Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
三十八話です。
宜しくお願い致します。
トーナメント準決勝当日。
午前十二時に俺とキリトの一戦目が始まって、それが終わって十分のインターバルを挟んでから二戦目のユウキとサクヤの試合がある。決勝戦だけは闘技場の客席を暫定で増やすための臨時メンテをかけるとかで、明後日の十四時スタートだとか。
去年まではンな七面倒くせーコトしてなかったらしいんだが、今回はプレイヤー連中から「生で観たい」っつー要望がめっちゃ運営に飛んできて、スルーするわけにもいかなくなったらしい。ご苦労なこったな。
今は午前十一時五十分。
場所は闘技場選手控室。
古代ローマ調だか何なんだか、全部石材で統一された目算二十畳の部屋には石のベンチがポツンと二つばかし置いてあるだけ。壁に取りつけられた燭台の蝋燭の灯が室内を仄明るく照らしてるが、何ともまあ殺風景だ。窓なんてモンは存在しねえ。アレか、いつぞやに石田が言ってたように地下だからか。
これで俺一人だったら気が滅入って、とっとと衆人環視の闘技場に直行してたハズなんだが……、
「……リーナ、お前いつまでそのカッコしてんだよ」
「私が満足するまで」
生憎、俺の横にはコイツがいた。
しかもドコで見つけてきたのか、俺の服装を白黒逆転させた服装をしている。
店売りのブツで揃えたらしいから流石に完全に同じってワケじゃねえが、白い長丈の細身コートに白袴と足袋草履って組み合わせはモロに俺……っつーか俺の中の斬月の片割れにソックリだ、
これで手に白い日本刀でも持ってりゃ完ペキだったんだが流石に手に入んなかったらしく、代わりに自前の獲物である白銀のダガー《デモンズミラー》を右手に抜き身で持ってる。
……なんつーか、アレだ。
別にバカにされてるわけでもからかわれてるワケでもねえのに、なんかこの場からバックレたくなってくる。俺の精神世界ン中のアイツは面構えまで瓜二つだからか気になんねーが、リーナに自分の服装を真似されんのはけっこうハズい。着てる本人も「何か問題?」って感じで素知らぬ顔してやがるし。
これで俺ら二人だけならまだ良かったんだが、今この部屋にはシノン、リズ、シリカ、リーファの女面子四人と、クライン、エギルの男二人までいやがる。二十畳に十人詰まってる時点でウゼーのに、それが大笑いしてきやがるから余計にタチが悪い。
「いやー、アンタらほんとにお似合いよ一護! そのまま二人でお手々繋いで闘技場に出て行きなさいよ。ゼッタイ面白いから!」
「……うるっせーなリズ。いい加減にしねーと叩き出すぞ」
「おい一護、お前らちょっとそこで並んでろ。写真にとってウチの店で画像販売してやる。ファンの多いリーナとおめえのツーショットだ。きっと売れるぜ」
「エギルてめえ、他人事だからッつって調子乗りやがって……やったらテメーの店、潰しに行くからな!」
「ねえねえリーナさん、一緒に写真撮ってもいいかな?」
「あ、リーファさん、あたしも混ぜてください!」
「そんじゃあ俺も!」
「リーファとシリカはおっけー。クライン、貴方は却下」
「ぅおイ! そこはサービスしてくれてもいいじゃねえかリーナ嬢ちゃんよぉ」
「……うるさいわね、皆」
「だったらコイツら黙らせンの手伝えシノン!!」
「いやよ。貴方たちが蒔いた種じゃない」
誰が喋ってんのかも分かんねえくらいに部屋の中がガヤガヤしている。デュエル前ぐらい静かにさせてくれってのにと思いつつ俺を茶化して遊んでるリズとエギルに抗いながら、一メートル横でマイペースを貫く諸悪の根源の白ネコを睨んだ。
呑気にリーファやシリカと写真を撮ってんのはいいんだが、無感情なピースサインをするその左手には、何故か手錠がハマっていた。片方はリーナの左手首にはめられ、もう片方は空いたまま宙ぶらりんになってる。
天鎖斬月の鎖の代わりのつもりなのか、だとしたらもうちょい他にあったろ鎖のアクセサリ、と思ってリーナに「なんで
「…………知りたい?」
……と、仄暗い微笑と共に首を傾げられ、ソッコーで「けっこーです!!」と拒絶した。理由は自分でも分からねえが、それを知ったら色々終わる気がした。横にいたシノンも煽りを食らって青ざめてたし。
「……それにしても、みんなどうして一護の控室に来たの? 特にリズとかリーファとかシリカは、キリトの方に行くべきだと思う」
