Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
二十四話です。
宜しくお願い致します。
シノンから聞いた話じゃ、BoBってのは三十人が一つのバカ広いフィールドで殺し合うバトル・ロワイヤル形式で行われるらしい。
途中まで暫定ペアを組もうが裏切ろうが、待ち伏せようが正面から撃とうが、とにかく勝ちゃ良い
で、シノンがそう考えてたのかまでは知らねえが、開始五分で遠く離れた敵をヘカートの狙撃で吹き飛ばしたのを見たときは、スクリーン越しでもアイツの本気度合いを感じ取れた。首から上を砕かれた首なし死体になって転がる敵プレイヤーの姿に、横でクッキーを貪っていたリーナも、
「……うわ、メガネJK意外と容赦ない。目測六百メートル地点から脳天ブチ抜きとか、けっこうエグい真似をする」
と呟いた。
その容赦なさを数時間前の八つ当たりダンジョン潜入で何度も目にした俺としちゃあもう見慣れたモンのハズなんだが、それでもあの車両破壊用のデカい弾を人の頭に撃ち込むオーバーキルっぷりは相変わらずこえー。例えるなら、下級大虚一体始末するのに砕蜂の卍解を叩き込んでるみたいな感じだ。
そんな容赦ない狙撃手はすぐに体勢を起こし、銃の先端付近に付いた二脚の脚(確かバイポットとかいう名前の部位だ)を足で蹴るようにして畳んでその場から移動しようとする。弾道予測線ってのが消えるまで、次の狙撃は出来ない。場所を移しつつ予測線が消えるのを待ってから、別の標的を狙うつもりか。
だが、中腰姿勢で駆けだしたシノンの目の前に、マシンガンを持った男が飛び出してきた。銃声を聞きつけて走って来たらしいが、流石に目と鼻の先にいるとは想ってなかったらしい。下げたマシンガンの銃口を持ち上げる手が、一瞬止まる。
その隙をシノンが逃がすはずがなかった。
相手の右手首を掴んで捻じり上げ、同時に足を払ってすっ転ばせる。この世界に骨折なんて概念はないだろうが、関節の可動域は決まってるはずだ。絶対に曲がっちゃいけない方向に腕を捻じられ、ろくに抵抗できずに倒れされた男の後頭部に短機関銃MP7の銃口が突きつけられ、
『――女の子の背後に忍び寄った罰よ。
トリガーが引かれた。無数の弾丸が男の断末魔さえも掻き消す勢いでバラ撒かれ、ほんの二秒ほどで男のHPが尽きる。全弾叩き込んで空になったマガジンをリロードして、今度こそシノンはその場を後にした。
「今の挙動、合気の基礎で習う技に見えた。彼女、日本武術の経験者?」
「あァ。っつーか、例の駄菓子屋で教わってンだよ。あそこに居候してる俺の知り合いが古武術の達人で、護身術程度にアイツ、シノンに教えてんだ」
「……ふーん」
納得したようなしてねえような返事を寄越しながら、リーナは新しいお菓子に手を伸ばす。一応嘘は吐いてねえし、これならリーナのやたら鋭い嘘センサーにも引っかからねーハズだ。
おかわりの紅茶を自分で注いでから、多面展開された戦闘画面に目を走らせる。BoBのフィールド内で行われる戦闘は全て中継されるらしいから、ここに映ってない連中は理由はどうあれ戦闘には参加してねえってことになる。てっきり序盤からガンガン突っ込んで参加者減らしつつ死銃を探しにいくと思ってたキリトの姿は、まだ映らない。参加者の頭数が減るまでどっかに隠れてるつもりか? それとも――。
「……なに? 考え事?」
「ぅおっ!?」
ぬぅっと目の前にリーナの顔が出現した。クッキーを咥えたままだからか、シナモンの甘いような辛いような、独特の匂いが鼻をつく。ジトーっとした目のままリーナはクッキーを噛み割り、破片を片手でキャッチしながら俺に問いかけてくる。
「キリトの心配なら必要ないはず。戦うフィールドが変わった程度で、彼の出鱈目な反応速度のアドバンテージが消える訳じゃない。銃弾斬りなんていう荒唐無稽な防御策も確立してる以上、そう滅多なことじゃやられたりしない。そうでしょ?」
