Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

十九話です。

シノン視点でお送りします。

宜しくお願い致します。


Episode 19. On the Savage World

<Sinon>

 

「――よぉ。アンタ、もう一試合やっていけよ。俺は素手、アンタは何を使ってもいい。その代わり、俺が勝ったらその腰のナイフをくれ」

 

 いきなり群衆の真っ直中に進み出た一護は何も躊躇うことなく宣戦布告した。しかも自分が無手であり、相手が武装アリという極端なハンディキャップがあることを明言して。

 

 この世界にも「徒手格闘」という概念はあることにはある。

 

 昔からFPSなどにおいて、素手での攻撃はリーチが最低である反面、威力に多大な補正がかかることが多い。このGGOでもそれは例外ではなく、一撃必殺とまではいかなくても、下手なハンドガンより大きなダメージを叩き出せる仕様になっている。

 そのため屋内戦闘で敵とバッタリ鉢合わせ、などという状況になった際には、銃撃だけではなく、どれだけ早くナイフを抜けるか、またはどれだけ素早く拳や蹴りを当てられるかが勝敗を分ける要因となる。決して馬鹿にはできない技能だ。

 

 しかし、この一対一形式、しかも最初から向かい合った状態で開始するデュエルにおいて、素手は明らかに自殺行為だ。

 それこそ霊能力で波動でも出せるのなら別かもしれないが、この銃と鉄の世界に魔法は存在しない。普通に考えて、真正面から蜂の巣にされてジ・エンド。

 

 それは観衆たちも同意見らしく「こいつマジですっぴんかよ」「やべー無謀勇者キタコレ」という驚嘆とも罵倒ともつかないどよめき声が上がる。しかも私と共に現れたところもしっかり目撃されてしまったらしく「おい、シノンが来てるぜ」「まさかシノンちゃんの彼氏か?」なんて邪推する声まで聞こえる。

 

 本当なら一刻も早く立ち去りたいところなのだが、アイツをこの世界に引っ張り込んだのは私だし、この後の憂さ晴らしハントにも同行してもらわなければならない。

 

「……やるからには勝ってよね。負けたらあんたの脳天吹っ飛ばすから!」

 

 付き合わされていることに対するせめてもの抵抗に、一護の背中へそう声をかける。一護は背を向けたまま片手を上げることで私の言葉に応えた。

 

「くっくっく……いいねえ。そういう馬鹿は嫌いじゃねえぞ。その挑戦、受けてやんぜ色男さんよ。せいぜいシノンの前で無様な死体を晒さねえよう、頑張んな」

 

 テンガロン男はニヤニヤと笑い、一護の宣戦布告を受諾。ウィンドウを操作してデュエル設定の画面を表示させた。

 

「この賭けデュエルにはあらかじめ武装と賭ける対象を設定するルールがある。その時手前が負うハンデがデカい程、相手からブン取れる報酬(リターン)も増えるんだ。

 アンタは素手で防具なし、賭けたのは千クレジット。

 俺の武器はこのリボルバーとマチェット、防具は革の軽装備、賭けんのはご指名のマチェットと……そうさな、このベルト付きのナイフシースも付けよう。どっちも中々のレア物だ。併せて売れば百万クレジットは下らねえ。素手のハンデにゃ十分だろう」

「いいのかよ、そんなレア物賭けちまって。後で返してくださいっつっても聞かねえからな」

「そっちこそ、ホントに素手でいいのか? 戦闘中に『降参しますごめんなさい』って土下座されても、俺ぁ攻撃を止めねえぞ」

 

 長い黒髪を揺らして挑発する一護と、サングラスをかけつつそれに対抗するテンガロン男。互いに自信に満ちたその姿に、野次馬たちも大声を上げてはやし立てる。デュエル設定を終え、開始線に着く二人を見ながら、私は一度冷静に一護の勝ち目を分析してみた。

 

