Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
第六話です。
よろしくお願い致します。
キリトによってアルン市街地に一分と経たずに戻ってきた俺は、そのまま手近な宿の一室に引きずり込まれた。
最低限の備え付けしかない部屋に俺を押し込むと、キリトはドアの前に立ったまま腕を組み、真っ直ぐに俺を見る。その表情には浅黒い肌とやんちゃそうな顔立ちに似つかわしくない凄みがあったが、目にはまだ驚愕と動揺の色が残っていた。
「さあ、説明してもらうぞ一護! どうしてお前がALO内にいるのか、今まで何があったのか! それと――」
「ちょっと待てキリト。その前に一つ、俺からテメーに訊きてえことがある。大事なことだ。先に訊かせろ」
世界樹からここまでダッシュした勢いそのままに捲し立てるキリトを強引に遮った。俺のマジメな声色に、キリトも思わずといった感じで口を止める。
「な、何だよ、いきなり」
「いいから訊け。すげー大事だ。そんで今すぐ応えろ」
強い口調で言うと、キリトも流石に圧されたらしく、前傾していた姿勢を戻して無言で俺の次の句を待った。
奴が冷静さを取り戻したのを確認した俺は、正面切ってキリトと向き合い、
「キリト、お前……
「……へ?」
さっきから気になってた疑問をぶつけた。
「だから、さっきの金髪の奴は浮気相手かって訊いてんだ。ったく、アスナが近くに居ねえからって他の女取っ捕まえて遊ぶのは、正直男としてどうかと思うぜ?」
「い、いや、リーファはそういうんじゃ……」
「何だよ、言い訳か? それとも、まだそうなってねえってだけか? 横にいたあのチビ男と取り合いでもしてんのかよ。SAOでもなんとなく気づいてたが、けっこうタラシだな。オメー」
「ち、違う! リーファはリアルの俺の妹だ!! そういう関係じゃない!! 大体、俺の恋人はアスナただ一人だ!! 浮気なんてするわけないだろ!!」
顔を真っ赤にしたキリトが叫んだ。まあ、ぶっちゃけこのオチは予想してたが、やっぱちげーのか。いや、「誰にも言うなよ!?」とか返された方がビビるから、むしろこうなってくれなきゃ困るんだけどよ。
けど、とりあえずキリトを正気に戻すことには成功したみてえだ。焦りやら驚きやらで半分パニクってたし、あんな状態でアレコレ一方的に問い詰められたら堪ったモンじゃねえしな。
肩を上下させてゼーゼーやってる黒衣の剣士に「そりゃそーか」とだけ返してから、近くにあった丸椅子を引き寄せてどっかりと腰を下ろした。
「まあ、今の冗談は置いといてだ」
「やたら真面目な顔しておいて冗談だったのか、あれ……勘弁してくれ、一護。何だかドッと疲れた」
「俺に会ってテンパるオメーが悪いんだろ。ちょっと落ち着けよ。じゃねえと、手前が訊きたいことも訊けなくなっちまうじゃねーか」
それに、と付け加え、やっと頭が冷えたらしいキリトと目を合わせた。
「訊きてえことが山積みなのはコッチも同じだ。SAOクリア後、俺以外の連中がどうなったのか、現実じゃ今なにがドコまで解決してんのか。俺の行動経緯を話す代わりに、テメーにもキッチリ説明してもらうぜ」
◆
再会の挨拶もそこそこに、俺とキリトは互いの知っている情報を教え合った。俺はALOで目覚めてからここに来るまでの経緯を話し、キリトは現実世界で今起こっていることを説明した。
それによると、現在、SAOを生き残った七千人近いプレイヤーのほとんどは無事に意識を取り戻したんだが、生存者のうち三百人が未だ意識不明のまま昏々と眠り続けているらしい。初期化されるはずのSAOのサーバーは動き続け、昏睡が続く三百人の中には、俺の他にキリトの恋人であるアスナも含まれていた。キリトはアスナがこのゲーム内に幽閉されているという情報を掴み、ALOにログインして幽閉場所と目される世界樹までやって来た、と語った。
一応、SAOプレイヤーの連中の本名と所在は秘匿されてるらしいんだが、キリトは役人と交渉してSAO内部の情報と引き換えにアスナの居場所と状況を聞き出したんだとか。その辺は流石だな、と何の気なしに感心しちまったが、ふと、んじゃあ俺が昏睡したままだってのは何で分かったんだよ、と聞くと、
「エギル経由で手に入れたアルゴからの情報だ。空座町の隣町に住んでた奴は、一護と同じ空座総合病院に搬送されてたらしい。んで、リハビリの合間に院内をほっつき歩いてたら「一護」のネームプレートを見つけて、見舞客が来たときにひょっこり覗いたらお前がいたんだそうだ」
