Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十六話です。

シノン視点でお送りします。

よろしくお願い致します。


Episode 16. Let's study about ESP

<Sinon>

 

 過去視。

 

 文字通り過去を視ること。

 

 似たオカルト用語として「サイコメトリー」なんていうのもあるらしい。とにかく物質または生物に干渉し、対象の霊体そのものに刻み込まれた記憶から第三者視点で過去を映像化・音声化して再現する。

 

 対象にとって重要なファクターとなっている過去ほど読み取りやすく、回数を重ねるごとに視える過去が「更新」されるケースが多い。ただし、一部の過去が極めて強く染みついている場合はその限りではなく、術者の技量にも依るが、何度読み込んでも同様の過去しか視ることができない場合も存在する。

 過去視という能力に関する浦原さんの説明を要約すれば、このような感じになる。

 

 あの後、一護と浦原さんに連れられて客間に通された私は、そこで幽霊や霊力、能力者、現世(この世)尸魂界(あの世)について説明を受けた。

 どれも一様には信じられないことばかりで最初は霊感商法とか、新興宗教に入信させるための洗脳とか、そういう類の何かにしか聞こえなかった。けど、テレビやスマートフォンのニュースでは実際に湯島のスーパーで原因不明の爆発事故があったと報道しているし、しかも爆発の直後、路地から逃げ去る女子高校生の姿が目撃された、なんて情報も出回っており、嘘八百と切って捨てることは出来なかった。

 

 そして、浦原さんが杖で一護の身体を貫き、話に出てきた『死神』の姿を目の当たりにさせられた時点で、私は疑うことを止めざるを得なかった。いくらVR技術が発展し、最近ではARが進歩してきていようとも、彼から感じる強大な圧力までは再現しきれまい。

 

 一応だいたいの言葉の意味は分かったつもりだけど、自信はない。細かいところは隣に座るオレンジ髪の死神男……彼曰く「死神代行」らしいけど、に訊くことにして、私は浦原さんから自身の能力についての情報を求めた。『過去視』がいつから、どのように、私に備わったのか。今後どうなるのか、それを知るために。

 

 なるべく簡単に話しましょ、と前置きして、浦原さんは私が求めた答えを提示した。

 

 検査結果から、私の能力が最初に表に出てきたのは五年前と判明。そこから不定期に暴発を繰り返し、ここ半年の間の定期的暴発で増強。そして、虚に襲われるという命の危機によって能力が完全に開花したという。

 

 心当たりを確認され、躊躇わずに肯定した。

 

 五年前は私があの忌まわしい事件に巻き込まれた年。

 

 半年前は、遠藤たちによる私への恐喝が始まった時期。

 

 彼女らは週に一回くらいのペースで私に絡んで来たし、当時は週に二回、世界史の授業があった。定期的な能力の暴発の原因は、それによる発作、ないしは発作に近い緊張状態だろう。

 

 それなのに、何度も能力が暴発していたにも関わらず、一護が被験者第一号になった理由。こちらは至極単純だった。

 

『――単に、発作を起こして尋常じゃなく苦しむ朝田サンに対し、あそこまで密着した人間が黒崎サン以外にいなかったんでしょう。黒崎サンの実家は町医者ッスから慣れっこでしょうけど、普通の人からしてみれば容易には近寄りがたい状態スからね。

 一般人の魂魄と大差ない朝田サンの霊力では、暴発している状態であってもそこまで近づかなければ他者に干渉できない、という証明でもあるッスね』

『確かに……今まで避けられることはあっても、嘔吐している私にあそこまで強く密着してきた人はいなかったわ。母でさえ、私が発作を起こしても狼狽えるだけだったし』

『ほうほう。つまり黒崎サンは、親御サンでもしないくらいに、つよーくキツーく朝田サンをハグした、と』

『だからそういう悪意全開の言い方すンじゃねーよ!! つか詩乃! テメーもさりげなく距離取ってんじゃねえ!!』

 

 仕方ねーだろアレは! とガナる一護からフイッと目を逸らし、無表情を保った私が無言でお茶を啜る、なんて一幕もあった。

 

 理不尽かも知れないけど、目覚めた直後に感じた羞恥心のちょっとしたお返しのつもりだ。私を助けてくれたことは判っているが、なにかやり返さないと気が済まなかった。

 

