Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
第九話です。
キリト視点です。
苦手な方はご注意ください。
よろしくお願いいたします。
<Kirito>
燃え盛る即死の大剣を携えた、騎士の手の軍勢。
それに圧倒されて言葉が出なかった俺に代わり、アスナが身を捩りつつ一護に忠告を飛ばした。
「一護! その剣に触っちゃダメよ……貴方がどんなに強くても、触れたら最後、その炎に一瞬で焼かれて消滅するわ!!」
「お前がそう言うっつーことは、この剣の出処はアスナ、オメーの頭ン中ってことかよ。他人の事言えた義理じゃねえけど、めんどくせー記憶持ちやがって」
悪態を吐きつつ、しかし一護はあくまでも冷静だった。太刀を正眼に構え、羽根をめい一杯に広げた体勢を取る。
「……触んなきゃいーんだろ。だったら全部避けながら、叩っ斬るしか無えってコトだ!!」
叫び、同時に羽根を後方に振り抜き急加速。掻き消えるような速度で飛翔し、炎の刃の群れを掻い潜った。
一瞬で間合いを詰めた一護による最下段からの斬り上げが須郷を襲うが、白い盾が出現して受け止められる。重ねて放たれた拳も同様に防がれ、三撃目は背後から襲来した大剣により中断。一護はその場から高速で退避、着地し地を蹴り再度攻撃を仕掛けた。
一護の攻撃を阻んでいるあの神出鬼没の白い盾。おそらくあれはSAO攻略組の誰かから抽出されたヒースクリフの神聖剣最上位剣技、自動防御を司る《イージス》の改造品だ。改造、と判断したのは、色の違いのほかに、感知範囲が異様に広いように見えたためだ。
ヒースクリフの場合、盾の可動範囲外が《イージス》の守備圏内だったはずだが、奴の盾は一護の全包囲からの連撃全てを狂いなく防いでいる。突破不可能なクエストを設定するような奴のことだ、三六○度全ての攻撃に反応するようプログラムを書き換えるくらいやっているに違いない。
けど、須郷は神じゃない。人間だ。どこかにきっと見落としがあるはず。一護がそこを突けば勝ち目が……そこまで考えて、俺ははたと気がついた。
俺は、何故、ここにいる?
アスナを、
確かに、アスナを助けるためなら悪魔の力を借りてでも、死神に魂を売ってでも構わない。けれど、助けるのは俺自身の手でなければ意味がない。それが、この世界に来るにあたって俺が自分自身に定めた規律だ。
『ソードアート・オンライン』
あの狂った剣の世界から彼女を解放することを約束し、しかし結局は一護によってそれが成された。内心でホッとした反面、どこかそれを悔しく思う自分がいた。あの最後の決戦の場に立っていたのが、もし俺だったならと、何度も何度も考えた。同じ攻略組で、エクストラスキル持ちで、いやそれ以前に同じ一人の剣士であるアイツと俺の差はなんだったのか、幾度も自分に問うてきた。
だから、アスナがALOに囚われていると知り、今度こそ自分の手で助け出すんだと、そう決めてここまで戦ってきたのだ。何人もの助けを借りながらも、救うのは己の剣なのだと、胸に誓って進んできた。ユイと再会し、リーファと出会い、ユージーンを倒し、サクヤたちに助力し、一護と共に世界樹を突破した。アスナのことばかりを考えた末、他の皆のことを一護に押し付けることすらした。全てはただ、アスナ救出のために。
だが、今の俺の
重力に打ち負け、地に伏し、這い蹲るばかり。
一方の一護は重力に打ち勝ち、その足でしっかりと立ち、大太刀を振るって敵に向かっていく。
……同じじゃないか、あの時と。
ただ見守る俺と、全ての元凶に挑む一護。
それとも、これがアイツと俺の力の差、その結果だとでも言うのだろうか。
昔一度だけ、一護から自身の過去を聞いたことがある。
