Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
二十一話です。
シノン視点でお送りします。
よろしくお願い致します。
<Sinon>
「――出来ることなら一列に並んで来てちょうだい。一発で始末できるように」
武器の摩耗を回復するために一護が前線から退いたのを見届けた後、私はヘカートを構えつつ独り呟いてみた。
実際問題として、二人か三人程度であれば、アーマーを重ね着するなどの重武装でもされない限り本当に串刺しにできるはずだ。二十キロジュールに迫る弾丸の威力は伊達ではない。
やがて、《識別》を持たない私の耳にも、敵の足音がはっきりと聞こえてきた。歩きではなく、小走り程度の間隔。足音の軽さから判断して、AGI優先タイプの機動型パーティーか。
ならば警戒すべきは狙撃手との撃ちあいではなく、間合いを詰められて近距離戦闘に持ち込まれ、弾数で押されること。近づく前に数を減らさないと。そう思い、そのまま通路の左脇に寄ってバイポットを立てて伏射の体勢を取る。照準は通路の奥、中央からやや下よりの闇の底にセット。
……私だって、出来るはずだ。
一護は私の援護がない状態でも、五人を一人で相手取り、マチェット一本で全滅させてみせた。
なら、私にだって、一小隊を単独で潰すことは不可能じゃないはず。
感覚の鋭さでは負けていても、私には銃を相手取った経験の長さとヘカートⅡがいる。何より、冥界の女神の名を冠するこのライフルを相棒に持ち幾多の敵を殺し続けてきたシノンとしての
――そうだ、改めて自戒しろ。
頼れるものは自分しかいない。
寄る者全てが敵。
それら全てを排除して、初めて
『――シノン! 裏から来たら、そっちは任せるわ』
「……煩い」
意図せず脳裏に蘇った、アイツの声。私に背中を晒し、支援を押し付け、単身特攻していったバカの姿。
それをオクターヴを下げた自身の言葉で掻き消し、サイトから見える暗い通路の奥へと全神経を集中させた。
そして、
「…………死ね」
その暗黒の中にサブマシンガンを携えた人影が視えた瞬間、私はぐっと息を止め、躊躇することなくトリガーを引いた。
長大なライフル弾が通路の暗がりを斬り裂くような火線を曳いて飛んでいき、人影の下腹部ど真ん中に命中する。飛び散った真っ赤なライトエフェクトの残光に照らされ、さらにその後ろにいた男にも弾がヒットしたのが一瞬だけ見えた。
それを認識した直後、ヘカートを蹴り上げるようにして跳ね起き、閃光手榴弾を投げつけながらすぐ隣の部屋に飛び込んだ。目を閉じた直後、炸裂音と共に瞬いた光が私の瞼を貫く。至近距離での閃光弾の使用は本来好ましいものではないのだが、四の五の言っていられる余裕はない。
ヘカートを肩にかけたまま、MP7を抜きつつ再び廊下へ。閃光で目が眩んで動きが止まった標的が四名、視界に映る。
一番手近な短機関銃持ち目掛けて銃を構え、
が、順調に行ったのはここまで。
カチン、というロックの音。勢い任せの乱射で二人を仕留めたMP7が弾切れを起こしたのだ。スリング付きなのをいいことにその場で手放し、肩に下げたヘカートに手を掛けたが、
「ちぃっ、よくもやりがかったな!!」
「敵は一人だ! 脇道に入らせないようにすりゃ勝てる! 撃ちまくれ!!」
私が構えるよりも早く残り二人の短機関銃がこちらを向き、今まさに火を吹かんをしていた。言動から判断して、まず私の両サイドに火線を曳いて回避を封じ、そのまま
「舐めないで。その程度じゃ、私は死なない」
だから、選択したのは後退ではなく前進。ヘカートの巨体を両手で抱えたまま正面きって突撃した。
