Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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番外編最終話です。

三人称視点です。

※本編最終話の読了後にお読みいただけると幸いです。


No.6 Hydrangea

「――ねー、準備まだー?」

「早く行こうよー!」

 

 急かす声が外から聞こえる。

 

 今行くから、とそれに大声で応えながら、急いで身支度。

 

 髪に櫛を通し、浴衣の帯を締め、裸足に草鞋を突っ掛ける。

 

 最近になって一人でも出来るようになった支度を終えて、いってきまーす! と叫んで飛び出す。

 

 家の奥から、お昼ご飯までには戻るのよーと聞こえてきた声に返事をしながら――ボクは、外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――いやあ、この辺も随分直ってきたねぇ」

 

 そう独りごち、商店が立ち並ぶ中を男が一人歩いていく。

 

 黒い和装の上に白い羽織、そのまた上に女物の花柄大羽織を重ねて、頭には編み笠。伸びた髪は髪紐と簪で留められ、笠の下の顔には右目を覆う眼帯。

 

 昼前故か人通りの多い中を、男はゆったりとした足取りで進んでいく。道行く他の者達に比べればあからさまに浮いている派手な様相だったが、通りの者らは慣れた様子で、少し目をやっただけで受け流している。中には会釈を寄越す者もいて、そういった人々に挨拶を返したりしながら、男は進んでいた。

 

 ――と、目の前の路地から子供が一人、飛び出してきた。

 

「おぉっと!」

 

 咄嗟に避けようとした男だったが、寸前で止めた。その前に子供が機敏に身を翻し、紙一重で男の身体を躱すのを感じ取ったからだ。

 

 男の身体を避けた子供は、そのまま数歩走ったところでくるりと振り向き、にっこりとした笑みを浮かべた。

 

「おじさん! ごめんなさーい」

「いんや、構わないよお嬢ちゃん。でも追いかけっこするなら、もう少し広いところでやんなさいな」

「はぁーい!」

 

 男の忠告に返事を返し、子供はまた走り出す。後に続くようにして路地から何人かの子供の集団が飛び出してくるが、最初に現れた子供ははしゃぐようにして笑いながら、往来の波をすいすいと潜るようにして走って行ってしまう。

 

 そんな光景を男が見送っていると、子供らが行った方向とは反対から背の高い隻腕の女が姿を現し、男を見るなり目を丸くした。

 

「おう、京楽じゃねえか。こんなとこで突っ立って、なにやってんだ?」

「や、これは志波の。いやボクはいつも通り、復興の具合の見回り調査さ。総隊長として、現場の様子はちゃんと目で見て把握しておかないとね」

「嘘吐け。どーせ書類見んのがイヤでバックれたんだろ? お前ンとこの副隊長が言ってたぜ、瀞霊廷外で見かけたら直ちに報告されたしってな。もう馴染みの連中が門番に一報入れてる頃だろうさ」

「空鶴印の西流魂街諜報網にかかっちゃ形無しだね。そいじゃとっとと逃げるとしますか」

 

 口ではそう言いながらも、男、京楽は笠を目深に被りなおしただけで、立ち去る様子を見せない。それに女、空鶴は呆れたようにため息を吐き、しかしどこか愉しそうに笑って見せた。

 

「こっちの様子はどうだい? 戦後、何も変わり無いかな?」

「ま、最近は特にねえな。ちっと前、現世でなんかデカい事件があった時に少しばっかり住民数が増えたりしたが、まあそんぐらいだ」

「あぁ、一護君が巻き込まれたってやつね。確か二年間で三千人だっけ? 単純計算で最大で一日五人。それくらいなら、増築速度に追っつかれることもないか」

「そういうこった。ったく一護のやつ、現世の玩具になんざ引っかかりやがって情けねぇ……」

「まぁまぁ。無事に帰ってこれたみたいだし、お医者様の勉強も頑張ってるって言うんだからいいじゃないの。あ、そう言えばさ」

 

 話の流れを打ち切り、京楽は先ほどの子供たちが駆けて行った方に視線を移す。

 

