Deathberry and Deathgame Re:turns   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十話です。

よろしくお願い致します。


Episode 10. From my Mind -Deathberry Returns-

「――斬月!!」

 

 二年ぶりに()ぶ、俺の斬魄刀。

 

 その銘を叫び、同時に柄の形に握った右手を頭上高くに振り抜いた。霊圧の再現なのか、身体を取り巻く青白い光がそれに従って天高く逆巻き、俺の周囲を埋め尽くす。

 

 リーナが今このALOに囚われていて、それを須郷が玩ぶと宣言した瞬間、俺の怒りが天井をブチ抜く勢いで爆発した。その勢いのまま似非《禁》とプログラムによる何ちゃら固定を引き剥がし、多分浦原さんとの修行の記憶を抽出したらしい記憶実現に合わせて、斬月の名を呼んだ。

 

 勝算なしの行き当たりばったり、ってワケじゃねえ。

 

 キリトが奴から引き出した「脳裏に強く描けば力が手に入る」って言葉。記憶実現プログラムが暴走している今、その言葉が誇張じゃなければ、この場に限って俺は自分自身の記憶を、何年も使い続け、奴が妄想とあざ笑った死神の力を、この場に召喚できるはずだ。そう信じ、俺はこの世界に来て失った力を求め、叫んだ。

 

 徐々に周囲の光が落ち着いてくる。同時に手に宿る、硬く、重い、懐かしい感触。高一の夏、初めて自分の斬魄刀を手にしたときに感じた。今でも忘れることのない、晒巻きの鋼の柄、その手触り。

 

 

  久しいな、一護――

 

 

  ッたく、相変わらずテメエは駄目だな――

 

 

 懐かしい二種の声が頭ン中に響く。さっきもこの空間に轟いた、何事にも動じない静かな重低の声。それと、俺の声を機械処理にかけたみたいな、ザラついた声音。

 

 斬月。

 

 二年前の夏に、二刀に分かれた俺の斬魄刀。その一番最初の姿だった、鍔もハバキもない出刃包丁型の大太刀が、俺の手の中に再び宿っていた。

 

 光が落ち着き、視界が鮮明になる。それに合わせて俺は斬月で宙を斬り払い、真っ直ぐに須郷を睨む。無数の騎士の手を従えた姿はさっきと変わんねえが、そこにさっきまでの炎の大剣はねえ。急に復活したキリトが似非黒棺(ブラックボックス)やら《自動防御(イージス)》やらと一緒に消したらしいことは分かったが、何をどうやったらああなるのかは検討も付かない。いっそ手ごと消してくれりゃ良かったのによ。

 

 そのキリトは俺から少し離れたところで、驚きの表情でこっちを見ている。手にしているのはさっきまでの大剣じゃなくSAOで末期に振るっていた《エリュシデータ》に良く似た、っていうかそのまんまの片手剣だ。そう言やさっきシステムコマンドとかいうのを叫んだ後にその名前を呼んでた気がするな。何なんだ、こいつにも斬魄刀的なルールが適応されでもしてんのか。

 

「一護、お前その刀は、一体……?」

「細けえことは気にすんな。訊きてえことがあるのは分かるが、後で全部まとめて話す。今は、こいつをぶった斬るのが先だろ」

「……ああ、そうだな。その通りだ」

 

 (かぶり)を振って気持ちを入れ替えたらしいキリトは、下段すれすれの低い位置で片手剣を構える。キリト特有のガチの対人戦用の構え。懐かしいそれを真横で見せられて、自然と俺の構えにも力が入る。

 

「……ふ、はは」

 

 ふと笑い声が聞こえた。

 

 見れば、驚きに硬直していた須郷が復活し、小馬鹿にした目でこっちを、いや俺の斬月を見ていた。

 

「はははっ! 何だいその粗末な刀は!! 派手なライトエフェクトが発生したからどんな業物が召喚されるかと思っていたが、その程度の貧相な造りが限界とはね!! 拍子抜けもいいところだ。見事に君のボンクラっぷりが表れているよ一護君。全く、そんな(ナマクラ)で僕の実現した強さに対抗できるワケが、ないだろっ!!」

 

