Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

49 / 54
お読みいただきありがとうございます。

四十三話です。

一護⇒キリト⇒ユウキと視点が変わります。

宜しくお願い致します。


Episode 43. X-Over -to win-

「……一日見ねえ間に随分デカくなったじゃねえか。闘技場」

 

 独り、呟く。

 

 控室を出て舞台が見えるところまで通路を進み、最初に目についたのは、距離感おかしくなるんじゃねーかってぐらいに拡張された闘技場の内装だった。

 

 観客席は目算で元の倍の高さまでそびえ、しかもパッと見満員。真円状の舞台の直径は三十メートルを越えているように見える。舞台の真上には四方を向いたホログラムのライブビューイングが展開され、

 

『決勝戦 ユウキ vs 一護』

 

 と、ご丁寧にバストアップの写真付きで表示されていた。いつの間にあんなもん撮られたんだ、とか思ってたんだが、キリト曰く、トーナメント参加登録時の装備と外見から自動で生成された画像らしい。尚、優勝したら速報記事にも使われるとか何とか。

 

 顔をしかめながら、俺は手に持った黒い刀、天鎖斬月を見下ろした。

 

 コイツを振るったのは、世界樹の天辺の時と、二月中旬から今日までの一か月足らず。SAOの時を考えるとそんなに長い期間じゃない。だが、現実で一番長く使ってきた卍解と同じ出で立ちには時間の長さ以上の愛着が湧いていた。単純な強い武器としても、過去の俺の力の写し鏡としても、手放したいとは絶対に思えない。

 

 ……けど、ンな甘いコトも言ってらんねえか。

 

 ユウキの速力についていくための、自分の性能を思いっきり引き上げるアイテムは手に入った。だが代償として、俺が天鎖斬月を振るのは今日で最後になる。勝とうが負けようが、コイツが俺の愛刀である時間は、あと十分もない。そう思うと、ただでさえ重いこの一戦がさらに重量を増す気がした。

 

 それでも、勝敗には関係ねえ。

 ユウキとのデュエルは、絶対に俺が勝つ。

 

 ユウキが限界を越え、文字通りの全霊を賭けて来るンなら、こっちは今俺が出せる全てを叩きつけてやる。強さを踏み越え、危なっかしい領域まで行きそうなアイツと、今ここで本気で戦って打ち勝つ。それが俺がやるべきことで、出来ることの全てだ。

 

 

 ――これで、色々「最後の戦い」だ。

 

 出すモン出しきって、キッチリ決めて終わらせる。

 

 

「…………っし、行くか」

 

 

 最後に、左手に新しく装備された細身の銀色ブレスレットを一瞥して、俺は最後のデュエルの舞台へと足を踏み出した。

 

 

 決勝当日の空は、忌々しいくらいの快晴だった。

 雲一つないってのは今日みたいな天気を言うのかと思う程、見事に青い空しか見えない。闘技場を取り囲む観客席によって円形に切り取られた青空。そこから降り注ぐ陽光を浴びながら、俺は舞台端の通路から舞台へと足を踏み入れる――。

 

 

 途端、鼓膜が破れるかと思うくらいの歓声が響き渡った。

 

 

 アホみたいなレベルの音波が耳を劈き、煩さに眉間の皺が一気に深くなる。単なる叫声がほとんどだが、ちらほら俺の名前とか《死神代行》だなんてフレーズも混じってる。

 

 今までの試合が比較にならないレベルの喧騒で手前の面相が悪化してるのを自覚しながら、舞台中央へ足を進めつつ周りに視線を走らせた。東ブロックの招待席にはリーナ、シノン、リズにエギルといった馴染みの連中の面が並ぶ。西ブロックの方はにスリーピング・ナイツの面子が占めている。

 SSTA、黒猫団、風林火山のギルド連中までは招待席に呼びきれなかったが、けっこう前の方に固まって陣取っている。トーナメントに参加してたキリトとサクヤは、それぞれアスナ・ユイとアリシャを連れ、個室に並んで座っている。

 

