Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

三十九話です。

キリト視点で書きました。

宜しくお願い致します。


Episode 39. X-Over -to beyond-

<Kirito>

 

「――背中は貰った。次は命だ」

「……面白ぇ。そうこなくっちゃな」

 

 互いにHPを急減少させた俺と一護は、向き合い笑みを交わした。

 

 正直言って、笑っていられる程の余裕があるわけじゃない。残りHP的にも、フィジカル的にも、能力制限的にも、結構ギリギリだ。HPがレッドゾーンに達した今、一護の月牙天衝どころか強攻撃一発で負けが確定する可能性がある。ここから先はより一層、読みを外すわけにはいかない。

 

 ……けど、解放してからここまでは、ほぼ全て想定の内だ。

 

 初撃をクリーンヒットさせた後に、一護がすぐに体勢を立て直したのも。

 

 俺が剣をかかげてから間合いを調節するのを見て、能力の射程を警戒してくるのも。

 

 その外側から月牙を叩きつけるために、音速舞踏で一気に距離を取ってくることも。

 

 俺は武器解放の後、一護に二度能力を叩きつけた。

 予想通りに直撃させられた初撃はともかく、二撃目のラッシュを決められずにカウンターをもらったのは痛かったが、それでも二回クリティカルを決められたのはでかい。いかに《死神代行》とはいえ、初見の能力に一発目でホイホイ対応してくるほどブッ飛んでなくて良かったとつくづく思う。

 

 俺の能力が直接攻撃や身体能力強化系だったら、間違いなく一護に止められていた。SAO時代に見せられた《縮地》の速度からして、あのレベルの動きが可能な潜在能力を持ってる相手に生半可な火力強化は無意味だと分かっていた。

 

 だからこそ、俺は二刀流を使わずに、この統雹騎士(ユナイティウォークス)一本で挑むことにした。

 

 

 全てはこの剣に宿った能力――『空間座標の凍結・解凍』に賭けるために。

 

 

 発動した瞬間、俺と俺に一番近いアクティブなアバターを自動的に効果対象に指定するこの能力は、発動から解除までの間、俺と相手の辿った空間座標を「凍結圧縮」して保持し続けることができる。そして、俺の言霊詠唱に合わせて詠唱時点から三秒前の空間座標を「解凍展開」、俺か相手のどちらかをその座標に瞬時に転移させることができる。

 

 要するに、俺の任意で自分か敵のどちらかを、「三秒前にいた地点に強制ワープさせることが出来る能力」というわけだ。

 

 その転送速度はアミュスフィア、ひいてはこのALOを構築するサーバーの処理能力から考えて人外の速さを誇る。能力の発動圏内である十メートル四方内なら、計算上の転送時間は0.000006秒。十メートルを転移した場合の理論速度は()()1667キロメートル、つまり音速の()()()を易々と超えることになる。おそらくALOに存在する中で、いや仮想世界内で最も高速な短距離移動術だ。

 

 一見するとゲームバランスを粉々にしかねない能力だが、強大な力には当然、相応の制約が付いてくる。

 

 解放状態を持続していられるのは僅か二分間。しかもこの強制転移は自分と相手を合わせて三回までしか使えない。転移先に別のオブジェクトが存在すれば能力は不発になる上、使用回数はマイナス一される「ムダ撃ち」になる。おまけに三回能力を使い切った時点で武器解放は強制的に終了させられる鬼畜仕様だ。

 それに、あくまでも空間転移のため、転移するプレイヤーの体勢やステータス状態はあくまでも現時点そのまま。つまり、三秒前の空間には戻れるが、時間を三秒間巻き戻してるわけじゃない。攻撃を受けた後に能力を使って三秒間で受けたダメージを無効化、なんて芸当は不可能なわけだ。

 

 ……けれど、その制約があるからこそ、俺は一護に対してこの能力で勝負を仕掛けることが出来た。

 

