Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

二十三話です。

宜しくお願い致します。


Episode 23. Quince is Guilty

 キリトは元々、かなりの女顔だ。

 

 昔からそう思ってはいたし、周囲も何度か指摘していたはずだ。

 本人がたまに自虐するように昔っからゲームばかりしてたせいなのか、白い肌に線の細い体躯。長めの前髪から覗く大きめの瞳に色の薄い唇と、見事に男の要素が欠けている。周りにいたのがクラインとかエギルとか、いかにも男って感じの連中だったのもそれに拍車を駆けてたような気がする。

 

 ……けど、にしたってこれはねーよ。

 

 俺より頭一つ分以上小さい身体は現実のコイツ以上に華奢で、髪はツヤッツヤで長い黒。色白の顔に映える紅色の薄い唇は、もうメイクでもしてきたんじゃねえのかってくらいに女のそれだ。女装もここまで来ると一種の変身だ。女っぽさだけで言やあ、もうルキア越えてるだろ。

 

 ユイのパパ呼びン時以上にドン引きする俺を余所に、キリトはシノンの剣呑な視線に取り繕った感満載の真剣な表情を返す。

 

「そりゃ……もちろん、お互いベストを尽くして戦おうって意味だよ」

「白々しいわね」

 

 斬って捨てるような鋭さのシノンの返答。キリトの表情に苦みが入ったように見えたのは錯覚じゃねえハズだ。

 

 が、先手を潰された程度じゃヘコタレないのがキリトだ。

 

「それにしても、えらく早い時間からダイブしてるんだな。まだ大会まで三時間弱くらいあるぞ」

「朝から調整を兼ねて潜ってるから当たり前よ。それに、昨日は誰かさんのおかげで危うくエントリーし損ねそうになったから」

「うぐっ……」

 

 あからさまにキリトが言葉に詰まる。つかお前、セクハラした上にその所業かよ。ホントに救いようがねえぞ。庇ってやれるトコが一個も見つからない。

 

 ……という俺に呆れきった視線を察知したのか、それとも逃げ道を求めただけなのか、キリトがこっちを向いた。

 

「そ、そう言えばシノン。横にいるこちらの御仁はどなた?」

「……ああ、この人? 今日限定の私の相方(バディ)よ。口は乱暴だけどあんたと違ってセクハラしないし、他人を騙して更衣室に侵入したりして来ないから信用できるわ。ただ、あんたと同じように剣一本で突撃する馬鹿(ナイファー)なのが欠点だけど」

「へえ! 剣を主体(メイン)にして戦うプレイヤーが他にもいたとは……気が合いそうだな。初めまして、キリトです。よろしく」

 

 自分に向けての罪状暴露兼罵詈雑言を総スルーしたキリトは、俺に向かってにこやかに挨拶した。ご丁寧に、指先で耳にかかった髪をかき上げる動作を挟んでから、細い手で握手を求めてくる。容姿だけじゃなく振る舞いまで女じみてやがる。救いようがないレベルが一段アップだ。

 

 せめてそのアホを精神的に崖から突き落としてやるために、俺も精一杯の愛想の良さを装い、素直に握手に応じて一言。

 

 

「ああ、よろしく。俺の名は一護(・・)だ。初めまして(・・・・・)

 

 

「…………ぇ?」

 

 

 ハジメマシテ、を超ハッキリ言ってやった俺の言葉に、キリトが握手したまんまガチッと硬直した。余所行きスマイルがかっちこちに固まり、次の瞬間冷や汗っぽいのが一筋、たらーりと頬を伝う。徐々に顔色が青ざめていく辺り、昔観たドラマで浮気がバレたときのオヤジの反応ソックリだ。

 

「……GGOに潜って調べ事するとか言っといて、実際はネカマプレーに全力投球。その上女捕まえて騙した挙句セクハラして遊んでるたぁ、ズイブンよゆーじゃねーか。なぁ?」

