Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

38 / 54
お読みいただきありがとうございます。

三十二話です。
前半は一護視点で、後半はアスナ視点(今度こそ)です。

宜しくお願い致します。


Episode 32. Under the Imitation Sun

 朽木ルキア。

 

 アバターネーム《ルキア/Lucia》。

 種族《シルフ》。

 

 

 茶渡泰虎。

 

 アバターネーム《チャド/Chad》。

 種族《ノーム》。

 

 

 この二人がALOのシステムに慣れるのに昨日、二月十五日の午後一杯かかっちまった。

 

 チャドはともかくとして、機械音痴のルキアにVRのシステムを教えるのがすげー大変だった。横文字が通じねえし、現世のゲーム事情なんざ一ミリも知りやしねー。ローマ字入力すら無理ときた。

 しょーじきな話、ログインすんのに三十分以上経過した時点で「やっぱ人選ミスったか」とちょっと思っちまった。何やかんやでどうにか馴染んだから、結果オーライだったけどよ。

 

 

 昨日の朝メシ後。

 

 リーナの提案でALO行きが確定した俺は、せっかくだし空座町の知り合いも連れてってみるかと思いついた。特に、ゲームをやったことがない死神を一人は連れていきたいと考え(それで散々苦労してりゃ世話ねーが)、とりあえずルキアと恋次、それに石田とチャド、最後に経験者枠で詩乃を誘ってみた。ALOのパーティは七人制らしいし、俺とリーナを合わせたらジャストになると考えてのメンツだ。

 

 だが、石田は先月まで滞在してたドイツ留学のレポートで忙しくてムリ。

 詩乃は浦原さん家の地下勉強部屋で恋次……と遊び半分の乱菊さんに戦闘の稽古を付けてもらってるらしく、この二人もバツ。

 で、ヒマしてたチャドと朝の定期巡回から帰ってきたルキアに声かけて、四人でALOに向かうことになった。当然、アカウントどころかアミュスフィアさえ持ってない。

 

 だからここで浦原さんの「貸し」をチャラにすることを条件にして、ムチャぶりをふっかけた。

 

 要求内容は二つ。

 一、二人分のアミュスフィアを用意すること。

 二、ネットオークションで売られてる無数の「ザ・シード連結体内コンバート有効アバター」から、ハイレベルアバターを二人分探し出して即決で買うこと。

 

 ネット上でネトゲで使ってたアカウントのデータを取引してるらしいことをリーナから聞いて、ルキアとチャドの戦闘スタイルに合いそうなパラメータを持ってるヤツをソートかけて探し出した。

 二つ合わせるとけっこうバカになんねえ経費のハズだ。帽子の下の顔が引きつってたしな。けどまあ、人の肖像権侵害しまくってた罰としちゃ、妥当なトコだろう。ちゃんと用意してくれたし、とりあえずはこれで良しだ。モチロン、再販なんてしたらまたふっかけるが。

 

 

 そんな流れで入手したアバターでログインした二人と、白いネコミミ生やしたリーナ、そんで俺の四人でALO入りして、エギルの店で装備回収。卍解の衣装を取り戻して(ルキアには相当ツッコまれたがスルーした)から、基本的なシステムをリーナと二人がかりで伝授しつつ戦闘に慣れるのに六時間を費やした。

 

 俺自身も覚えとかなきゃなんねえコトがあった。

 知らない間にアップデートが来たとかで、武器解放システム……っつーかモロ斬魄刀システムと、和式詠唱……鬼道みたいなモンが追加されてたからだ。おいキリト、記憶実現のシステムは消されたンじゃねーのかコラ。嘘か、嘘だったのかよアレ。それとも茅場か、AIになってる図太いあのヤローの仕業か。

 

 ……まあ、そんなワケねーな。多分。

 

 とりあえず、武器解放の出処は十中八九俺の記憶だろう。どーせ消去前に映像化された記憶を運営サイドに見られてたとか、そんなオチな気がする。

 

 逆に、鬼道の方は俺の記憶を基にはしてねえはずだ。

 詠唱も効果も全然感じが違うし、何より俺自身が鬼道の詠唱の言霊なんざ一つも覚ちゃいない。そもそも詠唱聞いたことがあるのなんか、藍染の『黒棺』と浦原さんの『千手皎天汰炮』くらいしかないハズだ。ドッチもクソ長かったし、一ワードたりとも記憶に残ってねえ。

 

 

