれない。
「ヘロヘロさん……! サプライズすぎますって……!!」
悲しむのでも嘆くのでも恐れるのでもなく。
喜びを隠しきれない声音の返事が返ってきた。
ああ、いまだに信じたくはなかった。貴方が体だけではなく心も怪物になっただなんて。
「……本当のサプライズはこれからだよ」
え、ときょとんと首を傾げてこちらを見るオーバーロードを見据えながら《フライ/飛行》を発動。
これから行使する魔法の有効範囲外の高度まで迷いなく移動する。
ユグドラシルでは僕の昼食五日分に相当する課金アイテム。
他者の超位魔法をノータイムで発動できる反則的な効果を持つ特別製の魔封じの水晶を虚空から取り出すと迷うことなく握り潰す。
砕けた水晶は光り輝く魔方陣となり――
《フォールンダウン/失墜する天空》
――呆然と空を見上げるオーバーロードを中心に超高熱源体が即座に降り注いだ。
タレントを見せる直前に完全なる狂騒で精神作用無効化を解除されたからこそ咄嗟に冷静な判断が下すことができずにまともに直撃し。
彼の身を守るはずだった数多の装備は《パーフェクト・ウォリアー/完璧なる戦士》のときに全て外させたので火力の低い僕でも余裕を持って倒しうる域にまでダメージを受けている。
常にパッシブスキルを切っていたおかげで状態を固定化された今は発動もままならない。
魔法は言わずもがな。《メッセージ/伝言》で守護者への応援もないし、彼らがこの異常に対応してくることもない。
残っている対抗手段もレベル100の戦士職であるというのは上位物理無効化Ⅴを持つエルダー・ブラック・ウーズには無意味だし、彼のワールドとスキル
僕が一番不安だった生殺与奪権は完全に掌握した。
彼が出来る抵抗は精々、会話で多少時間を引き伸ばすだけ。
後はギルド長が『アインズ・ウール・ゴウン』という居場所をどれだけ大切にしていたかが肝だが問題はないだろう。
だって、
「ヘロヘロさん……?」
溶岩地帯のように様変わりした地表に膝をつき、グレートソードの片割れを杖のようにして全身鎧の体を支えながらも当惑に満ちた呟きをしてこちらをせつなげに見つめているのだから。
僕は思わず笑ってしまった。
「人に不意討ちしておいてどうして笑っていられるんですか。流石に怒りますよ……!」
あまりにも優しい怒り。
敵対ギルドに対して底冷えするような憤怒を発したことは幾度もあったというのに、仲間に対してそれを向けることは僕が覚えている限り一度もなかった。
だから、今夜だけは本気で僕に対して負の感情を抱いてもらおう。
「いやー、あまりにも貴方が鈍くて笑っちゃったのさ。アインズ・ウール・ゴウン」
分からないようにしていたのだから当たり前なのに。
自嘲の響きをあたかも相手への嘲りのように見せかけた挑発をしながら下降していく。
「な、何を――」
「今夜で貴方とはお別れだってことだよ」
ギルド長の言葉を遮り、一方的な通告をすると間髪入れずにスキルを発動。耐性無視の粘体の波が彼を襲う。
二度目の不意討ちは流石に対応出来たようでグレートソードを盾にして難を逃れた。
盾になった《クリエイト・ グレーター・アイテム/上位道具創造》ごときで作られたハリボテの剣はあっという間に溶けて消える。
僕のあらゆるスキルに対応出来る間合いまでに仕切り直したギルド長は無言で背中にある残りの剣の柄を掴み、切っ先をこちらに向けて構えた。
ここにきてようやくギルド長は臨戦体勢になってくれた。
ユグドラシルの基本である超位魔法妨害か無駄撃ちをさせられる前提でいたのでいい意味で裏切られたよ。
おかげで限りなく理想的な最期を迎えられそうだ。
「ヘロヘロさんやめてください! 気でも狂いましたか!?」
当たれば痛いじゃ済まない波状攻撃に装備にもう後がないギルド長は何とか避けながら食らいつく。
気でも狂ったかだって?
