Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
四十五話です。
宜しくお願い致します。
ユウキの現実側見舞いが済んだ日から三日後の朝。俺は肩を揺り動かされて目を覚ました。
遊子の朝食を知らせる呼び声でも、近所迷惑レベルの目覚ましアラームによるけたたましさでも、これまた近所迷惑な親父の突撃でもない。慣れない起床のせいで意識がはっきりせず、半端に残った眠気を振り払いながらのっそりと上体を起こし……ベッド横に突っ立つリーナを見て固まった。
いや、コイツが俺の部屋に居ること自体は珍しくねえ。つか受験受かってからはほぼ毎日恒例だ。問題なのは、俺が起きるより早く部屋に侵入されて目覚ましより早く揺すり起こされたこと。別に親父並に騒がなきゃ部屋に入ってきた程度で起きやしねーんだけど、にしたって早すぎだろ。目覚まし鳴る前っつーことは、まだ七時半にもなってねえはずだ。
なんで起こしやがった、と俺が問う前にリーナがスマートフォンの時計を見せてきた。表示されてる時間を見ると、午前七時半ちょい過ぎ。対して、枕元に置いてある目覚ましは一時過ぎを指したまま止まってる。
……ってコトは、
「……ンだよ、この目覚まし電池切れか」
「一護がこの前『最近時計の調子が悪ぃんだよな』って言ってたから、もしかしてと思って。起床予定三十分前から正座待機してた」
「お前の勘、当たるもんな……で、わざわざ起こすために待ってたのかよ、七時から」
「ん」
さも当然とでも言うかのように頷く。いつもなら「そんな手間になるコトしねーでもいいのによ」とか思ってたが、今日に限って言えばコイツが待ってた理由が寝起きの頭でも想像がついた。
ベッドから降りた俺は勉強机の横にある小型冷蔵庫を開けた。受験期に飲み物だなんだと放り込むためにバイト代で買い、受験が終わってからはただの置き物と化していたその中からラッピングされた箱を一つ、それからクローゼットの中に仕舞ってあったちょい大きめの紙袋を取り出し、リーナに向き直った。相変わらずの無表情だが、目がハッキリ分かるくらいにキラキラしてる。やっぱコレが目当てだったか。
「ほれ、ホワイトデーのお返しだ。つまんねーモンだけど」
「……ありがと、一護」
微笑み、リーナは大事そうに箱と紙袋を両手で受け取った。開けていい? と視線で訊いてきたのに頷いてやると、まずは箱の包装紙を丁寧に剥がし、蓋を開ける。中身は去年と同じブラウニーと、ブランデーを効かせたフルーツ入りパウンドケーキだ。
男の俺が食ってもけっこう食いごたえがあるから、朝から食べるのはフツー避ける……が、リーナは持ち歩いている紅茶用タンブラーを自然な流れで取り出し、ローテーブルの上にケーキと一緒に置きつつキッチリ正座。
で、いつもみたいに女子らしさの欠片もない大口……じゃなく、楚々と小さく口を開け、パウンドケーキを小さく齧った。もぐもぐもぐと時間をかけて咀嚼し、飲み込んでから紅茶を一口。ほうっ、と小さなため息を吐いて、
「……とてもおいしい。流石名シェフ」
「大袈裟な言い方だな。フツーだろ、これくらい」
「そんなことない。生地が滑らかだからちゃんと丁寧に作ってるのが伝わってくるし、私の好きなブランデー漬けのドライマンゴーが入ってて、私の好みに合わせてくれてることも分かる。お菓子を二種類作るのだけでもすごい手間なのに、シンプルな包装までしてる。ここまでしてもらって、ちゃんと褒めない人なんていない」
「…………そーかよ」
「謙遜しないで。ほんとにおいしいから」
「……そりゃどーも」
そうは言われても、正面きっての褒め殺しは流石に……なんつーか、混ぜっ返さねえと受け止めきれない。リーナの言葉に皮肉も何も混じってないのが明確に伝わってくる分、むず痒さも数倍だ。直視できず、目をそらす。
