Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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久々の番外編三話目です。

エギル視点です。内容は軽め。


No.3 At Dicey Cafe

<Agil>

 

 東京は上野、御徒町。

 

 猥雑としたアメ横商店街から少しばかり歩いた裏路地に、俺の経営する『Dicey Cafe』はある。

 

 メニューは俺の嗜好で取り揃えた国内外の酒類と、ソフトドリンク全般。

 

 料理はツマミと食事が七対三。他にも頼まれりゃ適当に作ることもある。

 

 席はカウンター八席。ラージサイズのテーブルが六脚。キャパはマックスで三十かそこらだが、立食形式にしちまえばもう十人は追加できる。BGMはスロー・ジャズと決めていて、年代物のスピーカーから流れるそいつを聞きながら各々好きに過ごしてもらうってのが、ウチのスタンスだ。

 

 そんな俺の店には、様々なお客さんが訪れる。

 

 場所が場所だけにアクセスは良くねえはずなんだが、近ごろはネットの口コミですぐに情報が拡散する。それに魅かれてか、誰かの紹介か、はたまた単なる偶然か。酒飲み以外の目的で来てるって人たちもけっこう増えてんだ。

 

 これから日誌(ここ)に書き記すのは、最近で特に印象深かったお客さんたちとのひと時だ。ウチの店で過ぎ行くありふれた日常。そこにちょっとばかりの花を添えてくれたせめてもの感謝として、記録に残しておくために……なんてのは、ちょっとカッコつけすぎか。

 

 

 そんじゃ、前書きはこれくらいにして。

 

 今日は、この人たちの話をしようか。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 十二月も半ばを過ぎ、年の瀬が着々と迫ってきている頃。

 

 夕方近くなり、そこそこに混雑してきた店内に一通り酒と料理が行きわたった、そんな時だった。

 

「――なあ、スグ。我が妹よ」

「な、なによお兄ちゃん。急に悟り開いたみたいな顔して。そのアボガドサラダ、美味しくなかった?」

「いや、そうじゃないんだ。この前、GGOの騒ぎがあったろ? 俺、そん時に妙な体験をしたんだ。ほら、あのシノンってのの話をしたの、覚えてるか?」

「ああ、例のスナイパーの女の子の話?」

「そう。俺、GGO内での大会が終わった後、シノンの家に直行して、そこで犯人グループの一人ともみ合いになったんだ。一時は拘束から抜け出されて危うかったんだけど、シノンと二人がかりで抑え込んで両手両足を縛り上げて、どうにか無事にピンチを切り抜けた。

 ……と思ったら、部屋にいきなり豚のお面をした巨人が現れてな、『ギュウウウウウウウウッ!!』って叫びながらパンチして、部屋に大穴開けてったんだ。俺たちはその衝撃で吹っ飛ばされて、眼が覚めたときにはもう病院のベッドの上……」

「……お兄ちゃん、それ、夢と混同してるって絶対。色々現実離れしすぎだよ。だいたい豚のお面なのに叫び声が『(ギュウ)』っておかしいでしょ。そこは『ブヒー』か、百歩譲っても『モーゥ』って言うところじゃない?」

「だよなあ……けど、俺の記憶じゃ確かにあの壁の穴は牛豚怪人によって出来たものなんだよ。刑事さんに当時の状況とか訊かれてもこんなこと言えるワケないし、『覚えてない』で通したけどさ」

「当たり前でしょ。そっと心療内科に移送されるに決まってる」

 

 夕食を食べに来た桐ケ谷兄妹が、カウンターに一番近いテーブルでそんな与太話をしていると、店のドアが開く音がした。いらっしゃい、という俺の声にひらりと手を振って応じながら、二人組のお客さんが入ってきた。

 

 男女のペア、けどカップルって感じじゃねえ。

 女の方は緩いウェーブのかかった長い金髪で、随分とまあグラマラスな体型をしている。ワインレッドのコートがはちきれちまいそうだ。店内の男たちのスケベな視線も物ともしない、堂々とした姉ちゃんだ。

 男の方は女に比べて随分と若い。年はキリトよりも三つか四つくらい下に見える。こっちは珍しい銀髪で、ショート丈のコートのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手には木製の箱らしきものを抱えている。端正な顔つきだが目つきが鋭く、ちょっとヒネた感じのある雰囲気だった。

 

 二人は混雑する店内を歩いてカウンターにやってきた。拭いていたグラスを置く俺に、金髪姉ちゃんの方が話しかけてくる。この手合いは堅苦しくないほうが話が弾む。敬語はナシでフランクにいくか。

 

「はあーい! 席、どっか空いてない? 外のお店、どこもかしこも満席なのよ」

「そいつはご愁傷さん。まあ、金曜の夕方だからな。都心の呑み屋はどこもこんなモンさ。相席でいいんなら二人分空いてるけど、それでいいか?」

「全然いいわよー。ね、隊長?」

「俺は構わん。ただし、食ったらすぐに出るぞ」

「えー、そんなぁー。せっかくのお店なんですから、ちょっとくらい長居してもいいじゃないですかー」

「報告書が溜まってる状態で文句を言うな」

「ちぇー」

 