アイツはずっと、現実世界でケンカにばかり明け暮れていた素行不良者だったらしい。自分の派手な髪の色に因縁を付けてくる連中、その挑発に短気ゆえに全て応じてしまい、片っ端から殴り飛ばしていたのだと。
けれど年齢を重ねるにつれて、親や妹、友人たちに助けらたり迷惑をかけたりしながら、少しずつマシになっていったという。勉学に励んで不要な争いを退け、身体を鍛え上げて護る力を手にし、本人曰く「そこそこの数」の敵とそれ以上の仲間に出会い、仮想世界に幽閉されるその日までそれなりに上手くやっていたと、どこか遠い目をしながら言っていた。
その時、俺は思った。
現実の貧弱な肉体に失望し、ゲームの世界に逃避して、そこで手に入れたステータス的な強さと経験を自分の強さとすり替えていた俺とは比べものにならない。俺には想像もつかないような経験を現実世界で乗り越え、悩み、打ち勝ってきたに違いないと、詳細を訊かなくても確信できた。
一層で見せた「自分自身の強さ」も、十九層で見せた「他人に頼る強さ」も、六十一層で見せた「護る強さ」も、七十五層で見せた「命を賭ける強さ」も。全て俺が欲して止まず、けれど手が届かなくて諦めたものだ。
その全てを持ったアイツと、比較するほうがおこがましいのだろう。須郷は一護を部外者と言ったが、本当に部外者なのは俺の方なのかもしれない。
「ぐぉッ!?」
「一護っ!?」
一護の驚きの声とアスナの悲鳴。見れば、先ほどまで高速戦闘を繰り広げていた一護が地に伏していた。重力に潰されたのかと思ったが、続く須郷の嘲笑でそれは打ち消された。
「ふん、これで動けないだろう。どうだい? 専用プログラムを組み上げて君のアバターと床の相対位置を固定した。しかも、魔法と違ってパラメータに遊びなんてもたせない、完全底面固定さ。本来
「て……めェ……!」
一護は怒りを孕んだ声を上げ、須郷を睨む。遥か高みから見下す妖精王は、その眼差しを冷ややかに受け止めながら、
「やれやれ全く、この状況でも首から上を動かせるなんて、往生際が悪すぎて憐れに思えてくるね。仕方ないから、これも上乗せしておこうか」
その言葉と同時に須郷は指を鳴らす。と、虚空から四本の黒い帯と無数の鋲が飛んできた。黒い帯が一護を後ろ手に縛り上げ、鋲がその腕ごと彼を地面に縫い付ける。
「これも君の記憶からの生成物だ。中々便利なものを記憶してくれていて助かるよ。
「妄、想……だと……?」
多重拘束を受けながらも何とか離脱しようと抗っているらしい一護が訊き返す。
「うん。だってそうだろう? ある日必然超人的な力を手に入れ、化け物共を倒し、囚われた仲間を助けに行く。戦乱の規模は大きくなり、そしてついには世界の存亡をかけた大戦争! 仲間と力を合わせた君は強く成長し! やがて世界を救った英雄になった!!
いやあ見ていて笑いが止まらなかったよ!! 君のようなチンピラでも、こんなバカげた漫画の世界みたいな妄想をするんだね!! 記憶がこれだけ鮮明ということはそれだけ強く印象に残っているということなんだろうが、こんな現実離れした空想が記憶の大半を占めているだなんて、実に可哀そうな人間だねえ君は!」
「テメエ……ク、ソ、がああああああッ!!」
あざ笑う須郷に対し、一護は絶叫しながらもがく。ほんの僅かばかり身体が動くようになったのが見えたが、それでも拘束が外れる気配はない。須郷はその様子を睥睨した後、一護の太刀と俺の大剣を奪い、空中に放り投げた。その先に控えていた炎の大剣が即座に反応し、二振りを切断。紙クズのように燃えていくのを、俺は呆然と見ていた。
地面で足掻く一護も、拘束から逃れようと必死なアスナも、それを鎧袖一触にする須郷も、全部が他人事のように感じる。スクリーンを隔てて展開されているドラマを見ているような、冷めきった諦観が俺の全てを支配していた。
『逃げ出すのか?』
――そうじゃない、現実を認識するんだ。
『屈服するのか? かつて抗った力の差に』
