Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
二十九話です。
前半は一護視点、後半はシノン視点です。
よろしくお願い致します。
「……で、どうッスか。その後の調子は」
「どーもこーもねえよ。マスコミ連中が騒いでた不可解な点なんざすっかり
「そりゃそうッスよ。黒崎さんに加え、隊長一名、副隊長四名、副官補佐一名の大戦力と数百の虚の激戦だったとはいえ、普通の人間には見えてないンス。今回みたいに単なるガス爆発事故で処理されるのがオチでしょう」
「一般人の解毒はどうなってんだよ。阿近さんとちょっと話したけど、夜のウチに都心から郊外に帰っちまった人間がけっこーいたそうじゃねえか」
「そこは霊波解析班が頑張りまして。当時文京区近郊にいた人間の位置と交通網から逆算して、行動範囲を限定できました。これまで既に撒かれていた毒もある関係で元々関東全域で消毒活動を行う予定だったんです。山田三席曰く、今日の朝までかかったみたいですが、ひとまず毒の方は何とかなったそうッス」
事件があった夜が明けて、さらにもう一日経った日の昼過ぎ。
予備校の講義を終えた俺は浦原商店を訪れ、浦原さんと『第十二次関東広域防衛戦』(今まで十一回もあったのかよ)と現世の『死銃事件』の顛末を話していた。
あの事件直後は残党狩りとか毒に汚染された一般人の解毒とかでわちゃわちゃしてたせいで、禄に情報交換なんて出来なかった。結局俺が家に戻れたのは午前二時過ぎ。ルキアたち尸魂界組は一段落するまで小休止さえ取れなくて、徹夜する羽目になったとか何とか。俺も次の日の講義は死ぬかと思った。
二つの事件については、散々騒いだ割には速やかに終息した。
まず、『死銃事件』に関して。
虚との戦闘で出た損害はガス爆発の結果ってことで処理された。犯行グループの三名の内、二人が逮捕、一人が無針注射器と劇薬入りカードリッジ一つを持って逃亡中。仮想世界内で住所を盗み、現実世界での殺人とタイミングを合わせてVRん中で銃撃を食らわせる猟奇的殺害方法は、今でもメディアを席巻している。犯人が未成年ってことで氏名は伏せられてるらしいが……まあ、分かるヤツには分かっちまいそうだ。
今回も今回でVRMMO絡みの事件だったワケだが、VR技術そのものを叩く動きは殆ど無かったように思う。
それもそのはず、いつの間にか『VRダイブ中で身体が無防備になる危険性』『VRMMOが未成年に与える精神的悪影響』から『ログの残らない病院用マスターキーの危険性』『無針注射器と劇薬の管理の杜撰さ』に問題点がすり替えられちまっていた。
キリト曰く、あのクリスハイト(本名菊岡誠二郎)が裏で糸引いたんだろってことらしい。俺からそれを聞いた浦原さんは「なんか旧四十六室とやり口が似てますねえ」ってため息を吐いてたが。
次に毒をまき散らす破面に関する件に関しちゃ、ほぼ片づいた感がある。浦原さんが言ったように解毒やら何やらは終わったらしいし、後は現世に配備された一般隊士に非常時に散布する解毒剤を配布して、毒に汚染された虚の霊圧を感知する高感度レーダーを配備しとけば処置完了ってハナシだ。あのデブ破面に引き起こした事件に見合うだけの戦闘力がなくて幸いだったって冬獅郎が言っていたのを思い出す。
ただ一点。例の心不全の周期と死銃の犯行が一致してた理由については、未だ調査中ってハナシだ。
浦原さんの見立てじゃ、ヤツが襲来してきた際にまき散らす負の霊圧が、元々マイナス方向に傾いている一般人のメンタルをさらに不安定にして、それが殺人に向かわせる後押しをした結果なんじゃないかってコトらしい。その辺は正直言って門外漢の俺にはよく分かんねえ。結果がまとまったら、詩乃を呼んで一緒に聞くことにする。
それと、今回に関しちゃ流石に記憶処理が実行された。
対象はリーナ、キリトを初めとする、こっち側の事情に感づく可能性のある連中全て。ハイテク化が進む現世に対抗したらしく、今回は電子ウイルスなんてのも使ったとかなんとか。指令元は四十六室らしく、指令が出た十分後にはもう処置が完了した後だった。
相変わらずダミーの記憶がテキトーで、整合性なんて一欠片もありゃしねえ。キリトなんかは「自分でもワケが分からないんだ」と混乱しまくってて、ちょっと申し訳なく思った。ある意味アイツも被害者の一人だな。今度メシでも奢ってやるか。
リーナの方はなんでか落ち着いていた。
あの夜、アイツを放置して現場に向かっちまったことを怒ってるかと思ってたんだが、記憶処理後のリーナに電話をかけてみた時には恨み言の一つさえ言われなかった。
別に不機嫌って感じでもなく、記憶置換でその事実そのものを忘れてたってわけでもない。俺の詫びにも「別にいい。何か急ぎの用事だったんでしょ。仕方ない」とあっさり返答。いつもの淡泊な口調で今度のスケートリンクの待ち合わせとかについて手短に確認しただけで通話終了。何もないならないで、イヤな予感がしてちょっとコワかった。かと言って俺から何かできるわけでもねえし、もうなるようになってくれ。今回ばっかりは俺が悪い。