予想通り、爆音と共に連射された二丁の短機関銃による銃弾の雨は、私の両脇すれすれを通過していく。が、距離を詰めきる前に照準を中央に寄せられたら、それでお終い。
なら、為すべきことは一つだけ。
「ふっ……!」
ヘカートを
錐揉みしながら着地したところへ、最後の一人になった男がナイフ片手に襲い掛かってきた。距離を詰められ即座に短機関銃から格闘戦に切り換えた、その判断は大いに正しい。ヘカートを向けられないくらいに近づかれてしまったら、狙撃はもちろん、MP7のリロードも出来ない。
だが、私には届かない。
振り下ろされたナイフを持つ手を、両手持ちにしたヘカートの銃床で受け止める。そのままバトンの要領でぐるんと一回転させて敵の手の甲を強打。相手の体勢がのけぞったところで足をひっかけて仰向けに転ばせた。霊力修行の傍らで夜一さんから習った体術の応用、実戦で使うのは初めてだったが、予想以上に上手くいった。
一瞬気が緩みそうになったが、戦闘はまだ終わっていない。すぐに気を引き締めつつ回転させたヘカートを構え、倒れた男の眉間から一センチのところに銃口を突きつけた。男の口から「ひぃっ!」という情けない悲鳴が出て、不愉快な気持ちがこみ上げてくるのが分かった。
と、戦闘で散ったエフェクトの残光から時間が経ったせいか、薄闇に目が慣れ倒れる男の顔がある程度はっきり見えるようになった。ダンジョンで鉢合わせ、瞬殺される程度の腕のプレイヤーの顔などに、見覚えがあるはずなどなかったのだが……、
「……た、助けてくれよ、シノっち……」
幸か不幸か、覚えがあった。
数日前まで所属していたスコードロンのアタッカーで、ギンロウという男だ。ということは、さっき碌に識別することなく撃ち抜いた五人は、あの安全第一・対人専門スコードロンのメンバーだったのか。
それにしては、軽率に距離を詰めに来たな、と思ったが、撃破した五人の中にダインらしき人物がいなかったことを考えると納得がいく。今夜の本戦に出場するらしい彼は、実力は高いが臆病な所がある男だ。下手に狩りに出て装備を失ったりペナルティを負うリスクを避けたと考えられる。
そのダインと私、抜けた二人分フリーのプレイヤーとでも組んで穴埋めした即席パーティーでこのダンジョンにやって来たのか。私との実力差以上に、リーダー不在の状況であることを鑑みずに行動したこと、それが彼らの敗因だろう。
「……助ける? 馬鹿言わないで。勝ったら殺す、負けたら死ぬ、それがこの世界のルールでしょ。例え知った顔が相手であってもそれは変わらない。一度敵対したのなら、有象無象の区別なく、私の弾頭は許しはしないわ」
チェックメイトよ、ギンロウ。
冷徹な視線で倒れ伏す男の顔面に銃口を突き付けたまま、トリガーに指をかける。反動で大きく体勢を崩すだろうが、このゼロ距離なら外れることは絶対にありえない。予測線さえも出ないまま、NATO弾がこの男の仮想の頭蓋を撃ち砕く。
これでまた一つ、私は私の求める強さに近づけた。そう思いつつ、無慈悲に引き金を――、
「も、もう殺すなら殺しやがれ! この……
引けなかった。
ギンロウが怯えきった目で私を睨みつけながら吐いた絶叫。その言葉に含まれた畏怖と侮蔑半々の激情。それに晒され、トリガーを半分引きかけている私の指は、石のように固まってしまった。
「な、何がこの世界のルールでしょ、だ! たかがゲームの銃撃がウマいからってお高くとまりやがって、ムカつくんだよお前!! ゲーム如きでエリートスナイパーを気取って俺らを見下すその態度が、人を本当に殺してきたみたいな冷めきった目が! クソ気に入らないんだよ!! そういう態度はマジで人ぶっ殺してからやれやガキが!!」
