Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第二章開始です。

時系列は前作エピローグ終了後、SAOクリアから約一年後となっております。

前半大部分はキリト視点、最後に少しだけ一護視点です。

よろしくお願い致します。


Chapter 2. 『剣を握る資格』
Episode 12. Hallow "Hello"


<Kirito>

 

 秋空晴れ渡る十一月半ば。午後四時半。

 

 一般的な学生からしてみれば、一日の学業からようやっと解放された至上の時間帯。故に駅前の大通りは制服を着た十代男女が目立つように思う。俺たちがいる飲食店の並んだフードコートも例外ではなく、そこかしこからバカ騒ぎの喧騒が響いてくる。

 

 そんな賑やかな放課後に、

 

「……焼き、サバ、パン」

 

 俺は見るからに珍妙な物体と相対していた。

 

 半額のシールがついていたため、つい小市民的衝動に突き動かされて買ってしまったが、よく考えてなくてもネタ臭がハンパない。コッペパンにサバの塩焼きが一匹丸々挟まっている光景はとてつもなくシュールだ。白米と焼き魚の組み合わせは定番だが、同じ炭水化物とはいえパンも合うとは限らない。

 っていうかコレ、骨抜きとかした様子ないんだが、もしかして素手で解体してから食えってことなのか。頭から骨ごとバリバリ食す度胸は、現代人の申し子たる俺にはないぞ。

 

「止めたのに買ったキリトくんが悪いんですからね。残さずちゃんと完食するように」

「アスナ…………」

「あ、これおいしい。やっぱりパンは焼き立てが一番ね」

 

 アスナは縋るような俺の視線をツンと顔を逸らして切り捨て、安牌のメロンパンに齧りついた。こっちはごく普通のメロンパンらしく、おいしそうに食べ進めていく。自業自得とはいえ、俺も普通にカレーパンとか買えばよかったと今更ながらに後悔する。

 

「……一護」

「知らねーよ。テメエが自分で買ったんだから自分で食え。心配すんな、前に知り合いが食ってたけど、骨ごとでも意外といけるってよ」

「魚の骨は優秀なカルシウム源。SAOから生還して一年経っても未だに貧弱な貴方に丁度いい。観念して食べるべき」

 

 この店を紹介してくれた一護はアスナ以上に素っ気なく俺を突き放す。その隣でパンの山を切り崩すリーナでさえこのパンの外見は受け付けないらしく、進呈しようとしても顔を逸らされた。ちくしょう、救いの神はいないというのか。

 

 

 一護の住む町、空座町の駅前大通りにあるパン屋『A B Cookies』のオープンテラスで、俺は独り後悔に苛まれていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 空座町に行ってみたい、と俺がアスナに言ってみたのは、つい一昨日のことだった。

 

 きっかけは、このハイテク現代においても大人気なオカルト系テレビ番組。かの有名な心霊番組「ぶらり霊場突撃の旅」……通称「ぶら霊」の再放送でこの辺がロケ地だったことだ。

 夕食後にスグと観ていて、そういえば一護の出身地だったっけと思い出し、渋るアスナと「心霊スポットには近づかない」という約束を交わした上で学校帰りに寄ってみた。

 

 当初、案内を頼んだ一護は「ぶら霊」の話題が出るなり顔をしかめ、

 

「あんなインチキくせぇ番組なんざ知るか。つか彼女のエスコートぐらい自力でやれっつの」

 

 と一蹴した。が、そこは頭を使って、アスナがリーナを誘い彼女を経由して交渉。何とか駅前の案内の約束を取りつけ、予備校帰りの一護と合流して適当に散策。で、遅めのおやつということでこのパン屋に入り、今に至った。

 

「………………」

「お疲れ様、キリトくん。魂抜けかけみたいな顔してるけど、大丈夫?」

「ああ、何とか……」

 

 焼きサバパンを何とか完食し、ホイップクリームたっぷりのフルーツサンドで削られた精神力を回復する。流石に横で見ていて不憫だったのか、アスナが苦笑しながら調達してきてくれたホットコーヒーを受け取りため息を吐く。食べられないことはないが、何とも形容しがたい食べ合わせだった。マズイ、とは言い切れないものの、二度目に食すことはおそらくないだろう。