一頻り写真を撮った後、ふと気づいたようにリーナが疑問を口にした。
そう言われりゃ、確かにそうだ、ここにいるのはSAOでツルんでた連中のほとんど。黒猫団メンツは元SSTAの連中と一緒に「当日は忙しいだろうから」って気ィ利かせて昨日挨拶に来てたからここにはいない。領主組はこんなトコに来れるほどヒマじゃねえし、ユウキたちは次の試合の準備があるはずだ。実質キリトサイドに行ってんのは、アスナとユイだけってことになる。
「リーナの言う通りだろ。いくら彼氏彼女だからって、試合前に激励すんのが二人だけってのはちょっと可哀そうじゃねーか? オラ、クラインとか空気読まねえ感じで突撃して来いよ」
「お、おぅ。まぁな……」
「……まぁな?」
「えーと、その……一護さん。あたし達、実はもうお兄ちゃん……キリト君の控室に行ってきたんだ。今言ったみたいに、あえて空気読まない感じでね」
視線を明後日の方向に向けるクラインに代わって、リーファが説明を引き継いだ。他の連中の騒がしさもそれに引きずられるようにして静まり、各員ビミョーな顔つきになってる。なってねえのは俺と、最初からコッチにいたリーナとシノンだけだ。
「一護さんと戦うっていうから、きっとキリト君緊張してるんだろうなあ、って思って、一発背中シバいてあげるくらいのつもりで控室に行ったの。そしたら鍵がかかっててさ、シリカの聴力と、エギルさんの拡声アイテムを駆使して中の音を皆で盗み聞きしてみたら…………」
「…………きゅぅ」
「ちょ、シリカ!? あんた顔真っ赤じゃない!」
「ご、ごめんなさいリズさん。その、お、思い出しちゃって、つい……」
「……まあ、そんな感じだったから、忍び足で逃げてきたってワケ」
「……あー、そういう感じかよ」
「どんまい」
「ご愁傷様……で、合ってるのかしら」
流石にコレは察した。そりゃ入れねーわ。リーナとシノンも、揃って何とも言えないツラをしてる。多分、俺もそんな感じの表情をしてると思う。別に誰がわりィわけでもねーんだが……なんつーか、タイミングってのがあるよな、としか言えない。
喧騒から一転、イヤな沈黙で満たされた控室だったが、無音が十数秒続いた後リズが耐え切れなくなったように叫んだ。
「――ああぁぁぁぁぁぁもうっ!! 一護ッ!! あんたキリトを滅多斬りにしてきなさい! 乙女のかよわい心に傷をつけた罪は重いのよ!!」
「手前から盗み聞きしに行っといてなに言ってんだ。八つ当たりなら自分でやって来い……けど」
怒り狂うリズの頭を鷲掴みにして抑え込んでから、俺は部屋にいる皆を見渡し、
「キリトをメッタ斬りにすンのは変わらねぇよ。俺もアイツに売られたケンカを買ったから、このトーナメントに出ることにしたンだ。ユウキとの約束もある以上、ここで負けるわけにはいかねえ」
「一護、油断は禁物よ。キリトのやつ、相当腕上げてるみたいだから」
「これは真剣勝負だ。ハナから油断なんてしてねーし、するつもりもねえよ」
シノンの忠告にそう返すと、んじゃ行ってくるわ、とだけ告げて、俺は闘技場へと続く出口の方に向き直った。もう開始時間まで五分をきってる。あれこれ考えてるヒマはねえ、行って全力を出すだけだ。
天鎖斬月を肩に担ぎ一歩を踏み出そうとした俺だったが、コートの裾を引っ張られるのを感じて振り向いた。俺の真後ろにいたリーナが、コートを指先でつまんだままジッと俺を見上げていた。
「……一護。がんばってね」
「あぁ。必ず勝ってくる」
「ん」
短いやり取りだったが、リーナはそれで満足したように指を放した。今回に限って言えば、別に負けてもコイツらの命がどうこうなるわけじゃねえ。けど、それでもこうやって支えてくれる奴らがいるってのは、やっぱり心強かった。
踵を返し、今度こそ俺は闘技場に通じる出口に向かった。石造りの扉を押し開け、両側に燭台が並ぶ狭い通路を歩いて進んでいく。
……キリト。
お前が何を思って俺にデュエルをけしかけてきたのか、俺には見当がつかねえ。お前から心底恨まれるようなことをやった覚えもねえし、オトシマエをつけなきゃなんねーような因縁の心当たりもない。
けど、やるからには全力で、だ。
ソロ最強のSAO
二刀流と数々のシステム外スキル、そしてゲームに対する抜群の勘と理解から来る戦闘力を持つ先代王者《黒の剣士》……いや、今は《
――待ってろ。
俺が、必ずテメエを倒してやる!!