 高速移動じゃなくて転移である以上、いかに動体視力がいい一護でも視界に捉え続けることは不可能。けど、音速を遥かに超える転移速度に俺自身がついていけるわけもない。

 だが転移する際のコンディションが転移直前のそれを引き継ぐため、ソードスキルの発動直前に転移すれば、たとえ俺の意識が追い付いてなくてもシステムが勝手に転移完了と同時にソードスキルを発動させてくれる。加えて、転移先の場所が「三秒前にいたところ」に限定されてるおかげで、言霊詠唱のタイミングさえ間違えなければ確実に一護の背後を獲ることができる。

 

 一回目の能力解放時。

 一護が「三秒前に俺がいた座標」を通過した瞬間に自分に強制転移(Ek aptr)を仕掛け、一護の背後を奪った。

 

 二回目の能力解放時。

 「三秒前に一護がいた座標」の背後に俺が追い付いた瞬間に一護に強制転移(þú aptr)を仕掛け、俺の目の前に後ろ向きの体勢の一護を転移させてきた。

 

 勿論異常に難しい芸当だ。事実、形になったのは本当につい最近のことだ。だから、これを可能にするために俺は去年の暮れからずっと、ある一つの鍛練を自分に課してきた。

 

 ――それが「戦術眼鍛練」だ。

 

 一護という一人の剣士、戦闘力の化け物みたいなアイツと対峙するためには、力押しだけじゃどうしても限界があった。その場その場の戦況で一護の動きについていくには奴と同じだけの身体能力を持つか、その動きの一瞬先を常に予測して動き続ける必要があったんだ。

 前者は努力云々でどうにかなるものでもないし、後者は古武術に長けたサクヤが実践し、それでも一護を止め切れなかった。

 

 よって、俺の取る選択肢は一つ。

 

 戦術眼を限界まで磨いて、戦う前から一護の立ち回りを()()()()()、戦い始めてからの一護の立ち回りを()()()()()()()、それを越えるように戦う。

 

 きっかけは去年の暮れ。

 エギルの店での銀髪の少年との将棋対局で負かされた時にこの方向性に気付いた俺は、それ以降仮想世界内のMob相手に「相手の手を打ち始めから王手まで幾通りも予測する」、つまり戦闘開始から決着までのお互いの立ち回りをシミュレートする練習を重ね、同時にその互いの一手一手を愚直に覚え続けてきた。

 

 それを武器解放状態の修練と並行させることで、能力発動時の二分間の間だけ、相手と自分の打った手全てを記憶して、かつその先の動きを()()()()予測できるようになった。

 お互いが辿るであろう空間座標を幾通りも予測し、現実と照らし合わせ、合致した瞬間を狙って強制転移を仕掛ける。事前に無限回数の予測をしているからこそ可能な超反応。

 

 無論、こんな芸当が誰にでも使えるわけじゃない。おそらく相手がサクヤやユウキだったら、こうはいかなかったはずだ。

 

 

 俺がここまで思いきった未来予測と記憶が出来る理由。それはただ一つ……一護の強さを信じているからだ。

 

 

 一護ならこれに反応してくれる。

 

 一護なら俺の隙を突いてくれる。

 

 一護が常に自分にとっての最善手を打ち続け、常に全力を出してくれるという一種の信頼があるからこそ、この戦術が機能するのだ。

 

 三年間ずっと見てきた相手の「強さに対する信頼」。それに基づく超反応。これこそが、一護の打倒に必要なものだったのだ。

 

 ……ずっと、ずっと、俺は自分の「力」を高めることしかしてこなかった。

 

 単なる力と力のぶつけあい、それが勝負だと錯覚していた。ヒースクリフの挑発に負けてデュエルに乗ったこと、須郷が許せない一心で仮想世界の剣という力に頼ったこと、死銃とケリをつけるのに直接対決を強行したこと。たとえ相手が怨敵であっても、その相手のことを考えず、独りよがりに剣を振り回すことしかできなかった。