 テンガロン男の武器は、四五口径回転式拳銃「コルト・シングルアクション・アーミー」またの名をM1873。別名『平和の作り手(ピースメーカー)』だ。リボルバー式のため、装弾数は六発。過去アメリカにおいて陸軍の制式拳銃であった他、西部開拓時代に使用されていたとされ、映画ではテンガロンハットを被ったコテコテのガンマンによる早打ちに用いられることも多い。

 機構上スピードローダーが使用できないため、撃ちきった際の再装填(リロード)は空薬莢を捨てた後、一発ずつ銃弾を装填する必要がある。つまり、遮蔽物がないこのデュエルにおいて、六発撃ちきるということは銃の無力化を意味する。

 

 ……だが、それを易々と許すほど、テンガロン男は甘くないはずだ。

 

 彼が弾数の多いアサルトライフルや近距離戦で真価を発揮するショットガンではなく、たった六発で撃ち止めになるピースメーカーを装備している理由。それはおそらく、四五口径リボルバーの持つ高い火力と、早打ちの逸話に準えた速射スキル補正のためだ。

 

 頭部への一撃(ヘッドショット)を受ければ即死、手足や胴体に被弾しても、武器防具の支援のない一護であれば、おそらく二発受けただけで死ぬ。

 開始線から相手までの距離は目算十メートル。初速が音速に迫る.45ロング・コルト弾にかかれば、発砲から着弾までの時間はたったの0.03秒。反射神経だけで躱しきれる代物じゃない。

 

 それに、テンガロン男はサングラスで視線を隠している。

 どこかの気に食わない剣士は視線で相手の弾道予測線を予測することで銃弾を躱す、なんて荒技をやってのけたわけだが、これではその芸当すらも通用しない。動体視力と勘と読み、これだけで回避しきるのは、人間の身体には不可能だ。

 

「……どうするのよ、一護」

 

 勝てとは言ったけど、いくら中身が死神でも、今の彼はステータスに制御された状態。精神状態に呼応するという霊力と違って、この世界では気合いだ根性だといった精神論での挽回なんて力業はできっこない。運動・感覚神経が常人のそれではないとしても、身体がついていかなければ意味がないのだ。

 

 それを分かった上であそこまで自信を持っていられるとすれば……もう真性の馬鹿か、狂気の領域にしか感じられない。

 

 両手で顎と鳩尾をカバーする格闘技の構えをとった一護に視線を合わせ、そう思っていると、頭上にカウントダウンのホロウィンドウが出現した。

 

『――戦闘準備(Lock and Load)

 

 『楽しんでいこうぜ(Rock'n'roll)』とも聞こえるネイティブ発音の音声が響き、野次馬からの歓声が一気に静まる。素手対リボルバー、罰ゲームにしか見えない圧倒的ハンデのデュエルの始まりに、私を含む全員が注目する。

 

 アイソセレススタンスに構えたテンガロン男。

 

 右半身の構えで重心を落とす一護。

 

 互いの間でビリビリとした緊張が張りつめ、それが極限まで高まった瞬間、

 

『――3(Three)2(Two)1(One)戦闘開始(Fire)!』

 

 デュエル開始の合図が鳴り響いた。

 

 同時に轟く一発の銃声。ピースメーカーの銀色の銃口から、炸裂した火薬の光が瞬いた。一護が構えを解いて避ける時間は無い!

 

 ……が、その直後に聞こえてきたのは、覚悟していた着弾の鈍い音ではなく、デュエルスペースを区切る半透明の防壁にブチ当たった、甲高い衝撃音だった。

 

 驚愕と共に撃たれたはずの一護を見る。彼は最初の体勢から数十センチ、横に身体を捻った状態で最初の位置に立っていた。HPゲージはドット一つ分すら減っていない。

 

 ――避けた、のだ。

 

 一歩も動かず、最低限のスウェーだけで。眼前・真正面から放たれた四五口径の銃弾を。

 

 観客と同様、唖然とするテンガロン男に対し、一護はゆっくりと体勢を元に戻す。その瞳はあくまでも勝ち誇ることなく冷静で、真っ直ぐにテンガロン男のサングラス、その奥で見開かれているはずの瞳へと突き刺さっていた。