 

 そんな疲弊しきった俺を余所に、目の前のコンビは相変わらずの様子だった。

 

「ん、これ美味しい、はい、一護」

「サンキュ。お、これレモンのはちみつ漬け入りか。懐かしいモン入ってんな。空手やってた時に補給食で食ってたヤツだ」

「体育会系の定番の味。私も小さい頃食べてた」

「今じゃ勉強ばっかで、目にすることもねえけどな。にしてもリーナ、退院したての身で炭水化物ばっか食ってていいのかよ。連れてきた俺が言うのもなんだし栄養学とかも知らねーけど、野菜とか肉とかも食わねえとヤベえんじゃねえの?」

「大丈夫、家ではちゃんと野菜とタンパク質中心。むしろ家のご飯がお利口さんすぎてジャンキーなのに飢えてるの。おやつくらい私の好きに食べたい」

「それでも限度っつーモンがあんだろ。不必要にメシ食ってブクブク太っても知らねえからな」

「大丈夫、その点は全く問題ない」

「なんでだよ」

「私の場合、脂肪は全部、胸にいくから」

 

 そう言って、リーナは両手で自分の胸を挟むようなポーズをとった。アスナより一回り小柄な体躯に反し、目で見て形がはっきり分かるくらいに制服の生地を押し上げている膨らみが柔らかに歪み、一護はすぐに顔を逸らした。

 俺も背筋に寒気を感じ、心の警報に従って視線を横に向ける。その先にいたアスナがニッコリと冷たい笑顔で俺をお出迎え。あと数秒遅かったら物理的措置に出ていたと見える。

 

「……一護、『ミスった。この話題は分が悪ぃ』とか考えてる?」

「心の声を一言一句正確に読むんじゃねえよ! 観音寺なんかよりオメーの方が百倍エスパーだわ!」

「失礼な。ドン観音寺さんみたいなスーパースターと、ごく普通の可憐な乙女である私では、比較するのもおこがましい」

「ぅげ、お前もアレのファンかよ。あんな見るからにインチキ臭い番組のドコがいいんだか……」

「一護は分かってない。あのわざとらしいくらいのインチキ臭さが癖になる。すめるず・らいく・ばっど・すぴりっつ」

「ウゼえ」

「すぴりっつ・あー・おーるうぇいず・ゆー?」

「ハタチになってもカタコト英語は相変わらずかよ、この理系一辺倒」

「いぇい」

「ホメてねえよ」

 

 『ごく普通の可憐な乙女』という珍妙な自己自讚語句をスルーした一護と、何やら屈折した楽しみ方をしているらしいリーナ。

 

 目の前に山と積まれたパンを摘まみながら仲睦まじく話しているのを見ていると、これだけ距離が近いくせに恋仲じゃないのかという呆れと、これだけ距離が近いからこそ逆に進展しないのかという納得を同時に感じる。

 

 ……と、ドン観音寺の話題が出たところで、俺はここに来た主目的を思い出した。

 

「そういえば一護、リーナ。この前の『ぶら霊』の再放送、見たか?」

「見てねえ」

「見損ねた」

「……キリトくん? 心霊の話題はナシって前から言ってるでしょ?」

「まあそう言うなってアスナ。大丈夫、今からの話に幽霊は関係ないから」

 

 口を尖らせるアスナをなだめつつ、俺はバックパックからタブPCを取り出し電源を入れる。タッチパネルに指を数度走らせ、目的の画像をタップして拡大。三人に提示する。

 

 そこには、

 

「……オレンジの髪にブラウンの瞳。これ、一護?」

「けど、顔立ちが少し幼い感じね。年のころは私たちと同じくらいかな」

「そう思うだろ? 番組序盤でドン観音寺がスピリット・ステッキをかました直後にこのカットがあってさ。慌ててテレビの画面をスクリーンショットで保存したんだ。この番組が放送されてたのは、六年前の春ごろだ。六年前っていうと一護は十五歳、高校一年。外見年齢と一致する」

