Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
明けましておめでとうございます。
三十四話です。
前半はシノン視点、後半は一護視点で書きました。
よろしくお願い致します。
<Sinon>
「……コロシアムのド真ん中でなにやってるのよ。あの黒いコンビは」
自室でALOの統一トーナメント開幕式中継を見ていた私は、早々に勃発した優勝候補同士の激突に呆れた声を漏らした。キリトが開幕式のパフォーマンスでなにか企んでいるというのは聞いていたけれど、まさかサクヤやアリシャと手を組んで祝砲という名の魔法をぶつけるなんて。
相変わらずの滅茶苦茶ではあるけれど、実際まんまと一護を呼び出すことに成功しているし、腹の奥底で企むのが本当に上手いらしい。
「うっひゃー! いきなりケンカふっかけるとか、アイツもハデにいったわねー。今のサクヤの魔法って、確か古代式ってやつじゃない? 高難度の代わりに高火力ってやつ」
「しかもサクヤさん、ウワサだと古代式の碌節まで完全習得してるらしいですよ。あんなに難しい詠唱なのに、すごいですよねー」
「それを撃墜するどっかのオレンジ頭も大概だけどね。ていうかシリカ、あんたは壱節の詠唱の時点でカミカミだったじゃない。うにゃうにゃ言うだけで詠唱開始判定すら出なかったのは、しょーじき笑えたわ」
「い、言わないで下さいよー!」
同じくテレビの画面を眺めていたリズとシリカが感想を口にする。
空座町の駅前にある1Kに居を移し、落ち着いた記念ということで呼んだ友人二人が此処に来たのがおよそ一時間前。
最初は「期末テストにむけての勉強会」という名目だったのだけれど、年頃の女子高生が集まって殊勝に勉学に励むはずもなく、こうしてALO統一デュエル・トーナメント開幕式並びに予選観戦タイムにシフトしてしまった。タブレット上にテキストデータを展開していたのなんて、三十分もなかったかもしれない。
「……っと、いけない。焦がすところだった」
視線を自分の手元、フライパンに向け直す。被せていた蓋を取って中をチェックすると、卵とパンの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。平皿に移し、メープルシロップとシナモンパウダーをたっぷりかけてやれば出来上がり。
テレビ前の卓袱台に持っていくと、二人から歓声が上がった。
「はい、フレンチトースト。お砂糖控えめ」
「うわぁ! すっごい美味しそうです!」
「シノンってばホントに女子力高いよねー。アスナといい勝負してるんじゃない?」
「そんなことないわよ。作れるのだってまだまだ簡単なレシピだけだし。アスナみたいにお弁当一式作れるほどのレパートリーもないしね。一応練習中だけど」
「ほっほぅ、お弁当ですかシノンさん。ひょっとして、作ってあげたい相手でもいるんですかな?」
「い、いないわよそんなの! 自分用に決まってるじゃない!」
余計なことを言うバカの言葉を突っぱね、自分のマグカップに注がれたホットミルクティーを強引に飲み干す。茶々を入れずに横で美味しそうにフレンチトーストを頬張るシリカを見習ってほしいものだ。
「んでもさーシノン。料理教わったお礼にって、一護にそんくらい作ってあげてもいいんじゃない? 多少ヘタでも女の子の手料理に『マズい!』とかホザくほど、空気読めない奴じゃないでしょ」
「それは、そうだろうけど……でも、教えてもらった人に不出来なものを食べさせたくはないわ」
「そう言えばシノンさん、この前のバレンタインで一護さんに手作りチョコ渡したんでしたよね? その時はどうだったんですか?」
