Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

四十一話です。

基本はキリト視点、間にユウキ視点を挟んでいます。

宜しくお願い致します。


Episode 41. X-Over -to heart-

<Kirito>

 

 デュエル開始直後のサクヤさんの武器解放。

 

 出し惜しみ無しの展開に会場が初っ端から盛り上がる中、隣のアスナの呟きが聞こえた。

 

「サクヤさん、開始数秒で武器を解いちゃうなんて……やっぱり本気なんだね」

「《化ノ丸》は比較的長時間の武器解放が可能だったはずだ。能力の内容的にも温存する意味はないからな」

「キリトくん、戦ったことあるの?」

「いや、新生アインクラッド攻略中に一度だけ見せてもらったんだ。俺の《統雹騎士》とは真逆の、非常に使いやすい良い能力だよ。流石、純正の古代級武器だな」

 

 そう、サクヤさんの《化ノ丸》は、かつて一護が振るっていた《餓刀シュテン》と同列の古代級名刀八種の一振り。霊峰の奥深くに棲むという妖狐型のネームドMobを倒すことで入手できるとされ、数か月ほど前にシルフ族精鋭部隊と共に狩りを行っていた際に遭遇、討伐したらしい。

 

 解放状態でも見た目の変化は小さい。ただ、元々四尺ほどだった刀身が六尺に伸長され、サクヤさんの身の丈を上回っている。その上聞いたところによると、《化ノ丸》は解放してもステータス上昇が一ミリたりとも発生しない、数少ない武器だという。

 

 だが、その能力の利便性はそれを補って余りある代物。そして何より、彼女のバトルスタイルとの相性は暴力的なまでに良い。

 

 解放した《化ノ丸》を下段に構えつつ、サクヤさんは一歩一歩歩みを進める。防御とカウンターに特化しているその構えのために、音速舞踏のような高速移動技術は初めから選択肢に無い。

 

 故に、最初の一手を打つのは、ユウキの方しか有りえない。

 

「――ッ!」

 

 剣を刺突の型に構え直し、ユウキは中距離からの猛突進を仕掛けた。羽根を使っていない点から考えて、あれは通常の突進。しかしその速度は俺の音速舞踏に迫る勢いだ。単純な移動速度に限って言えば、一護と同等と言っても過言ではない。

 

 そのままの速度で真正面――で跳躍し、サクヤさんの頭を飛び越え背後へ。着地で折り曲げた両膝のバネと引き絞った右手の伸びによる高速の刺突でサクヤさんの背を穿つ――。

 

 

 だが、その瞬間サクヤさんが手元の刀を返し、()()()()()()()()

 

 

 いや、正確にはそうじゃない。刃先を翻し、自分で自分の首を薙ぐようにして大太刀を振り抜くことで、背後で上段刺突を放とうとしていたユウキを()()()()()()薙ぎ払ったのだ。

 

「うぇっ!?」

 

 驚きの声と共にユウキは慌てて防御態勢を取る。が、二メートル近い刃渡りによる薙飛の一撃を完全には防ぎきれず、首元にごく浅い傷をつけられる。そのままバックダッシュで距離を取ったユウキは、小さく肩を上下させながら、自分の身体諸共敵を斬ろうとしたサクヤさんの立ち姿を見……、

 

「……あれ? なんでHPが減ってない、の……?」

「そういう能力だからさ。この《化ノ丸》の常理剥落の刀身に、君の常識は通用しない」

 

 ユウキの呟きに応えたサクヤさんは、ゆっくりと振り向く。そのHPはまだ全快のまま。ついさっき、自分の首を自分の獲物で薙いだとは思えない立ち姿。

 

「ね、ねえ、キリトくん。あれがサクヤさんの能力……?」

「ああ、常理剥落の刀身。その能力は、『自身の刀身から、敵対勢力に属さないあらゆるオブジェクトに対する当たり判定を消失させる』ことだ」

 

 そう、サクヤさんの化ノ丸の能力はかの《魔剣グラム》と同系統の透過能力。しかし、グラムと違い、彼女の刀は透過対象もそのタイミングも指定できない。あらかじめ透過の条件が定められているのだ。

 

 透過できないのは、解放時に敵対しているプレイヤー、モンスター、並びにそれに連なる一切のアバターとオブジェクト。仮にサラマンダーの領軍とシルフ軍が対決したとすれば、彼女の刀はサラマンダー軍に属する全ての存在を透過することはできない、ということになる。

 

 ……だが、逆に言えば、《化ノ丸》の刀身はそれ以外を全て例外なく透過する。

 

 地形も。

 

 建物も。

 

 味方も。

 

 ――自分自身さえも。

 