 そういった知己の連中に刀を持った右手を上げて応えてから、俺は前を見据えた。

 俺が入った瞬間には、すでにそこにいた。チュニックの裾を微風に揺らし、背中に流した紫髪をたなびかせる。手を身体の後ろで組み、表情は見慣れた朗らかな笑顔。

 

 

 《絶剣》ユウキは、いつも通りの自然体で舞台の中央で俺を待ち構えていた。

 

 

「や!」

「よう」

 

 舞台中央に到達した俺は、ユウキとごく短い挨拶を交わす。下げていた刀を肩に担ぐ俺を、ユウキはやや体を前傾して上目使いで見上げ、

 

「だめだなー、一護。女の子を待たせちゃ。ボク、五分前にはもうここにいたんだよ?」

「俺も三分前に来てんだ。たかが二分なら誤差だろ」

「もー、そこは『わりぃな』でいいんだよ? 理屈じゃないの」

「知るか」

「うぇー、ノリ悪いなあ」

 

 むすーっ、とした顔でユウキは拗ねてみせたが、そのまま無言で俺の顔を数秒見つめると、気まずそうな表情になって俺に顔を近づけてきた。

 

「なんだよ」

「……えっとさ。怒ってない、の?」

 

 何にだ、とは訊き返さない。代わりに、

 

「怒ってねーように見えんのかよ」

「いや、まあご機嫌じゃないなあってのは解るけどさ……なんか、会った瞬間に『なに考えてんだテメーは!』って、怒鳴られるかな……とか予想してたんだけど」

「そのつもりなら大会前にやってるつの」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らした俺を、ユウキは安堵と意外が半々の面構えで見る。

 確かに言いたいことは山ほどある。が、言ってもコイツはどうせ止めないと予想がつく以上、アレコレ言うのは終わった後でも変わらない。今は目の前の戦いに勝つことに全部を賭けたい。それだけのことだ。

 

「ンなこと考えてるヒマがあったら、全力でかかって来いよ。じゃねーと戦いながら怒鳴っちまうぞ」

「……うん。そうだね、今は一護とのデュエルに集中しなきゃ」

 

 自分に言い聞かせるように言った紫髪の少女は目を閉じ、自分の両頬をぺしっ、と叩く。目を開いたその表情は、もう元の純な色を帯びていた。

 

「一護。ボク、本気で行くからね。最初から最後まで」

「ッたり前だろ。俺も全開で戦う。一瞬も手は抜かねえぞ」

 

 そう返した直後、視界開始一分前のブザーが鳴り響いた。

 

 ギャラリーからの歓声がデカくなる中、俺たちはもう一度視線を合わせて笑ってからそのまま大きく後方に跳躍。開始線に立ち、互いの獲物を構える。ユウキは細身の直剣を中段に、俺は刀をいつもの脇構え……じゃなく、切っ先を下げたままにする。

 代わりに意識を持っていくのは、左手の銀色ブレスレット。アルゴが『代償はデケーが可能性があるのはコレしかネーヨ』と言いながらも見つけてきた代物。確かに犠牲はデカく、でもその分のリターンは必ず寄越す。そして、この強化方法は天鎖斬月を犠牲にしないと成立しねえ。

 

 カウントダウンが三十秒をきり、俺は周囲の雑音を意識からシャットアウト。覚悟を決めて体勢を変える。

 腰を沈め、右半身を後ろに大きく下げ、逆に左半身を前に出す。ブレスレットに意識を向けながら、左手の五指を折り曲げ顔の前に翳す。視界を半分潰しちまうハズのこの構えにユウキがほんの少し眉根を顰めるのが、隠れていない方の目で見えた。

 

 だが、強化の発動にはこのモーションとごく短い詠唱が必要になる。ユウキが「最初から最後まで」本気で行くと言ってきた以上、こっちも最初っから全開でいかないとダメだ。持続時間は敵のHPが尽きて消滅するまで。つまりユウキの能力限界である三分間がリミットと同義だ。