勢い任せと言わんばかりに、ギンロウの口から罵倒の言葉が連射される。普段なら何の感情も湧いてこないような幼稚な罵倒。負けた人間の遠吠え。それだけの些末事だ。煩い死ねの一言と共に引き金を惹けば、この罵声は消えてなくなる。
……なのに、指が動かない。
滾っていた戦意が、萎えていく。
頭の中に霞がかかり、平常の思考が出来なくなる。いつもヘラヘラとした笑みを浮かべ、私に寄ってくる鬱陶しい男。それが、こんなにも私目掛けて負の感情を向けてくる。
こんなことが昔にもあった。
あの事件の前後、私の周りにいた人たちの態度の変化。それが、まさにこれだった。
私がどれだけ突き放しても寄ってきた人たちが、事件の後、私に恐怖と蔑視しか向けなくなったあの落差。それが凝縮されたような感覚が私を蝕む。触るな人殺し! そう罵られた時のように、心から温度が抜け落ちていくのが分かる。
「くそ、くそくそくそクソが! 俺を殺すんだろ!? じゃあとっとと殺せよ! お前も一緒に――道連れにしてやっからよお!!」
ギンロウが吼え、腰からグレネードを抜き放ったのが視えた。しかし、まだ指が動かない。いや、それどころか、身体全体に力が入らない。気が抜けたらそのまま倒れ込んでしまいそうな虚脱感。欠片程残った理性でそれを阻止しながらも眼前で死にかけている男の最期の巻き添えになることに抗えずにいると、
「――ガァッ!?」
悲鳴が上がり、ギンロウの右手がグレネードを握ったまま斬り飛ばされた。
それはそのまま横から伸びてきた足に蹴っ飛ばされ、通路の奥で大爆発を起こした。爆音と爆風が襲ってきて、力が入らないままの私はそのまま後ろへ倒れ込み――、
「……ったく。なんか揉めてるから駆けつけてみりゃ、なに油断してんだオメーは」
一護の腕に支えられて止まった。
さらに彼の右手が一閃され、黒いマチェットがギンロウの顔面を貫く。闖入者に驚き言葉が出なかったらしい彼はそのまま砕け散り、後には短機関銃だけが残った。
「言っとくけど、もう三分経ってっからな。メシ奢りは無しだ。残念だったな」
そんな軽口も、どこか遠く聞こえる。返す言葉も出て来ない。
「……シノン。おい、どうかしたのかよ、シノン?」
一護が私の顔を覗き込む。それにハッと我に返り、思わず一護を思い切り突き飛ばした。驚いた表情で仰け反った彼から離れ、そのまま一目散に駆け出す。
グレネードの衝撃で天井が崩落したことで出来た瓦礫の山から上の階層へと跳び移り、目の前にあった階段をさらに駆け上がる。何度も転びそうになりながら、冷たく埃っぽい空気を裂くようにひた走った。
――そうでもしないと、彼の赤い目にさえ、その侮蔑の色を見てしまうような気がして。
◆
「――触んなよヒトゴロシが! 血がつくだろ!!」
そう言われたのは確か、事件から半年後の教室の中だった。
事件以来、食事を満足に取っていないことから来る倦怠感と貧血で、私はふらふらと歩くのが日常茶飯事となっていた。幽鬼のような足取りの私は、祖父から「根性が足りない」と叱られようと、祖母に「ご飯をたんとお食べ」と言われようと、何も振る舞いを変えることが出来ずにいた。
そんな中、放課後に教室から出ようとしてフラつき、手近な机に手をついてしまった時に、その罵声と共に背中を蹴り飛ばされた。
瞬間、私は思った。
あの事件で血塗られた私の両手は、今もまだ紅に染まったままなのか。
事件後、皮膚が荒れ皮が剥けるほどに何度も何度も何度も洗ったこの手の罪は、時間の経過なんかでは消えないのだ。
触れたものに殺人の汚れをもたらすような、人非人の手なのだと。