 元来身の丈を超す刃渡りの大太刀の扱いは非常に難しい。一般的に言えば、一護の持つ打刀《天鎖斬月》のように使用者の腕の長さに近いのが理想的だ。長すぎる刀身は圧倒的なリーチの長さを持つ反面、地形によって可動範囲が限られ、さらに使用者自身の身体が邪魔になるため扱いには相当の鍛練が必要となる。それであってもユウキのような刺突主体のスピード型フェンサーを相手取るには明らかに不利だ。

 

 だが、解放状態の《化ノ丸》にはその「射程距離の長さ」というメリットを残しながらも、「扱いの難しさ」というデメリットが消滅している。

 

 どう振っても敵以外には当たらないから、自傷やフレンドリーファイアの可能性は無くなる。地形や自分の身体そのもので斬撃が阻害されることもない。ステータス的強さは何一つ変わらない代わりに、プレイヤーの斬撃の制約を失くすという「変幻自在の可能性」を与える。それが《化ノ丸》の強さだ。

 

 そしてそれは予測不可能な角度・方向からの斬撃の可能性へとリンクし、そのままサクヤさんのカウンター成功率の上昇へとつながる。攻撃をいなされたところに、身体を、地面をすり抜けて現れる無貌の斬撃。

 その脅威がサクヤさんが現実で培った技術と組み合わされば、盾も鎧も必要ない縦横無尽の斬撃が織りなす堅固な防壁となる。自分から攻めようとする剣士としての闘争本能を抑え込んだからこそ実現した、一つの到達点だ。

 

 ……加えて、彼女にはもう一つ強みがある。

 

『…………君臨者よ(Gramr)

 

 同時行動(ダブルアクト)による魔法詠唱技能だ。

 

 件の映像が撮られたデュエルの際、彼女は三音節までしか戦闘中に詠唱することは出来なかった。それにより一護の《剡月》を止められず大ダメージを受け、起死回生の初級魔法の疑似増幅も一護の斬速と圧倒的に相性が悪く、そのまま敗北している。

 

 だがしかし、その経験をそのまま放置するほどサクヤさんは悠長な人間ではなかった。一護に負けてから、およそ半年鍛練を積み重ね、余程の横やりが入らなければ何音節であろうと防御を崩さずに魔法詠唱を行えるようになったという。

 

血肉の仮面(gríma slátr eða blóð)万象(allr lund)羽搏き(flúga)ヒトの名を冠す者よ(þiggja nafn menskr)

 

 真理と節制(sannindi eða válað) 罪知らぬ夢の壁に(óvitr draumr bálkr)僅かに爪を立てよ(siga neppr nagl)

 

 流麗な古ノルド語の詠唱が木霊しつつも、剣戟の音は止まない。ユウキによる立て続けの刺突連撃はひっきりなしに続いてはいるものの、その全てはサクヤさんの体表に届く一寸前で弾き返される。

 

「このっ……当たれぇっ!!」

 

 焦れたユウキが《ヴォーパルストライク》を発動、サクヤさんの右脇から強襲を仕掛ける。だがそれも承知済みとでも言うかのように大太刀が半回転。ユウキの黒曜石色の直剣の腹をほんの僅かばかり横から打ち払うことで太刀筋を曲げ、照準を自身の身体から逸らした。

 

 突進の勢いそのまま通り抜け、宙返りで体勢を立て直したユウキだったが、その着地の瞬間、

 

『――古代式参節(aldinn þrír) 《蒼火墜(blár eldr rata)》』

 

 サクヤさんの呪文が完成。蒼い炎の波がユウキを襲った。

 

 殺到する蒼炎にユウキは目を見開き、瞬時に羽根を広げて音速舞踏による回避行動を取った。返した踵を炎が舐めHPを幾ばくか削ったものの、直撃は避けることが出来た。小柄な少女はそのまま回避先で地面をゴロゴロと転がった後、剣を突き立て跳ね起きる。

 ライブビューイングに映るあどけない顔が、ふぅ、と息を吐くのを写し出し、同時に横にいるアスナも一緒に安どのため息を漏らしていた。

 

「今のは危なかったかも……けど、やっぱりサクヤさんの本気ってすごいね。あのユウキをここまで追い詰めるなんて」

「いや、追い詰められてるのはユウキだけじゃない。サクヤさんだって余裕はないはずだ」

 

 確かに残りHP的に見ればユウキの方がごくわずかに下回っている。現在の残りHPは、ユウキが七割弱。サクヤさんが八割ジャストといったところ。剣同士の戦いでは互いに強攻撃の一発も当てられておらず、サクヤさんの魔法攻撃が部分的にユウキの身体を掠めているのがかろうじてダメージソースになっている程度だ。

 

