Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十一話です。

リーナ登場です。
オリキャラ苦手な方はご注意を。

よろしくお願い致します。


Episode 11. Glow in White

「――まあ、ンな流れでいけ好かねえインテリ眼鏡をブッ倒して、俺らは三か月遅れで現実世界に帰ってこれたっつーワケだ」

「…………そう」

 

 ALO内の騒動について、端折りながら俺が説明し終えると、それまで黙って聞いていたリーナは短く相槌を打って手元のマグカップに入ったお茶を一口啜った。仄かな湯気が立ち上り、ほうじ茶特有の香ばしい香りが病室内に漂う。

 

 俺も長々と話したせいで乾いた喉をペットボトルの水で潤しながら、ベッドに上体を起こしている東伏見莉那(リーナ)の姿を見た。

 

 現実世界に帰ってきてから、今日で大体ひと月と半分。最初に来たときは自力で起き上がるのも億劫そうだったけど、今は自分で起き上がった上で経口飲食ができ、カップ程度なら掴める程度には握力も快復している。ただ、自力での日常生活が送れるほどの筋力はないらしい。

 目覚めて十日で完全回復した俺を見習えよと言ってやりたくなるが、あの地獄メニューを一般人のコイツに強いるのは流石に気が引ける。元通りの筋肉が付いた自分の腕を眺め、石田の親父さん考案の超ドS鍛練を思い出して独り嘆息した。

 

 

 ALO幽閉組が現実に帰還したことで、世間に巻き起こったドタバタがやっと終息した今日、三月中旬。俺は中野区にあるリーナの個人病室に見舞いに訪れていた。

 

 居場所を知ったのは俺が退院して間もなく、SAOの中で交換してたメアドに一通のメールが送られてきた時だった。同じ東京でも都心までそこそこ距離がある空座町から、電車と徒歩で四十分の距離。ウチの医院が廃墟に見えるレベルでデカくて新しい病院の個室にリーナは入院している。

 一等級の部屋だとかで、こっそり調べてみたら一泊で十万円だった。バカじゃねえのと声を大にして言ってやりたくなるが、リーナ曰く「普通」らしい。華族出身の一人娘の感覚を、町医者の息子でしかない俺が理解しようってのがアホなのか。

 

 そのお嬢サマはベッドの上でマグカップを玩びながら、なにやら思案に耽っている。妹の遊子や夏梨と比較してもだいぶ細い指が、分厚いカップの表面を撫でるように動く。白色だったSAOとは正反対の黒檀色の髪が一房、零れるようにして肩口から垂れた。

 

「ALO内で俺とキリトに斬られた後、須郷はアスナが入院してる病院前で待ち伏せて、アスナに会いに来たキリトを襲ったんだとよ。けど、ALOで受けた激痛が原因で神経がイカレて、もうマトモに動ける状態じゃなかったらしい。キリトに返り討ちに遭って、駐車場で気絶してるところをそのままとっ捕まった」

「……うん、その辺は私もニュースで見た。逮捕後は黙秘と否認で足掻きまくったけど、部下が捕まってあっさり自供。今は精神鑑定を申請してるとかしてないとか」

「ま、ブチこまれんのが刑務所だろうが精神病院だろうが、どっちにしろ二度と表社会には出て来れねえよ。三百人を拉致って脳みそ弄りまわしたんだ。俺らの前にその憎たらしい面を直に晒すことは、絶対にねえだろ」

「……ん、私もそう思う」

 

 そこまで話して、俺はリーナの様子が妙に暗いことに気付いた。淡白な話し方はいつも通りだし、逆にはしゃいでるコイツを見たことなんて、二年間で一度もねえ。けど、俯き加減で半拍遅れて返事をする様子は、どっからどう見ても「ゴキゲンです」って感じじゃなかった。

 

「リーナ、どうかしたのかよ。調子わりぃなら長居すんのも良くねえし、今日はもう引き上げるぞ?」

「ううん、それは大丈夫。体調は特に問題ない、いたって健康……ただ」

「ただ……なんだよ?」

「……ごめんなさい。一護が頑張ってたのに、私、何も手伝えなかった」

 