……で、一番問題になったのは、新しく完現術者として覚醒した詩乃の処遇についてだった。
一夜明けた昨日。放課後にアイツを浦原商店まで引っ張ってきて色々検査した結果、能力はやっぱり『過去を纏い、それを現実に放出する力』になったらしい。目視だろうが過去視だろうが、一度視認した過去は全て例外なく同質・同様の現象として現実に再現される。
理論上は能力の上限というものが存在せず、やろうと思えば俺の『無月』、藍染の『鏡花水月』、浦原さんの創った『崩玉』にユーハバッハの『未来予知・改変』まで何でもござれ。ハッキリ言って、一歩間違えば大災厄に繋がりかねない超アブねえ力だってことが判明。
様子見に来たという京楽さんも思わず目を丸くし、解毒処理の経過観察にやって来やがった涅マユリも『中々興味深いネ。一つ、死んで
が、結果としちゃあ何もなし。詩乃の魂には今もなお『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』が宿っているし、虚に襲われたりすれば発動することも可能だ。
理由は一つ。『理論上は出来ても現実問題として不可能』だから。
アイツの完現術の燃費もさることながら、詩乃自身の霊力がまず低すぎてお話にならない。発動できるのも、人間の肉体と魂が耐えきれるレベルが実質的な上限。死神の力の完全再現なんて夢のまた夢だって話だ。試しに上級鬼道『雷吼炮』を再現してみようとしたら、構築しようとしただけで霊力全部持って行かれて気絶しちまった。
んじゃあどこまでいけるのかってことで、夜一さんがつきっきりで実験してみたらしい。結果は下級虚の二、三体は何とかできる程度。霊力の等級は八等霊威まで上がってたらしいが、それでも一番軽い『
『
『原因は此奴の貧弱極まる肉体じゃな。能力発動時に、再現する過去から身体を保護するために霊力による自動的な身体強化が発生する。元の肉体がコレなせいで、最低ラインの能力でも大幅な霊力を強化に割かねばならず、ただ銃を撃つだけでもこの様じゃ。
お主等が危惧しているクラスの過去再現に耐えられるようになるには、死ぬ気で鍛えたとしても人間のままではムリじゃな。死後に死神にでもなれば話は別じゃろうが』
『マ、月島秀九郎のように自身の存在そのものを改竄したり、銀城空吾のように死神の力を混ぜ込んでいたり、茶渡サンのように人間離れした素体を持っていたりという例外はありますが、一般的に人間が持てる霊力の上限は比較的低いッスからね。
魂魄構造と器子強度の関係で六等霊威、つまり現在の護廷十三隊の上位席官レベルが限界でしょう。夜一サンが仰るように、死ぬ気で鍛えても霊力の総量は数年で頭打ち。燃費を飛躍的に向上させたとしても、おそらく戦闘力は隊長格の始解に届く程度ッス。危険な完全再実装には術の構成上の問題で本来の過去と同等の霊力が必須とのことですし、そう過敏になる必要もないでしょう』
霊力を補充されつつ散々能力を使いまくって、ぜーぜー言いながら倒れてる詩乃を見下ろしながら、呆れた目の夜一さんと苦笑混じりの浦原さんが言っていた。
ちなみにわざと再現度を落として霊力消費を抑えたらどうなるかってコトで、霊力四割カットのスッカスカMP7を再現してみたんだが……まあ、結果は察したとおり。
強引に的にされた俺からしてみりゃ、アレだ、玩具のBB弾銃で撃たれたのと変わんねえ。痛いだけで傷の一つも付きやしなかった。完現術使ってたとはいえ、生身ベースの俺にさえ傷を付けられねーんじゃ、いくら何でも使い物にならなさすぎだ。暴漢対策が関の山だろ。
この時点で涅は興味を失ったと言って尸魂界に帰還。京楽さんも笑いながらフォローしていた。流石に恥ずかしかったらしく、涙目で顔を真っ赤にした詩乃が
とにかくこれで、生きている間は詩乃が世界や尸魂界に仇なす存在になる可能性はないってことで、常識的な範囲で運用してくれれば問題なしって結論で落ち着いた……ただし、能力の
そう、問題になったのは、詩乃の過去再現能力が
隊長格の霊圧を持つ存在にこの能力が奪われるようなことになったら、確実に悪用され、過去に起きたあらゆる災害が蘇りかねない地獄が誕生する。
詩乃が死んだ後は尸魂界の目の届くところで生活してもらえばいいとして、生きている間はそうもいかない。さっきの実験でも分かったように、詩乃本人の戦闘能力はそこまで高くない。悪意を持った連中に襲撃されて能力を奪取されてしまう可能性は絶対に無視できなかった。
で、京楽さんが一旦この案件を尸魂界に持ち帰り、審議を重ねた結果、出た結論っつーのが……、
「……黒崎サン。そろそろ時間じゃないッスか?」
「あ? ああ、もうこんな時間かよ。んじゃ、ちょっと駅まで迎えに行ってくるわ」