普段と違い、じっくり味わうように二種のケーキを食べ切って「ごちそうさま」とウェットティッシュで指先をぬぐったリーナは、続けて紙袋の方を開封した。中に入ってたのは……、
「……手袋?」
「あァ。この前のアイススケートの時にコケて、氷に直で手ぇついてただろ? ちょうどいい手袋持ってないっつってたから、やるよ。もうすぐ春だけどな」
「……………」
リーナは無言で手袋を見つめる。指にフィットする細身のシルエットで、手首にはファーが付いたクリーム色のそれをその場で両手にはめ、手を広げて俺に見せる。
「どう?」
「いいんじゃねーの?」
「……そう。じゃ、これつけてもう一回、一緒にアイススケート行こ?」
「いいぜ、今度はキリトとかアスナとか、詩乃あたりも連れてくか――」
「二人で」
「は? いや大勢で行った方がおもしれー……」
「二人で」
「…………」
「二人で」
「……わぁーったよ。三回も言うな」
「ん、ありがと。今度は私がスケートリンクを探しておくから」
ご満悦、とでも言いたげなリーナを連れ、俺はようやく自室を出て一階に降りて行った。時間はもう八時手前だ。二十分以上俺の部屋で喋ってたことになる。いつ遊子に呼ばれてもおかしくなかったな。
リビングの食卓には、もう朝食のほとんどが揃っていた。春の学会に昨日から行ってる親父と定期巡回に出てるルキアはともかく、夏梨の姿はない。台所では遊子が手を洗っているところだった。
「あ、お兄ちゃん! おはよ!」
「おはよ、遊子。これ、ホワイトデーの菓子だ……つっても作ってるトコ見てりゃ新鮮味もねーか」
「ううん、こうやって当日にもらえるだけですっごく嬉しいから。ありがと、お兄ちゃん」
「おう。あとこれも、良かったら使ってくれ」
「あ、新しい髪留め! やったぁ!!」
はしゃぎその場で身に付けて俺に見せる遊子を、よく似合ってると素直に褒めてやる。リーナ相手だとなんでかこうすんなり口に出てこない。昔会ったばっかの頃はそうでもなかったんだけどな、逆じゃねーか、普通は。
と思ってると、後ろでバタバタと足音がする。見ると、髪を結い上げつつ制服を翻した夏梨が玄関へ駆けていくところだった。
「あ、夏梨ちゃん朝ごはんはー?」
「いらない! 三送会の打ち合わせ遅刻しそうだし!」
「もー、女の子が朝ごはん抜いちゃだめだよ? 健康に良くないんだから」
「遅れそうなんだからしょーがないじゃん! 行ってきまーす!!」
「あ、おい夏梨! これ持ってけ!」
スニーカーを履き玄関から飛び出していこうとする夏梨に、菓子入りの箱とスポーツ仕様のイヤホンの入った小袋を放り投げた。俺の声に反応して、夏梨は振り向きざまにも関わらず生来の反射神経で二つの投擲物を軽々キャッチ、そのまま背中でドアを押し開ける。
「さんきゅ一兄! 中身なに?」
「ブラウニーとパウンドケーキだ。そっちの袋にはイヤホン。気ぃつけて行ってこいよ」
「やった! お菓子は朝ごはん代わりにするから!」
代わりに、のあたりで身を翻し、夏梨は今度こそ飛び出していった。
「……なんかアイツ、変なトコで俺に似てきてんな。つか、遊子は急がなくていいのかよ」
「うん。夏梨ちゃんは委員会の関係でどうしても参加しなきゃいけないんだって。私はそういうのないから、今日はずっとお家にいるの。さっ、朝ご飯食べちゃお」
遊子に促され、すでに食卓で待機していたリーナと並んで朝食を摂り始める。部屋の隅に置かれたテレビでは、アナウンサーが派手なテロップと共に、天気予報のシメの挨拶をするところだった。
『――今日は関東全域で冬晴れとなる見込みです。清々しい青空の下、ホワイトデーのお菓子を友達や恋人へ渡してみましょう! 以上、お天気でした!』
◆
「……っつーワケで、バレンタインの時はさんきゅーな、井上。これ、よかったら食ってくれ」