「ぃや、その、これは……コンバートしたらこうなっちゃっただけで、別に好き好んでこの姿になっているわけでは……」

「ほぉー。でもだからって自主的に女を装う必要はねえよな? 今の挨拶の仕草はけっこうな堂の入りっぷりだったぞ。しっかも今のハナシを聞きゃあ同性装って更衣室侵入か……このハンザイシャ。アスナとリーファが知ったら、マジギレかマジ泣きするんじゃねえのか?」

「ちょ、それだけはやめてくれ!! ちゃんとした理論的かつ戦術的な理由が存在するんだっ!! 収穫(リターン)のために危険(リスク)を負うことはどうしても必要だったんだ!!」

「へー。んじゃその理由ってのを、シッカリ聞かせてもらおうじゃねえか」

 

 パキポキと指を鳴らす俺の前で、キリトは狼狽十割の大慌て。いつも人を食ったような面をしてるコイツの慌てっぷりは中々レアだ。少し溜飲が下がる。

 

「……なによ一護。あなたコイツの知り合いなの?」

「ああ、別のゲームの中の古馴染みだ。昨日からGGO(コッチ)に来てるって話は聞いてたんだが、まさかこんな有様になってるなんてな」

「だから話をっ――!」

「成る程ね。びっくりしたけど、正直言って意外じゃないわ。類は友をってヤツかしら」

「いや、俺はオメーに一回もセクハラなんかしてねーだろーが」

「違うわよ。日常的変態性の方じゃなく、戦闘的変態性の方。キリトはオールラウンダーな変態で、一護は戦闘特化型の変態ってわけね」

「なんだそのオールラウンダーって!? そ、そもそも俺はヘンタイじゃなムグッ!?」

「おい、コイツはともかく俺は変態扱いすんな。つかそれ言ったら、オメーも一種のヘンタイだろ。一キロ先に並んだ敵二人の脳みそをまとめてふっ飛ばすとか、人間業じゃねーよ。この狙撃変態」

「あんたに比べれば十分まとも。マチェット一本で一小隊を潰すなんて、誇張無しに狂気の沙汰よ。この斬撃変態」

「プハッ! お、お前らも十分変態じゃないガフッ!?」

 

 俺の物理的口封じから脱出して要らないツッコミをかましたキリトに、シノンのバックハンドブローがクリーンヒットした。バカンッ、という小気味良い音が響き、のけぞったキリトの襟首をガッシリと捕獲する。

 

「ともかくシノン。今すぐコイツと話さなきゃいけねえコトが山ほどできた。ちょっと借りてくぜ」

「どうぞ。返却不要よ」

「遠慮すんな。メンタル的にスボコにしてから返してやる」

「そ。じゃ、私が後で撃ち殺すから、廃人にはしないでよね」

「俺の意見と人権が一切無視されている!?」

「今更だろ」

「地下に密談するのに打ってつけの酒場があるから、そこでシメて来なさいよ。私はその間にエントリーと戦闘準備済ませとくから。それと、換金はあっちの手前のカウンターを使って。ソイツの尋問が終わって時間的余裕があったらの話だけど」

「さっきから怖いことを言わないでくれシノン!!」

 

 シノンのアドバイスに片手を上げて応えた俺は、喚くキリトを右手一本で引っ張る形で引きずって、地下の酒場に続くポータルへと歩いて行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――で、BoB予選に勝った俺は今日の本戦に出場する権利を手に入れた。死銃がハイレベルプレイヤーを標的にするなら、この大会にも必ず出場してくるはず。戦場で死銃を探し出して、奴の『撃ったプレイヤーが現実でも死ぬ』謎の真相を解明したいんだ」

 

 二十分後。

 

 光量を最小限に絞った地下酒場の隅っこで、俺はキリトからGGOでやらかし……もとい調査してきたことの顛末を聞かされた。

 

 シノンに女として近づいて云々の場面は冷や汗かきかき弁明するコイツと「下調べくらいマトモにしろボケ」となじる俺って感じだったが、死銃の話が出てからは至極マジメに議論が進んだ。

 

 キリトは予選中にその死銃らしきプレイヤーと接触したようで、その幽鬼のような雰囲気に一時戦意を喪失しかけたらしいが、シノンの叱咤で我を取り戻して乗り切ったらしい。

 ちなみにその後、一騎打ちでシノンのヘカートの弾を真正面から斬り捨てて勝ったらしく、今更ながらにアイツがキリトにムカついている理由に合点がいった。

 