◆
「……よう、五分前行動か。相変わらず真面目だなぁ、一護」
「うるせ。五分前じゃねーよ、三分前だ」
覚えのあるやり取りを交わしながら、眼前に立った男を見る。
纏っているのは灰色のファーが付いた黒いコートと同色のパンツにアーミーブーツ。背に吊られているのは鞘だけで、奴の黒い愛剣《ユナイティウォークス》はすでに抜き放たれて右手に握られている。適度に力の抜けた自然体で立つソイツの顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
闘技場の中央で、俺はキリトと対峙していた。
「キリト。始める前に、一つ、訊いとくぜ」
「当ててやるよ。『お前、二刀流は使わないつもりか?』……だろ?」
先手を打って問いを投げたが、予想してたように俺の質問を読んできやがった。自身の眉間のしわを深くすることでその推測が正しいことを示してやると、キリトははっきりと首肯して見せる。
「ああ、そうだ。二刀流は使わない。俺の獲物はこれ一本だ。勿論、手加減だの矜持に乖るだのなんていう、空気の読めない理由じゃない。これがお前に勝つための最善手だからさ」
「だろうな。そうじゃなかったらリアルでブッ飛ばしてるところだ」
「そう言うと思った」
ニッと笑い、そのままキリトは剣を脇構えに構える。俺も同時に刀を下段に置き、重心を落として初撃の溜めを作る。キリキリと空気が張りつめ、周囲の観衆からの歓声が徐々に遠のいていく。十二時五十九分三十一、二、三……。三十秒前になり、カウントが始まっているが、その音すらも遥か遠くだ。
目の前の黒衣の片手直剣遣いの男に、俺の神経の全てが集約された。
「俺からも、始める前に一つ訊きたいことがある」
「あ? なんだよ。握手ならしねーぞ」
「はずれ……一護、お前はこの試合に
「ッたり前だろ。負けるつもりで試合に出てくるタコがドコにいんだよ」
「そうか……なら、悪いがその思い、全力で叩き折りに行かせてもらう」
「……上等ォ。やれるモンならやってみろよ」
両足に力を籠め、キリトの一挙手一投足を注視する。相手は俺が知る限り、最もゲーム世界の仕組みを理解してるヤツだ。作戦の出し合いじゃ、コッチが圧倒的に不利。
だったら…………、
「行くぜ――キリト!!」
先手必勝! 好きに動かせる前にブッ叩いてやる!!