「ぅわぁ、ありがとう黒崎くん! ひょっとして、手作り?」
「井上のより全然ヘタだけどな」
「こういうのは上手下手なんてないよ、気持ちが大事なんだから……あれ、こっちの袋は?」
「そっちはアレだ、アジアン雑貨のブレスレット。年末菓子の材料買いに行ったときに欲しいって言ってたろ」
「…………う、うん。ありがとう」
「ん? なんだよ、まさかもう持ってましたとかいうオチか?」
「う、ううん、違うの! 違うんだけど……その、黒崎くんからこんな女の子っぽいものをもらえるなんて思ってなくて、なんだか照れるなぁ……なんて」
ぽいも何も女物だし、お前も女じゃねーか。
えへへ、と頬をかく井上にそんなことを思いつつ、久々に訪れた井上のアパートの内装を見渡した。冬獅郎や乱菊さんは一時帰投命令が出たとかでここには居ない。居たら居たで煩そうだからいいけどな、特に乱菊さんが。
その代わりに……ってワケでもねえんだろうが、井上の部屋にはこの朝っぱらから客が一人来ていた。
「お前にも渡しに行くトコだったから丁度よかった。詩乃もこれ、よかったら食ってくれよ」
「ありがとう。この箱って、中見てみてもいいの?」
「あぁ。ちなみにそっちのデカい包みは『バッド・シールド・シリーズ』のリメイク版DVDが入ってる」
「あら、それってこの前小説版が面白かったって私が言ったから? よく覚えてたわね、リーナに脳みそ八ビットとか言われてるのに……って、うわ。ブラウニーにパウンドケーキじゃない。しかも完成度すごい高い。私の十倍女子力高いもの作れるのね、一護って。ちょっとヘコみそう」
「さっき井上が言ったじゃねーか、こーゆーのは気持ちが大事って。先月もらったトリュフチョコもうまかったって言ったろ、気にすんなよ」
「うっ……うん」
「おやおや? 詩乃ちゃん黒崎くんに褒められて照れてる?」
「そ、そんなワケないじゃない!」
井上の茶々に分かりやす過ぎる反応を返した詩乃は、ぷいっと顔を真横に逸らす。
口調は初めて会った頃とあんま変わってねえけど、あの頃と比べて感情が表情に出るようになったんだが、なんでかこの怒ったような拗ねたような表情が出る確率が高い気がする。井上いわく「黒崎くんのことを話題にしてる時だけだから大丈夫」らしいが、それのドコが大丈夫なんだよ。
ビミョーに拗ねた詩乃とにこにこ笑う井上の二人が早速ブラウニーに手を付けるのを見ながら、俺は出してもらった茶を啜る。とりあえず、現時点で直で渡せる面子には全員渡した。
ルキアの分は居間にウサギグッズと一緒に置手紙を張り付けて置いてきてある。尚、思いつきで例のタヌキモドキの絵をコピペして張っつけ、「た」を余計に入れた文面にしておいた。どんな反応が返ってくるかは知らん。
あとサチにも貰ってたんだが、生憎静岡なんつー遠いトコに帰省してるせいで、そう気安く手渡しには行けない。バレンタインの時は東京にいたから直接貰えたが、流石に静岡は遠い。
しばらく東京には戻れないって言うし、仕方ねーから菓子とこの前チャットで欲しがってたミニ裁縫セットを一緒に箱詰めして昨日のうちに郵送した。後で仮想世界の方で会う予定があることだし、ちゃんと届いてるかそれとなく訊いてみるか。
「うーん、ブラウニー美味しい! あ、そうそう黒崎くん、詩乃ちゃんの完現術、すっごい成長してるんだよ。赤火咆はまだ無理みたいだけど、白雷とか這縄みたいな一桁台の鬼道は使えるようになったんだから」
「連発は厳しいし、威力はまだまだ充分じゃないって鉄裁さんに言われたけどね。けど一応、普通の虚なら何とか倒せるレベルで
「三か月前まで一般人だった奴の能力を元大鬼道長の基準で測られたらたまったモンじゃねえだろ。一桁台でも人間の身のまま鬼道が使えるだけで充分じゃねーか」
