Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十三話です。

宜しくお願い致します。


Episode 13. Intelligence is a great weapon

 朝田詩乃と初めて会ったのは、今から半月くらい前だった。

 

 死ぬ気の受験勉強の甲斐あって、俺の偏差値がやっと元と同等にまで快復したんで、現実世界への帰還以来一度も顔すら出してなかったこのバイトを再開することにした。俺にあの忌々しいナーヴギアを売っ払わないよう脅しつけたことを多少後悔してたらしい育美さんの好意で、受験に受かるまでは試験勉強に出来るだけ弊害が出ないような仕事を任せてもらうことになった。

 

 時間は夕方から夜にかけて付きっきり、その代わり空き時間っつーか手が空いている間は自分の勉強をしてても構わない。

 

 そんな都合のいい条件を出されて、真っ先に警戒したのがガキのお守だ。妹が二人いる関係でお守そのものは苦じゃねえんだけど、大抵のガキは俺の面を見てビビる。やりづれえことこの上ないし、もし子守りだったら悪ぃがパスだな、とか思いながらも顔を合わせってことになり、そこで依頼人、朝田詩乃と出会った。

 

 何でもコイツの母親の恩師の教え子の姉が育美さんと知り合いだとかで、遥々文京区湯島からコッチに来たらしい。ンな繋がり、あってねえようなモンじゃねえか、とか呆れてた俺だったんだが、どうやらワケありでウチを訪ねて来たようだった。

 曰く、シングルマザーで家庭事情が厳しく、物価の高い東京二十三区内に単身独り暮らしという身でもあるため、金銭的に余裕がない。けれど通っている高校が進学校であるため、勉強に力を入れる必要がある。大手塾は費用がかさみ、かと言って家庭教師を独り暮らしの女子高生の自宅に招くのは親が反対している。

 

 で、悩んだ末に、その絹糸並に細いコネを辿って、一応医大受験生の俺が在籍している依頼内容を問わない「なんでも屋」であるウチを探し出し、個人的な教師を依頼しに来た。ザックリ整理すると、こんな感じだった。

 

 最初は半信半疑って感じの育美さんだったが、詩乃が差し出した書類の束を読んで態度が急変。後で訊いたら、それらは母親と祖父母の月収明細と、母親の恩師からの紹介状、祖父母からの嘆願状のトリプルセットだったらしく、それを読んで号泣し出した育美さんに猛プッシュされる形で依頼を受諾した俺は、その日からほぼ毎日、ここで詩乃の勉強を見ている。

 

 同じシングルマザーとして共感するトコでもあったのか、育美さんは詩乃を第二の子だとでも言わんばかりに可愛がり、格安で依頼を引き受けた上に、惣菜を持たせたり体調を気遣ったりと世話を焼きまくってる。あまりの勢いに詩乃も最初は面食らってたが、半月も続けばいい加減慣れてくるらしく、態度は軟化してるっぽい。

 

 んで、俺の方はっつーと、ぶっちゃけ最初は「俺コイツと相性合わねえ!」とか思ってた。

 

 冷めきった態度は冬獅郎よりも可愛げがなく、口調はリーナよりも淡白。とってつけたような敬語を使い、あからさまに俺を警戒した詩乃の姿は、俺のイライラを蓄積させるには十分すぎた。ギスギスした空気の中、ごくたまに飛んでくる詩乃の質問にぶっきらぼうに俺が答える数時間は、俺にとっても、多分詩乃にとっても、超絶ストレスフルなモンだった。

 

 にも関わらず、詩乃は週にキッチリ四回ウチに来てるし、俺もサボることなく顔を出して勉強を教えている。最初は苗字呼びだったのが、今じゃ敬語が外れ、互いを名前で呼べるトコまで態度が軟化してるくらいだ。

 

 あと数日空気の緩和が遅れてたら、確実にブチられてたと断言できるぐらいにヤバかったこの依頼で、ここまで関係がマシになった理由。

 

 それは――、

 

