Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

27 / 54
お読みいただきありがとうございます。

二十七話です。
シノン視点です。

宜しくお願い致します。


Episode 27. Rock'n'Roll -feat. arousal-

<Sinon>

 

「――とりあえず……来てくれて、ありがとう。キリト」

 

 現実世界にある私のアパート。

 

 六畳間の床に座り込んで礼を言った私に対し、キリトは見覚えのある片頬だけの笑みを浮かべて見せた。

 

「いや……結局ほとんど何もできなかったし。来たときにはシノンが八割方解決しちゃってて、俺は取り押さえるのに手を貸しただけだから」

「それでも、よ。意識のある男子一人を拘束するのは私でも骨だわ」

「いやあ、シノンがリアルでも強いとは思わなかった。同年代の男子一人に襲われても取り押さえることが出来るなんて、見掛けに依らず武闘派なんだな」

「……そんなんじゃないわ。護身術の一環よ」

 

 『化け猫から教わった』という枕詞を省略して適当にはぐらかし、私はどうにかぎこちない笑みを返す。疲れたような朗らかさの欠片もない表情になっていることは重々分かっていたが、今の私にはこれが精いっぱいだった。

 

 部屋の隅にはオーディオの電源コードで後ろ手に縛られ、両足首をタオルで拘束された少年が一人、力なく横たわっている。トレーナーとジーンズ姿の痩身のその人の名は、新川恭二。GGO内でのアバター名はシュピーゲルであり、そして……あの『死銃』の片割れであった。

 

 

 BoB内でキリトとの共同戦線で死銃を倒し、グレネードで彼と相討ち退場して現実に帰還した私を待っていたのは部屋に侵入した死銃……ではなく、いつもの簡素な部屋の光景だった。

 

 ほっとしていた私だったが、その直後に新川くんが訪ねて来た。私をGGOに誘ってくれた数少ない友人を部屋に上げると、彼はケーキを差し出し私のBoBタイ優勝を祝ってくれた。くすぐったく感じながら祝福を受けていた私だったが、キリトの話題が出た所で彼の様子が急変。私にのしかかると無針注射器を取り出した。

 キリトが死銃の凶器として推測していたそれを目の当たりにした私は、見たことのない仄暗い目をした新川くんにつっかえつっかえ問うた。君が死銃の片割れなのかと。君たちは人を……殺してしまったのかと。

 

 新川くんはその幼い顔を暗い微笑みに歪めながら、私の問いを肯定した。彼の口から語られることはおおよそキリトの推測通りで、彼は兄とその知人、三人一組で犯行に及んでいたという。自身が全てをかけていたGGOでゼクシードの嘘によってステータスビルドを違えたことが動機だと、憎々しげに語った。

 

 ……そして、彼は言った。

 

 私を自分の手で殺すんだと。

 私の噂、過去に銃で人を撃ち殺した私に憧れていたからこそ、私に近づいたのだと。ずっと私に憧れていて、憧憬が歪な愛に代わり、そして「朝田さんには僕しかないんだよ」という泥のような執着の言葉を吐き出す彼の姿には、もう私が知る大人しい男の子の面影は無かった。

 

 信じていた人の豹変に一度は絶望した私だったが、しかしそれでも、私は生を諦めることが出来なかった。

 

 この数日間で、生きる心地よさをたくさん知ってしまったから。

 

 一護と出会い、霊能力に目覚め、キリトと闘い、BoBで死銃を倒す。濃密な時間を過ごし、生まれて以来最も人との距離が近かった時間の温かさが、絶望と諦観で命を投げ捨てようとする私の弱い心を振るい立たせた。

 

 のしかかる新川くんの鳩尾を膝で蹴りつけて上から振り落とし、体勢を回復。飛びかかってきた彼の腕を掴んで関節を極め、つんのめったところに足を掛けて取り押さえた。

 

