Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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十七話です。

よろしくお願い致します。


Episode 17. Muerte Arma

 十二月十三日。昼の十二時半。

 

 千代田区にあるチェーンのコーヒーショップ。

 

 クリームやらフレーバーやらをてんこ盛りにした激甘コーヒーを提供するこの店は空座町の駅前でも連日繁盛していて、甘党の水色と何度か入ったことがあった。今いるこの大手町駅前店にも、リーナに駄々を捏ねられて入店した経験がある。

 

 が、今俺の前にいるのは、そのどっちでもない。

 

「……なんでオメーと面付きあわせて、こんな女しかいねー店内にいなきゃならねンだよ。キリト」

「別にいいじゃないか。お前も好きだろ、甘いもの。

 それに、これはフェアな取引の結果だ。俺は一護と組んで入店することで『フレーバーコーヒーショップにソロで潜入する寂しいヤツ』と思われずに済む。一護は甘味を食べてストレス緩和、それによる眉間の皺の軽減。ウィンウィンってヤツだ」

「ンな強引なウィンウィンがあってたまるかよ。百パーお前の都合じゃねーか。自分の妹(リーファ)彼女(アスナ)でいいだろ」

 

 つかこの面構えは生まれつきだって何回言わせンだよこの黒モヤシ、とブラックコーヒーを啜りながらキリトを睨む。思った以上に俺の声がデカかったのか、隣のOLっぽい四人グループから白い目を向けられた。

 

 気にせずシカトする俺の前で、黒のライダースジャケットを着込んだ痩身の古馴染みは、キャラメルなんたらいう謎のフレーバーコーヒーから口を離し、ひょいと肩を竦めて見せた。

 

「アスナは課題が忙しくて自宅で勉強中さ。スグの方はダイエット中らしくてな、誘うと『あたしを誘惑しないでよお兄ちゃん!』って俺が怒られるんだよ」

「字面だけ見たら超アブねーぞ、その発言」

「そう聞こえるのは心が汚れている証拠だ。清廉になり給えよ、一護クン」

「汚れてンのはオメーの方だろ。いくら義理でも、妹とデートした挙句コクられかけるバカ兄貴がドコの世界にいんだよ。自重しろクソタラシ」

「げっほげほっ!! おまっ、その情報何処で!?」

「声がでけーよボケ。黙って座れ」

「ぐっ……」

 

 椅子を蹴飛ばして立ち上がったキリトは、ぐぬぬと渋面を造りつつ渋々着席する。ちなみに情報の出何処は、この前再会したばっかのチビ情報屋(アルゴ)だ。代金は空座町の駅前大通りで一番高い店のスイーツ盛り合わせ。安くない額だったが、賭けた甲斐はあったな。

 

「んで? 模試で都心に来てた俺と偶々駅前で会っただけだっつーのに、こうやってわざわざ店に入ったんだ。なんか用でもあったんじゃねーのかよ」

「くそ、覚えてろよ……」

 

 キリトは顔を歪めたままバックパックをごそごそと漁り、タブPCを取り出した。厚さ五ミリ、寸法十一インチの大判のそれを何度か操作した後、俺に見せてくる。

 

「……なんだよコレ、なんかのブログか?」

「そ。タイトルは『GGOでウワサの死銃、酒場に現る!?』だ。ブログランキングの上位に上り詰める程とまではいかないけど、そこそこのネットユーザーが興味を持って、というかネタにしているせいでアクセス数が多い。コメント数もこの記事だけで六十件を越えている」

「GGO……ってことは、またなんかのVRMMOかよ。個人ブログのネタまで拾ってくるとか、お前のネトゲ好きも大概だな。あんなクソゲーに二年もブチ込まれたっつーのに」

「そんなの、もう十年くらい前から言われてるさ。今更だよ」

 

 まあちょっと読んでみてくれ、と促され、俺は興味の欠片もないまま指をタッチパネルに走らせる。記事の端々にそのゲーム内の用語っぽいのが出て来たが、内容はまとめると至極単純なモンだった。

 