「――ねえ、この";without this perspective-"の部分、どうやって訳すの?」

「あ? その辺は前にもやったろ。without何たら、の意味、覚えてるか?」

「えっと……何たらなしで、とか?」

「正解。"perspective"は考え方、とか視点、っつー意味だから、そこは『この考え方を知らねーと……』って自然に訳せばいい」

「その前にくっついてるセミコロンは?」

「それは、なんつーか、カンマとピリオドの中間みたいな意味合いのモンだ。それ自体に意味は無くて、文はそこの部分で一度切れるけど、前の文と中身が繋がってる。論文からの抜粋とか、カタい内容の英文で出てくることが多い。大概は対比か例の提示が目当てで使うから、"without"か"in fact"とセットで出てくることがほとんどだ」

「なるほど。カンマとピリオドの中間的存在、論文系で頻出、ね……」

 

 受験で鍛えた、俺の学力だった。

 

 詩乃の俺への不信感の原因は、やっぱりっつーかなんつーか、俺の見てくれにあったらしい。この前、

 

「だって、どう見てもその辺にうろついてる不良男と一緒だったし。その見た目で『医学部受験生です』って言われても、信じられるわけないじゃない」

 

 とか、すげーシツレイな第一印象を面と向かって言われたが、勉強を教わってく中で、少なくとも俺の学力だけは信用できると感じたらしく、それ以来多少は心を許せるようになったとか。俺の面構えがプラス方向に作用したコトなんて今まで一回だってありゃしねえのは重々判ってるんだが、そのウケの悪さもここまでくると、もういっそ清々しいくらいだ。

 

「……なによ」

 

 俺の視線に含むところがあんのを察知したのか、机を挟んで俺の対面に座っている詩乃がこっちを睨み上げてくる。それをスルーして、俺は手元に開いてある予備校の宿題テキストに視線を向ける。

 

「別になんもねーよ。さっさとそれ終わらせちまえ。帰り時間に間に合わねえだろ」

「煩いわね。だいたい、あなたがジロジロ見てきたせいで手が止まっちゃったんでしょ」

「ジロジロは見てねえよ。自意識過剰だ」

「見てた」

「見てねえ」

「やったことくらい潔く認めさないよ、仮にも男でしょ」

「やってねえんだから認めるもクソもねーんだよ。つか、とっとと勉強に集中しろッての、仮にも生徒だろ」

 

 無駄口を叩き合いながら、互いのペンを動かす手は止まらない。昔、まだ会ったばっかのリーナとこんな感じのやりとりしてたっけな、とか思い出しながら、手元のテキストを解き進めていく。

 

 居心地満点、とは言えねえけど、最初に比べりゃかなりマシな空気の中で、俺らはひたすらに勉強していた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったか。

 

「詩乃ちゃーん、もう暗くなってだいぶ経つし、今日はこの辺にしておいたら?」

「……あ。ほんとだ、もうこんな時間。じゃあ、これで失礼します」

「はいよ、お疲れさま。あ、肉じゃが作っておいたから、良かったら持って行って。一護、あんたいつも通り、駅前まで送ってってあげなさい」

「へいへい」

「……暗い中で美少女女子高生と二人きりだからって、妙なことしたらあたしが殺しにいくから」

「頼まれてもしねえよ」

「大丈夫です。その前に通報して社会的に抹殺しますから」

「しねえっつってんだろボケ。こちとら妹と同年代のガキに手ェ出すようなロリコン野郎じゃねーんだよ」

 

 ピキピキとこめかみが引きつるのを感じながら言い返す。毎度のことながらいちいち癇に障る。冗談めいた口調の育美さんはともかく、帰り支度をする詩乃の淡々とした声には愛想の欠片も籠っちゃいない。

 

 そんなに俺が嫌いかよテメエ、と最初はイラついてたが、最近やっとその態度が好き嫌い如何じゃなくて『コイツはこういう性格なんだ』っつー結論に達した。育美さんと喋ってても、敬語は使ってるが愛想のなさは同じで、どっか余所余所しいし。

 

 要するに、他人に興味がねえタイプだ。中学のころ、俺も周りもガキだった時にこんな感じのヤツが周りに何人かいた。ケンカ売られてるワケでもねえし、無駄にガタガタ言っても仕方ねえ。

 だいたい、年上に礼儀とか意識してねーのは俺も同じだろうが。他人のコト言えた義理じゃねえ。そう自分に言い聞かせて、溜飲を下げる。

 

「……んじゃ、送ってくる」

「ありがとうございました」

「はーい。また明日ね!」

 