 しかしサクヤさんの魔法はMP的にそう乱発はできず、しかもカウンターがユウキに満足に当たっていないことから火力不足に陥っていた。

 加えてカタナという武器カテゴリ上の弱点『貫通ダメージ減衰率の低さ』が仇となり、ユウキの刺突のダメージが「抜けて」いるせいで、たとえ全ての斬撃を弾いてもHPが微減しつづける胃の痛い現状となっている。

 

 ユウキはユウキで、攻撃の尽くをサクヤさんに防がれているせいでダメージ不足。飛んでくる魔法も範囲が広いものであれば完全回避が難しいためにHPを削られている。

 

 試合開始直前、サクヤさんの顔に表情が無かったのは、おそらくこの状況を予見していたからだろう。

 

 防御は出来てもカウンターを叩き込むことは出来ず。弾数に制限がある魔法もクリーンヒットまで持ち込めない。貫通ダメージでじりじりとHPを減らされ、半ばこう着状態となる。次々と攻撃の応酬が行われる絵面そのものは派手なため観客は大盛り上がりしているものの、見る者が見れば非常にじれったい戦いとなっている。

 

 打破するには、どちらかが相手に強打を叩き込むしか道は無い。

 

 サクヤさんがカウンターの斬撃か魔法を当てるのが先か。

 

 ユウキがあの十一連撃のOSSか未だ見ぬ武器解放を叩きつけるのが先か。

 

 千日手となりつつあるこの局面は、おそらく先に場の流れを引き寄せた方が一気に勝利するはず。流れを崩して引き寄せるか、それとも崩しに来たところを妨害して逆に反撃に転じるかの二つに一つ。

 

 そして、両者の性格上その配役は――、

 

 

 

「――打ち立てろ! 刀剣(マクアフィテル)!!」

 

 

 

 ほぼ確実に、ユウキが崩す側となる。

 

 掲げた剣がアメジスト色の閃光を放ち、それはそのまま燐光としてユウキ自身の身体に纏わりついた。武器のランク的にはアスナの細剣と同程度のはず。解放だけで局面をひっくり返せる確率はゼロではないが、おそらく低い。

 

 すなわち、解放状態のユウキが取るべき選択肢は只一つ、

 

「あの構え……ユウキ、ここで一気に勝負をかけるつもり!?」

 

 この状態で全力のソードスキルを叩き込むしかない。

 

 アスナが思わず身を乗り出す。メイジ型魔法剣士で極軽装のサクヤさんが相手であれば、おそらく例の十一連撃全弾命中で片が付く。半分でも直撃すれば、大きなアドバンテージだろう。武器解放で上昇しているはずのステータスと合わせて撃てば、決まる確率は大きく上がる。

 

 青紫の光を煌々とまき散らしながら、ユウキの剣の切っ先がサクヤさんの胸元へピタリと照準される。その圧力に臆する様子もなく、サクヤさんが取ったのは迎撃の構え。真っ向から受けて立つ、その立ち姿からは正に領主たる者の風格を嫌でも感じられた。

 

 場の空気がチリチリとひりつく中、ユウキは大きく息を吸い込み、吐き出す。全身から余計な力を抜くように深呼吸を数度重ね――幾度かの後に突進、急加速。アメジストの残光を大きく曳いたその姿は正に流星。その勢いを微塵も殺さないまま、ユウキは構えるサクヤさんに正面から突っ込んだ。

 

 間合いに入ると同時にソードスキルが発動。音速舞踏の加速に加え、武器解放のステータス上昇効果による敏捷補正で超高速となった刺突の雨がサクヤさんに降り注ぐ。

 

「…………くっ」

 

 微かに聞こえた、短い苦悶の声。

 

 左肩から右脇腹への高速五連刺突を捌ききったものの、その速力に歯噛みする様子がズームされた映像から見えた。続けて放たれる右肩から左脇腹への五連刺突も、太刀筋の矛先を数センチそらすことで直撃を避けているが、その火力を抑え込むことはできず、十連撃目でついに大太刀を弾き飛ばされた。

 

「武器を獲った……! いける、いけるよ!」

 

 アスナが興奮と共にそう叫んだ直後、ユウキの直剣の切っ先が十連撃による十字斬撃の交点に再照準。一層光を強めた剣を弩のように引き絞り、

 

「――やああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 高らかな気合と共に突き込んだ。

 

 ズバンッ!! という空気の壁を突き破る音と共に射出された最後の一撃は、無手となったシルフ領主の胸元へと吸い込まれるように飛んでいき――、

 

 

 ――直撃の寸前でサクヤさんが身を捩り、伸びきったユウキの腕を逆に掴んで捉えた。

 

 

「うそっ……ユウキのソードスキルを、あんなにきれいに見切るなんて……!」

 