 嗤い混じりそう言い放ち、須郷は右手を上空にかかげる。それに合わせて周囲に控えていた腕が動きだし似非虚閃の体勢をとる。掌だけで一メートルはありそうなソイツらを見ながら、俺は身構えるキリトに視線を向け、

 

「わりぃキリト。最初の一撃だけでいい、下がって離れててくれ」

「はあ!? なんでだよ! あれだけの手数だ。ここは二人でターゲットを分散させながら接近して、レーザーの間合いの内側に潜り込むのがセオリーのはずだろ!」

「それでも、頼む。なんせ二年ぶり(・・・・)だ。元からする気もねえけど……」

 

 渋るキリトを尻目に、斬月にゆっくりと意識を集中させる。同時に霊圧を刃に喰らわせると、それまで重く静かだった斬月がギリギリと音を立てて軋み、いや鳴き始め、

 

「……多分、手加減できねえ!!」

 

 瞬間、刀身が炸裂したかのように霊圧を噴き出した。

 

 さっきまで俺が使っていた炎に似た、けどそれ以上の圧と密度を持った青白い光の波が、轟々と轟き俺の周囲を荒れ狂う。それを見て俺の意図するところを悟ったのか、キリトは血相を変えて飛び退り、拘束されたままのアスナの前に立つと、

 

「――システムコマンド! スキルID《イージス》を召喚(ジェネレート)!!」

 

 剣を床に突き立て両手を前に付き出す。直後に純白の盾が一瞬キリトの前面に展開された。何で奴がイージスを……いや、細けえことは捨て置け。ナイスだキリト。これで、余波(・・)が行っても問題ねえ。躊躇いなくブチかましてやる。

 

 今まさに虚閃の連弾を放とうとする騎士の手の軍勢をガッチリ見据え、斬月を大きくテイクバック。大きく息を吸い込んで、

 

 

「――月牙天衝!!」

 

 

 一歩踏み込み、フルスイング。解放された巨大な斬撃で、須郷の上に蔓延る腕共の虚閃を、腕本体ごとまとめて斬り裂いた。轟いた爆音が鼓膜を破らんばかりに叩き、衝撃で胴が圧されるのが分かる。

 

 懐かしい、身体の内側に渦巻く霊力を叩きつけるこの感じ。霊圧がビリビリと肌を灼くこの威力! ソードスキルの《残月》じゃねえ、本物の斬月、月牙の感覚だ!!

 

「ひっ!? い、ぎゃあああああァァァッ!!」

 

 爆煙立ち込める視界の奥から、裏返った悲鳴が響いた。視界が晴れてその先を見ると、そこには右腕を失い、喚きのたうつ須郷の姿があった。斬撃の直前、コッチに背ぇ向けたのが見えたんだが、どうも逃げ遅れたらしい。

 

「ァッアギャアアアアァァ!? う、腕が! 僕の腕がぁああああ!! いぃ痛い! 痛い痛イ痛イタ痛い痛いいいいイィィィ!!」

 

 毒々しいくらいに真っ赤なエフェクトを傷口からまき散らし、泥棒の王と喝破された男は狂ったみてえに叫び続ける。それから一瞬たりとも目を離さずに、俺は斬月を担いでゆっくりと歩を進めた。

 

「ヒッ!? ヒッ、ヒイイイイイイィィッ!!」

 

 悲鳴を上げながら、須郷は新しい騎士の腕を生成した。パニクってるせいか、端々の造形がバグったみたいに乱れ歪んじゃいるけれど、その矛先は依然俺に向けられている。

 

 それを見ていると、「こんなヤツに、リーナやアスナ、他の連中はとっ捕まってたのかよ」という怒りがこみ上げてくる。心の奥底から怒りがグラグラと湧き立ってくるのを感じたが、不思議と身体は普段同様、いやそれ以上に冷静だった。

 

 戻ってきた死神の力に内心で浮かれていた一瞬前の浮つきは消え、莫大な力が馴染んだみてえに静かに動く。この仮想の身体が、俺自身が、二年ぶりに死神として『戦う自覚』を掴んだんだ。そう感じつつ、向かってくる腕目掛けて斬月を振り下ろした。

