Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十四話です。

宜しくお願い致します。


Episode 14. Jam at Night

 時を遡ること約半年前。

 

 空座総合病院地下空間にて。その暴挙は行われた。

 

 

『ではリハビリを本格的に開始する。今日は初回ゆえ、多少は加減してやる。今から三時間、生身で私の矢を避け続けろ。連射弾数は秒間十発。一発かすめるごとに十分延長だ。始め』

『イヤどんなイジメだよ。浦原さんでももうちょいマシだったぞぅおおおオオ!?』

 

 基礎体力トレーニングを終え、最低限動けるようになった途端、いきなり実戦形式を強いられたり。

 

『ぜっ、ぜえっ……クソッ! 右足ブチ抜きやがって……根元やられたから、碌に動かせねえじゃねーか……ッ!!』

『そうか。なら右足は要らんな。その状態で四時間耐えた褒美に、ゼーレシュナイダーで切断してやる。大人しくそこに這いつくばれ』

 

 訓練後、満身創痍の状態でヘバってたら、危うく足をブッタ斬られそうになったり。

 

『よーし! 完現術戻ったぞテメエ!! これでようやくアンタをぶっ殺せる……おい、なんか弓デカくなってねえか』

『当然だ。貴様に生身で戦う力が戻ったのだ。これでようやく本気で殺れる』

 

 やっと形勢逆転、かと思ったら、向こうもガチになりやがったり。

 

 ……ダメだヤベエ。思い出すとやっぱ吐き気がしてくる。

 

 なんとか五体満足で終わったけど、途中で「運が悪かったら今死んでたな」っつー場面は何度もあった。あの人ほんとに医者なのかよ。人を治すことより人をいたぶる方が本業なんじゃねえのかってくらい、手慣れたシゴキだったぞ。

 

 脳裏によぎった地獄の日々を頭から追い出して、どうにか現実に帰還する。今、俺は完現術を発動させ、空気を踏みしめ宙を走っている。

 

 復活したとはいえ、基礎体力の鍛練に時間を食われ過ぎたせいか、完成形の全身装甲までは戻ってねえ。今の俺の姿はその手前、黒い霊圧を死覇装状にコントロールして纏い、右手の代行証を基点に創り上げた霊圧の刃で武装した状態だ。

 石田の親父さんから課せられたリハビリ、いや鍛練、っつーかイジメ(死神化せずに延々と矢から逃げつつ私を倒せ、とかいう無茶振り)から生還するには、最低限この状態になんなきゃ生き残れなかったしな。

 

 

 肝心の巨大虚はとっくにブッ倒した。倒すのにかかった時間はたったの二秒(・・)。逃げ回る竜之介から虚を引っぺがすために、とりあえず突っ込んで胴に一撃入れたら、そのままアッサリ消滅しやがった。

 

 霊圧と図体のデカさだけはしっかり巨大虚のそれだったクセに、ヤケに脆い。あんまりにショボかったんで「さてはデコイか?」とか考えて、遅れてきた志乃に頼んで技術開発局のリンに問い合わせたが、俺が攻撃した時刻に、ちゃんと虚の反応は消滅してたらしい。マジで見かけ倒しだったみたいだ。

 

 そんなウドの大木から逃げ回ってた竜之介を一発ド突いてから、一応下の丘の損傷具合――損壊どころか傷一つなくて人もいなかったが――を確認して、ようやく家路に着いたトコだ。時刻は午後十時過ぎ。人通りもまばらな空座町の街並みを見下ろしながら虚空を蹴って跳んでいると、

 

「――くーろさーきサーン!」

「……浦原さん? こんな時間になにやってンだ、あの人」

 

 遥か下方、瓦屋根の上に立ち、甚平を着てヘンテコ帽子を被った男がコッチを見上げているのが見えた。誰何する間でもねえ。あの妙ちくりんなカッコと俺をサン付けにする呼び方は、駄菓子屋兼尸魂界霊具卸売店『浦原商店』店主・浦原喜助以外に有りえない。

 