 

 けれど、一護は違った。

 

 仲間のために戦い、敵のことすら想い、それこそを信念として貫き通す。その在り方はどこか甘く、優しく、それでも焦がれるくらいに強かった。

 

 戦いとは相手がいてこそのもの。自分独りのことだけを考えていたら、勝てる敵にも勝てないし、大事なものを失いかねない。戦術を、自分と相手二人分の振る舞いを考えるようになってようやく、俺はそのことに気づくことが出来たんだ。

 

「……さて、と。もうお互い長々と戦えるような状態じゃないよな。次の一攻防で終わりにしよう、一護」

「ああいいぜ。次に一撃入れたときが、この勝負の幕引きだ」

 

 一護は俺の言葉に応じ、刀を自分の身体に引き付けるようにして構える。SAO時代から見慣れてきたダッシュ攻撃に移る時の構え。いっそあれがフェイクとかだったら良かったんだが、生憎一護は小手先で勝負はしない。超高速の突進攻撃で、敵がタイミングを合わせる暇もなく斬り捨てる。そういう奴だ。

 

 思わず笑ってしまいたくなるが、今は戦闘に集中だ。残りの解放時間はそう長くない。通常のソードスキル攻撃はもちろん、システム外スキルも通用しない一護に強打を叩き込むには、あと一回残ってる強制転移で大技を叩きつけるしかない。

 今までの二回は確実にダメージを与えるために、手数じゃなく一撃で大ダメージを与えられて、かつ強烈なディレイ効果のある氷属性の単発重攻撃を撃ち込んできた。だが三発目を当て損ねた以上、連撃中にカウンターされるリスク覚悟で連撃数の多い上位ソードスキルを使う以外に、一護のHPを削りきる手段はない。

 

 それを少しでも確実にするためにも、あと一回残ってるはずの奴の大技、月牙天衝を何としても先に撃たせる必要がある。

 

 《過月》は俺のシステム外スキル《剣技破壊(スキルブレイク)》で事実上封じた。

 

 《残月》は一拍の溜めがあるから使った瞬間に俺の強制転移の餌食になる。

 

 よって、最後の月牙天衝さえ回避できれば、一護の勝ち目は薄くなるはずだ。そして、その策は戦う前から決めていた。

 

 ……満願成就まで、あと一手。

 

「行くぞ……これが最終攻防(ラストワン)だ、一護!!」

 

 言い、俺は音速舞踏で加速し一護に斬りかかった。

 

 逆袈裟を受け流され、即座に一閃が返ってくる。剣を立てて受け止めるが、一護は素早く刀を引いて突きを放つ。首を抉り取ろうとするライフル弾のようなその一撃を上体を傾げて避け、そのまま正面切っての乱打戦に持ち込んだ。

 

 通常時の一護が相手なら、こんな真似は出来ない。

 

 あの《縮地》に対応できる動体視力、そしてそれに振り回されずに立ち回れる一護のスペックに俺が追い付ける確率は万に一つもないのだ。悔しいがそれが事実である以上、正攻法での正面突破は得策じゃない。

 

 だが、今の一護には武器解放の直後にかけた最上位バッドステータスの一つ、《氷結5》が効いている。

 

 ヨツンヘイムの希少鉱石を使ったが故に付与された第二の能力ともいえる効果。古代級以上の武器にまれに付与されるこの能力は、攻撃を当てた相手にごく短時間、全てのステータスの出力を十パーセントダウンさせることができる。

 この「出力」を、という部分がミソで、これはすなわち、たとえ一護が意志の力でバッドステータスを跳ねのけようと試みても、あるいは何らかのアイテムでステータスを上昇させようとしても、その向上した膂力に対しても十パーセントダウンの効力が及ぶということを意味している。

 