「現時点で、死銃が誰かを銃殺した新しい事案は発生していない。

 死銃の関与が疑われている二つの事件、うち一件目が先月の九日。二件目が十六日後の二十五日。そして、今日はさらに十九日後の十二月十四日だ。三点のみのデータじゃ断言できないけど、前の事件から十分な時間が経った今、新たな犯行を重ねる確率は高いと言っていいはずだ」

「こんなデカい大会がありゃ尚更、か」

「そういうこと。そっちはどうなんだ一護。現実世界で、なにか掴めたか?」

「わりーけど、こっちは何もナシだ。前に言ったが、お前のデータを基にしてリーナが再調査をかけてる。今日の夜にでも渡せるっつってたから、万一今日の大会で収穫ナシなら、今度は現実(コッチ)から探ってみンのも手だな」

「そうか……」

 

 キリトは手元のジンジャーエールを一口飲み、それから浅いため息を吐いた。調査結果に確証が持てていないことに対してと言うより、この現状そのものに対する憂いを孕んでいるような、そんな表情が薄暗がりの室内で見える。

 

 ……なんとなく、ではある。

 

 確証は何もない。けど、キリトが今抱えているのは、その死銃と直接対決することに対しての緊張だけじゃないような、そんな気がする。ため息を吐いてグラスを傾ける姿、物憂げな雰囲気に見えて、その大きな目だけが鋭く光っていた。まるで、宿命の仇を討ちに行く前の剣士みたいに。

 

 問い質すか。

 

 何ジメジメ悩んでんだと、根掘り葉掘り聞き出して、全部強引にカタを付けるか。

 

 ……ねーな。

 

「上、戻んぞ。お互いの事情も分かったことだし、これ以上コソコソ話すこともねえ。シノンを待たせてるしな」

「……ああ」

 

 キリトに呼びかけ、席を立ってポータルへと向かうことにした。重い雰囲気を纏ったままキリトが俺の先を歩いていく。

 

 気にならないわけじゃねえ。ただ、この問題はキリト自身がカタを付けるべき問題のような気がした。シノンみたいに精神のバランスを崩すレベルじゃなく、かと言って軽口混じりで押しつぶせるほど小っさい悩みってワケでもなさそうだ。なら、コイツが何か自分から言い出すまでは触れねえで置く。

 

 ……代わりに、

 

「――せいっ!」

「おっふ!?」

 

 キリトの後ろ首を引っ掴み、背中を思いっきり叩いた。バシンッという軽い音と共に、キリトの身体が海老反りにぐりっと捩れる。

 

「何があったか知らねーが、肩に力が入り過ぎなんだよ、テメーは。戦う前からそれじゃ、落とさねえ戦いまで落とすハメになんぞ」

「……一護」

「あの忌々しい鋼鉄の城で、ソロ最強なんて言われたオメーが早々負けるかよ。相手が銃持ってようがミサイルブッ放して来ようが、全部まとめて斬って来い。無茶は十八番(おハコ)だろ、黒の剣士」

「……言ってくれるじゃないか、死神代行」

 

 そう言って苦笑したキリトの顔は、もういつもの飄々とした笑みに戻っていた。これでヘマはしねえハズだ。全く手間かけさせんなよ、そう心中で呟きながら、並んでポータルへと入った。

 

 ロビーに戻り、シノンに言われたカウンターで換金を済ませて元の場所に戻ると、傍のベンチに腰かけてウィンドウを眺めていたらしいシノンがこっちに気づいた。首に巻いたマフラーを靡かせて立ち上がったところに、俺らも合流する。

 

「尋問は済んだの? そのワリには、随分とスッキリした顔つきね、セクハラ剣士さん?」

「そう毒を吐かなくてもいいじゃないか、シノン。知らない仲じゃないんだしさ」

「悪い面しか知らない仲なんて、MP7の一発で粉みじんになる程度のものでしょ」

「分かりにくい言い方だなあ」

 

