Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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四十六話です。

宜しくお願い致します。


Episode 46. Zekken

 三月下旬、春休みの日々の中でユウキの声と名を聞かない日は無かったように思う。

 

 戦う術を失ったならそれ以外で目一杯楽しんでやる! とでも言うかのようなユウキの活発さはそりゃあ凄まじく、アイツの周囲では毎日必ず何かしらのイベントが勃発していたように思う。

 

 特にヤバかったのは三月十八日、アスナたち女子組が京都旅行から帰ってきてからだった。

 

 どうやら女子組が通信プローブでスリーピング・ナイツの面々に京都を案内してたらしく、その中で食ってた京料理の味を再現してくれという難題をアスナに吹っ掛けてきていた。

 いや、ただ単に「作ってくれ」ならまだ良かった。「ボクも京料理を作りたい!」とユウキが言い出した時は流石に「もーちょい難易度を考えろお前」と言いそうになった。あんな繊細な料理、普通に料理を作り慣れてる俺やアスナでさえ再現は難しいってのに、レシピがクッキーしかないようなヤツがどうこうできる代物じゃねえだろ。

 

 ……が、アスナが勢いに乗せられてあっさり快諾。当然のように面子に組み込まれた俺がサチに助力を頼み、まずアスナと俺、サチの三人で《リアル・キッチン》に籠って京料理の味を再現するのに二日。そこからユウキに一番簡単なレシピを手ほどきするのにさらにもう丸二日を費やした。

 

 後に山ほどイベントが詰まってたせいでダラダラ延長戦はNG。短期決戦、人間死ぬ気になりゃ何でもできる、を体現するレベルの強行軍の成果が出てくれたおかげで奇跡的に何とか完成。お披露目パーティー当日は、恒例になりつつあるタルケン対リーナの健啖っぷりとユウキのはしゃぐ姿を眺めながら、指導役の俺ら三人は疲労困憊して、飲み食いもそこそこに会場の隅でくたばってた。過去最高に疲れた料理イベントだったと心底思う。

 ちなみに、この一件で自分のトコのギルドメンバーのタルケンは元より、自分の料理を美味しそうに食ってくれる奴としてリーナと仲良くなったらしい。パーティー後は、聞くだけで胸焼けを起こしそうな仮想世界グルメツアーなんかにも行ったりしたとか。

 

 SSTAの講義に参加してたこともあった。

 ディアベルが趣味十割でやってるスキルどころかゲームすら関係なしの教養系講義だが、大学で勉強した専門知識をクイズ形式や雑学っぽく解説していくのが好評らしく、生徒には息抜きとしてけっこう人気があるとか。

 仮想空間内の学校はお行儀よすぎて苦手、と言っていたユウキもこの講義は気に入ったみたいで、しょっちゅう顔を出しては律儀なディアベルに問題を当てられたり、生徒間ディスカッションでわいわい議論を交わしたりもしていた。

 

 VR式のペイントツールを駆使したアート大会なんてのもあった。

 結果は、和文化に精通してるらしいサクヤと、いいトコのお嬢で(歌唱以外の)芸術に理解があるらしいリーナがぶっちぎりの作画センスを発揮してタイ優勝。ちなみにユウキはルキアとどっこいのアレだった。動物モドキみてえな人間を描くヤツが他にもいたなんて、案外あの二人、気が合うかもな。一部のギャラリーにウケてたらしいのがワケわかんねーけど。

 

 他にもケットシーの機密領内で飛龍に乗っけてもらって遊覧飛行したり、ギルド対抗謎解きクエストで善戦してみたり、何を思ったか俺んちにアスナたちとプローブ経由で襲来してきたり、数えればキリがないくらい、あちこちで遊び倒していた。ギルドの連中や俺たちだけじゃなく、色んな場所の色んな奴らと関わるその姿は本当に楽しそうで、まるで好奇心旺盛な幼い子供のようだった。

 バカみたいに片っ端から付き合っていたギルドの連中や俺らだったが、全員がユウキと共に楽しめていたはずだ。笑い、軽口をたたき合い、目の前の遊びに全力を尽くすあいつの姿が俺たちに溢れんばかりの活力をもたらし、それに乗っかる形で小春の日常を精一杯に謳歌し続けていた。