「……べっつに、アイツの心配なんざしてねーよ」
「男のツンデレに需要は無い。素直に認めるべき」
「うるせーな。つか画面見えねえよ。元の位置に戻れ」
「……むぅ。こんな近距離まで顔を近づけてもしかめっ面キープとか、つまらない。ちょっとくらい顔を赤らめるとかしてくれてもいいのに」
「ンなキモいリアクション、俺がするわけねー」
「なら、このままポッキーゲームならぬクッキーゲームとかしてみる? 担保は一護の身体で」
「オッサン共にボコられる前提で誰がやるかよ! 大人しく座ってろ!」
両肩を掴んで強引に横に座らせる。一瞬、コレ上から見てたら俺がコイツを襲ってるように見えるんじゃ……とかいう考えがよぎったが、だからってあのままにしとくのは輪をかけてダメだろ。
幸いなことに、三秒経っても黒服のオッサンが突撃来ることはなかった。けど油断は出来ねえ。ローファーを脱ぎ捨ていつもの両ひざを抱えた体勢でソファーに座るリーナを横目で見やりながら自戒しつつ、スクリーンに目を戻した。
とりあえず、大会はまだ始まったばっかだ。
死銃ってヤツがそうそうアッサリくたばるとは思えねえけど、途中でやられりゃそれはそれでいい。キリトと当たらねえ場合も考えて、俺が戦闘の行く末を見とく必要はある。
「……い、一護、強引。いきなり私に掴みかかって押し倒すなんて、ちょっとドキドキした」
「勘違い量産しそうなセリフを吐くんじゃねーよ! 頬を赤らめんな!! これで俺が黒服のオッサン共と仲良く遊んじまったら、今度のスケートリンク行きはナシになるかもしんねーんだぞ!!」
「それは困る。私たちの甘い時間がなくなるのはイヤ」
「甘い時間って、それ味覚的に甘ぇってことだろ。どーせ限定スイーツ目当てってオチじゃねえのかよ」
「勿論それもあるけど」
……横でマイペースを貫くコイツに振り回されながら、ではあるけれど。
◆
大会開始から三十分が経過しても、キリトが映ることはなかった。
一応、画面端の出場者一覧にある《キリト》の名前の横に『
シノンはあれからもう一人を狙撃で沈め、すぐに画面からフェードアウトしていった。ガチで鎧を着込んでるらしいプレイヤーの腰に下がったグレネードを撃ち抜き、爆発させて仕留めたのは、やっぱ流石ってトコか。
現状、戦闘が起きてるのは三か所。その内一番派手なのは、橋で起きている戦闘だった。
橋の袂に寝転がり、伏射体勢で弾丸をバラ撒くのは、俺が一度戦った男に似たテンガロンハットのプレイヤー《ダイン》だ。形状的にアサルトライフルってヤツから無数に放たれる弾丸だが、どれ一つとして当たる気配がない。
それもそのはず。対する青迷彩の全身スーツのプレイヤー《ペイルライダー》の動きが変態的なまでにアクロバティックで、照準すら合わせられてねえからだ。
橋に張られたロープの上を疾駆したかと思うと、するりと飛び降りて一気にダッシュ。飛び込み跳躍で薙ぎ払いのような斉射を躱しきった直後、その場でバク転の要領で飛び起きて手にしたショットガンの一撃をダインの胸元に叩き込んだ。
散弾を五、六発受けても持ちこたえ、リロードを何とか終わらせたダインだったが、その頃にはもうペイルライダーが目の前に到達。密着した状態で二発目の散弾が叩き込まれてさらに吹き飛び、その隙に悠々とリロード。ダインが身を起こした瞬間、眉間に銃口を突き付けあっさりとトドメを刺した。
「……あの変態機動のショットガン使い、相当強い。多分反射神経とか動体視力とかの運動センスに加えて、三半規管も異常に強いはず。ライフル斉射を躱すだけならまだしも、あそこまで変態的回避をノーミスでこなせる人はそう滅多にいないし、多分空間把握の素質もかなり高い」
「珍しくベタ褒めしてるくせに、端々で変態扱いしてやんなよ」