「さっき、見掛けない女の子に会ったんだよ。この辺の路地から駆けてきたんだけど、煤竹色の髪をした、薄緑の浴衣の子」

「あァ、そいつは新入りだ。四丁目の荻咲の家で預かってるらしいぜ。そいつがどうかしたか?」

「うん、ボクの見間違いじゃなきゃ、彼女、()()()()()()()()ボクを紙一重で避けてたんだよね」

 

 京楽と出会いがしらでぶつかりそうになった時、振り返って朗らかに謝った時、その後人ごみをすり抜けて消えて行った時。

 

 その間中、その子供はずっと目を閉じたままだった。

 

 そのことを告げると、空鶴は「そりゃそうだろ」と当然のような口調で言った。

 

「あのガキは目が見えねえからな。現世で大病を患った時に失くしたって話だったが、こっちに来て少ししたらすぐに見えなくても日常生活を送れるようになったのさ。慣れるのがはえぇのか、それとも視覚以外の感覚が鋭敏なのかは知んねーが、とにかく教えたことは常人以上のスピードで出来るようになるし、しかもやたらとすばしっこい。今じゃ、鬼ごっこやらしたら大人でも勝てねえよ」

 

 おかげで悪戯した時に捕まえんのも一苦労だとさ。そう言う空鶴に、京楽はふむ、と唸り指先で顎髭を撫でた。

 

「だろうねぇ。ボクとあんなに唐突に鉢合わせたのに、それに反応して避けられるなんてのは健常な大人でも厳しいだろうし、運動神経っていうか、体捌きのセンスが()いんだろうね。……それと、至近で霊圧を探った感じ、彼女、少しだけ霊圧が『揺れてた』けど」

「気づいたか。どうも現世の方で何回か死にかけってのをやってるらしくてな。その所為で霊力がちっとばかし目覚めかけてんだろうぜ」

「死にかけ、ねえ。肉体が死を意識するような瀕死の状況に陥ることで、魂が死を回避するために霊力を瞬間的に上げる現象……あの魂魄年齢でそれってことは」

「ま、そう遠くねえウチに『開花する』かもしんねぇな」

 

 それを聞くと、京楽はにんまりとした笑みを口元に浮かべた。

 

「そんじゃ、もしそうなったら、鍛えて死神統学院(ウチ)に送ってよ。今絶賛人手不足だからね、有望な子はのどから手が出る程欲しいのさ」

「当ッたり前じゃねーか。久々に西流魂街出の霊力素養持ちだ。ウチの居候共もこき使って、キッチリ鍛えてから送り込んでやらァ」

「それは楽しみだねえ。志波に縁ある死神は、どの子も優秀だから……っとと。それじゃ、ボクはもう行くよ。また今度ね」

「副官の霊圧でも近づいてきたか? まあ、せいぜい頑張れよ。尻に敷かれながらな」

「言ってくれるじゃないの」

 

 苦笑いしながら、京楽は羽織を翻してその場を去ろうとする。が、一歩も踏み出さないうちに「あ」と漏らし、再び空鶴と顔を合わせるようにして振り向いた。

 

「あの女の子の名前、訊き忘れてたよ。まだ先になるかもしれないけど、一応、教えておいてくれるかい?」

「お前、女のことになると絶対に記憶から消さねえからな……ま、いいぜ。確かヘンな字書くんだよな……」

 

 中空を見つめながらしばし思案した後、空鶴はその子供の名を告げた。

 

 

「苗字は紺色の紺に野畑の野。名前は木綿に季節の季で――、

 

 

 

 ――紺野(こんの)木綿季(ゆうき)ってンだ」

 

 

 

 

 




短いですが、これにて番外編も終了です。

本編終了からそう遠くない未来のお話でした。これと本編最終話とを合わせて一話とする予定だったのですが、内容的に分割した方が良いと考え、番外編とさせていただきました。

Hydrangeaは「紫陽花(あじさい)」の意味。

特に、紫の花弁を持つ紫陽花の花言葉は「元気な女性」だそうです。

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