 暴れる彼の全身を私の貧相な身体で抑えつけながら、ここからどうするかと赤熱する思考を全速力で回転させていたところにインターホン。ろくに考えることなくリモート操作でロックを解除した扉から飛び込んできたのは、線の細い黒ずくめの少年、キリトだった。

 彼に驚き、思わず拘束を緩めてしまった私の下から抜け出した新川くんだったが、キリトは素早い身のこなしで接近。タックルで新川くんを床に叩きつけて再び動きを封じることに成功した。その間に私が電源コードとタオルで新川くんを拘束し、彼がようやく力尽きたところで私とキリトはようやく肩の力を抜いたのだった。

 

「ケガは、ない? シノン」

「ええ、大丈夫。あなたは……って、口の端切ってるじゃない」

「え? ああ、本当だ。体当たりしたときにどっかでぶつけたのかも。カッコつかないなあ。リアルの体術スキルを上げておくべきだったよ」

「GGO内で散々かっこつけてたんだから、それくらいで丁度いいんじゃない? 濡れタオル持って来るから、ちょっと待ってなさい」

 

 ショック状態からようやく抜けられた私は軽口を返しながら、台所に行ってタオルを水道の水で濡らしてキリトに手渡した。礼を言って受け取り、キリトは口の端に当てて少し顔をしかめる。真冬の冷水が傷口にしみるらしい。

 

「ぅぅ、痛つつ……あ、言い忘れてたけど、一応依頼人経由で警察には通報済みだ。多分、あと五分もすれば到着すると思う。それまでに着替えてきなよ。外、けっこう寒いしな」

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて……今度は着替えてるところに侵入してこないでよ。あんたも一緒に警察に付き出すことになるから」

「絶対にこの部屋から動きません。剣士の誇りに誓って」

 

 真顔で言い切るキリトに微かな笑みで応え、浴室に入って着替える。薄手のトレーナーとショートパンツを脱ぎすて、とりあえず手近にあったセーターと膝丈スカート、ストッキングに着替えることにする。ついでに、嫌な冷や汗で湿ってしまった下着も取り替えることを決め、ヒーターのスイッチを入れてから脱衣を始めた。

 

 お湯を含ませたタオルで軽く体を拭いてから、シノンが着ているものに似た素っ気ないデザインのスポーツブラとショーツを手に取る。身に付けつつ、私はふと鏡をみた。相変わらず痩せこけた、肉付きの薄い自身の肢体が映り込む。弱弱しさをそのまま体現したような自分の身体は嫌いだったけど、今は少しだけ胸を張っていられるような気がする。

 

 セーターとデニムスカートを着込み、ストッキングを履いて、部屋に戻って警察の到着を待とうとドアに手を掛けた……瞬間、言いようのない怖気(おぞけ)が背筋を舐めた。先ほど新川くんから感じたものと同質、いやそれ以上の冷たい空気……ううん、そんな生易しいものじゃない。

 

 

 これは……霊圧(・・)だ。

 

 

 しかも一護や浦原さんたちのような霊圧のものじゃない。人間のものでも決してない。一度だけしか感じたことはないが、今でも決して忘れられない。あの路地裏で私を襲った、虚の霊圧と同じような重くざらついた質感だった。

 

 直後、私の鼓膜をぶち破らんばかりの爆発音が鳴り響く。次いで瓦礫が崩れるような音。その轟音に混じって聞こえる、誰かのうめき声。

 

「キリトっ……新川くん……!」

 

 部屋にいるはずの二人の名を呼びつつ、私は浴室から飛び出す。

 

 目に飛び込んできたのは、壁に大穴が空き、惨憺たる惨状をさらす自室。倒れ込み、気を失っているらしいキリト。ベッドの横に倒れ込み、こめかみから流血している新川くん。

 

 ……そして、穴の外、夜の闇が詰まった黒腔から覗く虚の群れだった。

 