 『日蝕を纏いて(クラッド・イン・エクリプス)』を解除しつつ空気を完現して、なるたけ音を立てずに屋根の上に降り立つ。夜風に吹かれ、甚平の上に重ねた羽織をはためかせる浦原さんの姿は、一年通して変わらねえ。

 

 昔、そのカッコだと冬寒くねえか、とツッコミを入れたことがあったけど、なんかムダな霊術で体感温度をコントロールしてるとかしてねえとか言われた。この人がすげー頭いいってのは今までで散々思い知ってきたことだが、それでもやっぱり胡散臭い。

 

「こんな夜更けに屋根の上に突っ立って、なにやってんだよアンタは」

「いやー、行木サンが虚から逃げ回ってたからちょっとお手伝いにでも、と思って外に出たんスけどね。その前に黒崎サンが行ってくださったんで、アタシはここから遠目に見物してました」

「それはねーな。後半はともかく、前半はカンペキ嘘だろ。アンタのバカ広い霊圧知覚で、俺が駅に向かって歩いてたことぐらい、判らないハズがねえ。どーせ最初っから見物一択だったんじゃねーのかよ」

「ありゃ? バレちゃいました?」

 

 扇子を開いて口元に翳し、浦原さんは軽い口調で応じる。バレたじゃねえよ、と言いたくなるが、この人にマジメに取りあったら負けだ。スルーして、

 

「んで? 何の用だよ。世間話するために俺を呼び止めるほど、アンタもヒマじゃねえだろ」

「さすが黒崎サン、話が早いッスねェ」

「うっせ」

 

 計画通り、とでも言わんばかりに帽子の下でニヤニヤ笑いを作る浦原さんに案内されて、浦原商店の客間に通される。夜一さんたちは出払ってるのかあるいは寝てるのか、室内には誰もいない。戦争終結から三年以上経っても、未だに尸魂界の立て直しは終わってないってのは竜之介から聞いてたから、その支援にでも行ってんのかもな。

 

「……さて、黒崎サンを呼び止めた理由ですが、実はさっきの虚に関してお聞きしたいことがあったんスよ」

 

 ちゃぶ台前の座布団に胡坐を掻き、浦原さんが手ずから淹れてくれた茶を啜っていた俺は、その言葉に動きを止める。別に強いワケでも、言葉を喋れる知性があったわけでもねえ、ただ弱いだけの巨大虚だった。訊かれても話すことなんざ、碌に思いつかない。

 

「いいけどよ、別にヘンなトコなんてなかったぜ。戦闘も一瞬で終わらせちまったし」

「ええ、それはアタシも承知してます。数秒でカタが付いたことは、黒崎サンの到着後すぐに虚の霊圧が消滅したことから判ってますし。けど、問題はそこじゃないんス」

「んじゃあ、何だよ」

「虚が消滅する瞬間、なにか他の虚とは違う挙動を見せなかったッスか?」

「他の虚と違う挙動? ……いや別に、フツーに身体が崩れて消えてっただけだ」

 

 質問の意図が分からず、俺は眉根をひそめた。断末魔もせずアッサリ消えていったし、最後の悪あがきに爆発した、なんてこともねえ。ありふれた消滅の仕方だった。そんなこと訊いて、一体なんの得が……いや、待て。

 

「浦原さん、もしかして現世か尸魂界でなんかあったのか? 妙な力を持った連中の出現とか、消える瞬間になにか仕掛けを残す虚とか、そんなんが」

「いえいえ、特にこれといった事件はないッス。というか、アタシが気にしてるのはむしろ、その逆方向の問題でして……」

 

 穿ち過ぎな気もするんスけどね、と前置きした浦原さんは、手元の湯呑みから茶を一口飲み、間を空けてから話しだした。

 

「最近空座町、というか、東京に出現する虚が、やけに弱体化してるんスよ。現世に配備される死神は基本的に一定レベルの一般隊士、それに対して虚の強さはピンからキリまで。よって、相手が悪ければ死神側に死傷者が出るのは当然ですし、大虚なんかが襲来すれば、下級隊士では確実に死にます。