「行ってらっさい。こっちの野暮用が終わり次第、アタシもご挨拶に伺いましょうかね」
「当たりめーだ。終わんなくても来い。俺の盗撮写真集なんつー肖像権侵害もいいトコな代物を出版して荒稼ぎしたんだ。卍解して商店フッ飛ばさねえだけ有りがたいと思って、代金分キッチリ働いて返しやがれっつーの」
「……なーんでバラしちゃったんスかねえ、松本副隊長」
本当なら全部買い戻せって言いてえトコなんだけど、場所が尸魂界な上にもう十四版も出回ってんじゃそりゃムリな話で。せめて稼いだ総額からはじき出した肖像権分タダ働きしてもらうっつーことと、全力の肘打ち一発で溜飲を下げた。マジでありがとう、乱菊さん。
浦原商店を出た俺は、空座町の駅を目指して歩き出す。ちょっと早いが、荷物が荷物だ。五分前着くらいでちょうどいいだろ。
「……にしても、詩乃のヤツ、落ち込んでねーだろうな……」
歩きながら、ふとそんなことを思った。
自分の友人が犯行グループの一員だったってことだけじゃない。昨日のアレは流石にちょっとやりすぎた感がある。
確かに詩乃の戦闘力は、今は低いかもしんねえ。けどアレは詩乃が死と隣り合わせの状況の中で開花させた能力だ。限度があるとはいえ過去再現ってのもスゲーと思うし、初めての戦闘であそこまで頑張れたんだ。
昨日はフォローしそこねちまったけど、アイツの危険性が低いってことをアピるためとはいえ、ちっと悪いコトしちまった気がする。
とりあえず、なんかショゲてたら何とかしねーとな、と考えつつ、俺は大荷物を抱えて空座町の駅に向かってるはずの詩乃と合流すべく、足を進めていった。
◆
<Sinon>
……なに、この状況。
「おらテメエらさっきハゲっつったか!? 叩いて伸ばしてジャンケンポンしてテンプラにして喰うぞコラ!! あァん!?」
「いや、俺ら別に、そ、そんな……」
「ただ、ちょっとジャマっつっただけでして、その……」
「似たようなモンだろぅがゴラァ!!」
いや似てないし。
空座町の駅前。午後四時前。
一護と待ち合わせをした時計台の下で、私は生まれて初めてヤンキーにカラまれた。無論、一護みたいな見ためだけイカついタイプじゃなく、暴力と恐喝で本当に人を脅すタイプの。
最初に私にカラんできたのは、学ラン姿の三人組。曰く、昨日の放課後に恐喝しにきた遠藤たちを私があしらったことに対する報復行為のようだった。見た目のコワさは強烈で、霊力を手にしているとはいえ、少し緊張する。寒気に反して汗ばむ手を握り締めながら対策を考えていた。
昨日のようにモデルガンを撃ってみせるだけで退くような相手じゃないのは明らか。体格差的に護身術も通じるかどうか。なら完現術? いやでも私の能力は未熟すぎて加減し損ねる可能性が……。
と思考しつつ焦燥に駆られていた、その時。
どこからともなく現れたスキンヘッドとおかっぱ頭の男二人組が不良共の横を通ろうとした。肩がギリギリぶつかる距離だったらしく、不良の一人が「ジャマだテメエ!」と押しのけた……直後、スキンヘッド男のボディーブローがジャストミート。
悶絶して倒れ込んだ不良を蹴飛ばしたスキンヘッドの男が額にクッキリと血管を浮き上がらせながら残り二名にメンチを切り、今に至った。
バキボキと凄まじい音を立てて指を鳴らすスキン男。メイトリクス大佐って程じゃないけれど、腕の筋肉が盛り上がっているのが金刺繍入り黒ジャージの上からでも分かる。
ビビリまくる不良二人とビビらせまくるスキン男。その横でため息を吐いたおかっぱ男が、やれやれと言わんばかりの表情でスキン男に話しかける。
「ねえ一角。聞こえてるかどうか知らないけど、一応二つ注意点。一つ、そこの美しくない男二人はどうでもいいけど、そっちの彼女には被害が及ばないようにね」
「あァ!? 女に手ェあげるような真似するわきゃねえだろ!!」
「それもあるけど、巻き添えにしない方がいいよってコト。彼女、一護の知り合いだったはずだしね。ほら、例の新米完現術者さ」
「……あー、そういやいたな。そんなヤツ……ってオイテメエら逃げようとしてンじゃねェ!! おい弓親! もう一つの注意点ってなァ何だ!!」
「あ、聞こえていたのかい。それじゃもう一つ。現世には警察、あっちでいう警邏隊みたいな連中がいるんだ。特にこういう人の集まりやすい場所で騒ぎを起こすと……」
「コラそこ! 何をしている!!」
「……こうやって捕まえに来る。先に言っておくけど、返り討ちなんてしないでよね。僕、お尋ね者なんて美しくない身分は御免だからさ」
「チッ! メンドくせーな!!」
舌打ちをしたスキン男は不良を投げ捨てると、おかっぱ男と共にものすごい速さで去って行った。慌てて警官が追いかけていくが、おそらく現行犯で捕まえることは不可能だろう。
遅れてやってきた警官に事情を説明し、私に最初にカラんできた不良三人が交番に運ばれていくのを何となしに眺めていると、
「よぉ詩乃。待ったか……って、なんだありゃ」