「ねえ、キリトくん。この表情、なにか叫んでるように見えるんだけど、声とかは聞こえなかったの?」

「いや、アナウンス被せられてたから、声までは聞こえなかったよ。そこで一護、お前に二つ質問がある。問一、これは本当に一護本人なのか。問二、このとき何を叫んでいたのか」

「………………」

 

 さっきから無言でそっぽ向いてコーヒーを啜っている予備校生殿に向き直り、タブレットの画面を印籠のごとくに突きつける。俺の隣に座るアスナも、一護の隣に座るリーナも、揃って回答を待ち望む。

 

 やがて、無言の間に耐え切れなくなったのか、一護がこっちを見た。タブPCの画面を一瞥し、ため息を一つ吐いてから、

 

「……俺にそっくりだな」

「いやだから、どう見てもお前だって」

 

 ヘタクソなシラをきる一護にツッコみを入れるが、当の本人は知ったことではないとでも言うかのようにしかめっ面を崩さない。

 

「生き別れた双子の兄だ。こんなところで再会するとは思いもよらない」

「……一護、貴方もう少しマシな誤魔化し方はないの?」

「うっせ」

 

 アスナの呆れた視線も何のその、アイスコーヒーの氷をガリガリと噛み砕く一護。誰がどう見ようが問一の答えは「イエス」なんだが、言質を取るのは難しそうだ。今日のところは鎌かけだけで勘弁しておいてやろう。

 

「……ところで一護、今日はあの人、いないの?」

「あ? どの人だよ」

「特盛」

 

 普段の三割増しで冷淡な声のリーナの言葉に一護がむせた。ゲホゲホと咳き込んだ後、完全無表情の鉄面皮を貫くリーナを睨む。

 

「いるワケねえだろ!! またあの劣悪な空気になったらたまったモンじゃねえから、わざわざ井上のシフト外れてる日にお前ら連れてきてんだよ!」

「……そう。それは残念」

「嘘つけ、会って名乗って五秒で険悪ムードだったクセに」

「もし会ったなら、あの目障りな胸部にナイフを突き込んでやったのに。あんな膨らみ、どうせ偽乳。突けば弾けるに決まってる」

「弾けンのは井上の怒りだろーが!! 自重しろ犯罪者予備軍!!」

「……チッ」

 

 わざとらしく舌打ちをし、リーナはカスタードパイに手を伸ばす。なんのことやらさっぱりだが、パイを切り分けるリーナの眼光がどう見てもマジで、さっきとは違う理由で背筋が寒くなる。あまりの気迫に、持っているプラスチック製のちんまりとしたナイフが獲物を斬り刻む妖刀に見える不思議。これが本物の殺気か。

 

「え、えーっと、このお店って、一護の知り合いが勤めてるんだね。学校の同級生?」

 

 悪くなりかけた空気を和らげるべく、アスナが助け船を出してくれた。リーナは知らないとばかりに無言でパイを頬張るが、一護の方は落ち着いたらしく、手元のスマホをいじりながら答えた。

 

「ああ、俺の高校ン時の同級生だ。井上織姫。たまに顔出すようにはしてんだけど、この前リーナ連れて来たらスゲー速さで二人して空気が悪化しやがったんだよ」

「それって、その井上さんの性格がすごくキツいとか?」

「知らね。少なくとも誰彼構わずツンケンするような奴じゃねーよ」

 

 この写真の栗色の髪の奴だ、と言い、一護はスマホの画面を俺とアスナに見せてきた。画面には一護とその同級生らしい人が数人。全員グレーの制服に身を包んでいる。その横、写真の右端に一人、さっき注文を取りに来た店員さんと同じ制服を纏った女性が、満面の笑顔で立っていた。

 

 率直に言って、えらい美人さんだ。

 

 モノトーンの制服を身に纏い、長い髪は鮮やかな栗色で軽いウェーブがかかっている。屈託のない笑顔は、見る人に癒しを与えるような柔らかさを持っている。

 