 しかし、ここ数か月の間、虚による死神側の死者数はゼロ、負傷者数も月にほんの数名という状況が続いてるんス。その上、人間が死亡した際に(プラス)が発生する件数も減り気味でして、現世駐在の死神のお仕事がめっきり減っているんですよ」

「いいじゃねーかよ、それで。虚が弱くなって、自力で成仏する連中も増える。万々歳じゃねえか。それのドコが問題なんだよ」

「だから、穿ち過ぎかもって前置きしたんスよ。尸魂界側も特に問題視はしていない……といいますか、復興に力を注いでいるせいでそれどころではないのですが。なので、これは証拠も何もない、完全十割、アタシの勘と経験から来る違和感に過ぎないッス」

 

 そう言って苦笑しながら、浦原さんは湯呑みを指先で玩ぶ。ただ、勘と違和感だけ、って自分で言うにしては、帽子に半ば隠れた目の色は真剣に見える。

 

「古今東西、虚が進化したことは数限りなくありましたが、何の要因もなく弱体化したことは一度もないんス。崩玉が虚圏から失われたことや、滅却師に力のある虚が殲滅されたことを考えても、強い虚が消える原因にはなっても虚そのものが弱くなる原因には繋がらない。何か、理由があるハズなんスよ。

 霊の減少だってそうッス。黒崎サンがついこの間まで囚われていたような『仮想世界』の出現と台頭によって、ゲーム中にそのまま死んでしまったことで、『自分が死んだことにすら気づかない』人が一気に増えました。当然、死んだことに気づいてないんだから自力で成仏なんかできませんし、事実そういった死因で亡くなる人はここ最近急速に増えている。そんな現世の状況からすれば、霊は増えるのが自然なハズだ。でも現実はその逆。虚に食われたなら痕跡が残りますし、そもそもその虚が霊を食らう前に死神が瞬殺してしまっているのが現状なんスけどね」

 

 だからとりあえず、虚の戦闘力以外の要素に変化がないか探ってるんですけどねェ……とボヤき、浦原さんはポリポリと頬を引っ掻いた。無精ひげの浮いた顔は、今度こそ口調通りの困り顔。どうも本気で悩んでるらしい。

 違和感があるとか言われても、別にこっちからなんか出来るわけでもねえし、とりあえず「なんか気づいたら知らせる」とだけ言っておいた。

 

「……ンで? 用ってのはそんだけかよ。だったら立ち話とか電話でも良かったんじゃねえか、そんくらい」

「あーいえいえ、今のは用といいますか、半分確認・半分アタシの愚痴みたいなものでして。頭の片隅に置いといてもらう程度でけっこうッス。大事な話、本題はむしろ、ココからなんスから」

 

 元の飄々とした食えない笑顔に戻った浦原さんは自分と俺、両方の湯呑みに茶を注ぎ足し、空になった急須を脇にどける。今度こそマジメな話かと、俺は茶を飲み、口を湿らせて問答に備える。

 

 浦原さんは俺と同様、ゆっくりとした動作で茶をすすり、コトリと音を立てて湯呑みを置いて居住まいを正す。いつの間にか笑みを消し、たまに見せる冷たい刃みたいな眼差しで俺を見る。

 

「黒崎サン」

「……なんだよ」

「さっき駅で一緒にいた女子高生サンは、黒崎サンの彼女ッスか?」

「帰る。死ね」

 

 一秒と間をあけずに突っぱね、立ち上がって踵を返す。

 

 付き合った俺がバカだった。身構えた俺がアホだった。散々タメといてそれかよ。マジで何なんだこの人は。っつーかどうやって見てたんだよ、店にいたんじゃなかったのかアンタは。

 

「あれ、もしかして違いました?」

「違うに決まってンだろ! つかそれのドコが大事な話だこのエロゲタ帽子!! バイトで家庭教師の真似事してて、夜道がアブねえから送ってやってただけだ! カノジョでも何でもねえ! はい終了! じゃあな!!」