「だって事実だし」
悪びれることなく言ってのけたリーナは、しかしスクリーンから目を逸らさない。言葉通り、強者らしいあのペイルライダーとかいうヤツの戦闘に感化されたのか、蒼い目に少しずつ見慣れた鋭さが宿っていく。現実に帰還してそろそろ一年、その間一度もVRに潜ってないらしいリーナの闘志に火が付いたか。
……けど、確かに強かった。
もしかして、コイツが死銃の正体だったりすんのか。死銃が過去二件の銃撃事件で使った銃種までは知らねえ。もしそれがショットガンだった場合、コイツは死銃である可能性が高いような気がするんだが……、
「…………あ」
リーナが思わず、といった感じで声を漏らした。
見ると、ペイルライダーが横に吹き飛び、橋の中央に倒れ込むところだった。横から撃たれ、HPが微かに減る。けど一撃死するような威力じゃなかったらしく、まだ『
だが、ペイルライダーが起き上がる気配はない。指一本すら動かそうとしない。いや、縛道かなんかで縛られたみたいに
「……一護、あれ何? あの太ももに刺さってるバチバチ言ってるヤツ」
リーナに促されペイルライダーの腿を見ると、確かに青白いスパークを漏らす細長い銃弾みたいな物体が刺さっていた。スクリーンの中央に映る映像を橋の袂から撮影してるカメラに切り換えてみると、その電光がペイルライダーの全身を薄く覆っているのが見て取れた。
「分かんねえ。けど、撃ち込まれてから全く動かねえってことは、見た目通り麻痺の効果でもあるんじゃねえの。つかリーナ、今の一発の銃声とか聞こえたか?」
「ううん、全く。多分あれ、よく映画とかであるサイレンサーみたいなのを付けてたんじゃない?」
「ああ、その手があったか。でもあの弾が麻痺効果を叩き込むだけのモンだったら、SAOと同じように時間が経ちゃ効果が消滅すンじゃ……」
「待って! 橋の影、何かいる……」
手にしたお菓子を机の大皿に放り、リーナが上体を乗り出す。限界まで見開かれた瞳、その視線の先には橋を支える鉄柱の脇に固定されてるように見える。俺も身を乗り出し、ジッとそこを注視していると、微かにだが、景色が『歪んだ』ような気がした。映像の乱れかと思ったその直後、その乱れは大きくなり、やがてそこに人影が出現した。
「…………急に湧いて出たように見えた。なに、こいつ。プレイヤーなの?」
「SAOの《隠蔽》みたいなスキル持ちなのか? モンスターは出てこねーらしいから、人型してる時点でプレイヤーなんだろうが……なんつーか、生気がねえ」
「ん。まるで……ゴーストみたい」
その表現は的確だ。事実、視線を凝らしてもアイツの輪郭が鮮明には見えない。ボロボロのマントの表面が奇妙にボヤけ、そこと背景の境目を曖昧にしてるように感じた。顔は見えず、髑髏を模した面を付けていて、その奥か暗い赤色の双眸が覗いている。言いようのない冷気を纏っているように感じ、俺の中にある警戒心のスイッチが入る。
幽霊男の肩からは、大柄なライフルが提げられている。シノンのヘカート程じゃないが、人一人を一撃で葬る力はありそうだ。ソイツで麻痺弾一発撃って動きを止めて、至近距離の二発目でトドメを刺すハラか。
そう思っていた俺だったが、その考えはすぐに否定される。
幽霊男は懐から黒塗りのハンドガンを取り出した。肩のライフルと比べて、明らかに威力で劣ってる。実際に色んな銃と向き合ったから分かるが、そんな銃じゃ全弾叩き込みでもしねーとHPを削りきるのは無理だ。
拳銃片手に十字を切る胡散臭い仕草をする幽霊男だったが、突如大きくのけぞった。その直後、奴の頭部があったところを火線が薙ぎ、背後のアスファルトが轟音と共に砕け散った。
まるでシノンの対物ライフルで撃ったような大火力の狙撃を、いとも簡単に避けて見せた。けど、今の反応の仕方は……、