――仕方ないじゃないか。須郷はゲームマスターで、一護はそれに打ち勝ったことのある男。ただのプレイヤーでしかない、俺の出る幕じゃないんだよ。
『それはあの戦いを汚す言葉だな。無敗の私から愛する者を奪うため、単身で踊んだ末に私を追い詰めて見せた、決闘場でのあの戦いを』
『それに、彼も君も同じプレイヤーだ。今の君を縛り付けているのは、取るに足らない思い込み。同じ立場にいるはずの彼に出来て、君に出来ない道理はない』
『さあ、立ちたまえ。立って戦うのだ』
『――立ちたまえ、キリト君!!』
何処からか脳裏にこだました声。
その言葉が、俺の全身を稲妻のように貫いた。
とうに枯れたはずの活力が四肢に漲り、俺は再び抵抗の力を取り戻す。一護のアドバイスに従って、仮想の腹筋に力を籠め、脚を踏ん張り――、
「う……ぐ、おぉ……ッ!!」
最後に歯を食いしばり、背筋を伸ばして立ち上がった。
須郷は立ち上がった俺を見てポカンとした間抜けな表情を浮かべたが、すぐにやれやれと首を振りながら右手を振りかざし、
「まだ妙なバグが残っているなあ。全く、運営チームの無能共、が!!」
俺目掛けて叩きつけようとした。
だがその前に、俺は口を開き、脳裏に流れた一連の言葉を一気に形にする。
「――システムログイン。ID《ヒースクリフ》。パスワード****-****-****。システムコマンド。スーパーバイザ権限変更、ID《オベイロン》をレベル一に。スキルID《ブラックボックス》及びスキルID《イージス》を
捲し立てた俺の言葉に従い、須郷の眼前にレベル固定の通知ウィンドウが出現。さらに俺たちを押さえつけていた強大な重力が消失し、同時に須郷を覆っていた透明な壁が甲高い音をたてて粉砕した。
「……な、何だそれは! 僕より高位のIDだと!?」
須郷は狼狽しながら左手を振り、管理者ウィンドウを出現させようとした。が、何度振ろうとそこには何も出て来ない。
「くそッ……くそッくそくそくそクソシステムがあああッ!! こんな餓鬼の言いなりになんかなるなよ!! お前は僕に従っていればいいんだ!! システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》を
半狂乱になった須郷が右手を突き出し叫ぶ。しかし、今の管理者権限は俺にある。もうただの一般プレイヤーと同権限になった須郷がシステムコマンドを口にしたところで、何も起こるはずがない。
「ふざけるな!! 僕はこの世界の支配者だぞ! 創造主! いや王! 神……! この世界で僕より上など存在しない!! 至上の存在だ!! だから言う事を聞け! このポンコツが!! 神の……神の命令だぞ!!」
「そうじゃないだろう、須郷。お前は盗んだんだ。世界を、そこの住人を、そしてその大切な記憶を。盗品で偽の世界を飾り立て、奪った玉座の上で独り踊っていた泥棒の王だ――システムコマンド!
俺の声が闇に響き渡り、同時におびただしい数の数字と記号の羅列が手元に出現。次の瞬間には、漆黒の刃を持つ片手剣の姿となり、俺の手の中に納まっていた。その肉厚の刃や手首にかかるずっしりとした重量は、あの剣の世界で振るい続けた懐かしい片手剣そのものだった。
俺は吊り上げられたままのアスナと目を合わせ、はっきりと頷く。抵抗し続け憔悴しきってはいるが、彼女のはしばみ色の瞳はまだ死んではいなかった。弱弱しく、けれどはっきりと首肯が返ってくる。
「決着と付けるぞ、須郷。泥棒の王と、勇者の成り損ないの。――システムコマンド! オブジェクトID《オブジェクトイレイサー》を
新たに告げられたシステムコマンドにより、騎士の手に握られていた炎の大剣が全て弾けるように消滅していった。剣を地面すれすれに引き下げ、明らかに怯えきった表情の須郷を見据える。オブジェクトイレイサーは全て消え去ったが、騎士の手は別個のプログラムによって動いているのか、全て消えずに残っている。ならば……、
