ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》 作:メロンアイス
ナザリック地下十層、大広間。
玉座の間の手前にある最終防衛ラインは正にその名に相応しい戦力が集結していた。
希少金属を素材にした強力な六七のゴーレム。
守護者統括に五人の階層守護者というレベル100NPCと第一から第八階層の配下たち。
同じくレベル100の執事に連れられたプレアデスと使用人たち。
見渡す限りに蠢く異形種モンスターの群れ。
しかし、神話の一幕にでも登場しそうな錚々たる百鬼夜行は防衛のためにここにいる訳ではない。
「すまない。待たせたな、お前たち」
扉の向こうから現れた偉大なる死の支配者アインズ・ウール・ゴウンが訪れるのをただ待っていたのだ。
待たされたことに文句を言うはずのない心酔したシモベたちに形式上の謝罪をすると、矢継ぎ早に本題を口にした。
「さて。諸君らを急遽集めた理由だが、悠長な前置きは止めて結論から言おう。───ヘロヘロさんがナザリックに帰還する」
衝撃的な言葉に驚き、動揺が集団に瞬く間に伝播するがアインズの「静かにせよ」という一言ですぐに静寂を取り戻す。
「ただまあ、お前たちが驚くのは無理もない。私もこの転移はナザリックのみで起きた事象だとばかり思っていたのだからな。しかし、こうなると原因不明の転移はギルド全体を対象にしたものかもしれん」
配下への気遣いを述べた後に彼が思わず付け足した一文はシモベたちに希望を見出だせた。
ナザリック一の叡智を持つ守護者は瞬時に導きだした答えが間違っていないか感極まるように声を震わせながら訊ねようとする。
「そ、それはつまり」
「うむ。他のメンバーもこの世界に飛ばされている可能性が非常に高い」
歓声が爆発した。お隠れになった至高の方々が再び帰ってくる。それはシモベにとってもアインズにとっても素晴らしく甘美な出来事。
「ソレデ、ヘロヘロ様ハ何処ニオラレルノデスカ、アインズ様?」
第五階層守護者がこの話の主役であるヘロヘロがいないことを疑問に思い率直に告げると空気が死んだ。
彼の放つ冷気のせいではない。アインズが《絶望のオーラⅠ》を反射的に発動してしまったのだ。
原理の分からぬシモベたちはアインズから突如発生した威圧感に平伏しまくる。
「そのことなんだが。非常に嘆かわしいが彼は至高の一人として帰還することをよしとしなかった」
悲鳴悲哀があちらこちらから響く中、ただ一人至高の支配者達が戻ってくるのをよしとしていない守護者統括は冷静に愛しのアインズ・ウール・ゴウンに彼があえて省いたことを聞き出す。
「……ヘロヘロ様はどのような状態なのですか?」
確かにヘロヘロが帰還すると最初にいった。しかし、彼は至高の一人として帰還しないというのは何故か。
守護者統括としてはナザリックを捨て、目の前のオーバーロードの命に背いている時点で万死に値するがアインズの次にナザリックに残っていたメンバーである。
何か理由があるはずだ、と自身でもよく分かっていない愛憎入り交じった複雑な思いを内に秘めていた。
聡い質問に鷹揚に頷くとアインズは「流石だなアルベドよ」といって彼女をくふー!と興奮させる。すぐに愛憎を忘れたゴリラ。所詮はアインズ以外どうでもよかった。
そんな彼女の目まぐるしい心境の変遷を全く理解はしていなかったがアインズはそのまま説明をした。
「ヘロヘロさんは単独転移時の障害としてレベル20前後のスペックに弱体化した上に彼の種族は人間になっている。おまけに至高の気配も消失しているのをナーベラルと
そうだろう?とナーベラルに問うと真っ青な顔で「は、はい。アインズ様の言う通りです」といったきり俯く。先日の件がまだ堪えているようだった。
至高の一人に罵倒して攻撃までしたのだ。それだけのことを仕出かして自害しないだけまだ状態は良好と言える。
最初アインズが何を言っているか理解できなかったシモベたちはナーベラルの様子に段々、理解の色を示し始めた。そして、戻ることが出来ないというのも納得は決してしないが捨てたわけではないのだ、と安心をした。
「決して、決してナザリックを捨てたわけではないのだ。むしろ大事に思っているからこそ、至高として上に立つ力もギルドメンバーとしての資格も失ったために一度はナザリックに来ることも拒んだのだ」
そんな安堵の空気が居たたまれなくなったアインズは優しい嘘をつく。
本当はナザリックが自分をヘロヘロの力を持った人間としてしか認識出来ず己を襲うのか不安だからナザリックには行けないとアインズに吐露したことを。
自分たちが作り上げた悪のギルドだからこそ現実になったのを見るのが恐ろしいと罪人のように告白したことを。
アインズ・ウール・ゴウンと名乗るまでの自分も同じようなことを思い不安だったため共感してしまったことを決して、決して告げることはない。
今の彼にとってもはやナザリックは大事な家族なのだから。
「アインズ様。一つ、いいでありんすか?」