「あ、あの時は……まぁ、いい出来に仕上がってたから、喜んでもらえたわよ。作ったのも簡単な生チョコトリュフだったし」
「「おぉー!」」
「う、うるさいっ!!」
顔が赤くなるのを自覚しつつ、脳裏に浮かんでくる当日の様子を必死に打ち消す。
あの時はちょっとこっちが恥ずかしくなるくらいに、ストレートかつ皮肉なしで褒められて、流石に照れてまごついてしまった。
もし傍らにリーナがいたのなら、流石にキルリスト入りしていたかもしれない。一度見たことのある、あのつららのように冷たく鋭い、ハイライトの消えた眼差しを思い出して思わず身震いする。あれを好き好んで向けられたいとは死んでも思わない。
一口大に切り分けておいた自作フレンチトーストを口に運んで気持ちを落ち着かせてから、テレビ画面に視線を向ける。
しばらく目を離した隙にだいぶ状況が進んでいたらしく、キリトと相対した一護が普段の三割増しのしかめっ面を浮かべ、不承不承という感じでトーナメント参加申請をしたところだった。会場からは歓声があがり、策を練ったキリトは「してやったり」というような笑みを浮かべている。
「お、キリトの作戦勝ちかぁ、アイツも腹黒くなったわねー。SAOでヒースクリフの挑発に乗っかってデュエルを即受けしてた頃が懐かしいわ」
「あ、あはは……けど、あのデュエルも名勝負でしたよね。今年のトーナメントは《絶剣》さんも参加するみたいですし、あの時に匹敵するような決闘が見られるかも」
「そうねー。あーあ、あたしも出たかったな、トーナメント」
「ほんと、ちゃれんじゃーですよね、リズさんって」
「うっさいなあ」
一護の参戦を受けてのんびり談笑する二人。しかしふとリズが笑顔から一転、疑問符が付きそうな表情へと変わった。
「どうしたんですか?」
「いや、さ。ふと思ったんだけど、一護って性分的にトーナメントには出たくないわけじゃない? もし本気で出ないつもりなら、いっそキリトの脅しに対して……あ、えっと、キリトが一護を参戦させるために脅しネタを使ったらしいんだけど、それを『勝手にしろっつの』って言って開き直っちゃえば、参戦しないで済んだんじゃないかな、ってさ。
それをしなかったってことは、キリトが提示したのがよっぽどエグいネタだったのか、あるいは一護自身、実はトーナメントに出たいって思ってる部分でもあったのかなって思って」
「あるいはSAO時代からの付き合いで握った弱みをぶつけて相殺するとか、ね。けど、そこはそれこそ性分なんじゃない? 売られたケンカは買うってヤツよ」
「あー、意外とそんな感じかもね。けどじゃあ、ケンカ売る側のキリトはそこまでして一護と戦いたかったのかな? あたしその辺については全然聞いてなくてさ」
「そう、ね……なにもあんな風にハデな策を打たなくても、真正面から『一回だけでいい! 俺と全力で戦ってくれ!!』って言っちゃった方が良かったのに」
それに、SAO時代を共に過ごしたキリトは分かっているはずなのだ。
一護の強さとそれを鍛えるストイックさの根源は「誰かを護ること」にあり「自分の力を誇示すること」にはないということを。
一護の力量を考えると、彼と「いい勝負だった」と言える程の勝負を繰り広げられるのは、先ほどの開幕式でキリトの口上にあった三人くらいのもの。そこに一護を含めた四人の戦い、いわば強者対強者の試合であれば、私も見てみたいと思う。
けれど、そこに辿り着くまでの全ての戦闘は、残念ながらほとんど勝敗が分かりきっているような試合ばかり。完全なる強者対弱者の戦いになってしまうことは容易に想像が出来る。
この事実があるから、正直に言って私はキリトの「一護を強制的にトーナメントに参加させる」策には反対だった。