 能力的に試用なんて出来てねーが、今更ごちゃごちゃ言っても仕方ねえ。開始と同時に出し惜しみナシ・相討ち覚悟で速攻かけて一撃叩き込みつつ、ぶっつけでモノにするしかない。

 

 その決意を改めた、正にその瞬間。試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 瞬間、ユウキは中段に構えた剣を高くかかげ、俺は左手に全神経を集中させ、

 

 

「――打ち立てろ! 刀剣(マクアフィテル)!!」

 

「――来やがれ(hitta)! 犠牲の仮面(húsl gríma)!!」

 

 

 揃い、詠唱。

 

 ユウキの全身をアメジストの燐光が飲み込むのと同時に、俺は左手を真下に勢いよく振り抜いた。視界が一瞬だけ狭まるが、すぐに回復。平行して天鎖斬月から月牙に似た色の黒いオーラが巻き上がった。

 

 左手にもう銀のブレスレットはない。

 

 代わりに、俺の白目は黒く染まり、顔には一枚の「白い仮面」が覆い被さっているはずだ。

 

 

 可変型呪いの装備品(カーズド・アイテム)《デッドリー・マスク》。

 

 

 

 ()()()()を喚び出した俺は、黒いオーラの残滓を斬り裂きながら、驚愕の表情でコッチを見るユウキを己の金眼で見据えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 純白色の下地。

 

 髑髏を彷彿とさせるディテール。

 

 左半分に刻まれた放射状に広がる緋色の紋様。

 

 所有者のイメージから模られると噂される()のアイテムが、ああも禍々しい外見に変化した理由は俺には解らない。

 

 だが、その外見と仮面の奥から覗く金色の目から感じる気迫は、最早鬼気としか表現できない程に濃く、重い。纏った黒いオーラがその具現化だとでも言うかのように周囲に残滓が漂い、その迫力は対峙したユウキのみならず、観客たちをも圧していた。隣にいるアスナも、俺の手をぎゅっと握り締め、声を震わせる。

 

「き……キリトくん。あれが、アルゴの言ってた『呪いの装備品』なの?」

「ああ。カーズド・アイテム《デッドリー・マスク》だ。装備した使用者自身と武器性能を強化するが、その効果は武器のグレードが高い程強まっていく。一護の《天鎖斬月》はシステム上、上位古代級武器として処理されている。受ける恩恵も相当なものだろう」

 

 RPGにおいて定番なのが、「呪いのアイテム」だ。

 

 強力な性能を持つ反面、通常の装備では有りえないリスクを背負うことになる諸刃の剣。SAO時代には魔法という概念がないせいかあまり見なかったが、ALOでは種類は少ないもののそれなりの数の「呪い」付きアイテムが実装されている。

 

 その中でとりわけ異彩を放っているのが、一護の使用した《デッドリー・マスク》だ。

 

 普段は銀色の腕輪のような形状をしているが、解号を唱えて発動すると使用者によって見た目が変化する「仮面」の形をとる。使用者の武器のグレードによって効果の強弱が決まり、使用者自身と使用時に装備している武器が自動的に《呪いのオーラ》で包まれ強化される。

 

 これだけ見れば「どこが呪いなんだ」と思いそうだが、問題はこのアイテムを使()()()()にある。

 

 リスクは二つ。戦闘終了と同時に仮面は自動的に砕け散り元の腕輪の形に戻るのだが、その際、使用者には上昇幅に応じて「全ての」ステータスが一定割合減衰するバッドステータスが付与される。これがリスクの一つ目だ。SAOの《死力》スキルと似た形質で、この状態でもう一度戦闘し勝利しない限り、ステータス減衰は解除されない。

 

 ……そして、二つ目。

 

 

 使用者が発動を解いた際、呪いの祝福を受けていた武器はその場で即時()()()()

 

 

 例外は存在しない。

 

 武器の耐久値、呪いへの抵抗値に一切関係なく、である。

 

 つまりこの仮面を使って戦おうと思ったら、武器は基本的に消耗品として扱われることになる。連戦すればするほど武器は砕け、その度に新しい武器を調達しなければならない。乱戦でなどまず使えた物ではないし、今回のような「デュエルに利用したとしても予備武器の複数ストックは必須となる。

