Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
アスナ視点です。再び、内容は軽め。
<Asuna>
「――あー、つっかれたー。なんで日曜に学校来てんのよ、あたしたち」
「仕方ないよリズ。先生も謝ってたじゃない」
「でもさーアスナ、課題受け取るためだけに西東京に来るダルさはけっこうなもんよ? せめてお詫びに学食パスくれるとか、そういうお詫び的なナニカが欲しいわけ。謝って済んだら警察は要んないっつーの」
「……リズ、最近言葉づかいがちょっと一護に似てきた?」
「え、まじ? それ、なんかちょっとヤだなー。あたしがギャル化してるってことになっちゃうじゃない」
冬休み直前の日曜日。
私は友人のリズと一緒に学校からの帰路を歩いていた。
学校から送信されるはずだった課題ファイルがシステムトラブルが原因で破損していて、どうにもならないから取りに来るよう呼び出されたのだ。
対象となったのは全生徒ではなく一部の生徒のみということで、取りに来る羽目になったのは私とリズを含め、ほんの十数人程度だったらしい。数学担当の老教師が申し訳なさそうな顔をしてそう言っていた。
代わりに締切を引き延ばしてもらえはしたが、確かに週末の昼間を潰されてしまうのは中々痛いものがある。リズに仕方ないとは言ったものの、自分だってキリトと遊びに行く心算だったのだ。それを取り消すことになってしまったのは少し、いや正直言ってかなり残念だった。
駅前に着くと、ロータリー周りは随分と混雑していた。年末の日曜のお昼前ということもあり、家族連れが多いように感じる。駅を出入りする人たちは皆どこかへ出かけるような大荷物を持っている人の割合が多い。観光目的の家族旅行に行った記憶がない自分からすると、ここの人たちがちょっとうらやましい。
「うわー、混んでるわね。朝のラッシュほどじゃないけどさ」
「そうだね。リズ、はぐれないように手つなぐ?」
「改札まで二十メートルもないのにはぐれるも何もないでしょーが。だいたいね、そういうのはキリトにやってやんなさいよ。それとも何、暗にあたしに自慢してんの?」
「そ、そんなんじゃないよー」
じとーっとした目で見てくるリズの視線から顔をそらした私は、ふと改札横の案内板の前に気になる人影が立っているのを見つけた。
小柄な女の子だった。歳の頃は私たちと同年代かやや下というところ。艶やかな黒髪に大きな瞳。すっきりした目鼻立ちには可愛らしさというより凛とした気品のようなものを感じる。もしかすると、私なんかよりも大人びて見えてしまうかもしれない。
反面、出で立ちは外見年齢相応だ。身長は私やリズよりも明らかに低く、百五十センチもないだろう。着ているのはクリーム色のコート、白のフレアスカートに黒タイツとローファー。首元にはポンポンの付いたピンクのマフラー。おまけに背にはランドセルチックな角ばったデザインのブラウンキルトのリュックと、ずいぶん可愛らしい格好をしている。
少女は迷路のように絡み合った東京都の路線図を見上げている。眉間にしわの寄った困ったような顔をしていて、手には一枚のメモのようなものが握られている。
「ね、リズ。あの子、もしかして……」
「え? ……あー、いかにも『電車の路線図が分かんなくて困ってます』って感じね。ま、お節介は程々にね、アスナ」
「な、なによ。私が考えてることなんてお見通し、みたいな言い方じゃない」
「みたいじゃなくて、お見通しなのよ。あんたと知り合って何年経つと思ってんの。友達の思考パターンくらい読めて当然じゃない」
「……そっか」
「ほーら。お節介焼くと決めたらちゃっちゃと動く!」
そう言って私の肩を叩いたエネルギッシュな親友に首肯を返し、私はその少女に歩み寄る。脅かさないように、横からそっと覗きこむように視線を合わせ、
「こんにちは。どこか行きたい場所でもあるの?」
「……む? ああ、ここに行きたいのだが……」
見た目から予想していたより幾分か低く、それでいて男の子っぽい口調の少女が差し出すメモを見る。そこには『布袋屋本店 目白駅から徒歩五分』という走り書きと簡単な地図、そして何故か着物を着たうさぎの絵が描かれていた。