スキン男たちが逃げて行ったのと逆方向から一護がやってきた。連行されていく不良らをしかめっ面で見やる彼に、私はさあね、とだけ答えておく。更なる面倒に巻き込まれる前に、この場を離れたかった。
「知らないし、どうでもいいわ。早く行きましょ」
「だな。行くか」
そう言うと、一護は私の足元に置いてあった大きなボストンバッグをひょいっと担ぎ上げ、そのままスタスタと歩き出した。私もスクールバッグを肩にかけ、小走りでその横、歩道側に並ぶ。
「ちょっと、自分の荷物くらい自分で持つってば」
「いいじゃねーか。俺なんも持ってねえし、おめー授業で疲れてんだろ。気にせず楽してろよ」
「……あんたがそういうこと言うと、ちょっとヘンな感じがするわ」
「ほっとけ。つかサラッと
駅前の商店街を並んで歩く。この道を二人で歩くときは駅に向かっていたから、駅を背にして歩いていくのは何だか新鮮だった。ここ一か月でそれなりに見慣れた景色。そこに一護がいるというだけで、何だか全然違うような気がする。けどこの先、こうして歩く機会も増えるのかなと思うと、また妙な気分になる。
一昨日の夜の事件で、湯島にある私のアパートは半壊してしまった。
浦原さんが頑張ったらしく、虚による襲撃はもみ消され死銃事件とは何の関連性も内、偶然発生したガス爆発として処理されたらしい。そのため一昨日と昨日の夜は検査を兼ねて病院のベッドで寝泊まりをしたのだが、今日からはそうもいかない。追い出された云々の前に、人が住める状況じゃないあの部屋にこれ以上いるわけにもいかなかったのだ。
一応故郷の祖父母から心配する電話があったりしたが、住むところに関しては問題なかった。つい昨日、アテが見つかったからだ。
……そう、ここ空座町に。
より正確に言うのなら、育美さんの自宅兼事務所に間借りすることが出来るようになったのだ。
しかしいつまでも居候というわけにもいかないし、そもそも費用とかどうしようかと思っていたのだが、浦原さんが裏で色々手配してくれたらしく、近く、空座町駅前の家具付きアパートを有りえない位の安値で借りられることになっている。ただ、手続きに少し時間がかかるそうで、それまでの緊急避難先として育美さんのところにお世話になることになったのだ。
育美さんにはこれから頭を下げに行くのだけれど、浦原さんには何だかお世話になりっぱなしで申し訳なくて、昨日の検査の後に「せめて新居は自分で何とかします」って言ってみた。
けれど、
「いやいや、いいんスいいんス。朝田サンは今回の一件でとても頑張ってくれましたし、住居を破壊されてしまったのはもっと早く襲撃を察知して到着できなかった我々にも責任があります。ここは一つ、アタシのお節介を受け取っておいてくださいな……じゃないと黒崎サンとの取引がオジャンになっちゃいますんで」
と、割と真剣な様子で言われてしまったので、そのご厚意に甘えることになった。一護とどんな取引があったのかについては、浦原さんも一護も教えてはくれなかったけど。
……代わりに、浦原さんはこんなことを語った。
「朝田詩乃サン、キミは今回本当によく戦いました。仮想世界での戦闘経験があったとはいえ、初めての完現術発動であそこまで立ちまわれたのは素晴らしいことッス。
先ほど、アタシらはキミの能力と心身の釣り合わなさを散々コキ下ろしましたよね。確かに『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』の能力内容に比べて、朝田サンの霊力規模は小さすぎるし、体力も全く足りていない。十割全てを活かしきろうとしても、人間という器の関係上、それが叶うことはまずないでしょう」
そう言われ、思わず私は俯いてしまった。
過去と共に戦う力。それを手にした直後に見せつけられた、一護たち死神との力の差。その事実は少なからず私の心に重くのしかかっていた。折れてしまいそうな、というわけではないけれど、立ちはだかる現実というものは、今までの過去よりも険しいものに感じた。
だが、浦原さんはそんな私を見て、帽子を取って頭を下げてきた。
「……スミマセン。アタシは、いやアタシらはあの場で朝田サンを貶めるようなことをしました。
確かに『自分が弱い』という現実を直視することは必要ッス。けれどやり方とタイミングというものが世の中にはあり、今回アタシらはその両方を無視してアナタをイジめました。
誤解なきように言っておきますが、決して悪意あってのものではないンス。あの場で、総隊長と隊長格一名が立ち会うあの場で、朝田さんの能力が
度重なる例外的・前代未聞の事件がここ数年の尸魂界を襲っている今、中央四十六室はそういった不確定要素を極度に嫌う傾向がある。朝田サンの能力が恐ろしくて、封印命令を出すために隊長格の記憶閲覧という強硬手段にすら出る可能性がある以上、表向きはああした態度を取る必要がありました。