 

 三月最後の日曜日。大学で使うタブレットを買いに行った昼過ぎのことだった。ここ数日間で降り続いた大雪のせいで慢性遅延っぽくなってる電車から降りて無駄に広い都心の駅構内を一人で歩いていた時、アスナからごく短いのメールを受け取った。

 

 相当急いで書いたのか、件名もなく文中改行もないメールには、ごく短くこう書かれていた。

 

 

 

 『主治医の先生から連絡。ユウキの容態が、急変した、って』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 今すぐユウキの居る病院へ。

 

 アスナからの短い文章。その意味を理解した直後にほんの一瞬、衝動的にそう考えて足を神奈川方面へ向かう路線へ向けかけた。

 

 が、すんでの所で踏みとどまる。病院にはすでにアスナが向かってるはずだ。ユウキがどこに行ってもずっと追い続けたあいつのことだ、必ず病院に駆けつけるはず。倉橋さんからの連絡、その意図するところを理解した上で。

 最後を現実側で見届けてやりたい気持ちは山々だが、もし最後にユウキと言葉を交わせるとしたら、声を発することさえできないはずの現実じゃなく、負担を強いる代わりに仮初の肉体を与える仮想世界しかない。そう自分に言い聞かせ、全速力で自宅に戻った。

 

 着ていたジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、机の上に放置しっぱなしのアミュスフィアを装着しながらベッドへ倒れ込む。仮想世界にダイブし終わったその瞬間、自分の出せる限界スピードで飛翔した。

 

 羽根がビリビリと音を立て、金切声さえ上げているように聞こえる。最高速で飛びつつ、メッセージボックスの着信を確認。十数分前に、アスナからだった。

 

『二十四層の小島に来て。そこで、ユウキと待ってるから』

 

 ほんの少しだけ安堵した。一縷の可能性として存在した「もう話せる状態じゃない」という未来が否定されたからだ。

 

 まだ、まだユウキと接することができる時間はある。たとえそれがほんの一刹那だったとしても、無駄になんか出来るわけがない。自分の培ったバカ高いステータスさえも物足りない勢いの加速を自分に課し続け、ひたすらに目的地へと飛び続けた。

 

 純粋に速度を上げていく自身の身体とは裏腹に、頭の中は湧き上がる激情と現実の冷徹さがぶつかりあって、砕けそうになっていた。

 

 ついに来たこの瞬間、残酷なリミットへの怒りにもにた感情。

 

 剣を交え、心を通わせた友人が一人消えていく悲哀。

 

 どうしようもねえと知識で理解してはいても、それでも捨てられない一欠片の希望。

 

 十五の頃の俺なら、その勢いに任せて叫び散らしていたはずの強烈な波。だが幸か不幸か、この数年間で幾度も目にした生死の垣根、そして仮にも医師を志す人間としての認識がそれと拮抗して火花を散らす。

 ユウキの病状は末期、それもHIVウイルスどうこうの話じゃないレベルまで衰弱している状態だ。元からいつこうなってもおかしくなかった上に、俺との戦いでの無茶、ここ最近の生き急ぐようなはしゃぎ方、成すこと全てが自分の寿命を削る、一日一分一秒全部が戦いのような生き方。そんなキツい人生なら、もう休ませてやれ、尸魂界に行ってもユウキならきっとうまくやれる。もう充分だ、アイツは充分この現世で戦ったんだ。理屈的にも感情論的にも、正しい主張が脳裏をよぎる。

 

 ……でも、そうじゃねえ。

 

 そういうことじゃねえだろ!