 思わず絶句するアスナ。ユウキの十一連撃OSSは《絶剣》の代名詞とも言える必殺技。絶対無敵と称される少女剣士渾身の連撃のラストが、こうもあっさり捉えられたその衝撃的光景に、アスナだけでなく会場全体が、そして、技を放ったユウキ自身すらも呆気にとられた。

 

 おそらく突きの直後、踏込の運動エネルギーが腕に伝達し、肘が伸び切ったその一番無防備な瞬間を狙ってユウキの手を掴んだのだろうが……それにしたって今の見切りは、最早未来視と言っても過言ではないレベルの見事さだった。急造で戦術眼を鍛えた程度の俺では、あの領域の芸当を実行できる確率は万分の一もない。

 かつて一護の連撃さえも止めて見せたというシルフ族最強の剣士。その実力は、かの《絶剣》さえも抑え込むことに成功したのだ。

 

 だが、それを成し遂げた当人だけは至極冷静。無手となった右手を突き出した瞬間、虚空から現れた魔法陣がユウキの眼前に瞬く間に展開される。

 

「……まずい、遅延発動魔法(ディレイスペル)だ!」

 

 俺が言うのと同時にハッとしたユウキが、掴まれた腕を捻って脱出を試みる。が、たった数瞬とはいえ、眼前の敵に捕縛されたまま硬直した代償は極めて大きく、

 

 

『――古代式壱節(aldinn einn) 赤火砲(rjóðr eldr vápn)

 

 

 零距離で炸裂した業火がユウキの小さな身体を食らい尽くし、火達磨になった小柄な剣士はそのまま闘技場の円周の壁へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Yuuki>

 

 一瞬、視界が真っ白く染まり、何が何だか分からなくなった。

 けどその直後に背中が硬い何かに衝突、その衝撃でボクの視界が戻った。

 

 倒れ込みそうになるのを剣を地面に突き立てることで耐え、どうにか膝を突かずに堪える。視界の端っこに表示されてるHPゲージは、今の一撃で三割まで落ち込んだ。アーマーなんて付けてない顔面にあんなでっかい火の玉を撃ち込まれたんだ、あの一発でレッドゾーンまで減らされた可能性も充分にある。

 

 四割削られた程度で済んだだけ儲けもの、そう自分に言い聞かせて顔を上げる。

 十数メートル先、さっきまでボクがいた場所には、きれいなお姉さん、サクヤが長大な日本刀を片手に佇んでいた。顔立ちはとってもきれいでカッコいいのに、その気配はまるで鬼のよう。

 向こうから攻撃は仕掛けてこない代わりに、こっちから攻撃したら一太刀も当てられない。その上魔法の詠唱も同時にこなすなんて、今までこんな戦い方をする人とは一人だって会ったことが無かった。

 

 

 強い。

 

 ……でも、それ以上に、怖い。

 

 

 ここはゲームの中。これは本物じゃない身体。

 

 そう判っていても反射的にすくんでしまうような、あの気迫。

 斬られたら本当に血が噴き出すんじゃないかと思うくらい、鋭いカウンター。

 そして、ボクを「倒す」んじゃなく、「殺す」つもりなんじゃないかと錯覚するくらい殺気を孕んだ魔法。

 

 真剣って言葉さえも生ぬるいようなその在り方は、今まで出会ったどんなモンスターよりも恐ろしく、強大に見えた。

 ボクの剣は、言ってしまえば「相手に当ててHPを先にゼロにする」ためのもの。けれどサクヤの刀は、「相手を殺す」ためのもの。未だかつて向けられたことが無くても、あれこそが殺気というものなんだと、心底感じられた。

 

 怖い。

 

 恐ろしい。

 

 

 ――そして何より、惹きつけられる。

 

 

 もしかしたらそれは、子供が刺激の強い映画や漫画を見て魅了される感覚に近いのかもしれない。昔読んだスプラッターな小説とか、ちょっとグロテスクなモンスタームービーとか、その延長線上にあるように感じられる魅力。

 現実では決してやっちゃいけないことで、でもそれは生き物の本質の闘争本能で、いい子に生活していたら絶対に触れることのできない世界。その荒々しい色の輝きは、ボクの奥底からマグマみたいな衝動をかきたてる。

 

 もっと、もっとこの人と戦いたい。

 この仮想の命を賭けて、もっともっと戦っていたい。

 

 ……けれど、そうしていたら、きっとボクは負けてしまう。

 

 ボクの最強の技である十一連撃のオリジナル・ソードスキル《マザーズ・ロザリオ》は、さっき完全に止められてしまった。武器も解いてしまっている。魔法の使えないボクに打てる手はもう尽きてしまった。