 

 だが、一護はこの仮面に《天鎖斬月》を組み合わせた。

 

 無論、その効果は凄まじいだろう。古代級武器と武器消耗系アイテムを組み合わせた例など未だかつて存在しないため明確に効果を推し量ることはできないが、そのレア度から考えて強化幅は常軌を逸するはずだ。

 

 しかし、その代償として、このデュエルが終われば《天鎖斬月》は奴の手から消えてなくなる。

 

 いくら一護本人が強いとは言え、奴を死神代行足らしめているのは奴自身が思うがままに動けるだけのパラメータ的恩恵、武器防具の助けにもよるだろう。

 中でも《天鎖斬月》は今の一護になくてはならない代物だ。単純な数値的強さと大技《月牙天衝》の破壊力はおいそれと代用できるものではなく、またこれ抜きでALO最上位レベルのプレイヤーとやりあうのは「厳しい」などというレベルでは済まない程に困難を極める。

 そしてその代用品はおそらく《霊刀ガグツチ》クラスでないと務まらず、例えステータス的に代用足りえても《月牙天衝》は戻ってこない。

 

 たかがデュエルの一戦に、それほどの武器を賭ける。

 傍から見れば莫迦にも程がある光景だろう。しかし、今のユウキは一護がそうでもしないとまともに戦う事さえ困難な相手だ。純粋な性能差を限界まで縮めるのはあくまでも最低条件。それほどまでにユウキの強さは規格外なのだ。

 

 けれど、その代償を払った甲斐はあったはずだ。

 

 ここに居ても感じられる、二人の圧力。その差はほぼ互角。

 

 ALO最強で、己の限界を越えた《絶剣》。

 SAO最強で、全盛期以上の力を得た《死神代行》。

 

 ……その局面が、ついに動き出そうとしていた。

 

「一護……? なに、そのお面……」

 

 ユウキが剣を構えたまま、驚愕の表情で呟く。

 

 対する一護は仮面で表情が見えない。ただ金色の目から放つ眼光でユウキを貫き、静かに、

 

『わりいな。説明してる余裕(ヒマ)は――ねえんだ』

 

 一護の地声を機械処理したような、奇妙にざらついた二重音声。

 

 その残響が耳朶から失せる前に、一護の姿が掻き消えた。

 

 ユウキ同様《縮地》並の速力。一瞬俺もユウキも奴の姿を見失った。だがユウキはすぐに顔を上げ、自身の真上に一護の姿を視認。しかし、

 

『……――月牙天衝』

 

 ユウキが何かするより速く、一護がいきなり月牙をぶっ放した。

 

 呪いのオーラと混じり合い、より巨大になった黒い斬撃がユウキを強襲。月牙が着弾し轟音と砂塵がまき散らされた。

 

 一護は上空に浮いたまま静止していたが、すぐに羽根を広げて音速舞踏の構えをとる。と、砂煙の中からユウキが飛び出し、着弾地点から後退するのがスクリーンに映った。

 それを目撃した一護が音速舞踏による急加速で突進。退くユウキに容赦ない追撃を叩き込まんと刀を振るう。

 

 が、今度はユウキも動いた。

 

 即座にその場で反転させ、体捌きの勢いを乗せた薙ぎ払い――の直前で剣を停止。音速舞踏で一護の左脇を獲った。

 ユウキの見切り返しにより、薙ぎが来ると踏んで力で押し込もうとした一護の斬撃が宙を斬る。そのコンマ数秒の隙に飛翔したユウキの高速空中廻し蹴りが炸裂。一護の肩に直撃した。

 

 一護の上体が傾ぐが、次なる行動を起こそうとするユウキをその金の眼は捉え続けていた。肩に食い込む蹴り足の足首を左手で掴み、振り回して闘技場の壁に投擲。

 投げられたユウキはギリギリで宙返りし壁に着地してダメージを削ったが、その眼が一護を再捕捉した瞬間、表情が強ばった。

 

