Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

三十六話です。

宜しくお願い致します。




Episode 36. With friends -cook tag-

 クッキングシミュレーター型VR空間《リアルキッチン》。

 

 その名称の通り調理行程、それから味覚の再現に特化したVR空間で、アスナがVR内の料理技術を向上させるために使ってるパッケージらしい。ユウキは入院生活中いくつかのVR空間を巡ってきたらしいが、その中でここが唯一、料理の出来がシステム的スキルじゃなくてプレイヤーの技量に依存するトコだとか。

 

 アスナたちがVRから抜けている間に連中をなにかビックリさせられるようなコトを、と考えてたらしいユウキは、俺が料理慣れしてることに目を付け、「ここで丸一日料理の特訓して、なにか一つ料理を作れるようになる!」って目標を即興で立てたんだと。

 ド素人が一日でマトモな腕ぇ目指すっつったら、リアルなら相当な量の食材と電気・ガス・水道代がかかっちまう。リハビリ直後に俺が作った時がそうだったんだ、間違いねぇ。その点、VR内ってのは良い選択だと思った。病院じゃ患者に調理なんざやらせてくれねーしな、リーナみてえに簡易キッチン付きのアホ高い個室にでも入ってない限り。

 

 ユウキがウチの真横に突っ込んで来た日の翌日の朝、俺はその「リアルキッチン」の中で再びユウキと対峙していた。よくある一軒家のキッチンとリビングを再現した空間の中、ユウキは装備したベージュのエプロンを翻し、俺に向かって頭を下げた。

 

「えっと……本日はよろしくお願いします、一護()()!」

 

 他のザ・シード規格VRゲームのアバター外見だけを流用できる設定になってるらしく、見た目も服装もALOの闇妖精のまんま、その上に無地のエプロンと三角巾を装備してる。俺も火妖精のまま服だけ変えてきた。卍解衣装で調理とか、絵面がシュールすぎンだろ。

 

「……つってもなあ、俺、リアルの料理はそんなにウメーわけじゃねえぞ。人並みだ」

「卵も割ったことないボクに比べれば百倍経験豊富だよ。自信持って、ご指導頼みます!」

「へーへー。で、何作りてぇんだ?」

「えっとね……お菓子!」

「んじゃパフェ」

「えー? それじゃ食材切るだけじゃない。もっと色々、お料理っぽいことしてみたい」

「さすがに冗談だ。そンじゃアレだ、チョコチャンククッキーでいいだろ」

「……ちゃんちゃんこ?」

「ぜってー言うと思ってた……いや、もういっそフツーのクッキー作ってちゃんちゃんこ型に成形するほうが楽か。おーし、んじゃちゃんちゃんこクッキーで――」

「す、すとーっぷ! うそうそごめんなさい、ちゃんとチャンクって聞こえてました!!」

「……次にアホなこと抜かしたら、おめーの嫌いなニガい菓子に変更な」

 

 何が悲しくて作るモン決めるだけでコントしてんだか。ため息吐きつつ指を振り、デフォでストックされてる材料一覧の中から必要なモンを並べていく。

 

「薄力粉、ベーキングパウダー、バターに塩砂糖、んで卵に板チョコ……こんなモンだっけか。いいかユウキ、チョコチャンクってのは、粗く砕いたチョコの入ったクッキーだ。チョコを溶かすだなんだってやんなくて済むし、成形が雑でもサマになる。基本は卵割って材料混ぜて焼くだけだが、ド素人にはムズいとこもある。まずは一緒に作って手順と道具の扱いを覚えちまってくれ」

「りょうかい!」

 

 ビシッ、と自分の額にチョップを食らわせるユウキ、敬礼のつもりか、それ。何の映画に影響されたんだかな。

 

「まずはチョコ砕くトコからだ。手でもそこの木の棒使ってもいいから、とりあえずテキトーに割っといてくれ」

「はいはーい。えっと、それじゃコレを持って……」

 

 俺の言葉に頷くなり、ユウキは積まれた調理道具の中から生地を伸ばす時に使う木の棒を手に取った。流石にココでつまずくこたァねーだろと思いつつ、使う材料の整理を始め……、