 こいつはびっくり。マジメな銀髪少年は何やらどっかの隊のリーダーらしい。なんかのVRMMOでギルドリーダー務めてるってのがありがちな話だが、歳の差があるリアルでもそれを徹底するってのは珍しい。

 

 興味を魅かれた俺だったが、それより先に席案内だ。二人を一旦待たせ、空席のあるテーブルに座っている二人、キリトと妹のリーファに事情を話し、相席の許可を取る。この辺は親しき仲にも礼儀ありってヤツだ。蔑ろにしちゃいけねえ。

 

「お待ちどうさん。そこのテーブル使ってくれ。先に飲み物だけはオーダー受けとくぜ」

「じゃああたし、最初は梅酒がいいわね。ロックでもらえる?」

「俺は焼酎を頼む」

「おっと少年、十八歳未満は飲酒禁止だぜ。もうちょいデカくなってから来な」

「あっはは!! ですって隊長! 店主さんの言う通り、子供はお酒飲んじゃダメなんですよ!」

「……松本テメエ……んじゃ、烏龍茶」

「はいよ」

 

 何とも微笑ましいやり取りを経て、二人を席に通す。円形のテーブルに並んで腰かけている桐ヶ谷兄妹の向かいに金髪銀髪コンビが座る形になった。カウンターで飲み物を用意する俺の前で、席に着くなり金髪姉ちゃんが目を丸くする。

 

「あら、先客ってこんな若い子たちだったの。ごめんなさいね、デートの邪魔しちゃって」

「デ、ででででででででデート!?」

「スグ、動揺しすぎだ。あの、俺たち兄妹なんで、別にそういうのじゃないんです」

「ふーん、そうなの。そんなにピッタリ寄り添ってるから、てっきりカップルなのかと思っちゃったわ。仲良いのね、キミたち」

「あはは、どうも」

 

 頬を掻きつつ笑うキリト。人見知りするきらいがあるコイツも、この気さくな姉ちゃん相手なら問題ないらしい。梅酒のロックと烏龍茶、それとサービスの野菜スティックを置いて下がる俺の耳に、そんな会話が飛び込んでくる。

 

 と、不意にキリトが真面目な表情に戻った。何かを思い出そうとするかのように首をかしげながら、

 

「あの……違ってたらすみません。以前どこかでお会いしたことなかったですか?」

「そう? 初めてだと思うけど……あ、ひょっとしてナンパ? 見掛けによらず随分古典的な切り出し方ね」

「……お兄ちゃん? アスナさんに言いつけるよ?」

「い、いや違う! 違うんです!! ホントにどっかで会ったような気がして、つい……!」

「いーわよ。お姉さん、キミみたいな可愛い子はキライじゃないし。もうちょっと筋肉ついてると尚好みなんだけどねー」

 

 そう言いつつ、席を立った姉ちゃんはキリトに近寄ると、奴の腕を胸に抱いた。豊満なバストに二の腕が埋もれ、顔を真っ赤にしたキリトは周囲のおっさん共から羨望の視線による集中砲火を食らう。隣のリーファは氷点下の冷たい視線を兄貴に向けており、そのせいでキリトの顔色が中々面白いことになっていた。

 

 生存本能がはたらいたのか、何とか窮地を脱しようとキリトが辺りを見渡し、ふと目を止めた。その先にあったのは、銀髪少年が手に持っていた木製の箱だった。

 

「そ、その木のボックス、もしかして簡易将棋盤? それを持ち歩いてるなんて、君、将棋が好きなのか?」

「別に特別好きなわけじゃねえ。暇潰しに嗜む程度だ」

 

 周囲の騒ぎを気にすることなく我関せずと烏龍茶を飲んでいた銀髪少年は、冷ややかな口調でそう言った。キリトの話題そらし作戦は功を奏し、金髪姉ちゃんは奴の腕から離れてその話に乗ってきた。

 

「ちょっと知り合いの家に行ってみたら、要らないからって将棋盤(これ)を譲ってもらったのよ。この人、こう見えてけっこう強いのよ」

「ふーん……なあ、君。ちょっと一局だけ対局してみないか? 俺もそこそこやれる自信があるんだ」

「断る。日中ごたごたしてたせいで疲れてんだ。松本、お前が相手してやれ」

「えー、ヤですよ。あたしルール知りませんし。せっかくの御指名なんですから、一回くらい付き合ってあげればいいじゃないですか」

「ほら、お姉さんもこう言っているじゃないか。まあ、この衆人環視の中で君が俺に負けるのが怖いから疲労を理由にして勝負を放棄したい、と言うのなら申し出を取り下げないこともないが……」

「一局だけ相手をしてやる。持ち時間は三十分だ」

 

 キリトの安直な挑発に見事乗っかり、銀髪少年が将棋盤を開いた。してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべつつ、キリトは自分の駒を並べ始める。あ、じゃああたし時計係やります、とリーファがスマホを起ち上げてストップウォッチを表示させ、周りにいた連中もなんだなんだと酒の肴にすべく集まってくる。