『ゲーム内の酒場で中継されていたネットライブ。そこに映る男のアバターに対し、酒場にいた一人のプレイヤーが銃を発砲、スクリーンに命中させた。その直後、映像内の男が胸を抑える仕草をし、直後に回線切断。マントの男は『死銃――デス・ガン』を名乗りログアウトしていった』

 

「……なんでコレがネタにされてんだ? そんな面白いコト言ってるようにはみえねーんだけど」

「その記事に書かれている事件が起こった直後、現実世界でそのプレイヤーが死亡している、という情報がある」

「ウソくせーな。よくある都市伝説ってヤツじゃねえのかよ」

「いや真実だ。実際にこの時刻、中野区に住むアバターの所有者が心不全で亡くなっている。そして、これと同様の事件はもう一件起こっている……と言ったら?」

「デマか偶然だろ、どっちも」

 

 一切躊躇することなく、俺は切り捨てた。

 

「東京だけで、年間で十万人が死ぬ時代だ。死因が心不全なのはその中で約五パーセント、つまり五千人だ。オマケに、VRのやり過ぎで身体が衰弱しまくってるせいか知らねーが、五千人のうち十人ぐらいしかいなかった三十代以下の心不全死亡者数が、ここ最近で一気に増えてる。

 百歩譲ってそれがホントにあったことだとしても、若い奴らの九割以上が何かしらの都合でVRを使ってる今なら、その内の一人か二人、こんな偶然に巻き込まれてもおかしくねーだろ」

「おおー、統計データを使って反論されるとすごい説得力だな。録音してどっかの誰かに聞かせてやりたいくらいだ。ていうか医学部受験生って、そんなことまで覚えてなきゃいけないのか?」

「好きで覚えたワケじゃねーよ。親父がこの前学会で聞いたっつー話を、なんとなく覚えてただけだ」

 

 朝飯の席でそんなコトを話すモンだから、遊子に「ご飯食べてるときにそんな怖い話しないの!」と叱られてたが、その辺は蛇足だ。その長話に付き合ったせいで予備校に遅刻しかけた余談含めて、頭の中から叩き出す。

 

「にしてもキリト、お前こんなの信じるのかよ。もーちょい現実主義っぽいヤツだと思ってたんだけどな」

「俺だって信じてないさ。これを無条件で信じるということは、仮想空間から現実世界の肉体への干渉が可能だ、なんていうネタ未満の与太話に乗ったことになる。

 俺たちが囚われたあの世界ですら、実際に死に至らしめる直接的要因になったのはナーヴギア、つまりハード側からの作用だ。現行のアミュスフィアじゃ不可能だし、そもそもそれが原因だったなら、死因は心不全じゃなくなるしな」

「んじゃなんでこんなモン見せたんだよ。手前で信じてもいねーウワサモドキなんて、面白くもなんともねーだろ」

 

 この話題を切り出したコイツの意図が分からずそう問うと、キリトは神妙な面持ちになってタブPCの画面を再操作し、今度は関東地方全域のマップデータを表示して見せた。

 

「ユイに頼んで、九月から十一月の三か月間で心不全による死亡が確認された地域を調べてもらったんだ。公開されてない死もかなりあるだろうけど、けっこうな人数のデータが集まった。当初は驚いたけど、一護が言うように東京だけで年間五千人が亡くなってるなら、関東全域で千人単位のデータが集まっても全然不思議じゃなかったわけだ」

 

 あの小っこい妖精になんつーモン調べさせてんだよ、と呆れる俺を余所に、キリトは画面下部に表示された三角マークをタッチした。すると今まで緑一色だった関東の地図に無数の赤い点が点灯し、シークバーの動きに合わせて明滅を始めた。

 

「地区単位で地図を細かく分割して、その日に心不全による死者が出た地点が赤く表示されるようになってる。それを日の経過に合わせて連続表示されるようプログラムしたんだ。つまり、日数経過に応じて、どの地域で心不全で亡くなっている人が多いのかが分かるように作ってある動画、ということだ」

 

 キリトがそう説明するうちにも、赤点の位置は刻々と推移していく。その様子をコーヒー片手に見ていた俺だったが、途中から目が離せなくなった。

 

