Deathberry and Deathgame Re:turns 作:目の熊
第二話です。
シルフ族の女領主、サクヤの視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。
よろしくお願い致します。
<Sakuya>
「――それで、結局どうするんだ?」
焦れた口調で私は問いかけた。
問うたところで明瞭な答えが出るわけもないことは分かっている。しかし、もうすでに十分以上議論を重ねているのだ。焦れるなと言う方が無理がある。
実際、先ほどから話し合っている他の二人も、いい加減飽き飽きという表情だ。
私の隣にいるケットシー領主であるアリシャ・ルーはつまらなそうに尻尾を波打たせ、正面に立つサラマンダー軍の長・ユージーン将軍は厳めしい顔つきで不機嫌そうに唸る。鏡がないので分からないが、きっと私も似たような顔つきになっているだろう。そう思い、私はこっそりため息を吐きながら広げた扇子で口元を覆い隠し、視線を辺りに彷徨わせた。
ここはアルン高原南西部、蝶の谷。
その中心部にある小さな台地で、私たちシルフの神官戦士軍とルーが率いるケットシー精鋭騎士団、そしてユージーン将軍のサラマンダー重戦士部隊が面付きあわせてにらみ合っていた。
先日同盟を結んだケットシー軍は共闘関係にあるため、実質はシルフ・ケットシー連合対サラマンダーという図式にある。種族勢力的には連合側に軍配が上がるはずなのだが、対するサラマンダーは種族単体としては最大最強の勢力。その誇りは相当に高く、故に交渉は遅々として進んでいない。
揉めている原因は、今この場所で開催されている一つの小規模トーナメントにあった。
現在、定期メンテナンスが終了したALOでは正式サービスから一万時間を記念して、アルン高原と各種族領地で様々なトーナメントが行われている。景品には希少なアイテムや装備が据えられており、シルフ領内でも種族限定のトーナメントが開催され非常に盛り上がっていると、領地の文官から報告が来ている。
私たちがこれから参加しようとしているトーナメントも、そんなイベントの内の一つだ。「プラチナクラス・レベルⅤ」と銘打たれたこのトーナメントは、非常に希少なアイテムを入手できる代わりに参加者に課すスキル値制限が非常に高く設定されている。
この場にいる者の中で条件をクリア出来ているのは、ユージーン将軍のみ。私とルーは僅かに規定に達していないが、特例条件である領主職補正でクリアできている状態だ。
対してトーナメントの出場枠は最低四つ。これを満たさないと、トーナメントそのものを開始できない。その残り一枠に誰を入れるかで、先ほどから揉め続けているのだ。
「――だからサー、サクヤちゃん。昨日のスプリガンの彼でいいじゃない。あの子なら参加条件ヨユーでクリアできるヨ?」
水着に似た戦闘スーツを身にまとったルーが、猫耳をピコピコ揺らしながら言う。確かに、彼の尋常でない強さから考えて、参加条件を満たすことはおそらく叶うだろうが……。
「いや、彼は相当急いでいる様子だった。それに先日の借りがある手前、ここに呼び出しトーナメントに参加してもらうなどという厚かましい真似はできない。やはり、アルンに滞在しているというウンディーネ領主に連絡を取って参加を……」
「ふざけるな。それは貴様らに利がありすぎる提案だろう」
深紅の鎧をガリャリと鳴らしながら、ユージーンが反対するべく口を挟んできた。
「例の
シルフとケットシーの領主二名の参加を認めた時点でこちらは十分に妥協してやっているのだ。領地に待機させたサラマンダー軍副将のガルヴァノを呼び寄せ参加させるのが妥当だろう」
実際のところは、スプリガンとウンディーネが連合に加わるというのはスプリガンの彼が仕込んだブラフなのだが。ここでそんなことはバラせない。癪だが、そのブラフを否定できないなら、彼の主張は確かに妥当と言える。
だが、ルーは一向に納得しない。
「それはんたーい! ガルヴァノ副将っていったら、この前ウチの偵察隊に極悪トレインなすりつけたサイアクな人でショ? セッカク救援に入ってあげたのに逃げちゃったヘタレさんのムービーがウチの諜報部の手中にあるの、忘れたのー?」