 要は一護がこの氷の呪縛から逃れようと抗う程、システムの檻もまた一護を封じる力を高めていくように作られた効果というわけだ。規定値が決まっていたら順応されていたかもしれないが、一護の力に比例して限定力が上がるこのバッドステータスの負荷からは決して逃れられない。

 

 

 ……けれど。

 

 

 それでも一護にはまだ、「驚異的な成長性」という凶悪な武器がある。

 

 こちらがどんな手を打っても、戦闘中における自己進化でその策を打ち破れるように自分を成長させる。厄介極まるこの武器の前では、如何なる小細工も水の泡。そう感じ、一時は一護攻略を諦めていた。

 

 ……だが、かの銀髪少年との対局で俺は気づいた。

 

 格上が相手の場合、相手を越えることは非常に難しい。

 

 しかし、相手の手を誘導することは可能なのだ、と。

 

 あの少年は俺より遥かに長い経験があるからこそ、常に俺の打った手に対応できていた。だが、少年が勝ちに来ている以上、俺が隙を見せれば必ずそこを突きに来る。それは戦闘にも応用できる戦術思考だった。

 

 一護の進化は止められない。ならその進化の矛先を誘導し、俺が最も対処されたくない核心部分への対処を遅れさせてしまえばいい……というように。

 

 今、一護が最も興味を引かれているのは俺の能力から逃れる方法、あるいは俺の能力を見破ることのはずだ。一護が自分自身の動体視力に自信を持っている以上、まず間違いなく俺の消える瞬間を見極めるか、あるいは俺の能力の予備動作を突いて発動を止めにくる。

 しかしそのどちらも不可能。強制転移の速度は音速の五千倍超。そして予備動作はたった二音節、一秒足らずの言霊詠唱だけだ。能力発動には必ずソードスキルの発動モーションを連動させるようにしてはいるものの、ソードスキルの発動体勢に入ったからと言って必ず能力を発動するわけでもない以上、見極める予備動作としての効力は薄い。

 

 それに一護が気を向けている隙に、一気に勝負をつける。一護に月牙天衝を先に撃たせ、最後の能力発動に持ち込めれば、俺の勝ちだ。

 

 ……そう、勝ちなんだ。

 

 徐々に一護が《氷結5》のステータス一割封印に慣れつつある中、俺はその言葉を胸中で噛みしめる。少しずつ重く、速くなる斬撃。頬を、肩を、二の腕を黒い刀の切っ先が掠め始め、俺のHPを数ドットずつ削っていく。

 暗い炎のような焦燥感が俺の心の端を炙っているような感覚を味わいつつ、俺は感情に身を任せて能力を使いそうになるのを堪えていた。

 

 感情で戦うな。

 

 理屈で戦え。

 

 一護が不確定要素の塊のような人間である以上、自分が取り得る最も勝率の高い行動を取り続けろ。そうしなければ、奴の順応と進化の餌食だ。

 俺の強さはピーキーな能力を自身の理論と努力で押し上げたような見せかけの圧倒、「不完全な強さ」でしかない。数度勝負を重ねれば、きっと俺はまた一護に勝てなくなる。

 

 …………分かっている。

 

 俺はまだ、一護よりも弱い。

 

 そんなことは百も承知だ。

 

 

 それでも。

 

 あの背中に一度でも追いつきたいと願い焦がれた過去の総算を果たすことが、今ようやく叶おうとしている。

 

 あの日、檻の中から見ることしかできなかったアイツの背中に、やっと手が届きそうなんだ。他の誰に無謀と笑われようと、身の程を知れと蔑まれようと、俺が願うことは只一つ。

 

 

 一護に、死神代行に――勝つ!!

 

 

 千願万策を賭して、アイツを打倒してみせる!!

 

 

「――ォ、ォォォォオオオアアアアアアッ!!」

 

 

 絶叫と共に斬り下ろした一撃。その威力と、もうじき効果が切れるであろう《氷結5》の能力減衰が合わさった結果なのか、ほんの一瞬、一護の剣戟のリズムが崩れる。秒間五度は振るわれているような人外のラッシュに、かすかな亀裂が生じた。

 

 ここだ。

 

 ここしかない!