 そう言うと、リーナは俯き加減のままこっちを見た。相変わらずの無表情だが、眉尻は少し下がり、やや伏し目がちになっている。

 

 いつもなら「気にし過ぎだろボケ」とか「お前がいなくてもヨユーだったっつの」とか言って一蹴してるトコなんだが、弱った身体でそんな申し訳なさそうな面をされると、強く出られない。

 

「まあ、今回は仕方ねえさ。むしろお前と同じ状況下にあったはずの俺が動けてたのがオカシイんだ。記憶が無いとはいえ、そっちはそっちでずっと須郷の感情制御の実験台にされてたんだし、なんつーか、おあいこ? みたいな感じだろ。気にすんな」

 

 やりづらさを感じながら、頭の後ろをガリガリ掻きつつ慰めとも励ましともつかねえような言葉をかける。リーナは少しの間俺と目を合わせていたが、やがて微かな頷きを返し、

 

「……ん。ありがと、一護」

 

 そう言って淡く微笑んだ。

 

 その微笑は午後の陽光に照らされた細身と相まって、俺が記憶してるリーナの表情よりも幾分か柔らかいものに感じる。それを見ていると、たまにはこんな感じで軽口ナシも良いか、とかガラにもなく思えてくる。

 

 そうすると自然、俺の語気も少しばかりトゲのないものに変わる。

 

「俺のことより、今は手前のこと考えてろよ。何か欲しいモンとかあるか? 手近な所で調達できそうなら、ちょっと行って買ってきてもいいぜ」

「ほんと? なら少しだけ、お願いしてもいい?」

「おう、任せろ」

「じゃあ……」

 

 視線を上に向けて、思案顔のリーナ。どーせコンビニ菓子とか、雑誌とか、その辺が出てくんだろ。まだ寒い時期だし、肉まんかあんまんと予想する。

 

 ……なんてタカをくくってた俺だったが、

 

「――須郷の裁判の傍聴席チケットが欲しい。あと、奴をこの手でブン殴る権利も」

 

 予想のはるか斜め上を行く回答が返ってきた。

 

 底冷えする声で発せられた須郷への恨み満点の一言で、今まで呑気な雰囲気は全部台無し。思わず嘆息が漏れる。もちろん、和らぎかけていた俺のしかめっ面も完全復活だ。

 

 アホ言え、それのどこが少しだっつの。奴の裁判の傍聴券の倍率、今朝見たけど五十倍とかになってんだぞ。手に入るわけねーだろ。あと最後、マジでやったらテメーも捕まるからな。いや殴りたい気持ちは分かるけどよ。

 

「あの下衆男、私の脳を好き放題弄って、挙句一護の前で脳内陵辱しようとしてたなんて……その罪万死に値する。あのインテリ面タコ殴りにして、眼鏡のレンズ叩き割ってやる」

 

 シュッシュ、とヤケにキレのあるシャドーボクシングをかますリーナ。俺は冷めた目でそれを観察しながら、サイドデスクに設置された水差しから冷水をカップに注ぐ。で、スキを見てアホの額を小突いて連打を止めさせ、

 

「言ってやりたいことは山ほどあるが、とりあえず水飲んで落ち着けドアホ。筋力戻ってねえ身体で何やってんだよテメエは」

「はっ、はぁ…………んぐ、ぷはっ。生き返った」

「パンチ十発で息切れしてるその体たらくで外出とか、バカも休み休み言え。患者は大人しく寝てろ」

 

 リクライニングベッドにもたれかかり、呼吸を整えたリーナは素っ気なく答えた俺を不服そうな目で見た。

 

「……むぅ。大体、同じタイミングで目覚めたはずの一護が、なんでそんなにピンピンしてるの。私はともかく、アスナとかもまだリハビリ終わってないって言ってたのに」

「男女の差と鍛え方の違いだろ。一緒にすんな」

「……確かに、お嬢様JKとヤンキー予備校生じゃ、天地ほどの差がある。フィジカル的にも、世間のニーズ的にも」

「悪意に満ちた比較を持ち出すんじゃねえよ、つか社会のニーズなんて知ったこっちゃねえっつの」

「いや、ニーズは大切。劣っていると就職困難。このご時世、三浪を雇う企業はきっと少ない。けど安心して一護、私が父様にお願いして家に置いてあげる」

「大きなお世話だ! いいんだよ俺は実家継ぐから!!」

「実家って、確か町医者だっけ? ヤンキー診療所とか、今どき流行らない。諦めてウチのどれ……使用人になって」

「テメエ今なに言いかけた!? つか言い換えてもニュアンス変わってねえよ!!」

「しー、病院では静かに」

「ぐッ……テメエ……!」

 