 爛々と輝く金色の目。何対もの怪物の金眼に晒され背骨を抜いて代わりに氷塊を突っ込まれたような寒気が私を全身を縛り上げた。

 

 何故、ううん、心の底でこの可能性を自覚していたはず。霊力を持った人間は虚の標的になりやすい。それは知識として知っていたはずなのだ。でもなんでこんな時に、どうして、どうして……。

 

 かたかたと震える奥歯を噛みしめることで意識をぎりぎりで保っている私の前で私を視界に捉え、虚たちが動き始める。先頭にいた人型の二体、その奥に控えた巨熊型の一体が室内へとその身体を捻じ込む。数日前に路地で遭遇した奴よりは小柄だが、それでもニメートルを優に超える巨体が三つも室内に侵入したことにより、部屋がメキリと大きく軋んだ音がした。

 

「……ぁ……ぁぁあぁ……っ」

 

 無理だ。

 

 虚の濃密な霊圧に押しつぶされそうになっている私に、ゆっくりと虚が近づいてくる。仮面の奥から殺意を滲ませ、私を文字通り食らうために、一歩一歩。

 

 抵抗なんてできない。

 

 霊力の扱いを学んだとはいえ、私の「過去視」には何の戦闘力も備わってない。霊力による身体強化なんて、一般的な成人男性をどうにか振り切れる程度が限界だ。抵抗したところで、数秒の時間稼ぎにさえならない。むしろ甚振られる時間が増すだけに思えた。

 

 ……私はこれから、虚に食われる。

 

 新川くんの、私の初めての友人から向けられた歪んだ愛の形をした殺意。それから逃れても尚、ここで魂を食われて死ぬんだ。そう思うと、今度こそ身体から力が失われていく。どうしようもない力の差に、今度こそ諦観が全身を支配する。

 

 

 これはもしかすると、一種の罰なのかもしれない。

 

 殺人と言う最もつらい過去から逃げ続けた罪に対する、どう足掻いても逃れることの出来ない罰。

 

 一護からの叱咤を糧に自暴自棄から抜け出し、キリトという一つの鏡のおかげで仮想の黒星に打ち勝つことが出来た。けど、今直面しているのは明らかな現実。力が足りないという抗うことが許されない現実なのだ。どれだけ過去と戦おうと、私が弱い現実は変わらない。その事から目を背けた私には、ある意味ではふさわしい終焉なのだろう。

 

 へたり込む私に向かって歩み寄る虚の手が伸び、触れるまで一メートルをきった――その時だった。

 

 

 足元に落ちていたスクールバッグが突如発光。半球状の光の膜を張り出して、虚の行く手を阻んだ。

 

 

 虚は力任せな体当たりで結界と呼ばれた光の膜を破らんとしてきた。が、思いのほか頑丈な結界はびくともせず、軋みはしても崩壊する様子はない。厚さにしてたったの数センチにしか見えない光の壁は、私と虚を完全に隔絶する防壁となっていた。

 

 修行中、鉄裁さんから教わった記憶がある……これは、結界というものだ。

 

 霊力を圧縮して防壁と成し、敵の攻撃を防ぐ。高い霊子密度と術構成技術、この二つさえ備わっていれば、向こうが透けて見える薄さでも鋼鉄を凌ぐ強度を持たせることが出来るという。しかし勿論私には扱えない。命を拾ったことには違いないのだが、その源が分からなかった。

 

 突然変貌した目の前の光景にほんの僅かばかりの希望を供給されたおかげで、私の体に微かに力が戻ってくる。這うようにしてバッグに近づき、光の源を探り当てる。

 

「これ……お守り? なんで、こんなものが私のバッグに……」

 

 今の今まで気づかなかったが、バッグの取っ手部分に古ぼけたデザインのお守りがぶら下がっていた。手に取ってよく見ようと、私は恐る恐る腕を伸ばす――、

 

 

 