「……今の、まるで撃ってくる方向があらかじめ分かってたみたいに見えた。このゲームって確か、弾道が視認できる弾道予測線っていうのがあったはずだけど、それが見えてたってこと?」
「あァ、多分そうだ。さっきの透明化スキルで隠れて、どっかで狙撃手の一発目を視認してたんだろ。そうすりゃ二発目以降の銃撃は全部弾道予測線で察知できるからな」
「何という狙撃手泣かせのシステム設定……」
眉根をひそめるリーナを余所に、幽霊男は体勢を戻して銃を構える。ペイルライダーの胸元あたりに照準を定め、発砲。予想通り、HPの二割強を削っただけに留まった。
丁度同時に麻痺効果が消失したらしく、撃たれた直後のペイルライダーが跳ね起きた。ショットガンの銃口を真っ直ぐ幽霊男に突き付け、引き金を引こうとして……できず、再びその場に崩れ落ちる。今度は何か攻撃を食らったわけでもない、けど苦しそうに胸を押さえる仕草をし、数秒の痙攣。そして、そのままアバターが砕けて消えていった。
「……アバターが消滅? BoBじゃ、負けたプレイヤーの意識は待機ルームに送還されて、死体はその場に残るはずじゃ……」
「いや、そうじゃねえ。アイツのいたところにある表示……
「現実からも? それ、どういう、こと……?」
「間違いねえ……アレが、あの幽霊男が死銃だ!」
正直、現実で起きてる周期的心不全が事実であっても、死銃の方はそれと同時期に湧いて出た単なる作り話なんじゃねえか。そう心のどっかで思ってた。仮想世界の銃撃と現実の死をリンクさせるなんて真似、出来るハズがないと。
……けど、今目の当たりにしたのは、まさにその瞬間だった。
実際に死んだかどうかまでは分からねえ。だが噂通り、銃撃と同時に回線切断という現象が引き起こされた。奴の持つ幽鬼を思わせる冷たい気配、キリトが思いつめる程の重圧、そして今の現象……。
死銃があの幽霊男であることは、もう疑いようがなかった。
「シジュウ……? それって、ネットでほんの一時期話題になった『撃たれたプレイヤーは二度とログインしてこない』っていう都市伝説のこと? でもそんなこと技術的に不可能だし、現行のアミュスフィアじゃナーヴギアみたいな脳破壊は出来ない仕組みのはず……もしかして一護。貴方経由でもらったキリトからのデータ、アレってまさか……」
「……そうだ。アレは死銃が今まで殺した二件と、他の心不全死亡者の関連を調べるためのモンだった。一般人のキリトじゃ手の届かないとこにある情報が欲しくて、リーナに再調査を頼んだんだ」
そう切り出し、俺は手短に死銃事件とキリトの調査活動のことを話した。死銃の存在、現実の心不全死亡者に見られる奇妙な周期性、それを繋ぐ実際に起きた二件の死亡事件……。
聞き終えたリーナが熟考に入ろうと、目を細めたその時、スクリーン越しに幽霊男の声が聞こえてきた。
『……俺と、この銃の、真の名は、《死銃》……《デス・ガン》。俺は、いつか、貴様らの前にも、現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。俺には、その、力がある』
銃口をカメラに突き付け、途切れ途切れの口調で幽霊男が喋る。
その口調、赤い目、髑髏の面に俺の中の記憶が呼び起こされる。なんだ、どっかで見たような、聞いたような感じがする。ハッキリとは思い出せねえけど、でも確かに覚えがある。かつて俺自身が正面切って対峙したことのある、嫌な雰囲気。
その予感が霧散する前に、幽霊男は嗤ったような気配を滲ませて、
『忘れるな。まだ、終わってない。何も、終わって、いない。――イッツ・ショウ・タイム』
「「――ッ!?」」
最後の台詞に、俺とリーナは同時にソファーから身を起こした。顔を見合わせ、互いが思ったことが共通であることが瞬時に伝わる。
「おい、今のアイツの台詞!」