 シノンのつっけんどんな言い草にも何のその、いつものマイペースで切り返す。コイツはもう大丈夫だろ。仮想世界(コッチ)のことは、後はキリトに任せておくか。

 そう俺が判断したのを待ってたかのように、視界端にポップアップが出現する。現実世界のスマホに着信があったことを知らせるそれには、差出人名にリーナ、タイトルに依頼の件と書かれている。頼んでいた調査が仕上がったらしい。

 

 頃合いだな。

 

「んじゃ、俺は帰んぞ。シノン、せいぜい頑張って勝てよ。そこの剣士の脳天を吹っ飛ばせるようにな。キリトはまあ……なるようになんだろ」

「当然よ。こんな男に負けるつもりはないわ」

「ヒドイなぁ。ま、全力で挑むさ」

 

 二人それぞれのリアクションを受け取って、俺は現実世界に帰るべく二人に背中を向けてウィンドウを開いた。このまま帰ったら、まずはリーナの調査結果を浦原さんに流して分析して、同時に尸魂界側のデータ解析の結果とか聞いて……とか、この後に立て込んでるスケジュールを頭ン中で振り返りつつログアウトボタンを呼び出して押しかけた、その直前。

 

 足音が聞こえ、背後に気配が現れた。同時に、くいっ、と服が引かれる。

 指の動作を止め切れず、ログアウトボタンを押した状態で、俺は振り返る。現実への帰還を意味する青白い光が視界を遮る中、見えたものは、

 

 

「……ありがとう、一護。私、頑張ってみる」

 

 

 毒の欠片も無い、水色髪の狙撃手の微すかな笑みだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 現実世界に帰ってきた俺を出迎えたのは、リーナからの大容量データだった。

 

 相当綿密に調べたらしく、一緒に届いてたメールには、『過去三か月間、関東全域で確認された全ての心不全死亡者を洗い出して各日にちごとに分けた上で地区別に整理してある。急ぎみたいだったから傾向分析までは出来なかったけど、データだけ圧縮して送る』と書かれていた。

 

 どんな情報網持ってンだよ東伏見家、と、今更の感想を抱きながら浦原さんに転送。すぐに返信があり、『ご苦労さんス。こっちも尸魂界の分析結果があと数時間で出ますんで、照らし合わせて結果が出たら電話でご報告するッス。情報提供者サンにも、ヨロシクお伝えください』と返ってきた。これで後は結果待ち、それでどう動くかを考えなきゃだな。

 

 さて、その前に風呂入ってメシ食うか、とか考えていたところに、リーナから電話がかかってきた。データの受信を確認した後、今からちょっと新宿まで出て来てとのこと。今回の調査の代価なら今度の休みに空座町(ウチ)のスケートリンクでってハナシじゃねーのか、と訊くと、

 

「貸し借りとか関係なしに、ちょっと夜遊びに付き合ってほしい」

 

 ……とか言い出した。

 

 いや元華族のお嬢サマがナニ言ってンだよ、夜に外出れるワケねーだろうが。そう思いつつ、一応場所を訊いてみたら、駅前の高層ビルの一角を指定された。手元のPCでポチポチ検索かけてみたら……、

 

「……何なんだよ、ココ」

「何って、プライベートシアターだけど」

 

 デカいスクリーン付きの個室だった。

 

 どこぞの高級ホテルかなんかかと思ったが、ベッドは置いてねえ。あるのは、ふっかふかのソファと金ぴかテーブルが一つずつ。正面には壁一面を覆う規模の超大型スクリーンが設置され、異常なまでの遮音効果で外の騒音が全く聞こえない。リーナ曰く、壁の内部にノイズキャンセル用音波を張り巡らせてるとか。パンピーの俺には理解の外過ぎるハイテクだ。

 

 ちなみにけっこうな値段がするはずなんだが、リーナが身分証を見せたらスルーできた。コイツの実家が経営してるとかいうオチかと思ったがそれどころじゃなく、このビル全体の所有者がリーナの親父さんらしい。

 