「……フン、小賢しい真似をしおって」
「なーんとーでもー」
ツン、と顔を逸らすルーを見ながら、私は再びため息を吐く。こんなやりとりを、もう三度も繰り返したのだ。
ルーの提案には、これ以上迷惑を掛けたくないと私が反対し、私の提案にはユージーン将軍が不利を訴え、ユージーン将軍の提案はルーが弱みをチラつかせてねじ伏せる。正直、三人の内の二人が折れない限り、話し合いは平行線のままだ。時間も限られている今、そう長々と話しているわけにもいかない。
だが、絶対に折れるわけにはいかない。優勝した際に手に入るアイテムの一つ、『ダグラスラトロン』は世界樹攻略用装備作成の大詰め、エンシェント級武器に欠かせない鉱石なのだ。スプリガンの彼と約束した以上、このアイテムは逃せない。もし逃せば地下の最悪ダンジョン、ヨツンヘイムで邪神狩りに挑まねばならないため、この好機を見逃す選択はあり得ないのだ。
とはいえ、まずはトーナメントを開催できる状態にしなければどうしようもない。
どうにかして三勢力が納得できる提案を……そう考えつつ、ふと空を見上げた瞬間、
「……ん? あれは……」
空の彼方で、何かが凄まじい速度で飛行しているのが見えた。
一瞬モンスターかと思ったが、このアルン高原にはフィールドモンスターは湧いてこない。それに、あのような速度で飛行できる存在は、モンスターは元よりプレイヤーにもそういない。それこそ、領主や軍団長級、あるいは超スピードホリック型のプレイヤーでもない限り、あの速度は出せない。
一体何者なのか、と思案していると、
「ア! サクヤちゃん、こ、こっちに来るヨ!?」
ルーの叫びの通り、その影が急に軌道を変え、此方目掛けて一直線に突撃してきたのだ。周囲の者たちがざわめき、迎撃のために各々が武器を構え、謎の影を迎え撃たんとする。
が、予想に反して影は途中で急下降し、私たちがいる地点から二十メートル程離れた所に、そのままの勢いで激突した。チュドォンッ! というレーザー系攻撃魔法の着弾時のような轟音がこだまし、地面からはもうもうと砂煙が立ち込める。
突如現れた飛来者の正体を見極めるべく、一同が注目する中で、砂煙の中に人崖が浮かぶ。
と思ったら、
「痛っ……てえな、クソ!!」
派手な絶叫と共に、これまた派手なオレンジ髪の青年が姿を現した。
「やっぱ瞬歩と同じようにはいかねえってか。最高速までもうちょいだったのによ……」
青年はブツブツと呟きながら立ち上がり、ポーションを取り出しつつ後頭部をガリガリと掻きむしる。それと同時に砂埃が完全に晴れて、彼の姿が鮮明に見えるようになった。
百八十センチ程の身長に引き締まった体躯。しかめっ面の顔立ちは現実世界でいうところの「不良」を思い起こさせるが、目鼻立ちははっきりしており、十分に美形の域に入るだろう。背に生えた羽根の色から、種族はサラマンダーであることが分かった。
装備はパッと見てどれもドロップ品で固められており、レア度はピンキリ。
背に吊った刃渡りの短いシミターブレードは、私の記憶が正しければルグルー回廊で一番レアと呼ばれる希少品だ。かなりの数のモンスターを倒さねば手に張らない上、要求されるスキル値が八百五十を超えると噂の一品で、それを装備できているということは、かなりのスキル熟練度を持っていると考えられる。
だが着ているショート丈の黒ジャケットや白色防具は、そこそこのダンジョンに潜れば手に入るようなありふれたもの。色合いが
そんな奇妙な闖入者は飲み干したポーションの瓶を放り捨て、首をゴキゴキとやりながら数歩歩いたところで、ようやくこちらの存在に気付いた。
「……あ? なんだよ、何かジャマしたか?」
ややハスキーな低い声が響く。こちらは三勢力あわせて二百人に迫る大集団、それも各種族の精鋭軍隊だというのに、特に臆した様子はない。
無言でいるのも何なので代表して私が答える。
「いや、特に邪魔はしていない。が、皆少し驚いている。頭上からいきなり君が降ってきたからな」
「ああ、速度調整ミスっちまったんだよ。驚かして悪かったな……っとそうだ」
青年はふと思いついたように、私に目を向ける。意志の強そうなブラウンの瞳と私の黒眼の視線が交錯する。
「アンタ、ここに来てどのくらい経つ?」
「……は?」