「えー、そんだけッスか?」

「なに不満そうにしてんだテメーは! もういい、知るか!!」

 

 ズンズンと足音を鳴らして出口へ向かう。ムダな時間を食っちまった。明日の予備校は一限からケツまでフル授業だ。とっとと帰って寝たい。

 

 肩を怒らせて引き戸に手をかける俺の背中に、浦原さんの声が届いた。

 

「しかし、彼女は冗談としても、家庭教師ッスか。それは意外ッスねぇ……あれほど暴発(・・)を繰り返しているなら、てっきり霊力関係の相談だと予想してたんスけど」

 

 

 ピタリと、俺の足が止まった。

 

 暴発? 何のことだ。

 

 言い方からして、霊力の暴発ってコトか? だが、詩乃に霊力はねえ。至って普通の人間だ。

 

 ウチにいたこの二週間、アイツの霊圧は全く変化しなかったはずだ。いくら俺が霊圧探知が苦手だっつっても、あんだけ近くにいる奴の霊圧変化に気づかないハズがねえ。

 

「あ、別に黒崎サンと一緒にいる時は何ともなかったと思いますよ? ただ、暴発を繰り返した痕跡を見つけたってだけの話ッス」

「……どういうことだよ」

 

 引き戸にかけていた手を退け、振り返ってマジメなトーンで問う。俺の考えを見通したような口調の浦原さんは座ったまま動かない。腰を据えて話そうってことかと解釈し、俺も座布団の上に再び腰を下ろした。

 

「順を追って説明しましょうか。まずはそもそも『暴発』とはなにか、について。黒崎サン、朽木隊長に刺されて死神の力を失った後、ウチの雨と戦ったのを覚えてますか?」

「あぁ、霊力を取り戻すためにやったヤツだろ。当たったらマジで死ぬレベルの一発を躱すことで、魂魄を命の危機に晒して霊圧を上げる修行……」

「そうッス。アレを肉体に入った状態、つまり生きている人間が行った際に起こる現象を『火事場の馬鹿力』と言います。生命の危機に瀕した魂魄が瞬間的に霊圧を上げ、それが肉体にフィードバックすることで超人的な力を発揮し、迫った危機を乗り越えんとするはたらき。程度の差はあれ、人間なら誰しも持つ一種の霊能力ッスね」

 

 その辺は何となくわかるし、聞いたことがある。

 

 チャドなんかはその辺のコントロールを昔から無意識にできるタイプで、普通の人間なら死んでるような事故に遭っても、霊圧を無意識かつ瞬間的に放出することでダメージを減らしていたようだ。高三の頃、完現術の修行をしてる中で本人から直接聞いた。そこまではいい。

 

 問題は、それが『暴発』とどんな関係があるのか、だ。そう思った俺の思考を見透かしたように、浦原さんは言葉を続ける。

 

「『暴発』に関しても、起きている現象は同様です。人間の魂魄が瞬間的に霊圧を上げることで、超人的な力を発揮する。そこまでは一緒だ。ですが、それによって引き起こされる結果と、起こる人間本体の前提条件が異なります」

「結果と、前提条件?」

「はい。前提条件に関しては、至って単純。その人が、何らかの霊能力の才能だけ(・・)を秘めているということッス。わかり易く言うなら、絵を描く才能に富んでいるのに絵の具を持っていない人、みたいな感じでしょうか」

「……つまり、何らかの霊能力の才能があっても、霊力を持っていないがために力を発揮できていないようなヤツ……ってことか? で、そういうヤツが命の危機に瀕した時、一瞬だけ霊圧が上がって突発的に能力が解放されちまう。だから『暴発』ってコトかよ」

 

 話の流れと『暴発』って単語の語感からそう推測すると、浦原さんは大きく頷き、肯定の意志を返してきた。

 

「その通りッス。付け加えれば、元々霊能力の才能を持つ人は、その時点で他の一般人とは違う霊体の構造になっていることが多いです。一般に魂魄の霊圧上昇を引き起こすのに手っ取り早いのは『生命の危機』ですが、霊能力を持っている人の場合は、その特殊な霊体構造故に、霊能力の起源や性質、個人の抱える信念、そういった物に対してはたらきかける強い外部刺激があっても『暴発』に至るケースがあります」