 ンな感じで新システムについてアレコレ考えたり、無表情のネコミミリーナをルキアが愛でたり、羽根の生えたチャドが予想以上にシュールだったりと、バタバタやってる間に一日が終わっちまった。

 

 次の日が土曜ってこともあり、「ンじゃ明日の朝から試しにフィールドに出てみるか」ってことで昨日は解散。そんで今日、つまり二月十六日の午前九時からALOの上空に浮遊する忌々しいアインクラッド二十九層に集合。現在は迷宮区へと続くフィールドダンジョン内のメインの道を絶賛ダッシュ中だった。

 ……なんで走ってンのか? 二十九層レベルのモンスターが物足んねえからって、リーナが情報屋で買ってきたモンスターハウスの座標まで急行するハメになったからだ。

 

「――しかし、ここは虚夜宮によく似ておる。あそこはここ程建造物が密集してはなかったが、この砂や建物の白さと空の青さは、天蓋の下を彷彿とさせる」

 

 数年前、俺がSAO内で初めて来たときに思ったのと同じことをルキアが呟いた。

 

 黒ローブの下にシンプルな白い着流しを着込み、腰には純白の日本刀《凛刀アヤメ》を帯びている。魔法の支援効果があるとかで、それを活かすべくすでに持ってたナゾ言語の詠唱魔法をスロットから消去する代わりにいくつかの和式詠唱魔法を習得してた。

 

「……ム、そうだな。あまりいい思い出じゃあないが」

 

 ルキアの言葉に、チャドが同意を返す。

 

 黒ローブから覗く身体は現実同様の筋肉モリモリマッチョマンのそれで、服装はシンプルなアーミー調のボトムスとゴツいブーツ、トップスは身体にフィットするタイプのロンTで、武器の代わりに特殊効果付きのレア手甲を装備してる。元が筋力寄りのアバターだし、徒手格闘でも充分戦えるみたいだ。

 

「なに、二人とも。スペインかイタリア観光にでも行ったことがあるの?」

「……うむ、そんなところだ。茶渡の言う通り、あまり良い思い出は出来なかったがな」

「ルキア、リアルネーム……じゃなかった、現実世界の名前で呼ぶの禁止」

「お、すまんな。ついうっかり……む、待てリーナ。なら私と一護はどうなるのだ」

「知らない。自分の名前をそのまんま付けたのが悪い」

 

 にべもなく言い返したリーナは相変わらずの無表情だったが、見た目はSAO時代と大きく様変わりしていた。

 

 膝上まである藍色のケープコートを身に纏い、防具はシルバーのガントレットと胸当てだけの軽装。下は膝上丈のスカートとニーソックス、細身のブーツだ。腰には短剣《デモンズミラー》を装備してる。

 何より変わったのが、その下あたりから伸びる白い尻尾と頭の上でぴこぴこしてるネコミミだ。俺に会うなり振り向いた格好で「かわいい? 萌える?」とか聞いてきたが、返事の代わりにゆらゆら揺れてる尻尾を掴んでやったら素っ頓狂な声を上げて真っ赤になってた。どうも「ヘンな感じがするからイヤ」らしい。

 

「……一護」

 

 先頭を走る俺に追いついてきたチャドが話しかけてきた。俺より頭一つ分大きい図体を見上げると、現実とよく似た黒眼が俺を見ていた。

 

「……お前は二年以上、この世界で戦ってきたんだな」

「まあな。おかげで三浪だ、いいメイワクったらねえよ」

「だが、その割には感慨深そうな表情をしているぞ」

「気のせいだろ」

「……そうか」

 

 そう言ってチャドはフッと笑う。そうとも、気のせいだ。ALOならともかく、この忌々しい鉄の城そのものに良い感情なんざ一かけらも持ってねえ。

 

「リーナ、この先はどっちに進みゃいい」

「そこの突き当りを右、そのまま百メートル進んだ左の小部屋が目的地。この辺りは《隠蔽》スキルだけじゃなくて《索敵》スキルも効きにくいから、曲がり角の敵に注意――」

 

 リーナの言葉を聞きつつT字路に到達。減速することなく直角に曲がろうとして――、

 

 

 ――真左からすっ飛んでくる黒い影が目に入った。

 

 

 脊髄反射でしゃがんだ俺の上すれすれを鋭いナニカ――おそらく武器が通過。俺は天鎖斬月を振り上げ、間髪入れずにカウンターを敢行する。が、影は武器を引き戻しつつ素早く身を翻し、俺の斬り上げを回避。続けざまに刺突の連打を放ってきた。