 

「せーぇーのっ!」

「まーて待てまてコラ!! キッチンごとブチ割るつもりか! スイカ割りじゃねーんだぞ!!」

 

 棒を大上段に振りかぶり、たった一枚の板チョコめがけて振り下ろそうとしてたドアホの手を慌てて掴んで制止した。いきなりストップをかけられるとは思わなかったらしく、ユウキはきょとんとした顔でこっちを見てきた。

 

「え? だって刃のないコレでオブジェクトを砕くんだから、けっこー力要ると思ったんだけど……違うの?」

「ここは現実に限りなく近づけてあンだよ。ALOとかならともかく、フツーの板チョコは小突くだけで十分だっつの。オメーの頭ん中にある板チョコは鋼鉄製か」

 

 木の棒を取り上げて片手で持ち、そのまま手首のひねりだけで振り下ろす。ゴンッ、という音と共に板チョコの中央に当たり、そこから蜘蛛の巣状にヒビが入る。そのままゴンゴンと軽く数度振り下ろし、全部の破片が一センチ四方くらいになるよう粗砕した。

 

「ほれ、こンぐらいの力で、こンぐらいの大きさに砕くんだよ。分かったか?」

「おー、流石。上手だね」

「……これでホメられても何も嬉しくねえ」

「まーたまた、謙遜しちゃって」

「いやガチで」

 

 ……チョコを砕くところから、早くも前途多難な感じがしてきた。まさかとは思うが、卵渡して「割れ」っつったら木の棒でブッ叩くんじゃ……流石にねーか……ねぇよな?

 

 今度はコンコンと軽く叩いてチョコを砕いたのを確認してから、次の行程に移る。

 

「次は計量だ。薄力粉百五十グラム、バター九十グラム、砂糖五十グラム」

「お、ボクこれはできるよ。重さ量るだけだもんね」

 

 小学校の理科の実験でやった気がする、と言いつつ電子天秤を用意するユウキ。ホントにそうだったら気が楽なんだか、昨日「理科苦手」って言ってたのが脳裏にリフレインして安心できねえ。

 

「えっと、まず電源入れるでしょ。次にボウル乗っけて、そして粉を入れる……」

「ストップ。ユウキ、今の電子天秤の数値見てみろ」

「ふぇ? えっと、二百八十グラム……あ、そっか。このまま入れたらダメか。ちゃんと重さが量れないや。じゃあ、一回このまま電源落として、で、もう一回入れれば……おっけー、ゼログラムになったよ」

「おし、オッケーだ」

「いぇーい!」

 

 今度はちゃんと自分で解決策を考えたみたいだ。なんつーか、すでに下地が出来てた詩乃に教えた時とはだいぶ違う感じだ。中学に上がり立ての頃、ウチの妹二人に勉強教えてたときと似た感覚がする。

 

「――わっぷ!?」

 

 素っ頓狂な声。思考を切り上げてそっちを見ると、そこにはボウルに入った薄力粉をブチまけて、全身真っ白けになったユウキの姿があった。リアルだったらクシャミの一つでも出るトコだが、幸いここはそこまで忠実じゃねえ。汚れもボタン一つで消える。

 

 ……けどその前に、一枚写真撮っとくか。

 

「ちょ、ちょっと一護。こんな姿撮っちゃヤだって」

「うっせ。どーせ横着して、ボウルの上に身体乗り出して材料取ろうとしたんだろ。今後の戒めのために撮っといた」

「うぅ、先生がオニだよぉ……」

「ンなこと言うなっての。ほら、手前の今の面だ」

 

 そう言って撮ったばかりの写真を見せてやる。未だに真っ白のままのユウキは写真をのぞき込み、数秒沈黙した後堪えきれなくなったみたいに大笑いしだした。

 

「あっはははは! な、なにこれ! ボクってばほんとに真っ白だ! ヘンなのー!!」

「こーゆー愉快なツラになんねーよう、今後粉モンはひっくり返さねえようにな」

「はーい!」

 