「――鬼道の結界。やはり死神の監視下にあったということかね」

 

 

 

 粘つくような声と共に、目の前の空間が割れ裂けた(・・・・・)

 

 怪物が咢を開くようにして裂けた空間から、小柄な人型の生物が現れる。

 性別は不明。真円に近しい肥満体型を包むように簡素な白色衣服が張り付き、手足は逆に枯れ木のように細い。首は上からハンマーで叩き潰されたように胴体にめり込んでおり、その上に乗っかっている顔には仮面は見えず、のっぺりした顔面にはおぞましいくらいに整った歯と吊り上がった金の目が備わっている。頭髪はほとんど無く、後頭部で一纏めにされた黒髪が夜風に煽られて揺らめく。人型をした人でないナニか。そうとしか言いようが無かった。

 

 肥満体のソレ(・・)は漫然とした足取りで空間の裂け目から歩み出る。と、結界目掛けて繰り返されていた虚たちの攻撃が停止し、そのままのっそりと身を引き道を開けた。まるでソレが自身の主であるかのように。

 

「……初めましてお嬢さん(フロイライン)。私はベローナ・グローリエ。彼らの主であり指揮官でもある」

 

 見た目に反し、ひきつるように声が高く口調も柔らかだった。足取りもどこかひょこひょことしていてコミカルな動きをしている。

 悪趣味なマッドホラームービーの息抜きキャラみたいな出で立ちだが、そこに安穏の気配は欠片もなく、むしろ狂気で飽和しているが故の穏やかさと表現すべきように感じられた。背後に控える無数の虚たちがソレ――ベローナの登場以降微動だにしていないことが、さらに私の恐怖を煽っていた。

 

「まずは突然の訪問を謝罪しよう。本来なら時間をかけ、君が完全に目覚めきってから伺うつもりだった。だがしかし予想より早く私の保有霊力の量が臨界に達してしまった以上、計画を前倒す必要がでてくる。故に私たちは非礼を承知でこうして参上仕ったわけだ」

「あ……あなたは、虚、なの…………?」

 

 乾ききった舌の根をどうにか動かし、私はベローナの演説を打ち切るようにして問いかけた。まだ事態を飲み込めていないが、言葉からしてどうやらヤツは急いている。霊力がある魂、すなわち私をその「計画」とやらを早めて食らいに来た。ならば、ここで時間を稼がなければ。この会話にピリオドが打たれた瞬間、そこが私の人生の終焉になるのだから。

 

 幸いなことに、ベローナはひきつった嗤い声を上げながら私の問いに応じてきた。

 

「虚? お嬢さん(フロイライン)、私の顔に彼らと同じ仮面が見えるのかね? あの無紋の白壁が私の皮膚の何処かに張り付いているように見えているのかね。

 答えは無論、否だ。だが半分は是でもある。私は破面。仮面を剥ぎ虚から死神の領域に片脚を踏み入れた存在。つい先日、先走って君を食いに行った私の部下を斬り殺したあの死神と、魂魄の質の五割を同じくする存在だ」

「……そ、そう。彼を知っているのね。なら早く退きなさい。直に彼が、一護がここに来る。あなたがどれだけの虚を従えていようとも、例えこの場で私を食らっても、彼には決して敵わない。撤退した方が身のためよ、ベローナ」

 

 無論、ハッタリだ。そんな保証はどこにも無い。

 けれど、可能性はある。この地区の担当死神であるアフロヘアの男には、一護から「敵わない敵が出てきたらソッコーで浦原さんに知らせろ」とキツいお達しが出ている。その連絡さえなされていれば、彼が来てくれる確率は低くない。そう考え、私は奥歯のかち合う音を悟られないようなけなしの理性を総動員しながらベローナに忠告した。

 

 これで退くとは思えないけど、数分、いや数秒でも逡巡してくれれば……。

 