 

「チッ! コイツ……!」

 

 悪態を吐く俺だったが、余裕は微塵もなかった。

 

 次々に突き込まれる連続の突き技、その速度が異常に速かった。久々のVRってのを差っ引いてもキツい。一歩間違えれば直撃を被りそうな鋭さのそれを何とか無傷で躱しきり、その間隙、一拍空いたスキを突いて返しの斬撃を放つ。

 

 今度も難なく防がれたが、今度は単発じゃ終わらせねえ。続けて袈裟の一閃、躱したところに上段刺突、首を捻って体勢がわずかに傾いた瞬間に回し蹴りを叩き込んだ。

 

 影は俺の蹴りをガードした衝撃を利用して大きく飛び退り、攻防で乱れた体勢を整えた。それに合わせてこっちも刀を構え、意識を研ぎ澄ます。

 あの連撃速度、おそらく二刀のキリトと同等かヘタすりゃそれ以上だ。同じ刺突メインの戦い方をする知り合いにアスナがいるが、アイツよりも速いように感じる。体捌きの鋭さやコッチの攻撃に対する反応の敏感さもヤバい。ナメてかかったら確実に負ける。油断禁物、次は必ず斬るつもりで間合いを詰めてやる。

 

 俺の右横にリーナが、左横にチャドが並びそれぞれ構えをとる。後ろでルキアが魔法の発動体勢に入ったのが分かった。相手は相当な手練れだ。複数対一でも卑怯とか言ってらんねえ。

 

「……奥から増援が来る! 全員注意!」

 

 そうリーナが警告すると同時に何人もの黒ローブを纏った集団が出現、最初の襲撃者の後ろについた。数は全員で七。ワンパーティーでこんなトコにいるってことは、プレイヤーキル専門の連中かなんかか。

 数じゃ負けてるが、コッチは死神二人に超人一人、そんでSAO最強の短剣使いだ。人数面の不利を押し返せるメンツが揃ってる。PKの集まり七人ポッチに、そう易々と負けてたまっかよ――。

 

 

「――ユウキ、大丈夫!? って……あれ? リーナ?」

 

 

 なんか聞き覚えのある女の声が響いた。

 

 出処は七人集団の後方、後衛っぽい位置にいるヤツだった。魔法の杖的なアイテムなのか、細っこい木の枝を片手に握っている。リーナの名を呼んだっつーことはコイツの知り合いなんだろうが……。

 

「……なんだ、誰かと思ったら……一護、武器を下ろして。私たちの古馴染み」

「あ? 俺らの、ってことはコイツSAO組かよ。けどいきなり仲間に特攻しかけさせるアホは俺の知り合いにはいねえ……」

 

 言いかけ、俺はその後衛の女の顔を見て言葉を切った。

 

 フードで良く見えてなかったが、注視したその先にあったのは仮想でも現実でもけっこう良くみてるアイツの顔にソックリだった。髪色がキッツい水色になってるトコを除けば、SAO時代となんも変わってない。そういえばさっき響いた声もそのまんまだった。

 

「ありがとリーナ、それに一護も来てたんだ……えっと、とりあえず、いきなり襲撃しちゃってごめんなさい。私も皆も、悪気があって襲ったわけじゃないの。久しぶりの再会がこんな形になるなんて思ってなかったけど、まずは説明させてくれるかな」

 

 

 そう言って、結城明日菜ことアスナは、フードの下の顔を苦笑の形に綻ばせた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Asuna>

 

『ボス攻略専門ギルドが二十九層のフロアボス討伐に向かった』

 

 ユウキたちスリーピング・ナイツの元にその情報が届いたのは、迷宮区に向けて出発する予定時刻の五分前のことだった。

 

 アルゴに二十九層のボスに関連する情報があったら連絡してくれるように頼んでおいたのだが、彼女の報告によれば、二十七、八層で私たちにボスをかっさらわれた連中が仕返しに燃えているようで、SAO生還者と思われるプレイヤーを仲間に引き入れて高速攻略に乗り出したらしい。行軍速度を重視したため人数は三十人に満たない程度。しかし精鋭ぞろいの可能性が高い、とのこと。

 

