Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

二十二話です。

前半はシノン視点、後半は一護視点です。

よろしくお願い致します。


Episode 22. Past -of pain-

<Sinon>

 

 物心ついて以来で一番の感情の爆発。

 

 その反動故か、泣き疲れた私はしばらくその場から動くことができなかった。埃っぽいコンクリート製の部屋の片隅に座り込み、膝を抱えて俯いている間、一護は少し離れたところで胡座を掻き、無言で私の復帰を待っていた。

 

 さっきまで一護に叱られ、抱き留められていた時に感じた灼熱とも言える感覚の残滓。まだ私の身体に残るそれを感じながら、ゆっくりと深呼吸をし、未だにうねる精神を落ち着かせた。

 

 虚脱感が抜けきるまで、たっぷり一時間は要したかと思うが、その間、隣にいる彼は身じろぎ一つしなかった。私がようやく復活しよろよろと立ち上がった時も、少し手を貸すだけで「もういいのかよ」とか「まだ休んでろ」というような言葉を口にしなかった。

 何となくだけど、穿ち過ぎかもしれないけど、それらの無言が私が自分の意志で立ち直るのを尊重した結果のように思えて、少し、うれしく感じた。

 

「…………ありがと、一護。もう大丈夫だから、ここから脱出しましょう。位置的に出口はもうすぐそこだと思うし」

「んじゃ、俺がまた前に出る。お前は後ろの警戒を頼むわ……つっても、中にいた連中は皆俺らがやっちまったと思うけどな」

「稀だけど、モンスターが出現した部屋から飛び出してくる可能性もある。念には念を入れましょ」

「だな。一応、無理はすんなよ、シノン(・・・)

 

 私の調子が戻ったことを感じたのか、呼び方が元に戻る。鈍感そうなクセに変なトコで鋭いんだから――心の中で苦笑しながら、了解の意と共に首肯する。

 

 廊下に出て、一護の背中をカバーするように左右と背後に気を配りながら歩く。歩調がそこまで速くないため全開で気を張る必要はない。その分、頭の中にはさっき大声を出したときの自身の言動、そして一護の怒りと悲しみの表情がリフレインしてくる。

 

 あそこまで自分の感情を爆発させたことは、本当に物心ついてからの記憶の中では初めてのことだった。いつも他人に興味がなく、また他人から自分への興味もシャットアウトしてきたせいか、あの数分のやりとりだけで相当なエネルギーを使ったように感じる。

 

 生の感情。

 本音。

 心にも思っていないことさえも一切合切ぶつけたことによる、爽快感と罪悪感。そして、一護にそれを真っ正面から言葉で引っぱたかれたような形になり、叩きつけられた現実。

 

 経験したことのない精神的な疲労感により身体は重く、けれどどこか心地よい感覚でもあった。

 

 ……と、ふと思い出した。

 

 自棄になって勢い任せで言ってしまったが、私は彼に相当ひどいことを言ったような気がする。彼の、過去を真っ向から傷つけるような。そんな言葉を。

 

「……一護」

「あ? どした」

「その……ごめんなさい。一護の過去を汚すようなことを言ってしまって。

 私、ついカッとなって、ヒドいことを……あなたが目の前で母親をなくしたっていう辛い事実は変わらないのに、私、自分の方がつらいに決まってるって勝手に思っちゃって。それで、あなたの過去を貶めるようなことを……」

「……いい」

「え……?」

「もういいんだよ。長々謝んな!」

 

 あっさりと、何の気負いもない調子で、一護は私の謝罪を打ち切った。足を止めず、振り向くこともしない。黒髪の揺れる彼の背中を、驚きの目で数秒見つめ、慌てて二の句を告ぐ。

 

「け、けど! 私の未熟な能力でも見えたってことは、それだけ大切な過去ってことなんじゃ――」

「いいッつってンだろ!!」

「うっ!?」

 

 ゴスン、という音と共に、脳天に強い衝撃が走る。

 

 現実でも食らわせられたような覚えがある一撃に痺れをこらえながら見上げると、一護が握り締めた右手を振り切った体勢でこっちを見ていた。どうやら拳で私の脳天を突いたらしい。