 一護の正面には水平に刻まれた刀の軌跡。そこに今、縦の斬撃が重なろうとしていた。上位遠距離攻撃技《過月》。それを察知したユウキは音速舞踏の構えと並行して左手を突き出し、剣を思い切り引き絞る。

 

「あの構え……一護の《過月》を《ヴォーパル・ストライク》で打ち破る気か!?」

 

 俺が思わず叫んだ瞬間、ユウキが猛突進。音速舞踏の超加速でブーストされた刺突の一撃と、一護の蒼い十字架が交錯。激しい爆発を巻き起こした。

 

 俺たちがいる個室までその爆風が届き、目の前に展開されているシステム的防御の障壁を叩いて揺らす。観客席から悲鳴が上がる中、爆風で生じた砂煙の中から二つのシルエットが飛び出し、直後に高速の乱打戦が勃発した。

 砂塵が完全に晴れない上に両者とも超高速。仔細には視認できないが、断続的に響く剣の衝突音が戦闘の激しさを伝えてくる。そして何より、舞台上に固定表示された二人のHP残量の微減が、互いの力が釣り合っている戦況を物語っていた。

 

 しかし、その均衡も長くは持たない。

 

『――ォォォォオオ、ラアァァッ!!』

 

 ユウキの斬りおろしを避けた一護が崩しに出た。

 

 刀を握った手でそのまま拳打。ゼロ距離で放たれた不意打ちの体術をユウキはバックステップ回避するが、体勢が無茶なせいか、それまで続いていたリズムが僅かに乱れる。その隙に一護は刀を振りかざし、二撃目の月牙の体勢。一気にアドバンテージを奪う気だ。

 

 ユウキも何とか回避を目論むかと俺は予想した。過去に見た試合と実際の対戦の経験から、一護の月牙天衝は減衰はできるが相殺は不可能と判断したためだ。あの広範囲・高速・高火力の技を止められる手立ては、魔法以外に存在しない――。

 

 そう思っていたのだが。

 

「ユウキ、それ……十一連撃OSS!? 一護の月牙も撃墜する気なの!?」

 

 アスナの絶叫。

 

 そう、ユウキが取ったのは、あの十一連撃の十字刺突のOSSの初動モーション。あれはダッシュ技ではなく現在地点から多段刺突を放つ。都合、選択肢は迎撃しかない。だがいくら自己強化しているとはいえ、一護の月牙を果たして止められるのか……。

 

 その可能性についていくらも思考する前に、状況が動いた。

 

『……月牙――天衝!!』

 

 ユウキの構えに動じることなく一護が月牙を撃った。漆黒の三日月がユウキ目掛けて襲い掛かる。それをしかと見据え、ユウキはすっと息を吸い込んでから、

 

「――ゃぁぁあああああああアアアアッ!!」

 

 気合と共に右手を撃ち出した。蒼紫色に輝く剣が捉えきれないスピードで撃ち出され、月牙の矛先と激突。再度の凄まじい爆音が鳴り響き――、

 

 

 

 ――青紫の十字が、一護の月牙を食い破った。

 

 

 

 ただでさえ常識外の威力を誇る月牙天衝に風穴を開け、十字はすぅっと消えていく。だが同時に貫通された月牙も、黒い炎のような残滓を空気中に拡散させながら消滅。後には月牙を撃った体勢で仮面の奥の眼を見開く一護と、OSSが衝突した反動で後方に吹き飛ぶのに身を任せるユウキのみ。

 

「……莫迦な。一護の月牙天衝を、真正面から打ち破っただと……?」

 

 有りえない、と断言はできない。

 

 一護の月牙天衝は《残月》と同系統。どちらかと言えば魔法に近い存在だ。故に《魔法破壊(スペルブラスト)》と同じ要領で斬撃をピンポイントで当てることが出来れば、理路上は月牙を撃ち落とすことが可能である。