 軽口の応酬に競り負けて押し黙る俺。それを見て満足したのか、リーナは得意気な無表情でカップの水を飲み干す。この顔芸を見んのも久しぶり。安心はするが、それ以上に癇に障る。つかコイツ、弱ってンのは筋肉だけで、他は必要以上に元気じゃねえかよ。気ぃ使った意味ねえな。

 

「……まあ、私のユーモアセンス溢れる冗談はさて置いて」

「溢れてれンのはブラックユーモアだろ。退院したら覚えてろよテメエ」

「置いといて。一護、私本当に欲しいものがあるんだけど」

「……聞くだけ聞いてやる。なんだ」

 

 警戒しながら続きを促すと、リーナは変わらず無表情のままで、

 

「……一護お手製の料理が欲しい。私、一護の手料理が食べたいの」

 

 さっきとは別のベクトルで予想外な要求を出してきた。

 

 いや、こっちはある意味予想通りか? よりによって今日(・・)言い出すとは思わなかったが。いや、言外にアレを寄越せ(・・・・・・)って催促してんのか。

 

 俺の無言を呆れ故のものと受け取ったのか、少し焦った感じでリーナは言葉を続けてきた。

 

「無理にとは言わない。ほんと、時間があるときで大丈夫。一護が手間に感じないような簡単なものでもいいから、作ってきてくれると、その、身体が早く治る……気がする」

 

 どうやら裏の考えとか捻りとか一切なしで、フツーに俺の料理を期待してるらしい。普段の軽口に慣れすぎて、思わず深読みしちまった。

 

 けどまあ、そんくらいなら別にいい。

 

「……分かった。持ってきてやるよ」

「ありがと。ほんと、いつでもいいから」

「いつでも、か」

「ん。いつでもいい」

「作ってくるモン、俺が勝手に決めるからな」

「ん、お願い」

「じゃ、今渡しとくわ」

「ん、今もらっておく……え?」

 

 なんせ、今持ってるしな。

 

 今度は無表情じゃない、口をポカンと開けたマヌケ面のリーナの前に、隠しておいた厚紙の箱を出す。

 

「まあ、アレだ。今日は一応、三月十四日(ホワイトデー)だからな。既製品でも別に良かったんだけどよ、SAOのクセでオメーが手作り強請(ねだ)ってくると思って、知り合いに頼んで作り方教わってきた」

 

 言い訳がましく言葉を並べながら、箱を開けて中を見せてやる。

 

「……ガトー・ショコラ? これ、ほんとに一護の手作り? 見た目、すごくきれいなんだけど」

「疑ってんなよ。証拠が見たきゃ、その知り合い呼んでやる。アイツ確か動画撮ってやがったからな」

「そ、そう……でも私、一か月前のバレンタイン、寝込んでて一護にチョコあげてないのに、どうして……?」

「あ? 今更そんなこと気にすんのかよ。前にも言ったかもしんねーけど、あげたから返せとか、もらってねえから渡さないとか、そういうのを気にする仲じゃねえだろ。大人しく受け取っとけ」

「……ありがとう。本当にありがと、一護。その、すごく……嬉しい」

「……おう」

 

 仄かに頬を染め、両手の指をぎゅっと組み合わせて、リーナが顔を綻ばせる。心底喜んでることが俺でも分かるような、そんな感じの笑顔。

 

 本能に従って反射的にそれから目を逸らし、立ち上がって箱を持ったまま簡易キッチンに向かった。

 