以来、私は自分から他人に触れることを絶対に避けるようにした。自分の両の掌、そこに本物の血がついていて、触れたものに赤黒い手形をつけてしまっているような幻視すら、当時はあった。
そしてある時、悟ったのだ。
世界に「真に心を許して良い存在」などというものは存在しないのだ、ということを。
人が誰かに近づくとき、そこには必ず謀がある。それが偶然一致した人種、自分にとって利する働きをしてくれる人間の事を、仲間だ味方だという名称で呼んでいる。それが真実なのだと。どんなに馴れ馴れしく、さも親しげに付き合っていようと、一度心を許せば搾取され、身体を許せば嬲られる。それが真理なのだと。何度も自分に言い聞かせた。
……だから、誰にも頼るな。自分を護るのは自分だけだ。それこそが唯一無二絶対の正義なのだから。
そう信じ、私は今まで生きてきた。
そう心に刻み、今まで戦ってきた。
それは未来永劫、ずっと続く修羅の道。
「……はっ、はぁっ…………はぁっ……」
気づけば私は、地下一階の小部屋の隅で、壁にもたれて荒い息を吐いていた。酸素なんて必要としないこの世界で、嫌になるほど忠実な砂埃の混じった空気を仮想の身体に取り込み続けるのはイヤだったが、そうすることで体内を席巻するどす黒い感情の霧を吐き出せているような気がして、止めることはしなかった。
「……シノン! テメエいきなり何なんだよ!! なんかあったのかって訊いてンだろーが!!」
荒い声。脳内にまでガンガンと木霊す、本当に煩い音。
私に突き飛ばされて驚いていた一護が、追いつき部屋に入ってきた。ハードマスクを鬱陶しげに取り払い、その下の顔をしかめっ面にして、私に問いただす。
「……別に、なんでもないわ。ストレス解消は終わったから、もうログアウトしていいよ。お疲れ様」
「バカ言ってんじゃねえ! そんなボロボロになってるヤツを置いて、独りのこのこ帰れるかよ!! さっきのヤツと何があったんだよ、説明しろっての!!」
「そんな義理、あんたにはないでしょ。放っておいてよ」
「うるせえ!! 目の前でガチャガチャやられて、ほっとくワケにいくかよ!!」
「知らないわよ、あんたの性分のことなんて」
帰って、そう短く突き放す。
しかし一護は腕組みをしたまま、唯一の出入り口から動かない。赤い双眸が真っ直ぐに私を見つめ、それに苛立ち、私は声を荒げる。
「ねえ、帰ってって言ってるでしょ」
「ヤだね。今まで散々スルーしてきたが、もう限界だ。アッタマきた。テメーが話すまで、俺はここで待つ」
「帰りなさいよ」
「その前に話せ」
「帰って」
「断る」
「帰れって言ってるでしょ!! 撃たれないと分からないの!?」
「断るって言ってンだ!! 分かってねえのはドッチだ、この分からず屋!!」
「こンの――ッ」
激情が疲弊した身体を熱し、怒りの活力が漲る。下げていたヘカートの銃口を蹴って跳ね上げ、一護の額に突きつけてやろうと構え……る前に、下段から跳ね上がった一護の足がヘカートの銃身を叩いた。この世界で最初で最後の相棒と決めた大柄な狙撃銃は、そのまま私の手を離れて部屋の反対側へと吹き飛んで行った。
追いすがろうとした私の手首を、一護が掴む。どれだけ力を籠め、振りほどこうとも離れる気配はない。怒気を込めた目で睨む一護に、私は本気の殺意を抱きそうになっていた。
「……離しなさい。最後の警告よ」
「俺の蹴り一発で武器を手放しちまうヤツに、最終警告なんて突き付けられてもコワくも何ともねーぞ」
「煩い。黙って。じゃないと……」
「じゃねえと、何だよ」
「…………殺す」
言った。
言ってしまった。
殺意を抱き、明確にそれを言語化し、人に突きつけた。