 しかしあの技はパワー、スピード、エリア共に非常に強大。それを一挙動の内に十一連撃を放つことで一点突破で月牙を破壊するとは……流石に貫通後の十字刺突に威力は備わっていない、事実上の相殺であるが、それでもアレを撃墜できる技がある時点で戦慄する。

 

 この時点で互いのHPは全くの互角。お互い六割程度を残したままだ。

 

 理由は単純。ユウキも一護も、互いの防御力より攻撃力が上回ってしまっているため。

 

 ユウキは身軽さを身上にしているが、それが最も活かされているのは回避や防御行動ではなくOSSに代表される刺突の多段攻撃だ。

 以前アスナとデュエルした際、OSSとアスナのソードスキル《スターリィ・ティアー》をお互い防御することなくぶつけ合ったことからも、彼女が攻撃に重点を置いているのが見てとれる。

 

 そして一護の思考や立ち振る舞いも攻撃寄り。守護のための力とはいえ、元々の短気に加え間合いが平均よりやや狭い打刀の特性上自分から間合いを詰める必要がある。

 その斬撃の威力・速力は凄まじい反面、武器特性故に貫通ダメージには弱い。今は呪いによる自己ステータス向上で多少マシにはなっているが、それでも防御面の弱点が消えたわけじゃない。

 

 つまり、互いの必殺技が相殺可能と分かった以上、ここから先は単純な剣技による削り合い。剣捌きそのものの巧さで上回る一護の斬撃がユウキの超回避を掠め、ユウキの刺突による貫通ダメージが一護の身体を苛むことで起きる拮抗状態だ。

 

 どっちも一から十まで策を練るタイプじゃない。

 展開はほぼ互角。

 

 それ故、勝敗を分けるキーは一つだけ。

 ――どちらかが先に、相手の戦闘スタイルを攻略すること。

 

 この超速戦闘でそれを行うのは極めて難しい。だが出来なければ、決め手がないままずるずるとタイムリミットが進んでいくしかない。互いに望まぬ結果を避けるためにも、一秒でも早く相手の戦い方の弱点を自身の長所で突く必要がある。

 

 ……そして、現状そのキーを掴み得るのは、一護とユウキのどちらにも言えることだ。

 

「……頼むぞ一護。ユウキはあれだけの覚悟を背負ってるんだ」

 

 誰にともなく、俺はそう呟いていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Yuuki>

 

 ボクがHIVのキャリアであることが周囲に知れ渡ったのは、小学校四年生の頃だった。

 

 今まで普通に仲良くしていた友人たちがボクを遠ざけ、今まで話したことも無かった人たちから罵声を浴びせられる。家に居ても、学校に居ても、必ずボクを非難する声と目がどこかに在ったような気がする。

 

 AIDSを発症してから、ずっと思っていたことがある。

 

 ボクの治療に使われる沢山の薬と機械。とっても高いもののはずなのに、周りの人たちはそれを使うことに遠慮なんて要らないと言い、むしろ使っていてつらくないかと心配してくれる。

 嬉しい。けれどボクは果たしてそこまでしてもらえるだけの価値がある人なのかなって、いつも心のどこかで思ってた。こんな病人、どうせ社会から見たら何の役にも立たないのに、それでも患者を放置できないから仕方なく皆優しくしてくれているんじゃないか。そんな疑心に襲われ、そうやって疑ってしまうことが、また堪らなくイヤだった。

 

 だからこそ、ボクは決めていた。

 

 一日、一日を、無駄にしない。

 

 生かされているこの日々を大切に生きると。

 

 

 ……そのはずだった。

 

 

 でも今、ボクはボク自身の肉体に現実のダメージを与えながら戦っている。

 

 誰のためでもない、ただ自分のわがままのためだけに命を削って。皆がボクを生かしてくれて永らえた命を燃料に、ただのゲームの試合に勝とうとする。現実主義で見たときのその行いの愚劣さが、振り切ったはずのボクの精神の端を蝕んでいく。

 

 揺らぎそうになった覚悟にヒビが入りかけ、思わず歯噛みして持ち直し眼前をしっかり見据える。

 

