Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第四話です。

後半部にサクヤ視点を含みます。今話でラストです。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


Episode 4. Back to the Struggle -lado viento-

「ひゃー! 勝っちゃった、勝っちゃったよヤンキー君! あのユージーン将軍相手にサ!! すごいすごーい!!」

「うるせーな。その呼び方はなんとかなんねーのかよ、チビネコ」

「キミがワタシのことをルー様って呼んでくれたら、考えてあげてもいーヨ?」

「……なんで俺の周りには、こーゆー尊大な女が多いんだよ」

 

 オッサンことユージーンを斬って勝利した俺は、真っ先に駆け寄ってきたネコミミ女(アリシャ・ルー)を押しのけつつ舞台から退場した。背中の筋肉を酷使するなんて慣れない真似をしたせいか、妙な疲れ方をしている気がする。あそこで瞬歩モドキを完成させなきゃユージーンに負けてた以上あれが最善だったんだろうが、それでも疲れたもんは疲れた。

 

 肩をゴリゴリ回しながら足を進めようとすると、横からサクヤがスーッと出てきた。高下駄突っ掛けてんのに、よくそんな滑らかに動けるな。

 

「見事だ、一護君。あのユージーン将軍を相手に、HPを半分も残して勝つとはな。特に最後の《音速舞踏》の連続使用、あれを出来るプレイヤーは、おそらくこの世界で君だけだろう」

「そいつはどーも。つかアレ《音速舞踏》っつーのか。今初めて聞いた」

「……まさかとは思うが、存在を知らずに独力で習得したのか?」

「おう」

「……何ともまあ、無茶苦茶な男だな、君は」

「わりーかよ」

「いいや。つまらない男より、百倍マシさ」

 

 そう言って、サクヤは涼やかに、けど可笑しそうにくすくすと笑う。何がそんなにウケるのか知らねえが、とりあえず「そうかよ」とだけ返して舞台に向き直る。

 

「今はデュエル間のインターバルタイムだ。終了と同時にユージーン将軍にシステム的自動蘇生がかかり、彼が外に出てから二試合目を行う。君は最終試合までヒマだろうが、もう少しだけ待って欲しい」

「へいへい。ここまで来たら待つっての……しっかし、あの剣マジ何なんだよ。すり抜けとかズルくねえか?」

「魔剣グラムだよ。刀身を非実体化できる特殊効果を持つ伝説級(レジェンダリー)武器の一つだ。が、私としては、それを越えていった君の超人的な速さと技量の方がずるく感じたがな」

 

 特に速度の方は人間に許されたそれを越えていただろうに、と付け加えてから、サクヤは扇子で顔の下半分を隠した状態で俺の顔を覗きこんできた。長いまつ毛の奥の黒眼が、俺の内側を探るような視線を投げかけてくる。

 

 一般プレイヤー相手に、「死神だから」とか「SAOに二年間もいたからじゃね」とか言えるワケもなく、とりあえず適当に、まあな、とだけ返しておく。サクヤの方も特にそれ以上突っ込む気はないようで、すっと身を引きパチリと扇子を閉じた。

 

「ねえ、キミ」

 

 と、その向こう側から声がした。見ると、サクヤの体越し、ちょうど腰の辺りからアリシャがこっちを覗き込んでいた。背中の方で、意外と長いしっぽがひょいひょいと動いているのが見える。どうやって動いてんだよ、ソレ。

 

 とりあえず「何だよ」的な視線を向けると、アリシャは猫を彷彿とさせる悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「一護君っていったっけ? メチャクチャに強かったけど、一体ドコ所属の誰サンなのかな? サラマンダーにキミみたいなのがいるなんて、ウチの諜報網の端っこにも引っかからなかったんだけど?」

「だから別に誰でもねーっての。ただのプレイヤーだって、さっき言ったじゃねえか。そのでけえ耳は飾りかよ、チビネコ」

「うぇーツマンナイの。もっとこう、『しがない流しの用心棒だよ』的な面白い台詞はないの、ヤンキーマンダー君?」

「うっせ。そんな気障ったらしいカッコつけ、誰が言うかっつーの」

 