 

「ぜりゃあああああああああっ!!」

 

 防御を捨てて繰り出した八連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》が次々と一護へ殺到する。俺が勝負を決めにきたことを察知したのか、一護も渾身の斬撃で俺の技を迎撃する。

 

 だが、本命はまだ先だ。

 

 八連撃中の七連撃目の終了直後、最後の斬りおろしの直前で意識をスイッチしその場で音速舞踏による高速跳躍。剣を逆手に持ち替えつつ一護の頭上を飛び越え背後に回った。流石に目で追われているのが視線で分かったが、構わず上書きしたシステムアシストに従い、逆手持ちの剣を両手で握って思い切り地面に突き刺す。

 

 途端、剣から全包囲目掛けて紫電がほとばしり、眩いフラッシュと共に辺りを埋め尽くした。片手剣雷属性重範囲攻撃《ライトニング・フォール》。

 

 着地の瞬間を狙って強襲を仕掛けようとしていた一護は襲い来る紫電を避けるために、大きく後退。そして刀を天高くつきあげ、

 

「月牙――!」

 

 ――来た!

 

 読み通り、一護はさっきまでの乱打戦から抜け出し、かつ俺が逆手持ちで地面に剣を突き刺したこの体勢を好機と捉え、トドメを刺しに来た。自身の持つ最大最速のスキル《月牙天衝》で俺に引導を渡すつもりだ。事実、SAO時代だったらあっけなく直撃をもらっていただろう。

 

 ……けれど、ここから繋がる技が一つだけある。

 

 ――片手剣技結合(ワンハンド・スキルコネクト)!!

 

 脳内で意識を切りかえ、紫電が収束しつつある剣の柄から左手を放し、重心を提げつつ前傾。瞬間、ソードスキルが終了し技後硬直に移行しようとしていたシステムが上書きされ、スカイブルーの眩い光が刀身に灯る。ALOで新規追加された、片手剣汎用で唯一逆手持ちでの六連斬撃を可能にした氷属性の上位剣技《ヘキサゴナル・レア》。

 

 この状態で三秒前の座標、すなわち一護の頭上を飛び越えた地点へ自分を強制転移させる。一護は俺の一度目の能力をマトモに受け、二度目では初撃を受けても二撃目は防いできた。よって三度目で普通に能力を使ったら、もしかしたら俺の想像外の手法で初撃をふせぐかもしれない。

 

 だから、一護の真上に転移することで、闘技場の上に燦然と輝く真昼の太陽という目くらましを使い、コンマ数秒だけ一護の反応を鈍らせる。別に完全に視界を潰せなくても、俺の一撃目さえ頭部にクリーンヒットさせることができれば、残りの五連撃は入ったも同然。

 

 これで、ようやく詰みの王手(デッドエンド)だ――死神代行!

 

 

「――Ek aptr!!」

 

 

 俺は言霊を唱え、能力を解放。自分でさえ知覚できない転移速度で瞬く間に一護の頭上へ……。

 

 

 

「――――()()!!」

 

 

 

 ()()三日月が、衝撃と共に俺の腹を食い破った。

 

 

 刹那、現実を認識できずに全身が凍りついたように動かなくなった。

 

 予想通りに一護の真上に転移した俺。その俺をしっかりとその両目で捉え、強引に体勢を捻った一護が俺目掛けて《残月》を撃ち放ったのだということを、凍結した脳が瞬時に理解した。

 

 ……何故。

 

 いつ?

 

 どうやって!?

 

 確かに月牙の発動体勢に入り、黒い炎を巻き上げていたはず。なのにいつの間に上を向き、しかも《残月》を撃てたのか。皆目見当がつかなかった。急速に力が抜けていく中で加速された思考回路を以ってしても、アテさえつかめない。

 

 

 ……でも。

 

 まだだ。

 

 

 まだ、終わっていない!!