 ひとしきり笑った後のユウキは目に涙を浮かべて元気よく返事をする。手元のウィンドウを操作して汚れを消してやってから、俺たちは調理を再開した。

 

 ……その五分後に砂糖入りボウルをひっくり返して、二枚目の写真を撮ることになったが。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……っし、出来たな」

「うん、いい匂い!」

 

 作り始めて一時間後。ようやくクッキー第一弾が完成した。

 

 焼くのにかかったのは十五分だから、残り四分の三時間全部は材料を混ぜたりなんなりの時間に消えてったワケだ。

 

 やっぱり一番ネックだったのは、卵割りだった。懸念は外れてちゃんと手で割ってたが、初心者にありがちな「卵の殻が混入する」「手の中で潰れる」ってのを何十回と繰り返した。遊子も料理始めたばっかの頃は朝飯のオムレツに殻入っちまってて、夏梨に「なんかバリバリ言うんだけど」って文句言われてたっけな。

 

 その他で意外とムズいっぽかったのは、粉と卵をヘラで混ぜ合わせること。

 電動ミキサーだと砕いた板チョコが上手く混ざらないからヘラを使わせたんだが、どうも加減が分かんないらしく、あっちゃこっちゃに粉や卵液を跳ね散らかしエプロンどころか三角巾まで汚れる始末。どうやって混ぜたら頭まで粉が飛ぶんだか。本人は気にせず「あ、これ甘ーい」とか言って舐めとってたが、コイツを単身でリアルの台所に立たせたら不安がヤバいな。いくら剣の扱いが上手くても、包丁の扱いまで無問題、とはいかねえ気がする。

 

 とはいえ、何とか無事に完成したんだ。一段階目はクリアってトコだな。

 

「ユウキ、せっかくだ。出来たてのやつ、食っとけよ」

「え、いいの?」

「おう。半分はお前が作ったんだ。最初に食えるのは作ったヤツの特権だろ」

「じゃ、じゃあ、いただきまーす……はぐっ」

 

 出来たばっかで熱いクッキーを、ユウキは躊躇することなく一口で頬張った。

 

 過去の経験から熱さでわめき出すんじゃねーかと危惧し、ストックから牛乳を取り出す。が、予想に反して全く騒ぐことなく、咀嚼してあっさり嚥下。で、にっこりといい笑顔を浮かべて、

 

「すーっごい、美味しい!!」

「だろ? 初めて自分の手で作ったモンだ。達成感込みで考えりゃ、うまさは格別だ」

「うん! ほら一護も食べてよ。あ、なんなら『はい、あーん』してあげよっか?」

「その言い方はリーナの影響受けてやがんな。却下に決まってンだろ」

 

 突っぱねつつクッキーを一つ摘み、頬張る。粗熱が取れてねーけど、その分チョコが柔らかくなってていい感じだ。生地もよく焼けてる。

 

「……どう? どう?」

「うん、うめーわ。ちゃんと出来てる」

「でしょでしょ!! よーし、この調子で一人でも作れるようになるぞ!」

 

 両手を天井めがけて突き上げるユウキ。まあ腕はともかくやる気は十分だし、こりゃ思ったよりも早くカタがつくかもな。時間が余ったら、余りの材料でパパッと作れそうな応用を教えてもいいか。

 

 けど、その前にまずは今は当初の目標達成が先だ。今は全部サポートしてたが、次は作業は一人でやらせてコッチは口頭でアドバイスするだけに……、

 

「……ん、っとと」

「ユウキ? なにやってんだ一人で」

 

 クッキーを頬張ってたユウキが、急に何もないトコでフラつき始めた。床にはなんも置いてねーし、バランス崩す要因なんざドコにもない。

 

 もしかしてまーたなんかフザけてんのかと思い、とりあえず頭を小突くために近づき……、

 

「い、一、護……ごめん、ボクちょっと、めまい、が……」

「めまい? 大丈夫かよ。ちょっと休むか」

「う、うん……少しだけ、休んでから、また、作――」

 

 

 ――ブツン。

 

 

 ユウキのアバターが消滅した。後に残るのは「回線切断」の表示。

 

「ユウキ? おい!」

 