 後はただ、がむしゃらに突っ込んであの堅い斬撃の防御を突破するしかない、いや、それしか出来ないんだ。サクヤやキリトのように自分の頭で戦術を練ることをしなかったボクには、考えながら攻防に臨むなんてのは無茶にも程がある。普段周りの皆から散々言われているボクでも、それは判っていた。

 

 でも……でも、負けるのはいやだ。

 

 負けることが悔しいからだけじゃない。約束したんだ、一護と。彼と戦うんだ、二日後の同じこの舞台で。

 

 今まで沢山の人と戦ってきて、この世界で初めて見つけた。姉ちゃんと同じように、ボクを倒してくれるかもしれない人。

 

 周りの人はボクを強い、すごいって褒めてくれた。けど、同じ強さの目線に立ってくれる人はほとんどいなかった。

 スリーピング・ナイツの皆やアスナたちは友達として同じ目線に立ってくれる。それはとても嬉しいことだ。でも、それでも戦闘中だけは、ほんの少しだけ距離を感じてしまう。隣り合わせで戦っているのに、心だけがどこか遠い場所に置き去りにされてしまっているような、そんな寂しさ。

 

 この仮想世界でボクと向き合ってくれる人はたくさんできて、それはとても嬉しくて、何度も独りで泣いてしまうくらいに嬉しかった。でも結局、ボクと本当に同じ場所に立ってくれる人は、姉ちゃんを除いて誰もいなかったんだ。

 

 

 ――なのに。

 

 なのにあの人は違うように見えた。

 

 

 出会いがしらの僕の斬撃を避け、武器を砕き、黒い斬撃で全てを断ち斬る。

 

 あの何が起こったのかすら解らないようなキリトの解放さえも、正面から向き合い乗り越えてみせた。今ボクがこうやって戦い苦戦しているサクヤにも、一年前に勝利しているという。

 

 心のどこかで諦めていた、ボクと同じ目線に立ってくれる誰か。

 

 その誰かになり得る人がようやく見つかったんだ。

 

 別にただ戦うだけならここじゃなくたって良かった。ただ剣を交えるだけならここじゃなくたって良かった。もっと普通に、二人きりで戦う選択もきっとあって、むしろその方が良かったのかもしれない。

 

 けど、それでもボクはこの場所で一護と戦いたい。この統一デュエル・トーナメントの決勝戦で戦いたい。沢山の人が見ている中で、ボクの全力を彼に受け止めてもらいたい。ボクを……全開のボクを越えられるかもしれないと感じた、初めての人に。

 

 

 ……だから、このデュエルは絶対に勝つ。

 

 勝って決勝に行く。

 

 たとえ――自分の命を削ることになっても。

 

 

 ボクにはまだ一つだけ、隠した手がある。

 姉ちゃんが向こうへ行くちょっと前に教えてくれた、ボクらにしかできない自己強化方法。ボクが長い間散々頼んでようやく教えてもらえた、本当の本当に大事な戦いの時じゃないと使っちゃダメってキツく注意された方法。周りの人が見たら何てバカなことをって思うかもしれない、そんな方法。

 

 きっとアスナたちが知ったら「そんな無茶しちゃダメよ!」って怒るかもしれない。

 

 一護だったらもしかして、頭を引っぱたいてくるかもしれない。

 

 皆にたくさんの迷惑をかけて繋いできたこの命を削るかもしれないなんてとんでもないって、皆から叱られるかもしれない。

 

 

 ごめんなさい。

 

 本当に、ごめんなさい。

 

 

 それでもボクは、この刹那(いま)に生きていたいんだ。

 

 

 この世の全てが偽物だとしても、何も生み出さないボクが何かを生むことができるこの場所で、あらん限りを迸らせる。本来寝たきりで、指一本動かすことのできないハズのボクの人生を、こんなにも色鮮やかに彩ってくれた、この仮想の世界への恩返し。

 

 そして、あの死神代行の二つ名を持つ彼とこの場所で戦うために、ボクはボクの限界を踏破する。

 

 ゲームの試合一つ、たった数分、数十秒。けれどそこに魂が籠れば、きっとそれはボクと相手の中で「本物」になる。

 

 

 だから、行こう。

 

 ボクが行きつき、いつか逝きつく終着点へ。

 

 ユウキ(ボク)が本当に《絶剣》になれる、限界のさらにその先へ。

 

 

 

 《ヴァーチャル・コンセントレイション》

 

 

 ――始動(スタート)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 初めにそれに気づいたのは、相対するサクヤさん自身だった。

 

 今までと同様、ユウキとの間合いをゆっくり詰めながら出方を伺っていた彼女だったが、あと八メートルの地点でぴたりと停止。刀を握り締めたまま、目を大きく見開いた。

 

