ヘロヘロの残滓が遺したのは《完結》   作:メロンアイス

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第一話

 ヘッケラン・ターマイトがカトーに出会ったのは今から一年と少し前。

 彼自身がリーダーを勤めるワーカーチーム『フォーサイト』がミスリル級冒険者に匹敵すると噂になり始めたときのことだ。

 

 ヘッケラン達は四人全員でワーカーの仕事にしてはまっとうな、秘境での採取依頼で遂行中であった。ただ、あくまでワーカーの仕事にしてはであり、冒険者組合には間違いなく拒否される後ろ暗い内容ではある。

 

 どうして冒険者の実力で言えばミスリル級に値する彼らが世間からドロップアウトしたならず者の掃き溜めと認知されているワーカーに身をやつしてるかといえば、金銭のため。

 

 ヘッケランもイミーナもロバーデイクもアルシェも。フォーサイトの面々は目的が違えど多額の金銭を求めていた。

 ミスリル級の冒険者とミスリル級のワーカーでは後者の方がはるかに稼げるのだ。

 

 最もそんなシビアな利害関係で成立していたのは最初だけで、今は切迫した状況にいる妹分の力になってやろうと一致団結するぐらいの絆を深めたチームである。いや、そんな彼らだからこそワーカーの中でも一段飛び抜けたチームになれたのかもしれない。

 

 なので、ようやく見つけた秘境の奥地にある群生地付近で大切な妹分アルシェ・イーブ・リイル・フルトが第三位階のスペルキャスターに相応する魔力を探知したと述べたとき、警戒を最大限していた。

 後から思えばそれは全く杞憂であったのだが、変わった服装をしている衰弱した黒髪黒目の異国の人間を発見したときは第三位階のスペルキャスターがこのような事態になる異常事態と戦慄していたのである。

 彼を見捨てて撤退という意見もあったが薄水色の南方のユカタという服に似た薄着以外何も持っていない軽装でどうしてこんな秘境にいるのかがあまりにも不可解であったため、知るために介抱という選択をした。

 

 それはフォーサイトというチーム最大の分岐点となる。

 

 容態が安定したカトーと名乗った彼は礼を言うとここが何処だか教えて欲しいと訪ねてきた。どうやら何も知らずにここに迷い混んだらしい。

 イミーナが「アゼルリシア山脈の山中よ。帝国よりは評議国に近いかしら?」と、禁制品の群生地であることをぼかして答えると反応が悪い。

 何を言っているのか分からない、そんな反応だった。

 

 記憶喪失か、と思い様々な質問をすると驚くべきことに魔法という技術がなく、モンスターが全くいないニホンという国から何らかの事故で転移して来た人間らしいということが分かった。

 本人も「まさか、本当にトリップするなんて……」と想定外の事態に混乱している様子であった。

 

 ただ、魔法の知識は『ユグドラシル』という場所で聞いたことがあったらしく、アルシェから第三位階を使えるスペルキャスター並の魔力を備えていると聞かされると「僕にも《フライ/飛行》や《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》が使えるのか!?」と非常に食いついていた。

 

 魔法の知識が十分にあり、一流の才能もあるのに魔法使いではないというのは奇妙であったが「君たちは全員第十位階魔法は使えるのか?」などと真面目な顔をして言うのだから少なくともカトーは本当に魔法とは縁のない生活をしていたのだろうと一同は納得した。

 

 帝国最高の魔法使いフールーダ・パラダインが扱う魔法ですら第六位階が限度なのだからその辺の冒険者の誰もが第十位階魔法の使い手なんてどんな魔境だというのだ、という反応をするとカトーはなんとも言えない顔をした。

 無知を晒したのが恥ずかしかったのかもしれないな、とヘッケランはナンパで間違った知識をドヤ顔で披露して嘲笑された過去の自分に重ねた。

 

 お互いの状況をある程度把握して一段落した所ででカトーは「一つ、僕に雇われないか?」といった。

 だが、フォーサイトは当然いい顔をしない。無害であるのは分かったがお荷物を抱えてこの山脈を下りるのは不可能ではないが並大抵の苦労ではないのを分かっているから。更に身一つで迷い混んだ何処の大陸にあるかも分からない異邦人からの報酬は期待できない、というのも大きかった。

 冷たいが彼らはワーカーを伊達や酔狂でやってる訳ではないのだ。

 

 すまないが、とヘッケランが代表して断ろうとしたとき、カトーは胸元から非常に精工なとんでもない価値を秘めているのが素人目にも分かる金貨を取り出した。

 あり得ない。確かに彼は何も持っていなかった。介抱をするときにあんな金貨は、なかったはずだ。何処から出したんだ。

 そんなヘッケランにカトーは「報酬はこの金貨と君の疑問に答えることだ」とにこやかに笑って答えた。

 それですまないが、なんだって?と続けてカトーは言う。

 