いくつか理由はあるけれど、最も大きな理由は「弱い者いじめなんか見てたって楽しくもなんともないから」だ。勝てると分かりきっている試合で、当然の如く相手をばっさばっさと斬り倒し勝ち進む。そんなものはただの「弱い者いじめ」だ。
無論、キリトやサクヤ、《絶剣》ユウキだって似たような試合運びにはなるだろう。
けれど一護は下地が違う。スタートラインが違うのだ。
そもそも人間ではなく死神である彼の戦闘は、次元が違っていて「当たり前」、生半可な相手なら勝って「当たり前」なのだ。それはSAOを経験したから、現実で剣術を修めたから、というような「人間的強さ」とは別種の強さでもある。
同じスタートラインから始め、その結果優劣が生まれた者同士の戦いならともかく、そこにスタートラインがまるで異なる者を放り込んだところで、他の人がどう感じるかは知らないが私としては「ただの興ざめ」としか感じられない。アマチュアの射撃大会に《白い死神》シモ・ヘイヘを参戦させたかのような空気の読めなさを感じてしまうのだ。
それをあの男が理解していないとは到底思えない。何か事情でもあるのだろうか。そう思い、リズと二人で首を捻っていると、「あの……」と声が上がった。見ると、マグカップを両手で抱えたシリカが上目使いにこちらを見ていた。
「あたし、心当たりっていうか、キリトさんが一護さんとトーナメントで戦いたがってる理由、何となくわかるかもしれません」
「ほんと?」
「根拠もないもない、ただの憶測ですけれど……」
私の問いかけにおずおずと頷いた年下の少女は、一口ミルクティーを飲んでから、自身の推測を口にする。
「きっとキリトさん、悔しかったんじゃないでしょうか」
「悔しい? なにがよ」
「SAO時代、キリトさんが勝てなかった血盟騎士団団長さんに、一護さんが勝ってゲームをクリアしてしまったことが、です」
血盟騎士団。SAOにおいて「攻略組」と呼ばれるゲームクリアを目指す集団のトップギルドと聞いている。確かアスナはそこの副団長で、その団長こそがかの大罪人、茅場晶彦だったはずだ。キリトが敗北を喫している、というのは初耳だったが。
「SAOクリアのひと月ほど前、キリトさんはアスナさんの進退を賭けてヒースクリフさんと闘い、そして負けてしまいました。その意趣返しをする前に七十五層のボス部屋で一護さんが対峙し勝利したことでゲームがクリアされました。
キリトさんと一護さん、ヒースクリフさんは三人ともユニークスキル持ちでした。なのにキリトさんは闘技場で一敗して、最終決戦という舞台に立っていたのは一護さんとヒースクリフさん。それを見ていることしかできなかったのが悔しくて、そのリベンジをしたいがために、一護さんとの戦いを望んだんじゃないかなって……あたしは、そう思います」
「…………成る程ね。うん、分かる気がするわ、それ。それならキリトがわざわざトーナメントの舞台で戦おうとしてるのかって疑問にも、説明が付くしね」
リズはシリカの推測に賛同の意を示すと、私に向き直って言葉を続けた。
「キリトとヒースクリフの戦いは、観衆が大勢いる闘技場のド真ん中で行われたの。今回のトーナメントの開催場所と同じような、ね。
もしキリトが一護にヒースクリフを、SAOで自分が越えたくても越えられなかった壁を重ねているんだとしたら、きっと同じシチュエーションで戦いたいって思うような気がするんだ。あの日、アスナを、自分の一番大切なものを賭けて戦ったあの決闘に、今度は自分の意志ただ一つで挑みたい。そんな風に考えてそうな気がするな、アイツは」
うん、うんと、何度も首肯しながら語るリズの言葉で、ようやく私も納得がいった。
要するに、ただのエゴなのだ。