 真っ黒剣士(キリト)じゃあるまいし、と言いかけて止める。コイツらに言った所で、どうせ通じねえだろうしな。

 

「お、そろそろインターバルが終了するぞ。ルー、準備しろ」

「はいはーい!」

 

 サクヤの声に反応して舞台上を見ると、デュエルのインターバル時間が経過したことにより、システム的自動蘇生でユージーンが復活したところだった。静かに舞台から退く将軍と入れ替わるようにして、サクヤとアリシャが舞台上に上がる。サクヤの獲物は腰の大太刀、アリシャの方はクロー型の武器を装備しているみたいだ。

 

「よし……では、第二試合といこうじゃないか。ルー、久々のデュエルだな。同盟を結んでいるからとはいえ、手加減はしないぞ?」

「コッチの台詞だヨ! 全力でいっちゃうから、覚悟してネ!!」

 

 互いに挨拶を交わした直後、システムブザーの音が鳴り響き、トーナメント第二試合がスタートした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ――それから約十分後。

 

「…………ぶー」

「対等なデュエルの結果だろ。不貞腐れてねえで受け入れろ」

「だってだってだってぇー!! 二試合目も三試合目もキレイに完敗なんテ、納得いかないシー!!」

「ホントにうるっせえ奴だな、現実を見ろってのチビネコ。つかアンタ、本当に領主かよ」

「そっちこそウルサイよ! ヤンキー君!! ハイレベルプレイヤーの皆が皆、キミや将軍みたいに正面きったドンパチが得意なワケじゃないんだからネ!!」

「へーへー」

「なにそのムカツク受け流しー!!」

 

 ふしゃーっ! と猫の威嚇音と共に耳や尻尾を逆立てるアリシャの抗議を、俺は素知らぬ顔でそっぽ向いてシカトする。

 現実でやられたら痛々しさマックスなキレ方だが、今は見た目も振る舞いも、ついでに戦闘スタイルも猫全開だからか、あまり違和感がない。これで夜一さんみたく体術の達人だったら厄介だったんだが、結果はお察し。見事に三分でブチ殺されてた。

 

 本人が言うには、

 

「斥候職だから仕方ニャイの!! 分かって!!」

 

 だそうだ。知ったこっちゃねえ。大体、勝てねえ上にそもそも真っ向勝負苦手なら、なんでトーナメントに出てきた……ああ、そっか。人数合わせか。小指の爪くらいは同情の余地があるな。

 

「……一護君、最後は私と君の決戦だ。急ぎなのだろう? さっさと始めよう」

「っと、わり。そうだった」

 

 いつのまにか横に立っていたサクヤに促され、アリシャを捨て置いて舞台へ向かう。

 時刻はそろそろ二時半になろうかってところだ。午後の日差しが照りつける中を、二人並んで歩く。これが最後のデュエルだからか、さっきまでより空気がピリピリしている気がする。真っ先に頼み込んできたのはコイツだったし、それだけ優勝したいってことなのか。

 

 と、舞台の中央より少し手前に来たところで、サクヤが立ち止まった。怜悧なつり目がこっちに向き、薄く小さな唇が動く気配がした。

 

「始める前に一つ、言っておきたいことがある」

「何だよ、急に」

「ユージーン将軍との戦い、本当に見事だった。あれほどの激戦はALO史上でも五指に入るだろう。世辞ではなく、本心からそう思っている」

「ホメても何も出ねえよ」

 

 真顔で褒め殺されるという未知の体験。いきなり何なんだか知らないが、とりあえずぶっきらぼうに応じる。

 

「だがな、無名のプレイヤーが連勝できるほど、領主・軍団長級は甘くない。先ほどの大勝のような奇跡は一度きりだ。二度はないよ、ヤンキー君(・・・・・)