 今までで見たことのない怖い仮面を被った一護。その動きは《ヴァーチャル・コンセントレイション》で強化したボクの動きに迫るものがある。

 筋力は互角。実質の速力じゃボクの方が少し上って感じがするけれど、剣の扱いに関しては一護の方が上。ダメージを与える割合は互角。鍔迫り合いの状態だ。

 

 勝てるかどうかは分からない。

 

 そもそも自分が勝ちたいのかどうかすら分からない。

 

 ……ただ、こうして互いの全力が釣り合った中で剣を交え続けるのはとても楽しく――とても、嬉しいものに感じた。

 

 剣を合わせるたびに一護の激情が伝わってくる、それはまるで手を繋いでいるかのように。

 

 互いに技を出し合いHPを削りにかかる攻防の応酬は、まるで語り合うかのよう。

 

 凄絶な斬り合いのはずなのに、不思議と殺伐とした空気はそこにはない。互いが互いしか見ていない、考えていない。相手のことだけを思い交わる、まるでデートみたい……なんて浮かれたことを思ってしまう。実力が拮抗した相手との試合で浮き立つ心の甘さが、気を抜くとささくれてしまいそうなボクの自虐を癒してくれているような気がしていた。

 

 

 …………でも、もう時間がない。

 

 

 視界端のタイマーは残り一分前後。あと一、二攻防で限界が来る。過去最長の《ヴァーチャル・コンセントレイション》がどんな反動を寄越すのか分からないけれど、少なくとも能力解除と同時に即落ちは避けられない。

 

 一護の《月牙天衝》

 

 ボクの《マザーズ・ロザリオ》

 

 互いの防具が極軽装備である上に大幅な強化がかかってる以上、どっちも大技のクリーンヒットでHPの六割なんて簡単に消えてなくなる。時間切れなんてカッコつかない負け方を避けられる可能性は、まだ充分にある。

 

 ここから消え失せるのなら、冷たいシステムの力じゃイヤだ。

 

 ボクが勝って自分の意志で消えるか、一護の剣で消してほしい。

 

 こんなに激しく温かい剣戟を交えた最後も、この人と戦った末の結末で迎えたいんだ。

 

 

 だから――この攻防に全部を賭ける。一護に《マザーズ・ロザリオ》を放てる体勢まで、絶対に持っていく。

 

「すぅ…………はぁ……」

 

 息を吸って吐き、一度全身の力を抜く。体中に張り巡らされていた意識の網。それらを一度引っ込めるイメージで脱力する。疲労で少しずつ重くなりつつあった身体を一度リセット。

 

 そして、ぐっと息を止め、羽根をめい一杯広げてから急加速。瞬時に一護の斜め後ろを獲り、刺突の連打を放った。

 

 死角からの三連突き、それに反応した一護の薙ぎ払いが来る。けど構わず突ききり、全てを防がれても尚叩き込み続ける。一護は強い。今のボクがちょっとでも気を抜いたら即座に斬られてしまうくらいに、強い。連撃を、脚を止めることなく、防御さえも捨て去って無心の連撃を仕掛けた。

 

 ボクは徐々に自分の動きが速くなっていくのを感じ取っていた。慣れ以上に一護の速力に引きずられ、今まで数度しか使ったことのないこの強化が毎秒ごとに進化していくのが分かった。まだだ、もっと上へ。そう願うたびに斬撃が加速され、ちょっとずつ一護の体表を切っ先が捉えはじめる。

 

 けど、それを看過するほど一護はお人好しじゃない。

 

 連撃の隙間、ボクが刺突の照準を上段から中段に変えたその数瞬を突いて一護の蹴り足が飛んできた。同じ蹴りでよそに弾くけれど、そのせいでステップが一瞬だけ停止。そこへ一護の鋭い斬り上げが襲ってきた。

 

 反射的にガードしようとしたけれど、寸前で止めて回避。かつしゃがんで一護の斬撃直後の隙を突く――が、斬り上げた刀はそれを見越していたように切り替えし、ボクの下がった頭を割ろうと振り下ろされた。

 たまらず加速して回避したけれど、あの黒いオーラがボクの腕を抉り、ダメージを受ける。一護もまたボクの挙動に対処し始めていることの証だった。

 

 終わらせたくない。

 

 ……けれど、もうリミットはすぐそこ。

 

 

 だから――最後は思いっきり派手に!!