「成る程な。だから、結果も人によって違うっつーワケだ。そりゃそうだ、持ってる霊能力なんざ人それぞれで違ぇんだ。『暴発』の結果で起きるのは、超人的な身体能力だけとは限らない」

「お、黒崎サン、今日は冴えてますねぇ。なんスか、やっぱり彼女さんのピンチだからやる気出しちゃって――」

「だからちげーっつの!! つか今日はってなんだよ! 俺でもそれくらいフツーに判るわ!!」

 

 そのままちゃぶ台を返しかねない勢いで盤に両手を叩きつける。ここまでマジメに話してたっつーのに、なんでいちいち茶々入れんだこのゲタ帽子は。

 

「だって息詰まるじゃないッスか。戦闘中でもないのに、ヤなんですよ、こーゆー空気」

「嘘つけ、アンタ戦闘中いっつもそんなんだろ……って、ソコじゃねえ。今俺、まだなんも言ってねえぞ」

「表情見ればわかるッスよん。黒崎サンの考えてることは、いちいちわかり易いッスからね」

「……テメエ」

 

 さらっと「単純な男」とバカにされた気がして、目の前の帽子野郎を睨みつける。が、この人がコッチの機嫌なんかに頓着するはずもなく、何事もなかったかのように話が再開された。

 

「ま、その辺はさておいて、話を進めましょうかね。

 アタシが『暴発』の痕跡に気づけたのは、ホントに偶然でした。近々技術開発局から現世に卸される『定点観測型録霊蟲』を、性能テストのためにあの大通りに仕掛けておいたんス。そこに黒崎サンが知らない女性と歩いてるのが映ったんで、精密解析の試運転に丁度いいかと思って解析にかけました」

「んで、その結果を見てアイツに『暴発』の痕跡を見つけたっつーワケか。確かに偶然だ、アンタがテキトーな嘘吐いてなきゃな……つかそれ、盗撮って言わねーか」

「現世の治安維持のためなんスから、リッパなお仕事ッスよ」

 

 いけしゃあしゃあとコイツは……とこめかみをヒクつかせてた俺だったが、ここで一つ、気になったことがあった。

 

「なあ浦原さん、アンタさっき、『暴発』の相談に来てねえことを"意外"だって言ったよな? もし詩乃が……あァ、その女子高生の名前、朝田詩乃っつーんだけど、アイツが自分の『暴発』を自覚してなかったり、霊能力だなんて思わずに別に原因があるって思ってたら、相談に来なくても意外じゃねーんじゃねえの?

 それに、俺が霊感体質だってこと、多分アイツは知らねえよ。百歩譲って悩んでたとしても、会って半月の俺に相談しようなんて思わないだろ、フツー」

 

 信用はされてるんだろーが、そんなことまで話す間柄じゃねえ。と言うか、詩乃の性格上、俺にそんな弱みを見せてるのと同然の相談を持ちかけるなんて、アイツがするとは思えない。

 

 そう感じた俺の疑問に対し、湯呑みに口を付けていた浦原さんは、ごもっともッス、とでも言うかのようにアッサリ首を縦に振った。

 

「えぇ、その可能性は高いですし、おそらくその通りかと。

 ですが、あそこまで『暴発』を繰り返しているとなると、もしかしたらすでに『開花』しかけている可能性も十分に考えられます。実際に会ってみないことにはそこまで判断することはできませんが、もし『開花』に近い状態まで進んでいた場合、幽霊の知覚や黒崎サンの強大な霊圧に気づくはず、と思ったんス」

「……『暴発』を、繰り返してる? 無自覚のクセに、そんなホイホイできるモンなのか、『暴発』って」

「可能かどうかで言えば、勿論可能です。茶渡サンがそうであったように、才能にさえ富んでいれば、肉体にかかる多大な負荷という代償を支払うことで連続的に『暴発』現象を引き起こすことは可能かと。