 

 

「――と、ど、けえぇえええええぇぇぇぇぇええぇッッ!!」

 

 

 自分のHPが尽きようとしているのを感じながら、今度こそ技後硬直で固まっているはずの一護目掛けて剣を振り下ろす。刃が数センチ進むごとに俺の命が流れ出していくのが分かるくらい。感覚が鮮明になっている。

 

 瞬き一つせず、俺の剣を見つめる一護の瞳に、歯を砕けんばかりに食いしばる俺の形相が映り込んでいるのが見え――。

 

 

 

 ――ビィーーーーッ!

 

 

 

 あと五センチのところで、サイレンの音が鳴り響いた。

 

 同時に俺の身体がエンドフレイムに包まれる。見下ろせば、俺の下半身は一護の《残月》によって掻き消されて跡形も残っていなかった。血の色のエフェクトライトをまき散らす仮想の傷を、デュエルの敗者を消し去る炎の青さが塗り替えていく。

 

「……一護。おれ、は…………」

 

 せめて最後に一言、俺は一護に告げようと口を開いた。一護はただ真っ直ぐに俺を見つめている。そこに何ら感情は無く、ただ俺の言葉を聞くことに全てを傾けてくれているのだけが分かった。

 

 

 俺は言葉を続けようとする。が、無情にも炎が俺を焼き尽くす方が速く、俺の意識はそのまま闇へと融けて消えて行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 次に目を覚ましたのは、闘技場控室の硬い石のベンチの上だった。

 

 ぼやける視界を鮮明にすべく、数度瞬いた俺の顔を覗き込む人影が二つ。それは、控室で俺の戦闘を見ていてくれたアスナと、いつもの小妖精の姿から少女の姿に戻ったユイのものだった。

 

「……おかえり、キリトくん」

「おかえりなさい、パパ」

「ああ……ただいま」

 

 どうにか微かな笑みを浮かべて上体を起こすと、途端に鋭い頭痛が脳髄を貫き顔をしかめる。自分でさえ知覚できない超速転移を三連発し、おまけに全霊を傾ける戦闘を長々と繰り広げたのだ。その代償ということだろう。

 すぐにアスナが肩を、ユイが背中を支えてくれる。ありがとう、とお礼を言いつつ身体の制御を取り戻し、俺は隣にいるアスナのはしばみ色の瞳を見つめた。

 

「俺は、どれくらいの間寝ていたんだ?」

「デュエルが終わって転送されてきてから、ほんの数秒よ。ユウキとサクヤは別の控室を使うらしいから、急がなくても大丈夫だって」

「そうか……」

 

 視線を控室に供えられたライブビューイングに向けると、もうそこには一護の姿は無く、「小休止 - 第二回戦が始まるまで少々お待ちください」と書かれたホログラムウィンドウが映し出されていた。

 

 それを見て、俺はぽつりと一言だけ、

 

「……俺は、負けたんだな」

「……キリトくん……」

 

 気遣うように、アスナが俺の名を呼ぶ。ユイがそっと俺の右手に自分の小さな両手を重ねてくれる。

 

「なんとなく、心のどこかでこうなるんじゃないかって気はしてたんだよ。負け惜しみにしか聞こえないだろうけどさ。自分で挑んでいってるのに、あの一護が俺の目の前でエンドフレイムに焼かれて死ぬ光景は、俺の夢でもある一方、どうにもしっくりこなかった。結局その背反が、俺の最後の一撃を鈍らせたんだろうな。

 ……あーあ! かっこ悪いなあ、俺。自分からケンカ売ったくせに、あんなに見事に負かされるなんて。いい笑われ者さ」

 