「そうか……死神が……っくく、素晴らしい。実に素晴らしい巡り合わせだ! あの強大な霊圧を持った死神が来ると言うのか! 私の夢を実現する要になり得るあの死神が!!」

「ゆ、夢……? なにを、言って……」

「忠告を有り難う、可愛らしいお嬢さん(フロイライン)。だが私にとって彼の到着は望むところなのだよ。君を食らった後であってくれさえすれば、彼は実に都合がいい分散剤(ディスパーザント)になるのだから」

 

 ひき嗤いを継続しつつ、ベローナは懐から銀色の筒を取り出した。中には液体が満ちているらしく、ちゃぷちゃぷという音が聞こえてくる。

 

「これが何かわかるかね? 液状になるまで濃縮した霊子が詰まっている。私が今まで人間を直接・間接的に食らうことでため込んだ霊力、私が保持していられる限界量となったその全てが此処に集束している。ここに君の霊力を足し合わせることで、私の研究は臨月を迎えることとなる。今は亡きかつての(ゲビーター)資料(ダーテン)を盗み、自らで自らの知能を底上げした紛い物の科学者の研究が!

 私は人間の因果の鎖を侵す毒を生成できる。だが、完全な浸食にはおよそ四日と言う日数を要する不完全な代物。私の低い霊圧ではそこが限界だった……。だが、これまでに貯めこんできた霊子を存分に行使すれば、その毒の効能を劇的に向上させることが出来るはずだ。触れて数秒で侵しきることが出来る程に、解毒という概念を靴底で踏み躙る程に!」

 

 興奮に紅潮するベローナの頬。上気するそれを見るにつれ、恐怖と狂気に当てられた私の四肢が氷のように凍てついていく。因果の鎖、霊体と身体を結ぶ生命線であり、その完全消失は虚化を意味する。それを触れて数秒で強制的に引き起こす毒、死銃の薬物がジュースに見えてしまうくらいに恐るべき人殺し。

 

「そして、かつての(ゲビーター)の研究成果から見つけた滅却師(クインシー)の霊子収束・拡散術。君の霊力を食らった暁にはこの術を用いることで、私の毒は大気に即時拡散・霊体に吸収させるように改良することが可能になる。鬼道や強大な霊圧で毒を散らそうとしても、それすらも吸収・汚染し取り込んで毒の総量を増幅させるのだ。

 故に、一度毒に汚染された虚を殺してしまえば、最早毒の散布を止める手立ては存在しない。私が放った虚を殺そうと殺すまいと、この都市の人間の死を止めることは不可能となる。そう! つまりあの死神が強いほどまき散らされる毒が増幅する!! 何と素晴らしい負の連鎖だ!!」

 

 歓喜するかのようにベローナが両の拳を突き上げる。それに呼応するかのように部屋の壁がさらに大きく崩れ、外に控えていた無数の虚たちが私の視界に入った。数える気力すら奪われる程の怪物たちが、殺されることで人を殺す化物たちの視線が、私の精神を貫いていった。

 

「君を食らえば私は真なる毒の生成者となり、同時に壊滅必死の軍隊が完成の時を迎えることとなる。殺されるために生まれた最弱の神兵による、虐殺されることで成就する人類の大毒殺! 想像しただけで股座がいきり立つ!!

 我ら虚の軍団の総数は僅か数百。傍から見れば塵埃にしか見えぬ弱い怪物の寄せ集めにしかならない。だが真なる毒を手にした時点で、私の部下は一体の命で百の人間を殺す超神兵と成り果てる。それこそが私の望み。死神たちの手によって我が軍は滅び、しかしその代償としてこの都市も滅ぶ。それが知性なき最下級の虚による死の軍勢(カンプグルッペ)、その存在意義!! 