「……間違いない。今のは殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の頭領、PoHの決め台詞。けど、奴本人ってわけじゃない。あいつのスラング混じりの口調とは全然違う。それと対照的な、あの男のブツ切りで陰気な口調……どこかで聞いたような」
「聞いたような、じゃねえよリーナ。あの夜の討伐戦で、実際に会ってるはずだ。お前は直接戦ったわけじゃねーから覚えてねえかもしんねえが、俺は剣を交えたからシッカリ覚えてる」
「一護、ほんと? 誰なの、アイツは」
「忘れるワケがねえ。アイツは……刺剣使い《赤眼のザザ》だ。あの髑髏面とボロマント、陰気くせえ喋り方、それにあの暗い気配、SAOン時と何も変わってねえ。ライフルをエストックに持ち替えりゃ、まんま昔のヤツじゃねえか」
「…………あっ!」
台詞も、口調も、他が真似できねえようなモンじゃねえ。外っ面をなぞるだけなら、猿マネでも充分に通るはずだ。
けど、あの幽霊男の纏った陰鬱な雰囲気、すべるような足取り、さっき見せた機械じみてすらいる鋭い回避行動は、どんだけ忠実に真似したところで、再現しきれるモンじゃねえ。
「リーナ、アスナにザザのこと伝えとけ! 俺はアイツの妹に掛けてみる!!」
「了解」
すぐに互いのスマホを引っ張り出し、相手を呼び出しコールする。だがコール音三回の後に聞こえてきたのは、憎たらしいくらいに朗らかな留守番電話受付メッセージだった。リーナの方もそれは同じだったらしく、すぐに忌々しそうに顔をしかめて電源を切った。
「クソ! なんか他に連絡取る方法は……」
「一護、それはもう仕方ない。今は別のアプローチを考えるべき。
さっき一護は「実際に二人の死亡者が出ているとキリトが言ってた」って説明した。どうしてGGO内で回線切断しただけのプレイヤー二人が実際に死んでいることを突きとめられたの? いくら彼が情報処理に強くても限度があるはず」
「ヤツには依頼人ってのがいるって聞いた。多分、そいつから元々の情報が出てきたハズだ」
「成る程。だったらそこを問い詰めれば……一護、ちょっとスクリーンを監視してて。実家に連絡を取ってみる。キリトの依頼主には、おおよそ見当がつくから」
そう言って、リーナはソファーから飛び降り、ローファーをつっかけて部屋の角に備え付けられた電話へと駆けて行った。今時珍しい固定電話式ってことは、有線で引いてある分、セキュリティ的に安全ってことなんだろう。
真剣な口調で電話口に出た相手と話すリーナから視線を外して、スクリーンに目を向ける。すでに橋の上の戦闘は終わったのか、死銃は姿を消していた。キリト・シノンの姿も映っていない。けど、死銃は姿を消して移動できることが分かった。どっかに奴の片鱗が見えないか、リーナが戻ってくるまで俺は食い入るようにスクリーンで展開される戦闘を注視していた。
◆
「――お待たせ。今、父様が直接総務省に掛け合って、担当者を引きずり出してくれてる」
けっこうな時間が経ってから、リーナが戻ってきてそう告げた。俺の横に腰を下ろし、話しっぱなしで乾いたらしい喉をミルクティーで潤してから、こっちを見上げる。
「元ネタがネットの噂話だってとこには引っかかる。けど、キリトにVR事件の調査を押し付けるなんて真似ができて、尚且つ一般人では知り得ない情報を持っているとすれば、おそらく公的な立場の人間が絡んでいるはず」
「でもなんで総務省なんだよ。警察とかじゃねえのか」
「警察は基本的に明確な事件性がない限り動かない。今回みたいに『今後起きるかもしれない脅威の排除・防止』を目的にして動き、しかも一般の協力者を使えるのは省庁の可能性の方が高い。SAO事件当時、総務省には事件の対策チームがあった。今は解散してるけど、当時の人事異動の形跡からそれらしい人物が総合通信基盤局の方に移ってるところまでは掴めた。後は直接電話して、事情を聞き出すだけ」