……ってことらしい。何やってんだ、あのちんちくりん。
で、話を元に戻すと、アスナ救出のため昨日からALOにログインした奴は偶々出会った
「にしてもよー、キリト。今の話を聞いた限りじゃ、俺は『出られるハズが出られてねえ』んじゃなくて、『眠ってるはずなのに動けてる』ってのが正解なんじゃねえか?」
俺がそう提言すると、対面のベッドに浅く腰掛けたキリトもはっきりと頷き、同意を示した。
「俺も全く同感だ。SAOクリア後、生き残った連中の現在は、現実世界に無事に戻っているか、昏睡したままログアウトできていないかのどちらかしかない。意識があって自由に活動できているという例外点はあるけど、それでもログアウトできていないという現実での状況を考えれば、一護の置かれた状態はおそらく後者と同じなんだろう。
そもそもSAOというゲーム自体が消滅してしまった今、その単なる一仕様でしかない『ログアウトボタン無し』が、別のゲーム内に入ってまで一護を縛り続けているなんて有りえないしな。ログアウトできていない原因はSAOじゃなく、このALOにあると見た方がいい」
つまり整理すると、現在の情報から確信できることは大きく二つだ。そう言い、キリトは指を二本立てた。
「一つ。アスナだけじゃなく、SAOを生き残ったにもかかわらず昏睡を続ける三百人は、やはりこのALO内に囚われている。アスナに続き、一護もこの世界にいるとなると、他も同様である可能性は極めて高いと考えていいと思う。
もう一つは、一護もその中の一人であり、他のプレイヤー達と同じくALOに囚われているため自力によるログアウトは実行できない。が、俺の知る限り唯一意識を取り戻し仮想空間内を自由に動けていることから、他のプレイヤー達にはない要素が存在すると思われる。
……あ、もう一個あったか。『ログアウトボタン無し』と同じように、『HP0=現実での死亡』も人間目線で考えれば危険度は高いが、システム的に捉えればこっちも単なるSAOの一仕様だ。だから、ハード面で制約が掛かってるナーヴギアの強制解除禁止と違って、『HP0=現実での死亡』の方の死の枷は、もう解除されていると思うぞ? 万が一HPがゼロになっても、他のプレイヤー同様昏睡したまま意識が回復しないだけで、即死することはないと思う。ま、こっちの検証には命を賭けなきゃならないから、実際に試すなんてことは出来ないけどな」
一つ目は、まあ分かる。三百人が同じ状態なら、その原因も居場所も同じって考えんのは自然だし、その中で俺とアスナ、二人だけってこともねえだろうし。
付け加えた三つ目も、理屈的には分かる。ホントかどうかを試す気は、キリトが言うように微塵もねえけど。
だが、二つ目に関しちゃ、理解は出来ても納得がいかねえ。そりゃ確かに、俺が他の三百人と同じ扱いなら、本当は昏睡してなきゃいけない。けど実際、俺はあの洞窟内で目覚めている。ってことは、そこになんか他にはない原因っつーのがあるんだろうが……。
「っつっても俺、何かやらかしたかよ。まさかアレか? 茅場をブッ倒した報酬的ななんかだったりすんのか?」
「いや、その可能性も絶対ないとは言わないけど……待てよ。一つ、思い当たることがある」
俺のことだっつーのに、キリトは即座に何か思いついたらしい。コンソールを開いてなにやら忙しなく指を走らせ、そこから少し考え込んでから一人頷いた。
「……うん、多分これだ」
「何だよ、なんか分かったのか」
「一応な。でも一護、それを話す前に一つ質問だ」
キリトは人差し指を立てつつ吊り上がった大きな目で俺を見て、
「一護、お前がこの世界に来てから見たものの中で、
「あ? まあ、幾つかな。やっぱこの世界にも、SAOと同じ記憶を具現化するプログラムみてえなモンがあるっぽいし、ウザいったらねえよ」
「それを見たのは、いつ、どこで?」
「さっき開かれてた、小規模トーナメントの景品だ」
「そこだ。そこに、というか記憶の実現化プログラムである『メモリー・リアライジング・プログラム』に、一護が目覚めることが出来た原因があるんじゃないか?」
「……は? どういうことだよ、それ」
確かに、茅場が言うには記憶実現プログラムは俺の記憶に執着してたらしい。事あるごとに俺の記憶を読み、そっからアインクラッド各所に俺の記憶の断片を取り込んだと。だから、このALOにも同じシステムがあったなら、そうなってる可能性は十分にある。死覇装の件もあるしな。
けど、それと俺の目覚めがどう関係するのかは、さっぱり分かんねえ。理解できずに訊き返した俺に対し、キリトは再び首肯して、淀みのない声で説明を始めた。