「一護、それ……」

「わぁってる、今食うんだろ。紅茶どこにある?」

「上の棚、右側の上から二段目にティーバックの紅茶があるはず」

「右側で二段目……ああ、コレか。ちっと待ってろ、今淹れるから」

「ん。砂糖とミルクは――」

「無しだろ。他は忘れたけど、メシん時だけは大体そうだったからな。流石に覚えてるっつの」

「そう……ふふっ」

 

 かすかに聞こえた、楽しそうな笑い声。

 

 耳を疑いつつ振り返ると、確かにリーナが笑っていた。満面の笑み、とまではいかねえけど、さっきまでの微笑よりもはっきりした笑みが見て取れる。無表情が標準装備のコイツがこうだと、なんか落ち着かねえっつうか、むず痒い感じがする。

 

 視線を手元に戻して紅茶を淹れ、皿に移しかえたガトー・ショコラと一緒に持っていくと、すでにリーナは備え付けのテーブルを手前に倒し元の無表情で背筋を伸ばして待機していた。ピシリと伸びた背筋が何となく笑えた。

 

「ほれ。ケーキ、勢いで二切れとも持ってきちまったけど」

「問題ない。合わせて一分で食べきれる」

「急いで食って喉詰まらせても知らねえからな」

「そのために紅茶がある、大丈夫」

「詰まらすこと前提かよ」

「備えあれば憂いなしって言うでしょ。じゃ、いただきます」

 

 そう言ってリーナはフォークを取り、分厚いダークブラウンの生地に突き刺す。そのままザックリ削り取り、大口開けて一口で食った。

 

「んぐ、んぐ……ん、おいしい」

「そりゃ良かった」

「砂糖なし、甘さはカカオ七十二パーセントのチョコだけと見た。砂糖特有のわざとらしい甘さがなくて、すごく濃厚なカカオの風味がする。隠し味に……これ、ブランデー? アルコールはちゃんととばしてあるけど、ほんの少しだけお酒の香りがする。ガトー・ショコラの甘さとほろ苦さによく合ってる」

「……ホント、エスパーかよお前は」

「正解?」

「百点だ」

「よし。流石、私……んぐんぐ」

 

 満足そうに頷きつつも手は全く止まらない。大きく切り取ったケーキをひょいひょいと口に運び、言った通りおよそ一分で皿を空にした。すげーなオイ。けっこうデカめに作ったってのに、物ともしねえ。

 

 教わった知り合い、っつーか井上曰く「手作りでも一週間くらい日持ちするよ」って話だった。だから万が一胃が弱ってたりしたら、備え付けの冷蔵庫にでも突っ込んどいてちょっとずつ食ってくれればいいか、とか思ってたんだけど、食欲魔神のコイツの前じゃ一分の命か。入院患者にナマモノってどうなんだ、とか地味に悩んだのは、完全に無駄だったな。

 

「ふぅ、ごちそうさま。とても美味しかった」

「お粗末さん。食器、下げちまうぞ」

「お願い」

 

 手元に用意してあったティーポットから紅茶を追加してやって、入れ替わりでケーキの乗っかってた皿を回収。遊子法典で食後の皿を放置するのが禁止されてるせいで、ほっぽらかすのも気が引ける。手近にあったスポンジと洗剤でザッと洗っとくか……成り行きで使用人みてえな真似しちまってる点はスルーだ。

 

「ねえ一護、ほんとに家に来ない? 使用人から私の遊び相手に格上げしてあげるから」

「ねえよ。俺の中じゃ五十歩百歩だ。諦めろ」

「それじゃ、私が一護の医院にいってあげる。目指せ、白衣の天使」

「アホ言え。お前いいとこのお嬢サマだろうが。大人しくエリートコースに進めよ、勿体ねえ」

「私は別に、一護と一緒なら……ふゎ」

 

 間の抜けた声が聞こえた。

 

 皿とフォークを洗い終わり、振り向くとリーナがとろんとした目でこっちを見ていた。全く、食ってすぐ眠くなるのは三歳児までだってのに、頭が良い反面コイツのこういうトコだけはガキっぽいままだ。

 

 早くもこくりこくりし出した危なっかしいリーナの手から紅茶のカップを取り上げ、ソーサーとティーポットと合わせて片付ける。

 