「システムコマンド。プログラムID《メモリー・リアライジング・プログラム》を
その大元を断つべく、俺はシステムコマンドを上書きした。だが、予想に反して手は消えない。一護を縛る黒い帯や鋲もそのままだ。一体、どういうことだ……手元に展開されている管理者用のウィンドウに目を落とすと、そこには《Command Error》の文字。
「……は、はは。あははははは!! 止まるわけがないだろう! どういうわけだか知らないが、記憶実現のプログラムはそこでくたばっているチンピラのアバターと連動しているんだ!! データが保存されているSAOのサーバーがブラックボックス化していて手が付けられていないから、残念ながら僕にも制御が出来ない。が、それはつまりこの場にいる誰にも止められないということ!! 止めたいならその手で一護君を殺すんだね――ただし、この状況でそれが出来れば、だけど」
どういう意味だ、俺がそう問う前に須郷は手首のブレスレットを外し、床に叩きつけて砕いた。同時に俺の目の前にウィンドウが出現した。
そこには、
『
という文章が並んでいた。
ペインアブソーバ、痛覚吸収。そのまま受け取れば、これはつまり、本来感じるはずの痛みを減衰するためのシステム。それが最低レベルに固定されたと言うことは、攻撃による痛みがそのまま脳に伝わってしまう。剣で一護を斬れば、本物の激痛がアイツを襲う。最初から一護を殺す気なんて欠片もなかったが、これで一護も俺もアスナも、傷つくわけにはいかなくなった。
「ははっ、もう管理者権限などどうでもいい!! こんな出来損ないの世界の玉座など、いくらでもくれてやる!! 僕がこの手で直々に始末してやろう!! 見るがいい!!」
そう言い放ち、須郷が両手を頭上に掲げる。するとそこに無数の騎士の手が出現。獲物こそ持っていないが、その指先には真紅に光が灯っている。その光を見た俺の脳裏に七十五層のフロアボス、骸骨百足の死に際の凶相が浮かぶ。その予感は正しく、直感でその場から飛び退いた俺の足元を無数のレーザーが撃ち抜いた。
「ふはははっははっはは!! どうだ!! これが僕の今の力だ!! 管理者権限がなくとも、記憶実現システムを暴走させているこの空間内でなら、脳裏に強く描けば力が手に入る。貴様ら凡百の脳とは違う、ゲームしか能のない貧弱小僧と、妄想に取りつかれたチンピラ風情が永久にたどり着けない天才の頭脳が描き出す、究極の『強さ』だ! 貴様らとこの僕の頭脳の差、いや魂の格の違いというものを思い知るが良い!!」
哄笑しながら、須郷は周囲に展開した手の先から無数にレーザーを放ち続けた。それを躱し、剣で受け、斬り払いながら、俺は歯噛みしていた。ようやく活路を見いだせたのに、須郷の実質的な無敵状態を解除したのに、それでもまだ奴を斬ることは適わない。あともう一押し、必要だ。
――なあ一護。
こんな時、お前ならどうする。
一人で孤独に戦ったか?
奇跡を願って耐え続けたか?
それともここで諦めたか?
……多分、どれも違うよな。
お前は仲間と一緒に戦うことを選んだはずだ。十九層のボス戦でリーナに叱咤された時のように、仲間と肩を並べて敵に挑むはずだろう。
だから一護、力を貸してくれ。お前に任せるわけじゃない。けど俺に任せろとも言わない。一緒に、二人で、須郷を倒すんだ。
俺はもう記憶の複製に打ち勝ったぞ。オブジェクトイレイサーを消し、イージスを壊し、重力魔法だって無くしてみせた。ならお前にだってできるはずだ。SAOで最も強く、本物の死神になってアインクラッドを死滅させたお前になら、できるはずだろう。たかが数十行のプログラムなんかに、抑え込まれて寝てる場合じゃないだろ!
――立てよ、立てよ一護!!