 そして、大方の説明を終えたらしい浦原さんは真面目な声で問いかけてきた。

 

 曰く、この能力を封じて元の日常に戻る気はないか、と。

 

「朝田詩乃さん、アナタは今、弾丸の入っていない拳銃を手にぶら提げているような状態だ。弾を撃つことはできず、弾を込めても制御することさえできない。そんな危なっかしい状態にある人がそのまま街中をフラフラしていたら、良くも悪くも、多くの人の注目を引きつけるでしょう。

 故に、取るべき行動の選択肢は二つあり、その内一つは拳銃(のうりょく)を捨てることです。

 能力を封じ記憶処理をかけて普通の人間としての生活に戻ります。他人の過去を覗くなんて想像もつかない、黒崎サンもただのぶっきらぼうな予備校生のままの、元通りの日常です。虚に襲われる可能性も、霊力を封じれば一般人と大差ないところまで低下させることができるでしょう」

「能力を、捨てる……」

「はっきり言いましょう。アタシは正直、こちらをオススメします。アナタには霊的能力を得なければならない積極的な理由がなく、ましてや虚に襲われるリスクを負うほどの動機もない。聞く限り、なにやら明るくない過去をお持ちのようですが、その克服に『過去視』の能力がプラスに作用するとも思えない。冒険心に満ち満ちているわけではない、ごく平凡な少女であるアナタにとって、得られるメリットとデメリットの関係を考えれば能力はむしろ邪魔になるかと考えます」

 

 意外だった。

 

 能力者仲間として一緒に云々、とか言われると思っていたのに、浦原さんが提示してきたのは、全て無かったことにする「初期化」の一手だった。

 

 そしてそれは、大いに正しかった。生まれてから今日この日まで、特殊な能力なんて持ちたいと思ったことは一度もないし、強くなるためにそんなものに頼ろうと思ったことすらない。

 自分の力で強くなる、そうしなければ意味がない。他人などに助けを求めるなど、言語道断。仮に信頼したところで、どうせ裏切られる。遠藤達が私にしたように。

 

 ならば他の全てを敵と見做し、全てを相手取っても生きていける強さを身に付ける。それこそが、私の心についた傷を埋め立て乗り越える、唯一の手段。

 

 

 ……そう、思っていた。

 

 

 けれど、横にいる一護は違う。

 

 あの擦り切れた映像の中で、彼は「母親を殺した」と言っていた。実際に倒れ伏す母親らしき女性の前で、私よりも幼い年齢に見える彼が、泣いている姿も見えた。

 

 事故か過失か、まさかとは思うが故意なのかは不明だ。

 

 けれど今の彼にその影はなく、怪物を一瞬で斬り殺し、私を助けてみせた。自身の命を賭けるような状況でも尚、他者のために力を振るうその強さは、あの事件の中で私が抱いた「母を救いたい」という強い気持ちを体現したかのような、そんな姿に見えた。

 

 故に、知りたいと思った。

 

 母を失い、深い失意を味わったであろう彼が得たその力、その強さ。それを手にすることができた、霊能力という未知の手段を。

 

 ……だから。

 

「……もう一つの手段は?」

拳銃(のうりょく)の扱い方を教えます。弾の造り方、籠め方、撃ち方に至るまで、徹底的に。

 断っておきますが、あくまでそれは最低限に、です。今後アナタが虚から襲われないために、自身の力を持て余して無暗やたらに霊力をまき散らさないよう、制御し安定させるための術です。それでご自身を鍛えようだとか虚を倒そうだとか考えているなら、止したほうがいい」

「分かってます」

「ならいいッスけど……では朝田サン、アナタはどちらを選びますか? 平穏か、それとも異能か」

 

 そう、分かっている。

 

 自分は一般人。一護は死神。ポテンシャルの差は歴然だ。

 

 彼のいるところに到達するのは素質的に不可能である。それは先ほどの圧力の大きさからして確定事項。人が生身で宇宙に行こうとするのと同じくらいに無謀な夢。それくらい、分かっている。

 

 でも、それでも知りたい。

 

 人を殺した私が、死後の世界に触れられるかもしれない力を手にできるなら。

 

 過去を乗り越えられない私が、過去を見通す力を御しきれるようになるなら。

 

 その境地に立ち入って得られる強さは、きっと、ただの人間であれば決して得られない地点にまで到達できるものだ。

 