 わざと朗らかな声を出し、いつもの笑顔を浮かべられるよう努めた。けれどアスナたちには通じなかったらしく、アスナは俺を正面から、ユイは背中から抱きしめてきた。二つの温かさが敗北した俺のアバターを包み込み、少しずつ、浸透してくるのが感じられる。

 

「……パパ。パパはすごく格好良かったです。格好悪くなんてない、弱くなんてないです。だって、パパは最後まで諦めませんでした。最後の一秒まで戦っていました。自分から望んだ戦いに最後まで責任を持っていたことは、私もママも、ちゃんと分かっています。そんなパパが恰好良くないはず、ないですよ」

「ユイ……ありがとな。けど、それでも俺は結局、戦いに負けて……」

 

 ……ああ、なんて無様なんだろう。

 

 ユイなら、アスナなら慰めてくれると心の底で分かっていて、こんな弱音を吐いて精神を慰撫してもらおうとしている。何て浅ましい。何て浅い男なんだ、桐ケ谷和人。お前は何一つとして強くなってなどいない。いつまでたっても変わらない、やせっぽちのただのガキだ。

 

 自虐する俺がゆっくりと顔を上げた……瞬間、目の前にいたアスナがそっとキスをしてきた。柔らかな唇、湿った官能的感触。それを感じること数秒、口を離したアスナは、痛いくらいに優しい声音で俺に語りかけてきた。

 

「キリトくん、君は確かに今日のデュエルで負けた。でもね、この先ずっと勝てないって決まったわけじゃないんだよ? たとえ今ある一護との差が大きくても、周りから見たら一生追いつけないくらいの歴然の差でも、そこで諦めたら絶対に追いつけない。

 負けちゃったのが哀しいのは分かるよ。私もユイちゃんも哀しいもん……だから、明日からまた頑張ろう? 今度はキリトくん一人じゃなくて、私もユイちゃんも、リーファちゃんもリズもシリカもシノンもクラインさんもエギルさんも、一緒になって強くなろうよ。一護が誰かを護ろうとしてるから強いみたいにね。

 一人で強くなろうだなんてしないで。戦いは自分と敵、一対一だけでするものじゃない。私たちみんなでするものだよ。次は必ず勝とう……みんなの心を合わせて、ね」

「…………ッ」

 

 優しく諭され、俺の心のどこかに亀裂が走ったような幻聴が聞こえた。うつむく俺をアスナのたおやかな腕が掻き抱き、そこに重なるようにして、ユイが頬ずりをしてくる。その温度に突き動かされ、震える俺の口から言葉が零れる。

 

「…………勝ちたかった」

「うん」

「この一年間、ずっと鍛練を積んできたんだ……たとえ勝率が万分の一だったとしても、その確率に賭けて、俺は一護に勝ちたかった……」

「うん」

 

 口が動くのに、喉が声を出すのに任せ、ただ吐露した俺の言葉に、柔らかな相槌が返ってくる。

 

「ずっと、ずっと一護を越えようと思ってた。あの強さを、かつて俺が捨ててしまった強さに魅かれて、ずっと追い求めてきた。でもどうせ無理だって自分で自分を納得させてた。

 あの世界樹でアスナを助けた後、それでも俺は一護に追いつきたいってことを自覚して鍛練を続けてきたんだ。たとえそれがどんなに無謀だろうと、嘲笑う奴がいようと、それでも只、俺は一護に勝ちたかった……勝ちたかったんだ…………っ」

「……うん、そうだね」

 

 言葉にするたび、亀裂は大きく深くなる。声が震え、視界が歪み、大粒の涙が幾筋も頬を伝う。それをそっと細い指が拭う感触に顔を上げると、歪んだ視界の中、ユイがその小さな手で俺の涙を拭ってくれているのが見えた。弱音を吐く俺を、幼く、けれどどこか慈愛の籠った目で優しく慰めてくれている。

 

 

 それを実感した瞬間、ついに俺の中で何かが弾けた。

 

 