「……コレ、マジかよ」

「ああ。大マジ、だ」

 

 画面に明滅する死を示す赤い点。それの集団が関東全域を大きく周回するようにして動いていた。

 

 もちろん全部じゃなく、全ての都県で毎日まばらに光っている点の方がむしろ多い。が、明らかにまとまった赤点の集団が関東全域をカバーするように、動いているのが明確に判った。そして動画の途中、

 

「確かに一護の言う通り、一人二人なら俺も信じなかったさ。けど、思いつきでこのデータを調べてみてから意識が変わった。こんな分かりやすい規則性を見せられたら、何かしらの意図が働いている可能性を一概に否定できなくなったんだ。

 勿論、これだって偶然の可能性が全くないわけじゃない。非公開のデータも合わせて見たら、実際は全体にまんべんなく拡散していましたってオチもあり得るしな」

 

 そう言う割には、キリトの目つきは真剣そのものだ。俺もコーヒーカップを机に置き、マジメに話す体勢を取る。

 

「死銃が絡んでそうな二件の心不全の死亡推定時刻と、赤い点の集団が事件現場地域に通りがかるタイミングはほぼ一致している。そして、その他の心不全事件に関しては死銃はおろか、何かしらの事件性やそれを匂わせる噂の類は一切確認できなかった。

 つまり、この心不全周期が万に一つの可能性で誰かの意図の下で生じたものであった場合、GGO内で死銃を名乗り、銃撃を行ったマントの男がこの心不全の奇妙な周期について何か情報を持っているんじゃないか、と。俺はそう考えている」

「……お前、まさか単騎でGGOとかいうゲームに乗り込んで、その知れないヤツを探そうとか考えてんじゃねーだろうな」

「ああ、そのまさか、だよ」

 

 俺の問いかけに、キリトは躊躇うことなく肯定の意を返してきた。俺が問い詰める前に、さらにそのまま言葉を重ねてくる。

 

「一連の心不全の周期を故意的に作り出せる可能性、実際に故意的なものである可能性、死銃なる人物が実在する可能性、実在したとして本当に仮想世界内の銃撃で現実のプレイヤーに干渉できる可能性、そして、俺がGGO内で死銃に遭遇できる可能性……これら全てがかみ合う確率は、おそらく一厘にすら達しないだろう。かなりの確率でただの徒労に終わる。

 けど、それでも俺は行くよ。ザ・シードを世界に公布した人間としての義務、VRMMOを愛する一プレイヤーとしての義憤……ついでにどっかの偉い公務員からの依頼遂行のためにもな」

 

 冗談めかしたシメの言葉に反し、その面構えには一片の迷いや揺らぎはなかった。

 

 外野がガタガタ言って聞くような奴じゃないことは知ってる。コイツの言う通り、VR内で(・・・・)追っかけてる限りは死ぬ可能性はないハズだ。

 

 

 何故なら、心不全の周期的発生は十中八九、虚の仕業(・・・・)だからだ。

 

 

 こんだけの広域で、世間を騒がすことなく規則性を持った人死にが出せるってのは、絶対に人間業じゃねえ。どう考えても虚が絡んできてる。

 この前浦原さんが言ってた虚の弱体化、整の減少にも関係があんのかねえのかまでは見当つかないが、それでも今関東で死神(おれら)側の問題が起きてるってのは確かだ。

 

 VRに出没した死銃とかいうヤツが本当に関係している可能性はぶっちゃけ低い。けど万が一なにか関係があった場合、半年のブランクがある俺より、未だに日を空けることなくALOで仮想の剣を振り回してるキリトの方が対抗するには向いている。そっちはコイツに任せて、俺は現実の心不全を追うか。

 

「せいぜい死ぬんじゃねーぞ。ミスって撃たれて心臓止まっても、オメーに心臓マッサージはしねえからな」

「……ああ、分かってるさ」

 