 その数秒後に、遠く離れた位置に座る俺とアスナが、ほぼ同時に気づく。

 

「ユウ、キ……なのよね……? さっきまでと、ううん、今まで見てきたユウキとは、全然別人みたい……」

 

 どこか不安げな声音でアスナが呟く。しかし、その問いかけをすぐに肯定してやれるほど、眼下の状況は優しくなかった。

 

 

 ……ユウキを構成するオブジェクト。紫の燐光を放つ小柄な少女剣士の全身が《重く》なっているように感じられたのだ。

 

 

 理論的根拠はなにもない。ユウキに新たなバフが付いたわけでも、隠しスキルが発動した様子もない。HPだって、相変わらずサクヤの半分以下のままだ。

 

 けれど、ややうつむき加減に立つその姿、闘技場に吹く微風にたなびく髪の毛や衣装の微かな揺らぎさえも、重く、濃いものに見受けられる。まるでユウキの姿を借りた、何か別の存在――そんなうすら寒い憶測に、思わず身震いしそうになる。

 

 と、ユウキが何の前触れもなく動き出した。先ほどまでの快活でエネルギッシュな足取りではなく、幽鬼のような脱力しきった歩み。手にした直剣を手放しはしないものの、両手もだらりと垂れさがったままだ。

 

 長い紫髪がその表情を覆い隠したまま、ユウキは足を踏み出す。

 

 揺蕩うように、一歩、二歩――。

 

 

 三歩目で姿が消失。

 

 同時に轟音と共にサクヤさんが吹き飛び、遥か先にあったはずの舞台の壁へと激突した。

 

 

 苦悶と驚愕で限界まで見開かれた目。その先にあったのは、紫の燐光を炎のように滾らせ、彼女の胴に深々と剣を突き立てるユウキの姿だった。

 

 すぐにサクヤさんはユウキを引き剥がそうと大太刀を振る。しかし、ユウキはその直前に直剣を引き抜き、その場から大きく後退。サクヤさんから五メートルほどの位置で再び剣を構える。

 その表情はいつものユウキらしく、朗らかな笑みを浮かべ、瞳には純な光が宿っている。左手を腰のあたりに据え、右手に握った剣を中段に構える軽やかな立ち姿も、いつものままだ。

 

 ただ、彼女の動きだけが劇的に変わっていた。

 

 足で地を踏みしめる一動作。剣の柄を握りなおす一挙動。それら全ての末端にいたるまで明確に意識が通っているかのような、しなやかで、強靱さを感じる動作。ただ何てことないその仕草からでさえ冴えを感じさせる。

 

 武器を構え直したユウキは少しだけ剣を引き絞り、直後に羽根を広げて音速舞踏を発動。先ほどまでよりも数段早い、遠くにいる俺がギリギリ目で追えるくらいの速さでサクヤさんの死角に潜り込んだ。

 

 だが今度はサクヤさんも反応した。目では追わず自身の先読みに従って《化ノ丸》を一閃。下段から斬り上げようとしていたユウキの刺突を弾く――その時だった。

 

「――せっ!」

 

 軽い掛け声と共にユウキが弾かれる寸前で剣を()()()()、その反動のままぐるんっと回転。遠心力を乗せたコンパクトな薙ぎ払いでサクヤさんの脇腹を抉り取って見せた。

 

 今のは……フェイク?

 

 いや、あの刺突の勢いと身体の突っ込み具合から見て、確実にユウキは刺突をサクヤに当てるつもりだったはずだ。だがあれほどまでに滑らかに剣を引き、翻身して二撃目に繋げた……ということは。

 

「見切り返し……。自分の斬撃を見切ったサクヤさんの迎撃をさらに見切る、カウンターへのカウンターか……!」

 

 そうだ、ユウキは見切ったのだ。

 

 自分が突きを放ち、それにサクヤさんが迎撃の一閃を繰り出してから刃が接触するコンマ数秒でその太刀筋をさらに見切って、即座に剣を引いて別角度からの斬撃に切り換える。そんな絶技が可能なのはあの死神男だけだと思っていたのに……。

 

 ユウキの身のこなしの急激な卓越に驚愕する俺だったが、次の瞬間、それは戦慄へと変化することとなった。

 

 

「――はぁあああああああぁぁっ!!」

 

 

 気合と共にユウキの動きがさらに数段加速。最早俺の目で追う事すら叶わない速度でサクヤさんの周囲を高速旋回。黒紫の旋風となってサクヤさんの身体を次々と斬りつけていった。

 余りの速さにサクヤさんが大太刀を振るう速度が追い付かず、一度刀を振るう間にユウキの斬撃が複数直撃するような有様だ。いくら先が読めていようが、これではどうしようもない。