 

 ……アメリカンチックなこの店で、ジャズをバックに将棋たぁ何とも妙な光景だな。

 

 そんな風に思いつつ、俺は追加で注文されたカクテルを作る。妙だが、偶にはこんな夜もいいかと自分を納得させながら、ソルティドッグをグラスに注ぎつつテーブルを見た。

 

 真剣な表情で盤上を睨むキリトと銀髪少年。ネット社会の今じゃとんと見なくなっちまった日本の光景ってやつだ。こんな意外な一幕があるのもまた、人の集まるバーの醍醐味ってやつだろう。

 

 

 

 ――それから、なんと一時間半後。

 

「……王手」

「…………詰みだ。参ったな、完敗だよ」

「勝負あり! 二対一で『隊長』くんの勝ちぃ!!」

 

 リーファのウィナーズコールで、銀髪少年は大きく息を吐き出した。キリトの方も緊張の糸が切れたらしく、満足げな表情でぐったりとテーブルに突っ伏した。それを見ていた周囲から歓声と拍手があがる中、俺は白熱した勝負を繰り広げた二人に氷水を差し入れる。

 

「お疲れさん。随分と激戦だったな」

「ああ、済まない」

「いやあ疲れた。初戦で俺が勝って、隊長君が本気になってからの強さは半端じゃなかった。俺の爺さん以来だよ、こんなに見事に負かされた相手は」

「お兄ちゃんって、全国大会でいいところまでいった将棋部の部長さんに勝っちゃうくらい将棋強いんだよ。なのに二連勝するなんて、隊長くん、もしかしてプロ?」

「言ったはずだ、暇つぶしに嗜む程度だと。ただ嗜んできた時間が長いってだけの話だ。それに、お前の兄貴の強さも相当だろう。最後の一局は少しでも気を抜いたら勝敗は逆になっていたはず。俺もここまで苦戦したのは久しぶりだ。誇っていいんじゃねえか」

「何だか上から目線だなー、隊長くん」

「うるせえ。だいたいお前、さっきから何なんだ、その隊長くんってのは」

「え? だってキミ隊長なんでしょ? 何のかは分かんないけど。だから隊長くん」

「………………」

「スグ、隊長君を困らせちゃいけない。なんせ激闘の勝者なんだからな。皆さん! 彼に……えーと、名前なんていうんだ?」

「……日番谷冬獅郎」

「俺は桐ケ谷和人、よろしくな……さて、改めまして皆さん! 凄まじい強さを見せてくれた彼に、日番谷隊長に! 今一度盛大な拍手をお願いします!!」

 

 キリトのコールに乗っかり、再び盛大な拍手が巻き起こる。同時に何故か『隊長』コールまでも始まって、流石の銀髪少年も落ち着かなそうにしている。さらに次の挑戦者までも名乗りを上げ、退くに退けない空気になっちまってる。

 

 対局に熱中してたギャラリー連中から飛んできた酒と料理の大量追加注文に応じつつ、俺はいつの間にかカウンターに座って気ままに酒を飲んでいる金髪の姉ちゃんに話を振った。

 

「結局、長居することになりそうだな。アンタら」

「そうねー、これで時間を気にせず呑めるってモンよ。けどあの黒ずくめの子、ほんとに強いわね。ウチの隊長が将棋で負けたトコなんて、本気じゃなかったとしても初めて見たわ」

「俺もルールには詳しくねえんだが、あの二人の読み合いがすげえってのは何となくわかる。ちなみにあの少年、なんの隊長なんだ。皆よく分かんねえで勝手に隊長呼ばわりしてるけどよ」

「んー? じゃあ、和文化研鑽部隊の隊長ってことにしといて。あの人、他にも剣道とか独楽回しとか、色々強いのよ」

「なんだそりゃ」

「いーのよ。ここ、ほとんどお酒飲んでる人ばっかりだし、それで通じるんじゃない? 勢いってあるしね」

「そういうもんかね」

「そういうもんよ。あ、おかわり頂戴」

「はいよ。ちなみにあんたは、その部隊で何研鑽してんだ?」

「あたし? うーん……利き酒かしらね」

「要するに呑兵衛ってワケだ」

「そういうコト」

 

 そんな会話を楽しみながら、俺は注文された酒を作り続ける。次なる対戦が始まろうとしているのか、テーブルの方から歓声が聞こえてくる。騒がしい夜だが、これはこれでアリだな。

 

 

 ……その日以来、銀髪の少年には『隊長』という通り名がつけられ、その将棋における無双の強さは、今なおこの店の常連の間で語り草になっている。

 

 

 尚、この金銀コンビはその後もウチに来てくれたことがあったんだが、それはまた別の話ってヤツだ。

 

 




死神勢の描写の肩慣らしならぬ筆慣らしと、現世に来た隊長たちどんな風に過ごしているのかが書いてみたくて、こうなりました。

文京区とエギルの店がある台東区は隣同士(だったはず)ですので、調査がてら、ふらっと遊びに来た感じです。


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