「私はイヤよ。またあの気色わるい破面みたいなのがいきなり来たら勝てないじゃない。せめて三十番台までは使えるようになりたいの」
「いいけどよ、やり過ぎて尸魂界に目ぇ付けられんなよ」
最近は夜一さんに加えて恋次も修行相手にしてるとか言ってたからどんなモンかとは思ってたが、順調そうで何よりだ。そのうち石田あたりと会わせてみてもいいかもな。弓使い同士、気が合うだろ。
そんな感じで修行のこととか井上の大学のこととかを話しているうちに時間が過ぎ、時計が九時半を回った頃、俺は次の予定に備えてそろそろお暇することにした。
「んじゃ、俺帰るわ。詩乃、遅れんなよ」
「二十二層のアスナの家集合でしょ。言われなくてもちゃんと行くわよ」
「仮想世界かぁ。いーなぁ、あたしも行ってみたいなあ」
「アミュスフィア、地味にたけーからな……まあ、飽きるか大学が忙しくなるかするまで、ウチは当分やってっから、買えたら遊びに来いよ」
「うん。頑張って貯金しなきゃだね」
「一護、貴方アミュスフィアをプレゼントしたら良かったんじゃない?」
「アホか。流石にアレをポンと買える財力はねえっつの」
だいたい、ホワイトデーのプレゼントは価格帯を全員で揃えてんのに、井上にそんなモン渡しちまったら他の連中にも同等の代物を渡すハメになっちまう。何十万かかるかもわかんねーし、俺のバイトペースじゃ一年分貯めても足りる気がしない。
ゾッとしない詩乃の提案を却下し、俺は井上の部屋を後にした。実際の集合時間まではまだ余裕があったが、今回の集まりのメインイベントがマトモに機能するのかどうか不安になったからだ。
その不安の根源は……、
「……ったく。ユウキのやつ、ホントに一人で全員分のクッキー作れたのかよ」
一人で全部作りたい! と意気込んで一昨日から奮闘してるはずのユウキの調子だった。
◆
集合予定より十分前にキリト・アスナ邸に到着した俺が目にしたのは、アホみたいな人だかりと、それをなんとかしようと必死こいて奮戦するユウキの姿だった。
ホワイトデーパーティーってことで、キリトパーティーの面子や風林火山、黒猫団にSSTA、親交のある領主陣まで招待してるってのは聞いてたが、それが一点集中で群がってる光景は、なんかのレアアイテムがドロップしたときの様相に似ていた。
まあ、レアアイテムってのもあながち間違ってねえ。なにせあのユウキが作ったクッキーだ、《絶剣》と賞されたヤツのお手製菓子が食える機会なんて二度とねえだろうしな。準備万端で開始するために十分前から準備を始めるとは言ってたが、それが裏目に出たらしい。
とりあえずコレが収まらないウチはどーにもならない。俺は唯一人ごみから外れ、苦笑いしながら黙々とセッティングしている奴のところへ向かった。
「おす、サチ。まだ始まってもねーウチから、大変だな」
「……あ、一護さん。ううん、私は全然……あ。えっと、トーナメント優勝おめでとう。すごいよね、ALOで一番強い人になっちゃうなんて」
小さな調理台を前に簡単な料理を並べているのは小柄なウンディーネ、サチだった。SAOの終盤と同じように、武装は全くしていない。カーディガンにロングスカート、その上から素朴なエプロンを着込んでいるあたり、新生SSTAで料理スキルの講師をやってるだけのことはある。
一応SAOとALOの事件が解決した後のオフ会で連絡先を交換して、それ以来ずっとメールだなんだで連絡はとりあっていた。黒猫団全員のグループチャットもあるにはあるんだが、そっちはもうメッセージの流れるスピードが常軌を逸していて俺には全然ついていけなかった。フツーに会話すんのと同じスピードで流れてくとか、何なんだよアレ。
現実世界に帰って来て初めて「サチのメールのペースは異様に早い」って知ったけど、あの速度に比べたら全然大したことねーな。個別チャットにツールを変えてからメールボックスの要領だなんだって気にする必要もなくなったし、俺はこっちで充分だ。