過去再現能力の凄まじい性能については、おそらく涅隊長も京楽総隊長も察しています。その上でアタシの芝居に付き合ってくれました。勿論、アタシも夜一サンも、そして黒崎サンも、一人としてアナタを馬鹿になどしていませんよ」
その証拠に、こんなモノを作りました。
そう言って浦原さんが指をかざすと、淡く光る球体が現れた。直径五センチくらいのそれを指先に漂わせながら、浦原さんが説明した
「これは隊長サンたちにも刻まれている限定霊印を改造したものッス。朝田サンの霊力が我々にとって危険視すべきレベルまで上昇するか、またはそれに匹敵するレベルの完現術を行使しようとした場合、能力使用を即時制限、封印する術式が内包されています。四十六室から妥協案として作成を命じられた、言ってしまえば、一種の枷ッス。
……ですが、デメリットばかりではありません。この霊印にはもう一段階、朝田サンの現在の霊圧と身体から考えて負担にならない程度の大きさに霊力を制限する制御術式を刻み込んであります。この制限がはたらいている間、朝田サンの身体から日常的に放出される余剰霊圧の一部は霊印内の回路に蓄積されていきます。アタシがナイショで付けた機能ッス。
そして、この二段階目の封印のみ、朝田サンの意志で限定解除することが可能になってます。解除と同時にため込まれた霊力が解放され、今回のように一時的に大きな霊力を使用しての戦闘行為が可能になります。限定解除した場合、アタシと黒崎サンの端末に通知が届くようになってますんで、近くに居れば黒崎サンが駆けつけますし、遠ければアタシが尸魂界に救援を要請する仕組みッス。
……分かりますか? これは枷の形をした一種のお守りなんスよ。アナタがアナタらしく自分の力で戦い生きるための、ね」
そう言って締めくくった浦原さんの言葉を受け入れ、私は霊印を左鎖骨の下に刻んでもらった。
デザインをある程度変えられると言われ、私は少し考えた後に「勿忘草」の形にしてほしいと頼んだ。花言葉にあるように、私が
別れ際、夜一さんにも声を掛けられ、暇があったらいつでも来るようにと言われた。完現術や体術も含め、私に戦闘の稽古を付けてくれるというのだ。
特に体術の稽古をしたいみたいで、
「その細い体で同学年の男からの襲撃を躱すとは、教えて一週間にしては上出来じゃの。お主は中々良い才能を持っておる。初めての完現術を制御しきって見せたその精神力といい、術の構築速度といい、鬼道型としては十分に優秀な部類に入る。
確かに今は未熟かもしれん。じゃが儂も喜助も一護も、最初から今の強さを持っておったわけではない。外野の野次なんぞ気にするな。身も心も、鍛練次第でお主の強さなどいくらでも変わってくる。精進せい」
そう言って励ましてくれた。ニカッと笑うその表情に釣られて、私も笑みを返したことを覚えている。本当にいい人たちだ、浦原さんも夜一さんも、そして――。
「――ンだよ、詩乃。無言でジーッとコッチ見やがって。俺の持ってるボストンバッグになんかヘンなモンでも入れてんじゃねえだろうな」
「……そんなわけないでしょ。ばか」
ツンと顔をそらす私。じゃあなんでコッチ見てんだか、と肩をすくめる一護。慣れつつある軽口のたたき合いで、ナーバスになっていた気分も晴れる。私も案外単純だ。
少しの間そうして歩いていると、横のファストファッションのお店から二人の女性が出てきた。しかも、そのうち一人は見覚えのある顔をしている。
「あら! 一護に詩乃じゃないの。あ、そっか。今日コッチに越してくるって言ってたものね」
「こんにちは、乱菊さん。日番谷くんは一緒じゃないんですか? なんか同じところに泊まってるみたいな話を聞きましたけど」
「隊長はお留守番。女の買い物になんざ付き合ったら男は荷物持ちにしかなんねえだろうが、って言ってね。察しが良すぎるのも困りものよねえ」
「……で、井上が一緒ってことは、やっぱ二人は井上ん家に泊まってんのか?」
「うん。乱菊さんたち、いきなり来たからびっくりしちゃった。何か色々大変だったみたいだけど、ごめんね黒崎くん、手伝いに行けなくて」
「気にすんな。大学があったんなら仕方ねーだろ……っと、丁度いい。詩乃、こいつは井上織姫。オメーの先パイだ」
「井上、織姫さん……あ、もしかして、この前話してた、あの?」
一護から話だけは聞いていた。事象の拒絶というとてつもない力を持つ完現術者で、一護と何度も共闘している仲間の一人だという女性。
能力と「明るくていいヤツだ」っていう人柄しか聞いていなかったけど、こんな美人だなんて思わなかった。乱菊さんに勝るとも劣らない豊かな胸の膨らみに、同性ということも忘れて惹き付けられて、同時に自分の平坦な胸元を見下ろし残念な気持ちになる。
「んで井上、こっちが朝田詩乃。オメーからすりゃ術者としての後輩ってことになる。今日からこっちに住むことになったから、仲良くしてやってくれ」
「お任せあれ! 始めまして、井上織姫って言います。詩乃ちゃんって呼んでいいかな?」