 

 だが、奴はそのまま呆然としているようなボンクラではなかった。

 

「……チィッ!」

 

 舌打ちと同時に、瞬時に構えを切り換え。左掌を撃鉄の上に添える『ファニング』と呼ばれる、有名な速射の構えだ。初撃を外したことで銃口から幾筋もの赤い線『弾道予測線』が走る。一護に到達しているのはそのうち二本。

 

 一護の対応は素早かった。

 

 今度は本気で撃ち殺しに来ることを悟り、低重心のまま前方へ猛ダッシュをかける。一気に距離を詰めて撃たれる前に勝負を決めるつもりか。

 

 ガガッガンッ!! という重い銃声。二発、一拍おいて一発の間隔で放たれた三発の銃弾を、一護は勢いを殺さず地面ギリギリまで上体を下げて回避しきった。テンガロン男との距離は、もう五メートル足らず。

 

 だがテンガロン男は焦らない。体勢が限界まで低くなった一護の下半身目掛けて射撃、彼の足を止めようとした。

 スピードに乗った一護はブレーキは間に合わないと悟ったのか、即座にその場で大きく跳躍。予測線から退避しつつ拳を握りしめ、そのまま空中殺法と言わんばかりに殴りかかった。

 

「あのバカっ……!」

 

 思わず一護の悪手を罵った。

 

 防具も何も持っていない、足がかりになる障害物もないのに、ジャンプしてしまったら避ける術が消えてなくなる。おそらくテンガロン男は足止め以上にこっちを狙っていたのだ。銃弾を避けてくる一護に確実に一撃を叩き込むために、彼を空中に誘導した。

 銃という明確なアドバンテージを持っていながら、油断なく彼を仕留める算段を立てて見せた。テンガロン男の冷静な頭脳が一護の超人的回避を上回る。それを確信したのか、ついに男の顔に勝利の笑みが浮かぶ。

 

「……愉しかったぜ、色男」

 

 引導の一言を吐き、確実に一護の頭に照準を定める。時間がスローになったような錯覚の中、彼の指にグッと力がこもり……、

 

「あばよ!!」

 

 発砲。

 

 ガァンッ! という銃声が高らかに響きわたり、四五口径のハイパワー弾丸が一護の眉間目掛けて放たれた。直後、一護の上体が大きくのけぞり、HPゲージが減少開始。そのまま抵抗することなく落下していく。コンマ数秒後に訪れるであろう無残な死に、思わず視線を伏せ――ようとした、その直前だった。

 

 

 のけぞったまま硬直していた一護が、空中で体勢を立て直した。

 

 

 その目には死んでおらず、握りしめた拳も健在。射抜かんばかりの気迫ある視線が、テンガロン男の全身を捕捉していた。

 

「ンなにぃっ!!」

 

 頓狂な驚きの叫びをあげるテンガロン男に、一護の容赦ない跳び蹴りが突き刺さった。傾ぐ身体。ガクンッと減るHP。

 

「なにが『あばよ』だ帽子野郎! 消え失せるのは俺じゃねえ――」

 

 着地した一護の突き上げたアッパーで大きくのけぞり、続く膝蹴りと肘打ちのコンボが隙だらけの身体に次々と決まる。テンガロン男の身体が宙に浮いた、その隙に一護は彼の腰からマチェットを引き抜き、大上段に振り上げて、

 

「消えるのは、テメエの方だ!!」

 

 脳天に叩きつけた。

 

 力任せに振り下ろされた黒塗りの刃がメリメリと頭蓋にめりこみ、眼窩を切り裂き、顎下まで突き抜ける。

 

「ガ……ヒュゴォ……ッ」

 

 意味をなさない断末魔を上げ、テンガロン男は地面に崩れ落ちた。ウィークポイントである頭部に重い一撃をもらったため、HPは一気にゼロへ。そして頭上に表示される『死亡(Dead)』の文字。