 俺の言葉に、フレーバーコーヒーを一口含んだキリトは、微かな笑みを浮かべながら応えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 早速GGOに突撃するらしいキリトと別れ、俺は大手町の駅を目指して歩き出した。高層ビルが並び立つ大通りを足早に進み、メトロの駅入り口へ向かう。

 

 やることは決まった。まずは浦原さんにこのことを話して技術開発局に連絡を取る。涅マユリが出てくるとは思えねえが、滅却師との戦争ん時に世話になった阿近さんか、たまに現世に顔を出してるリンなら調べてくれるはずだ。んで元凶を見つけて、必要なら虚圏まで乗り込んで……、

 

「…………護、一護」

「ぅおっ!?」

 

 いきなり名を呼ばれ、思わず間の抜けた声が出た。

 

 見ると、俺の真横にリーナが立っていた。

 SAOの時にも着ていたようなベージュのケープを纏い、ボトムスは黒のショートパンツにタイツとブーツ。首には純白のマフラーが巻かれている。

 

 何でこんなトコにいんだよ、と言いそうになったが、よく考えりゃコイツの住んでる番町の高級住宅街はここからそう遠くない。前に空座町の市街地でバッタリ出くわした時に比べりゃ、別段不思議でもねえか。

 

「なんだよリーナ。脅かすなよ」

「別に脅かしたつもりはない。五メートル先から手を振ってもスルーされたから、近づいて声をかけただけ」

「マジかよ。わり、ちっと考え事してたわ」

「……そう」

 

 リーナは短く応え、マフラーを口元までたくし上げる。元から白い指が、寒さで純白に近いレベルで脱色されている。かじかんでるのか、首元を覆うキルト生地を両手でつかむ仕草もどっかぎこちない。

 

 この寒空の下で立ち話なんてしたくねえ。大した用がねえならサヨナラするし、それかどっかテキトーな店でも入るか、そう考え口にしようとした瞬間、

 

「……寒い。一護、そこの喫茶店入ろ」

 

 そう言ってリーナは、路地に少しは行った所に視えるコーヒーカップの形をした看板を指し示した。

 

「いいけど、お前なんか用があって大手町(ここ)に出て来てたんじゃねーの? 俺と呑気に喋ってていいのかよ」

「問題ない。用件は全て済ませてあるから」

 

 リーナは右手に握った紙袋を揺らして俺に見せると、反対の手で俺のダウンジャケットの裾を掴み、引っ張って喫茶店へと入っていった。

 中は昼時にしては空いてて、良く言えばレトロ、悪く言えばオンボロな内装の店内にはサラリーマンっぽいおっさんが二、三人。老人夫婦が一組くらいしかいない。

 

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。ペアシートが空いておりますので、どうぞ、こちらへ」

 

 三十代くらいの女性店員に通されたのは、よくあるテーブルをはさんだ対面式の席じゃなく、テーブルと二人掛けソファが一つだけ備え付けられた席だった。どう考えてもいらねえ勘違いを食らってるっぽいが、俺もリーナも他所の目をあんまし気にしないタチだ。SAOん中でも何回か似たようなコトがあったし、正直慣れてる。逆に利用して限定スイーツ食ってたくらいだしな。

 

 ソファに並んで腰かけると、店員が水とメニューを持ってくる。さっきコーヒー飲んだばっかだし、なんか別のにするかと思案しようとしたが、その前にリーナがロイヤルミルクティーを二つ頼んじまった。

 

「だって一護、さっきまでスタバにいたでしょ?」

「そっから見てたのかよ。一声かけてくれりゃよかったのに」

「別に、見てたわけじゃない。匂いでわかる」

「犬かよ」

「……そうかも、わんわん」

「おい」

 

 いつも通りの軽口。けどなんか違和感がある。勢いがないっつーか、声に張りがねえっつーか。とにかく平素のコイツと違う。わざわざ俺を呼び止めてこんなトコに連れ込んだってことは、何かあったのか。それも、あんま良くはねえことが。

 

「……ンで? どうしたんだよ。そんなしょぼくれて」

 