過去の惜敗が悔しくて、同じ状況でもう一度戦いたい。
ただそれだけの願いによって一護を参戦させた。そこにあるのはリスク・リターンや周囲への気遣い、勝てる可能性の有無ではなく純粋なまでの自己欲求。闘争本能、剣士の
……けれど、その気持ちは分かるような気がした。
一護と出会い、狙撃手である私は一護の在り方に憧憬を感じた。けれど、もし私が剣士だったら、どうだったかは分からない。
そんな彼と、自分を負かした相手と命を賭して戦う光景。それを眺めることしかできない無力感と無念さは、きっとキリトを苛み続けたことだろう。共に戦ってきた仲間が自分の先を進んで行く、その悔しさの重みは計り知れない。
その全てを叩きつけるために、キリトはこの舞台をセッティングしたのだろう。
そして一護も本気で戦うはず。護る対象がいなくとも、観衆が、闘技場の雰囲気が、トーナメントというイベントの存在が、「場の雰囲気」という形で気分を高揚させる。それが一護の本分でなくとも、彼を全力まで引き上げてくれる効果をもたらす。
故に、キリトの願いは成就する。
他の全てを顧みず、ただ一回の雪辱戦のために立ち上がった大馬鹿の策は、過程はともかくとして、これで成ったのだ。
「……衝動で動く
「ほんとよねー。けど、それが男っていう生き物なんじゃない? 十代男子なんてそんなに思慮深くないわ。衝動に身を任せて自分の全能を使う、そんくらいで充分でしょ。若いのにリスクとか小難しいこと考えて尻込みするような小っさい男になってちゃあ、つまんないしね」
「同じ十代女子の台詞とは思えないわね、リズ」
「ま、あたしは大人のオンナですからねー」
ふふん、と胸を張るリズ。確かに大人な発言ではあるが、未だにキリトへの恋心を断ちきれないでいる乙女な部分があることには触れないでおこう。
「あ、もうトーナメントの組み合わせ、出てますね」
シリカがそう言って手元のタブレット端末を差し出す。リズと二人覗き込んでみると、けっこうな数のプレイヤー名が列挙されていた。ブロックが東西に分けられており、最後の決勝戦でそれぞれのブロックの代表が決戦する形式のようだ。
「一護さんとキリトさんは同じ東ブロック、あの《絶剣》さんはサクヤさんと同じ西ブロックみたいです」
「ホントだ。しかも丁度良く端っこ同士。これだと準決勝のカードはこの四人に絞られそうね。ねえシリカ、ユウキとサクヤ、どっちが上がってくると思う?」
「うーん……やっぱり、ユウキさんじゃないでしょうか。まだALOに来て数か月ですし、決勝までに相当数のデュエルを経験してさらに強くなると思います」
「あたしはサクヤかなー。アスナも言ってたけど、ユウキの剣は速い反面素直すぎるのよ。サクヤの瞬間先読みの格好の標的じゃない。さっきの古代式魔法みたいに遠距離戦も達者だし、相手がいくら速くったって、勝機は十分って感じがするからね。シノン、あんたはどっちが上がってくると思う?」
「私は……ALOはそんなに長くやってないから、正直言って分からないわ。その《絶剣》のスピードも見たことないし。私としては、むしろもう一つの方の準決勝が気になるわね」
「もう一つって……キリトと一護のカードのこと?」
「そう。っていうか、ここまでの大仕掛けをやらかしたキリトがどんな手を打つのかが気になるわ」
そう、ここまでのことをしでかしたからには、キリトは必ず一護に勝つために策を練ってくるはず。そう考え、私は今回の作戦のことを聞いたときに、キリトに「何か考えでもあるのか」と問うた。答えはいつもの不敵な笑みだけだったが、彼女の妹であるリーファから、作戦決行前にキリトとデュエルした時のことを少しだけ聞くことが出来た。