 呼びかけるが当然返事はない。なんかの原因で回線がトラブった? いや、病院からログインしてるなら、使われてる回線の強度は一般家庭のそれを凌ぐはずだ。トラブった可能性はゼロじゃねーが極めて低い。

 しかもいきなり回線が切れる光景は年末にあったあの事件を彷彿とさせ、一気に全身に緊張が走った。だが主犯が捕まってる以上、それはない。共犯が一人逃走中ってのは聞いてるが、真っ昼間の病院に進入して犯行に及ぶなんざ絶対ムリだ。

 

 よって、一番可能性がたけーのは、

 

「……リアルの身体になんか良くねえ発作が起きた、ってことか」

 

 アミュスフィアはユーザーの生体機能を簡易的にモニタリングして、危険域に到達した時点で意識を現実世界に強制送還するとキリトから聞いた覚えがある。直前に訴えためまい、それもフラつくレベルだったことを考えると、すぐにフラッと戻ってくる可能性は低い。

 とりあえず俺に出来るのは待つことだけだ。リアルの身体の様子も気になるが、そもそもアイツの現実世界側の居場所を知らねえ。アスナなら知ってそうな気もするが、流石にそこまですンのは過干渉すぎっつーか、それ以前にマナー違反だ。アイツの無事を信じて、待っててやるしかねえ。

 

 メッセージウィンドウを呼び出し、フレンドリストからユウキの名前を選択。

 

『料理はまた今度コッソリ教えてやるから、具合が良くねえならムリしないで休んどけよ』

 

 そう打ち込み、送信する。楽しみにしてたのはさっきまでのはしゃぎっぷりから十分伝わってきてたから分かってる。が、それも現実の身体があってこそだ。ムリして病床が長引いたら元も子もない。

 

 そう自分に言い聞かせ、俺は器具と材料を片づけてログアウトした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『さっきはいきなり落ちちゃってごめんね。お昼過ぎになったらまた行くけど、いいかな?』

 

 正午前、ユウキから返信が来た。

 

 本人が行くと言ってる以上、止める義務も権利も俺にはねえ。他の友人が相手ならそのままフツーにオッケー出してる。けど、ユウキは病人だ。将来医者になる身としちゃ、体調が悪いヤツ、しかも回線切断しちまうようなヤツをVR空間で遊ばせとくのはいくら何でも気が引けた。

 余計なお世話と分かりつつ、本当にいいのかと問うと、『うん、大丈夫だよ』と返ってきた。この時点でもう大丈夫じゃねえ。いつものユウキなら、『問題ありません、先生!』とか言って菓子作りを催促したはずだ。いつもの朗らかさが感じられねえ以上、菓子作りは中断だ。

 

 俺はユウキをALOの中、ウチのホーム近くにある小高い草原の丘に「一旦休憩」という名目で呼ぶことにした。ユウキはゴネることなく承諾。この時点で俺の予想は確信へと変わっていた。

 

「おまたせ。ほんとにゴメンね、教えてもらってる真っ最中だったのに」

 

 澄み渡る空の下、丘に座り込んで待っていた俺のところにユウキが来て最初に発したのは、謝罪の言葉だった。

 

「悪気があって落ちたワケじゃねーんだろ、ならおまえを責めても仕方ねえよ」

「……ありがと、一護」

「立ってないで座れよ。VRとは言え、見上げてンのは首が疲れる」

「うん」

 

 チュニックの裾が捲れないよう、手で押さえながらユウキが隣に座る。それを黙って見届けた後、少しの間、俺たちは無言で眼下の景色を眺め続けていた。

 青い空にたなびく白い雲。昼のイグドラシル・シティは活気にあふれ、上空にそびえる鉄の城との間を多くの妖精が行き来している。憎たらしいくらいに平和な光景を見続けることしばし、先に口火を切ったのは俺の方だった。

 

「お前が戻ってくるまでの間に、少しだけ調べた。アミュスフィアの構造上、どうやったらいきなり回線切断が起きるのか、ってコトを」

「……うん」

 