音速舞踏で急加速した俺は、キリトの懐に照準。一発目の袈裟斬りで体勢を崩しにかかる。
が、間合いに入る直前にキリトの姿がブレ、俺の斬撃は空を裂いた。俺と同じ音速舞踏、しかも予備動作を消した短距離高速回避か。妹が出来てたから兄貴が同じコトできても驚きゃしねーが、やっぱ速度で押し切れる程甘くはねえか。
「フッ!」
初撃を右に避けてやり過ごしたキリトが、着地と同時に斬りかかってきた。
短い呼気と共に振るわれた剣をスウェーで躱して、即座にカウンターを狙う。下段スレスレから顎目掛けて斬り上げた俺の一撃は首のひねりで躱され、斬り返しは剣の腹で止められた。
そのまま鍔迫り合い、膂力と足の踏込みで奴の防御を押し込む。読み通り、キリトが冷静にバックステップで俺から大きく距離を取ったところに、
「――《残月》!!」
距離を詰めずに飛ぶ斬撃でキリトの退路を襲った。
これも躱されると読んだ俺は、技後硬直を消化して即座に音速舞踏を発動。キリトの右脇を獲り、刀を空中に横に一閃。さらに縦に斬撃を重ねて上位技の《過月》を――、
「――させないぞ?」
「ッ!?」
二度目の音速舞踏で《残月》を躱したキリトが俺に肉薄。《過月》の二閃目、縦の斬撃が横一閃と重なる交点目掛けて斬撃を繰り出してきた。システムアシストに導かれ、蒼い残光を曳いて交差しようとしていた俺の刀はそこで太刀筋をそらされた。同時に空中に刻まれつつあった十字の紋様は、パッと消えてなくなる。
「チィッ! ジャマすんじゃ、ねーよ!!」
《過月》は打ち消されたが、その分技後硬直はチャラになる。乱された刀の先を引き戻してキリトと数度斬り結び、何度目かの斬りおろしを避けた隙にカウンターの廻し蹴りを叩きつけた。
一瞬だけ空いた脇腹を狙ったんだが、間に腕を挟まれちまったせいでクリーンヒットとはいかない。僅かにHPを減らしたキリトは、蹴りの勢いに抗うことなく後退して俺から距離を取った。すぐに体勢を立て直して剣を構えるその表情に乱れはない。この程度の攻撃じゃ、動揺するわけもねーか。
……しかし、今のキリトの攻撃。《過月》を完全に打ち消しやがった。
俺の記憶が正しけりゃ、ソードスキルは途中で弾かれようが防御されようが、システムアシストで絶対に最後まで誘導されるはず。それを無視して《過月》を潰されたってことは……俗に言う『システム外スキル』ってやつなのか。
仕組みは知らねえが、ソードスキルを消すスキル。確かに厄介だ。俺の《過月》は二回剣を振り切って初めて発動する技だ。距離を取って戦える状況に持ち込めればともかく、接近戦でヘタに使うと隙になり兼ねねえし、自然と使えるスキルは単発技に限られてくる。
でも、その程度なら問題ねえ。
元々俺は連続系のソードスキルをあんまり使わねえし、本命は単発遠距離斬撃《月牙天衝》だ。アスナみてえな連撃使いならともかく、今の俺には効果が薄い……本当に、相手のスキルを打ち消す「だけ」で終わるなら、な。
俺の勘が正しけりゃ、多分アイツの本命は……。
「さあ、もう一度だ! 一護!!」
キリトが再び距離を詰めてくる。しかも剣には真紅の輝き。ソードスキルか。
下手に受け止めるとシステムアシストの
と、キリトがボソボソと何かを呟いたように見えた。同時に指先から黒い煙が大量に吹き出し、辺り一面覆い尽くす。十センチ先も見えねえ濃さだ。ただソードスキルを当てても意味がねえからって、目を潰しにきたか。
だが人間ってのは、五感の一つを潰されると、他の四つが冴えるように出来てる。目を捨ててその分を耳に集中させれば……、
「……そこだろ!」
姿は見えなくても、位置は分かんだよ!