「は、はい。井上先輩」
「あはは、なんか先輩って呼ばれると照れちゃうねー。くすぐったい感じ」
「大学とかで散々呼ばれてんだろ。大袈裟なヤツ」
「それとこれとは別だよ。黒崎くんだって、可愛い女の子に『黒崎先輩』って呼ばれたら照れるでしょ? それと同じこと」
「そもそも後輩の女子に名前呼ばれたことすらねえっての」
「あら、寂しい男ねえ一護も。せめて髪黒く染めなさいって。そっちの方が女受けはいいわよ。ねえ、詩乃?」
「私はどっちかって言うと、そのしかめっ面の方が問題な気がします」
「言いたい放題言うんじゃねーよ! 大きなお世話だっつの!!」
うがーっと一護が吼え、女性三人で顔を見合わせて笑う。これがキリトとかだったら問答無用で背中とかを蹴っ飛ばされてるんだろうけど、女性陣相手に物理的ツッコミは入れられないのか、それとも多少は自覚があるのか、バツが悪そうにしているのが尚更笑いを誘った。
「……あ! そうだ黒崎くん。今度遊びに行くときに持っていくお菓子なんだけど、トッピングの素材選びで迷ってるの。遊子ちゃんと夏梨ちゃんの好みに合わせたいから、ちょっとそこのお店でお買いものに付き合ってくれない?」
「いいけどよ、毎度毎度気ぃ使わなくてもいいんだぞ? ウチの連中なんて井上のクッキーだけでも大喜びで食うんだし。そもそも差し入れ持ってなきゃ行けねえほど、付き合い短かねーだろ」
「いーのいーの! 私が好きで作ってるんだから。じゃあ乱菊さん、ちょっとだけここで待っててもらえますか?」
「はいはーい。気にせずいってらっしゃいな。あたしは詩乃とおしゃべりして待ってるわ」
「ありがとうございます。詩乃ちゃんもゴメンね。黒崎くん、すぐに返すから」
「い、いえ。お構いなく……」
私たちに見送られて、二人は少し先にあるお菓子作りの専門店へと入っていった。仲睦まじく談笑する二人だが、髪色が似ているせいか、よくお似合いな感じがする。朗らかに笑う井上先輩につられてか、一護の方も普段よりも表情が柔らかくなってるみたいに見えるし、まるであれは――。
「――なぁーに詩乃。もしかして嫉妬?」
「なっ!?」
横からにやにや顔で覗き込んできた乱菊さんの台詞に、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。慌ててショーウィンドウに映り込む自身の顔を見ると、真っ赤になりながらもちょっと口元がへの字に……咄嗟に修正し、平素の表情を作る。
「そんなに必死に取り繕わなくてもいいじゃない。女は嫉妬してナンボのモンよ」
「いえ、ほんと嫉妬なんてしてないです! ……だいたい私、別に一護のこと、その……好きとか、そんなんじゃないですし」
「別に恋愛感情だけが嫉妬の原因じゃないでしょ? あんたの場合、好きな人が他の女の子と仲良くしてるのを見たっていうより、お兄ちゃんを取られちゃった妹、みたいな顔してたわよ。そういう可愛いヤキモチも大事なことだと、おねーさんは思うけどね」
「え……?」
私が、一護の……妹?
彼が、私の……兄?
一瞬ぽかんとした私。その脳裏にある光景が浮かんでくる。
今は壊れてしまった私の部屋。午後の陽光が刺しこむその部屋で、私は一護に料理を教わっている。
いつもの適当な我流調理法を、外見に反して料理上手な一護がしかめっ面であーだこーだ言いつつフォローする。私もそれに、うるさいわね、と対抗しながら、包丁を持った手を彼の教え通りに動かす。
並んで料理を作るその光景は、ともすればカップルのよう。けれどそこにあるのが恋愛ではなく、憧憬と信頼故の繋がりだとしたら、それは……。
「~~~~~~ッ!!」
慌てて現実に帰還。首を千切れんばかりに左右に振って妄想を脳内から叩き出す。
何を考えてるの朝田詩乃。あんな三文小説に出てくるベッタベタな仲良し兄妹みたいなシーン、しかも配役が私と一護だなんて、本気でどうかしてる。っていうか脳内の私、なにをまんざらでもなさそうな顔してるのよ。ばっかじゃないの。
「ほーら、けっこうしっくりくるでしょ? あんたと一護」
「い、いえっ! 全然!!」
「意地っ張りねぇ……ま、いいけど」
じゃあ、これだけ言っておくわ。と付け加え、乱菊さんはからかうような表情から少し優しげな笑みへと変わり、私の目を見た。
「一護があんたを大事にしてるってのは確実よ。この前の夜もそうだし、さっき歩いてきたのを見ただけでも分かったわ」
「私の荷物を持ってくれてた、から?」
「それもあるけど。一護、ちゃんと
「…………あっ」
……そうだ。
一護は私を育美さんの家や浦原さんの店から送る時、いつも車道側を歩いていた。今だってそう。そして、私もそれに自然と慣れていたのだ。だからさっき、私も当然のように歩道の内側に並ぶことができた。
「それともう一つ。お兄ちゃんと仲のいい妹っていうのはね、お兄ちゃんの
意地張んのもいいけどさ、まずは自分の気持ち、受け止めて見たら?