 だから、

 

「……扱い方を、教えてください」

「本気ッスか? 前置きしましたけど、過去視なんて能力、面倒の足しにしかなりませんよ? それに、やるなら最低限かつ徹底的に、です。必要であれば、多少は荒っぽい手段も取ることになります。ただの一般人でしかないアナタが、それに耐えられますか?」

「耐えます、絶対に。たとえ血反吐を吐こうとも」

 

 浦原さんの目を正面から見据え、はっきりと言い切った。

 

 そう、本気で血反吐を吐こうが構わない。あの日からずっと、私の手は殺したあの男の血にまみれているんだ。今更自分の血を吐いたところで、血みどろの自分が失うものなど何もないのだから。

 

「お願いします。私に……能力の扱い方を教えてください!」

 

 もう一度、今度は頭を下げて頼んだ。

 

 すぐには返事は返ってこない。時間にしておそらく数秒、しかし私にとっては数分、数十分に感じられる時が流れた後、フーッ、と長く息を吐く音がかすかに聞こえ、

 

「……分かりました。そンじゃこの先、アナタが霊力を扱い能力をコントロールできるようになるまで、アタシが朝田サンを鍛え(イジメ)ましょ。もう一回言っておきますが、容赦はしないッスよ。たとえ元一般人であっても」

「一般人にない力を望んだんです。それくらいじゃないと、逆に拍子抜けですから」

 

 精一杯強がってみせると、浦原さんは真面目な表情を崩し、

 

「――けっこうッス。そンじゃしばらくの間、よろしくお願いします」

 

 ニッと楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――よっと。着いたぞ、ここが浦原商店・地下勉強部屋だ」

「……はっ、はぁっ…………」

「なに息切らしてンだ詩乃。オメー俺に担がれてただけで、欠片も疲れてねえだろ」

「あ、あ…………」

「あ?」

「アンタ、バッカじゃないの!? あの高さから私を担いでいきなり飛び降りるとか、ほ、本気で寿命が縮まったわよ!!」

「うるせーな。あのクソ長い梯子をダラダラ降りるよりよっぽどマシだろーが。だいたい、この程度でギャーギャー言ってたらあの人の修行に耐えらんねえぞ」

「それでも一言くらい言いなさい! 心の準備ってものがあるでしょ!!」

「準備してもこの高さが縮むワケでもねーだろ……チッ、わぁーったよ。んじゃ今度っから、『飛び降りるから小便チビんなよ』って言ってから担ぐわ」

「死ね!!」

 

 羞恥で顔を真っ赤にした私は、衝動に任せて平手を振り被る。それを鬱陶しそうに避ける一護に尚のこと腹が立つが、本人は知ったことかと言わんばかりの面構えでそっぽを向く。さっきのお返しに対する更なる仕返しのつもりなのか。

 

 制服に着替えた私は、浦原商店の地下勉強部屋にいた。

 

 勉強部屋、という名がついているが、実際は高さ数十メートル、広さ無限大の岩場が広がっている異様な空間だ。

 地上の商店から見下ろした時はあまりの非現実っぷりに絶句していたのだが「ところでこれ、純粋な人間の身体しかない私はいったいどうやって降りるのだろう」と思っていたらいきなり一護が「そンじゃ、行くか」と言うなり私を担ぎ上げ、抵抗するヒマもなく飛び降りた。

 

 確かに、黒崎サンと一緒に勉強部屋まで来てください、と浦原さんに言われてはいたが、勉強部屋ではなくあの世……じゃなかった、尸魂界に案内されそうな勢いのヒモ無しバンジーを体験するとは思わなかった。

 

 煮えくり返る思考回路で更なる罵倒を繰り出そうとしたところで、パンパンと拍手の音が鳴り響き、私の口から飛び出そうとしていた悪口雑言を寸でのところで止めた。

 

「はいはーい! お楽しみ中のトコ申し訳ないッスけど、お二人サン、コッチ来てもらえますー?」

「おう、今行くわ。ホレ詩乃、教官がお呼びだぞ」

「……アンタ、覚えてなさいよ。過去視の能力マスターしたら、真っ先に餌食にしてやるんだから」

「おー上等だ。"My pen is big"なんてベタな文章で顔を赤らめた、テメーの思春期全開の過去に勝てるネタなんざ、そうそうねぇだろうしな」

「ひ、卑怯よそれ! それは忘れるって約束したじゃない!!」

「知るかボケ。過去は過去、今は今だ」

 