 

 あいつは、ユウキはこの世界で山ほどの友人を、仲間を作った。死神の俺とは違う、ただの人間でしかないアイツらとここで別れるってのは、この世界で永久に訣別するってのと同義なんだ。そのキツさは両方どっちにとっても計り知れない重さになる。

 

 そこに正しいだの間違ってるだの、ウザったい選択なんかありゃしねえ。残された奴も、残した奴も、皆同じだけキツい。それが……死ぬってことだ。

 

 周りの連中がそんな目に遭うのは二度とゴメンだ、そう思ってたのに……歯を砕けんばかりに食いしばってラストスパートをかける。もう目的地の小島は目と鼻の先。最後の百メートルをほぼ減速なしで突っ切り、上空で急制動をかけて浮島の端に着地した。

 

 島にはすでに十数人のプレイヤーが、中央にそびえる大木を中心に半円陣を組んで座っていた。一番内側にスリーピング・ナイツの五人。その外側にキリトとユイ、リーファ、リズ、シリカ、クライン、シノン、リーナ。さらに外側に、ルキアとチャド、ディアベル、黒猫団の五人が腰を下ろしている。

 

 全員が俺と目を合わせ、そのまま無言で中心部を視線で指し示す。それに応えて俺はゆっくりと歩を進め、大樹の根元に腰掛けるアスナと、その膝枕で寝転がるユウキの前に立った。まるで遊び疲れて母親の膝で眠っているような、心地よさそうな柔らかな表情。閉じていた目がゆっくりと開き、俺の顔を見た。

 

「……やあ。一護」

「よう」

 

 ぎこちなく首を上げて俺を見るユウキ。見上げることさえつらそうなその表情からは、この会話さえも一瞬後には途切れかねないような、そんな脆さを感じられた。ゆっくりと腰を下ろし胡坐を掻いて座った俺に、目にうっすらと涙を浮かべたアスナが静かに告げる。

 

「……一護。ユウキの手、握ってあげて」

 

 頷き、身体の横に力なく垂れたユウキの手を甲の上から握る。と、ユウキが手を返し、掌を上に向け直して俺の手に指を絡めてきた。ちょっとでも力を入れたらそのまま折れてしまいそうな、細い指の感触。目を細めたユウキが、くしゃっとした笑みを浮かべた。

 

「…………へへ。一護って人の顔とか名前、忘れやすいって聞いたから。ボクを忘れちゃわないように、おまじないだよ」

「ばか、忘れるわけねーだろ。まじないなら、決勝でお前の刺突が俺の左腕をふっ飛ばした時に、もう十二分にかけられたっつの」

「そっか……ならあの時、最後まで頑張ってよかったぁ…………あ。あの技ね、アスナが受け継いでくれたんだよ」

 

 後半は可聴域ぎりぎり、俺とアスナにかろうじて聞こえるボリュームで告げられた。指を解きつつ顔を上げると、アスナが小さく、けどはっきり頷く。

 

 最後の最後だから『アバタースタビライゼーション』を解除されたのか、それとも準戦闘行為の四秒制限内で全部終わらせたのか。

 経緯は解らないが少なくともこれで、ユウキの剣は絶えずに生き続けることができる。十一連撃の十字刺突。それはそのままユウキの分身になり得るだけの強さを持つはずだ……たとえ、本人の代わりには、欠片ほどもならなくても。

 

 ……涙は、出ない。

 

 尸魂界でまた会えんだろ、そういう考えがあることは否定できない。死神である俺にとって、現世の死はそいつの長い長い旅の折り返し地点だ。けど、そんなドライな考えを上回るくらいの哀しさが俺の胸の内を渦巻いて仕方ない。

 

 これだけの日々を一緒に過ごした奴が人としての生涯を終える。その瞬間に立ち会い、どの感情を表に出していいのか、頭じゃなく心が延々と迷い続けているような、そんな感覚。おふくろを亡くした時とは違う意味で、俺はうまく感情を表に出すことが出来なかった――、

 

 

 ――とんっ。

 

 

 俯いていた俺の眉間に、何か細いものが押し当てられた。

 

 ユウキがこっちを見て、人差し指で俺の眉間を突いていた。

 

「……眉間の皺。薄くなってるの、初めて見たよ」

 

 言われて気づいた。いっつも無意識に寄っている眉根の谷が、確かに薄くなっている。コンが俺の身体に入ってる時はしょっちゅうだろうが、俺自身の意識があるうちは寝てる時でさえも消えないって周りから言われてた、滅多に消えないはずのもの。

