ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》 作:メロンアイス
気紛れに話しかけた漆黒の全身鎧の冒険者は僕の方を向くなり、まるで《タイム・ストップ/時間停止》にでもかけられたかのように動かない。
ユグドラシルだったら「おいおい、時間停止対策は基本だぞ?」みたいな軽口の一つでも言えるのだがこのユグドラシルに似て非なる異世界ではまずこのジョークを分かってくれる相手がいないのがもどかしい。
とりあえず、このままでは埒が明かないのでリアクションを促すために「あの…」といいかけたとき、漆黒の鎧の冒険者の影から突如メイドが現れ、こちらに接近してきた。あっという間に間合いを完全に詰められるとそのまま組伏せられ、手刀を首に突きつけられる。
彼女はその状態で僕に熱を感じさせない声音でそっと、こう耳打ちした。
「
反論したらどうなるか分かっているよな、と言いたげだった。というか今この状態ですら彼女が殺すのを抑えているのだろう。尋常ではない殺意が向けられているのを肌で感じる。
「は、はい。すみません」
決して命が惜しいわけではないが、中々個性豊かな性格をしているのと、僕が知っているミスリル級の実力者の面々をはるかに超えるであろう人外じみた身体能力をした彼女が組合で暴れたら大変なことになるのは簡単に予測できたので、僕は刺激させないようただただ彼女を見つめてコクコクと肯定した。
(すごい美人なのにおっかないな。この世界はそんな美女しかいないのか)
フォーサイトのアルシェやかつて一緒にある事件を奔走した蒼い薔薇の呪われた魔剣の持ち主を思い出す。多分、おっかない女性の例として出したことを本人たちが知ったら殺されるだろうが今は置いといて。
彼女たちもべらぼうに美しい女性であった。しかし、何というか目の前の黒髪ポニーテール毒舌メイドはまた別種の美しさがあった。
そう、例えるなら初めからそうあるかのように創造されたような完成された美しさ。この世界で生きている彼女には失礼な感想かもしれないが僕がAIを担当したユグドラシルのNPCが現実にいたらこんな感じだったのだろうな、と身動きの取れないままの僕はちょっと現実逃避をしていた。
ざわめく周囲で一番早く正気にかえったのは石像となっていたモモンさんで「すぐに離すんだナーベ!」と怒鳴る。
キリリとしたクールなメイドのナーベさんは一転して顔を青ざめあわわとして僕をさっと離す。
「も、申し訳ありません!」
ひたすら全身鎧に平謝りしている。彼によほど頭が上がらないのだろう。
全身鎧の冒険者モモンさんはそんな彼女に「何、次から気を付ければいい」とフォローし励ますとこちらに軽く会釈して一言。
「連れが申し訳ない」
謝り方にしては随分尊大であったが猪突猛進で浮き沈みの激しい従者の手前、それが精一杯なのだろう。後ろで僕に謝ってる姿をみただけでこの世の終わりみたいな顔をしているのだ。地面に頭を擦り付けるぐらいの勢いの謝罪をモモンさんがしたら自責の念で自害しそうである。
すかさず、僕もフォローする。営業で相手に不快な思いをさせたままなんて社会人失格だ。
「いえ。気にしてませんよ。それにしても、いい従者をお持ちのようだ。少なくともヘッケランのやつでは相手になりませんね」
僕が言外にメイドの実力をミスリル級以上だと告げたことで周りが再びざわめく。
そしてモモンさんはこの明け透けたおべっかに対し「私の自慢の仲間ですから当然です」と有無を言わせない断定で返した。
「モモンさーん……!」
メイドさんは感涙していた。周りはモモンの発言で殺気だっていたが全く二人は気にしていない。
大した胆力をしている。もしかしたら、名を隠しているどこかの大物なのかもしれない。
「いやはや、参ったな。貴方たち二人なら竜退治の依頼もいいかもしれませんね」
「銅の我々でもそんな依頼を受けられるものなのですか?」
意外そうにモモンさんが問う。最下位の竜種ですらオリハルコン級が複数チームを組んだりアダマンタイト級冒険者が相対しても決死を覚悟する相手である。
銅なんかには冒険者組合は絶対受理させないし、蒼の薔薇ですら多大な人災が予測されなければすすんで依頼を受けようとはしないだろう。
だというのに、もう竜退治に彼は乗り気である。
メイドですらあれなのだ。背中に背負った二本のグレートソードは決して伊達ではないということか。
「ワーカーに貴賤はありませんから」
「ワーカー? 冒険者ではなくて?」
「ああ! 組合で話しかけられたらそう思いますよね!」
僕としたことがうっかりしていた。組合で聞けば銅の冒険者でも難しい依頼を受けられる裏技があるように聞こえるに決まっている。
「大変申し訳ありません。僕はワーカー人材斡旋『フォーサイト』のカトーと言います」
握手をするために右手を差し出す。しかし、一向に返しが来ない。先のやり取りからそういう態度の人とは思わなかったので不思議に思い、モモンさんを見る。