「言うじゃねーか、パッツン女。甘くねえなら、ダラダラ御託並べてないでかかってこいよ。その細っこい身体、全力で斬り伏せてやる」

「いいだろう、それが出来るものならな」

 

 そこまで言って、ようやくサクヤの表情が動いた。唇の両端を吊り上げ、愉しそうに挑発の笑みを浮かべる。

 同じ笑みを返してから、俺たちは互いに距離を取った。目測で大体八メートルかそこら。瞬歩……じゃねえや《音速舞踏》一発で背後まで取れる距離だ。先手必勝、一発叩き込んでやる。

 

 剣を抜き斜に構える俺に対し、サクヤは抜刀せずにその場で重心を下げた。右手は柄に添えられ、左手は鯉口。右足を大きく踏み出したその構えは、典型的な「居合い」の構だった。

 今まで居合いっぽい技を使う奴は何人かいたけど、ガチの居合いを相手にするのは多分これが初めてだ。でもやることは変わらねえ。まずは一撃、どこでもいいからブチ込んで流れを掴む。まずはそっからだ。

 

 重心を下げ、仮想の背筋に意識を込める。羽根をめい一杯広げた《音速舞踏》の待機態勢でカウントダウン終了を待ち――、

 

「――せああああああぁぁッ!!」

 

 ゼロと同時に突撃した。一息に距離を詰め、剣が届かない左脇から強襲をかける。

 

 が、サクヤはその場から動かない。

 俺を目で追いきれていないのか、抜刀の気配すら感じられない。

 

 何企んでんだか知らねーが、どの道このまま行くしかねえ。一気に押し切る!

 

 下段からのすくい上げるような一閃で胴を狙い――、

 

「……スペクラム」

 

 寸前、サクヤが何か呟いた。

 

 同時に全身に悪寒が走る。サクヤはまだ刀を抜いちゃいねえ。けどヤバい。このままだと確実に斬られる。頭の中に警鐘が大音量で鳴り響く。

 

 本能に従い、斬撃中断。その場で思いっきりのけぞる。真上を向いた俺の顔の前を銀色の光が通過していくのが見えた。数瞬遅れたら、俺がユージーンにやったように首に深手を負わされていたはずだ。

 

 体勢が崩れた俺目掛けて、今度こそサクヤの居合いが迫る。胸を抉りにきた白刃を曲刀でどうにか防ぎ、《音速舞踏》で一気に下がる。

 

 だが、そのまま体勢を立て直させてくれるほど、この領主サマは甘くなかった。

 

「――【追撃六刃(フォロー・セクス・ラミナ)】」

 

 サクヤの周囲に白い刃片が六つ同時に展開。間を置かず俺目掛けて殺到してきた。

 

 不安定な体勢だが、四の五の言ってる場合じゃない。力任せな《音速舞踏》でその場から離脱し、さらにもう一回重ねてサクヤの背後をとる。

 

 幸いホーミングは甘いみたいで、追ってくる気配はねえ。このままもっかい強襲だ。さっきと違って視界外からの一撃だ。魔法でもなんでも、当てられるモンなら当てて……。

 

「……スペクラム」

 

 きやがった。

 

 四連続目の《音速舞踏》で後退する俺の目の前を、再び銀光が薙ぎ払う。すぐに霧散しちまったが、今度はハッキリ見えた。刀みたいな、細身の片刃の形をしてる。

 

 追い打ちの袈裟斬りを曲刀で受け止めつつ、涼しい顔のシルフ領主を睨み付けた。

 

「随分とえげつねえ戦い方するじゃねえか。何なんだよ、あのすっ飛んでくる刀みてーなのは」

「【鏡喚(スペクラム)】という魔法だよ。私の主武装である太刀の鏡像を作り出し敵を襲撃する。領主専用の《秘伝魔法》という分類上、公式デュエルトーナメントでは使用が禁止されているが、ここではそんなことはないらしいな。相手が相手だし、遠慮なく使わせてもらうよ」