 ギリギリと歯を軋ませる私を放置して、一護はスタスタと歩いていく。やり場のない怒りをとりあえず近くの小石を全力で蹴っ飛ばして削減してから、スカートを穿いた女子高校生らしからぬ大股でズンズンと歩き、浦原さんの前に立った。

 

「さて、そんじゃ早速始めていきますケド……なんかモメてました?」

「なにもありません。始めてください」

 

 一護が口を開くより早く急かすと、浦原さんはちょっと面食らった顔をした後に頷きを返した。横でフン、と鼻を鳴らした誰かが居たけど、一切気にすることなく無視した。

 

「えー、これから朝田サンには霊力制御と霊力増幅、二種類の鍛練を行っていただきます。真央霊術院……死神の学校でも採用されている初歩的なものですが、今回朝田サンにはこの二つを同時平行でこなしてもらいます」

「霊力制御はわかるけど、増幅は要らねんじゃねーか? 最低限に、じゃなかったのかよ」

「何も黒崎サンレベルになれ、とは言いません。能力を安定して操るために、最低限必要な分だけ増やします」

 

 いいですか、と前置きし、浦原さんは私に向き直って懐から水の入ったペットボトルを取り出した。

 

「朝田サン、このペットボトル内の水を半分だけこぼすように言われたら、出来そうですか」

「正確に半分ってわけにはいかないだろうけど……だいたいでいいなら」

「でしょうね。そンじゃ……」

 

 浦原さんはペットボトルの口を開け、キャップを逆様にして持った。その上でペットボトルの口を慎重に傾けほんの数滴だけキャップ内に移すと、

 

「このキャップに入った水だったら、どうッスか?」

「……ムリ、ね」

「ま、そういうコトッス」

 

 浦原さんは肩を竦める。それで私も納得がいった。

 

 要するに、分量が少なすぎても加減は難しいのだ。今の私の霊力では、暴発させて全開にするか、全く使えないかの二極しかない。コントロールするには、私の能力に応じたラインまで霊力を上げなきゃいけない。そういうことだ。

 

 頷くと、早速鉄裁さんがゴテゴテした機械を持ち出し、どこからか取り出した椅子に固定した。

 

「では朝田殿、制御の鍛練を始めますかな。霊圧の初期設定を行いますので、こちらの椅子におかけ下さい」

「は、はい」

 

 ゆっくりと椅子に腰かけると、周囲から複数のコードが延びて来て、私の腕や足、首に張り付く。

 霊力……なのか分からないが、何かが身体の中に浸透していくのを感じながら大人しくしていると、少し遠くで立ち話をする一護と浦原さんの会話が聞こえてきた。

 

「……まずは鉄裁サンの指導で制御を行い、その後アタシと黒崎サンで霊力を増幅させ、再び制御に戻る。これを繰り返します。当面の目標は八等霊威……真央霊術院の優秀な卒業生クラス、ってことで」

「それのドコが最低限なんだよ。少なくとも竜之介とドッコイ程度ってコトじゃねーか」

「黒崎サン、過去視は別名『視覚的時間回帰』とも呼ばれる高等霊術の一種なんスよ? 井上サンの六花とまではいきませんが、一人間からしてみれば、十分過ぎた能力ッス。それを自分の意識でコントロールできるようになるには、生半可な霊力じゃ足んないんスよ」

「…………そうかよ」

「まぁ、そんなに気にせずとも、ちゃんと後で護身術くらいは夜一さんに頼んで教えますから。朝田サンが力を手にして虚に襲われやすくなるんじゃ、って心配する気持ちは分かりますが、ここは一つ、堪えてください」

「……別に、ンな心配これっぽちもしてねえよ」

「そッスか」

「そーだよ」

 

 ……ほんと、余計なお世話よ。

 

 心の中で呟きながら、視線を二人から逸らした。横では鉄裁さんが何やらガチャガチャとキーボードとピアノの鍵盤を足して二で割ったような奇怪な入力装置を弄っている。その音に紛れ込ませるようにして、小さく「……バカにして」と呟いた。

 