彼は僕の右手を凝視していた。どうやら指輪が気になって固まっていたらしい。この指輪に見覚えがある人間なんて絶対いないはずなのだが。
「この指輪が、どうしました?」
「っ……いえ、見事な指輪だな、と思いまして。大切なものなんですか?」
なるほど。彼はコレクター気質なのだろう。
この世界ではユグドラシルでゴミ扱いされるアイテムですら非常に高い価値を持つ。
例え、この世界では全く効果を為さない無駄なアイテムですら美術品としての価値で相当の財になるのだ。
現にユグドラシル金貨は馬鹿みたいな取引額になった。
だから、見事な装飾の指輪を見て一目惚れし、譲ってくれといった商人は過去に何人もいた。
「ええ。大切なものです。遠い場所にいる仲間との唯一の繋がりですから」
僕はそのとき、決まって絶対に譲らない意志を今みたいに告げてきた。
「お、おお……っ! ……そうでしたか。不躾な質問をして申し訳ない」
モモンさんは大袈裟にリアクションした後に無感情な台詞を付け足した。ナーベさんも口を抑え、プルプルと顔を俯かせた。
どうやら、ちょっと勘違いさせてしまったようだ。
「別に死んだとかじゃなくて、ちゃんと生きてはいるんですよ? 単に会うのがちょっと難しいというだけで」
「ああ、いえ! ……私達が冒険者になった目的の一つに何処にいるのかも分からないかつての仲間を探すというのがありましてね」
そういって青ざめた顔で口を抑える彼女を抱き寄せるモモン。
「……私達にも少し思うところがあったのですよ」
「なるほど。そうでしたか」
これ以上は追求しない。冒険者の過去の詮索は何よりも御法度だから。
ナーベさんが慌てて「ア、モモンさーん!!?」といって顔を赤くしている様子をみて、これ以上聞いたら吐きそうなくらい熱い二人の惚気になりそうだと思ったからでは断じてない。
絶対過去の話なんか聞いてやらないぞ、畜生。
「それで、依頼を受けるなら込み入った話をしたいので場所を移してもいいですか?」
しんみりとした空気をぶったぎり仕事の話をする。
いい加減、組合でワーカーの仕事の話は不味いだろう。これでさえ、グレーなのに。
「構いませんよ。私も同じことを思っていました」
モモンさんの賛同も得て、そのまま僕らは組合を後にしたのだが、あろうことか黄金の輝き亭のスイートルームを商談の場所で借りるなんて思わなかった。
一泊が僕の給料一ヶ月分より高いというのにモモンさんはそんな法外な値段に気にした様子もなく、更にチップを重ねて「大事な話をするので誰も近づけないでほしい」といった。
ナーベさんにも部屋の外で見張りを頼む徹底ぶりだ。
「頼んだぞ、ナーベ!」
「分かりました! モモンさーん!」
そんな戦場に行く前の様子の二人に若干ついていけない。確かに竜退治依頼するかも、といったが初依頼でそんなものは流石に僕も渡せない。
危険な依頼を受けたからといって、すぐに大金が貰えないことを暗に告げると「お金には別に困ってませんから」と返された。
過去は詮索しない、といったが正直滅茶苦茶気になる。
「さて、では大事な、大事な話をしましょう。……長い話になるでしょうしね」
「ま、お互いまだ会ったばかりですから仕方ありませんよ」
「……私は初めましてじゃありませんよ。もちろん、貴方もです」
確信めいたモモンさんの台詞にあいにく覚えがない。漆黒の全身鎧とメイドなんて組み合わせは一度でも見かけたら忘れないと思う。
「何処かでお会いしましたっけ? すいません。記憶には自信があったのですがどうも出てこなくて……」
「気付かないのは無理もありません。私も本当に会えるとは夢にも思いませんでしたから」
そういって、彼は右腕の籠手となっていた魔法を解除して鎧の中身の一部を露出した。
出てきたのは白骨した右手。
僕は先ほどのモモンさんのように右手を凝視して硬直した。
白骨した指を見てではない、それに填められた真紅の宝石の指輪に釘付けになったのだ。
それは見間違えようのない僕が所属したギルドのメンバーしか持っていない証。僕の持つ指輪と全く同じ由来のアイテム。
まさか、まさかまさかまさかそんなまさか!?
「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……!?」
……僕の目は曇っていたらしい。ここまでヒントを出されなきゃ彼が誰だか分からなかっただなんて!
「偽名がモモンだなんて。相変わらずネーミングセンスが安直ですね。……ギルド長!」
「感動の異世界での再会一言目がその台詞もないんじゃないですか、ヘロヘロさん?」
ああ。確かに今夜は長くなる。
自分の死期が差し迫った最期の最期でこんな奇跡が起こるなんて僕はなんて幸せなのだろう。
ありがとう。神様。
あのリアルで現実を憎悪して生きていた僕は柄にもなく、神様に感謝した。
逆算して後、五話で完結予定。