そう言って、乱菊さんは私の頭を撫でた。一昨日会ったばかりの人。なのにどうしてこんなにも私の気持ちが見通されるのだろうと、不思議になる。自然と首が縦に動き、こくり、と頷いていた。
「――お待たせー! けっこう買い込んじゃった……ってアレ? 二人ともどうかしたの?」
「乱菊さん、さては詩乃泣かしたんじゃねーだろうな?」
「やーねえ、そんなワケないじゃない。楽しく楽しくお話ししてたのよ。ねー?」
「……はい」
「言わせた感がハンパねーなオイ」
「気にし過ぎだよ黒崎くん。ね、ここから黒崎くんのバイト先に行くんだよね? だったらあたしの家通り道だから、ちょっと寄ってってよ。お菓子あるし!」
「ウチの隊長が全部食べちゃってなきゃいいけどねー」
「大丈夫。冬獅郎くん専用に甘納豆たくさん置いてありますから」
「うっわ、流石織姫。抜かりないわー」
お喋りしながら、井上先輩と乱菊さんが先に立って歩き出す。それを見た一護は軽く息を吐き、ボストンバッグを担いでその後に続いた。私もその横に並ぶ。
「……まァ、ちょっとだけ寄ってくか。実際、アイツの菓子はウマいからな」
「よく作ってもらってるの?」
「ここ最近ウチに遊びに来た時なんかに、ちょくちょくな。井上、ウチの妹二人に勉強とか教えてくれてんだ」
「一護が教えればいいのに……って、一応受験生だったっけ。あんた」
「一応じゃねーよ。ガチで受験生なんだっつの」
ムッとしたような顔で一護が言い返す。
そんな一護の横で、私はどうしてか、さっきの恥ずかしい妄想を思い出していた。
私と一護が並んで料理をする光景。正直、食事なんてただの生きるための一作業のように消化していた。だが今後は完現術者として身体も作っていかないといけない、そう夜一さんにも言われていた。そのためには食事を蔑ろには出来ない。
それに、これから育美さんのところでお世話になるのだ。ちゃんとした食事くらい作れないと迷惑をかけてしまう可能性も高い。
――自分の気持ちを、受け止める。
息を深く吸い、ゆっくり吐く。少し鼓動が早くなったのを感じながら、一護の方を見上げ、
「……ねえ、一護。今度育美さんのとこで勉強するの、いつにする?」
「あー、どうだろうな。育美さん、なんか最近異様に忙しくしてたし、これからしばらくはお前が住みこむんだ。いつ行っても変わんねーような気がすんな。詩乃が都合つくときでいいんじゃねーの」
「じゃあ、明後日の夕方にお願いするわ。今日と明日は荷物整理とか色々あるだろうし」
「分かった。住み込みってのは便利だな。帰りに送る必要ねえから時間も気にしないですむ」
「そうね……でね、もしあんたが時間あったらでいいんだけど、その……」
「……? なんだよ」
立ち止まり、一護が私を見下ろす。しかめっ面の中にあるブラウンの双眸。幾度となく見てきたはずのその眼差しがやけに強く感じ、思わず目を逸らす。一拍置いて、熱くなった頭の中を整理してから、
「……か、カレーの作り方、教えてよ」
「あ? お前自炊出来んじゃねーの。カレーなんて、切って煮込んで終わりじゃねえか。つか正直言って、教わるよりネット見ながら作ったほうがはえーぞ」
「い、いいのよ! 包丁の使い方とか余った食材の保存の仕方とか、い、色々あるでしょ! それともなに? 私に料理教えるのイヤ?」
「ンなムキになんじゃねーよ……別にいいけどよ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。どーせなら買うトコから始めるか。SAOから帰った後、遊子に叩き込まれた選定方法があるんだ。せっかくだし、そっからやるぞ」
「了解。じゃ、育美さんにその日だけキッチン貸してもらえるよう頼んでおくわ」
「あの人なら頼まなくてもイケる気がするけどな。なんせ、料理もままならねえくらい忙しいとか何とか言ってたし」
「……そんなに多忙なの?」
「なんか俺に仕事を任せらんねえような筋から、ギリギリ消化しきれるくらいの量の依頼が来まくってンだと。昨日電話で言ってた」
「商売繁盛も困りものね」
頼みを引き受けてくれたことで、思わず緩みそうな頬を意識的に引締めつつ、一護の隣を歩いていく。相変わらず彼は車道側、私は歩道側を歩いている。歩調は彼の脚の長さからしてかなり小さく、ちょうど私が普通に歩く速さと同じくらい。担いだボストンバッグは私とは反対側の手に握られていて、私に当たりそうになることはない。
……なによ、もう。
こんなに気配りされてたなんて、全然気づかなかった。
ううん、気づかなかったんじゃない。私が勝手に壁を作って、彼の深いところに触れないよう、私の深いところに触れられないよう遠ざけていただけなんだ。臆病な野良猫みたいに、差し出される手から逃げていただけだったのだ。
けど、これからは違う。
新しい力を手に、彼の暮らすこの街で、私は生きていく。
独りで、じゃない。この数日間で得た多くの仲間がいる。師匠がいる。先輩がいる。陽だまりのような温かさを持つ、沢山の人たちに囲まれ――。
そして――心の内で憧れている、一人の兄と一緒に。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
まずは、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。
今話をもちまして、第二章・GGO篇『剣を握る資格』完結になります。予想以上の難産となりましたが、無事に今章を完結させることが出来ました。
今話のタイトルはAqua Timezさんの『STAY GOLD』からです。
歌詞と詩乃のことが共鳴する感じがして、曲のタイトルをお借りしました。
これで残すところはあと一章、「マザーズ・ロザリオ篇」だけとなりました。ようやくルキア達も登場したことですし、番外編も含めて最後まで頑張って書いていきたいと思います。