 数分の後に運ばれてきたミルクティーに口を付けつつ、横にいるリーナに問いかける。ティーカップを両手持ちにし、手を温めるような仕草をしていたリーナはそのまま数秒沈黙し、ふぅ、と短く息を吐いた。

 

「…………こうやって一護とのんびりするの、すごく久しぶりな気がする」

「そうか? 何やかんやで週一くらいのペースで、メシ食ったり何なりしてただろ」

「前に顔を合わせたのは十二日前の放課後。それ以降は電話が二回。メールが六往復」

「細けぇな、そんくらい大差ねえだろ。それに、再開したバイトがけっこう忙しいんだよ。週四でシフト入ってれば、そりゃ遠出するヒマもなくなるさ」

「バイト……例の、女子高生の家庭教師?」

「それだ」

「…………そう」

 

 リーナはミルクティーを一口飲むとカップを置き、ポケットからスマホを取り出して操作、一枚の写真を表示させて俺に見せてきた。

 

「こんなところで、どんな授業してるの?」

「……げ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 そこには夕方の空座町市街地、浦原商店に入っていく俺と詩乃の姿が写っていた。一応入る時はそこそこ人目とか周囲の霊圧とか気にしてたハズだったが、まさかコイツがいたとは。

 

「基本的に人は何処で何をしていても自由だと思うし、それに深く突っ込むのは野暮だと私は思う。けど、それは法に反しない限りという注釈が付くし、一護があんな怪しいお店に未成年の女子と二人で入ってって、何時間も出て来ないなんて事態は流石にスルーできない。

 ……一護、この子はだれ? 本当はどんな関係なの? あのお店の中で夜遅くまで、一体なにをしてるの?」

 

 ド至近距離からリーナが詰め寄る。なんで空座町に一人でいんだよとか、ンな夜遅くまで張り込んでたのかよとか、言いたいことは山ほどあるが、それを言える状況じゃねえ。

 

 どうすンだよ、駄菓子屋なんかに入ってなにやってるかなんて、マトモな言い訳出てこねーぞ。しらばっくれたところで、コイツは意外と執念深い性格してるし……。

 

「…………ねえ、こたえられない?」

 

 先月あたりにも聞いた気がする底冷えのする声で、リーナが問い詰めてくる。蒼眼が俺を捉えて逃さない。いつもみたいに、考えてることなんて全てお見通し、とでも言うかのようなキツい眼光に、ガラにもなく冷や汗を一筋垂らしながら肯定した。

 

「……そう。なんとなく予想はしてたけど、やっぱり答えられないの。じゃあ、代わりに一つだけ質問。こっちは絶対答えて」

 

 そう言うと、リーナは俺のダウンジャケットの襟を掴み、俺の上体を固定した。マジで逃がさねえってかよ。いくらSAOで二年ツルんでたっつっても、そうホイホイ死神関係のコト話すワケにもいかねーし、最悪バラしてから記憶置換で全部リセットするしかねえ。

 

 ダウンジャケットの内ポケにツッコんであるライター型記換神機を意識しつつ、黙してリーナの言の続きを待つ。

 

 

「……あの子は一護のコイビトなの?」

「…………は?」

 

 

 素で声が出た。

 

 タメまくった末に訊くのがそれかよ、心臓に悪ぃったらねえっての。記憶消すとか何とか警戒しまくってた分、思わず脱力仕掛けたが、

 

「さあ一護、答えて」

 

 ハイライトの消えた目で回答を催促するリーナにシメられた。けど答えなんざ決まってる。一度ため息を吐いてから襟を掴んだ両手を振りほどき、

 

「ンなわけあるかよ。アイツは今年で十六、俺の妹たちと同年代なんだよ。そんなヤツが恋愛対象になんか入るワケねーだろうが」

「……ほんと?」

「嘘吐いてどーすんだよ。お前、いっつも俺の心見透かしたみてえなコトばっか言ってんじゃねーか。今の俺が、嘘言ってるように見えんのかよ」

「…………ううん、見えない」

「だろ? んじゃ、そーゆーコトだ」

 