 ピンポイントで叩きつけられた金属の塊に一護の膂力が上乗せされたことにより、ちょっと無視できない量のダメージが入っているのが視界端のHPゲージの減りから見て取れた。

 

「事情も何も、さっきのオメーの叫びからなんとなく想像がつく。オメーも昔、自分が原因で誰かを死なせちまったってことも、それを今の今まで引きずってることもな。

 だから、オメーの口から一言『言い過ぎた』って詫びが聞けりゃ、それで全部チャラにしようとさっきの小部屋ン中で決めたんだ。おふくろの死をディスられて納得いかねーモヤモヤも、オメーの頭を一発ド突いたら晴れたし。だから、もういいんだ」

 

 そう言って、一護はまた前を向いて歩き出す。それに少し遅れて続きながら、私はぎゅっと唇をかみしめた。

 

 ……ああ、違う。

 

 さっきの応酬で本当に辛かったのは、私なんかじゃなかったんだ。

 

 辛かったのは、一護の方だったんだ。

 

 私に過去を罵られて。

 私の駄々のせいで当たり散らされて。

 彼が乗り越えたはずの過去に苦しむ姿をもう一度見せつけられて。

 

 それでも尚、全てをこらえ抑え込んで、目の前で喚き続ける私に活を入れるために、突っぱねずにああして叱ってくれた。過去を責めず、労わらず、ただ「今のままじゃダメだろ」と現実を突きつける。厳しいようで優しい、父や兄のような振る舞い。嬉しい反面、幼子のように泣きじゃくるだけだった私が、本当に情けなくなる。

 

「……ごめんなさ痛いッ!?」

「謝んなッつったろ」

 

 言い切る前に、前を向いたままの一護のノールック裏拳が私の額に叩き込まれた。またHPがしっかりと減る。今の二発でHPの一割が消し飛んだ。申し訳ないという気持ちが、「この脳筋男……!」という静かな怒りで上書きされそうになる。

 

「何発ド突かせるつもりだよオメーは。口喧嘩をダシにいつまでもネチネチやってたら、夢ン中かどっかでおふくろに怒られちまう。二度と言わなきゃ十分だから、黙って歩け」

「……わ、分かったわ。ごめんなさ……あ、ありがと」

「よーし、それでいい」

 

 言った傍から危うく謝りそうになり慌てて修正した私に対し、一護は背中越しに振り返って頷いた。グレーのハードマスクは外したまま、現実よりも気持ち柔らかな暗紅の瞳が一瞬私を見下し、すぐに前方へと向き直る。

 

 しばしの無言を挟んでから、一護は前を向いたままの状態で言葉を続けた。

 

「……お前が見たっつー過去だけどな。確かに、おふくろを殺したのは俺じゃねえ。俺のおふくろは虚に殺された。

 俺やお前とは系統が違うけど、おふくろにも霊力があった。けど、当時ガキだった俺が虚の疑似餌に釣られて、そんなバカな俺を庇って死んだ。ホントの事情はそんなに単純じゃなくて裏じゃ色々あったんだけど、そこはどうでもいい。俺の無力がおふくろを死なせた……ただ、そんだけだ」

 

 こちらを振り返ることなく、訥々と話す一護。歩調は変わらず、口調もそのまま。ただ纏う雰囲気だけが違っていて。だから、私はその話の内容を反芻しながら思いついた酷な問いを、言うに言い出せずにいた。

 

 なら、一護。あなたは死神として――、

 

「――自分の手で人を殺したことはあンのか、か?」

「…………っ!?」

「面見りゃそれぐらい分かるっての。訊きづれえなら、俺から答えてやるよ……『何人も』だ。

 勿論相手は真っ当なヤツじゃねえし、死神として一般人に手ぇ上げたことは一度もねえ。色々あって敵対した死神とか、破面……仮面を剥いで死神に近づいた虚、他の色んな霊能力者。そういう『人の姿をしてるけど人間じゃねえ』ヤツらとは、もう何度となく戦ってきた。その結果として命を奪ったヤツは何人もいるし、そうやって目の前で死んでいった奴の顔と名前は一人だって忘れたことはねえ。