とっくに狂っているに決まっているだろう。こんな最低最悪の解決案を実行しているというのにまともな神経をしているはずがない。
「今更だね。僕はあの『アインズ・ウール・ゴウン』に所属していたんだぜ? 元よりイカれているのは当たり前じゃないか」
やれやれ、とウザさたっぷりのオーバーなジェスチャーを交えて肯定する。
ユグドラシル時代、
怒り狂った相手が放つ不用意な一撃に合わせた耐性無視の装備破壊で
「―――オマエ、本当にヘロヘロさんか?」
果たしてスキルである絶望のオーラがなくてもこの肌を刺すような寒気を醸し出すオーバーロードが大切なものを喪う絶望は如何なるものだろうか?
「やだなあギルド長。僕がニセモノだっていうのかい?」
「ああ、そうだ。本物のヘロヘロさんはこんなことしたりしないんだよ……! アインズ・ウール・ゴウン結成からずっと一緒で! 途中からは仕事が忙しくて来れないこともあったけども! アカウントも消さないで最終日もちゃんと来てくれた! 何より! あの人が
まるで悲鳴だ。
僕への回答に対する適切な理由にも根拠にもなっていない叫びは自分に必死で言い聞かせているだけ。
彼も心の奥底で分かっているのだ。僕が間違いなく共にユグドラシルを駆け抜けたヘロヘロ本人であるというのが。
「確かにユグドラシルの僕だったらそうでしょうね」
「―――?」
僕の要領を得ない肯定にピンと来ないようなので詳しく付け足す。
「ギルド長も悪役ロールをしていたじゃないですか? それと一緒ですよ。僕は貴方と違ってリアルの設定を社畜ということにしてギルドマスターへの接待ロールプレイをずっとしていたんです」
「―――!!」
それはギルドマスターとしての自負があった彼にとって猛毒だろう。
訂正する気は勿論ない。これが僕のやりたかったことだから。
「おかげで気持ちよくユグドラシルをプレイ出来たでしょ?」
「う、嘘だ……そんなプレイが何年も出来る訳が……」
「ナザリックを一人で維持し続けた廃人が言うことじゃないでしょ。世の中色んな人がいるんですよ」
ギルド拠点を一人でサービス終了までギルドの資産に手をつけず維持し続けた狂人プレイよりはよほど現実的だ。
MMOというゲームでリアルを騙ってプレイするというのは多数派ではないにしろ、さほど珍しくもないプレイスタイルなのだから。
「全部、全部嘘だったっていうのか……!?」
「そもそもギルド長。貴方の大切な場所からして虚構の産物じゃないですか。そんなものにリアルを捧げるほどみんな
「―――――ぅあ」
さて、アインズ・ウール・ゴウンという名の妄執は決壊寸前だ。
もはや無茶苦茶な理論で反論もままならない。
さあ、終わりにしよう。
「だから僕はね、最終日別に眠くてログアウトしたわけじゃないんですギルド長」
「やめろ」
「あの日に貴方と語ったことは殆ど全部、嘘なんですよギルド長」
「やめろよ……」
「あまりに哀れであのときの貴方に聞けなかったことがあるんですが、今聞いてもいいですかギルド長」
「やめてくれ……!」
「ユグドラシルなんかにすがらなければならないほど苦しいリアルを貴方は生きていたのですか?」
だとしたら悲しくて悲しくて仕方ないですギルド長、と僕は言った。どんな感情が込められていたのか僕自身、ちょっと分からない。
分かるのは言葉に出来ない絶叫を響かせながら突進してきたオーバーロードは生者を憎むアンデッドそのものにしか見えなかったということだけ。
僕は待ち望んだ殺意を込めた即死には至らない横薙ぎの一撃がどう足掻いても修正しようのない位置にまで迫るとエルダー・ブラック・ウーズから元の脆弱なリアルの姿になり―――
◆
アインズ・ウール・ゴウンを殺すことになるのはアインズ・ウール・ゴウン自身の一撃だった。
◆
―――僕の体内にある精密機械や人工臓器が盛大にぶちまけられた。
下半身がもう分離しているからこその浮遊感に身を任せながら愕然としているギルド長を見て微笑む。
すまない、ギルド長。
貴方には辛い役目をさせることになる。
僕はリアルでそれが嫌で嫌で仕方なかったというのに。
けれども。
ギルド長に巣くうアインズ・ウール・ゴウンという名の妄執だけを殺すにはこれしか僕に出来なかったんだ。
次の二話連続更新で完結となりますが少し更新が遅れる可能性があります。