風切り音で察知して、ソードスキルを発動した状態で突っ込んでくるキリトと斬り結んだ。重い衝撃が手首に伝わってくるが、力押しに持っていかれる前に流して二撃目を捌く。続けて繰り出される、袈裟、逆袈裟、水平切り。
見たことねえスキルだが、片手剣一本じゃそうそう続かねえはず。俺の天鎖斬月は防御性能が高くねえ以上、バカ正直に防御に徹してたら軽くねえダメージを受ける。だが、乗り越えれば俺のデカい一撃が入る。二刀流ならともかく、片手剣一本じゃ十以上の連続技は滅多に出せやしねえ。
そう思った、瞬間だった。
キリトが笑ったように見えた。
同時に刃に灯っていた光が真紅から黄金に
だが最後の一発、と思った瞬間、また刃の色が変わった。ここまでの連撃数は合わせて十に届きそうだ。だがそれじゃ不足だとでも言わんばかりにキリトは剣をペールブルーに輝かせ、滑らかに横に薙ぐ――、
――けど、わりーな。
その先はもう――見えてンだよ!!
「……なっ!?」
ここにきてキリトのポーカーフェイスが崩れた。
繰り出そうとした薙ぎ払い。その剣を握る手を俺が掴んで斬撃を止めたからだ。一瞬の硬直の後、キリトはすぐさま俺の掴んだ手を引き剥がそうとしたが……遅すぎだ。
「好き勝手やンのもそこまでだ――月牙天衝!!」
ド至近距離で月牙を腹に叩き込んだ。
切っ先がキリトの腹に食い込み黒い霊圧が奴のアバターを貫通して吹き荒れるが、俺が手首を掴んだままのせいで吹っ飛ぶこともできやしねえ。
「が、あああああああああああああああッッ!!」
絶叫するキリトがほぼ本能で体術スキルを発動。淡緑色に光る蹴り足が俺の腹部を狙うのが見えた。が、あえて避けずに当たって技後硬直を消し、後ろに飛んで《残月》を発動。拘束から逃れてよろめくキリトの身体にマトモにブチ当て、闘技場の壁までフッ飛ばした。
轟音と共に壁面に激突し、キリトは苦悶の表情を浮かべる。HPは今の攻防で四割を切った。対して俺のHPはまだ八割弱残ってる。この差はちょっとやそっとじゃ覆らねえ。
三色目でキリトのソードスキルを掴んで止められたのは、単純に見覚えがあったからだ。水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》。SAO時代にイヤになるほど見てきた技だ。最初の二つは覚えが無かったから先が読めなかったけど、最後のだけはどう斬りかかってくるかが手に取るように見えた。
それは経験したことのあるスキルだからってだけじゃねえ。もしかしたらこういう流れになるんじゃねえか、って、ある程度予想してたからだ。
ソードスキル相殺を食らった瞬間、俺は今まで思ってた『ソードスキルは何があっても止められねえ』っていう常識がコイツの前じゃ通用しないことを感じ取った。
そして、俺の《過月》が打ち消されても技後硬直が無かったことから『もし連続系ソードスキルの途中でスキルを中断して、そこから別のソードスキルを繋げてきたらヤバイな』ってとこまでは思いついてたんだ。
情報処理的にはこういう行動を強制停止ができるトコを「ブレイクポイント」とかいったっけか。受験勉強の遺産がこんなトコで出てくるなんてな。
「どうしたよ、キリト。俺の『勝てるつもり』を叩き折るんじゃねーのか。俺はまだ直撃一つ受けちゃいねーぞ。それとも、おめーの力はこんなモンだって言いてえのか」
「……好き勝手、言ってくれるな……まだまだ、やれるに決まってるだろっ……」
剣を支えにしてキリトは立ち上がり、構えを取って俺を見る。が、開始直後とは違って明らかに消耗してる。あれじゃ音速舞踏の動きに耐えきれる可能性は低い。安定して出せるのは普通のダッシュが精いっぱいってトコじゃねーか。
「お前、始める前に言ったよな。『全力で』叩き折りに行くって。ならとっとと出せよ全力。少なくともまだ一つ、打ってねぇ手があンだろ」
俺はキリトの正面に陣取ると、天鎖斬月の切っ先を突きつけて声を荒げる。
「出せよ、武器解放!! それがテメーの全力だろーが!! 全力出すって言ったンなら、出し惜しみしねーで今ここで見せてみろ――」
「――覆せ!