「私たち東伏見家は、皇族の血を引く久邇宮家のご先祖様が、東伏見宮家の祭祀を継承することで誕生した一族。本家筋から離れて分家筋になって京都から東京に居を移した後は、都心周辺の土地や建物を買収・管理することで財を成したって聞いている。華族名鑑に載ってる本家筋の方は十年くらい前に断絶して、今は私たちが本家。だから影響力マシマシ。父様は不動産で一財産を築いてる」

「………………」

「どうしたの、一護。そんな虚脱状態みたいな顔して。今の説明、そんなに衝撃だった?」

「……その皇族の血を引く華族の一人娘サンと二人っきりで密室に籠るとか、後で黒服着たマッチョなおっさん共にカコまれる未来しか見えねーんだよ」

「それは大丈夫、上を見て」

「あ?」

 

 言われて見上げた先で、小さな黒い点がキラリと光った。よく見るとそれは埋め込み式のレンズみたいで、しかも天井のアチコチにくっ付いてる。

 

「昔、この部屋を私専用に改造した時に父様が付けた音声も拾う暗視機能付き小型監視装置。今の私たちの姿は本家で待機してる人が監視してるから、もし一護が『黒服着たマッチョなおっさん』と遊んでみたいなら、ここで私を襲えばいい。三秒くらいで駆けつけるはず。とてもお手軽」

「死んでも断るっつの!!」

「本当は実家に同じのがあるから、そっちに一護を呼びたかったんだけど、母様が『まだ交際しているわけでもないのに、男の人を家に上げるなんて駄目ですよ』って言ってたから、仕方なくこっちで妥協」

「ドッチでも俺の心労は変わらねえよ!! むしろオメーの実家の方がおっかねえわ!!」

「失礼な。禁忌に触れなければ別に取って食うわけでもないし」

「家上がっただけで禁忌とかいう物騒なモンがある時点でノーサンキューだ!!」

 

 それは残念無念、と悪びれた様子もなくリーナはソファに身体を沈めてミルクティーの入ったティーカップを傾ける。ワイシャツの上に薄いベージュ色のセーター、下は濃いグレーのプリーツスカートとローファーなんていう夜遊びの欠片もない似非スクールスタイルのコイツに真横で寛がれると、なんかもうどうでも良くなってくる。

 

 深々としたため息と共にドッカリと腰を下ろすと、リーナがもう一つのカップに紅茶を注ぎ、俺に差し出す。礼を言って受け取ると、「ティーカップじゃかっこ付かないけど」と言いつつリーナがカップをこっちに寄せてきた。意図するところが分かり、俺もカップを近づけ、

 

「――それじゃ、一護の模試判定Aプラス達成、そして志望者順位一桁代突入を祝って、乾杯」

「……おう、もうどーにでもなりやがれ。乾杯」

 

 心ン中じゃ、ある意味完敗って気分だっつの。

 

「只今のジョーク、十四点。一護、相変わらずヘタクソ。知識だけじゃなく、もっとユーモアの勉強をすべき」

「だァからまだなんも言ってねえっての!」

「表情で分かる」

 

 相変わらずの異常な鋭さにツッコミを入れながら紅茶を飲む。そこそこ大きいはずのテーブルの上に山と用意された菓子類を摘みながら、そう言や俺、リーナに模試の結果のこと話してたか、と思い返した。家族と同期連中には言ったのは確かだが、リーナには……言ったような、言ってねえような。まあ、ドッチでもいいか。

 

「……んで? こんなプチ映画館みてえなトコに連れてきて、なに見るつもりなんだよ」

「ん? ふぉれ(これ)

 

 クッキーを咥えたままリーナが手元のタッチパネルをタップすると、照明が調節され、スクリーンに映像が流れる。ご丁寧にサラウンドで聴こえてくるサイバーチックなBGMは、予想外なことにさっきまで俺が散々聴いていたものと同一のものだった。

 

「GGOの中継映像……ってこれ、BoBの本戦じゃねーかよ」

「あれ、意外。一護、BoB知ってるの?」

「一応な。お前こそ知ってたのかよ」

「『ゲームコイン現実還元システム』を実装してる唯一のVRMMOってニュースでやってたし、その頂上決戦たるBoBはネット上で超有名。一護は何で知ったの?」

「知り合いがコレに出るからな」

 