 それに、間接的なモンかもしんねーが、ついこの間まで閉じ込められてたクソゲーの中でも、俺を殺しに来たり指名手配されてたりしたPK連中を何人か斬った。名前は最後まで分かんなかったけど、顔だけはちゃんと全員覚えてる」

 

 『ソードアート・オンライン』ってンだ、知ってるか? 少しだけ振り向いた状態でそう問われ、即座に首肯で返答した。

 

 VR史上最悪の、三千人が犠牲になった世界的大事件。ゲーム内で死ねば現実世界でもナーヴギアによる脳の焼却死刑が執行される、悪夢のような世界。そんな中でプレイヤーキルに及んだ人がいて、一護はそんなプレイヤーたちと命のやりとりをしたのだと言う。

 

 現実世界では死神として、異能を持った怪物・超人たちと刃を交え。

 

 仮想世界ではプレイヤーとして、仮想の剣に現実の命を乗せて戦い。

 

 その過程で何人もの命を奪い、そしておそらくそれ以上の命を救った。

 

 私がたった一度だけでトラウマとなってしまったそれを、彼は長い間、幾度となく繰り返してきたのだ。その想像を絶する修羅の世界を想像して、思わず鳥肌が立つ。自分であれば、いや、ほとんどの人間であれば、どんな支えがあったとしても確実に精神が持たないであろうその人生の中で、彼は今まで生きてきたと言う。

 

 どうやってその強さを、そう訊くことさえ躊躇われる。いや最早強さという言葉ですら生ぬるいほどの強靱な精神力、魂の力。私なんかが理解できる境地ではない。一護からしてみれば、人一人を殺して苦しむ私なんて、彼に比べれば全然…………。

 

 

「――でも、だからって『俺はお前よりキッツイ経験してんだから云々』なんて、器の小せえコトは言わねーよ」

 

 

 重い口調から一転、何てことないように告げた言葉に、思わず一護の顔を見上げる。相変わらずこっちを振り向かずに進み続ける彼だったが、その雰囲気はもう、いつもの自然体の一護に戻っていた。

 

「当然だろ。他人よりたくさんつらい経験してきたら(えれ)ぇのか? たくさん殺したからすげーのか? そういう過去を山ほど持ってりゃ優勝なのか? そうじゃねえ。そんな単純なことじゃねーだろ。小学生(ガキ)の傷自慢じゃあるまいし」

「そう、ね……」

 

 傷自慢。そのフレーズが、私の心にぐさりと刺さる。

 

 厳しい言い方だとは思う。強い彼だからこそ、つらいと感じていること自体をひけらかして痛みを軽くしようとする「傷自慢」的な行為は、子供のすることに感じるのだろう。

 

 けれど結局、私が周囲にしていたのは「傷自慢」で、無意識に周囲に求めていたのは「傷の舐めあい」だった。まさに一護が言ったように、小学生の振る舞いだ。事件のあった十一歳、小学五年生の頃から全く成長していない証。

 

 ……嫌だ。

 

 そんなの、嫌だ。

 

 いつまでも部屋の隅っこで泣きじゃくる弱い私でいるなんて、絶対にいや。

 

 一護に着いていれば、強くなるための方法が何か分かるかもしれない。そう思っていた。けれど、彼の強さは私と次元を異にするもので、今聞く限りじゃとてもじゃないけど真似できそうにない。

 

 だから、せめて、

 

「……ねえ、一護。あなたは母親を目の前で失った過去を、未だに強く記憶している。とてもつらい事だったはずなのに、忘れようとは思わなかったの?」

 

 これだけは訊いておきたかった。過去の事件を忘れ去るために、私はGGO(ここ)にいる。しかし、一護は忘れることなく、むしろ鮮明に記憶しているという。その心境というものを、たとえ私には理解できなかったとしても知ってみたいと思った。

 

