ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》 作:メロンアイス
ヘロヘロがやって来てからというものアインズの毎日はとても充実していた。
昼間はエ・ランテルで冒険者業をこなし、夜は書斎で彼にこの世界について教わる日々。
特に夜の講義は有意義なものであった。
簡単な世界情勢や一般知識はカルネ村の一件で頭には入っていたがポーションの差異から各地の伝承まで、ユグドラシルプレイヤー視点から見たこの世界の有り様はかつての仲間との交流であるのを差し引いても非常に興味深いものがあったのだ。
セバスからヘロヘロが仕事を終えた報告の《メッセージ/伝言》が来るとさっさと冒険者の方を切り上げる程度に夢中になった頃、ヘロヘロは突然、「アインズさん。もう話すのはやめましょうか?」と言ってきてアインズは驚く。
寝耳に水であったがどうやらアインズの精神作用無効化のせいで話を退屈に聞いていると思われたらしく、慌ててアインズは宝物殿にあった精神系魔法耐性を無効化するクラッカー『完全なる狂騒』を引っ張り出してそうじゃないんだと弁解し事なきを得たのだがこの一件からアインズは好んで完全なる狂騒を使うようになる。
というのも完全なる狂騒はちょっとしたことで動揺させる体質にするという効果に変異していたのだが人間性の希薄化に漠然とした不安があったオーバーロードは喜怒哀楽が抑制されないこのアイテムに快楽を感じるようになったのだ。
心境としては酒に溺れる人間に近いだろう。
そして肴はアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガを深く知る者。
たった一人でナザリック地下大墳墓を維持してきた彼にその組み合わせは麻薬じみた中毒性を発揮し、過去にいつまでもしがみついているアインズの傾倒が更に酷くなっていったのは言うまでもない。
こうして、ヘロヘロと会話をするときは精神作用無効化を解除するのが常態化してしまうようになる。
そして、支配者であるアインズ・ウール・ゴウンなら訝しむことすらろくに思考することがなくなってしまったのを見計らったようにヘロヘロはある提案をした。
「超位魔法の実験、ですか?」
「そそ。
「あー、それは確かに気になりますね」
実際、ユグドラシルの魔法は《フライ/飛行》の高度制限がなくなっていたり、オブジェクトにしか作用しなかった《リペア/修復》がマジックアイテムではない無機物ならどんなものでも使えたりなどゲーム上仕方なかった部分が取っ払われて自由度が上がっている傾向がある。
アインズも《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》が一定の経験値消費に呼応したランダムテーブルの効果の中から選択するというものから願いの難度相応の経験値消費で大抵の願いが叶えられる魔法になっているのを確認している。
他の超位魔法もユグドラシルと大幅に仕様が変更しているのは考えられる話だった。
「あ、でも《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》とか《ディザスター・オブ・アバドンズローカスト/黙示録の蝗害》辺りは検証でも使うのはやめてください死んでしまいますアインズ様!」
「やりませんよ! どこのワールドエネミーですか! ヘロヘロさんこそ二人でいるときに様呼ばわりはやめてください!!」
「つい癖で。ごめんごめん、アインズさん」
「全く。それでですけど私は―――」
そのまま二人は超位魔法《終焉の大地/エンド・アース》の有効範囲や《ペレト・エム・ヘルゥ/オシリスの裁き》は果たしてカルマ値の変動だけで済むのかなど魔法談義に華を咲かせた。
「そう言えば《ザ・クリエイション/天地改変》のフィールド変更で地底湖凍らせられるんですかね?」
ふと、ヘロヘロが言った疑問にユグドラシル時代、中二心溢れるメンバーが盛り上がり凍りついた湖の底に眠るガルガンチュアというシチュを再現しようとしてただ冷気効果だけ付与されただけに終わったエピソードを思い出すアインズ。
郷愁に駆られ、今すぐにでも試したくなったアインズは「じゃ、今から試しましょうよ」と言って第四層に引き連れるとすぐさま、超位魔法《ザ・クリエイション/天地改変》を発動させた。