「眠ぃならさっさと寝ちまえ。食器は洗っといてやる」

「……終わっても、まだいる……?」

「いねーよ。お前が起きるまで長居できるほど、俺もヒマじゃねえし」

「……むう……一護、つれない」

「へいへい。何でもいいからもう寝ろ……来月の頭に、また来てやっから」

「……やく、そく……?」

「ああ、約束する。だから、大人しく寝ちまえ」

「ん……一、護…………すぅ」

 

 たちまちリーナは寝息を立てて夢の世界に入っていった。異常なまでに良い寝つきに呆れながら、紅茶セットを持ってキッチンへ。流しでサクサク洗いつつ、何となくリーナの振る舞いを思い出す。

 

 体力的に弱ってるせいか、SAOの中で見てたよりかなり丸くなったっつーか、雰囲気が柔っこい感じがした。らしくない申し訳なさそうな表情とか、笑顔とか、ああいうのを見てるとなんとなくやりづらい。元々病気で身体が弱ってたらしいから一気に全快ってワケにもいかねえだろうし、コレばっかりは気長に待つしかねえな。

 

 後ろで静かに眠るリーナを一度だけ見て、俺は目の前の洗い物に集中することにした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『――おっす。一護、リーナの様子、どうだったんだ?』

「自力でメシは食える程度だったから、前よりはマシな感じだ。歩行はまだ無理っぽいけどな」

『そっか。けど順調に回復はしてるんだな。良かったよ。あ、アスナの方はだいぶリハビリが進んでる。入学までには、松葉杖使って自分で歩けるようになるんだって、意気込んでた』

「松葉杖は腕の負担やべーぞ。腕の骨を上手く使って筋肉に楽させねえと、女の細腕じゃかなりキツい。ヘタクソな間はお前が付いててやれよ」

『言われなくても、可能な限り傍にいてやるつもりさ。にしても一護、詳しいな。流石、医者の息子』

「うるせえよキリト。つかオメーも筋トレしてメシ食え。俺より三か月早く戻ってるクセに、未だにウチの夏梨とどっこいの細さじゃねえか」

『ちゃんとジムでトレーニングしてるさ。逆に一護、お前はなんで目覚めて一か月半でその身体なんだ? どういうリハビリすれば、そんな細マッチョ体型になるんだよ。軍隊式訓練でもやってたのか?』

「一日で腕立て、腹筋、背筋、スクワット百回を十五セット。懸垂二十回を十セット。ランニング五キロを二セット」

『……それ、どこの特殊部隊の訓練だ?』

「俺のリハビリメニュー……の、ウォーミングアップだ」

『ははは、まさか。冗談下手だな一護』

「………………」

『……え、マジで? 本当に?』

「……わり、思い出したらなんか気持ち悪くなってきた。この話題、もう止めていいか?」

『おう。な、なんと言うか、その……お疲れさん』

「……ああ」

 

 リーナの見舞いから帰った俺は、自室のPCを使って桐ケ谷和人(キリト)と映像付きで電話していた。一か月前、ALOからログアウトする直前に奴が言っていた『ダイシー・カフェ』で再会して以来、たまにこうやって電話で軽く雑談を交わしている。

 住みが埼玉の川越ってことで、そう気楽に行ける距離にはない。今日の見舞いだって、都内でやってた模試の帰りだから立ち寄れたんだ。今やってる勉強がひと段落すれば少し遠出しても良いんだけどな。

 

「んで、キリト。例のアレ、《ザ・シード》とかいうプログラムをバラ撒いたのはお前って、ホントなのかよ」

『正確には、俺とエギルだけどな。俺がエギルに委託して、完全に危険がないことを散々確認してから完全フリーで世界中のサーバーにアップロードした。着々とダウンロード数が増えてるよ。ALOの方も解散したレクト・プログレスに代わる引き取り手が見つかったらしいしな。SAOとALOの二つの事件で潰えかけたVRMMOも、これで息を吹き返したって感じかな』