とりあえずこの惨状の理由を訊くと、
「えっとね、ユウキさんがこそこそ準備してたのが自分のギルドの人たちにバレちゃって、そこからユウキさんの手作りクッキーが食べられるって話が皆に広まっちゃったみたい」
ってことは、別に食い荒らされてるとかじゃなく、単に質問攻めに遭ってるだけみてえだ。なら、ちょっとくらい放置しても大丈夫だろ。
サチからグラスを受け取りつつ、ホワイトデーの返しが届いたかどうかを訊くと、
「あ、うん。今日の朝届いたよ。ありがと。お菓子すっごい美味しかったし、お裁縫セットも、欲しいって言ったの覚えててくれたんだ。言ったのって、二か月くらい前だったのに」
「こっちが受験期でもバカスカ投げて来られりゃ、そりゃ覚えるっつの。あの時期に俺にチャットとか寄越してたの、お前だけだったしな」
「う……ご、ごめんね。私、いっつも皆のチャットについていけなくて、ああやって自分のペースでメールのやり取りとかできるのが新鮮だったから、つい……」
「気にすんな。別にジャマだとかは思ってなかったしよ」
リーナは朝ウチに来たり偶に電話してきたり、詩乃は夕方に差し入れ持って来たりとかはしてたが、どっちも俺にどーでもいい雑談を頻繁に投げたりはしてこなかった。受験期だからって気を遣ってくれてたんだろうが、なんか息が詰まることも偶にあって。そういう時にサチからのメッセージがいい気晴らしになっていた。
そんな過去を思い出しながらグラス片手に談笑していると、主催者であるアスナが駆けつけ「ちょ、ちょっと皆ストップ、ストーップ!」と割って入り、騒いでいた集団がやっと落ち着いた。
「まったくもう……ユウキの手作りクッキーって聞いて私もすっごい驚いたけど、いくらなんでも皆手加減しなさすぎ。反省しなさい」
「いやぁすまん。激レアアイテムを独占しようとするヘビーゲーマーの血が騒いでな」
「キリトくん、おふざけ禁止!」
「パパ、独り占めはメッ、です!」
「……はい」
親子漫才を滑らかにこなし、ため息を一つ吐いたアスナが正式な音頭を取る。
「こほん。えーと、それではホワイトデー記念パーティーを始めます。本日のメインイベントは、皆もうわかっちゃったと思うけど、ユウキの手作りチョコチャンククッキーです」
「えっと、頑張ってたくさん作りました! いっぱい食べてくれると嬉しいな」
おーっ、と会場内から歓声が上がる。特に昔からの仲間だったスリーピング・ナイツの面々にとっては特に意外だったらしく、
「あの戦闘一本のリーダーがお菓子作りかぁ、考えたこともねーな。どんな味がするんだろ」
「けどユウキって、料理スキル値ゼロじゃない? だとすると手順踏んで作っても美味しくないんじゃ……」
「の、ノリさん。ユウキが頑張って作ったんですから、そんなことを言ってはいけませんよ」
とか何とか言ってる。
少なくとも味の面だけは問題ないはずだ。一昨日《リアル・キッチン》内で散々練習したんだしな。それに《リアル・キッチン》で生成した料理は営利目的じゃない限り、他のザ・シード規格のゲーム内に制限つきで持ち込みが可能になってる。その機能を使って作ったクッキーをALOにそのまま持ってきている以上、味にブレはない……はずだ。拍手の中、ユウキが取り出したバスケットの中にあるはずのクッキーに目を向けつつ、ビミョーに不安でいると、
「じゃあ……最初は一護とアスナに食べてもらおっかな」
向こうから指名がかかった。
アスナと視線を合わせつつ、ユウキの隣に立って差し出されたバスケットからクッキーを一枚取り出す。こんがりと焼きあがったクッキー。見た目は俺が教えた通りだ。匂いがちょっと違うような気がしねーでもないが……いや、もうここで気にしてたら負けだ。口を開け、アスナとほぼ同一のタイミングで一気に頬張り……、