「てめえ……俺をなんだと思ってやがる」

「そう怖い顔をしないでくれ、折角の美形が台無しだ。それより……いいのかな?」

 

 サクヤの口端がつり上がり、

 

「目の前でそんなに長く停止されて、私が何もしないとでも思ったか?」

 

 瞬間、いつの間に詠唱したのか、圧縮した風の槍を召喚して撃ち込んできた。

 

「――チッ!!」

 

 盛大に舌打ちしつつ、身体を捻って直撃を回避する。が、回避しきった刹那、曲刀の防御が僅かに弛んだ。

 

 その隙を突かれ、左の掌底が飛んでくる。予備動作をほとんど消した一撃だが、さっきの魔法より遅い。一歩分のバックステップで、紙一重で避ける。

 

 さらに重ねるようにして、サクヤが太刀を片手で突き込んできた。一直線に右肩を狙う一撃を横っ飛びで避けて――いやダメだ、伏せろ!

 

 直感で伏せた直後、太刀の軌跡が急変化。刺突から薙ぎ払いに変化して俺の一寸上を通過した。

 

「横薙ぎに変化する突き技とか、ドコの斎藤さんだよテメーは!!」

「中々いい完成度だろう? 練習したの、さっ!!」

 

 俺の悪態を笑って流しつつ、サクヤはいきなり太刀を手放した。嫌な予感がして退こうとしたが、相手の方が半秒早い。

 

 右手首と襟をひっ掴まれて、

 

「――せいっ!」

「ぅおっ!?」

 

 そのまま投げ飛ばしにきた。即座に足を踏ん張るが、体勢が前につんのめる。

 

 そこへ、

 

「――【鏡喚(スペクラム)】」

 

 鏡像の刃が襲来。袈裟懸けの一撃が俺の胴へ降り下ろされた。こっちは受けようにも手首を取られ、避けようにも襟を掴まれて身動きがとれない。

 

 だが幸い、掴まったところからの脱出法は夜一さんに仕込まれてる。腕を手前に引き寄せつつ手首を捻り、かつ思いっきり低くしゃがむ。相手の拘束を剥がしながら上体への攻撃を回避できる技術で、確か名前は……「夜伏」とかいったか。頭上を通過した魔法が消えるのを感じながら、ぼんやりと思い出す。

 

 ともかく化け猫師匠直伝の回避術で難を逃れた俺は、《音速舞踏》を二連発。一度目で真横に跳ぶことでフェイクをいれ、二度目で一気に真上を取る。さあ来い、鏡像の攻撃はもう二度も食らってんだ。今度は受けてたまるか。

 

 周囲の空間に最大限意識を巡らせた状態で、真っ逆さまに落下。勢いそのままに脳天目掛けて斬り払いを……、

 

「――ああ、そこだね」

 

 突如閃いたサクヤの大太刀、その切っ先に弾かれ、俺の曲刀は宙を掻く。

 

 カウンターが来ると予想した俺は、《音速舞踏》からの強襲斬撃を弾かれた衝撃をかなぐり捨てて再び飛翔。ユージーンにやったように、背後、正面、左脇、また正面と連続で高速移動し、刀身を叩きつけるようにして斬撃を放った。

 

 しかし、そのどれもが寸でのところで大太刀に阻まれ、サクヤの体表を掠める程度にしかならない。足どころか腕すら動かさない、肘から下の最低限の動きと手首の捻りで太刀が瞬時に閃き、俺の太刀筋に重ねられていく。オマケにほぼ全部ノールックだ。こいつ、次はどんな魔法を使って――、

 

「――違うよ」

 

 心を見透かしたようなサクヤの視線。それに一瞬だけ気を取られそうになり、連撃を中断。《音速舞踏》で後退し、追撃に備えた。

 

 しかし、サクヤは大太刀を中段に構えたまま、自然体をキープして動かない。傍からは棒立ちにしか見えないが、それとは裏腹に隙がなく、張りつめたような空気を漂わせている。