 手を振る育美さんに会釈を返し、俺らは事務所の外に出た。途端に吹きつける北風に、思わず肩が竦む。十一月ってこともあって、夜はかなり冷え込むようになった。真冬の刺すようにキツイ冷気には及ばない、けど衣服のすき間から入り込んでくる冷たい空気は、確実に冬が近づいていることを感じさせた。

 

「……早く行きましょ。風邪ひきそう」

 

 そう言って、詩乃は先に階段を下りていく。俺はその後に続いて階段を下り、そのまま並んで住宅街を歩いていく。街灯の無機質な白い灯りが真っ黒い道路をスポットライトみたく照らし出し、相対的に周囲の景色を濃い闇に放り込む。

 

 一応周囲の気配に注意しながら詩乃の横、車道側を歩く。事務所を出てから、会話は一言もない。マフラーで口元を隠した詩乃の姿が、まるで会話そのものを拒んでいるように見える。

 やりづらくはあるが、別に喋ってなきゃ死ぬわけでもねえ、ケイゴじゃあるまいし。振る話題も思いつかない以上、無理に話すこともねえか。

 

「――くしゅんっ」

 

 不意に横から聞こえた、押し殺したくしゃみの音。

 

 横目で見ると、手で口元を押さえた詩乃がいた。肩を寒そうにすくませて、細い両手に息を吐きかけ擦り合わせる。そんだけ小柄で細っこければ、そりゃ着込んでも冷えるだろ。

 

 俺はポケットから財布を取り出して立ち止まり、道端の自販機に小銭を突っ込んだ。コイツの飲食の好みなんざ知らないが、とりあえずリーナ基準で選定して、詩乃用にホットのミルクティーを、自分用に缶コーヒーを買う。

 

「ほれ」

「……え?」

「え、じゃねーよ。オメーの分だ。飲め」

「…………」

 

 差し出したミルクティーの缶を詩乃は両手で受け取った。歩き出した俺の横でプルトップを空けて口を付け、ゆっくりと缶を傾ける。白いスチール缶から口を離し、ほぅ、と一心地ついたのを見てから、俺も自分のコーヒーを開けて飲む。しばらくそのまま、俺たちは温かい飲み物を少しずつ飲みながら、無言で歩いていた。

 

 と、一つ、思い出したことがあった。

 

「そういやさ」

「……なに」

「お前、育美さんのアレ、断ったのかよ」

「『休日だけでもウチでご飯食べてかない』ってやつ?」

「それだ。御馳走になっときゃいいじゃねえか。別にあの人、お前に恩着せようとか考えてるワケじゃねーんだ。生活キッツイんだろ? だったらありがたくもらっとけよ、勿体ない」

「わかってるわよ、それくらい……けど、それでも尚、これ以上お世話になるわけにはいかないの」

 

 頑なな態度で、詩乃はきっぱりと告げた。飲み終えたコーヒー缶を近くのゴミ箱に放り込んでから、俺は短くため息を吐き、

 

「なにをそんなに強がってンのか知らねえけどよ、無理して意地張っても、いいコトなんざ一つもねーぞ。自滅しちまったら元も子もねえ」

「そこまでのこと、一護には関係ないでしょ」

「関係あんだろ。オメーはウチの依頼人だ、くたばってもらっちゃ困るんだよ」

「私がくたばる? そんなこと、絶対にありえないわ」

 

 断言して、詩乃が俺を睨む。眼鏡の奥の双眸が、俺をキッと見据えて動かない。

 

「それに、強がってなんかいない。私は強くならなきゃいけないの。誰の助けも借りないで、自分自身の力で」

 

 自分に言い聞かせるような、女子に似つかわしくない、低く重い口調。事情は知らねえが、なにか重たいモンを独りで背負い込もうとしてる、どっかのバカに似た姿。

 

 それを見て思わず声を荒げたくなったが、何とか押しとどめた。事情も知らねえでコッチの主張をブツけるのは簡単だ。けど、たとえその主張がどんだけ正しかったとしても、それをやれば詩乃の心に『泥』がつく。無理に背景を訊き出すのと同じくらいに、コイツの中身を踏みにじることになる。

 