俺の言葉を遮るように、ついにキリトが解号を唱えた。
同時に白煙が巻き起こり、キリトだけじゃなく周囲一帯を包み込んだ。俺の足元まで届くそれは、重く、冷たく、まるで氷水が流れ込んできてるような冷徹さを孕んでいた。
「……別に、出し惜しんだわけじゃない」
煙の奥から、落ち着いたキリトの声が響く。
「お前が、一護が相手なんだぞ? 出し惜しみなんて選択肢は、最初から頭になかったよ。だからこそ序盤からシステム外スキルも二つ出したし、音速舞踏が使えることも最初の一合目でバラした。けど、それでも尚、俺は武器解放だけは使うわけにはいかなかったんだ……お前のHPが八割を切る、この瞬間まで」
やがて煙が晴れ、キリトの姿が鮮明になって見えた。
ただひたすらに黒かった刀身は透き通り、ブラッククリスタルと言えるような外見に変化している。さらにキリトの手と足に同色のガントレットとアンクレットが服の上から装備され、首にはチョーカーが巻かれている。極寒の地でするような真っ白い呼気を口から細長く吐き出し、氷のような理性の目で俺を見据えている。
……これがキリトの武器解放、《
「……へ、ズイブンだな。八割を切るまで使うわけにはいかなかった……ってことは逆に言やあ八割切ってれば逆転できると思った、ってことかよ」
「ああ、そうだ。俺の攻撃力とお前の防御力。その差を考えると、どうしても剣の能力を使わずに最低二割は削っておく必要があった。お前の月牙天衝と同じように、そう軽々に使える代物じゃないからな」
でも、これでようやく全開にできる。そう付け加え、キリトが手にした剣をかかげて音速舞踏を仕掛けてきた。解放で上がったはずのステータスで、消耗した分を補いやがった。
正面からの斬りおろしを身体を捻って躱すが、すかさず流れた刀身を返し、俺の脇腹を抉るコースで振り抜いてきた。天鎖斬月を盾にして受け止めると剣が纏っていた冷気が流れ込み、さっきよりも強い剣の衝撃と共に俺の全身を寒気が覆った。
「初撃を躱して次撃を最小限の動きでガード……武器解放を目にしても、やっぱり冷静なんだな。てっきり、アツくなってガンガンくるのかと思った」
「ンなわけねーだろ。おめーのことだ、俺が突っ掛かるのを読んで罠張るくらいのことはすンだろ」
「まあね。けど……気づいてるか? 罠はもうすでに一つ、発動してるんだぞ?」
「なにを……ッ!?」
言ってンだ、そう訊き返す前に冷気とは別種の悪寒が背筋を駆けた。
咄嗟にその場から飛び退こうとしたが遅く、俺の全身を氷の膜が覆ったみたいな感覚に襲われる。けど実際に凍らされたわけじゃねえ、視界の左上のHPバーに、雪の結晶のマークが出てる。俺の装備を貫通するってことは、相当強力なバッドステータスだ。
いつの間に……いや、けどこの程度じゃひるまねえ。こんなモン、昔食らった冬獅郎の氷輪丸の方が何十倍もキツかった。
鍔迫り合ってたキリトの剣を力で押し切り、さらに返しの刃で胸を裂く。スウェーバックで躱そうとしたキリトだったが避けきれず、胸元に浅い一文字を刻まれる。
そのまま一度俺の間合いから逃れようと、キリトはさらに後退を重ねつつ剣を頭上にかざした。と、剣を取り巻くようにして白い煙……いや冷気が立ち込め、急速に旋回し始めた。何かの能力か、それともソードスキルを使う気だろうが、
「言ったはずだぜ、好き勝手やンのもそこまでだってな――!」
音速舞踏で一気に距離を詰め、今度こそ全力の薙ぎ払いを直撃させに行く。
ただ剣を構えたままのキリトは碌に抵抗することもなく俺の斬撃を受け入れ……。
「――Ek aptr」
瞬間、俺は絶句した。
目の前のキリトが突如消失。同時に背後から凄まじい衝撃が俺の胴を貫いた。
マトモに抵抗さえできず、俺はそのままの勢いでブッ飛ばされる。衝撃のデカさで視界は一瞬ブラックアウトしていたが、すぐに気を取り戻し、刀を地面に突き立て宙返り。体勢を立て直して着地する。