結果は成功。一面の銀世界に感慨深くなるオーバーロードであったが、一方で何の前触れもなく行使された超位魔法を検知してナザリック中が大騒ぎに。
動ける守護者全員が「何があったのですか、アインズ様!」と凄い形相で四層に集結してきたのを見て、事態を把握する。
幸いにも凍結された地底湖は端から見ればガルガンチュアの封印にも見えたので、デミウルゴスが「なるほど。そういうことですか」といい勝手に上手いこと皆に説明してくれたので窮地は脱した。
「その通りだ。デミウルゴス」
と、言いつつ助かったと安堵しているとヘロヘロから超位魔法実験に関する言い訳の案が《メッセージ/伝言》として届く。
デミウルゴスの理由とも合致していたのでアインズはそれをそのまま守護者達に告げた。
「……今後を見据え超位魔法やプレイヤースキルを使った大規模な検証を現地の住民であるカトーの立ち会いの元、することになってな」
アインズの言葉に緊張が入る守護者達。
「つまり、ガルガンチュアの封印は魔法実験中に警戒態勢と勘違いし誤作動するのを避けた暫定的な処置というわけですか」
聡明な守護者統括が何故アインズが唐突に地底湖を凍らせたかを先読みして答える。
唐突に新しい深読みをされて新たなカバーストーリーを考えなければならなくなったアインズは気取られないよう《メッセージ/伝言》でヘロヘロに依頼する。
「……うむ。ガルガンチュアは起動すればナザリックの外に転移してしまうからな。ガルガンチュアの暴走を危惧しているのではなく、情報の秘匿の一環と思ってくれればいい」
ユグドラシルと比べればあまりにも脆弱なこの世界に対して傲ることなく警戒を万全にするアインズに感服する。
当の感服されている本人は必死でヘロヘロのカンペを一語一句まるまる復唱を続ける。
「なお、この検証は我が真髄の最重要機密が含まれるため第八階層で行う。また、
外部の、しかも人間がアインズ・ウール・ゴウンの秘奥を知るなど本来であれば全員が反対したであろうが彼らはカトーがヘロヘロだというのは知っている。
アインズの言う最重要機密がヘロヘロと二人で忌憚ない意見で話す場を用意するための建前であることはすぐに理解した。
名目上、彼らは知らないという風になっているのだから。
アインズの言う緊急事態もまた危険はないだろう、とデミウルゴスは思う。
超位魔法やプレイヤースキルにはHPが危険域に突入したときに発動すると強力な効果を発揮するものがある。
恐らく、それをするから緊急事態になっても乱入するなと明言したのだ。
アインズの今後を見据えた、というのはヘロヘロがもたらしたワールドアイテムやかつてやってきたユグドラシルプレイヤーやギルド拠点と激戦を広げた
アインズがそのような事態に追い込まれるとは思いたくないがそのように万が一、なってしまったときの切り札の確認は肝要であるのに口を挟めるわけがない。
(わざわざ第八階層でやるのは情報の秘匿以上に検証中にそのような敵を呼び寄せてしまい不幸な遭遇戦を避けるためなのでしょうね)
二人きりで秘密の共同作業ということで嫉妬に駆られていたアルベドでさえもギルドメンバーであるヘロヘロがアドバイザーでいればアインズに危険はないと心の底から思っていた。
故に「異論はあるか?」という問いかけに誰も異を唱えることなく終わってしまったのだ。
そうして後日。
日付が変わった夜にとうとう超位魔法の実験は始めることになった。
アインズはいつものように完全なる狂騒を携え、ヘロヘロに会いに行く。
ウキウキして楽しみであることを全身で表現しているのが傍目からも分かり「もう完全なる狂騒使ってるんですか」と呆れられる始末。
「この時間が楽しいんだから仕方ないじゃないですか!」
そう。楽しいのだ。まるであの黄金期が戻ってきたかのように感じられる。この喜びを不躾な精神作用無効化に妨害されないのは最高の気分である。
不満があるとしたら彼がエルダー・ブラック・ウーズではなく、至高に戻っていないことだがそれは些細なことだ。
アインズが一人で過ごして絶望にくれた最終日最後の時に比べれば本当に大したことがない。
そんなアインズを見て、ヘロヘロがどんな表情をして何を思っていたのか。