 故に私は創り上げたのだ。化物を構築し化物を汚染し化物を教導し化物を編成し化物を兵站し化物を運用し化物を指揮する。我こそは遂に自軍の壊滅を以って目標の殲滅を成す自死の軍団長! 我らこそ最弱の大隊(ダスト・バタリオン)!! 素晴らしい! 素晴らしいとは思わんかねお嬢さん(フロイライン)!!」

 

 自己陶酔すら感じるベローナの大演説。それに圧され、ついに私の両ひざが折れた。床に倒れ込む私の上で、ベローナの狂った哄笑が鳴り響く。絶望の質量はあまりに重く、恐怖の刃はあまりに鋭かった。それらにより、私の芯にピキピキとヒビが入る音がする。

 

「……さて。余興の語らいはここまでにしよう。さあ、その結界を壊して私は君の霊力を手に入れる。人間を殺しつくし、今戦争で壊滅するであろう我が軍勢に代わる次の新たな軍勢を生むために。不可避の毒への最後の一手のために。

 ――さあ、地獄のための礎になり給え、お嬢さん(フロイライン)

 

 その言葉と共に、控えていた三体の虚による攻撃が再開される。しかし、それに対抗する気概など微塵も浮かんでこない。立ち上がろうとさえ思えなくなり、そのまま成す術なく私はその場に両手を床につき――。

 

 

 何か、暖かなものに触れた。

 

 

 それは結界の源たるあのお守りだった。仄かに暖かい古いお守り、人肌を思わせるその温もりに魅かれるように中を開けて見ると、折りたたまれた和紙らしきものと黒い粒が入っていた。光の根源はこの和紙のようだが、黒い粒のほうは、一体……。

 

 今まさに死の瀬戸際に置かれているにも関わらず、いやむしろその現実から逃避するかのように、私は感じた疑念に突き動かされて黒い粒を取り出し手に取った。粒と言うより形状は丸薬に近く、結界の光を反射して黒々と輝いている。

 

 ……と思った直後、丸薬は朧げに発光したかと思うと私の掌に吸い込まれていってしまった。え、なに、何が起こったのと私の頭が混乱しかけたが、そんな小さい疑問など吹き飛ばすような力の奔流が一気に私の体内を蹂躙した。

 

 その濃く、重く、力強く、しかしどこか温かい強大な力。それは、

 

「――ッ!? こ、これ……っ、一護の、霊圧ッ……!?」

 

 内包した魂魄が破裂しそうなくらいに送り込まれてきた彼の霊圧の流れに、歯を食いしばりつつどうにか手懐けようと意識を集中させる。気を抜くと身体から拡散していきそうになる大量の霊圧を渦を巻くイメージで体内に蓄積させ、なんとか自分の霊圧に馴染ませようと試みる。

 

 一護の霊圧を身体に入れることは初めてではない。

 

 浦原さんの地下勉強部屋で行われている鍛練。その中で霊圧増幅の鍛練として、彼の霊圧を一時的に体内に取り込むことが行われていたからだ。

 

『本来、霊圧限界値を越えた他者の霊力を体内にため込むことは困難なことッス。魂魄の本能で自壊を避けようとするはたらきが発生しますから。しかしその反面、魂魄の霊圧容量を広げる手助けにもなる。霊圧を解放した黒崎サンと接触して一時的に大量の霊力を取り込む修行とその制御の鍛練を並行させることで魂魄成長を促進させ、より高い霊力を得ることがアナタの修行の目的なんスよん』

 

 そう浦原さんが語っていたことが脳裏によぎる。私の修行中、ずっと霊圧を解き放ち続けていた一護。その霊圧が全身を駆け巡り、私の体を抱きしめるように渦巻いている。

 

 ――まるで「ボサッとすんな」って、私を叱咤するかのように。

 

 ――まるで「オメーは独りで戦ってねーんだよ」と、私を励ますように。

 

 

 

 ……一護。

 

 次に会えたら、その時こそ私の過去を話すわ。

 