 どんだけコイツの態度が気に入らなくても、それだけはやっちゃダメだ。もしそれをやっちまったら、余計に他人を頼りたくなくなるハズだ。かつて似た表情をしてた当人(ガキのオレ)が、そうだったように。

 

 だから、再度のため息でイラつきを緩和してから、

 

「……まあ、とにかく育美さんにはあんま心配かけんなよ。俺はともかく、なんかあったらあの人にだけはちゃんと言え。俺らみてえなガキに気ィつかわれんの、死ぬほどイヤがるからな」

 

 それだけ言って、俺はもう喋らねえ意志表示に、ダウンジャケットの裾を立てて口を覆った。詩乃も応えず、マフラーに顔をうずめたまま。遠くから聞こえる車の走る音だけをBGMに、ただ黙して歩き続けた。

 

 

 やがて、モノクロだった夜景に色とりどりの照明が映るようになった。静かだった空気も変わり、大勢の人が行き交う喧騒が耳に届く。空座町の駅前大通りに、俺たちは辿り着いていた。

 

「んじゃあ、俺はもう帰るぜ。時間もおせぇし、お前もとっとと帰れよ」

「あなたに言われなくても、そのつもりよ」

 

 平素の俺よりつっけんどんに言い放ち、詩乃はさよならも言わずに駅へと歩き出す。見送るなんて余計なコトするガラでもねえし、俺もそのまま踵を返して帰路に着く……、

 

「……ねぇ」

 

 寸前、詩乃の声が小さく聞こえた。

 

 首から上だけで後ろを振り返ると、詩乃はこっちを向かずにその場に立ち止まっていた。夜のカラフルな照明の群れに照らされ、小柄な身体が逆光で黒いシルエットになる。

 

「なんだよ」

「……ミルクティー、ありがと」

 

 聞こえるギリギリの音量でそれだけ言って、詩乃は早足で去って行った。小柄な背中が駅から押し寄せる人ごみに紛れ、十メートル地点で完全に見えなくなる。

 

「……結局、見えなくなるまで見送っちまったじゃねーか。カッコわりーな」

 

 ガリガリと後頭部をひっかきつつ、俺はボヤく。何にせよ、これで今日のバイト完了だ。今度こそ帰るため、駅に背中を向けて歩き出す。

 

 けど、数歩歩いたところで、第六感の端っこに引っかかりを感じて再び立ち止まった。目を閉じ、意識を集中させて霊圧を探る。詩乃の向かった方角とは違う。街はずれの丘の方に、衝突する霊圧が二つ、感じられた。

 

「この霊圧のデカさ……巨大虚(ヒュージ・ホロウ)かよ。戦ってンのは竜之介、志乃は……まだ遠いか。ったく、しゃーねえな」

 

 生憎コンは部屋に放置してる。代行証はあるが、こんなトコで死神化しちまったら抜け殻の身体がアブねえ。前は後先考えずに抜けてもルキアに後処理を押し付けられてたが、今それをやるワケにもいかねえし。

 かと言って竜之介の戦闘をシカトして帰るわけにもいかねえ。多少マシにはなってるとはいえ、アイツ独りで巨大虚の相手はシンドいはずだ。

 

 仕方ねえ。この前石田の親父さんとの鍛練で復活したアレ(・・)でいくか。

 

 人ごみを避けて路地の奥に入った俺は、代行証を握り締め、思いっきり地面を蹴って跳ぶ。普段ならタダの垂直跳びじゃ一メートルも飛べねえが、今の俺はワケが違う。

 

 蹴り出した瞬間、地面が発光。その光が俺のスニーカーにまとわりついた直後、俺の身体は押し上げられるようにして一瞬で急加速する。

 夜の大通りの灯りから逃れ、闇夜に融け込むくらいにはるか上空へと跳び上がった俺は、そのまま空気を踏みつけ方向転換。そして、

 

 

「――『クラッド・イン・エクリプス』」

 

 

 三年前の春に銀城に奪われ、半年前の地獄リハビリで取り戻した完現術を発動した。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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ちょっと短め、シノンとの日常回でした。
まだ一護を完全に信頼はしていないため、態度がキツめです。

次回はみんな大好き、胡散臭い強欲商人の出番です。
そして、現実と仮想、両方の世界でやっと事態が動き出します。

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