「けどよ浦原さん、こんなコトやってていいのかよ」

「? なにか問題ッスか?」

「尸魂界の復興に人員持ってかれてる反動で、現世に駐在する死神の世話、押し付けられてクソ忙しいんじゃねーの? アイツを連れてきた俺が、こんなコト言うのもなんだけどよ」

「確かに忙しいっちゃ忙しいッスけど、そんなのもう慣れっこですからね。いつもどーり、のらりくらりで上手く捌きましょう。それに、黒崎サンには今まで散々お世話になってますから、それを考えれば楽なモンですよ」

「……わりィな、浦原さん。助かる」

「いえいえ、こちらこそ、助かっておりますよん」

「あぁ…………ん?」

 

 比較的和やかに進んでいた会話が途切れた。

 

 視線を戻すと、一護は訝しむような顔つきで浦原さんの飄々とした笑顔を見ていた。

 

「浦原さん」

「ハイ」

「俺さ、最近受験勉強ばっかしてて、死神代行業ほとんどやってねーよな?」

「ハイ、そッスね」

「そもそもココに来ること自体けっこう久しぶりなくらい、滅多に動いてねーよな?」

「そッスね」

「……んじゃ、助かっております(・・・・)って言い方、おかしくねぇか?」

「……キミのような勘のいいガキは嫌いだよ、ッス」

「うるせーよ!! さぁ吐け! 今度は俺でなにやらかしたンだテメー!!」

 

 さぁて何でしょーねー、と呑気な口調ではぐらかす帽子男の胸倉を掴み、一護は思いっきりガクガクと揺さぶりつつ詰問する。あの様子では答える確率は低そう……。

 

「……店長はこちらを独占発行しております故、黒崎殿のおかげで大変な利益を上げているので御座います。おそらくこの度また重版が決まったために、機嫌が良いのでしょう」

「きゃあっ!?」

 

 ずいっ、と横から顔を覗かせた鉄裁さんに、思わず悲鳴を上げた。目の前に突然出現する筋肉髭エプロン三つ編み眼鏡の迫力は、虚の数百倍恐ろしい。

 

 私の心境に頓着することなく、鉄裁さんは一冊の大判の本を差し出した。タイトルは『Sweet Berry Deathberry』と書かれており、そのバックには……、

 

「……何これ。スーツ着た一護?」

 

 黒スーツに黒ネクタイという、喪服に身を包んだ一護の姿がデカデカと印刷されていた。どう見てもヤクザの若い組員にしか見えないが、ネタでも表紙になるだけあって、様にはなっている。ただ、目線が明後日の方向を向いているのが気になった。

 

「こちら、店長が自ら撮影した黒崎殿の盗撮写真集に御座います。最近、尸魂界の女性死神の間で黒崎殿がブームでしてな。写真集を始め、ポストカード、代行証キーホルダーなど、各種グッズの売り上げも好調です。特に写真集は今回で実に十五版目。いや、実に目出度い。

 ちなみにこちらの表紙の写真は、母君の命日の墓参り後の姿を盗撮したもので御座います。『憂いを帯びた中に芯の強さが垣間見える表情がグッとくる!』ということで、十四版目のアンケート結果にて表紙に選ばれました。今回の重版分には父君の協力の下に幼少期の写真も掲載される予定ですので、前回より四割増の利益を予想しております」

「………………」

 

 突っ込みどころ満載の事実に、何も言えなくなる。向こうで暴れているオレンジ髪の青年が、急に可哀そうな人に思えてくるから不思議だ。

 

「おっと、調整が済みましたな。それでは朝田殿、霊力制御の鍛練を開始致します」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 急に肩の力が抜けた私は、彼方で繰り広げられる憐れな抗争からそっと目を離し、霊力制御の鍛練へと意識を切り替えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……ったく、あのゲタ帽子。何やったか結局はぐらかしやがった。またこの前みてえに盗撮やらかしたとかだったら、ぜってー許さねえ。卍解して商店ごと消し飛ばしてやる……」

「…………」

 

 帰り道。

 

 未だにブツくさ言う一護と共に、私は夜道を歩いていた。時刻はもう九時を大きく周り、浦原商店のある住宅街に人気はほとんどない。耳鳴りがしそうなほど静まり返った夜の街を、私はいつもと同じように無言で歩き続けていた。

 