 一護は立ち止まり、後頭部をガリガリと引っかく。わしゃわしゃと乱れる長髪を横目に隣へと移動すると、彼は少し遠い目をしていた。まるで、その当時に想いを馳せているかのような、そんな表情。

 

「……忘れようと、思ったことはねーな。むしろこの過去があったからこそ俺は強くなれたんだし、何より家族が一緒に背負ってくれたからな」

「家族が、過去を、一緒に背負う?」

「ああ。おふくろが死んでから、河原を毎日毎日独りでうろうろしてた俺に、親父が言ったんだ。『俺たちにもお前の気持ちを分けてくれねえか。家族だろ、俺たち』ってさ。

 初めて見る笑い泣きの表情で、大泣きしてる妹二人を抱きしめてよ。『嬉しいことも悲しいことも、独り占めはなしだ。じゃないと、俺たち寂しいじゃねえか』って言われて、そんで俺もビービー泣いて。そこでやっと、この過去は独りで背負わなくてもいいんだって気づいた。当時の色んな感情から解放されたのは、そのおかげだな」

「いいお父さんね……とても」

「普段はうぜーヒゲ親父だけどな。毎朝プロレス技で起こしにきやがるし」

「嘘」

「マジだっつの」

 

 そう言って、互いにほんの少しだけ笑い合う。

 

「シノン、オメーも同じようにやれとは言わねえよ。けど、周りにいる大人連中に愚痴をこぼすくらいはしてもいいんじゃねーか? 浦原さん……はちっとシビアなこと言うかもしんねーけど、鉄裁さんとか夜一さんとか、一番向いてそうなのは育美さんか。そういう『いい大人』な奴らが、今のお前の周りにはいる。

 そうやって、重たい分はそういうトコにちょっとずつ分けて、ちょっとずつ進めばいい――忘れんな。独りで背負うってだけが、過去との向き合い方じゃねえんだよ」

「……そうね。考えてみるわ」

 

 私がそう言うと、一護はニッと笑って見せる。和らいだ空気の中、上手くできてる自信はないけど、私も笑顔を意識しながらさらに言葉を続ける。

 

「ねえ、さっきの愚痴を言う相手の中にあなたが入ってないんだけど、別に一護に愚痴を叩きつけてもいいのよね?」

「俺かよ。ぶっちゃけ俺、まだ二十歳そこそこだし、あんま気の利いたこと言えねー気がすんだけど」

「嘘ばっかり。今の今まで散々大きなこと言いまくってたじゃない。それで敵前逃亡とか、男らしくないわよ。提案したからには腹くくりなさい」

「……チッ、わーかったよ。好きにやってくれ」

 

 そう言って髪を引っ掻きつつ、一護は再び歩き出した。その後ろをさっきまでと同じように周囲に意識を張りながら私が続く。歩く通路の先から橙の夕日が刺しこんでくる。出口まで、あと五分と掛からないだろう。

 

 ほんの少しだけこの遺跡に名残惜しさを感じながら、声は出さずに口の動きだけで無音で囁く。

 

 

「…………ありがと、一護」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

 散々ドタバタしたダンジョンから抜け出し、戦利品を売却するなり何なりして総督府っつーデカいビルの前に辿り着く頃には、時刻は午後五時を過ぎようとしていた。

 シノンは一度ログアウトしてから来るとか言って去っていった。ホントに晴れたかわかんねえヤツの憂さ晴らしが終わった今、俺ももう落ちてもいいハズなんだが、シノンがこの後出場するという大会の見送りぐらいやってから帰ることにして、こうやって手持無沙汰でアイツを待っていた。

 

 ……が、けっこうな時間を待っていても、シノンは帰ってこない。

 

 五時を過ぎてからそこそこ経つってのに、来る気配すらねえ。ダンジョンの中での例の発作を起こしかけたような荒れっぷりが思い起こされ、もしかして現実にも影響が出たのかと思ったがその後のダンジョン脱出ン時は別に異変は無かったし、その辺は大丈夫かと思い直す。

 

 大丈夫じゃねえとしたら、アイツのメンタルの方か。

 