「どれどれ……って目白じゃない。ここがひばりが丘だから、西武池袋線で池袋まで行って、山手線に乗り換えて一駅動けば着くんじゃなかった?」
「うん、三十分もあれば着くと思うよ。えっとね、まずここの駅から池袋駅まで行って、そこから六番線の山手線新宿方面に乗り換えて一駅分移動するの。そうすればこの目白って駅に着くわ」
「……? …………??」
あ、これはだめだ。
少女は何がなんやらさっぱり、とでも言わんばかりに思いっきり首をかしげている。おそらくこの入り組んだ電車網に慣れていないのだろう。
自分も電車を使い始めた頃はよく迷ってしまい、端末のナビゲーションアプリが無かったら目的地までたどり着けなかったほどだ。発達し複雑に絡み合った無数の路線は、迷宮区のランダムダンジョンかと思うくらい初心者には踏破が難しい。異様な記憶力を持つキリトは都内の路線図をほぼ暗記してしまっていたが、あれは少数派だろうし。
「あんたさ、スマートフォンとかタブPCとかの情報端末持ってないの? あれに音声案内アプリとか色々入ってるしさ」
「すまーとふぉん……いや、持ってない。生憎、機械に疎い
「あらー。そりゃ、この情報化社会じゃ生活しづらいんじゃない? とか言いながら、あたしもPC使いこなせてるわけじゃないんだけどさー」
「ねえ、もし貴女さえよかったら、そこまで一緒に行かない? 丁度帰り道の途中だし。リズ、せっかくだから布袋屋の白玉ぜんざい食べて帰ろうよ」
「あ、いいわねそれ。あたし、ぜんざいなんて久々に食べるなあ、美味しいのよね、あそこの白玉」
「……良いのか? いくら通り道とはいえ、手間には違いないだろう」
「いいのいいの。私たちもこのまま帰るだけじゃ味気ないなって思ってたところだし」
「そーそー。あんたはあたし達のナビを受ける。あたしらはせっかく外出したこの昼間を有効活用できる。ギブアンドテイクってヤツよ。あ、あたし篠崎里香っていうの。よろしくね!」
「私は結城明日菜。貴女の名前は?」
私たちが名乗ると、少女はこちらを見上げ、リズ、次いで私の順番に視線を合わせてくる。私のはしばみ色の瞳と彼女の大きな黒目の視線がぱちっと交錯し、そのまま少女はこちらに軽く頭を下げた。
「……私は、朽木ルキアという者だ。済まないが、案内を宜しく頼む」
◆
朽木さんの案内を買って出た私たちは、彼女を連れて池袋行きの電車に乗り込んだ。幸運なことに三つ並んで空いていた座席に座り、まずは彼女の事情を聞くことにした。
それによると、どうも彼女は美味しい白玉が食べたくて、空座町からわざわざ目白まで出向き、布袋屋で販売している中でも最高級のグレードの白玉あんみつを買いに行こうとしていたようだった。
しかし電車に乗ったまではよかったものの、空座町から外に出たことがなかったために方向が分からない。
しばらく乗ったところで適当にひばりが丘で降り、路線図を見たらむしろ遠ざかっていたことに気づくも、じゃあどうやったらたどり着けるのか皆目見当もつかず、途方に暮れていたとか。
本来なら東京に慣れている同居人(家族ではないみたい)に連れて行ってもらおうと思っていたが、受験期で忙しくしているのを見ているとどうにも案内を頼みづらく、ざっくりした行き方だけ教わって自力で行こうとしたらしい。
「……まあ、それで迷子になってちゃ世話無いわよねー。にしてもさ、白玉食べたいなら駅前のスーパーでも売ってるじゃない。郊外の空座町から遥々あの和菓子の有名店まで行くなんて、すっごいこだわりね」
「以前食べたことがあるのだが、やはりあの味と食感はそこらで売っている安物とは比べものにならぬ。先ほど結城が言っていたぜんざいも捨て難いが、私はあそこのあんみつが食べたくてな」
「あー、あんみつかあ。寒天に白玉、餡子にフルーツっていう鮮やかな組み合わせがまたいいのよねえ。番茶とか、渋めの緑茶が付くと尚良し」
「篠崎、お前中々良く分かっているではないか」
「へっへー、まあね」
リズは早速朽木さんと打ち解けて甘味談義に花を咲かせている。最初は彼女のお芝居みたいな古風な口調にちょっと驚いたけれど、こうして話していると嗜好は私たちとそう変わらない女の子で、そのギャップが却って好印象をもたらしていた。普段は一体、どんな生活をしているのだろう……。