「……ちくしょう……ちくしょぉ……ッ! あと一歩、あと一歩だったんだ…………あと一歩で、俺は一護に勝てた。あの死神代行に勝てたんだ……なのに、あいつ、最後の最後で俺の転移に残月を合わせてきやがった……なんだよあれ……あんなのありかよ……!」

「うん、惜しかったよね。悔しいよね……っ」

 

 アスナの声も、震えているのが聞こえてくる。ユイが俺の涙を拭いながら、自分でも泣いているのが目に映る。

 

「……勝ちたかった……俺は、一護に勝ちたかった……ッ!!」

 

 何度も何度も、ただ勝利の願望をくりかえし口にしながら、俺は二人に支えられたままの体勢で、しばらくそうして泣いていた。

 

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


次回は第一回戦に対する一護の心境と、トーナメント第二回戦・ユウキ対サクヤを書く予定です。




※キリトの能力について

・ブレイクポイント
技のモーションとモーションの間にある中断点。技によっては存在しないものもあり、キリトはこのブレイクポイントを何回も繰り返した実戦実験で把握していった。尚、過月のブレイクポイント検証にはクライン氏が犠牲となった。


剣技破壊(スキルブレイク)
ソードスキルのブレイクポイントの瞬間に、斬撃の太刀筋の逆方向から強攻撃を叩き込むことでソードスキルを中断させる技。中断なので技後硬直が消失するため、後述の片手剣技結合に応用させることとなる。


片手剣技結合(ワンハンド・スキルコネクト)
ソードスキルのブレイクポイントの瞬間、別のソードスキルを発動させてモーションを上書きする技。最初に使ったソードスキルのブレイクポイント時の体勢と、次に結合させるソードスキルの初動が一致していないと使えないため、単純な剣技結合(スキルコネクト)以上に何でも繋げられるわけではない。最大接続技数は長くても三回が限界。


統雹騎士(ユナイティウォークス)
キリトの直剣。解号は「覆せ――」である。

武器解放時の能力は「空間座標の凍結・解凍」であり、能力解放時から解除までの最大二分間、互いが辿った三次元座標を全て「凍結圧縮」して保持する。
その後、キリトの自分用「Ek aptr」と相手用「þú aptr」のどちらかの言霊を詠唱することで、詠唱した時点から三秒前の座標情報を「解凍展開」し、対象をその三次元座標に強制転移させる。

自分と敵を合わせて使用制限は三回まで。転移時間は十メートル圏内で0.000006秒。秒速換算で最大1667km/s。ギンの卍解(誇張あり)より速い。

あまりにも一瞬のため、使用者たるキリト本人もついていけない。そのため、転移直前にソードスキルを発動しておくことで、転移すると同時に転移先でソードスキルによる攻撃をシステムアシストで出せるようにしていた。
尚、最も相性がいいのは氷属性の単発重攻撃。一護相手だと、DPSで劣る連続系を使った場合に二撃目以降を止められて手痛い反撃を受ける可能性があった。

通常であれば緊急回避と敵の攪乱程度の位置づけだが、キリトは戦術眼鍛練を経て、

・二分の間だけ自分と相手が辿った空間を全て覚える
・戦闘前に自分と相手が試合開始から終了までどう動くかを幾通りもシミュレートしておく
・シミュレートしていた立ち回りと記憶していた「三秒前の空間座標」が合致した瞬間、即座に能力を発動して背後を獲る

……これだけのことをできるようになっていた。

無論誰が相手でも出来る訳ではなく、精密なシミュレートが可能なくらいにその対象を理解している事が前提条件。一護やリーファが相手なら行使できるが、ユウキやサクヤなど、比較的まだ付き合いが浅い相手だと十分に効果を発揮できない。

だが、これが通じる相手であれば、まるでキリトが意のままに空間を捻じ曲げ回避不可能な攻撃を放っているように見える。





キリの字「あんなのありかよ……!」
べりたん「おめーがいうなボケ」




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