 それに、繰り返していると言っても、勿論間隔を空けての話ッス」

 

 浦原さんはどこからともなく一枚の紙を取り出し、俺に見せてくれた。横長のそれに描かれていたのは、拡大されたグラフだった。縦軸に霊圧強度、横軸にミリ秒が取ってある。

 

「データを見た限りでは、朝田サンの霊圧の微弱な変化に、一定の周期が観測されています。これは、定期的に『暴発』ないしはそれに近い瞬間的な霊圧の上昇状態に晒されている人間に見られる現象で、度重なる霊圧の急激な上昇に備えるための、魂魄による一種の予備動作のようなものです。

 また、この現象は一般人そのものだった魂魄の構造が変化し始め『一般人』と『能力者』の間で魂魄が揺れていることの証でもあります。もしこのまま定期的な『暴発』を繰り返せば……」

 

 そこで一度言葉を切り、浦原さんは俺の目を見てから、

 

「おそらく遅くてもあと二年ほどで、彼女の魂は常時霊力を帯びた『開花』の状態となります。同時に能力も完全に表に現れ、そうなれば朝田サンは『能力者(こちら側)』の存在へと変化します」

 

 

 一切の淀みなく、断言した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 深夜零時過ぎ。

 

 普段だったら虚でも出ない限り寝てる時間帯。けど、浦原さんとの会話が脳内にリフレインするせいでどうも寝付けねえ。風呂から上がり夕食を済ませた俺は、部屋の電気を消したまま窓を開け、ベッドの上で何もせずボーッとしていた。

 

 俺は詩乃の過去なんて知らない。だからアイツがなんで強くなんなきゃいけねえのか、強くなってどうしたいのか、その辺は見当もつかない。だから、もし霊力がアイツに宿っちまったら、果たしてそれは詩乃にとってプラスになるのか、分からなかった。

 

 フィジカル的な意味合いじゃ、文句なしに強くはなる。でも、霊力を得て能力を持ってコッチ側に来るってのは、その時点でもう普通の人間の生き方とは違ってくる。死者が当たり前に見える生活。俺にとっては慣れたモンだが、それはきっと、今まで普通に生きてきた連中からしたら、毎日が異常な非日常だ。

 そんなトコに行こうとしてる詩乃に対し、俺は一体どうすりゃいいのか。浦原さんには対処を考えさせてくれ、とは言っちまったけど、その答えが見つからず、独りでボケッとしながら考えていた。

 

『――あ、一護? こんな時間だけど、電話大丈夫? その、ちょっとだけでいいから』

 

 そんな俺の状態を見透かしたように、この時間はとっくに寝てるリーナから電話がかかってきた。いつものノリなら「明日にしてくれ」か「とっとと寝ろ」の一言でブチッと切るトコだが、

 

「……いいぜ、なんか用かよ」

 

 今日ばっかりは例外だ。大人しく会話を続ける。

 

『……ん、ありがと。用というか、報告が二つある。今日の夕方、一護が拉致された後、あのパン屋の前で茶渡さんに会った。一護によろしく伝えてくれって』

「律儀なヤツだな。別によろしく伝えてもらう間柄じゃねえだろ」

『親しき仲にも礼儀あり、と言う。いくら見た目がヤンキーでも、それくらいの礼節は守った方がいい。茶渡さんを見習うべき』

「うっせーな。今度メシでも行くさ」

『エギルのお店がオススメ。あの二人のツーショットはきっと迫力がある』

「……軽く営業妨害じゃねーか、それ」

 

 エギルとチャド、二人の巨漢が並び立つ絵面を想像して思わず顔を引きつらせる。どう考えてもカタギに見えねえ組み合わせだ。どっちも知り合いとはいえ、俺でもこのペアはビビる。

 

「んで? もう一つはなんだよ」

『この前言ってたケーキが届いた。次の一護の模試が終わったら、一緒に食べたい』

「ああ、そういやそんなのもあったな。それこそ、エギルの店にでも持ちこんで食うか」

『ん、それがいい』

 

 実家のコネを駆使したとかで、ベルギーのパティシエが作ったとかいう高級チョコレートケーキを買ってたらしい。エラい賞をいくつも獲ったとか、どっかの国のお偉いさん御用達だとか言ってた気もするが、細かいトコは忘れた。まあ、リーナの食べ物選定に外れはねえし、期待損ってことはねえだろ。

 

 ……ん?