やがて、池袋に到着した私たちは電車を降り、西武池袋線から山手線に乗り換えた。山手線の一駅はとても短く、座る席を探す間もなく目白に到着。両サイドにビルが立ち並ぶ大通りに面したロータリーに降り立った。
「……さて。ここまで来たはいいものの、この地図は流石に雑過ぎはしないだろうか。どの建物がどれで、そもそも地図のどこがどの方角なのかも書いておらぬではないか。彼奴め、もう少し詳細な情報を寄越せというのに……」
「朽木さん、行くのって布袋屋の本店でいいんだっけ?」
「ああ、そうだ。ここから歩いて五分程度の距離と聞いている」
「おっけー。んじゃ、普通に歩いて行けそうね。ちょっとお待ちを……『検索。目白駅から布袋屋本店までの行き方』っと……お、出た出た。アスナ、確か課題で道案内アプリ作ってたよね。あたしの地図データ投げるから、それ使ってナビしてよ」
「分かったわ。それじゃ……はい、どうぞ」
「ほいっと」
リズがスマートフォンの画面を私の方に向けてピッとスライドすると、それに弾かれたようにしてマップデータが飛んでくる。それを私のアプリケーション上で読み込むこと数秒、画面からホログラム出力で矢印が浮かび上がってきた。
「これで良し。さ、行きましょっか」
「この矢印が布袋屋の所在地の方向を示している……ということか?」
「そ。あたしが音声検索した地図データをアスナの端末で読み込んで、GPS機能とホログラムを組み合わせた簡単なナビゲーションアプリが進行方向を随時示してくれるの。アスナが情報工学の授業の課題で作ったんだ」
「難しいところは良く分からぬが……結城、お前がこれを作ったのか。学校の課題でこれだけのものを作れるとは、すごいではないか」
「ま、まあ、ちょっとやり方を覚えれば誰でも出来ることだから。ほら二人とも、早く行こ」
「お、アスナってば、ひょっとして照れてる? 朽木さんの真っ直ぐな褒め言葉にこそばゆくなっちゃった感じ?」
「もうっ! リズってば余計なこと言わないの!」
「いや、本当に凄いと思うのだが……私には逆立ちしても出来そうにない」
リズの言う通り、心底感心している様子の朽木さんの賞賛がこそばゆくなって、私はちょっと早足になって先を歩き出す。朽木さんと、くすくす笑うリズが後から続く。
布袋屋本店までの道のりはそう長くはなかった。大通りを進み、最初の交差点で横断。交通量の多い通りから一本入ったところにあった。お昼時ということで混雑しており、広くはない店内にはけっこうな数の人がいた。
とりあえず買い物を済ませてしまうことにして、レジへと向かう。最高級の白玉あんみつは直接店頭で注文しないと買えない仕組みになっているようだ。
「はい、いらっしゃい」
「白玉あんみつ、一番高級なものを持ち帰り用に七袋頂けるだろうか」
「はいはい。あ、お嬢ちゃんたち、学生さんかい? そのチャレンジ、良かったらやっていっておくれ。クリアできたら最高級白玉あんみつを一人一皿サービスだよ」
店頭に立っていたおばあさんがそう言って指し示した方には、一枚の張り紙がされていた。一番近くにいたリズが代表して内容を読み上げる。
「えー、なになに……『挑戦者求む! 次に記された歌の下の句を当てなさい』ってさ。んで、その歌っていうのが…………うっげ、こりゃムリだ」
「どうしたのよ、リズ」
「だってアスナ、これ
言われて見てみると、そこにはミミズがのたくった跡にしか見えない筆跡で書かれた文字列らしきものが印刷されていた。問題文からして上の句が書かれているのだろうが、いくら古典を授業で勉強しているといっても草書体までは読めない。リズ同様、私もギブアップだ。
残るは朽木さん。言葉づかいが古風だからもしかして読めたりして、なんていう根拠の欠片も無い期待を持ちつつ、彼女の方を振り返る。
「ねえ朽木さん。あれを読んで下の句を答えなさいっていう問題なんだけど……」
「む? 『神なびのみむろの山の葛かづら』と書いてあるではないか。であれば下の句は『うら吹き返す秋は来にけり』だったはずだ。中納言家持の歌だろう。百人一首にも載っているはずだ」
「「…………え?」」
あっさりと読んでみせた朽木さんに、リズとそろって唖然としてしまう。周りにいたお客さんたちも、私たちと同様ぽかーんとしている。
そんな私たちを意に介さず、さも当然という表情をした朽木さんはにこにこしているおばあさん店員に向き直る。