そう、私は殺人者。殺そうと思えば人を殺めることができる、人でなし。こんな男なんて、その気になればいつだって……。
「……上等だ。
だから、何があったのか言え。今、ここで、全部だ。それまで退かねえし、手も離さねえ」
「嫌よ。どうせ言った所で、あんたに理解なんて出来るハズないんだから」
彼になら話せるかもしれない。
ほんの数日前、そう思ったことを自分で否定するように言葉を吐いた。理解してくれる人なんていない、そう強く思った瞬間、自分の中で何かが弾けた。
「……そうよ、理解出来るハズなんてない!! 過去の見えないあんたなんかに、私の心が理解出来るハズがない!! これは……これは私だけの問題、私だけの戦いなの! 他人のあんたが立ち入れる話じゃないのよ!! 何も出来ないくせに、母親が目の前で死んだってだけのことで、でしゃばって来ないで!!」
近寄る人を突き放す。
そんなこと露程思っていないとしても、敵として切り捨てる。
今まで散々やってきたこと。そのはずなのに、勝手に涙が滲み始め、視界が透明に歪んでいく。
「あんたの過去を見た! おふくろを殺したのは俺なんだ!? 嘘言わないで!! 人を殺した人間が、あんたみたいに強いわけがない!! 逞しいわけがないの!!」
「……シノン、いや詩乃。お前まさか、俺のガキの頃を……」
「そうよ! 河原みたいなところで、血まみれになって倒れてる女の人に縋りついてるあんたを見た!! なによ! どうせ事故なんでしょ? 不可抗力なんでしょ!? 殺したのは俺? ふざけないで!! 手を下したわけでもないのに、
「テ……メェ……ッ!!」
メキメキと自分の手首が軋む。鬼のような形相で、一護が私を見る。しかしそれでも、撤回する気になどならなかった。
「ひ、人殺しっていうのはねえ!! 相手から銃を奪って、眉間に撃ち込んで、自分の手で命を奪う人のことを言うのよ!! その重さがあんたに分かるの!? その辛さがあんたに分かるの!? こ、このっ……」
数瞬躊躇った後、ヘカートを握っていた手を一護の眼前に突き出した。手をめい一杯に開き、現実世界であれば火薬が侵入して出来た微小な黒子があるはずの場所を突きつけながら、
「――人殺しの手を、あんたに握れるの!?」
生きて来た今までで一番大きな声で絶叫した。
この五年間、実の親にさえ握ってもらえていない手を。
洗っても洗っても落ちない血で汚れた手を。
……他人の温もりなんて、捨て去って久しい、この手を。
突きつけ、ただ叫んでいた。
溢れる涙もぬぐわず、衝動に任せて荒れ狂う。まるで幼児のように感情を爆発させる。
その勢いのまま、こっちを見ているであろう一護の顔をひっぱたこうと突きつけた掌を引き戻しかけ……、
――がっしりと、その手を握られた。
「……え?」
一瞬、現実が認識できなかった。
私の右手を、さっきまで手首をわし掴みにしていた一護の左手が握り締めた。ただそれだけのこと。それなのに、私の身体から、一護に対する不条理な怒りがすぅっと消えていくのが分かる。
焼けた鉄のように熱い彼の手の温度が私のか細い手を覆い尽くし、このまま融けてくっついて、離れられなくなってしまいそう。そんな錯覚に陥り、慌てて私は手をほどこうともがいた。
「は、離して……!」
「うるせえよ」
「離してよ! 気軽に触らないで!!」
「黙ってろ」
「イヤよ!! なんの覚悟もないくせに、気安く触るなって言って――」
「――うるせえッつってンだ!!
落雷に撃たれた。
そう錯覚するくらい、その言葉は私の全身を貫いた。
……甘ったれ?
私が?
「甘え、てる……ですって?」
強くなるために甘えを捨てて生きてきたはず。それなのに、その私が甘ったれていると言うの?