 そして何より目立つのは、おそらく見る人の性別に関係なく視線を引き付けるであろう、豊かな胸元。この場にいる女性陣にも圧勝できるであろうその大きさは、比較的露出の少ない制服を着ているにも関わらず、圧倒的な破壊力を持っている。これはもう目の保養どころか目に毒、確かにリーナの言う通りの特も……。

 

「……キ・リ・ト・く・ん?」

「いたたたたッ! アスナ痛い痛い! 腕の皮が千切れる!!」

「君は、初対面の、女性の、どこを、間近で、見てるの、かな?」

「いや別にこれは画像だし倫理的に問題ない痛い痛い痛い痛い!! 分かった! 分かったからホントご免なさいもうしません反省します!!」

 

 額に怒りマークを浮かべたアスナの腕つねりから、怒涛の勢いの謝罪で逃れる。ヒリヒリと痛む皮膚をさすって痛覚軽減を試みる俺の横で、アスナはスマホに映った井上さんの画像をもう一度見て、深々とため息を吐いた。

 

「まったく、リーナの機嫌が悪くなった理由がよくわかったわ。しかも『二人して』ってことは……はぁ」

「ンだよアスナ。そのやれやれ感ハンパねえため息は」

「一護、貴方気を付けないと、いつか背中から刺されるわよ」

「は? 俺がかよ。仲悪ぃのは俺じゃなくて、井上とリーナじゃねーか」

「だからこそ、よ。せいぜい夜道に気を付けなさい」

「問題ない。一護の背中は私が護るから」

「……リーナ。私としては貴方が一番、一護にバックアタック仕掛けそうな気がするんだけど……」

「なんのことやら」

 

 疲れ切った表情を浮かべるアスナに対し、リーナは素知らぬ顔で最後のパイを頬張った。俺は同じように話の流れを掴めていないであろう一護と顔を見合わせ、揃って首をかしげる。やはり女性心理は男子共には難し過ぎる。

 

 なんにせよ、ようやく空気が元通りの緩いものに戻って一安心。コーヒーを一口飲み、さあ残りのフルーツサンドをおいしくいただこうと口を開いた――その瞬間、遠方からものすごい勢いで走行してくるバンが見えた。

 車道を走っているから俺たち目掛けて突っ込んでくることは万に一つもない……はずなんだが、何故だろう。あの車の運転手の標的は俺たちであるような気がしてならない。

 

 嫌な予感は的中した。

 バンは俺たちが座っている四人掛けテーブルの真横で急停車した。金切声をあげるタイヤから白煙が上がり、焦げたような臭いが辺りに充満する。大きく車体を揺らして停車したバンに、席から立ち上がった俺たち四人の視線が集中した。

 

 と、勢いよくスライドドアが開き、中から若い女性が出てきた。すらりとした長身で、ロング丈のTシャツとズボンはどちらもタイト。真っ黒なブーツと手袋、目深に被ったキャップにゴーグルを装備した見た目は、どう見積もっても善良なる市民には見えない。

 

 まさか、誘拐? こんな白昼堂々?

 

 ここにいるアスナとリーナは、どちらも相当裕福な家柄の出身。もし身柄を拘束した場合に要求できる身代金の規模は、おそらく一般家庭のそれを遥かに凌ぐだろう。

 

 そんなことはさせるかと俺は闖入者を刺激しないように、こっそりとスマートフォンをポケットから取り出す。いざ格闘となれば俺と一護の二人がかりで抑え込むし、凶器を持っていたらいち早く警察に通報、かつ写真を撮って証拠を押さえ……、

 

「……楽しそうじゃねえの。一護ちゃ~~ん」

 

 違ったっぽい。

 

 ズッ、と思わずズッコケそうになる。我ながら古臭いリアクションだが、今の気持ちにぴったりだ。楽しそうにニヤニヤと笑う女性から視線は放さないままだが、警戒心はバターのように溶けて消えていく。同じように隣で警戒していたらしいアスナの気配も、ゆるゆる緩んでいくのがわかる。

 