 知らせを受けた私たちは「道中で遭遇したら躊躇なく襲撃して出し抜くこと」を決めて、そのまま迷宮区目指して突撃。序盤はモンスターか一般プレイヤーかを一瞬止まって判断するようにしていたのだが、いくら走っても前を行くはずの集団に追いつけず、焦りが生まれていたところで彼らにエンカウントしてしまった。

 目の前にいきなり現れた人影に驚き、ユウキが加減なしほぼ不意打ちで放った刺突を弾かれた時は「これが例のSAO生還者か」と思い、同時にその技量に驚愕した。常人では絶対に避けられない速さとタイミングだったのに相手は伏せて回避し、そのまま接近戦に応じて見せた。この人一人に対し自分たち七人がかりで押し切らないと、ボスまで体力を温存するのは困難かもしれないとさえ思った。

 

 ……けど、蓋を開けてみればそれは半分だけの正解だった。同じ生還者でも、彼はギルドに属さずただ一人の相方と共にあの鉄の城をかけた《死神代行》。

 

 一護。

 

 キリトくんでさえ「正面から真っ当に戦ったら多分勝てない」と言い、団長や須郷にも打ち勝った人。私の知る限り、ユウキと双璧を成す「最強」のプレイヤー。

 

 その一護たちと合流した私たちがまず行ったのは誠心誠意の謝罪だった。

 

 やったことは昔自分が散々忌避した無差別PK集団のそれと変わらない。相手が一護だったから良かったものの、常人だったら確実に首が飛んでいる。いくらALOがPKを承認しているとは言ってもマナー違反甚だしい行為だったことには変わりないわけで、

 

「ほんっとにごめんね。他の人たちよりも早くボス部屋に辿り着かなきゃってことだけで頭が一杯になってて、つい、うっかり……」

「ついうっかり、で殺されかけたのかよ。オメーの腕だとシャレになんねーぞ、それ」

「うぅっ、ごめんなさい、一護……なにかお詫びの印とか、あげた方がいいよね。ボク、戦闘以外のスキルってあんまり高くないんだけど、一護が望むなら渡せるものは喜んで渡すし、出来る限りのことはするから……」

「……一護。いたいけな少女相手に昼間っから十八禁展開に持ち込むのはだめ」

「そっち系に思考回路が直結してるオメーの方が千倍ダメだろリーナ!」

 

 ……みたいな会話の末に「貸し一つ」でひとまず納め、その上で改めて事情を説明し、暫定で同盟を結んでボスの部屋まで駆け抜けることにした。

 

 ちょっと話しているうちに判明したのだけれど、一護といつも一緒のリーナの他にいたのが茶渡さん……アバター名チャドさんだとは思わなかった。現実世界の碑の前で会って以来だったが、向こうと同じ筋骨隆々の巨躯に優しい色の瞳は忘れようもなかった。

 しかも残るもう一人が年末にたまたま西東京で会った朽木さん……アバター名ルキアだったのにお互いが気づいた時は、世間はこんなにも狭いのかと驚愕した。こんな近場で繋がってるだなんて、全く以って思わなかった。

 

 

 その繋がりのド真ん中にいる黒衣の死神さんは、私のすぐ前を走っている。アジリティとステ振り傾向の関係で、彼の横を走っているのはリーナとユウキ。その後ろに私とルキアとチャドさん、スリーピング・ナイツの面々が続く陣形を作っている。

 迷宮区内は「偽の太陽」の影響がないため、黒ローブは取っ払っており、だいぶ開けた視界の中を可能な限りの最高速で走り抜けていく。

 

「――やー、けどさっきはビックリした! 一護ってスゴいねー、初対面でボクのド至近距離攻撃を、しかも真正面から躱しきられたのなんて初めてだよ」

 

 立ち直りの早いユウキの屈託のない笑顔を横目で見下ろしながら、一護は通常運転のしかめっ面で応える。

 

「そっちの剣速も相当じゃねーか。何だよアレ、武器解放ってヤツか?」

「ううん、ボクの武器の能力はまた別。人前で使ったことなんて、二回くらいしかないけどね。一護の方こそ、あれって武器解放の恩恵?」

「ちげーよ、デフォでアレだ。オメーと違って人前で使いまくってるけどな、能力」

「噂に違わない絶剣の神速……間近で見たのは初めてだったけど、やっぱり変態的に速い。同じ神速変態仲間で気が合うんじゃない? 一護」

「その言い方、さては詩乃から聞き出しやがったな……つか、さらっとケンカ売るんじゃねーよテメーは。尻尾掴んでその辺に放り捨てるぞ」

「……へ、ヘンタイなのかな。ボクたち」

「ンなわけあるかよ。心配すんな、食い物以外でコイツの言う事は大体誇張塗れだ。話半分に聞いてやりゃ十分だろ」

「むぅ、いけず」

「シカトしねえだけありがたいと思っとけ」

 