 

「君の考えていることは分かるよ、一護君。そして、理解もできる。リーチで勝る分取り回しの速度で劣るはずの私の大太刀で、君の高速連撃全てに応じたんだ。先ほどの【鏡喚】のことを踏まえれば、これも何らかの魔法アシストがあるとする推測は妥当だ。立場が逆なら、私でもそう思う。

 しかし、これはれっきとした技術だ。伝統古武術の技、それに加えて君の戦闘パターンにある程度慣れてきた今であれば、私の得意な先読みを合わせることで君の斬撃を目で追いきれなくても予測で迎撃できる。攻撃魔法を組み合わせれば逆撃を見舞うことだって可能だ」

 

 悠々とした、けど引き絞られた矢弓みたいな緊迫感のある構え。それを維持しながら、シルフの長は凛とした鈴のような声で言葉を紡ぎ、

 

「言っただろう? そう易々と連勝を許すほど、領主は甘くないんだよ」

 

 デュエル前に浮かべていた、挑発的な笑顔を俺に向けた。

 

 確かに、コイツはやりづらい。

 

 飛び道具で牽制し、身体よりも頭を使い、先を読んでカウンターを狙う。待ちの一手に特化した、今までいなかった戦い方だ。ガツガツした真っ向からの斬り合いばっかだった俺には新鮮で、だからこそ思うようにいかねえ。

 

 ――でも、だからこそ、燃える(・・・)

 

 なんつーか、久々に斬り甲斐があるっつーか、「もしこんな奴と戦ったら」なんて考えもしなかった相手と戦える愉しみっつーか、そんな感じがする。

 なにを剣八みてえなコト言ってんだと自分でツッコみたくなっちまうけど、そう思っちまうんだから仕方ない。あるいは、これがアイツの言っていた「闘争本能」なのかもしんねーな。

 

 加熱する心身を抑え込みながら、曲刀を構え直す。

 とりあえず、あのカウンターの構えをブチ破る策は、一つだけ思いついている。さっきのユージーン戦じゃ使うに使えなかったが、サクヤ相手なら効くはずのとっておきだ。回数に制限があるのが難だが、相手が一人の今ならこれで十分に足りるだろ。

 

 だが、問題は火力だ。

 あの構えを突破するには、どうしてもパリイを押し切れるだけの威力が必要になる。今の俺の最大火力は《音速舞踏》からの突進攻撃だが、それはもう既に防がれている。勝つにはこっからもう一段階、威力を上昇させたい。

 

 魔法はからっきしだ。

 

 アイテムも封印されてる。

 

 それでも火力を引き上げる方法……そういやさっき、何か言ってたな。エラソーに、上空から見下ろしながら、真骨頂がどうとか……。

 

 あ。

 

 あった。あったじゃねえか。

 

 一発で火力を上げる方法!

 

 試したことは一度もねえけど、そんなのは今更だ。《音速舞踏》も実戦で身に付けたことだし、もう一つぐらい勢いで習得できんだろ。

 

 そうと決まれば即実行。

 羽根を鋭角に折りたたんで後方に伸ばし、重心を低く落として、刀を振りかぶる。

 

 あとは一撃、叩き込むだけだ。

 

「……しっかしコレ、なんで名称とか能力がよりにもよってアイツと被ってんだ? 実際に使ってるとこを見たこと一度もねえから、参照元っつーか、出処は俺の記憶じゃねえんだろうけど……まあ、今はどうでもいいか。

 

 とりあえず、ちっと銘を借りるぜ……親父(・・)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Sakuya>

 

 さあ、どう出る。

 

 どう動いてくる。

 

 距離を取った一護君の出方を伺いながら、私は精神を高ぶらせていた。この数分の攻防で、彼は全くの無傷。私は先ほどの連続高速移動時に削ぎきれなかったダメージ分HPが減り、残り九割弱。客観的に考えればまだまだ互角、もしくはやや私が押され気味、と見るべきだろう。

 