 ……はて。一護の名を呼んだということは、おそらく奴の知り合いだろう。

 もしや、件の井上さんのオフバージョンだったりするのだろうか。確かに、髪を黒染めして後ろで括って背を十センチくらいのばして胸元を二カップ分くらいサイズダウンすれば似てい……ない。というか、それはもう別人だ。

 

 ならば一体、この人は何者なのか。

 

「……おい一護、呼ばれてるぞ……誰だ」

 

 俺と同じく立ち上がったまま、横で一切の無言を貫く一護。周囲の空気がまたピリピリとし出しす中、頬に冷や汗を一筋流した奴はゆっくりと口を開き、

 

「……店長……!!」

「「はァ!?」」

 

 俺とアスナの声がハモった。

 

 店長ってことはアレか、一護が高校生の頃からやっているという、バイト先の店長なのか。何やら妙な勤め先だというのは聞いていたが、店長まで誘拐犯チックな個性的な女性とは思わなかった。

 

 唖然とする俺とアスナを無視し、店長と呼ばれた女性はニヤニヤ笑いのまま近づいてくる。

 

「ま、待てよ! 今日は五時半から行くって言ったじゃねえか!! 別にサボるつもりはねえっての!!」

「知ってるさ。けどな、あの子(・・・)から今日は時間を早めて欲しいって、さっき電話があったんだ。制服着たガキ共と遊んでるってことはヒマなんだろ? だったら、大人しく――攫われろ!!」

「断る!! どっからどう見てもヒマこいてねーだろうが!! アンタバカか――」

 

 言葉が終わる前に、店長さんが動いた。

 

 一護の縮地もかくやと言う速度で急接近。容赦のないアイアンクローで一護を捕える。そのまま背後からテープを取り出して、

 

「いててててッ!! はな――」

 

 せ、と言う前に一護の口と身体の動きを封じ、さらに閃光のような速度で腕を一閃。椅子に掛けてあった一護のバッグをひったくり、当人ごとバンに放り込んで走り去っていった。

 

 残された俺たちはただ茫然と突っ立つしかない。体感時間でおよそ四秒。たったそれだけの間に、この中で最も体格のいい一護が攫われていったという現実に、頭が追い付いていかない。

 

「……す、凄い。一護を一瞬で畳んで持ってった」

「あの人、本当に一般人なのかな……どこからどう見てもベテランの誘拐犯だったんだけど……」

 

 何とも気の抜ける感想をアスナと共に口にしていると、横からリーナが出てきた。クリームとパンくずで汚れまくっている口にはチョココロネが咥えられており、俺たちと違って気が動転した様子はない。

 

「り、リーナ? 良かったの? 一護、攫われてっちゃったけど……」

「むぐむぐ……ん、問題ない。あの人は一護の勤め先の店長さん。なんでも屋という職業柄、急な依頼があったと考えられる」

「な、なんでも屋?」

「そう、なんでも屋。名称は『うなぎ屋』。空座町市街地のアパートの二階を、事務所兼自宅として利用している。店長はさっきの人、鰻屋育美。一児の母」

「……すごい、詳しいね」

「調べさせたから」

 

 調べたから、ではないところに闇を感じるのは俺だけだろうか。話を振ったアスナも、「そ、そうなんだ」と返すのが精いっぱいな様子だ。

 

 ……けど、とリーナは付け加え、コロネを噛み千切る。穴から飛び出したチョコクリームがリーナの口元に飛び散り、その姿に獲物の喉笛を食いちぎって鮮血を浴びる獅子が重なって、思わずゾッとする。

 

「理屈的に問題なくても、私と一護の時間を強引に引き裂いて良い理由にはならない。バツイチの年増如きがでしゃばるとどうなるか、思い知らせてやる……」

 

 かつてSAOで《闘匠》と呼ばれ、恐れられた白髪の短剣士。

 

 その姿が今のリーナの身体に重なり、修羅の如き鬼気をまき散らす。

 

 いつのまにか周囲から人の消えたフードコートで、俺は本日三度目の寒気に震えつつ、ただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

「――痛ってえ!」

 