 益体もないことを話しつつ、三人の目端は常に通路の両端に走らされている。あれで警戒を怠っていないのだから、器用だなあと感心してしまう。

 

「あの、ご迷惑をおかけしてすみません。私たちのわがままに付き合わせてしまう形になってしまって」

「……ム、問題ない」

「そうよシウネー。ここにいる四人は四人とも優しい人だし、誰も迷惑だなんて思ってないわよ、きっと」

「いえ、けれど先頭を走っている彼は中々不機嫌そうにしてますし……」

「構うな。彼奴は元からああなのだ。本当に機嫌が悪化すれば平素からの口調の荒さがもっと酷くなるはず。あの面構えは奴なりの真剣な面だ。放っておけばいい」

「な、なるほど」

「ねーねーアスナさん。あのオレンジ髪の人さ、コートに袴に足袋草履っていうすっごいヘンなカッコしてんのね。アレ、彼の趣味?」

「の、ノリ! 一護に聞こえちゃうってば……まあ、確かにちょっと傾いた服装してるけども……私もよくは知らないけど、あれはシュミっていうか、一護の定番スタイル……みたいなイメージ?」

「ふーん。そんなナリでユウキとカチ合える強さとか、ほんと変わった奴なんだなー」

 

 後方支援職ということで陣形の中央に位置するスリーピング・ナイツ唯一のメイジ・シウネーと、その護衛に就いているスタッフ使いのノリを交えてそんな会話をしていた時、前方に集団が見えてきた。まだボス部屋までは距離があるはず。私たちが追っていることに気づいてここで迎え撃つきだろうか。

 

 遠目に見て人数は三十人に行かない程度。配分は前衛後衛で二対一と見える。キリトくんとクラインさんが二人がかりで五十人を抑えたときよりはマシかなと思うけど、それでもやはりキツい。

 

 と、疾走を止めない一護の横からリーナがスッと下がり、私の横に並んできた。

 

「……一応訊くけどアスナ、交渉の余地は?」

「ないでしょうね。この前の戦闘であの人たちの面子丸々潰しちゃったし。それに……」

 

 一度言葉を切り、視線を前に移す。そこには武器を構える前衛・中衛陣、そして杖を振りかざす後衛陣の姿があった。完全な戦闘準備。

 

「見て。もう後衛のメイジ隊が攻撃魔法の詠唱体勢に入ってる。まずは魔術の雨を掻い潜りつつ戦線を突き破って後衛にダメージを与えないと……」

「……あの杖を持っている奴らを倒せばよいのだな?」

「る、ルキア? う、うん、そうなんだけど……」

「よし……一護、連中の前列を斬れるか?」

「ッたり前じゃねーか。ユウキ、ちょっと退()いてろ」

「へ……ぅひゃあっ!?」

 

 ユウキの首根っこをむんずと掴んだ一護はそのままポイッと彼女を脇に放り、入れ違いで進み出たチャドさんと肩を並べる。一度視線を躱し、ニィッと不敵な笑みを交わした後、

 

「――先手必勝。行くぜチャド!」

「……ム!」

 

 疾走をさらに加速させつつ、一護は黒い日本刀を、チャドさんは右の拳を振り上げる。さらに私の横ではルキアが純白の日本刀を抜き放ち、左手を前に突き出し詠唱体勢に入る。

 

 まさか、この人たちっ……!

 

「月牙――天衝!!」

「……カノン・ブロウ!!」

 

 予想的中。直前の打ち合わせほとんど抜きでおっ始めてしまった。

 

 初っ端に最大火力を叩きつけるべく、一護が放った黒い三日月型の巨大な斬撃と、チャドさんの打ち出した拳型の青白いエネルギー塊。それらが敵戦列中央に直撃し、凄まじい爆音を轟かせる。次いで襲い来る爆風に、私やユウキたちは思わず顔を覆ってしまう。

 

 そんな馬鹿デカい初撃を成功させた二人が左右に避けたスペースに進み出たルキアが、低く凛とした声で詠唱を開始する。

 

 