「別にVR復興は大いに結構な話なんだけどよ、便利だし。けどアレの出処、茅場のコピーAIなんだろ? すげー危ねえだろうが」

『大丈夫、エギルがコネをフルに活用してソースコード一文字単位で検証したらしいから。にしても一護、相変わらずの茅場嫌いだな。奴も今頃、あの世で苦笑いしてるだろうさ』

「あの世で苦笑いだ? ンな余裕ブッこいてたら、俺が地獄まで行ってもう一回殴り飛ばしてやる。死んでもAIになって生き続けるとか、しぶといにも程があるっての」

『まあ、奴らしいと言えば奴らしいけどな』

 

 しかめっ面でぶっきらぼうに答える俺を見て、キリトは苦笑した。

 

 SAOで自分が得たものよりも家族や友人にかけた心配と迷惑の方が大きかったと感じる俺と、現実で失ったものよりも仮想世界で得たものを尊重するキリト。この辺は何度話そうがどっちも折れることがない主張の食い違いで、それが茅場への感情に繋がっている。だからこそ俺がログアウトした後、キリトは茅場の思考をコピーされたAIとかいうヤツに出会い、そこで《ザ・シード》を託されたのかもしれない。

 

 けどまあ、別にどっちが間違ってるとかいう話でもねえし、それが喧嘩の種になったこともないから、お互い「まあそう考える奴もいるだろう」って折り合い付けてやっている。実際、今の社会の中の雰囲気もそんな感じだしな。行きたい奴が仮想世界に行って、行きたくなきゃ現実に居ればいい。

 俺も茅場が気に入らねえってだけで、仮想世界そのものは面白いと思ってるし、あそこで得たもの、培ったものは今でも鮮明に記憶に残ってる。冷静に考えりゃ、仮想空間自体、やろうとすれば無限に世界を拡張できるすげえ技術なワケで、その可能性はゲームに留まらない。それが分かっているからこそ、二度とやるかと言いつつもSAOのプレイヤーデータはまだ俺の手元に残したままだ。いつか、必要になる日が来るかもしれない気がしたから。

 

『ただいまー。お兄ちゃん夕飯どうする……って、あれ? 一護さんだ。こんにちは』

「よお、リーファ……じゃねえ、直葉だっけか」

 

 キリトの背後からひょっこり顔を出したのは、奴の妹の桐ケ谷直葉(リーファ)だ。中性的で線の細いのキリトとは似ても似つかない勝気そうな瞳に、たつきに似た体育会系の鍛えられた肢体。部活から帰ったのか、手には鞄と竹刀袋が握られている。

 

『うん、久しぶりー。あ、そう言えば世界樹攻略の時にいた領主三人が「一護君は戻ってこないのか?」って寂しがってたよ。特にアリシャが』

「あのネコミミ女が? 当分ALOには行かねえよって言っといてくれ。仮にも受験生だ。そうホイホイとゲームできる身分じゃねえんだよ」

『えー、残念。あたしも一回ALOで手合せしてほしかったのにな』

『ていうか一護、お前受験勉強の息抜きでSAOに入ったんだろう? 受験生の身分なのにゲームしてたじゃないか』

 

 キリトに痛いところを突かれ、一瞬言葉に詰まる。二年前の自分に月牙をブチこんでやりたくなる気持ちを抑え込みつつ、しかめっ面二割増しで言葉を返す。

 

「うっせ。あの頃は志望校の偏差値的にけっこう余裕があったんだよ。今じゃ合格判定ガタ落ちしてギリCランクだ。死ぬ気でやって、元に戻さねえとヤベえの」

『そう言えば、一護さんって医学部志望なんだっけ? 二年以上ゲームに拘束されててもC判定って、結構すごいんじゃない?』

「前はAプラスだったんだよ。それに、あんだけ勉強から離れてても、英語とかの語学系と理科の理論系はわりと覚えてたしな。暗記科目さえ勘が戻れば、どうにかなりそうだ」

『おぉー、天才肌なのに見かけによらず勉強熱心。あたしも見習って理数系勉強しないとなー』

「おい桐ケ谷妹、一言多いっての」

『てへっ、はーい』

 

 おちゃらけた直葉は、お風呂入ってくるーと言い残して画面から消えていった。湯船沸かしてあるからなーと呼びかけ、妹の後ろ姿を見送ってから、キリトはこっちに向き直った。