 ユウキが小さく頷く。俺がなにを言いてえのか、多分もう察してるはずだ。

 

 アミュスフィアはナーヴギアと同様、人間の脳の電気信号を感知して仮想世界のアバターを動かす。その電気信号のパターンが異常をきたす、つまり身体が危険な状態、あるいはそれになりかけてると判断された場合に強制的に回線を切る。俺はそう思ってた。

 

 ……けど、実際のところそれは少し違ってた。

 

 アミュスフィアの強制回線切断は、強制ログアウトと似てるがワケが違う。

 強制ログアウトはアミュスフィアが「これ以上安全にゲームを行うことができない生理的反応、ないしは外部刺激が発生すること」がトリガーになる。つまり、命がアブなくなる前に出てけ、ってやってるワケだ。

 

 対して強制回線切断は、それより深刻だ。条件は「アバターを動かすに足る脳波を検知できなくなること」、つまりアミュスフィア側の機能障害、または意識レベルの極端な低下がトリガーになる。具体的にはハードの故障、電源喪失、プレイヤーの突発的睡眠、失神……そんで、死亡。

 

 ユウキに起きたのは後者の回線切断。故障や電源喪失が原因だったら、すぐにアバターの動きが止まるはず。だが今回はめまいを感じてよろめき、十秒ほど後に回線が切れている。つまり睡眠か失神だ。

 

 しかも刺激が強いゲームをやってたわけでもない状態での突発的睡眠・失神は、肉体側に重篤な問題がある可能性が高い。

 

 ショック死、とか、ショックで気絶、なんつーことがフィクションじゃよくあるが、医学的なショックってのは脳や心臓に酸素・栄養を十分に送れない状態のことを指すはずだ。

 医学的ショックの引き金は火傷や大量出血による肉体的損傷がほとんど。一般的に言われるショック、つまり精神的な驚き・動揺・痛みだけで失神・死亡するのは、重病や老衰で血管が衰弱しきってる場合だけだ。

 

 憶測九割だが、ユウキの容態はよくて睡眠障害(ナルコレプシー)による情動脱力発作だ。だが、ここ半月の間で一度も回線切断の場面に出くわさなかったことを考えると、可能性は高くねえ。

 最悪の場合、全身の体機能が衰弱した状態にあるかもしれない。医者が再ログインを許可したってことは、今日明日でどうにかなるみたいな状態にはないはず。季節の変わり目でたまたま調子がすこぶる悪いだけって可能性もあるにはある。

 

 だが一瞬とはいえ意識レベル低下で回線切っちまうようなヤツだ。普段の容態も芳しくないに決まってる。そんで、そんな奴にVRMMOなんて刺激の強い世界へ行くことを医者が許可してるってことは……つまり、そういうことなのか。

 

「……ここ最近は大丈夫だったんだけどね。気を抜いてたら急に来ちゃった。当分、トーナメント以外でバトルはしない。明日の準々決勝に出たいなら今日は騒がないようにって、お医者さんに言われたよ」

「…………そうか」

 

 俺の表情を見てユウキが静かに言った。戦闘一回のためにバカ騒ぎをセーブする。医者にそんな忠告を受けてる時点で、俺の考えは肯定されたようなモンだった。そして、その穏やかな表情から読みとれたのは安心ではなく、ある種の悟りと達観だった。十代半ばのガキがしていいツラじゃない。

 

 辛気臭いカオすんな、元気だせよ。

 

 そう言うだけなら誰にでもできる。けどその表情の裏側が、コイツの肉体が直面してる事実が痛いぐらいに分かっちまう以上、言えるはずなんてなかった。ガキの頃から生も死も見てきたからこそ、イヤんなるぐらいに。

 

「クッキー作り、また今度になっちゃうね」

「気にすんな。チャンスはいくらでもある。キリのいいホワイトデーに間に合うように練習すりゃ、それでいいだろ」

「そうだね。たっくさん作って皆に配りたいな。あのユウキがこんなおいしいお菓子を作れたなんて! って驚いてくれたら、ボクは大満足だよ」

「お前、仲間内でどんな扱いなんだよ」

「んー、ドジばっかのおっちょこちょい?」

「的確だな」

「うわ、ちょっと傷ついた」

「わり」

「だーめ」

 