『裂ける哀惜(あいせき) 焼ける小人

 

 (まき)(ふね)灯火() (かばね)を焦がす

 

 ――炎詩(えんし)参章(さんしょう)昇華葬(しょうかそう)》!」

 

 つい最近追加されたばかりの日本語詠唱魔法。

 

 全十章中三章、中級やや下に位置する広範囲火炎系魔法が発動し、飛んで行った火球が一護たちの攻撃で抉れた戦線を貫き敵後列に着弾、戦列の後ろ半分を炎上させた。これで魔法詠唱は失敗(ファンブル)したか。

 

「……てめえら、調子に乗ンなよっ!!」

 

 いきなりの攻撃に怯んだかと思いきや、戦列の中から一人の騎士装備のプレイヤーが飛び出してくる。身のこなしからして彼も手練れ、私の記憶が正しければ、この合同ギルドの頭領を務めている男だ。

 さらに、比較的立ち直りが早い前衛職の面々も体勢を立て直しつつある。ここから先は乱戦になる、そう覚悟し、滾る剣士の血を押さえながら回復役として全員のHPを見渡していると……、

 

「出て来やがったな……ルキア、でけェの一発いけるか?」

「十秒抑えろ、そうすれば詠唱しきれる」

「分かった。ンじゃリーナ! チャド! 二十秒でいい、周りの連中を抑えてくれ!!」

「了解」

「……ム、わかった」

 

 短剣を抜き放ったリーナと拳を構えたチャドさんが左右の敵と対峙する。一護はそのまま刀を振り抜き、騎士装の男と斬り結び――、

 

「――ォオオオオおおお、ラァッ!!」

 

 

 気合と共に足刀一閃。二の太刀を繰り出そうとしていた男の両手剣を根元から()()()()()見せた。

 

 

 攻撃判定が存在しない技の出始めに脆弱部位に強烈な打撃を当てることで武器を壊す。キリトくんの十八番でもあるシステム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》だ。

 団長との戦いの終盤、あの土壇場でも繰り出したあの絶技により、レア物と思われる見事な装飾の両手剣はポリゴン片となって砕け散っていった。

 

「うっ……そぉ……。武器、蹴りであっさり折っちゃった……」

 

 ユウキが絶句するその姿に、ああコレ何だか先月にもあったなあ、と強烈な既視感を覚える。やっぱり彼らの規格外っぷりは凄まじいものだと改めて実感させられた。

 

 一護は容赦なく刀を振り抜き、騎士装の男の胴にゼロ距離の《月牙天衝》を叩き込む。黒い炎にすら見える斬撃が後ろから迫るプレイヤーさえも巻き込みかねない範囲で解き放たれ、男のHPをゴリゴリ減らしていく。

 いかに痛覚が消されているとはいえ、今男の胴体内は凄まじい不快感が席巻しているだろう。碌に反撃することもかなわず、男は後方にふっ飛ばされる。

 

 そして、そこに追い打ちをかけるようにルキアの詠唱が重ねられる。

 

『石の心臓 雄馬(おうま)の如し

 

 岩の雁首 泥濘(どろ)の如し

 

 砥石で彼の額を潰し

 

 迫る鉄槌 ()の如し――』

 

「リーナ! チャド! 後ろに跳べ!!」

 

 一護の叫びに、抑えに回っていた二人が大きく後退する。同時に詠唱が完成したルキアの左手に稲光が宿り、

 

「――雷詩(らいし)陸章(ろくしょう)(てい)(てき)(てん)(てつ)》!!』

 

 術名宣言と共に腕をフルスイング。

 

 敵陣目掛けて紫電の鎚が残光を曳いて飛翔し、騎士装の男に命中。バリバリと大気を引き裂くような苛烈な音と眩いスパークをまき散らし、あっという間にHPをゼロまで削り取ってしまった。

 術のランク的には中の上から上の下だったはずだが、流石に月牙との合わせ技で出されてしまっては一溜りもなかったようだ。完全にオーバーキルな気もするけども。

 

「ふむ、鬼道と端々で似てはいるが、こちらもこちらで中々に使いやすいな……」

「感心してる場合かルキア! とっとと次の魔法唱えろ!」

「そう急くでない。相変わらずせっかちな奴だな、貴様は」

「うるっせえ!! こちとら数で負けてンだ! 俺の月牙もチャドのエネルギー砲も弾数制限がある以上、オメーの魔法が殲滅火力になるに決まってンだろーが!」

「……一護、ルキア、漫才はそこまで。敵さんがわらわらやって来るから、大人しく迎撃する」

 