 あの時、遺跡の地下の埃っぽいアスファルトの部屋の中じゃ、結局話せなかったし。あなただけに過去を打ち明けさせて私はだんまりじゃ、フェアじゃないものね。

 

 過去と独りで戦ってきたみじめな姿を見せることになっちゃうのは、ほんのちょっぴり恥ずかしいけれど、でもあなたならいつもと変わらないしかめっ面で聞いてくれるはず。そんな気がするから。

 

 だから、必ずこの場を生き残ってみせる。

 

 私の持てる全部の力、全霊を出し尽くして戦ってみせる。たとえ震えが止まらなくても、たとえ数で圧倒的に不利でも、たとえ戦う術さえなくても。戦って生きてみせる。今まで戦ってきた過去に比べたら、こんな苦境なんて全然苦痛じゃないもの――。

 

 

 

 ――忘れんな。独りで背負うってだけが、過去との向き合い方じゃねえんだよ。

 

 

 

 脳裏のどこかで、彼の声がした。

 今どうしてこれを思い出したのか分からない。しかし、BoB内でキリトと向き合った時のように鮮明に思い起こされるその力強い言葉は、確かに私の心に響いてきた。

 

 瞬間、稲妻を脳天に叩き込まれたが如き衝撃を心に感じ、私は目を見開いた。

 

 ……そうだ。

 

 私にとって、過去は戦うべき敵じゃない。

 

 否定すべき咎でもなければ冒涜する汚れでもない。忘れていい忌まわしい記憶でなんて絶対にない。

 

 

 過去は朝田詩乃/シノン(わたし)そのものだったんだ。

 

 

 殺した過去(いたみ)も救った過去(よろこび)も、一つだって欠けちゃいけない。その全部が私を構成する命の断片。

 

 人として泣いて笑って怒って哀しむために必要な、かけがえのない私そのもの。打ち負けず、打ち勝たず、ただ掌に乗せて共に歩むべき存在。たとえどれだけつらくっても、それが過去なんだ。それが朝田詩乃なんだ。

 

 ならば、尚更こんなところでは死ねない。

 

 過去を打ち倒し現実の私を変えようとしてきた。でも今度は、過去と一緒に現実と戦ってみせる。今を生きる私を『過去』の人になんて絶対にさせない。

 

 

 いつか、過去(わたし)に「誇り」が持てるその日まで、死ぬわけにはいかないのだから!

 

 

 ――ボッ。

 

 

 心の中に、炎が灯った。

 

 そう感じた瞬間、今までなんとか抑えていた霊圧の流れが一気に加速した。いや、これはもう加速じゃなく急激な膨張現象だ。みるみるうちに膨らんで、あたり一帯を軋ませ始める。

 

 けれど、不思議と不安はない。

 

 湧きあがる力の奔流、その源が一護の霊圧ではなく私自身の魂魄(・・・・・・)にあることが感じられたから。「過去視」なんて戦闘の役に全く立たないはずの力。それが高まり大きくなっていくことが直感的に分かっていた。来たる力の爆発に備えるべく身構え、その瞬間を待――。

 

 

 バキンッ、という不吉な音がした。

 

 

 見ると、正面の結界についにヒビが入っていた。亀裂はどんどん大きくなり、そしてけたたましい破砕音を上げて砕け散った。先頭にいた二体の虚が体当たりの勢いそのままに突っ込んでくる。まだ、私の力の解放は完了していない。

 

 それに、この状況は極めてマズイ。ただでさえ狭い部屋一杯に広がって虚が迫って来ている。後ろには気絶したキリトと新川くんがいる。避けるわけにはいかない。正面から迎え撃つしか……でもこんな奴らの突進、体術なんかどうにかなるものじゃない。

 

 

 ……例えば、手元にMP7(・・・)でも無い限り。

 

 

 刹那、私の意識の外でいくつかの現象が発生した。

 

 目の前に到達した虚が大口を開けて噛みつこうとした。

 が、それより早く私の右手が眩く発光。いつの間にか黒い短機関銃が握られていた。

 