「……ひっひっひィ! ああ楽しいねえ!! そうだ、せっかくのお祭りだ。バックグラウンドが寂しいままなのも無粋だよねえ? なら、こんあ感じでどうかなあ?」
いやに間延びした笑い声と共に、須郷が足元のスイッチを踏む。と、今まで前面リアルブラックだった周囲の闇に、膨大な数の記号の羅列が出現。Alisa、Brian、Charlie……それらは全て、プレイヤーネームだった。横には
「ああ素晴らしい! 見給えよキリト君、アスナ君!! これが僕の、神の御業。人の感情の制御だよ!! 僕の指先一つで引き起こされる、阿鼻と叫喚の混声合唱!! ああ美しい、なんて美しい音色なんだ!!」
聞こえてくる無音の絶叫。レーザーをばら撒くことを止めない須郷は自身の引き起こした惨劇に酔いしれるように身を捩り、ふと一点に視線を固定した。それと同時に、アスナが押し殺したような悲鳴を上げる。襲い来るレーザーを躱し、俺も一瞬チラリとそっちを見ると、そこにあったのは、
「『Lina:Terrer』……!? そんな……リーナ、貴女まで囚われていたの……?」
自身の友人が今この場で無意識の苦しみに苛まれている事実を受け、アスナはショックで言葉を失う。その絶望の表情を見て、須郷は満足そうに嗤った。
「くっくっく、彼女は確か、一護君と行動を共にしていたんだよねえ? なら丁度いい。ここで邪魔者を始末したら、アスナ君を楽しむ前座として一番最初に脳を犯してやろう。あらゆる負の感情で、人格すら封印してしまうレベルで記憶と感情を凌辱してやる! 一護君のデータセクターの、真正面でね!! ああ面白い、なんてユニークな体験なんだろう!!」
「須郷……許さない。貴方! 絶っ対に許さないからね!!」
震える声でアスナの放った怒りの叫び。それが面白くて仕方ないとでも言うかのように、須郷は腹を抱えて大笑いしている。金属がすれるような裏返った声が空間いっぱいに響き、回避で手一杯の俺に怒りと焦燥が押し寄せてきた……。
その時だった。
ピキッ、と小さな音が、耳に届いた。
本来なら聞こえるはずもないくらい、微かな小さい亀裂音。
しかしそれは俺だけでなくアスナや須郷にも聞こえたようで、二人同時に視線が音源の方に向かった。
そこにいたのは、五指を床にめり込まんばかりに突き立たせ、四肢を突っ張り、蒼い燐光を纏って起き上がろうとしている一護の姿だった。
身体を覆う蒼光は徐々に強くなり、何本か飛んできたレーザーを打ち消してしまうほどの密度を持っている。まるで力そのものを鎧のように纏っているかのような、雄々しさに満ちた姿をしていた。
そして、
「――ぁぁぁあああああああアアアッッッ!!」
大絶叫と共に一護が拘束を打ち破り、ついにその足で大地を踏みしめた。旋風が巻き起こり、アスナの身体が大きく揺れ、須郷が数歩たたらを踏む。
「……ずいぶん長い居眠りだったな、一護」
驚愕故か、須郷のレーザーの雨が止んだ隙に、俺は一護の隣へと駆け寄って声をかけてやる。全身の力を振り絞った後であろうというのに、一護は特に疲弊した様子もなく、燐光を纏った堂々とした立ち姿のまま俺に視線を向けた。
「わりぃ、手間とらせた」
「お、なんだよ素直だな。ひょっとして、寝ぼけたままか?」
「うっせえな。ほっとけよ」
ぶっきらぼうに言い返し、一護は須郷を睨む。その目の鋭さは今まで見た中で最も強く、目が合っただけで須郷はさらに数歩後退した。
「よぉ、テメエさっき言ったよな。この空間じゃ強く思い描いたことが実現するとか、魂の格の違いがどうとか」
視線をそらさないまま、一護はゆっくりと体勢を変える。
重心を下げ、右手を柄を握るようにして腰だめに構え、左手は鞘を支えるように番える。まるで居合いの空打ちのような体勢になった瞬間、燐光が一気に膨張。青白い光の柱になって一護を覆い尽くした。
その姿からは途方もない圧力が感じられ、近くにいた俺は思わずその場から飛び退いていた。何か、大きな力の奔流が来る。そう感じて。
一護は一切その場から動かない。威圧で硬直した須郷を見据えたまま、あくまで静かに、
「だったら見せてやる。コイツが俺の――魂だ」
告げたその時、
恐怖を捨てろ――
虚空の彼方から、声が響いた。
重々しく、低い、男の声。それは俺以外の面子にも聞こえたらしく、アスナは驚きの、須郷は狼狽の表情で辺りを見渡す。俺も周囲に視線を走らせたが、声の主と思しき人物は見つからない。
と、その声の残響が消えるのに合わせて、
「――前を見ろ」
一護が短く言葉を発する。まるで申し合わせたかのように、低く、鋭い声で。
進め――
「――決して立ち止まるな」
謎の声と一護の声。二つが重なり響き渡るごとに、光の猛りは激しくなる。
退けば老いるぞ――!
「――臆せば死ぬぞ!」
そして、その猛りが最高潮に達した瞬間、
叫べ!
「――――斬月!!」
一護の目が蒼く輝き、光が爆発した。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
中盤の呼びかけが一護ではなく原作通りキリト宛てだった理由は、次話で書きます。
……そして、お待たせ致しました。
次回、ようやくSFT(スーパーフルボッコタイム)です。
よろしくお願いします。