「すまないが、この依頼受けてもいいよな皆!」

 

 異国の未知の技術に美術品のような金貨が報酬。

 仲間から反対の意見が出るはずなんてなかった。

 フォーサイトとカトーのファーストコンタクトはこのようにして終えたのだ。

 

 この後、彼らは物語にすると小説一冊ぐらいになるちょっとした絆を深めることになった事件に巻き込まれつつも、無事にバハルス帝国の帝都アーウィンタールにあるフォーサイトの拠点である歌う林檎亭につく。

 

 酒場兼宿屋であるそこでヘッケランお気に入りの旨い飯に舌つづみながらカトーは約束通り、金貨を渡して、ヘッケランの疑問に答えとして一つの袋を見せた。

 

 名を〈無限の 背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック〉というそれは500キロまで物を収納できる規格外の便利アイテム。

 魔法もないのにそんな技術を確立してるなんて、とアルシェは呻く。これほどのものを――恐らくそれなりに高価ではあるだろうが――無造作に持つぐらいに普及してるなら、成る程魔法使いなどいないわけだと半信半疑だったカトーの身の上を完全に信じた。

 

 カトーがフォーサイトの面々に申し訳なさそうに笑うのを見て人格者のロバーデイクは「気にすることないですよ」と返す。

 あの場で種明かしをしてしまえば、殺してでも奪われておかしくはなかった。それほどに魅力あるものだったから。

 

ヘッケランは思う。彼が欲しい、と。

 彼の持つ〈無限の 背負い袋/インフィニティ・ハヴァザック〉や道中のアルシェの簡単な教えで《フライ/飛行》を覚えた天才的魔法センスも魅力的だが、詐欺紛いの揉め事の際に発揮された非常に洗練された対人交渉術は常々ヘッケランが求めてやまなかったものだったからだ。

 

 ワーカーはルールに縛られない自由な職だ。だからこそ冒険者組合のように仕事を与えてくれる場所はなく、自分達で売りこまなければならない。

 商人の四男で貴族から貧民街まで幅広いコネを持つヘッケランが騙し騙し仕事を持ってきていたがいい加減限界だ。そもそも交渉術に優れていたら家業を今もしていただろう。

 

 だからヘッケランは「よかったら、フォーサイトに入らないか。行くところないんだろ?」と何気なくいった。三人は一瞬驚いたものの、すぐにカトーなら歓迎すると嬉しそうな賛同をする。だがカトーをみるとすぐにその歓喜を凍らせた。

 カトーは今まで見せたこともなかった泣いてるのか後悔してるのか色々な苦しみをない交ぜた表情を見せたのだ。

 

 ヘッケランは慌てて「そんなに嫌だったらいいんだぞ!?」と返すがカトーは「そうじゃない、そうじゃないんだ。……ただ、懐かしかったんだ」と寂しげな顔を右手の中指につけた深紅の宝石の指輪に向けたきり黙りこんだ。

 

 思えばカトーのいた場所については聞いたがカトーが過去、何をしていたかというのは全く聞かされていなかったことにフォーサイトの面々は今更気づく。きっと、あまりいい思い出ではないから喋らなかったのだというのも察した。

 

 まるで通夜のような雰囲気になったことに気付いたカトーがハッとして「すまない。前の仲間を思い出してさ。こんな僕でよかったら喜んで仲間に入れてくれるかな?」といった。

 カトーを加えた新生フォーサイトは新たな仲間を迎え入れ、日が変わるまで騒いだ。彼の苦しみを忘れさせるように。

 

 カトーはフォーサイトに入ったものの、モンスター退治といった荒事に参加はしなかった。

 というのも、彼は補助魔法に特化しているようで《フライ/飛行》は出来ても《ライトニング/電撃》のような攻撃魔法はまるで覚えられない。なんと、基本的な攻撃魔法である《マジック・アロー/魔法の矢》まで使えなかったのだ。

 

 決定的だったのは怪我をした際にアルシェの《ライト・ヒーリング/軽傷治癒》が効かなかったことだ。このことから、カトーにはあらゆる回復手段が効かないタレント持ちでは、という可能性が浮上した。

 カトーも「チートのバグはメリットばかりじゃないか」と納得しており、心当たりがあるようだった。

 

 いくら第三位階の使い手でも自衛手段も回復手段もない者をパートナーには出来ない。しかし、カトーは残念がることなく「僕はサポート要員として頑張るよ。体力もないしね」というカトーにヘッケランはただ頭を下げた。