 

 ……こんな光景を、俺はかつて見たことがある。

 

 アインクラッドで起きた最も忌まわしい戦い。本物の命を互いに賭けあった殺し合いの中で垣間見た、死神代行の神速。ザザを一瞬で瀕死に追い込んだ、その技の名は……、

 

 

 

「……エクストラスキル《縮地》」

 

 

 

 そうとしか思えない。

 

 今のユウキの速力は、最早限界を越えきっている。一プレイヤーとしての枠組みをはみ出した、有りえざる領域。

 

 怒涛の攻めに湧く周囲の観客の歓声に負けじと俺は大声を張り上げ、今までジッと戦いに見入っていた小妖精ユイに呼びかける。

 

「ユイ! ユウキが使用しているのはまさか、一護が使っていたあの《縮地》なのか!?」

「き、キリトくん? でもそれはあり得ないはずじゃ……だって、ソードスキル実装前にユニークスキル十種類は全て破棄されたって」

「はい、ママの言う通りです、パパ。私の今の権限ではプレイヤーのステータス詳細まで閲覧することはできませんが、スキルの使用有無の識別と、その支援効果の認識までは可能です。ユウキさんが現在使用しているのは片手用直剣《刀剣(マクアフィテル)》による一定時間の敏捷力補正のみ。《ソードアート・オンライン》において一護さんが使用していたエクストラスキル《縮地》ではありません」

 

 いつになく真剣な声でユイが情報を返し、けれど、と鈴の音のような声を震わせながら続ける。

 

「あの速度は確かに異常です。私のアーカイブする情報から推測されるメディキュボイドのパルス発生素子密度と処理能力から考えて、あの動きをプレイヤーにもたらすことは確かに理論上は可能だと思われます。

 ……ですが、あの動きを可能にするには、最早人間の精神論ではどうにもならないレベルの超強力な電気信号を送り込む必要があるはずです。なのに……」

「ああ。それに速度だけじゃない。ユウキの体捌きの精密さ、状況判断の精度、動体認知、どれもさっきまでとは比べものにならないぐらいに向上してる。あれはもう、全盛期の一護が憑依していると言ってもいいくらいだ」

 

 無論、差異はある。

 

 ユウキの剣はあくまでも素直。サクヤさんの迎撃行動に超反応と神速で応じているから一見テクニカルに見えるが、相変わらずそこにフェイクやかけ引きの要素はない。これが一護だったら、確実に拳打や柄による不意打ち攻撃を織り交ぜたりしてくるはずだ。

 

 それに、冷静になって見てみれば、一護の《縮地》に比べてユウキの移動速度はまだ何とかその残像を捉えられる速さに留まっている。HPの減少スピードからして、サクヤさんもまだユウキの猛攻の半数には対応できている。

 

 けれどそれにしたって、あの突然の超絶強化は常軌を逸している。

 

 システム的強化の枠組みを超えた強化。

 

 それも単なるパラメータの上昇では説明が付かない、ユウキ自身の能力向上。

 

 何より、現実世界で衰弱しているはずのユウキがここまでの動きをこなして尚、意識を保ち続けているという驚愕的な現状。

 

 一体、ユウキはどんな手を……そう考えていた時、アスナが声を上げた。

 

「見て、キリトくん! サクヤさんが動いた!!」

 

 その言葉に従い舞台を注視すると同時に、美貌を苦慮に歪めたサクヤさんが半ば叫ぶようにして詠唱を開始したところだった。

 

「ぐ、うッ……『散在する(Dreifa)獣の骨(dýr leggr)!!』」

 

 詠唱に従い五指を折り曲げた左手に雷光が宿り、バリバリと音を立ててスパークする。

 

尖塔(næfa hart)紅晶(rjóðr íss)鋼鉄の車輪(jarn borð)!

 

 動けば風(bregða vindr)! 止まれば(stǫðva)(lopt)!

 

 槍打つ音色が(hlǫm slyngva geirr)――虚城に(efna hol)満ちるッ(kastali)!!』

 

 片手一本で大太刀を振るうも、ユウキの神速の連撃は止め切れない。何度かファンブルしそうになりながらも長い詠唱を唱えきり、

 

古代式碌節(aldinn sex) 雷吼炮(þrymja ógagn vápn)――!!』

 

 傷だらけの手に宿った稲光を解放しようと、左手をユウキの進路に翳し……ほぼ同時にユウキが放った強攻撃が直撃。サクヤさんの左腕の肘から下が吹き飛び、魔法を強制的にキャンセルさせた。部位欠損のステータスダウンに加え、その斬撃自体の威力でサクヤさんがたたらを踏む。