 

『んじゃ、一護。そろそろ切ろうか。五月にあるオフ会、考えておいてくれよ。出来ればリーナと一緒にさ』

「奴が車いすで外出できるまで回復してて、かつ俺の偏差値が上がってたらな」

『ああ、そうなってくれることを願ってるよ。それじゃ、また』

「おう、またな」

 

 通話終了ボタンを押し、PCのモニターの電源を落とす。

 

 一気に静かになった室内でうん、と伸びをしてから、ふと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 

 ――家の中にはゼロ。

 

 ――ウチから二十メートルんところに一体。多分浮遊霊。

 

 ――近所の喫茶店のあたりに二体。コイツらは一週間前からいるし、そろそろ地縛になっちまいそうだな。この辺の担当は確か竜之介だったハズだ。まーた魂葬サボりやがって……後で志乃にメール投げとくか。

 

 目を開け、大きく息を吐く。最近になってやっと霊知覚がマシになってきた。集中すれば霊の気配をなんとなく辿れるようにはなっている。

 最も、この前俺の霊知覚を見てた親父曰く「一般隊士のレベルに毛が生えた程度。俺からすりゃ耳クソレベルだな」ってコトらしい。ムカツクが真実だし、エルボーを奴の顔面に一発ブチこんで溜飲を下げた。

 

 窓の外を見ながら、ぼんやりと物思いにふける。

 この二年三か月の間、全く感じることのなかった人の霊圧が、外でうろうろする霊の気配が、当たり前のように感じられる。生きてて別にありがたいとも思ったことのない霊感体質。それが当たり前に機能することで、俺が今いるここが「現実世界」なんだと実感できる。それくらい、あの仮想世界での戦いの日々は、リアルだった。

 

 本気で命を賭けて、戦って、身体を鍛えて、仲間と一緒に上を目指し続けた二年間。

 

 第二の仮想世界に閉じ込められ、今度こそ現実に帰るためにと奮戦した、人生で一番長く感じた一月二十二日。

 

 その全部があって、今の俺がある。

 

 だから、この現実にいる「俺」と、普通に受験して大学に進んでいた「俺」は、きっと全然違うと思う。

 

 それが良いことなのか、悪いことなのか、今の俺には分からねえ。

 

 ……けど、この経験を将来に向けて活かすか殺すかは、今の俺にしか出来ねえ選択だ。

 

 

 かつて「私には未来が視えている」と言った奴に対し、俺の仲間は「未来というのは変えられるものだろう」と返したそうだ。

 

 奴の他のトコは気に入らねえけど、その一言だけは賛成だ。

 

 

 変わらねえのは、自分の過去だけ。

 

 未来も現在(いま)も、自分の意志で変えられる。

 

 運命なんて、この手で砕いて進んでやる。

 

 砕けねえなら、右手に刃を握る。

 

 それでも駄目なら、左手で仲間の手を取る。

 

 右手の刃で、仲間を護りながら。

 

 そうやって俺は、今まで戦ってきたんだ。

 

 

「――さて、勉強すっか。とりあえず今やってるテキストは、今週中に仕上げちまわねえとな」

 

 気分を入れ替えて、俺は机に向かう。イヤホンを耳に押し込み、ペンを取り、ノートを開き、テキストの問題を睨みながら、黙々と解き進めていく。

 

 

 耳に流れるジャズロックの音が、やけに大きく聞こえる気がした。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

身体が弱ったせいで態度が少しやわっこい、素直なリーナさんでした。次章ではその分のぶり返しがあったりなかったり……。
なお、この時一護が作ったガトーショコラの師匠に会いに行きたいとリーナが言い出し、退院祝いの行先が決定。その結末が前作の最終話です。


……以上で、第一章・ALO篇『魔法と芸術は似て非なるもの』完結になります。
お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。

今作はこんな感じで、一章十万字前後のボリュームで書いていけたらと思っております。文庫本一冊分と同じ文量で、丁度いいですからね。


次章は鬼門のGGO篇になります。
果たしてどうなることやら……不安ですが、拙い筆を動かして頑張って書いていきます。


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