『――理解出来るハズなんてない!! 過去の見えないあんたなんかに、私の心が理解出来るハズがない!!』

 

『――ひ、人殺しっていうのはねえ!! 相手から銃を奪って、眉間に撃ち込んで、自分の手で命を奪う人のことを言うのよ!!』

 

『――人殺しの手を、あんたに握れるの!?』

 

「……人殺し、か」

 

 想像がつくとは言ったが、正直何があったのかまでは結局訊けずじまいだった。シノンが強さを渇望する理由になってるらしい、誰かを殺した過去。その重さはあいつ自身にしか分からない以上、無理には訊き出せない。訊いたところでまたあの発作を起こされても困るし、ひとまずは待つしかない……んだろう。それまで俺とアイツに縁があれば、の話だが。

 

 と、近くのポータルが発光して、中から水色の髪のアバターが出現した。閉じていた目を開け、周囲を軽く見渡し俺を見つけると、小走りで向かってきた。

 

「お待たせ。ちょっと友達からの電話が溜まってて、時間が掛かったわ。と、それはそれとして……はい、今回の戦利金。私とあんたで等分してもけっこうな額になったから、バイトの代わりにはなったんじゃない?」

「要らねえよ。俺はそんなに金には困ってねえし、お前が持っとけ」

「いいから、受け取んなさい。じゃないとあんたを連れ回した私の気が済まないから」

 

 そう言うシノンの顔つきは、すっかり元のすました表情に戻っていた。調子は悪くはねえらしいな、と思いつつ、そんだけいうからにはもらっとくかと戦利金を受領する。

 

「リアルマネーへの換金は総督府の中の端末から申請できるわ。大会の待機ブースに入る前に、そこだけ案内してあげる。こっちよ」

 

 シノンの先導で高層ビルの入り口ゲートへと歩き出す。周囲の連中の目が俺らに注がれっぱなしだが、絡んでくる奴は一人もいない。っつーかビミョーにビビられてるかんじさえする。その矛先が俺なのかシノンなのかは考えない。

 

 と、そんな遠巻きにこっちを見てる集団の後ろから、一人の男がこっちに駆けてきた。俺より少し低い程度の長身で、細身の身体を濃いグレーの迷彩服っぽい衣装で包んでいる。

 

「――シノン!」

「……シュピーゲル」

 

 互いの名を呼び合ったってことは、やっぱりシノンの知り合いらしい。俺の知ってる奴なんて、シノンと例のテンガロン男ぐらいだし、そりゃあそうなる。

 

 シュピーゲルと呼ばれた男は、頬を僅かに紅潮させてこっちまで走り寄ってきたが、隣の俺の姿を認めるとあからさまに表情が硬くなった。俺の面構えが云々って感じじゃねえ、「何だコイツ」っていう疑念の目だ。

 

「シュピーゲル? どうか、したの?」

「え? あ、いや……見慣れない人がいたから、そっちこそどうかしたのかなって思って」

「ああ、この人? さっきまで私とコンビ組んでダンジョン潜ってた相方なの。あのいけ好かない光剣使いよりはマシな人。けど、剣一本で戦場を駆け巡る辺りはやっぱり大馬鹿ね」

「ほー、本人目の前にしてズイブンな良いようじゃねーか。キル数的には俺の方が多かったこと、忘れてねえだろーな?」

「獲得戦利品の売却金額の総額じゃ、私の方が上だったわ。キル数だって三つしか違わないし、誤差の範囲でしょ」

「オメーだって金額の差は五千クレジットしかねえじゃねーか。現実換算で五十円とか

それこそ誤差だろ」

 

 いつものクセで口を突いて出た軽口の応酬。それを見たシュピーゲルの顔つきが面白く無さそうに歪む。っつーか、すげー分かりやすい「嫉妬」の顔だ。ガキの頃、妹たちにかかりっきりでおふくろが俺を相手にしてくんなかった時の写真じゃ、俺はこんな顔をしてたっけな。

 

「心配しなくても、コイツに総督府ン中案内してもらったら消えるさ。オメーのカノジョに手も出してねえし、ンな面すんなよ」

「そ、そうですか。ならいいんですけど……」

 