使われたのはシステム外スキルであろう二つの技能、一方は昨年のトーナメント決勝戦で披露されたもので、もう一方は全く新しい技に見えたらしい。
そして、最も強烈だったのがキリトの片手用直剣《ユナイティウォークス》の解放だったと言う。
キリトの強さの根源の一つに、ゲームに対する勘と理解の深さがある。
あいつの持つ《
その結果なのだろうか、キリトはリーファとのデュエルで信じられないことを成し遂げている。ALO内において空中戦闘の達人と称され、かつ相手の闘い方の基本を知り尽くしているはずの兄妹試合。そのデュエルにおいて――、
――二十秒。
それが、キリトがリーファを下すのにかかった時間だったと言う。
◆
<Ichigo>
キリトの策……っつーか脅しにハメられて、いきなりデュエル・トーナメントとかいうのに出ることになっちまった。
アスナたちの迷宮区攻略に手ぇ貸してるとこにいきなりメールが飛んできて、慌てて指定場所に行ってみりゃ、迎えたのはサクヤの放った赤火砲みてえな火球だった。咄嗟に月牙で撃ち落したから良かったが、あれはねーだろ。いつの間にか撮られてた写真と合わせて、いつか倍返しにしてやる。
……けどまあ、ンなことは今はどうでもいい。
今は――、
「――せぇぇぇぇえええぃッ!!」
開幕式が終わった後、すぐに予選一回戦目が始まった。俺は東ブロックの一番最初に割り当てられ、初戦がそのままスタート。今対峙してンのがその相手なんだが……まさかコイツが対戦相手とはな。
突っ込んで来た勢いそのままに、相手の太刀が振り下ろされる。身体を捻って避ける俺目掛け、途切れず追撃の斬り上げが飛んでくる。
天鎖斬月で弾き返し、続けざまの刺突を腕を掴んで止めて、
「甘いってェ――のッ!!」
「きゃあぁっ!?」
ブン回し、地上目掛けて放り投げた。
相手は悲鳴をあげつつ落下していったが、地面激突寸前で器用に体勢を回復。羽根を羽ばたかせて元の高度まで上がってきた。刀を正眼に構え、もう一度コッチの隙を窺っている。
「むぅー、一護さん! ちゃんとマジメに戦ってよ!!」
「戦ってるだろ。おめーこそ、戦う前に『あたしの剣の力を見せてあげる!』とか言っときながら、全然解放しねえじゃねーか。俺はもう一発月牙撃ってんだ、そっちもとっとと出せよ、武器解放」
「言われなくても、使うってば!」
そう叫び、一回戦目の対戦相手であるリーファは再びの正面突破の構えを見せる。が、そうそう先手をくれてやるわけにもいかねえ。
似非瞬歩の《音速舞踏》で急加速、リーファの左斜め後方に回り込んで水平切りを放つ。
「ッ!?」
直撃の寸前にリーファが反応。刀を引き付けガードするが、斬撃の威力を殺せず後退する。
体勢が崩れたところで一気に間合いを詰め、十文字に斬撃を叩き込む。二撃目でガードが崩れ、ハラがガラ空きになる。そこを目掛けて容赦なく飛び蹴りをかました。
「かはっ……!」
鳩尾に蹴り足が食い込み、リーファは悶絶するような表情を浮かべる。女を足蹴にするなんざヤなんだが、勝負の最中にンなぬりぃことも言ってらんねえ。雑念なしで蹴り抜き、今度こそ地面に叩きつけた。
「わりーな。修練中ならともかく、こンな場所で手ェ抜いてやるわけにもいかねーんだ。加減は……無しだ」
刀を振りかぶり、その場で水平に一閃、次いで縦一文字に斬撃を重ね、
「――《過月》!!」
十字衝に似た遠距離攻撃技、《過月》を落下地点目掛けて撃ち放った。蒼い残光を曳いて、十字の斬撃が空を裂き地上に激突する。轟音と共に砂塵を巻き上げたのを見届け、相手の出方を見る。これで終わってりゃ世話ねーんだが……ヤツはキリトの妹だ。この程度でくたばるとも思えねえ。
「…………圧せ!