私の過去など、何も知らずに言われた言葉。そのはずなのに、その怒声がすんなりと私の体内に入ってくるのが分かった。慰めでも暴言でもないその叱りの言葉が、心の一番痛いところにポンと馴染むのが不思議だった。
「ああそうだろ! 他人の手ェ跳ね除けて、自分独りで全部背負い込んで、そのクセ周りの連中に迷惑かけてる奴が、甘ったれ以外の何なんだよ!! 現実見ないで過去を言い訳に足踏みしてることが、甘え以外の何なんだよ!!」
私を睨む、一護の顔。
口調はさっきまでと同じ、いやそれ以上に荒ぶっているのに……その表情は何故か、どこか悲しげに見えた。
「確かに手前の過去はなにも知らねえ。けど、お前みたいに他人に頼れないヤツのことを、俺はよぉく知ってる。ツラいことがあって、色んな感情がこみ上げて、溺れそうになってる。けど、その色んなモンを全部抱え込んで、独りで抱え込むのが自分の義務だって思ってる。そんなクソガキのことを、俺はこの世の誰より、よぉく知ってンだ」
言われて気づく。
確かに、そんな風に思っていた。
つらいのに、泣きたいのに、そんなことをしたら押し潰されちゃいそうな気がして。
弱いのがいけないんだ、強くならなきゃ。そう自分を叱りつけて、動かない脚を無理やり動かして前に進むことこそ、人を殺した自分の責務だと、自分で自分を縛り付けて。
周囲の人から、またあの恐怖に満ちた目を向けられるのが怖くて、差し出してくれた手を拒んで。
そんな、自分でも忘れていた幼い頃の記憶が、セピア色の感傷となって甦る。
……過去視なんて持ってない人の言葉で、そもそも不思議な力なんて存在しないはずのこの世界で。
「……だけどな、結局そいつが! 一番弱かったんだ!! 手前独りで抱え込むことで! 周りの連中を悲しませてることに! ちっとも気づけてねえ大馬鹿野郎だったんだ!!
おい詩乃!! テメエ強くなりてえんじゃねーのかよ!! だったらいつまで
俺の目ェ見てみろ! そう言って、一護は空いた手で私の胸倉をつかみ上げ、そのままぐっと顔を近づける。
色々な感情が渦巻く端正な顔立ちの中に、明けの明星のような瞳が輝く。そこに映っていたのは……涙でぐしゃぐしゃになった、寂しそうな顔をした女の子の姿だった。
「答えろ朝田詩乃!! テメエの目指した強い自分は、こんな姿だったのか!?」
「え、あ…………ち、違、う……」
「じゃあ朝田詩乃!! テメエの目指した強さは、一体なんだったんだよ!?」
「わ、私は……ただ、人を殺した過去に負けたくなくて、お母さんを護れたことを誇れるようになりたくて……それができる強い心が、欲しかっただけで……っ」
でも、それより、なにより……。
「怖いのがイヤだったの、つらいのがイヤだったの……! あんな思い、もう二度としたくなくて、だから頑張って生きようって、そう思ってて、なのに、それなのに……う……うぅっ…………!」
とうとう力尽き、私はぼろぼろと涙を溢れさせた。両足から力が抜け、地面にへたりこみそうになったところを、目の前の彼が胸倉を掴んでいた手を放し、片手でそっと支えてくれた。
さらに何か言われるかと思ったが、一護はそのまま黙ってしまった。ただ私が倒れないよう、脇から軽く抱えているだけ。けれどその支えが何より心地よくて、そのまま一護の胸に身体を預ける。現実世界同様に逞しい身体から感じる体温は灼熱の熱さを滲ませていて、焼けつくような、痛みに近い優しさが、彼と接したところから流れ込んできた。
その熱に後押しされるようにして、そこからしばらくの間、私は一護の身体を借りてただひたすらに泣き続けていた。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
次話では今話の続き+BoB本戦開始(直前)の様子を書きます。
初登場の男性キャラが一名、男性(?)キャラも一名登場となる予定です。
……二章完結まで、おそらくまだあと七話ほど。にも関わらず、次話で二章十万字超えます。
やはりこの内容を十万字で書ききるのは難しい……冗長と言いますか、展開が遅いことがどう考えてもその原因。精進致します。