 

「てやあああああああああああああっ!!」

 

 気合を入れて再突撃。カウンター狙いで繰りだされた一護の斬撃を()()()弾き飛ばす。ピンポイントで命中したその一撃で、一護の右腕は大きく後方へ。胴が完全に空いた。

 

 ここで刺突――と見せかけ、タックルを敢行。一護の長身にボクの身体が肩口から突っ込み、一気に壁際まで押しやった。その最中にめい一杯に引き絞った剣でソードスキルを発動。一護の左胸にピタリを照準した。

 

 ゼロ距離で、フルスピードの《マザーズ・ロザリオ》を叩きつける。

 

 いくら一護でも受けきれない。間合いはボクの方が近いから、ガードは間に合わない。

 

 

 ――これで、終わりだ!!

 

 

 

「……《マザーズ・"ハート"・ロザリオ》!!」

 

 全霊を賭して加速した《マザーズ・ロザリオ》が一護の胸へ吸い込まれる。刀が迎撃するにはもう遅い。この速力はサクヤでさえ防ぎ消れなかった。回避も追いつかない。

 

 見えた勝ち目に心臓がドクン、と高鳴る――刹那、衝撃と共にボクの眼に信じがたい光景が飛び込んできた。

 

 

 

 初撃が命中した《マザーズ・"ハート"・ロザリオ》。

 

 

 けど、一護はボクの剣に対し、無手の左拳を思いっきり正面から叩きつけてきたんだ。

 

 

 

 無論ボクの剣が圧し勝ち、一護の左腕は肩から吹き飛ばされる。けどその衝撃と目標喪失で照準がずれ、残りの十連撃が宙を裂くだけにとどまる。

 

 ――やられた!

 

 一護の狙いはこれだったんだ。ボクの加速した《マザーズ・ロザリオ》は十一連撃を「一挙動で」全て叩きつける。最初の一撃を外せば残りは全部そっちに釣られて流される。それを自分の左手を犠牲にして成し遂げるなんて……。

 

 技後硬直と反動でのけぞり停止するボクの身体。その刹那、ボクは確かに聞いたんだ。

 

 弾かれた刀を引き戻し、黒いオーラを滾らせる一護。その目がかすかに細められ、

 

 

『これで、ほんとに終わりだ……《絶剣》』

 

 

 低く、静かに告げた。

 

 それが定めであるかのような静けさで、すっとボクの中で何かが消える感覚がする。諦めとは別種の脱力感で、剣を握る手から力が抜ける。

 

 

 ――そして、

 

 

『――――月牙天衝オオォォォォ!!』

 

 一護の叫びと共にボクの身体が黒い斬撃で焼き尽くされた。

 

 HPが急減少し、あっと言う間にゼロへ。そのままボクの身体に火が付き、斬撃の衝撃で宙を舞ったボクの身体は崩れ、空気に融けるようにして消えていく。痛みも苦しみも、悔しさもない、ボクの敗北。その事実にゆっくりと目蓋が下りてくるのが感じられた。

 

 意識が闇に消える直前、ボクは確かに見た。

 

 隻腕になり、仮面が砕け、手にした黒い日本刀が折れて砕け散った一護の、どこか優しい眼差し。まるで子供が眠りにつくのを見届けるかのような、柔らかな表情。それに少しだけ笑い、ボクは本当に消える事に身を任せた。

 

 

 ……おやすみ、一護。

 

 

 ……そしておやすみ、《絶剣》。

 

 

 今日は良い夢が見れそうで……すごく、嬉しいな。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

思いっきり書き途中を投稿してしまった……すみませんっす。

次回以降は、多分戦闘がありません。
残り少ない話数は日常中心です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。