視界に入ったのは、剣を刺突の形で突き出したキリト。多分何かしらの単発重攻撃をブチ込まれたんだろうが……いや、それより、今、なにが起こりやがった。
あの瞬間、キリトは確かに目の前から消えた。消えるように動いたとか、目で追えなかったとか、そういう感覚じゃねえ。武器解放からこっち、俺はキリトから注意を外してねえ。なのにあの瞬間、キリトは確かに俺の目の前から消えて見せ、ほぼ同時に背後に現れて攻撃を仕掛けてきやがった。今のがアイツの剣の能力ってワケかよ。
歯噛みしつつ刀を構え直す俺を注視しながら、キリトが再び剣を頭上に掲げ、距離を詰めに来る。さっきはド至近距離にいた俺から距離を離そうとしたのに、今度は接近。つまり、能力の効果範囲ってのが厳格に決まってるハズだ。
ってことは、
「射程に入んなきゃいいンだろ。だったら……!」
思いっきり距離を取って月牙を叩き込む、これしかねえ。
音速舞踏で空中に跳び上がった俺はそのまま刀を振り上げ、意識を集中。そのまま一気に振りおろし――、
「――þú aptr」
「月牙、天しょ――ッ!?」
嘘だろ。
またキリトが消えやがった。
いやそれだけじゃねえ。おかしい、確かに俺は音速舞踏で空中高く飛び上がったはずだ。なのに……なのになんで俺は、
思ったが、月牙を止めるのには遅すぎた。発動体勢に入ってた俺の月牙天衝は標的ナシの状態で放たれ、地面を空しく穿つだけ。そして、技後硬直で動けなくなった俺の背後から、再び衝撃が襲ってきた。
「ガ、アッ……こンの、野郎が!!」
技後硬直から解放された瞬間、衝撃が胴を貫いたことによる痺れをかなぐり捨てて俺は後ろを振り向いた。そこにはさっきと同様、キリトが剣を構えていた。しかも刃には真紅の光。この距離でソードスキルをブッ放す気かよ。
対処を考えるより先に身体が動いた。
キリトの突き出した直剣、それを紙一重で見切って再び手首を捕まえ、
「二発目食らっとけ――月牙天衝ッ!!」
今度こそ月牙をブチ当てた。
不安定な体勢だったせいで、今度はさっきみたいに捕まえっぱなしには出来なかった。直撃の衝撃波で俺たちは互いに吹き飛び、それぞれ闘技場の地面に降り立った。
砂塵を上げて着地したキリトを尻目に自分のHPゲージに目をやると、今の攻防だけでもう四割をきるところまでダメージを受けてた。背後からクリティカルで単発重攻撃を二発ももらえばそうなンのは分かるが……。
「……二発当てて、HPの四割か。本当なら三発目を当てて残り二割まで削る予定だったんだけど……あの体勢からよく反応できた。流石に疾いな」
煙が晴れて現れたキリトのHPは二割強、ギリギリレッドゾーンで留まっている。月牙の直撃を受けたのに、なんであの程度のダメージで……いや、直撃の瞬間、アイツが左貫手を月牙目掛けて叩きつけたのが見えた。アレで被ダメージを削ったってコトか。
「けど……背中は貰った。次は命だ」
透き通る刃を持つ剣を片手に、キリトが不敵に笑う。
「……面白ぇ。そうこなくっちゃな」
俺も笑みを返してやりながら、思考を巡らせる。
いつの間にか付けられたバッドステータス。
目の前から忽然と消え、背後に現れた現象。
技の気配さえ俺の注意に引っかからない早業。
これら全部を満たすような能力は、俺は二つしか知らねえ。ドッチも相当苦戦した挙句、一人じゃどうにもなんなかったはずだ。まだ確定はしちゃいねーけど、もしキリトが
キリトの直剣、
『完全催眠』
か、
『時間凍結・空間転移』
のドッチかだ。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
次回はキリト視点です。
一護の推測は当たっているのか。
キリトの武器解放の能力の正体・策略の全貌は何か。
そしてデュエルの勝敗が明らかになります。