 言い合い、目を合わせることなく少しだけ笑い合う。こんなにキツいと感じる笑いは、あの河原以来だった。表情筋をほんの数センチ動かすだけで、身体の奥底がすり切れるような感覚になる、あの感じ。どうとも思ってるクセに、どうとも思ってないってポーズをとる。バカみたいで、けれどそれ以外にできることなんてなかった。

 

 ……こういう時、気が利く言葉が出てこない自分が恨めしくなる。

 

 いくら世界の危機を救おうが、ピンチの仲間を救い出そうが、人間の天命だけはどうしようもない。

 だからせめて、心が軽くなるような話を。そう思うのに、出てくるのは無言だけ。世界は救っても目の前の女子の心一つだって救えない。この無力だけは、どうやったって変えられない。

 

「……ねえ、一護」

 

 情けねえことに、明るい声で沈黙を破ったのはユウキの方だった。

 

 

「一護は『あの世』って、どんな感じだと思う?」

 

 

 即答は、できなかった。

 

 その正答を知ってるからってこともある。けど、決して病状の良くないはずの病人相手に、その手のネタはご法度のはずだ。相手から切り出してきたとはいえ、少しの間、言葉に詰まる。

 

「……さーな。でも、日本人が行くあの世は、きっと日本っぽいトコなんじゃねーのか。建物とかも和風で、皆着物とか着ててよ」

「えー? ボク、なんか雲の上で天使がハーブ弾いてるイメージなんだけど」

「あほ。んな超然としてるわけあるか。人間が行くトコだぞ、向こうだってこっちと同じ、人間くさい場所なんじゃねーの」

「そーかな……あ、じゃあさ、日本っぽいあの世なら、地獄には角が生えた鬼とかいるのかな」

「まあ、堕ちてきたヤツをビシバシいじめるヤツはいそうだよな。罪償えってよ」

「うぇー、ボク大丈夫かな。今までけっこう余所様に迷惑かけてるけど」

「あのな、他人に多少メイワクかけたぐれーで地獄堕ちてたら、地獄がパンクすんだろ。ぎゅう詰めになって順番待ち、とかなったらアホくせーだろうが」

「あっはは。それはそうかもね」

 

 想像したのか、今度は混じりっけのない笑い声が聞こえてくる。いろんな意味であんまり引っ張りたくねーネタだけど、それで笑ってくれンなら、別にいい。

 

「でさ、きっと悪霊怨霊とかもいそうだよね。日本風なら、そういう悪霊を退治する陰陽師? みたいな人とかいたりして」

「いっそ刀とか持ってたりしてな。死神の鎌なんつー古くさい武器じゃなくて」

「あ、それいいね。そうしたらボク、その退治する人になってみたいかも。突き技に特化してる直刀とか、けっこういけそうな気がするんだよね」

「いいんじゃねーか。お前ほどの腕なら、多分やってけるさ」

「お、死神代行さんのお墨付きだ。やったね」

「……お前、なんでその肩書き知ってンだよ。コッチじゃ名乗ってねーぞ」

「アスナが教えてくれたんだ。とっても強くて、本当に人間じゃないみたいで、けど人間くさい死神さん、だってさ」

「なに言ってンだかな」

「当たってる?」

「全ッ然」

「えー」

 

 ユウキは大げさに膨れて見せた。視線を合わせるがその強さが目に突き刺さり、すぐに目線をそらした。自分にとってこの話がどういう意味を持つのか、それを自覚して尚、こうやって普通に話して喜怒哀楽を出せる、それがどんだけ凄ぇことなのか。

 

 ただの十代半ばの女子が、ここまで強くなった。なっちまったのか。

 

「……うん。なんかすっきりした。ありがとね。一護ってこんなヘンテコな話にもつきあってくれるんだ。ちょっと意外だったよ」

「うるせ。なに話そうが、人の勝手だろ」

「そうだね……うん、よしっ!」

 