 

「――よお、どうだよ須郷。テメエが妄想と蔑んだ力で、ナマクラと嘲笑った刀で、腕を丸ごとブッ飛ばされた感想は」

 

 次々向かってくる腕を叩き伏せ、斬り飛ばし、歩みを止めることなく須郷に向かっていく。一歩近づくごとに、須郷の顔に浮かぶ戦慄の色が、濃くなっていくのが分かった。

 

「テメエが俺の記憶をどう思ってようが、正直どうでもいい。けどよ、たとえこの身体が仮初でも、そこに再現した力が似非物でも! 仲間を護るこの魂は! テメエを斬ると誓った覚悟は! 紛うことのないホンモノだ!! 盗品で飾り立てた偽の世界で満足してる、テメエなんかに……絶対、負けるワケにはいかねえんだよ!!」

 

 最後の腕の一団を袈裟切りで両断し、俺は須郷から数メートルのところに立つ。ようやく立ち上がった隻腕の罪人目掛け、斬月を大上段に振りかぶって、

 

「終わりにするぜ、須郷――月牙天衝!!」

 

 月牙を撃ち放った。蒼白い三日月の斬撃が、一直線に須郷の痩身目掛けて襲い掛かり……その直前で爆散した。

 

 まだなんか隠してやがったか。舌打ちしつつ第二撃を叩き込もうと、俺はもう一回斬月を振り上げる。が、三撃目の月牙を放つ前にその爆炎の向こうから無数の光弾が殺到。咄嗟に《音速舞踏》いや瞬歩でその場から後退する。

 

 その先にあったのは、さっきまで俺らに向かってきていた騎士の腕に似た、光の腕の群れだった。大きさは二回りくらい小さくなってるが、代わりにその一本一本が何かしらの武器を携えている。遠距離戦じゃ俺の月牙に撃ち負けるからって、守護騎士共と同じ、数の暴力の接近戦に切り換えやがった。片腕もがれたクセに、しぶとい野郎だ。

 

「ひ、フふふヒひひヒヒひ!! もう知るか! 感情制御も脳内凌辱も全部どうでもいい!! お前ら全員ここで殺す! 今殺す! 死ね!! 死ねシネしねよ!! 妖精王最大の御業、【珀式神腕(ヘカント・アルマーテ)】を受けて、激痛に切り刻まれて死ねばいいんだああああアァァッ!!」

 

 激痛とプレッシャーに負けて頭がイカレたのか、きったねえ唾をまき散らしながら須郷が狂笑する。その上にひしめく光の腕、手にした無数の武器の矛先が、揃って俺に向くのが見えた。

 

「月牙天衝!!」

 

 溜め無しで月牙を撃ち、光の腕の群れに風穴をブチ開けた。が、すぐに周囲から集まって来て補充される。続けて叩き込んでも一撃で数十消せる程度。都合よくまとめて全消しってワケにはいかねえかよ。

 

「ひはははハハハははッ!! 死ネクソガキ共ォ!!」

 

 狂ったトーンで須郷が殺戮を命じ、光の腕が一斉に武器を振り上げ襲い来る。剣、槍、鎚、刀。あらゆる武器が八方から殺到する。

 

「一護ッ!!」

 

 キリトの切迫した声が聞こえる。多分、全力で回避しろとか、そんなことを思ってる感じだ。ああそうだ、フツーの俺なら、とっくに動いてるっての。

 

 けど、絶対に後ろには行かねえ。

 

 避けんのも、受け止めんのも、退くのも真っ平御免だ。

 

 ここで受け身に出たら魂が(すた)る。言ったハズだ。決して立ち止まるなと。言われたハズだ、前を見ろと。恐怖なんざ最初(ハナ)からねえ。正面きって進んでこそ死神代行(オレ)だろうが!!

 

 左脚を一歩前に出す。重心をめい一杯沈める。右手一本で正面に突きつけるように斬月を構え、左手は右の手首にそえる。

 

 出来る保障はドコにもねえ。けど、今の俺なら、仮想の身体でも死神の力を取り戻した俺なら、出来るはずだ。斬月を再現しきってる今だったら、あの力(・・・)もきっと備わってる。

 

 襲い来る光の軍勢。それから目を逸らさず、一回深呼吸。

 

 そして、さっき以上に大きく息を吸い込んで――、

 

 

「――――卍・解!!」

 

 

 斬月を、解放する!