「申してみよ。シャルティア」
「差し出がましいでありんすが人であることと弱体化は宝物殿のアイテムでは何とかならなかったのでありんすか?」
ナザリックの門番。最上層の守護者である美しき幼い吸血鬼はヘロヘロが至高の宝物では何とかならなかったかを知りたかった。
馬鹿な自分でも思い付くようなことを神のごとき知恵を持つ至高のお方は当然試したであろうし、自分では思い付かない深遠なる方法を幾通りも行ったはずであるが疑問を出さねば理解した、と受け止められてしまう。だから、彼女は自分の想像の限界をあえて告げて教えを乞うのだ。
「……私もそう、ヘロヘロさんに言ったらこれを譲り受けたよ」
アインズが虚空から出現させた黄金の杯。アインズに負けず劣らずの圧倒的な存在感。
それは間違いなく。
「ワールドアイテム……!」
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンですら十一種類しか所有できなかった恐るべきアイテムの一つであった。
「そうだ。名を
その効果はあらゆる状態異常やステータスを回復させることは当然として、システム上正常なデータの範囲であるならあらゆる条理を覆して結果を出すデータ改変力。
別種族になるのやレベルの調整は勿論、正規の手段を行わずに敗者の烙印を消してしまうことや、かの
それをアインズに渡した。
望むならすぐにでも全盛期のヘロヘロに戻れるワールドアイテムを持っていたというのに。ナザリックを見捨てた訳でもないのに。
つまりヘロヘロは。
「ありとあらゆる回復手段が通じないタレント、だそうだ。転生やタレントを剥ぎ取るというのもデメリットの消滅という回復手段に判定されるようでな。私も立ち会って抜け道を考えたが無駄骨だったよ」
その言葉に暗い雰囲気になる一同。
「だが、何とかヘロヘロさんを説き伏せてナザリックの末席に彼がヘロヘロだと
「え?でも、アインズ様。僕たちに……」
「よいのだ。マーレ。ヘロヘロさんには悪いが人間である以上お前たちの方が今は優先順位が上だ」
「勿体無きお言葉ですアインズ様……!」
至高の仲間より自分たちを優先するアインズにそこまで思われていたのかと、不敬だと思いながらも感激を隠せない異形たち。
「お前たちに問う。ヘロヘロさんを迎え入れることを許容できるか?」
「それがアインズ様のお望みとあらば」
アインズ・ウール・ゴウンとはもはやナザリックの神だ。彼が死ねと言えば死ぬし、どんな屈辱的なことをも耐え抜く。この場にいる誰もが持つ共通認識である。
アインズもそんな彼らを見てヘロヘロさんに害意を与えることはきっとない、とようやく認めることが出来た。
「恐らく他のメンバーも来ていた場合、彼らもヘロヘロさんの例から他のメンバーも弱体化して別種族に転生或いはそれに近い症例でいると予想される」
ここが正念場だ、とアインズは続けて語る。
「よって、お前たちがヘロヘロさんを受け入れるというのなら、ナザリックから離れないように人間にとって居心地のいい組織への方向転換に賛同してほしい」
アインズが頼むのはギルドの否定だった。人間を蔑視し悪の華であったギルドの方向転換。決して許容できないものであるのは分かっている。虫一匹殺せない善人に極悪な大量殺人鬼になれというようなものだ。
「人間を蔑視するように創造されたお前たちには非常に難しく辛いことだと分かっている。この通りだ」
「アインズ様!?」
けれども、深く頭を垂れることしかアインズには出来ない。シモベたちのやめてくれ!という懇願が続いてもひたすら下げ続けた。
そんなオーバーロードの頭を上げさせたのはやはり、彼女であった。
「
「アルベド……!そうだな、そうだよな……!!」
高揚した精神が鎮静化する。しかし激しい喜びは完全に燻ってはいない。静かにまだ燃えている。
妖艶に微笑むアルベドが差し出した手を受け取り集まった家族にまた向き合った。
「ヘロヘロさんを頼むぞ! 我が家族よ!!」
覇気に満ち足りた彼らの声が返ってきた時点で答えは聞くまでもない。彼らの忠誠心は必ずアインズの期待に応えてくれるだろう。
時間はたっぷりある。ヘロヘロが戻るべきリアルはもうない。なら、彼をナザリックに依存させるのは難しいことではない。
失われたあの幸福な日々をこの手に再び掴むのだと、アインズは固く誓う。
ただ、皮肉にもアインズ・ウール・ゴウンの思いが。ナザリックの忠誠心が。ヘロヘロに悲壮な決意をさせてしまうことになる。
捏造設定
ユグドラシルのワールドアイテム。
効果は一体のキャラデータを対象にしたお願いを運営にできる、というもの。
大体の願いは他で代用できるためユグドラシル時代は
運営が
誰かが必要にかられたら進行不能イベントはこれを使って何とかするだろう、と楽観視していたのだが他のプレイヤーも得をすることを自発的にするはずもなく
元ネタは原作者が設定で名前だけを出したホーリーグレイルという回復系ワールドアイテム。