 現実を完全に認識するより前に、独りでに私の腕がはね上がる。そのまま高速で薙ぎ払うようにして斉射。眼前に迫っていた二体の虚を穴だらけにして塵に帰した。

 

「……え? い、今、私、なにを……ッ!?」

 

 自問した答えが出る前に事態が動く。後ろに控えていた虚が息を吸い込むような動作をした、確証は無かったが、遠距離攻撃のようなものがくる。そう直感したが回避するスペースなんてどこにも無い。超人的なアクロバットでも行使しないと避けきることなんて不可能だ。

 

 

 ……私がペイルライダー(・・・・・・・)でもない限り。

 

 

 刹那、また意識の外で現象が発生。

 

 虚の口が開き予想通りに無数の光弾が射出。

 殺到してくるそれらを視界に捉えつつ、己の四肢が眩く発光。私は青の迷彩柄の衣のようなものを手と足に纏い、手にショットガンを持った姿になる。

 

 そしてそのまま、再び全身が勝手に動き出す。飛び込み跳躍で全弾を躱し切り、直後にバク転で飛び起きつつショットガンで敵の胴体をエイム。散弾の雨でまた一体を仕留めた。

 

「……成る程。抵抗する気力は多少なりとも残っているというわけか。ならば力の限りを尽くして抗って見せ給えお嬢さん(フロイライン)! 私の夢を損なうために! 己が命の灯火を刹那の一瞬でも長く保つために!!」

 

 嬉々としたベローナの声に合わせ、更なる虚が室内に侵入しようと外から押し寄せてくる。

 

 ショットガンと青色迷彩の装備が消失した私は、その光景を真っ直ぐに見据えた。

 

 恐怖は未だにある。

 不安も緊張も、一欠片だって消えてやしない。

 

 けれど今さっき起きた現象が、今まで戦う術を持たなかったはずの私が虚三体を撃滅し得たという一瞬前の過去が、私の中で凍結していた勇気の温度を上昇させていた。微かに震える手をぎゅっと握りしめつつ、今起きた現象をもう一度反芻し思考する。

 

 ――遺跡ダンジョンで遭遇したパーティーのプレイヤー二人を撃ち殺した時と全く同じように薙ぎ払われたMP7による斉射。

 

 ――ダインを橋の上で翻弄したあのショットガン使いと全く同じように叩き込まれたショットガンによる散弾の一撃。

 

 私が脳裏に思い描いた過去そのものの動作がここに再現されたこと。それらから導き出される力の神髄。そこに到達し得た理由。全てが確信という形で私の精神を支えている。それに呼応するように、不完全に解かれていた力がいよいよ顕現しきることが魂を通じて伝わってきた。

 

 

 ……これだ。

 

 

 これこそが私に必要だった決意。

 過去と共に現実と戦う覚悟。自分自身の過去に誇りを持とうとする気概。

 

 そして、そこから導かれる力はすなわち――『「自らが視認した過去」を纏い、それを現実(そと)に放出する』こと。

 

 それが私の新たな力。一護の霊力と私の決意、それらが融合した結果生まれ落ちた「戦う」術。

 

 

「……もう忘れようなんて思わない。過去は私を縛る鎖なんかじゃなかった。

 過去は私の一部。共に戦っていく存在!

 

 ――重ねた過去こそ、私の力だ!!」

 

 

 

 過去を叩き起こせ――。

 

 『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』解放!!

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

名付け親はシノン自身です。元ネタは某映画のタイトル。

ベローナのキャラが完全崩壊。元々のキャラもよくわからなかったですが。
参考元はみんな大好き「よろしいならば戦争だ」のあのお方……の成り損ないです。ドイツ語繋がりで言い回し等を参考にしました。

GGO篇も残りあと二話。
次回、全ての事態が終結に向かいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。