 

 しかし、そのサポートが凄まじかった。ブラックキギョーなるもので鍛えた彼の交渉術と事務処理能力は素晴らしく、数組ワーカーを集い円滑に依頼を行う仕組みを考案すると、瞬く間に巨大化したのだ。

 

 そうなると、フォーサイトの面々も依頼ではなくカトーの築き上げたシステムの運営を切り盛りするようになった。

 ヘッケランとイミーナは各商会に人材を派遣する業務を担当し、アルシェとロバーデイクは魔法使いや神官への依頼を師であるフールーダ・パラダインの全面協力の元、簡単に行えるネットワークを構築した。

 フールーダが関わり帝国公認の一大事業となったおかげで帝国と王国の間で行われる人材斡旋業にまで成長し、冒険者組合と対等な提携をするぐらいには大成功を収めていた。

 

 その過程でアルシェの家庭問題も円満解決したのだから、カトーに戦闘能力がなくてよかった、とアルシェの妹であるクーデリカとウレイリカは受付のマスコットとして元気にしているのを見ながらロバーデイクは感じた。

 

 全ては順調だったのだ。

 二週間前、カトーがフォーサイトを抜けるというまでは。

 理由は「もう僕がここにいる理由はないから」だとのことだった。

 全員がそんなことはないと反論した。しかし、彼はいいんだ、というだけ。

 

 だからアルシェは賭けにでた。大事な話があると。カトーはそんなアルシェに根負けした様子を見せ、「明日、新月の夜に話そう」といった。

 

 そうして、新月の晩。

 アルシェは逆プロポーズまでしてカトー必死にひき止めようとした。

 彼女が恥も外聞もなく押し隠した恋心を吐露した結果、「……君が僕のことを好きだというのなら本当のことを言おうと思う」といって滔々と語りだした。

 

 あらゆる回復手段が効かない男は手の施しようのない死病に犯されていたのだと。

 

 アルシェは震える声で「いつから……?」といった。カトーは穏やかな声で「最初からだ」といった。

 カトーは秘境に迷いこんで衰弱したのではない。病に伏していたから衰弱していたのだと。でも、信じたくなかった。

 

「この一年、ずっと元気だったじゃない! 魔法だってあんなに使ってた! 私を諦めさせるための嘘なんでしょう!?」

 

 アルシェの言葉に「嘘だったらよかったのにな」といってカトーは自分がもう助からないということを肯定する台詞を再び言う。

 

 「僕は恐らく、魔法に適応できるように――」

 

 彼女は聞きたくなかった。

 

「――バグ――――が――――――だと、」

 

 彼女はカトーの言葉の意味が理解できないし理解したくなかった。

 幼子のようにいやいやいや!と泣き叫ぶアルシェ。彼女は狂いかけていた。

 だからカトーは言いたくなかった。大切な妹分。可愛いアルシェ。君のことはこの異世界で一番気にかけていたから。

 

 だからカトーは誰にも話さなかった真のタレントを今から使う。

 新月の夜限定に発動する世界の十指の指に入るそのタレントの効果は――――

 

「……《コントロール・アムネジア/記憶操作》」

 

 かつてユグドラシルでエルダー・ブラック・ウーズと呼ばれた化け物になること。

 その副産物で攻撃魔法を普段は使えない、あらゆる回復手段が効かないというデメリットがあるものの、相手の記憶を思い通りにする第十位階という神話の域の魔法すら扱うことができる化け物になる代償としてはあまりにも安すぎて。

 死にかけの、好きな女の記憶を消してしまうような男が持つにはあまりにも重すぎる力だった。

 

 そうして今。

 カトーはフォーサイト最後の仕事をしにエ・ランテルの冒険者組合にやってきていた。

 フォーサイトの業務を完全に引き継ぎを終えた挨拶を組合長であるプルトン・アインザックにしにきていたのだ。

 最後に「ヘッケランをよろしくお願い致します」といって部屋を退出する。

 これから何処にいこうかと考えながら建物からも出ようとすると受付で何やら揉めているのが目についた。

 どうやら銅になったばかりの新人が簡単な依頼しか受けられなくて不満らしい。

 取るに足りないどうでもいいことであったがカトーの足は自然にそちらへ向かう。

 もうフォーサイトではない。だがまだフォーサイトでいたいという未練が勝手に口を動かし、彼に話しかけた。

 

「なら、難しい依頼を受けますか?」

 

 漆黒の鎧をした冒険者、モモン。

 それがヘロヘロであった彼を知るかつての仲間だとも知らずに。

 




ヘロヘロ「ヘッケランをよろしく!」をやりたかっただけの長い前フリ

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