 

 ユウキの指に重ねるようにして自身の額に触れて確かめる俺を見ながら、ユウキはかすかな悪戯っぽさを声音に含ませて、

 

「その顔も新鮮でいいけれど……眉間の皺、ボクはあったほうがいいなあ」

「……そうか? 皺があった方がいいなんて言われたのは初めてだ」

 

 そう返すのに、ほんの一秒だけ、間が開いた。

 

 力が抜けていくユウキの手をそっと掴み、身体の上に重ねてやる。俺の表情を見て、ユウキは、うん、と小さく頷いた。眉間に皺の寄った、元の俺の面構えに戻ったからか。自分が逝く寸前だってのに、人のことなんか気にしてんなよと言いたくなるが、けど同時にユウキらしくて、少し、安心できた。

 

 ……と、彼方から羽根の音色が聞こえてきた。それも一つや二つなんてものじゃない。無数の妖精の飛ぶ音が集まり、一つの合奏のように夕暮れの空に響き渡る。俺が見上げるのと同じように、周りの面々も方々の上空に視線を彷徨わせる。

 

 音の正体。それは主住区から伸びてくる、緑の色をした帯のような妖精の一団だった。先頭にいるのは、領主のサクヤ、その後ろに領軍の幹部が控え、全員が緑系の衣装で統一されたシルフの隊列がそれに続く。

 

 さらにその隣から伸びてくるのは、アリシャが率いるケットシーの集団飛行が織りなす黄色の帯。

 

 反対側からは重低音の羽音と共に現れた、ユージーンを先頭としたサラマンダーたち。

 

 それ以外にも、ウンディーネ、ノーム、レプラコーンと、全ての妖精種族が一群となり、一斉にこの島目掛けて飛行してくるのが見えた。総数は数百なんてものじゃない、千を優に超えているように見える。

 

 アスナの腕の中で、ユウキが目を見開く。

 

「うわあ、すごい……妖精たちが、あんなにたくさん……」

「ごめんね……ユウキは嫌がるかもって思ったんだけど」

「嫌なんて……そんなこと、ないよ。でも、なんで……」

 

 アスナが微笑みながら、ユウキの言葉に応じる。その間に妖精の群れが小島に到達。各種族の長と幹部がそれぞれ島に着地し、俺たちから離れたところで膝を突き、黙祷を捧げるような体勢になる。すぐに小島は山ほどのプレイヤーで埋め尽くされ、それどころか上空まで、九色の彩が入り乱れる光景が展開された。

 

 男女も種族も違う連中が、ただ一人のために集まった。ただじっと目を伏せ、祈るようにしているのが多い。けど、ただひたすらに歯を食いしばり、肩を震わせる奴もいた。泣き声こそ上げなくても、溢れる涙を堪えず流し続ける奴もいた。心の底から哀しみを表すその姿は、まるで……、

 

「……なんで、こんなにたくさん、来てくれたの? それに、どうして、皆あんなに、泣いて…………」

「それはね……ユウキ、皆あなたのことが……大好きだからだよ」

 

 優しく、柔らかく、アスナがユウキの身体を抱きしめて語りかける。

 

「もしもただ強い人を見送るだけなら、涙なんて出ないし、もしかしたら嫌って来なかった人もいたかもしれない……けどユウキはこの半月の間で、たくさんの人と『一人の女の子』として接してきた。

 あなたが今までずっと最強であり続けたから、皆はユウキを知ることができた……でも、一護に負けた後、最強の壁が消えて、最後の最後で皆があなたの裸の心に触れることができた。友達になることができたの。

 だから皆泣いてるんだよ……大事な友達がいなくなっちゃうのがつらくて、『ユウキの次の旅がここと同じくらい素敵なものになりますように』って祈りたいのに、それ以上に寂しくて、悲しくて……それくらい、皆はあなたのこと、大好き、なんだよ…………っ」

「…………嬉しい。ボク、すごく、嬉しいよ……」

 