 

「――わりーな。勝ったらコイツをもらうって話だったが、ちょっとフライングしちまった」

 

 一護はテンガロン男の死体に向けてそう言い、ニッと笑ってマチェットを素振りする。同時に頭上にウィンドウが出現し、

 

『Congratulation! The Winner:Ichigo!!』

 

 素手で挑んだ大馬鹿の勝利が声高に告げられた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こだます拍手と歓声の渦の中、防護フィールドの解除された舞台に私は駆け寄った。

 

 舞台中央に立つ一護は、早速手に入れた戦利品のマチェットと黒革のナイフシース付きベルトを装備して、アレコレ感触を確かめているところだった。さっきの短時間ながら濃密な戦闘をこなした疲労感は欠片も感じられない。

 

「よぉ。言っただろシノン、なんとかなるってよ」

 

 私に気づき、一護はなんてことないように言った。勝ち誇りもせず、当然というかのようなその表情に、思わず微苦笑する。

 

「……ちょっとは人間らしい戦い方をしなさいよ。あんな人外じみた動作と気迫を見せられたら、見てるこっちが疲れちゃうわ」

「知るかよ、ンなの。ああでもしねえと一発食らうかもしれなかったんだ。仕方ねえだろ」

「一発食らうかもって……そういえばあなた、最後の一発、どうやって耐えたのよ。確実にヘッドショットのコースだったし、空中にいる状態じゃ回避なんて出来なかったはずなのに」

「…………その答え、俺にも聞かせてくれや」

 

 ザラついた声に振り向くと、デュエルが終わったことで自動蘇生により復活したテンガロン男が起きあがっていた。頭部に受けた攻撃の痺れが残っているのか、頭を押さえ左右に振りながらよろよろと立ち上がる。

 

「最後の一撃は確実に当たった。その手応えはあったし、実際にアンタは大きく仰け反った。なのにHPを削りきることは出来ず、結果負けた。一体、どんなテクを使ったんだ?」

「テクってほどのことでもねーよ。あの弾丸の通り道に合わせて裏拳を振り抜いて弾を余所に弾き飛ばした、ただそんだけだ。衝撃全部を殺すトコまでは出来なくて、ちっと体勢崩されちまったけどな」

「「……は、弾いたぁ!?」」

 

 その有り得ない回答に、私とテンガロン男の叫びがハモった。

 

 マトモに受ければ最低でも部位損失は確実な高威力の銃弾の弾速に合わせて拳を当てて弾道をねじ曲げる。そんなことが可能なのか。いやでもそれが出来たからこそ、彼はこうしてテンガロン男に勝てた。現実を見ればそうなるのに、それが信じられない。

 

「バ、バカ言ってんじゃねえよオイ! 遠距離ならともかく、あんな二メートルばかしのトコから撃った弾に拳を合わせるなんて、無理に決まってる!! たとえアンタが飛ぶ銃弾を捕捉できるくらいの動体視力を持ってたとしても、見てからじゃ身体の動きが追いつかねえはずだろうが!!」

 

 私の胸中を代弁するかのようにテンガロン男が一護に詰め寄る。そんな彼の様子に、一護はいつも通り「うるせーなあ」とでも言わんばかりのしかめっ面を浮かべて、後頭部をガリガリ引っかく。

 

「別に見てから弾こうって思ったわけじゃねえよ。最初っから『最後の一発を空中にいるときに撃たれたら裏拳で弾く』って決めてたんだ」

「さ、最初から決めてた、だと?」

「考えたんだよ。最初の一発を避けた直後、残りの五発を使ってガチで殺しに来るなら、俺は何をされたら一番ヤバいのかってな。

 で、考えついたのは『避けられねえ体勢に持って行かれること』だった。銃口の向きと指に力を込める瞬間さえ見えてりゃ、とりあえず弾がいつドコに飛んでくるのかは見当がつく。だから、地上にいる限りは多分当たらねえ。だったら、ジャンプさせられてそこを撃たれる、それが最悪だってことに気づいたんだ」