「まず最初に確認だ。SAOで作動していた記憶実現化プログラム『メモリー・リアライジング・プログラム』は、茅場が七十五層のボス部屋で言っていたように、プレイヤーの記憶から情報を引き出し、仮想世界にクエストやアイテムといった形で実装することを目的にしたものだ。起動したのはプログラム始動から二千時間後であり、そのうちの五十時間はプレイヤーの記憶のスキャニングに当てられた。
そして、このプログラムが最初に採用したのが一護の記憶であり、以後事あるごとにお前の記憶がプログラムに従ってアインクラッド内に実現することとなった……ここまではいいか?」
「ああ。その辺は問題ねえ」
「よし。で、この前提を基に一つ確認したいことがあるんだけど……ユイ、いるか?」
「――はい、パパ」
キリトが呼びかけると、中空に光が凝縮して、そこから一体の小っこい妖精が出現した。花を思わせるドレスを纏った黒い長髪の女……っつーか幼女の見た目をしたそいつは、キリトの肩にふわりと舞い降りた。
ユイと呼ばれたこいつが一体何なのか気になったが、それより今、キリトのことを「パパ」って呼んだことにちょっとビビった。その呼び方がデフォなのかは知んねーが、万一キリトがそう呼ばせてるんならドン引きだ。性癖は人それぞれって言うが、それはちょっとマニアック過ぎねえか。
内心で引く俺を余所に、キリトは肩の小妖精に問いかけた。
「一護が目覚めた昨日の十二時。そこから一九五○時間前にALOで何があったか、検索できるか?」
「ちょっと待ってくださいね…………あ、見つけました。一九五○時間前、つまり昨年の十一月二日の午前六時は、ALO内における大規模メンテナンスの終了時刻と一致します。内容は、飛行の滞空時間の若干の延長、新しいクエストとアイテムの追加、および多数の機能アップデートです」
見た目相応に幼い声でスラスラと報告する小妖精の言を聞き、キリトは大きく頷いた。
「やっぱりな。一護、これが俺の考えの根拠だ。
一九五○時間というのは、記憶実現化プログラムの待機時間から記憶のスキャニング時間をマイナスした時間と等しい。これはつまり、プログラムが記憶のスキャンを省略し、SAO開始時に読み込んだ記憶のデータをALOに流用したことを意味している。
かつ、SAOでの最初の起動時と同じ待機時間を経たのであれば、大規模メンテの裏側で実装されたであろう記憶実現プログラムは今回のトーナメントでALOにおける最初の起動をしたということ。そして、その初めての作動によって一護の記憶からアイテムが形成され、さらに同時刻に一護自身も眠りから目覚めた。つまり……」
「SAOからALOに移った記憶実現プログラムの再起動か、それによる俺の記憶の実現。そのどっちかが俺の昏睡からの目覚めのトリガーになった……そういうことかよ」
「現時点で最も高い可能性としての話、だけどな。実際のシステムの動きを見てみなきゃ、断言はできないさ。でも、これだけの要素がピタリと一致しているんだ。ただの偶然とは思えない。プログラムが、というかカーディナルが一護の記憶に執着する余り、起動と同時に意識を覚醒させてしまうほどの連動性を発揮した、なんて可能性も、決して低くはなさそうだ」
得意じゃねえシステムの話にどうにかついていく俺とは対照的な様子で、キリトは饒舌に自身の考えを話した。ガキの頃からゲームに明け暮れてたってのは昔聞いたが、やっぱ相応に得意らしい。
「パパの仮説について捕捉すれば、SAOにおいて、確かに一護さんに対するカーディナルシステムの記憶閲覧並びに実装の頻度は群を抜いて高いものでした。私がバグを過剰蓄積する前、六十八層地点における『メモリー・リアライジング・プログラム』の参照履歴を閲覧した際、一護さんの記憶は全体の二四・八パーセントを占めていました。
プレイヤーがおよそ七千五百人生存していた当時において、一人のプレイヤーに対し四回に一回の割合で記憶の参照が行われていたという状況は、公平性を重んじるカーディナルにとって高頻度どころか異常ともとれる状態だったと言えるでしょう」
「げ、そんなに覗かれてたのかよ。今更になって気持ち悪くなって……ってちょっと待て。おいお前、なんでSAO時代の、それもカーディナルの参照履歴のことなんて知ってんだよ。っつーかそもそも、お前何者なんだ」
今更ながらにこの小妖精の謎さ加減に気づいた俺が問うと、小妖精はキリトの肩から再度ふわりと飛び立ち、鈴のような音と共に俺の目の高さまでやってきた。