「……うまい」
「……美味しい」
同時に感想が出た。
想像通り、いやそれ以上にうまかった。
どうやら俺が教えたレシピに自分でシナモンを加えたらしく、練習で作りまくってたのと違う香りが口の中に漂う。クッキー自体もちゃんと出来てるし、大成功なんじゃねえか。
「えっへへ、でしょでしょ。さあ皆! アスナのお料理もボクのクッキーもいっぱいあるから、沢山食べてね!」
クッキーが詰まった巨大なバスケットを非力になってしまった両手で抱き上げ、料理の並ぶテーブルの一番端にドンと置いたユウキ。その言葉に呼応し、集まっていた面子が一斉に動き始めた。その様子を眺めつつ、ユウキがほっ、と安堵のため息を吐いたのが見えた。
「ふぅ……良かったぁ。ちゃんと美味しいって思ってもらえて」
「うん、ほんとに美味しかったよユウキ。こんなに上手なお菓子が作れたんだね」
「えっへへー、まあね。いっぱい練習したし。一護にも美味しいって言ってもらえて良かったよ」
「ああ、うまかった。特にシナモン使ってるトコがいいんじゃねーか」
「あ、私もそう思った。チョコと生地によく合ってるよね」
「うんうん、そう言ってくれるとボクも考えた甲斐があったよ」
満足そうに何度もうなずくユウキ。その視線の先では皆が競いあうようにユウキお手製のクッキーを頬張っていた。口々に美味しいと感想をもらすのを見て、最初はにこにこと笑顔のままでいたんだが、そのうち照れくさくなったのか「あの、えっと……ぼ、ボク、飲み物取ってくるね!」とあからさまな言葉を発してその場から逃走。それを見送った俺とアスナは思わず吹き出し、その後皆に続いて料理を取りに向かった。
パーティーに参加してる人数は、パッと見て四十人に届かない程度に見える。初めて顔を合わせて自己紹介してる奴ら、すでに知り合ってて仲良さそうに話し込む奴ら、大人数で騒ぐ連中。色々いるが、中でも一番目立つのは、中央でいきなり開始された大食い大会だ。
カードはスリーピング・ナイツで最強の大食い野郎・タルケンと、俺が知る限り最強の大食い女・リーナ。アスナ手製の料理を供給される端から次々と平らげていく姿に、周囲のギャラリーからは歓声が上がっている。ああなったリーナには何を話しかけてもリアクションは期待できなくなる。落ち着くまで放置するしかねーな。
ユウキアレンジのクッキーを摘みながら庭に設置された丸太のベンチに腰掛け、大食い対決を眺めていると、
「……あの。お隣、宜しいでしょうか?」
声をかけられた。
視線をそっちに向けると、スリーピング・ナイツ唯一の支援職らしいウンディーネの女……確か名前はシウネーとかいったか、が遠慮がちに立っていた。手にはグラスが二つ。サチから受け取ったグラスは、さっき俺がユウキに指名されて壇上に上がった時にその辺に放ってきていた。差し出された片方を礼を言って受け取り、身振りで座るように促した。
俺の横に静かに腰掛け、グラスに注がれたワインモドキを一口含んだシウネーは、少し伏し目がちになったまま俺に向き直って軽く頭を下げてきた。
「一護さん、ありがとうございました。ユウキに、いえ《絶剣》に打ち勝ってくださって」
「……意外だな。あんた昔からのユウキの仲間なんだろ? ユウキから《絶剣》の力を奪って寿命まで縮めたかもしんねえ俺に、恨み言の一つでも言いに来たのかと思ったんだけどな」
「とんでもない。私たちの誰もが力不足で成し得なかったことを成し遂げ、ユウキと『同じ目線に立ってくれる』人をあんなにも作ってくれたのですから、感謝してもしきれません」