「いやだから、この場所っつーか、今日ALOにログインしてどんくらい経ったかって訊いてんだ」
「……メンテ終了と同時にログインしている。だから、およそ二時間といったところだ。他の者達もおそらく似たようなものだろうが……それが何だ?」
一体何故そのようなことを訊くのだろうか。雑談の取っ掛かりにもならず、悪用にも使えそうにない、意図不明の質問だ。そう感じ首をかしげつつ私は聞き返す。
が、青年は短いため息を吐き、再びガリガリと後頭部と引っかきながら、やっぱりか、と呟いた。
「俺以外はフツーってことかよ……仕方ねえな。コイツらに頼るワケにもいかねえし、やっぱあのアルンとかいう所で外と連絡する手段を見つけるしかねーか。わり、変なこと訊いたな。忘れてくれ」
それだけ言うと彼は踵を返し、そんじゃあな、と一言告げてさっさと立ち去ろうとした。
が、
「待て」
彼の行く手にユージーン将軍が立ちはだかった。分厚い鎧を纏った大柄な体躯で仁王立ちし、二メートル近い高みからオレンジ髪の青年を睥睨する。
青年の方も気圧されることなく睨み返し、やや不機嫌そうな声色で尋ねる。
「なんか用かよ、オッサン。メシの誘いなら断るぜ。俺は今から
「話がある。貴様の益にもなる話だ。聞いていけ」
「ジンさん、まさか彼を……」
「そうだ。悪くはないだろう。おそらく参加条件も満たしているだろうしな」
部下の問いにそう答えつつ、サラマンダー最強の男は、彼の背にあるシミターをちらりと見やった。その仕草を見て、私は彼が何を考えているかが分かった。
どうやら最後の一人として、オレンジ髪の彼に出場させるつもりのようだ。
装備、というか背の曲刀から見て参加の基準値は越えていると思われる。実際の参加判定にはスキル値の平均が用いられるが、まさか曲刀以外からっきし、ということもあるまい。先程の飛行速度から考えてもプレイヤーとして並み以上の技術ないしは素質を持つはずだ。
加えて、ギルドメンバーのアイコンがないことからおそらくサラマンダー軍属ではなく、しかし仮に彼が優勝すれば、交渉では同族である将軍が有利。ついでに、失礼を承知で言うならば、スプリガンの彼やガルヴァノ副将を呼ぶよりもずっと手間がかからない。
成る程、ガルヴァノ副将を呼ばれるよりかは双方にとって良策のように思える。
最初の謎めいた質問がやや気にはなるし、用があるという彼の都合の緊急度合いにもよるが、出来ることなら是非出場してもらいたい。
私が独り考えをまとめて納得する横で、やはりルーは不服そうだった。
「えー、あやしーなー。実は軍属プレイヤーなんじゃないの?」
「彼はサラマンダー軍には属していない。ギルドマークが表示されていないのがその証拠だ」
「……裏で繋がってない証拠は?」
「このタイミングで都合よく落下してくる可能性の方が低いと思うぞ、ルー。それに、私たちは実質同勢力なんだ。サラマンダー側に多少の利便は図るべきだろう。何より、あの副将がやってくるよりは幾分かマシだろうさ」
「むぐぐ……」
「……よぉ、当事者抜きで何くっちゃべってんだよアンタら」
私たちの会話に割って入る形で、青年が不機嫌二割増しの声で問う。ユージーン将軍に阻まれて一応立ち止まってくれてはいるが、その隠そうともしない機嫌の悪さから見て、そう長くは引き留められないだろう。
見かけ通り短気らしい青年サラマンダーに去られる前に、再び集団を代表する形で私は名乗り、説明を始めた。
現在、ここでレアアイテムを賭けたトーナメントが開催予定となっていること。
参加条件となっている高レベルプレイヤーが一人足りないこと。
景品はどれもエンシェントクラス、あるいはそれに匹敵するランクを持つこと。
ーーそして、最後の一人として、トーナメントに出場してほしいことを。
青年は腕組みをしたまま黙って聞いていたが、私が話終えると短くため息を吐いた。
「……そのトーナメントってのが魅力的なモンだっつーことは分かった。アンタの見立て通り、スキル値平均も多分満たしてる。けど言ってんだろ、俺はあのアルンとかいうトコに用がある。ここでチンタラしてるヒマはねーんだよ。他をあたってくれ」