 ポロポロと涙を流すアスナを見上げ、次いで自分を囲む妖精たちを見渡した後、ユウキは全身の力を抜いて、細く、小さく、けどはっきりとした声で話し出す。

 

「ずっと……ずっと考えてた。死ぬために生まれたボクの存在する意味……何も生まず、ただ周りの人の優しさだけで生かしてもらってるボクなんか、きっとこの世界にいる意味なんてない。今この瞬間にでも命を絶って消えてしまえたら、その方がずっといいことなんじゃないかって……ずっと、思ってた……」

 

 自分を責めるような口調で、絞るように言葉を紡ぐ。耐え切れなくなったアスナが何かを言おうとしたが、この直前に「でも、でもね……」とユウキがアスナと俺を交互に見て、

 

「アスナが、逃げ出したボクをこの世界に引きとめてくれて……一護が、ボクを本当の意味で生かしてくれた。もうボクに力なんて残ってないけど、力に頼って逃げ続けていたボクを、こんなにも想ってくれる二人がいた……そして、《絶剣》と引き換えに、やっと見つけることができたよ。

 ボクが今見てる九色の虹……これがきっと、ボクの生きた意味なんだ……何も生み出せなかったボクが最後の最後に生み出せたもの……ここにいる皆との『絆』が、ボクの生きた、意味……」

 

 宝物を見つけた幼子のような、ユウキの幸せそうな笑顔。それに泣き崩れそうになるアスナを見つめた後、ユウキはもう一度、俺に向かって手を伸ばしてきた。しっかりと握ってやると、ユウキも指先で握り返してくる。

 

「一護……本当に、ありがと……キミと《絶剣》の全力で戦えたあの三分間、何度も何度も夢に見るくらい、幸せだった……。

 今でも思うよ、もしも神様がいて、ささやかな願いを叶えてくださるのなら、もう一度だけ、あの瞬間に、って……こうやってたくさんの人たちと分かりあえるきっかけを作ってくれた、最高の瞬間に……《絶剣》として戦えた、最後で最高のひと時に……」

「……ああ。そうだな。けど、少なくとも《絶剣》の名前だけは、たった今、もう取り戻したんじゃねーか」

「え……でも……」

「もう一回、自分で周りをよく見てみろよ」

 

 俺に促され、ユウキは再度力を振り絞って周りを見渡す。自分を囲むスリーピング・ナイツの泣き顔、その後ろのキリトたちの祈り、多くのプレイヤーの黙祷と哀しみを堪える姿。その行い全ては、ユウキのためのものだった。

 

「こんなにもたくさんの仲間がいて、こんなにもお前のことを想ってくれてる。これより強いものなんてこの世にねえよ。お前が生きた意味、お前の築いた『絆』にはこの世界の誰も勝てやしない。これが正真正銘の『絶対無敵』の剣士……独りよがりな強さなんかじゃねえ、皆で肩を並べて戦える、本当の《絶剣》だ。違うか?」

「一、護…………」

 

 目を見開いたユウキは、やがてアメジスト色の瞳の端から大粒の涙をこぼし始めた。ありがと、本当にありがとう、と何度も何度も繰り返し頷きながら、俺の手を片手で握り、反対の手で泣き続けるアスナの頬をそっと拭った。

 

「ユウキ、俺は絶対にお前のことを忘れない。頼まれたって忘れるかよ」

「……私も、ずっとユウキを忘れないよ。だって必ず、またどこかであなたと巡り合うもの。どこか違う場所、違う世界で、必ず……」

 

 俺とアスナ、二人の手を握り締めたまま、ユウキは泣き笑いの表情を浮かべる。閉じた瞳の隙間から涙があふれ、滴り消えていく。

 

 その刹那、俺の意識に、そしておそらくアスナの意識にも声が響いた。

 

 唇が微かに動き、微笑みを浮かべたまま――、

 

 

 

 ――ボク、がんばって生きたよ。

 

 この世界で、みんなと一緒に――ここで、生きたよ……。

 

 

 

 

 




次回はエピローグではありません。三章はあともう一話だけ続きます。

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