 しかし内容は、私が一護君の攻撃の(ことごと)くに応じ、反撃を返している。動きに慣れてきたことで先読みも可能になり、対する一護君は満足のいく動きが出来ていないように見える。戦いの流れは私に傾いていると言っていい状態になっていた。

 過去にも数度、このような状況になったが、全てそのまま流れに乗って押し勝ってきた。破られたことのない、不可侵の勝利パターンと言ってもいい。

 

 古武術の構と【鏡喚】による牽制のコンボは、私の中で最強と言ってもいい防御姿勢だ。

 

 私の振るう大太刀の刃渡りは四尺、つまり百二十センチ。手首を軸にしてほんの四分の一回転させれば、切っ先が一瞬にしてニメートル近い長さの弧を描く。特殊効果である【軽量化】により、振るうスピードは短刀とタメを張る。ここに私の習う古武術の基本である「最低限の動きで最大限の効果」を組み合わせることで一護君の高速移動についていけるだけの瞬間的速度を叩き出している。現実で師範代を務めている古武術道場で習った技を基にしているため、自分で言うのもなんだが、完成度はかなり高い。

 

 さらに、【鏡喚】の牽制が予想以上に長く効いている。実はあの鏡像、反則的な出現速度を持つ反面、威力が著しく低いのだ。一護君相手であれば、おそらくHPを数ドットしか削れない。故に、触れられてしまうとお終いなのだが、強いプレイヤーであればあるほど、神出鬼没の刃を警戒し、回避や迎撃に意識を割く。相手が一護君のような強者が相手であるからこそ、使えている牽制術なのだ。《音速舞踏》の速度から考えて、使用できる魔法の規模は長くても初級の三ワードが限界である今、策の成就はこの術に依るところが大きい。

 

 ……けれど、これだけ策を弄しても、一護君はそれでも私を越えに来る気がする。あのユージーン将軍を神速絶技で打倒した彼なら、それを上回る切り札を出してくる気がする。決して油断はできない。

 

 構えを緩めず相手の出方を待っていると、不意に一護君が大きく重心を下げた。羽根は後ろへ大きく引き伸ばされ、曲刀を持つ腕は引き絞るようにして後ろに振り被られている。

 

 この構えは、先ほどまでとは違う。空気を叩くためにめい一杯に羽根を広げる《音速舞踏》とは真逆、鋭角に折りたたまれた羽根は前方への強力な突撃を意味する。

 

 サラマンダーの真骨頂である、それは、

 

「重突進の構え……成る程、力で真正面から来るつもりか」

 

 その判断は大いに正しい。私のこの構えは防御型、正確には受け流しに特化した構えだ。最低限の動きで相手の攻撃をそらすことに全神経を注ぐため、足の動きを完全に殺している。そこに高火力の斬撃を叩き込めば、避けることも受けきることもできず、押し切られてしまうだろう。

 

 だが、それでは足りない。構えは崩せても、私の【鏡喚】によるカウンターが当たることを防げないためだ。一護君はあの魔法に威力があると錯覚(・・)している。その状態の彼が高火力攻撃後の隙を突かれることぐらい、考えつかないはずが――、

 

「いくぜサクヤ。その構え……全力で叩き潰してやる!!」

 

 

 次の瞬間、宣言と共に彼の刀身が燃えた(・・・)

 

 

 吹き出す火焔の勢いはみるみる激しくなり、刀身どころか剣全体、いや、最早一護君の腕を飲み込むほどに巨大化していく。彼の周囲には火の粉が舞い散り、まるで彼自身が燃えているような錯覚すら起こす。

 

 おそらく何らかの強化魔法、あるいは戦闘補助魔法だろうが……しかし、一体どうやって。詠唱している様子はなかったし、そもそも純戦士の彼に魔法の補助はないはず……いや、待て!

 

 ある。

 

 純戦士の彼にも行使できる、唯一の魔法が!!