 キリトたちと駅前で駄弁っていたトコを強引に拉致られた俺は、バンの後部座席に放り込まれて事務所まで連行され、育美さんの剛腕でカタいソファーにブン投げられた。

 

 強かに打ち付けてジンジンと痛む頭を動かし、誘拐犯を睨み上げる。こっちを見下ろし、黒手袋をはめた手でパンパンとホコリをはたく仕草をする店長こと育美さんは、やっぱどう見てもカタギじゃねえ。後でキリトたちにどう説明しろってんだよ。騒ぎに馴れっこの空座高校の連中とはちげーんだぞ。

 

「ほら! あと十分くらいしたら来るから、それまでに支度しなよ。あたしはお茶淹れるから! わざわざ湯島から来てくれてるんだ。頼りにされてることをありがたく思って、今日もキッチリ仕事しな!」

「いやその前にテープはがせよ。無駄に頑丈でキッツイんだよコイツ」

「当たり前だ! 高三の頃、散々バックレたお前のために特別に調達した工業用粘着テープが、早々はがれてたまるか!!」

「なんでそんなにガチになってんだよ!? アンタホントにバカじゃねーのッて待てコラ!! そのアーミーナイフどっから出した! アブねえからコッチ向けんなよ!!」

「うるさい黙れ! そして大人しくしろ!! テープをチマチマはがすの面倒ってことで、最近買った米軍御用達の高級品だ。うっかり間違うとお前の指を斬り落とすぞ!!」

「だァからそのガチっぷりがバカだっつってンだろーが!!」

「……ちょっと。二人とも、とてつもなく煩いんだけど」

 

 ギャーギャー騒いでいた俺たちの間に、至極冷静な声が響いた。一気に冷静さを取り戻し、俺はその声の主へと視線を向ける。

 

 視線の先にいたのは、開け放たれたドアの前に立ち、呆れ半分のジトーッとした目をこっちに向ける女子高生だった。

 背丈はやや小柄な方で、体つきはリーナ以上の痩身。丈が余り気味の制服の袖から覗く白い手の指が、やけに細い。マフラーで口元を覆い隠し、肩には参考書が詰まって歪に膨らんだスクールバッグ。女子がかけるにしちゃ飾りっ気のない簡素なデザインの眼鏡が、夕日を反射して輝いている。

 

「あ、ああ。いらっしゃい。随分早かったのね」

「はい、午後の予定がいくつかキャンセルになったので……直前に無理を言って、すみません」

「いいのいいの! あたしはいつでも大歓迎だし、ここに寝っころがってる一護(バカ)もヒマ人なんだから、ガンガン呼び出しちゃってよ!!」

「……ありがとう、ございます」

「いやアンタと違って俺はヒマじゃねえ。つか早くテープをはがせよ、その物騒なナイフ以外で」

「ちぇっ、うるさい男ねえ。仕方ない、この出刃包丁で勘弁してあげる――」

「大して変わんねえっつの! それに勘弁ってなんだよ! 今回は俺に非はねえだろうが!!」

「うるさいってば。ほら、動くと切れるぞー」

「ヤメロっての!!」

 

 またも刃物を俺に向ける育美さんと、それに全力で抵抗する俺。

 

 しばらくそのままジタバタしてたが、その間、残り一名がひたすらに呆れたような視線を俺らに向けているのが視界の端で見えていた。二週間前よりは幾分かマシで、それでもどっか、冷めたような視線を。

 

 

 朝田詩乃。

 

 

 それが、ここ二週間の間、俺が「なんでも屋」としてつきっきりで勉強を教えている奴の名前だった。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


というわけで第二章スタートです。

前半、いきなり織姫vsリーナで行こうかと思いましたが、初っ端修羅場はシンドいので止めました。代わりに誘拐犯……もとい店長さん登場です。

今話はキリト視点のみで一護視点はナシの予定だったのですが、次回予告的なモノも兼ねてシノン登場まで書きました。次話はこの続きから。


現実と仮想、二つの世界を頑張って書いていけたらと思います……おそらく今章、現実サイド大目になるかと思いますが。



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