「あ、申し遅れました。わたしはユイ。かつてVRMMORPG『ソードアート・オンライン』にてメンタルヘルスカウンセリングプログラムとして試験的に開発されたAIです。現在はパパのナビゲーション・ピクシーとしてALOに存在しています。《死神代行》一護さん、貴方のことは長い間モニタリングしていましたが、こうして実際に対面するのは初めてですね」
よろしくお願いします、とお辞儀をする
「なあユイ、一護のモニタリングなんてやってたのか? 言っちゃあなんだけど、こいつはメンタルケアから一番遠いところにいるような奴だぞ?」
ホメてんだかバカにしてんだか微妙な言い方でキリトが尋ねると、ユイはその小さな頭をはっきりと縦に振って見せた。
「はい、パパ。カーディナルシステムが頻繁に一護さんの記憶データにアクセスし、さらに度々更新をかけていることに気づいてからは、定期的なメンタル面のモニタリングを継続していました。記憶の走査による悪影響を危惧しての判断だったのですが、私にモニタリングの任務が遂行できなくなるその時まで、メンタルバランスが負の方向に大きく傾くことはなかったと記憶しています」
「ま、そうだろうなあ。何が来ようが、とりあえずぶった斬って帰ってくるような奴だし。良かったな一護、お前のアイアンメンタルの頑丈さは、AIのお墨付きってわけだ」
「テメエ、やっぱバカにしてんだろ」
「褒めてるさ。というか一護、ユイのことは前に話さなかったか? ほら、俺がアスナと休暇取ってる間に、お前がリーナと二十二層でピクニックしてた時に」
「そうだっけか? 覚えてねえ」
「いや、まだ半年も経ってないだろ。そんなんだからリーナに八ビットとか言われるんだぞ」
「うっせえな。つか話それ過ぎだろ。俺が目え覚ませた理由は分かったけど、それ以前に俺らが
「ああ、まだその辺については話してなかったっけな」
そう言うとキリトは指を数度振り、二枚のウィンドウを可視化して俺に見せてきた。どっちも無機質な文字列だけで埋まってる。勿論見覚えなんか全くねえ……いや、
「これ、SAOとALOのガイドじゃねえか。製品情報ってことは、一番最初のページかよ」
「お、流石にこっちは覚えてたか。SAOのガイドはベータテストの時にローカルストレージにテキストファイルとしてダウンロードしてあったんだ。懐かしいだろ? 駆出しのときは、よく世話になった」
言葉通り、懐かしそうな表情を浮かべたキリトだったが、すぐに引締め、二枚のウィンドウを平行に並べた。
「SAOとALO。どちらもヴァーチャルMMOってところは同じだ。ユイの解析で、ALOがSAOサーバーの劣化版コピーだってことも分かってる。明確に違うのは、その上に乗っかってるゲームコンポーネントと、運営会社だ。
SAOの方にはアーガス、ALOの方にはレクト・プログレスと書かれてるだろ? レクト・プログレスの親会社は総合電子機器メーカーのレクトなんだけど、そこは消滅したアーガスに変わって、現在も稼働を続けるSAOのサーバーを管理している会社なんだ。つまりSAOとALO、それぞれの管理を行っている会社が親子関係にあるってことになる。理由の方は分からないけど、原因というか、なんでALOなのかってトコに関しては、これで説明が付くだろう」
そこまで話すと、キリトはふう、と息を吐いた。
細けえ用語の意味は分かんなかったが、はえー話が、SAOとALO、二つの世界は今、同じグループの会社の管理下っつー共通点があるってコトか。理由は分かんねえけど、その辺には人為的な思惑が見え隠れしてる気がする。
そこまで考えてから、俺は丸椅子から立ち上がった。キリトとユイの情報で、現実と仮想世界、二つの世界の現状は大体掴むことが出来た。
SAOからほとんどの連中は現実に帰還。
けど三百人はALOに幽閉。
俺もその中の一人だが、今は目覚め。
ログアウトは出来ねえが、最悪死んでも脳チンの可能性は低い。
――この四つが揃ってんなら、もうやることは一つしかねえだろ。
現実に帰んのが多分ちっと遅れちまうけど、でもここで見て見ぬふりしてわが身を案じるようなヘタレにはなりたくねえし、なった覚えもねえ。
――世界樹を制覇して、囚われの三百人を今度こそ仮想世界から解放する!!
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
何気にユイ初登場でした。
次回は世界樹攻略決戦です。
投稿は九月十六日の午前十時を予定しております。