そう言って微笑んで見る先には、料理の大食い対決に声援を送りながら自分でも飲み食いする、幼い子供そのものの紫髪の少女の笑顔があった。時折周りの連中と笑い合い、食べ物を交換し、分け合う。そこに『強さ』なんて仰々しいモンはなく、呑気に笑ってる「ただの女の子」としての姿。
「……ご存知のことと思いますが、ユウキは幼いころからずっと病気と闘ってきました。それ故家族を心配させないよう気丈に振る舞うことが彼女に染みつき、いつしか自分自身に『強さ』を課し続けるようになってしまいました。その意志が持ち前の才能と組み合わさり絶対無敵の剣と呼ばれる天涯孤独で最強の剣士《絶剣》は生まれたのです。
その由来故に、《絶剣》と同じ目線に立てるのは同じ『強さ』を持った人だけ。昨年旅立っていった、お姉さんのランさん以外にはこの世界にいませんでした。だからこそユウキは無意識に『お姉さんに通じる何かを持った人が自分と同じ目線に立ってくれる』と考え、動くようになったのだと思います。アスナさんにはお姉さんと同じ『面影』があり、一護さんにはお姉さんと同じ『強さ』がありましたから」
ですが、その《絶剣》を失った今、ユウキは変わりました。そう言い、シウネーは笑みを深くした。
「好きな食べ物、好きな飲み物、好きな場所、好きな人……誰かと同じ目線で立てる要素なんて、戦い以外にもたくさんあるのです。
たとえ残された時間が僅かであっても、その時間を何かしらの『同じ目線に立って』生きてくれる人たちが、少なくとも今日ここにいらっしゃるだけ存在するのです。それに気づけたからこそ、ユウキは今、ああやって楽しそうにしていられるのです。戦いの中でたった一瞬だけできた貴方とのつながりを失った哀しみを、乗り越えて行ける程に。
本来であれば、このような重荷は私たちが背負うべきだったのです。ずっと一緒と約束した私たちが、束になってでもユウキの《絶剣》を打ち破らなければならなかったのに。私たちがもっと自分を鍛え、ユウキと相対できるだけの力と勇気を持っていれば、一護さんにつらい体験をさせてしまうことはなかったはずですし……」
「ンなこと、今あんたが言ったって仕方ねーだろ。気にすんなとは言わねーけど、後悔したって何にもなんねーぜ?」
ですが……、と食い下がるシウネーを遮り、俺はガリガリと髪をひっかきながら「あのな」と続ける。
「過程はどうあれ、今のユウキは『同じ目線に立ってくれる』連中に囲まれて、笑って生きてる。だったら逝くその時まで笑ってられるように、同じ目線に立っててやるのが仲間ってモンなんじゃねーのかよ。
それに、俺とあんただって付き合いは薄いけど仲間だろ。今回は俺が《絶剣》に勝てると思ったからデュエルで勝って、あんたはユウキと付き合いが長いから信じて待っててやれた。ただそんだけの話だ。"もし"とか"たら"とか"れば"とか、マズそうなモンをツマミにして話してても何も美味くねえだろ」
「そう、ですね……ええ、その通りです」
最後の言い回しがウケたのか、沈んだ表情になっていたシウネーに笑顔が戻る。ユウキが周りの仲間達と騒いでる様子を眺め、まるで自分のことみたいに幸せそうにしている。
……そうだ。
残りの時間がどれだけ短くても、それでもユウキは今ここに生きている。
なら、最後まで笑って過ごせるようにしてやるのが仲間で、友人だ。
何をやらかそうが理解してやる。
その上で、正しいと思ったら応援する。
違うと思ったらブン殴ってでも引きずり戻す。
それでどっちかが嫌な思いをしたとしても、最後まで互いを信じ切る。
かつて、どっかの大罪人が願っていたかもしれない「同じ目線に立ってくれる」誰か。
それを見つけたユウキは今、力を失い「ただの人間」としてこの仮想世界で生きていた。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
本編は残りあと三話。
番外編は今週の土日のどっちかに投稿予定です。