 

 さらりと方向が分かっていれば銃弾なんて避けられる、という趣旨の発言をしたことに対し、観客とテンガロンは絶句し、私は「コイツもか」と呆れ半分のため息を吐く。

 

「ジャンプしたとこを仕留めたいなら、弾は最低二発使う。俺を跳ばせるのに一発。跳んだ俺に撃ち込むためにもう一発だ。

 じゃあ、残りの三発で何ができるか。多分だけど『俺からジャンプ回避以外の選択肢を奪うため』に使うんじゃねーかと思った。俺の左右に一発ずつ撃って横方向の回避を潰して、次の一発で頭を下げさせる。視線が下に向いて視界が狭くなったトコで足下に一撃入れれば、俺は地面から足を離すしかなくなる。それが一番イヤなパターンだと踏んだ。

 アンタは結局その通りに撃ってきた。俺は連続の三発が来た瞬間に、このオチが見えてた。だから迷わず『跳んだら裏拳弾き』を実行できたんだ。じゃなきゃ、あんなスムーズに全弾躱せるかよ」

 

 ……全て、読み通りだったから。

 

 要約すれば、たったそれだけのこと。

 

 けど、丸腰の状態で至近距離から銃口を向けられているのに、そんなに素早く冷静にフィニッシュまで読み切るなんて、どういう神経をしていれば可能な芸当なのか。

 

 予測線がなくても回避してみせる体捌きのセンス。

 

 残弾数と自分の状態から即座に最悪の状況と打開策を叩き出す思考・判断力。

 

 そして、銃口目掛けて真っ直ぐ突っ込んでいくだけのクソ度胸。

 

 思いつくだけでもこれだけ備わってないと不可能だ。試合前に動体視力と勘と読みだけ、なんて思ったけど、それをどれ程研ぎ澄ませればアレが出来るのだろうか。

 テクニックと言う程じゃないと彼は言ったが、むしろこれが単なるゲーム上の技術(テクニック)などという枠組みに収まるはずがない。

 

 一応、現実世界で聞いてはいた。

 私の遭遇した虚なんてメじゃないくらいの化け物や超人たち、それら全てを相手取り、何度も死にかけながら戦い抜いて勝利してきた現存の死神の中でも最上位クラスの実力者。凄まじい成長速度と戦闘能力、そして何より、決して折れない鋼鉄の意志を併せ持つ。

 

 

 ――これが『死神代行』。

 

 

 これが、黒崎一護。

 

 

「……はは、要するに、全部計算づくだったってわけかい。最初っから最後まで……は、ははっ、はははははははは!! そりゃあすげえ。アンタ、マジですげえよ! 昨日の大会で見た光剣使いの可愛い子ちゃんと同等、下手すりゃそれ以上の狂戦士(バーサーカー)だぜ!! おめーら! このイカれた色男に拍手をくれてやれ!!」

 

 テンガロン男がそう叫んだ瞬間、周りの観客たちが一斉に手を打ち鳴らした。口笛を吹く者、再びの歓声を上げる者、中には祝砲のつもりかハンドガンを頭上に向けて連射する者までいる。

 

 いつのまにか開始前の数倍に膨れ上がっていた観客たちの万雷の拍手が私たちを覆い尽くした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――まったく。あんたがケンカ売ってきたバカな連中をバカ正直に倒してるから、フィールドに出るのがお昼の後になっちゃったじゃない」

 

 そう言い、私は隣を歩く一護を睨みつけた。当の本人は「うるせーな」といつもの口癖で返答しながら、バカ連中から賭けで手に入れたクレジットを使って新調した装備を弄っている。現実とは全く異なる黒い長髪が鬱陶しいのか、時折忌々しそうに髪をかき上げて背中に流す動作を繰り返している。

 