 リーナのツッコミにより、一護は舌打ち混じりにチャドさんの横に並んで刀を構え、ルキアも次の詠唱準備に入る。リーナは下がりつつ手をかざし既存の古ノルド語による詠唱を開始。一護たちに支援(バフ)をかけようと試みる。

 

 そんな彼らを唖然として見ていた私たちだが、慌てて再起動。このままボケッと見てるわけにもいかない。

 そんな私の思いを感じ取ったように、真っ先にユウキの気配が変わった。戦闘時特有の鋭い雰囲気を纏い、一直線に突貫。黒い流星となって敵陣に衝突し、持ち味の神速刺突を叩き込んで先頭の一人をふっ飛ばして見せた。

 

 すかさずカバーするために敵の剣士が襲い掛かってくるが、ユウキに到達する前にチャドさんの剛腕に阻まれ、逆にガッチリ掴まれてポーンと放られてしまった。

 

 それを掻い潜った剣士も、一護に斬撃を止められつばぜり合いに。そのまま強引に押し切る……と見せかけ、一護は刀を手前にクンッと引き、相手の体勢を崩す。

 

 相手がよろめいたそのスキに一護は逆袈裟で肩口から深々と斬りつける。相手の剣士がさらに大きく前のめりになったところへ、横から突っ込んだユウキの単発重突進刺突技《ヴォーパル・ストライク》が炸裂。男の身体を敵陣後方に届く勢いで突き飛ばした。

 

「ズイブン長い見物だったじゃねーか。そのまま下がっててもいいんだぞ?」

「まーたまた、一護ってば大見得切っちゃって。ボクもやるよ、ここまで来たのはボクたちが言い出したからなんだし、キミたちに任せきりにしないでちゃんと戦わないと!」

「そうかよ。んじゃいっちょ、共同戦線といくか」

「……ム、そうだな」

 

 一護、チャドさん、ユウキ。

 

 最前衛の三人が肩を並べて敵をけん制する。さらにそこにスリーピング・ナイツから大剣使いのジュンと盾メイサーのテッチが加わって、即席の五枚看板で敵と向き合った。

 中衛には魔法射程の短いリーナとノリ、それからランサーのタルケン。

 後衛に私、シウネー、ルキアが付いた。

 

 十一人対二十人超。

 

 二倍の人数差があるこの現状、SAO時代なら退いていたかもしれない。戦力を整えてから確実に殲滅できる規模でないと戦いなんてしなかったから。

 

 けれど今ここにいる仲間となら、ユウキたちとなら、一護たちとなら、何とかできそうな気がしてくる。根拠のない自信、きっと「信頼」という名称のその感情を持てることが嬉しく思えてくる。

 

 

 短杖を握り締め、続々と刃を交えていく仲間達の背中を見ながら、私は今の己と己の仲間を誇りに思いつつ声高らかに呪文を唱えていった。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

やっと卒研が一段落しましたので、急ぎ執筆しました。
お待たせして申し訳ないです。

原作の魔法詠唱、アレは北欧神話の原典をそのまま引っ張ってきているんでしょうかね?
筆者の手元にある和訳に見当たらないということは、やはり河原先生オリジナルということでしょうか、それとも本によって違うのか……。

与太話は置いておいて、次回はキリト登場です。
某ネコミミ領主さんも出るかもしれません。



※オリジナル魔法について

壱章が最弱、拾章が最強。
詩の前に各属性を表す一文字が入る。
それぞれの詠唱は北欧神話のワンシーンを切り取って作った。厨二心が滾る滾る。

《昇華葬》
火属性広範囲攻撃魔法。
火球の着弾した地点を中心とした同心円状に火属性の攻撃を行う。
アスナが言っていたように、中級ちょい下くらい。

《霆擲天鐡》
雷属性継続型攻撃魔法。
雷鎚の着弾した地点またはプレイヤーとその周囲のプレイヤーに、一定秒数雷属性の魔法ダメージが入る。麻痺のバッドステータスを一定確立で付与する上、ダメージ量はけっこうエグい。
中の上から上の下、中々にハイレベルな魔法。


ALOに入って間もないルキアがこれらを使えたのは、覚えていた既存魔法をアイテムを使って忘れ、それにより得たポイントを日本語魔法に振りなおした結果である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。