 

「――しまった!!」

 

 そこまで来てようやく、私は自分の計算からあるものが抜け落ちていることに気付いた。一護君の身体能力にばかり注意がいっていたため意識が回らなかったが、本来の対純戦士戦であれば真っ先に警戒すべき事。

 

 下手をすれば一瞬で形成をひっくり返される要因にすらなり得る、その魔法は

 

「曲刀《アイン・オルガ》の特殊効果魔法か!!」

 

 迂闊だった。あの剣の要求スキル値は八百五十。エンシェント級には及ばないものの、十分レア武器の範疇に入る。そんな武器に特殊能力が宿っていないはずがないのだ。己の浅慮に、隠すことなく歯噛みする。

 

 一護君は曲刀を振り被ったまま、今まさに突進してこようとしている。対抗するために簡易防御魔法を展開しようと素早く詠唱体勢に入るが、

 

「おおおおオオオオォッ!!」

 

 一護君の動き出しの方が早い。《音速舞踏》には劣るものの怒涛の勢いで突撃。限界まで振りかぶった曲刀を目にもとまらぬ速さで振り抜いた、次の瞬間。

 

 

「――燃えろ、《剡月》!!」

 

 

 斬撃に炎が燃え移り、巨大化して私に迫ってきた。

 

 太刀筋そのものが燃焼したようなそれは、正に巨大な火の三日月。慌てて剣を立ててガードしたが、重突進の破壊力が合わさった広範囲斬撃を受けきれるはずもなく、

 

「ぐあああああぁぁっ!!」

 

 一撃で舞台の端まで吹っ飛ばされた。

 

 元々メイジ型魔法剣士である私の数値パラメータは高くない。見に付けている武装もユージーン将軍のものと比べれば数段格が落ちる。故に、その将軍を負かした武器の最大火力が防げるはずもなく、一気にHPの四割が消し飛んだ。

 

 即座に跳ね起きるが、一護君はもう既に第二撃の構えに入っている。連発できるということはインターバルはないタイプ。おそらくMPを削るか回数制限があるかのどちらかなのだろうが、どっちだろうと連続で食らうのはマズイ。

 

「――【追撃十刃(フォロー・デケム・ラミナ)】!」

 

 最大弾数の【追撃刃】を射出。シングルホーミングとはいえ弾数が多い。手傷までは期待しないが、数秒足止めすることは出来るはず。

 

 だが、勢いに乗った彼は止まらなかった。瞬時に構えを解いて羽根を広げ、《音速舞踏》で大きく横に回避。直後にはもう重突進の構に戻り、再びの突撃を仕掛けてきた。さらに《剡月》を発動。轟々と音を立てる剣を掲げ、猛然と迫ってくる。

 

「《音速舞踏》から重突進への高速シフト! やはり器用だな、君は!!」

「ホメてもなんも出ねえっつの!!」

 

 軽口を叩きつつ、私は腰に差した扇子を左手で引き抜き、広げた状態で振り抜いた。と、ユージーン将軍の防具の特殊効果に似た半球状の風の壁が出現し、一護君の燃え盛る斬撃と衝突した。一試合に一度きりのとっておきだが、ここで連撃を受けたら確実に負ける。

 

 激突の衝撃で爆風が巻き起こり、またその場から吹っ飛ばされた。咄嗟に太刀を地面に突き立てて勢いを殺すが、余波だけでさらに二割のHPを持って行かれた。次に直撃すれば、もう命はない。

 

 ただ二撃食らっただけで、一気に流れを相手に取られた。悔しいを通り越して、もう賞賛したいくらいの逆転劇。敵ながら、見事、見事と褒め称えたくなってしまう。

 しかし、私はここで負けるわけにはいかない。世界樹攻略のため、領主としての立場のため。そしてなにより、戦う一人の剣士の誇りにかけて、ここで諦めるわけにはいかないんだ!