「そこを何とか頼めないだろうか。ハイレベルプレイヤー同士のデュエルにおいて、一試合に掛かる平均時間はおよそ五分だ。三位決定戦まで含めても合計二十分ほどで終了する。君が素養に優れたプレイヤーであることは先の飛行からも十分に判断できる。私たちを相手取っても不足ないほどに、な。
対等な相手とたった二試合するだけで、これ程のレベルのアイテム群を手に入れるチャンスがある。この先滅多にない好機だと思うぞ?」
「だから俺は今そんなヒマもねえんだって言って…………?」
不意に青年が言葉を切った。視線は上空、トーナメントの開催概要が表示された辺りに固定されている。
「どうかしたか?」
「……景品ってのは、アレのことかよ」
そう言って青年が指差す先には、ホログラムで浮かび上がる賞品アイテムがあった。順位に応じてもらえるアイテムが異なり、当然優勝したときの景品が最も多く、また高価になっている。
優勝者が獲得できるアイテムは四種。
一つは、超レア鉱石『ダグラスラトロン』四十個。
二つ目が最上級ポーション類詰め合わせ六セット。
三つ目は八百万ユルドの入った麻袋。
そして四つ目。客観的に見ればこれが一番の目玉アイテムだろう。
草履、足袋から始まり、漆黒の長着と袴、白帯まで揃ったシンプルな和装。剣帯の代わりなのか、赤い鎖がたすきに掛けられている。外見こそただのフルコーディネートタイプの衣服アイテムではあるが、その正体は並の金属鎧を遥かに凌ぐ防御力と支援効果を持つ、衣服兼防具アイテム。
その名は――、
「エンシェント級アイテム《黄泉の礼装》だ。初めて見るアイテムだが、おそらく私の長衣などより遥かに高級な代物だろう。無論、売れば相応以上の高値で取引されることとなる。一等地に城を建てられるくらいには、稼げると思うぞ?」
どうかな? と、駄目押し気味に青年へ流し目を送る。
だが、青年はこちらなど見てはいなかった。上空に浮かぶ黒衣のホログラムを険しい表情で睨みつけ、拳を堅く握り締めている。手に入る大金に目がくらんだのか、と一瞬思ったが、その姿からは何故か怒気のような荒々しい雰囲気が漂っているように感じる。
と、青年が不意にこちらへ振り向いた。端正な顔立ちはやはり静かな怒りを孕んでおり、並のプレイヤーであればそれだけで退いてしまいそうな迫力を持っていた。
「……なあアンタ、サクヤっつったっけか? 一つ、訊いてもいいか」
「なんだ」
「このアイテム初めて見たって言ったよな? つーことは、この《黄泉の礼装》ってのは今日のトーナメントで初めてALOに出てきたモンだってことか?」
「ああ、そうだ。開催概要にも、今トーナメントで新登場したという記載があったからな。間違いない。何かの『伝説』から生まれた逸品だとの触れ込みだが、その内実については手にした者のみ知ることができるらしい。まあ、後半部分が真実かただの演出かについては定かではないがな」
「そうか……まあ、手がかりの足しにはなるか」
最後の言葉の意味は分からなかった。
だが、それを問う前に青年はズカズカと広場の中心に歩み寄り、出場表明のタッチウィンドウに右手を思いっきり叩きつけた。そのまま叩き割らんばかりの衝撃音に、横にいたルーがビクンッと猫耳を揺らし、ユージーン将軍は眉根を寄せる。
それら周囲のリアクションを一切気にすることはなく、青年はこちらを振り向き、同時に音高く背中の剣を抜き放った。甲高い金属音が響き渡り、それが消える頃には――、
「――そういや、まだ名乗って無かったっけな。一護だ。何度も言ってるが、チンタラしてるヒマはねえ。わりーけど、とっとと始めさせてもらうぜ」
そのブラウンの瞳には、闘志が煮えたぎっていた。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
……というわけで、死覇装目当てに一護が連続デュエルに挑みます。死んだら詰みな状態なのに、です。
しかもALO初の対人戦が領主・軍団長級となっております。けど、これくらいが一護には丁度いいのでは、と思った次第。
次回から三話と四話、二回続けてバトル回となります。
三話はあのスケスケソードを持ったオッサンが相手になります。
今回ちょっと物足りない感じで終わってしまったので、次話投稿を早めます。
更新は九月七日の午前十時を予定しております。