◆
……さて、今話というか二章に関して、三つほど。
異様に長いので、今後のお知らせ等をご覧になりたい方は次の『◆』まで読み飛ばしてください。
まず一つ。ベローナの戦闘シーンないんかい! という点について。
一度書いては見たのですが、よく考えると、
(1)SAOキャラが一人も出ない
(2)今後の伏線張りにも特に繋がらない
(3)ただでさえ冗長の拙作がさらに冗長化
……ということでばっさりカットしました。それでなくても今話、一万四千文字越えてますし。
感想欄でも一部お答えしましたが、ベローナ本人には戦闘能力はほとんどありません。
元々ザエロアポロの回復薬として製造されているという経歴。そして自分という個ではなく、毒で汚染した虚による群の戦い方(ついでにモチーフがあの少佐殿という点)から考えて、自分で戦闘してるとこがしっくりきませんでした。なので彼はあのまま虚の軍勢と共に死神部隊に討伐され、霊子となって世界に還っていきました。
もしどうしても書くことになれば番外編で、ということになりますが、いずれにせよ本編では省略です。
次に二つ。詩乃の能力に対する尸魂界の対応について。
浦原も言っていたように、尸魂界、というか中央四十六室側としては、更なる災厄に繋がりかねない「過去再現能力」は一刻も早く封印、というか処分してしまいたい不確定要素です。度重なる事件で警戒心がマックス状態なのが原因です。
一方、実際に詩乃の様子を目にしている浦原たちにとってみれば、確かに凄い能力ではあるけれど、詩乃という人間が人間の器からはみ出ない限り、特に問題ないと判断しています。何故なら彼女が自分たちの手元、つまり空座町に引っ越してきているのです。何かあっても自分たちの戦力なら何とかできると踏んでいる一方、万が一があった時の危険性も承知しています。故に対策として、四十六室が出した妥協案に乗じて強化方法と非常事態を知らせるビーコンを彼女に埋め込んでいます。
完現術として完成した今、詩乃の霊力も落ち着いてくるでしょうし、夜一さんによる修行も継続します。ひとりぼっちだった頃の詩乃ならともかく、今の詩乃であれば、敵わない相手が出て来てもいいようにされてしまうことはないでしょう。
そして三つ。一護に対する詩乃の評価について。
あれ、惚れねえの? って思った方もいらっしゃるかと思います。
はい、惚れないです。登場した女の子キャラが全員誰かに惚れなきゃならん決まりもないですし、それに詩乃に関しては恋愛でどうこうするより家族の温かみというものを知ってほしいという筆者の考えがあって、ああなりました。
勿論、黒崎一護という一人の人間としては好ましく思っていますし、信頼もしています。
ですが、その根底にあるのは一護に対する思慕の情ではなく、憧憬となっております。
感想欄(多分二十五か二十六話くらい)にて、「二人で一護に追いつこう」というキリトとシノンの決意に対し、「死んでもたどり着けなさそうな目標を掲げた同士のキリトとシノン」という表現をしている方がいらっしゃいました。
キリトの方は一護の死神代行としての来歴を知らないからこそ「勝てないけれど、いつか追いつきたい剣士」という認識からあの台詞が出て来ています。
ですが詩乃は部分的とはいえ一護がどういう世界に生きているのは知っていたわけですし、今話でもそのギャップを重く受け止めている描写があります。その隔絶した力の差を知っていて尚、彼女は一護を目標にすると決めたわけです。
これこそ、詩乃が一護を恋愛対象としてではなく、兄のような存在として見ている理由となります。
一護に恋をしているリーナは、「一護に追いつこう」という向上心ではなく「一護と感覚を分かち合える存在になりたい」という共感が根底にあります。SAOの時点で一護の戦闘力の大きさ・精神力の頑強さを知り、その上で戦闘力だけではどうにもならない場面において一護の損得を考えつつ、一護の心を支えられるような、そんな人になりたい。リーナはそういう思いで、日夜あれこれやっているわけです。
対して、詩乃は一護に対し強烈に「憧れ」ています。
拙作の中で、彼女が一護と同じような台詞・思考・行動をしている場面がいくつかあったと思います。あれこそ、詩乃が一護を目標として常に意識しているための振る舞いです。
これは乱菊が言ったように「兄に憧れる妹」そのものです。たとえ絶対に追いつけない相手であったとしても、その在り方がかっこいいと思うから、憧れているから、詩乃は一護のあの姿を脳裏に刻み込んで戦おうとしたのです。
……要するに「お兄ちゃんが所属しているクラブの活動にやってきて、出来もしないのに『わたしもお兄ちゃんみたいになるのー!』って言ってる妹」と同じことです。
微笑ましく、あるいは無謀なことかもしれません。しかし新しいことを始める取っ掛かりなんて大概そんなモンです。途中で大人になって現実を見て、折り合いを付けることだってあるわけですから。
そんな『成長した大人の判断』に対し、「アイツ結局途中で諦めやがったぜ」なんて野暮なことを言う輩もいないでしょう。
越えられる保証のある小さい目標をコツコツこなして成長するのも、ドデカい目標に向かって延々邁進するのも、人それぞれなのです。
◆
次章と番外編について。
明日の午前十時に番外編の三話目を、金曜日に四話目を投稿致します。
やっと死神組が来ましたので、その記念に。
その代わり……と言ってはアレですが、三章第一話の投稿は来週の火曜日とさせていただきます。ちょっと年末で色々立て込んでおりまして……すみません。
それに伴いまして、番外編のリクエスト締切を来週の火曜日、12/13の午前10時とさせていただきます。
重複していても、新しく思いついたテーマでも、どちらでも大丈夫です。何かリクエストがある方はメッセージ、または活動報告にてお願い致します。
それでは、また次章でお会いしましょう。