 無言なのは、自分をダシにされ続けていることに気づいていない誰かさんに呆れているから……というだけではない。

 一時間ほど前まで行われていた鍛練の疲れのせいもあった。足元がフラつき、瞼が重い。身体はほとんど動かしていないはずなのに、まるで十キロマラソンを終えた後のように身体の動きが鈍く、重くなっていた。

 

 鈍重な足取りで夜道を歩きながら、隣を歩く一護の顔を見上げた。霊力増幅の鍛練中、私の霊力を一時的に上げるため、彼はずっと霊力を放出し続けていたらしい。しかしそのしかめっ面に疲労や倦怠の色は微塵もなく、足取りもしっかりしている。

 

 ……さすが、死神、ね。

 

 思わずそう言いそうになり、慌てて自制する。疲れているとはいえ、劣等感と自虐心だけで言葉を吐くなんて愚行を侵すほど、私は浅はかな人間じゃない。

 

 代わりに、言うべき言葉を口にする。

 

「……その、今日は……ありがと。色々と」

「あ? 別に、気にすんな。知り合いが勝手にくたばっちまったら寝覚めがわりぃから、俺が勝手に世話焼いたっつーだけだ。いちいち礼言われるほどのことじゃねーよ」

「その言い訳がましい口調さえなければ、模範解答なのにね」

「うっせえよ」

 

 前を向いたまま、一護はつっけんどんに言い返した。白色電灯に照らされ、意外と目鼻立ちがくっきりした彼の顔に濃い陰影を付ける。何とはなしにさっきの写真集のことを思い出し、一護の横顔から視線を外して前方へと向け直す。

 

 母君の命日。

 

 鉄裁さんは確かにそう言った。

 

 あの時初めて使った過去視の能力。その中で見た一護の記憶と合わせて考えれば、あの時の事件/事故で彼は母親を亡くし、かつ、今も尚それを深く重く考えている。おそらく、彼の強さの源になるほどに。未熟極まりない私の力でさえ視えたことがその証拠だ。

 

 

 ――似ている、幼い頃の私と。

 

 ……けれど違う。今の私とは、決定的に。

 

 

 私も一護も幼少の頃、目の前で起こった死を重く受け止めている。幼い頃、一護は目の前で母を失い、おそらくその責任を自分に課している。私は母を護る代わりに人を殺めた。二人とも、その過去を今の今まで引きずっている。

 

 しかし、今一護は虚と闘い圧勝できるまでになり、対する私は銃のイメージだけで卒倒する。

 

 この差は、何なのか。

 

 死神と人間、男と女、それ以外に私たちを隔てる大きな差異が、きっとあるはず。

 

 そしてそれこそ、私が探し追い求めるもの。過去を乗り越え強く生きる力。その根源。

 

 知りたいと、心底思った。

 

 どういう生き方をして、どういう戦いを繰り広げて、どういう敵が立ちふさがって、どういう方法でそれを乗り越えたのか。過去視の能力を使ってではなく、できれば直接その口から語って欲しいと、純粋に思った。

 

 それはきっと、強さを知りたいからだけじゃない。

 

 今までいなかった、似た過去を持つ人。

 初めて出会った、もしかしたら感覚を分かち合えるかもしれない人。

 

 そう考えると、横を歩くこのガラの悪いエリート予備校生が、やけに近い存在に思えてきたのだ。今まで他人と接する際に張ってきた防衛線を、容易くすりぬけて来るほどに。

 

 

 ……まだ、信頼までは出来ていない。

 

 けれど、もし彼のあの過去について訊けるときが来たら、お返しに私の過去を話してもいいかもしれない。今までの人たちがしたような、安易な慰めや暴言や罵倒。そういうものとは違うなにかを、この人なら返してくれそうな気がしたから。

 

 

 今でも鮮血で真っ赤に染まる、人を殺した私の過去に。

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……またフライング投稿やらかしました。
深夜零時にバタバタしてご迷惑をかけた皆様、本当にすみませんでした。


一護の恥ずかしい過去候補

一、ジャスティスハチマキ、装☆着!!
二、仮面の軍勢との修行にて、フリフリエプロンで皿洗い

……ぐらいでしょうか。もうちょいなんかありそうですが、詩乃の百倍ハズいです。

詩乃のあの英文は、有名なネットのコピペのアレです。筆者が高校生の頃に流行った思い出。


次回は久々にキリトが登場。

今度こそ仮想世界の問題が動き出します。



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