 いつの間にか俺にひっ付くような体勢になってたリーナを押しのけ、ミルクティーを手に取りカップをゆっくり傾ける。リーナはそのまま俺をじっと見ていたが、やがて身を引き、自分のティーカップに口を付けた。

 

「……そう。ならよかった。一護がロリコン畜生道に堕ちたのかと思って心配したから」

「ンなこと、オメーが断食するレベルで有りえねえよ」

 

 夜までだ未成年だなんて言ってたのはそーゆーコトだったのか。

 

「ん。それなら安心。ほんとは何をしてるのかまで聞きたかったけど、取り急ぎそこだけはっきりしてれば問題ない。問い詰めるみたいなことして、ごめんなさい」

「まあ、あんなアヤシイ店に女子高校生連れて入るトコ見りゃ、誰だって怪しむだろーしな。気にすんな」

「そう。それじゃあ…………」

 

 リーナはティーカップを片手で持ったままもう片方の手だけで器用にブーツの紐をほどいた。そのまま脱ぎ捨て、ソファの上で横向きで体育座りになると、背中を俺の腕にもたれさせてきた。

 

「おい、店ン中で行儀わりーぞ。つかジャマだ、動きづれえだろ」

「ブーツは足が蒸れるから、これくらい大目に見て欲しい。それと、これは私に余計な心労をかけた罰。このまま背もたれになってて」

「背もたれならソファに寄っかかれよ」

「それだと温かさがいま一つ。人肌の温度がちょうどいい」

 

 そう言ってからリーナはミルクティーのカップをゆっくりと傾け、ふと俺の方を見上げると、

 

「……もしかして、密着されて照れてる?」

「アホか。SAOン中で散々お前がじゃれてきたせいで、慣れてるっつの」

「むぅ、つまらない。こうなったら公衆の面前で腕組むとかして、顔面真っ赤な一護とかいう面白物体を召喚して(Berry)呼ばわりするしか」

「ねーよ。キャッチ&リリースで定位置まで押し戻してやる」

「……一護、つれない」

「オメーが自重しねーからだろ」

 

 やっといつものペースの戻ったリーナと軽口を叩きあいながら、しばらくそのまま、俺たちはミルクティーを少しずつ飲んで昼時を過ごしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――じゃあ一護、私はこれで帰る」

 

 一時間半後。

 

 路地裏の喫茶店からランチバイキングの店に移り、相変わらずの健啖ぶりで片っ端から料理を食い漁ったリーナは、満足そうな表情で俺に言った。時刻は午後二時過ぎ、今いる駅周辺の大通りの混雑が激しくなりつつある。

 

「今度は御徒町のエギルのお店に行きたい。店主の面構えはともかくとして、あそこのスペアリブは中々美味」

「少なくとも愛想はいいんだから、顔のいかつさくらいスルーしてやれよ」

「一護と違ってね」

「うるせーよ」

「うるさくない。これはナチュラルボリューム」

 

 すっかり機嫌の治ったリーナは普段の口調で言いかえすと、じゃあね、と手を振って駅と反対方向へと歩いて行った。この先に迎えの車が来てるらしい。忘れそうになるが、その辺はやっぱ富豪の娘らしい。

 

「…………あ、忘れてた」

 

 そのまま雑踏の中に混ざって行こうとしていたリーナだったが、ふと足を止めて振り返った。駅へと足を踏み出しかけてた俺にすたすた歩み寄り、ちょいちょいと手招きする。

 

「なんだよ」

「いいから、耳貸して」

 

 言われるがままに頭を下げてやると、リーナは少し背伸びをし、俺の耳元に口を近づけてポツリと一言。

 

 

 

 ――人語を話す黒猫、すごく珍しい。今度紹介して。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

火曜日は投稿できず、すみませんでした。
久々に発症した気管支炎が思いのほかキツくて……とりあえず薬が効いて症状が治まりつつあるので、ぼちぼち執筆を再開していきます。

次回からやっとGGO突入です。戦闘シーン書くの久々です。
更新はお詫びも兼ねて土曜に……とか思ってたのですが、再検診の関係で執筆時間が取れなさそうなので、高望みせず普通に来週の火曜日に投稿します。

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