アインズ・ウール・ゴウンが知る機会は永遠にない。
◆
あの懐かしき千五百人による侵攻を止めた第八階層。
本物のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがある桜花聖域がある場所だが僕たちの視界は見渡すばかり荒野しかない。
八階層のあれらも今はアインズ・ウール・ゴウンのおかげで完全に沈黙している。
この広大なエリアでオーバーロード以外と話すことはない万全の状態だ。
一日かけて行われる今日の検証でアインズが選んだのは《ザ・クリエイション/天地改変》《ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣》
《フォールンダウン/失墜する天空》《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》の四つ。
まず、《ザ・クリエイション/天地改変》で簡易な建築物を作れるかを実験した。
荒野に岩と土で構成された巨大な粗削りの要塞が瞬く間に出来る。
アインズはディテールに不満があったようだがユグドラシルでは出来なかったことだ。
検証結果としては十分な成果だろう。
ユグドラシル通りの
完了して間もなく
ユグドラシルでは建築物用破壊魔法で建築物ごと破壊されると内部のモンスターはデータ上の処理で消滅という形であったが、やはり現実に仕様変更されるとちゃんとダメージになるらしい。
要塞跡に十体の
結果に満足したアインズは《マジック・アロー/魔法の矢》による十の光球を放ち、トドメを刺した。
超位魔法の連射が出来ないことが分かったので
アインズは疑いもせず了承。
彼が大好きで大好きでたまらないギルド『アインズ・ウール・ゴウン』全盛期の思い出話で次の発動時間まで夢中にさせる。
彼が水晶の存在を忘れたと確信した段階で僕はこっそりしまいこんだ。
そして最後の超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》を使う時間。
今夜は月は出ない。
僕は最期の仕上げに取りかかる。
「あのさ、装備全部外して《パーフェクト・ウォリアー/完璧なる戦士》の状態を《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》で固定化って出来ないかな。あ、《クリエイト・ グレーター・アイテム/上位道具創造》と
「……どうしてそんなことを?」
まあ、不審に思うだろう。だからさっさと爆弾発言をして薄めることにする。
「いやー、実は僕もうひとつタレントあってね。それでやりたいことあるんだよ」
「はあ!?」
オーバーな反応ありがとう。完全なる狂騒のおかげで衝撃的なことを聞かされるとそれで頭がいっぱいになるから助かったよ。
使うように仕向けたのは僕なんだが。
驚く骸骨に「ビックリした?」と聞けば「ビックリした?じゃなくて何で黙ってたんですか!」と叱られる。
想定通りの返しだ。
「ふふーん。新月の夜にしか使えない特別な力だからね」
「あー……使える日に言いたかったってことですか」
「そういうこと!」
おどけて、いかにも悪意はなかった感を演出する。僕が、ずっとこの瞬間に向けて何度も何度も思考錯誤していたのは絶対に悟らせない。
「で、やりたいことって何なんですか? 装備全部外して魔法職に《パーフェクト・ウォリアー/完璧なる戦士》固定化って何をやりたいのかさっぱり何ですけど」
「成功するかまだちょっと分からないんだけどね。仮に成功したらアイテムや装備についての心配は要らなくなるかな」
嘘は言っていない。ただアインズが勘違いするような言い回しにしているだけ。
「……まさか、そのタレントってユグドラシルですぐに使えなくなったアイテム無限増殖バグですか?」
「さあ? どうだろう?」
「あームカつく! 気になるからさっさとやりましょう! やられたらどうせ分かりますしね!」
そう投げやり気味に叫ぶとアインズは僕の言う通り装備を脱ぎ捨てて《クリエイト・ グレーター・アイテム/上位道具創造》と《パーフェクト・ウォリアー/完璧なる戦士》を駆使して戦士職に変わる。
これでいい。
「I wish―――」
全ては整った。