 

「おい、リーナ」

『なに?』

「今ので報告二つ終わったっつーことは、そんだけのためにわざわざ深夜に電話かけてきたのかよ」

『ん。最初にいったはず。ちょっとで終わるから、って』

 

 いや確かにそう言ったけどよ、どっちも火急の用ってワケじゃねえ上に、すげー短いじゃねえか。メールにしとけよそんくらい。

 

 とか思い、実際にそう言ってやろうとしたが、それより早く欠伸が出そうになった。気づけば瞼もいい感じに重い。リーナと駄弁って無駄に冴えてた頭が緩んだのか知らねえが、これはもう寝れる。これ以上無理に続ける必要もねえし、今度こそ寝るか。

 

「そうかよ。んじゃ、もう寝るわ」

『……そう、よかった』

「は? よかったって、何がだよ」

 

 意味が分からず訊くと、電話口の向こうでごく微かな笑い声。最近になってやっと聞きなれてきた、リーナの微笑んだ時の声だった。

 

『一護の声、最初ちょっとだけ硬かったし、こんな時間にかけたのに突き放さないから、何かあって眠れてないのかと思った。けど、今は元に戻ってる。素っ気ない返しからして、眠気も大きくなってきたはず。だから安心、よかった』

「……お前さ、何度も言ってっけど、マジでエスパーなんじゃねえか。それともアレか、霊能力者かよ」

 

 ホントに、詩乃よりコイツの方が能力者っぽい。思わず苦笑しながら、わりと本気でそう思った。

 

『別に、ただ想像しただけ。それに私が超能力とか使えたら、読心なんてつまらないことには使わない。無限に美食を召喚し続けるに決まってる』

「ブレねえな、いちいち」

『当然でしょ。それじゃ一護、そろそろ切る。バイト先で美少女メガネJKと一対一だからって、犯罪には走らないようにね』

「だから頼まれてもしねえっつの。んじゃあな、リーナ」

『ん、お休みなさい』

 

 リーナとの電話を切り、窓を閉めた俺はベッドに寝転がった。途端に睡魔が襲ってきて、さっきまで以上に瞼が重くなる。それに抗うことなく目を閉じた俺は、霞む意識の中でもう一度、浦原さんとの会話を思い出していた。

 

 詩乃が能力者になりかけてるってのは判った。

 

 多分それは、詩乃が頑なに他人を頼ろうとしない、独りで強がってる理由に関係がある気がする。ってことは、アイツからその中身を話してくれるか、霊力が開花して幽霊やらなんやらが見えるようになるまでは、コッチは待つしかねえ。

 

 とりあえず、比較的ヒマな再来週あたりにでも文京区に行って、アッチの担当の死神にでも言付けとくか。能力者モドキがいるから、たまに気にしといてくれ、とでも言っとけばいいだろ。後の細けえことは、追々でいいか。

 

 割り切ってスッキリした頭で俺は意識を睡魔に委ねる。

 

 夜の闇に飲まれる直前、一つ、ちょっとした疑問が俺の頭ン中に思い浮かんだ。

 

 

 

 ――そういや俺、リーナにはまだ詩乃のこと、話してなくねえか?

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

予想よりも浦原さんパートが長くなったので、仮想世界での動きの描写は延期しました。

……なんか色々好き勝手に設定してしまいました。

現時点で何となく今章のオチが見えた方も、もしかしたらいらっしゃるかと思います。
ですが、感想欄で今後の展開に関わることを書いていただいても、一応ネタバレ防止ということで、その部分に関してはコメント出来かねますので予めご了承くださいませ。


次回は時を半月進めて十二月初旬、かつ、初めてのシノン視点の予定です。

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