BLEACH外伝 〜千年後、史上最強と称された集団〜   作:二毛目大庄

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いざ、尋常に

広い板張りの床の道場に、男が2人対峙している。

陽の光が道場の引き戸に貼ってある障子紙に当たり、しっかりと磨き込まれた床に反射して道場内に十分な明るさをもたらしていた。

道場内にもたらされる柔らかな明るさとは対照的に、木刀を構えている青年風の男の目は、非常に厳しいものであった。

 

「ほっほ。 "千里轟(せんりごう)"と言われる『元流(げんりゅう)』の師範と言えど、儂には敵わんかのう」

 

男と対峙している初老の男が、青年風の男に挑発的に話し掛ける。

 

「大六野。 挑発に乗るな」

「承知」

「相手の実力が分からん以上、こちらから(せん)を打つのは愚策」

 

青年風の男・大六野(だいろくの)治朗衛門(じろうえもん)は、後ろに控える男・真衣野(まさきの)泰三(たいぞう)の忠告を受けた。

大六野は初老の男との間合いを保ちつつ、じわりと男ににじり寄った。

 

「まぁ待て。 確かに突然現れた儂も悪かった。 ()()はお主と戦うつもりはない。 ただ」

「言い訳は後で聞こう。 真衣野、木刀をやれ」

「やれやれ、分からん奴じゃのう。 それも若さ故か…。 ならばその青臭さ」

 

初老の男は大六野に向かって駆け出し、真衣野が放った木刀を左手で受け取ると、瞬時に右手に持ち替えるや、そのまま右斜め上から左下へ薙ぎ払った。

 

「儂が消してやろう」

 

初老の男が放った袈裟斬りを後ろに飛んで躱した大六野は、木刀を振りかぶると大きく右足を踏み込み、上段から一気に振り下ろした。

しかしそれは(くう)を切り、初老の男には当たらなかった。

 

「爺さんやるじゃないか」.

「だてに歳はくってまいて」

 

大六野は素早く構え直すと、じっと相手を見据えた。

初老の男は一瞬大六野と目を合わすと、掛け声と共に大六野に木刀を打ち出した。

その動きを見切った大六野は、木刀を大きく振りかぶり、勢い良く振り下ろした。

しかし初老の男はそれを右に避けた。

と同時に、大六野の放った木刀が翻り、逆袈裟斬りのように初老の男を襲った。

 

「大六野の得意斬撃"葛斬り(つづらぎり)"。 見切れる者はそうおるまい」

 

真衣野は先程道場内で大六野の演武を見ていたとはいえ、大六野が放つ斬撃に戦慄すら覚えていた。

 

「確かに見事な葛斬りじゃ」

「なっ…」

 

初老の男は大六野の斬撃を完全に見切り、前髪を掠めたものの、傷一つ負っていなかった。

 

「上段の構えから唐竹割りに振り下ろし、本能で利き手側である右に避けた敵を下段から斜めに切り上げる、唐竹逆袈裟斬り 通称"葛斬り"。 じゃがなぜその斬撃が葛斬りと呼ばれるか知っておるか」

「そんな事に興味はない。 昔からある太刀筋だ」

 

再び構え直した大六野は、自分が放つ渾身の斬撃が相手に当たっていない事に、若干の動揺を覚えていた。

それと同時に真衣野は、初老の男の問い掛けに答えを見出しつつあった。

 

「教えてやろう。 20年前の虚侵攻戦で、ある男の手により唐竹逆袈裟斬りでいくつもの虚が斬られていった。 その男の名前から付けられたのが"葛斬り"じゃ」

「まさか…」

「そう。 唐竹逆袈裟斬りは儂の得意斬撃じゃよ」

 

その時ようやく真衣野は目の前の初老の男と、ある高名な男の顔が一致した。

 

「は、八剣聖(はちけんせい)副総代・葛貫(つづらぬき)勢五郎(せいごろう)…!」

「ほっほ。 お主のような若者でも知っておるとは、儂も捨てたもんじゃないのう」

 

真衣野は脂汗が噴き出し、全身の血が引いていくのが分かった。

尸魂界全土、無数に()ると言われる様々な流派。

無数の流派にはそれぞれに開祖・師範・免許皆伝の剣士がおり、それに無流派の剣士も含めると、尸魂界に居る剣客は天文学的数字の人数となる。

その中で選ばれた、たった8人の大剣豪"八剣聖"。

八剣聖の序列はその強さで決まる。

副総代という事は、八剣聖で2番目に強い男という事。

八剣聖で2番目に強いとなると、この広大極まる尸魂界全土で2番目に強い剣豪と同義。

その男がなぜここにー。

 

「少々手荒い真似にはなるが、さっさと終わらせて儂の目的を果たすと致そう」

 

葛貫は上段の構えをとり、大六野に対峙した。

その時になってようやく葛貫は、剣気を解放した。

真衣野はすでに戦意を喪失しており、膝が笑っている。

 

「八剣聖の副総代、だと?」

「…やめろ大六野」

「こんな爺さんが尸魂界で2番目に強い大剣豪だと?」

「よせ」

 

大六野は葛貫の剣気にあてられて、冷や汗を流しながらも辛うじて自我を保っていた。

そして下段の構えにとると、葛貫に向かって走り出した。

 

「大六野、よせ!」

「師範ともあろう者が刀を握り込むとは…笑止(しょうし)

 

下段の構えから出された大六野の胴斬りを左に交わした葛貫は、体勢を崩しながら目の前を通る大六野の背中目掛け、木刀を上段から打ち付けた。

生木を無理矢理折ったような音と共に、大六野が思わず漏らした苦悶の声が道場内に響く。

 

「大六野!」

「だ、大丈夫だ。 まだやれる」

 

背骨では無いにしろ背中の右側をやられた大六野は、もはや木刀を両手で握る事は叶わず、左手一本で持っているような状況であった。

大六野は息切れ甚だしくも木刀を左半身に落とし込み、再び下段の構えにとった。

 

「いざ、尋常に…」

 

大六野の身体は限界だった。

 

「こりゃあ!!」

 

大六野が葛貫の間合いに一歩踏み込もうとしたその瞬間、道場の引き戸が勢いよく開け放たれた。

大六野と真衣野が振り返ると、そこには決して大柄とは言えない、口髭を蓄えた丁髷(ちょんまげ)姿の男が立っていた。

 

「総師範!」

「貴様ら、道場内で果たし合いか? 果たし合いなら外でやらんか」

 

元字塾(げんじじゅく)』総師範でもあり、護廷十三隊の総隊長でもある山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)は、己の門下の者を一喝すると、道場内にいる"異物"に目をやった。

 

「お主か…。 元字塾には立ち入るなと言い置いたはずだが?」

「ほっほ。 山本殿が来るとは予想外。 ここは一旦引かせて貰うかのう」

「…おめおめと逃すと思うか?」

「勝てぬ訳ではないが、老体に傷は付けたくないのでな。 大六野厳蔵(ごんぞう)治朗衛門よ、お主とは再び会う事になるじゃろう」

 

葛貫はそう言って引き戸を木刀で斬り裂き、瞬歩で駆けていった。

追おうとする大六野を真衣野が制止し、"来客"の訪問は終わりを告げた。


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