 ユウキは勢いをつけて立ち上がった。合わせて腰を上げる俺の横で、うん、と伸びをして、くるっと振り返る。チュニックの裾が遠心力で一瞬広がり、すぐに元通りになった。

 

「あの世のことは気になるけど、行ったそのときに考えればいいよね。とりあえず今するべきはクッキー作りのマスターとトーナメント出場! 今やらなきゃいけないことをすべし!」

 

 ……すげーな。

 

 ほんとに凄い。

 

 今がクソキツいはず。なのに開き直るわけでもなく、ちゃんと今を生きようと頑張ってる。

 

 ウチに来る患者を昔っから見てて、俺はいつも思うことがあった。

 

 ガキは未来に、大人は過去に縋る先を探そうとする。

 

 子供は将来どうなりたいとか、今度アレをやってみたいとか、先の話をするのが好きで。大人は自分は昔どうだったとか、この前ナニをやったんだとか、昔の話をするのが好きだ。今なにしてるなんて、話すヤツはほとんどいなかった。

 

 病院に来るヤツなんてのは今を病んでるから来てるわけで、それは当然っちゃ当然なのかもしんねえ。でも、ごくまれに今を話すヤツがいて、そいつはガキの俺から見てもキツそうで、けどカッコよく見えた。

 

 今、俺の目の前にいる、一人の女子と同じように。

 

 ……そして、こんなヤツに慰めとか労りとか、そういう柔らかい言葉を投げてやれるほど、俺は柔和な人間じゃなかった。

 

「おい《絶剣》ユウキ」

「なに? って言うか、どうしていきなり通り名呼び?」

「俺は一週間後の準決で多分キリトと当たる。そこで必ず勝って決勝に進んでやる。だからお前も必ず上がって来い。決勝で、俺がお前を倒す」

「……ふーん、宣戦布告ってワケか。一護に出来るかな。ボク、こう見えてALOでプレイヤー相手なら負け無しなんだよ?」

「知ってるさ。けど、自分よりつえー奴が単に今まで出てこなかっただけなんじゃねえのか?」

「それが、一護だってこと?」

 

 最後の問いには言葉じゃなく、笑みを返してやる。ユウキもそれにつられるようにして挑発的な笑顔を浮かべると、俺の真っ正面に立ちまっすぐにこっちを見上げてきた。

 

「いいよ、決勝まで必ず行く。そこで白黒はっきり付けてみせるよ、《死神代行》」

「上等だ。俺の力全部使って、おめーを真っ向から打ち破ってやるよ、《絶剣》」

「……ぅう、なんかまたフラフラしてきた、かも……」

「……あ。わ、わりぃ! なんつーか、つい挑発しちまって――」

「ま、うそだけどね」

「…………あ?」

「だーかーら、冗談だよ。ほら、さっきみたいに回線切断しないでしょ?」

「……お前よ、それはシャレになんねーって」

「あはは、ごめーん」

 

 げんなりする俺を見て、ユウキは軽やかに笑う。ったく、心臓にわりぃいたずら仕掛けやがって。

 

「一護」

「あ?」

「ありがと。いつかお礼、するね」

「別に。礼言うコトじゃねーだろ」

「……そっか、ごめん」

「バカヤロ。謝るトコでもねーよ」

「もー、それじゃどうしろっていうのさ」

「とっとと体調戻してクッキー作れ。やること先延ばしにすんの、ヤなんだよ」

「……うん! そうするよ」

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


日常回、ほのぼのとシリアスのハーフアンドハーフ仕立て、でした。

相変わらず病人相手だと態度が軟化する一護です。

現状、ユウキの容態は原作と同程度です。
一護も予想していますが、季節の変わり目で身体に元々負荷がかかっていて、そこに「喜び」という精神状態の大きな変化のダブルパンチでさらに負荷がかかってしまったために落ちています。数時間で復帰できているため、今回は本当に一瞬だけのことでしたが。

それでも尚、医者(倉橋さん)がログインを認めている理由は、原作でも末期のユウキがALOで遊ぶことを制止されなかった理由と同じかと。


次回も日常回の予定。
そして次々回からトーナメント準決勝戦が始まります。


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