 いいんですけど、って、ちょっとは申し訳なさそうにしたらどうなんだよ。という、ケンカに発展しかねないツッコミはねじ伏せる。こういう手合いは大人しそうに見えてキレるとヤバい。スルーが最善手だ。

 

「ちょ、ちょっと一護!? しんか……シュピーゲルと私はそういう仲じゃないわ! 勘違いしないでくれる!?」

「け、けどシノン。僕にさっき電話で話したよね。待ってて、って。僕は待つよ。信じてるから。シノンが強くなって帰ってくるまで待ってる。だから、もし戻ってきたら、その、そういう関係になるんだから……」

「やめてシュピーゲル! お願い、今だけはやめて」

 

 思ったより強い口調でシノンがシュピーゲルの言葉を遮った。煽った俺も同罪な気がして、これ以上茶化すのは止しておく。シュピーゲルもシノンの本気度合いを感じ取ったのか、それ以上言葉を続けるのを止めた。

 

「今は大会に集中したいの。力を全部しぼり尽くさないと勝てない戦いになると思うから……」

「……そ、そう。分かったよ。けど僕、ほんと信じてるから。信じて、待ってるよ」

「うん、分かった」

 

 ……なんかコイビト同士っつーより、姉貴べったりの弟と、それを一線越えねえように壁張ってる姉、みたいな印象だな。

 

 そんな印象を感じながら、俺たちはシュピーゲルと別れて総督府へと足を踏み入れた。大会前だからなのか、それとも平時からこうなのかは検討つかねえが、けっこうな数の人がひしめいている。半数以上が缶ビールモドキ的な物体を手にバカ騒ぎをしてて、さながら現実の場末の酒場って感じだ。

 

「……大会に出場する選手たちを利用したトトカルチョが開かれてるからね。BoB前はどこもこんな感じよ」

「あー、そういう感じなのか……にしても、よかったのかよ。さっきのヤツ」

「なにが?」

「いや、なんつーか、大事そうな話してたじゃねえか。案内されてる身で言うのもヘンだけど、もうちょい落ち着いて話してても良かったんだぞ?」

「いいの。さっきも言ったけど、今は大会に集中したいの。なるべく余計なことは考えたくないから」

「俺の案内は余計じゃねーのかよ」

「流石にそこまで追い詰められてるわけじゃないわ。それに、あんたの軽々しい言動を聞いてると気持ちが楽になるしね。憂さ晴らしってわけじゃないけど、もう少しだけ与太話に付き合いなさい」

「褒められてる気がしねーな」

「実際、褒めてないし」

 

 一度はカタくなってたシノンの口調も、確かにほぐれてきていた。さっき同様ストレス発散源にされてンのは癪だが、独りで背負うなだなんだとデケーこと言ってのけた後ってこともある。もうすぐログアウトしちまうんだし、それくらいは合わせてやるか。

 

 そう思い直し、シノンの先導でカウンターの方に足を進めようとした時だった。

 

「――よ、シノン。今日はよろしく」

 

 再びシノンを呼ぶ声。さっきの奴よりは少し高い、中性的なハスキーボイスだ。

 

 だがシノンの方のリアクションは全然違っていた。あからさまに顔をしかめ、視線が一気にキツくなる。忌々しいヤツが来た、とでも言わんばかりの面構えだ。

 

 近寄ってきたのは、俺に似た黒い長髪をなびかせる黒装束の女だった。アメジストを思わせる黒紫の大きな目がシノンを捉え、次いで俺に向けられる。一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべて会釈。横でツンケンした雰囲気を振りまくシノンと違って、ずいぶんと余裕のある振る舞いだ。

 

 ……とか思っていた俺だったが、シノンの呟きで一気に覚めることになる。

 

 

「……よろしくって、どういう意味よ。相変わらずムカつくわね……キリト(・・・)

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

キリト登場を書き損ねていたのに気づき、二十分で加筆修正。
やればできるモンだな、と他人事のように思った次第。


次回、BoBスタートです。

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