 昼食休憩をはさみ、装備を完全に整えてから遺跡ダンジョンの入り口に到達する頃には、お昼の十二時を大きく回ってしまっていた。テンガロン男を倒した後、一護とのデュエルを希望する戦闘狂たちが何人も押しよせ、それを蹴散らすのにけっこうな時間を要した……らしい。少なくとも私がその場を離れ、消耗アイテム等の補充を終えて戻ってきても、まだ戦闘が続いていた程度には。

 

「いいじゃねーか別に。おかげで装備を買う金が手に入ったんだ。文句言うなよ」

「あのね……私があんたを連れてきたのは、ストレス解消のためなの。なのになんで一護に振り回されなきゃなんないのよ」

 

 嘆息しつつ、さっきまでよりかはマシになった装備の一護の全身を見やる。

 防具なしとかいう自殺仕様だった装備には、上半身に新たに濃いグレーのスキンアーマーが重ねられている。腰にはテンガロン男から奪った黒革ベルトを巻きつけ、左に軍用マチェット、右に対光学銃防護フィールド発生器が付いている。

 

 結局銃を一丁も買わなかったため、ホルスターや予備弾倉用ポーチ等は存在しない。が、その代わりに防護フィールド発生器と同じくらいのサイズの小型オブジェクトが、ベルトの背後にずらずらと並んでくっついている。趣味の悪い不良ベルトのような有様になってしまい、本人も嫌がったが、これも一応強化のためなのだ。

 

 これらは全て追加スキル接続器(パークコネクター)だ。

 

 GGO内には、シングルアクションの連射間隔を短縮できる《速射(クイックショット)》や三次元的な回避行動に恩恵を与える《軽業(アクロバット)》、手に入れた金属オブジェクトから刃物を作り出す《ナイフ作成(クリエイト)》など、プレイヤーをアシストするスキルがいくつも存在する。反復で覚えるものもある他、防具と同じ扱いで店売りされているものも少なくない。

 

 しかし、無限に習得できるわけではない。キャラクターのレベルに合わせた数のスロットが存在し、レア度が高かったり大型な装備を持っていたりすると、その分スロットが多く埋まってしまう。

 私はメインの対物狙撃銃なんて大物に加えてサブに短機関銃まで装備してしまっているため、スロットはその二つだけで八割を占有。最低限の装具を付けるだけで精いっぱいな状態だ。

 

 その点、一護は極めて軽装備だ。

 武器はサブウェポンカテゴリの軍用マチェットだけ。防具は高性能スキンアーマーと、AGI補正がかかるという縁に小さな棘の付いたグレーバンデージ模様(パターン)硬質性(ハードタイプ)マスクの二つ。ベルトと防護器を加えてもたったの五つ。しかもメインウェポンを装備していない分、スロットがガラ空きになっているのだ。

 

 今一護が装備しているパークは、全部で五つ。

 

 実弾系ダメージを減らす《頑強(タフネス)》。

 爆発系ダメージを減らす《防護上衣(フライトジャケット)》。

 重量を減衰して速力を上げる《軽量化(ライトウェイト)》。

 視覚・聴覚をブーストする《識別(アウェアネス)》。

 近接攻撃で敵にダメージを与え続けると一定時間の数値強化が自身にかかる《狂戦士(ベルセルク)》。

 

 ……一言で言い表すのなら「ナイファー」というスタイルになろうか。

 

 一般的なFPSでは蛇蝎の如く嫌われてきた存在だと言うが、ここGGOにはそもそも存在すらしないスタイルだった。

 画面越しにキャラクターを操作するだけだった以前の一人称・三人称視点のシューティングゲームとは異なり、VRMMOではプレイヤーが実際に戦闘を行う。ゲーム内通貨をリアルマネーに還元できるシステムの存在もあり、銃弾飛び交う戦場をナイフ一本で駆けまわろうなんて豪胆者が出てくるはずもなく、今日まで至った。

 

 ……のだが、先日遭遇してしまった光剣使いのあの男に続く二人目の剣士――両者とも常軌を逸した強さを持つ――をVRMMOに召喚することになろうとは。

 