来やがった。
砂塵から飛び出してきたのは、HPを半分ちょい下まで減らしたリーファだった。手にはさっきまでの太刀じゃなく鍔のある棒状武器を握っている。
鋼鉄製竹刀みてえな形状をしたそれを両手で大上段に構え、こっちに突っ込んでくる――と見えた瞬間、姿がブレた。
咄嗟に目でその姿を追いすがり、急襲地点を逆算。くり出された斬りおろしを大きく後退することで回避した。
「その動き……お前、《音速舞踏》使えたのかよ」
「解放してステータスが上がってる間だけ、だけどね。この子の解放、HPが半分きらないと発動できないんだよ。だから発動したくてもできなかったってわけ」
「そうかよ。んじゃ、今からが本領発揮っつーわけか。わりーけど、体力半分でも遠慮はしねーからな」
「当然。したら現実でヒドいことしちゃうからね、精神的にクるやつ」
「……お前、やっぱアイツの妹だな」
自分の眉間に皺が寄るのを感じつつ、刀を構え直す。解放してステータスが上がったことは自白したが、HPが半分以下じゃねーと発動しねえ解放だ。それだけっつーことはねえはずだ。
「さあ、て。いくよ一護さん……この斬撃、止められるかしらっ!!」
口上と共にリーファが《音速舞踏》で突撃してくる。一回目は反応がちょい遅れたが、使えるとわかりゃ警戒できる。
目で追いカウンターの斬撃をリーファの動きに合わせる。リーファは俺の迎撃に構うことなく斬撃を繰り出した。
そのまま武器同士が衝突し――直後、とてつもなく重い衝撃が俺の手に襲いかかった。気を抜くと手首を折られそうな重攻撃をなんとかあしらうが、威力が殺しきれず五メートルほど後退を強いられる。
さらに連撃をしかけてくるリーファに対し、今度はこっちも羽根と腕力全開でぶつかった。
互いの袈裟切りが衝突し、再びクソ重い反動が返ってくる。よく見ると獲物の表面を薄緑の風が旋回してて、それが推進力になってリーファの斬撃の火力を押し上げてるみたいだった。
「こっちが意識してねーと出せねえパワーがデフォの斬撃……いい
「でしょ? あのサクヤでも受け流しきれなかったんだから、ナメてると痛いよん」
俺の天鎖斬月はカタナカテゴリの武器。ダメージ軽減率が高くないせいで、キッチリガードしても少なくないダメージが通る。長引かせると厄介だ。一気にケリをつけるしかねえな。
今度は互いに同時に《音速舞踏》を発動。中間点で間合いに入り、向こうの逆袈裟を下段からの斬り上げで弾き飛ばした。
引き戻される前に返しの刃を一閃して胴を浅く裂き、次撃は受け止められる。再三の衝撃に今度は抵抗せず、反動に従って刀を一気に引き戻して再度連撃を仕掛けていく。
別に威力で押し切る必要はねえ。衝撃がキツいなら
「こンの――ッ!」
力任せな斬撃をあしらわれてる現状にイラついたのか、リーファが強硬策に出た。
何度目かの俺の斬撃に強引に刃を合わせ、そのまま鍔迫り合いに持ちこもうとしてくる。風のブーストで俺の刀を少しずつ押し込んでくる――が、付き合ってやる義理はねえ。
手首を返し、刀身を逸らす。ほぼ垂直立てていた刀がいきなり水平に寝たことで、リーファの獲物が標的を失い、受け流される。
その一瞬、リーファの胴が空いたとこを目掛け、低い体勢から全力で刀を突き刺した。抵抗なく刃が水月を食い破り、そのまま背中側に抜け出るのが伝わってくる。
「が、フッ…………」
苦悶の声を漏らすリーファ。その残響が耳朶から消えるヒマさえ与えず、俺は柄を両手持ちにして体勢を変える。自分の身体から刀を引き抜こうと必死だったせいで、リーファの反応が数瞬遅れる。慌てて手に握った獲物で俺のトドメを阻止しようとするが……、
「終わりだ――《残月》!!」
俺の方が速い。
リーファの身体に刀を突き刺したままソードスキルを発動。蒼い三日月型の斬撃を放つ《残月》は発動と同時に相手の胴を引きちぎり、上半身と下半身を両断した。
残り三割弱だったHPはこの一撃で全て削りきれ、リーファの身体は炎に包まれ燃え尽きていった。ちっとエグいフィニッシュだったが、先に挑発したアッチがわりーんだ。自業自得だろ。
リメインライトと『Winner:Ichigo』の表示を背にして、俺はコロシアムの地面へとゆっくり降りて行った。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
次回は日常回の予定。
何話続くかは全くの未定ですが、終わったら再びトーナメントへと戻ります。
あと、番外編の方もちまちまと書いております。
時間があるときにふらっと投稿するので、お読みいただければ幸いです。