リーナはそこまで一気にしゃべりきった。真剣なその表情の中に、ほんの僅かだが不安の色が見える。なんだかんだ言いつつ、コイツも戦友として肩を並べたヤツの危機を真剣に案じているらしかった。
「そっちの方はどう? 状況に変化はあった?」
「変化もなにも……今丁度一段落ついたトコだ」
そう言って、リーナの視線をスクリーンに向けさせる。
そこには、立ち込める砂塵、そしてそれを背景にバギーに乗って疾走するキリトとシノンの姿があった。
「さっきは一瞬ヤバかった。キリトとコンビを組んだらしいシノンに死銃が奇襲を仕掛けやがったんだ。初撃の麻痺弾を反射的に伏せて避けたまでは良かったんだが、追撃で劣勢に立たされて、死銃にあの黒いハンドガンを向けられるトコまで行った」
「反射的って……特殊弾とはいえ、それで銃弾を避けたの?」
「音はやっぱ聞こえなかったしな。それか、スコープの反射を遠目に感知して回避したって感じか。そこまでは分かんねーけど、とにかくその後死銃に撃たれる前にキリトが割って入って難を逃れた」
「アレがキリト……どう見ても女子にしか見えないあの子がそうなの?」
「そうだ。しかもネカマプレー済み」
「……ドン引きです」
「全く同感だ。けど、アイツがいたからシノンは助かった。
後はバギーに乗り込んで、機械馬に乗って追っかけてくる死銃から撤退。んで、シノンが馬の前足を撃って死銃を転ばして、今はああやって二人で逃げてる。あの速度だ、とりあえずすぐに追いつかれる心配はねえだろ」
「トドメは刺せなかったの?」
「いや、転ばしただけだ。撃った直後にシノンが力尽きたみてえに倒れちまったから、追撃は出来てない」
黒いハンドガンを突きつけられた時に見せた、あの怯え方。多分、例の発作が起こりかけていたハズだ。それでも最初の襲撃を回避して、その上何とか足止めを成功させて見せたのは、アイツなりに『頑張った』結果なのかもしれない。夕方、別れる寸前に言ったように、シノンは頑張って見せたんだと俺には感じられた。
リーナはまだ訊きたいことがあるような表情だったが、次の疑問を口にする前にスマホに着信が入った。すぐにコールボタンをタップして耳に当てる。
「……はい、莉那です。父様ですか? はい…………はい、分かりました、ありがとうございます。一護にもそう伝えます。回線はいつも通り、パターンFで問題ありません……はい、はい、失礼致します」
「親父さんか?」
「ん。依頼人との映像通話回線を確保した。今からスクリーンを分割して映し出す。それと、一護に伝言。『今回の件のお返しは不要。スケートリンクに行くそうだが、娘のエスコートを呉々も宜しく頼む』……だって」
「……盛ってねえだろうな、その伝言」
「勿論。原文ママで伝えた」
嘘つけ……って言いたいのは山々だが、あの人なら本当に言いかねないし、違和感がねえ。リーナを連れ回してうっかりケガでもさせようもンなら、マジで黒服のオッサンと仲良くすることになりそうだ。コイツのエスコートぐらい、大人しく引き受けるしかねーな。
そこに気分よく行くためにも、今回の一件を無事に解決すんのは必須だ。キリトとシノン、どっちも無事に帰還してもらわなきゃ困る。現実の虚の事件含めて諸々をとっとと終わらせて、俺らそれぞれの日常に戻るんだ。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
ハイスピードBoBです。原作百ページ分を一万字弱に圧縮しました。
原作よりもシノンが頑張ってくれてます。
反動でぶっ倒れてますが。
時系列的にはリーファはVR空間にダイブ中、アスナはリアルでクリスさんを電話越しに問い詰め中なので、どっちも電話に出られませんでした。
次回はそのシノン視点です。