ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》   作:メロンアイス

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第四話

 

 ナザリックの新米使用人として働きだして二週間が過ぎたがそれも今日でおしまいだ。

 日付が変われば全てが終わる。

 僕は漆黒の全身鎧をした剣士に扮して冒険者をしていたギルド長──現アインズ・ウール・ゴウンと名乗る怪物──に出会った日にまで遡り振り返る。

 あの夜、時間も忘れて夢中で喋りこんだ。誰にも同じ価値観で話せなかった故の爆発だったのだろう。

 

 一年程前、気がつけばリアルの姿でこの異世界にいたこと。

 帝国のワーカーに拾われなければそこでの垂れ死んでいたかもしれないこと。

 

 第三位階までの魔法が使えること。攻撃魔法が使えないこと。

 得意魔法は一番使う機会が多くこれがなきゃまともに生活出来なくなるまで依存しているまでになった《リペア/修復》である事。

 

 フォーサイトとの冒険活劇や蒼の薔薇のラキュースと一緒にユグドラシルのギルド拠点廃墟らしき遺跡でワールドアイテムを見つけた事。

 その時に僕に回復手段を受けつけないタレント持ちが分かったこと。

 

 色々あってワーカー組織の運営をやっていたが自由が欲しくなってエ・ランテルの引き継ぎを最後に根無し草になること。

 

 僕が死にかけであることを黙っていたせいで虚実織り混ぜた話にはなってしまったもののおおよそのことは目の前の彼に一方的に話し込んでしまった。

 ユグドラシル時代のギルド長も聞き上手でつい話が思ったより長くなったのを思い出し、本当に懐かしかった。懐かしかったのだ、彼の話を聞くまでは。

 

 今に至るまでの過程を最後まで気持ちよく話をさせてくれたギルド長は「なら、今度は私も話さないといけませんね」と僕に会うまでの話をしてくれた。

 予想通り、最終日の最後までギルド長はログインをしていていつまでも終わらないゲームに不審を抱き調査した所、この世界にやってきたことに気づいたらしい。

 

 異形になり価値観も変容した自分。現実化したゲームシステム。自我が芽生えたNPC。見知らぬ異世界。

 

 色々と四苦八苦して今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っているんです、と僕同様口が軽くなっているようでポンポンと言葉が出てきていたが僕は逆に聞けば聞くほど何を言えばいいか分からなくなっていた。

 

 てっきり、彼も僕同様、ゲームシステムのバグが付随したリアルの自分をベースにした異世界トリップをしたものだとばかり思っていたのだ。

 僕も異世界にエルダー・ブラック・ウーズとして生きる妄想はしたことはあるがそれは妄想の域を出ないからこそ許されることだ。

 実際なってしまえばたった一月に一回でも自分が酷く恐ろしいというのにギルド長は在り方まで怪物になってしまったという。

 

 それはどれ程の恐怖なのか。彼が一体何をしたというんだ、と内心憤っているとギルド長は「どうかしましたか?」とこちらを気遣った。

 怪物になっても自身の不安を見せずにこちらへの配慮を第一にするギルド長に不覚にも嗚咽を漏らしそうになるのを我慢して「……いや、骸骨になって大変だったんだろうなって。僕は人間のままの価値観だからさ」という返事を何とか告げた。気丈に振る舞ってる彼への礼儀だと思ったのだ。

 

 だからこそ、そんなことないですよと大袈裟ににリアクションする彼に変わらないなと和みながらオーバーロードになったメリットの例としてカルネ村の顛末を語りだしたとき、耳を疑った。

 たっちさんの下りまではよかったまだ許容できるものだったのだ。

 問題はその後。

 

──この世界の強者は第五位階魔法一撃で死ぬ人間も入るみたいのようでですね──

──人を殺すのや殺されるのを見ても何とも思わなくなったのは悩んでいるんですけど──

──ちょっと面倒だったんで《コントロール・アムネジア/記憶操作》で処理しちゃったんですが──

 

 誰だこれは。何だこれは。僕が話しているのは本当にギルド長なのか?

 意味が分からない。いや、理解したくないのか。事前に言っていたから分かるはずだ。これがオーバーロードの価値観なのだと。

 

「────────」

 

 あまりの事態に声が出ない。

 僕は声が震えないように慎重に入念になりながらユグドラシル時代の悪役ロールならあり得そうなシチュエーションを述べる。

 

「ギルド長、皆殺しにしちゃったの? 普通、拷問して情報吐き出させるでしょ!」

 

 僕は祈った。自分の不安が外れているのを。そんなわけがない。あるはずがないんだと。きっと、ギルド長が「……ヘロヘロさん。ゲームじゃないんだから殺すとかあるわけないに決まってるじゃないですか。ノリノリで拷問とかドン引きですよ」って返しが来るに決まっている。

 けれども、目の前のオーバーロードは無情にも。

 

「いやー、ニューロニストに拷問させたんですけどね。情報吐き出せないようプロテクトかかってたみたいで駄目でした」

 

 などと宣ったのだ。

 愚かにもそのときになってようやく、僕は目の前にいる怪物を認識したのだ。

 ユグドラシルの悪の華アインズ・ウール・ゴウン。

 僕たちの描いた理想でしかなかったものは具現化し、自我を持ち、現実となってこの美しい世界にやってきた。

 それはそれは、とてつもなく素晴らしく。

 とてつもなく悍ましいことである。

 