 あの男と一護の違いを挙げるとするなら、数値的傾向が攻撃特化か、それともオールラウンダーか、という感じだろうか。

 ネタ武器である光剣は一撃必殺というメリットがある反面、サブウェポンのくせにけっこうなスロットを消費する。対して一護のマチェットは威力で劣るものの、他のパークでバランス良く身体強化がなされている。銃に対するディスアドバンテージは大差ない気がするが、あの強烈な回避技術を見せられては強くは言えなくなる。

 

 ……そう言えば、あの二人。雰囲気とか性格は全然違うのに、何となく似通っているように感じるのは気のせいだろうか。

 

 あの光剣使いの卓越した剣技は「ファンタジー風のVRMMOで身に付けたものだ」と言っていた。剣、ファンタジー風、VRMMOと言えば、世界的大事件の舞台となったあの鋼鉄の城がそびえる世界を思い出す。

 また、一護は「ちょっとしたヘマ」をやらかしたとかで、今年の一月末まで病院から出られなかったそうだ。あの世界が滅び、そこに囚われていた人たちが全員現実に帰還したのも、確かその辺の時期だったような気が…………。

 

「……ノン、おいシノン! 聞いてんのかよ」

「――え?」

 

 我に帰ると、一護がこちらを覗き込んでいた。現実(むこう)とは違う、幾分かマシになった目つきの中に宿るダークレッドの瞳と視線が合い、思わずパッと目を逸らしてしまう。

 

「い、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」

「いきなりじゃねー。何度呼びかけても反応しねえから、デカい声出したんだっつの」

「悪かったわね、ちょっと考え事してたのよ。それで、なに?」

「だから、ここまで来たのはいいけどよ、このダンジョンのドコに向かうとか全然聞いてねーから説明しろって言ったんだ」

「別に、明確な標的はいないわ。出会った敵は、モンスターだろうがプレイヤーだろうが片っ端から交戦して討伐する。それだけよ」

 

 この遺跡ダンジョンにはかなりハイレベルのスコードロンが潜っているという話を聞いたことがある。ストレス発散のため、そして大会前に一度全力を出しておくためにも、相手にとって不足はない。

 

 そう思い自己を奮い立たせる一方で、一護は私の発言にげんなりした表情を浮かべた。

 

「……あのテンガロンにバーサーカーとか言われたけどよ、オメーの方がよっぽどじゃねーか」

「違う。私のこれは鍛練なの。意味もなく片端から撃破するばかりのあんたと一緒にしないで……って、そういえば、あのテンガロン男の名前、なんていうのよ?」

「さーな。訊いてねえし、一日限りしかいねえ世界(とこ)で会ったヤツ全員の名前何て覚えてらんねーよ。覚えとくのは、手前が興味がある奴のコトだけで充分じゃねーか」

「……それもそうね」

 

 ドライではあるが一理ある指摘に肩を竦めつつ同意した私は、背中に担いでいたライフルを下ろし、両手に携える。

 

 

 『PMG・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』

 

 

 冥界の女神の名を冠する対物狙撃銃は、午後の陽光を反射して、眠りから覚めたかのような獰猛な黒い輝きを放っていた。

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

戦闘狂達から武器と金を巻き上げ……もとい、合法的に入手して、一護の装備が完成しました。
次回は引き続いてダンジョン内での戦闘を書いていきます。

ちなみにパークとスロットの関係はCoDを参考にしました。
あの世界、ナイファーってすごい嫌われてますよね……個人的には好きです。
エンカウントするとおっかないですけど、見てる分にはバルメさんみたいでかっこいいと思います。

活動報告に早速リクエストをくださった皆さま、ありがとうございますm(__)m
一件も来なかったら悲しすぎて泣くんじゃねぇかコレ、とか思ってたのですが、予想に反し一日目にしてたくさんのコメント……感無量でございます。

引き続きテーマ募集中です。読んでみたいお話のリクエストがありましたら、メッセージ、または「番外編」の活動報告へお願い致しますm(__)m

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