 

 その瞬間を逃さぬよう、ユウキがソードスキルを発動させる。青紫の光が刀身に宿り、その状態で剣の位置は右上へ。あの十一連撃のOSSでトドメを刺す気だ。

 

 サクヤさんもそれを察知し、隻腕となりつつも大太刀を持ち上げ迎撃しようとする。いくら速力が上がっていようと、先ほどきれいに見切りきった技だ、全弾命中は難しいだろう――そう、俺は思っていた。

 

 ……思っていた、のだが。

 

 

 かつてない轟音。

 

 同時にサクヤさんの身体を貫いた、()()()()()()()紫の閃光。

 

 

 ユウキはたった一拍の間に十一連撃全てを着弾させ、最後の一撃で再びサクヤさんの胴を貫通せしめていたのだ。

 

 太刀筋なんて全く見えなかった。先ほどまでの強攻撃一発分の隙に十一連撃全てを叩き込む、単純計算で()()()()()十一連撃。

 

 神の十字足り得るその極限の一撃はサクヤさんの心臓部を貫き通し、HPを一瞬で食らい尽くしていた。燃え上がるサクヤさんの身体が崩れ落ち、それをユウキは剣を突き刺したまま抱き留める。

 

 そのままユウキは、目を細めつつ、一言。

 

「……ありがとう、サクヤ。あなたのおかげで、ボクはやっと《絶剣》になることが出来たよ」

 

 その言葉を聞き、エンドフレイムに包まれたシルフの領主は微かに笑い、そのまま目を閉じて消えて行った。後に残るのは、対戦相手を失ったことで武器解放が自動解除され、燐光の消えたユウキただ一人。

 

 沈黙はほんの数秒。すぐに観衆から勝者への大歓声と拍手が送られた。戦いに圧倒されっぱなしだった俺たちも立ち上がり、揃ってユウキに拍手を送る。

 

 

 ユウキはそれに手を振り笑顔を振りまいて応えた後、素早く納刀。そのままその場でウィンドウを開き、最後に一礼してから拍手が鳴り響く舞台上から消えて行った。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

次回は、ユウキの超絶強化《ヴァーチャル・コンセントレイション》の真相と、決勝前日の様子を書いていきます。

更新は2/7(火)の午前十時です。

2/3(金)の投稿は、同日が卒研の予稿提出の締切となっているためお休みさせていただきます。
すみません。



※サクヤ・ユウキの能力について

化ノ丸(あだしのまる)

サクヤの太刀。解号は「剥れろ――」である。

武器解放時の能力は「視認した敵対的存在以外に対する当たり判定の消失」であり、解放時に敵対している勢力に属する万象を除いた全てを例外なく透過する。尚、武器解放に伴うステータス上昇は発生しない。

扱いの難しい大太刀から地形、建物、味方、自分自身への当たり判定が消えているため、非常に扱いやすくなっている。
乱戦中に振り回しても味方を斬る心配はなく、狭い場所でも気兼ねなくブン回せる。自分自身にさえ当たらないため、初心者にありがちな自分で自分を斬る初歩的ミスの心配も皆無。誰が持っても効力を発揮できる能力である。
また、古代級武器なので基礎パラメータも高く、単純な火力源としても有用。

……だが、言ってしまえばそれだけの能力。地味な感じは否めない。
十秒間視認できない相手は敵味方関係なく勝手に透過してしまうので、壁越しに理不尽アタックをすることはほぼ不可能。扱いやすさ以外はただの刀身六尺の大太刀である。

サクヤは《軽量化》の特殊効果付きの太刀よりも《化ノ丸》の透過能力から生まれる現実には有りえない斬撃の可能性に目を付け、相手の攻撃に対する防御率とカウンター成功率のアップを目論んでこの武器を選んだ。
実際、防御とカウンターに特化したサクヤの戦闘スタイルと「あらゆる方向からの斬撃」が可能になる《化ノ丸》の能力は極めて相性がよく、元々高いサクヤの状況対処力をさらに高める結果となった。

もしこの状態で一護と戦っても、かなりいい勝負ができるはず。
ユウキを相手取っても「普通に戦う分には」直撃を被ることはまずない。


刀剣(マクアフィテル)

ユウキの直剣。解号は「打ち立てろ――」である。

武器解放時の能力は「180秒間の事前指定パラメータ上方補正」であり、ユウキの場合は敏捷にプラス方向の補正が掛かっている。強化内容がごく初歩的な分、能力の持続時間がやや長めに設定されている。

ユウキは滅多にこの能力を使いたがらず、人前で使ったのはほんの数度だけ。

その理由は《ヴァーチャル・コンセントレイション》と深く関係しているが、詳しくは四十二話にて記述。


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