 俺もさっきまでいたし、とか余計なことは言わないでおく。私も行きたいとかリーナがゴネそうだ。現にちょっと考えただけで、もう表情が曇り始めてやがるし……、

 

「……その知り合いって、もしかして例の美少女メガネJKだったりするの?」

 

 そっちかよ。

 

「ああ、まあな。それと、キリトもやってるみてえだ。しかもどっちも今回の本戦出場だとさ」

「キリト? あの剣バカが銃の世界に突撃なんて意外なことをする――」

「まあ、やってることはSAOと大して変わんねーよ。ライトセーバー的な剣で銃弾弾いて敵を滅多斬りにしてるとか」

「……やっぱり、そういうオチか。ちなみにアバターのルックスも相変わらずの黒一色だったりする?」

「当たり前だろ」

「たまにはイメチェンすればいいのに。それとも、そういうキャラ作り的の一環なの?」

「俺が知るかよ」

 

 雑談を交わしながらスクリーンに目をやる。時刻は八時になりそうなくらいで、今まさにカウントダウンを始めようとしてる所だった。

 

『――銃油(ガンオイル)と硝煙の臭いが大好きな戦闘狂い(バトルジャンキー)たちィ! 準備はイイ? トトカルチョの締切はもうすぐだよー?』

 

 橙色の水着みたいなコスチュームの女アバターが画面に映り、さらに別窓で大騒ぎするGGO内の映像が映し出される。さっきまで俺らがいた総督府ってトコのロビーらしいとこに、大勢のプレイヤーがひしめいていた。

 

『――さあ! ヴァーチャルMMOで最もハードなGGOの最強プレイヤーが、今夜決定!! MMOストリームは完全生中継で、戦いの模様をお届けするよぉ!!』

 

 MMOストリーム。見たことはなかったが聞き覚えはあった。

 確か、死銃の二件目はこの番組の映像に映ってるトコを銃撃されたんだっけか……そう思うと、ヤツは今回の試合中継を映像越しに銃撃しに来る可能性ってのもあるんじゃねえか。

 

 やっぱ俺もGGOン中で見回りとかしてた方が良かったか、と考えたが、キリトの「死銃は必ず本戦に出てくる。そして多分、俺の目の前に姿を現すはずだ」という断言が脳裏によぎり、自分の思いつきを押し殺した。

 実際に死銃に遭遇したアイツがそこまでハッキリ言いきったんだ。キリトにしか感じられない予感があったんだろう。その勘を、アイツの強さを、信じるしかない。

 

『さぁ!! カウントダウン、いっくよー!!』

 

「……一護、もう始まる」

「ああ」

 

 リーナに促され、もう一度スクリーンを見る。テンカウントが刻まれる中、俺は二人の参加者を思い浮かべる。

 

 ――キリト。

 

 ――シノン。

 

 向き合うモンはきっとそれぞえ違うハズだ。けど、どっちも何か重たいモンを背負って戦ってる奴らだ。それに押しつぶされんなよ、跳ね除けて来やがれ、そう心の中で呼びかける。

 

 そして、

 

 

3!(スリー) 2!(ツー) 1!(ワン) バレット・オブ・バレッツ、スタート!!』

 

 

 第三回、バレット・オブ・バレッツ――BoBの幕が切って落とされた。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ホントにBoBを開始しただけで終わってしまった……次話は本戦の様子を一護視点で、次々話ではシノン視点で一話ずつ書く予定です。

ちなみに一護、ちゃんと代行証と視覚防壁は持ち歩いているので、浦原さんから呼び出されても十分で駆けつける準備は出来ています……決して、調査結果待ちという現状を忘れてリーナと室内夜遊びに興じているだけではないのです。

タイトルの"Quince"は英語でマルメロの意味です。花言葉は『魅力』ですね。
……Quincy(滅却師)と似てたりしますが無関係です。
スペイン語翻訳にかけると『15』って出てくるのも全くの偶然です、はい。

そろそろ番外編の二話目にも手を付けていきたいところであったりします。

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