「しかし、何故この季節にこの歌なのだ? 年の暮れも近いこの時期に、秋の歌は場違いすぎると思うのだが」
「おやおや、詳しいねえお嬢ちゃん。今年の秋からこの挑戦を受けてるんだけど、だーれも正解しなくてね。そのまま張りっぱなしだったんだよ。ちなみにお嬢ちゃんだったら、今ならどんな歌をここに張るかね?」
「ふむ……『おきあかす秋の別れの袖の露 霜こそむすべ冬や来ぬらん』などどうだ?」
「その心は?」
「先の歌とこの歌、どちらも秋と冬、それぞれの巻頭に記された歌だ。百人一首の歌集でそれぞれの季節の巻頭の歌が全て繋がっており、各季節の巡りを表しているのは有名な話であろう」
「見事! いや実に見事だねえ! このご時世でそんなに歌に造詣が深い子がいるなんて思わなかったよ。特別サービスだ。お嬢ちゃんとそのお連れさん、三人分の最高級白玉あんみつをあげようじゃないか」
「それは有り難い」
私たちを含む周囲全員の開いた口が塞がらなくなる中、朽木さんとおばあさんはそう言って、にこやかに握手を交わしていた。
◆
「――やー、びっくりした。朽木さん、草書体読めるんだ。すごいじゃない」
「私の家の方針でな、草書の読み書きは歌と一緒にずいぶん昔に叩き込まれたよ。この社会ではなんの役にも立たぬだろうが」
「それでも、日本文化の継承って意味じゃ大切なことだと思うなー。あたしなんか古典の成績、十段階評定で万年『5』だしさ」
「朽木さん、ありがとね。私たちの分まで無料にしてもらえることになるなんて思わなかったわ」
「構わぬ。元々お前達に案内してもらった礼をせねばと思っていたのだ。これで報いることができたのなら、それで良い」
「かぁーっ! カッコいいなあ朽木さん。そこいらの男連中より男前よ!」
「ば、莫迦者! 食事中にくっつくな! 折角のあんみつが零れてしまうだろう!」
朽木さんが発揮した予想外の才能にひとしきり驚いた後、私たちは屋外のテーブルで最高級白玉あんみつを食べていた。やはり最高級を謳うだけあって非常に滑らかかつ弾力があり、とても美味しい白玉だ。甘さを控えた餡子や寒天との相性も良い。
じゃれつくリズから逃れつつ白玉あんみつを堪能している朽木さんを見ながら、私は一つの結論に到達していた。
現代の機械や交通網に疎い。
古風な言動。
草書や歌に造詣が深い。
これらの点から推測するに、おそらく朽木さんはあの武家の一門、
リーナはマイペースを貫いているけれど、一般的に名家というのは時代の流れに逆らい伝統を重んじる傾向があると聞く。それ故に彼女は浮世離れしていると考えるのが妥当だと思われる。
同居人という不思議な言い方もそう考えると納得がいく。
一般家庭であれば家族以外と暮らすことは少ない。気を遣って「使用人」を「同居人」と言い換えたのか、あるいは家がイヤになって飛び出し知人の居宅に居候しているとか、色々想像がつく。彼女の纏う気品のようなものも、この推測が正しければ納得……。
「……結城、どうかしたのか?」
「え?」
名を呼ばれ、我に返る。
朽木さんが私をじっと見ていた。大きく澄んだ濃い色の瞳。どこか普通の人とは異なる不思議な力が宿っているように感じる。
変わっている。
けれど面白い、いや魅力的な人だと思った。
「ううん、何でもないわ。朽木さん、もうあんみつ食べちゃったの? 私の分、半分あげよっか?」
「え、あ、いや! 別にそういうつもりで話しかけたわけではなくてだな……」
「ふふっ、遠慮しなくてもいいよ。朽木さんのおかげでもらったあんみつなんだし。それに、そんな目で見られたら誰だってあげたくなっちゃうし」
「……う……済まぬ」
ちょっと顔を赤くして、朽木さんが俯く。何とも可愛いリアクションだ。堂々とした態度を取っている分、尚更可愛く見える。空になった彼女の器にあんみつをよそいながら、思わずくすっと笑ってしまう。
分けてあげたあんみつを美味しそうに頬張る朽木さんと、それを眺めてにやにやしながらお茶を啜るリズ。
そんな二人と共に過ごすお昼は、いつもよりも穏やかで、心地の良いものだった。
ルキアの描写を練習するために執筆。
前話と展開がカブリ気味なのは許してくだせえ。
第三章執筆のため、次回の番外編投稿は少し先になるかもです。