 

 私はサクヤ。シルフ族の領主であり、シルフにその人ありと謳われた剣と魔法の使い手。

 

 例えどんな手を使ってでも、最後の一瞬まで勝利を望む。

 

 故に、

 

「――【鏡咬千刃花(ミリア・スペクラム・ラミナ)】!!」

 

 最強最多の魔法を叩き込む!

 

 私が突き出した手に従い、桃色に輝く刃の破片が無数に出現した。

 

 元々は初級魔法の【追撃十刃】だが、【鏡喚】による鏡像複製を魔法に挟み込むことで刃の数を何十倍にも増加させている。領主であるが故に開発し得たこの魔法は、一度に無数の刃片を射出することが出来る、おそらくALOで最大の手数を誇る魔法だ。

 

 元の白色からのカスタムで桃色に染まった刃の群れは、正に桜吹雪そのもの。触れた者を斬り刻み死に追いやる。高貴なる斬殺の雨。反則級の手数故に自ら封印していた、正真正銘最後の切り札。

 

 しかしその刃の軍勢を目にして尚、一護君は自信を失わなかった。こちらを真っ直ぐに見据えたまま、曲刀をゆっくりと振りかぶる。

 

 その強さが恐ろしくて、悔しくて、けれどどこか嬉しくもあって。

 

 だから、私は、

 

「――刃の吭に、呑まれて消えろ!!」

 

 全身の力を込めて、蹂躙を命じた。殺戮色の花吹雪が金切声をあげ、一護君に全包囲から殺到する。

 

 けれどその時、私は確かに聞いた。

 

「わりいな、サクヤ。それじゃ俺には届かねえよ。なんせ俺の知ってる桜の刃は――」

 

 はっきりとした、低く、強い声を。

 

 その残響が消えないうちに、

 

「――その千倍強かったんだからな!!」

 

 ギャギギギギギギンッ!! という金属音が耳を(つんざ)き、彼の持つ真紅の刃が幾度も宙に閃く。

 

 そして、目の前にあった刃の軍勢は、

 

「馬鹿な……刃の全てを、叩き落とした(・・・・・・)だと!?」

 

 その全部が一瞬で撃墜された。

 

 呆然とする私の前で、散って地面に落ちた刃たちが雪のように消えていく。その最後の一片が消えたと当時に、一護君の姿が正面から消えて、

 

「奇跡は一度、だったよな――」

 

 次の瞬間、背後から声がした。

 

 身を翻して振り返ったものの、もう彼は曲刀を突き込む直前の体勢で、

 

「――じゃあ二度目はなんだ」

 

 そのまま私は一瞬にして、彼の刃に胸を刺し貫かれた。

 

 急減少していくHPを他人事のように見やりながら、私は抗うことをしなかった。

 システムの摂理に従い、身体が端から燃え崩れていくのが感じられたが、不思議と悪いものではなかった。全力を出し切り、自身の最強の魔法の封を解いてまで負けたのだ。悔恨の念など、あるはずもない。

 

 目を閉じ消えるに身を任せる。

 

 刃に身を任せた死は、完敗したにも拘わらず、とても気持ちの良いものだった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

vs. サクヤ戦でした。
原作の呪文の出典を調べようとしたのですがネットでは掠りもしなかったので、仕方なくラテン語翻訳をグーグル先生にお願いして作成しました。ちなみに魔法のカタカナは詠唱ワードですが、漢字の方はただの当て字です。魔法の効力にはびた一文も影響しません。

《剡月》をユージーン相手に使わなかったのは、将軍の範囲攻撃魔法に射程で負けているためです。あと、攻撃範囲は拡大しますが威力の上昇幅は大きくないため、腕力に優れた将軍相手には向かないと判断しております。魔法を使う紙装甲のサクヤには効果抜群ですので、一切の躊躇なくぶっ放しました。

次回からやっと一護視点に戻ります。
というか、一章はこのまま一護視点で押し通します。四話の時点で一護視点が字数的に約三分の一しかないとか……サクヤさん視点を増やし過ぎた感がありますね。反省致します。

次話投稿は九月十三日の午前十時を予定しております。

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