 なので僕はどんなことを言われてもこのまま消え去るつもりだった予定を翻しオーバーロードが懇願してきたナザリックへの帰還を条件付けで了承することにした。

 自分をヘロヘロだとNPCには言わずにナザリックのシモベとして招くのが条件付きで。それが僕がナザリックでやりたいことに必要だったから。

 

 長々と語ったが死にかけの僕はこうしてナザリックの新米使用人になったのである。

 

 その次の日から今日までの二週間。

 セバス・チャン率いる男性使用人の新米としてナザリックの末席に連ねた僕は残り少ない命でなるべく多くのNPCに直に会うため得意魔法の《リペア/修復》で点検修復する仕事に従事していた。ナザリック内で魔法を使っても不自然にならないちょうどいい言い訳にもなって一石二鳥だったというのもあるが。

 

 僕たちの愛したナザリック最萌大賞を共にして、掃除が大好きな謀叛を企むペンギンを抱えナザリック中をかけ回りNPCたちと交流する日々だった。

 僕は最期に彼らを思い返す。

 

 

 ユリ・アルファ。

 セバス同様、製作者の面影を強く感じさせるメイド。僕の手伝いを申し出たのだが家事スキルを持たないプレアデスは足手まといだとペンギンに一蹴され落ち込んでいた。

 やまいこさんも家事は出来なそうな感じだったなあ。

 

 

 シズ・デルタ。

 世界観間違ってる感じがする一円シールつきメイド。

 ナザリックのギミック全てを熟知している僕がことを起こすとき、警戒すべきNPCの一体。

 

 

 第五階層守護者コキュートス。武人気質の裏表のない蟲の王。カルマ値が唯一プラスな守護者 。……ヴィクティムもギリギリカルマ値はプラスだったか。第八や宝物殿のあいつら同様会うことがないのが心残りだ。

 

 

 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。

 非常に可愛らしいが恐怖公の眷属を食べながらこっちをみて「おやつでがまん。おやつでがまん」という彼女には色んな恐怖を感じた。

 

 

 第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。マーレ・ベロ・フィオーレ。

 製作者の歪んだ性癖が見える守護者その一。

 嘘をつくのが苦手のようだ。分かってはいたが、やはり僕の正体は周知されているのだろう。

 

 

 ナーベラル・ガンマ。

 毒舌メイド。

 無礼を働いた僕に会うのを避けていたのをルプスレギナ・ベータが無理やり連れてきて涙目で謝ってきた。

 謝りたいのは僕の方だ。ナザリックにいたままの君をプレアデス製作に関わった僕は分からなかったのだから。

 

 

 ソリュシャン・イプシロン

 僕が一から作り上げたNPC。創造主である僕の正体を聞いてはいるるのだろうが全く僕に気づかせない。

 ああ、僕が考えた通りの素晴らしいメイドだ。何故、僕は彼女を怪物として設定してしまったんだ……。

 ホムンクルスの一般メイドはインクリメントを筆頭に生き物の名前として付けるのも不適格な仕事で使った用語をつけてしまっている。後悔ばかりだ。

 

 

 ニューロニスト・ペインキル。

 製作者の悲しみと僕たちの無邪気な悪意を詰め合わせて生まれた醜悪な拷問官。ちょっとしたジョークだった。軽いお遊びのはずだった。でも、その拷問を受けてしまった人間が現実にいる。

 五大最悪なんて当時はいったが、本当に最悪な気分にさせてくれる……。

 

 

 第一、第二、第三階層守護者。

 シャルティア・ブラッドフォールン。

 製作者の歪んだ性癖が見える守護者その二。

 ペロロンチーノを美少女にしたらこんな感じになるのか、彼の理想がこうなのかを真剣に悩んだ。

 ナザリックが大切であるのは間違いないだろうが。

 

 第七階層守護者、デミウルゴス。

 副料理長のいるバーに呼び出され他愛もない話をした。

 ただ、優れた知能を持つ設定をされた彼はもう僕が何をしようとしているか気づいているのかもしれない。

 それでも僕に敵意を抱かないで敬意を抱く彼が少し眩しく、ほんのり悲しかった。

 

 守護者統括アルベド。

 ただ一人僕に敵意と殺意を抱いてくれたNPC。

 ギルド長がサービス終了前に設定を変えてしまったそうだが、これでよかったと思う。

 少なくとも彼女の存在は僕には救いになった。

 

 

「ヘロヘロさん! 時間になりましたし、第八階層に行きましょうか!」

 

 気づけば日付は変わっていたようだ。オーバーロードが僕を呼んでいる。もうそんな時間か。

 完全なる狂騒を携えてやってきたアインズ・ウール・ゴウンは待ちきれないといった様子である。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 ナザリックに来て嫌な予感は当たった。

 僕を縛りつけるために約束を破り、NPCに抱え込みをさせようとしたアインズ・ウール・ゴウン。

 それに忠実に従い、己の存在意義を簡単にねじ曲げられるNPC。

 

 危険だ。彼らはあまりにも危険だ。

 なら、僕が汚れ役をするしかないじゃないか。

 だって、僕はこの世界がリアルの全てだったユグドラシルと同じくらい大切になってしまったから。

 

 ……きっと許されることは永劫ない。

 それでも。それでもだ。

 僕たちが生み出した怪物──アインズ・ウール・ゴウンという名の妄執だけはこの命を賭して必ず道連れにしてみせる。

 

 




次話でなんでアインズ様がウキウキしてるかは補完します。

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