 

 二度目の霊圧の柱が俺を覆い隠し、斬りかかってきた腕共を一瞬押しとどめた。巻き起こった風が竜巻になって、俺の周囲を高速で旋回する。

 

 高密度の霊圧と旋風に阻まれて敵の動きが止まり、けれど再び動き出す。

 

 その時にはもう、俺の手の中には――!

 

 

 

「――天鎖斬月!!」

 

 

 

 鎖をなびかせる漆黒の日本刀の柄が収まっていた。

 

 跳躍し即座に何十と閃かせ、寄る全ての腕を叩き斬る。サクヤの疑似千本桜よりも単発の威力は上かもしれねえが、的がデケえ上に速度は格段に鈍い。卍解の速力で十二分に迎え撃てる。

 

 残滓さえも残さず斬り払い、黒いコートをはためかせて俺は着地した。

 

 無傷の俺を見て、須郷はヒィッと情けねえ声を上げながら、隻腕を振りかざす。また光の腕を召喚する気なんだろーが、二度目はねえよ。なんせ、

 

「――システムコマンド! スキルID《ヘカント・アルマーテ》を削除(デリート)!!」

 

 理屈不明のデタラメ技を使える、キリトがいるんだからよ!

 

 いつの間にか須郷の背後を取っていたキリトのコマンドが一瞬で完成。予想通り、名前が分かってりゃ相手の武器とか魔法を自在に操作できるらしいアイツのコマンドに従って、周囲に展開していた残りの光の腕が一瞬にして消滅した。

 

 そのままキリトは急加速。剣を矢のように引き絞り、真紅の光を纏ったそれを、

 

「――ぉおおおおオオオオオォォッ!!」

 

 裂帛の気合と共に突き込んだ。さっきの虚閃以上の圧力と速度で撃ちだされた一閃が須郷の残った左腕、その肩に寸分の狂いなく着弾した。付け根の部分から爆散し、須郷は悲鳴すら上げることもできず、十メートル以上向こう側へ吹っ飛ばされる。

 

 床に叩きつけられ、痙攣している自称神サマの身体を一瞥し、今度こそトドメと天鎖斬月を構える。と、横にキリトが並び立ち、

 

「――システムコマンド。廃棄(トラッシュ)ストレージを検索、オブジェクトID《ダークリパルサー》を召喚(ジェネレート)

 

 最後のボス戦で振るっていた白い刃の片手剣を召喚。正真正銘、全力の二刀流スタイルを発現した状態で、俺と同じように須郷に向けて双刃を構えた。

 

「……最後は直接、自分の手で決着(けり)を付ける。元はと言えば、俺がアスナを救出するために始めた戦いだからな。けじめはちゃんとつけるさ」

「そうかよ。んじゃ、せいぜいミスんじゃねえぞ。しくったらオメーごと斬るからな」

「そっちこそ」

 

 視線を合わせることなく言葉を交わし、互いの獲物に力を籠めた。

 

 キリトが手にした二振りの剣が青白い輝きを放ち始める。この世界にはねえはずのソードスキル特有の光を放出しながら、左の白剣を後方へ、右の黒剣を前方にかざす。

 

 それを視界の端で捉えながら、俺も天鎖斬月に全霊の意識を込め、卍解特有の赤黒い霊圧を刃に集束させる。猛り逆巻く霊圧を刀身に纏わせながら、俺は目の前で狼狽えるクズ野郎を見た。

 

「ひ、ひぁ……ひいいいぃぃ……!」

 

 蹴飛ばされた体勢から何とか立ち上がってはいるが、召喚の指揮棒となっていた両腕を失い、意味を成さない言葉と涙を垂れ流しながらフラついているだけ。もう、抵抗力はカケラもない。この一撃で、ホントに終わりだ。

 

 危うく感傷に浸りそうな精神をねじ伏せ、天鎖斬月の鎖を揺らす。硬質な澄んだ音が、やけにはっきり響き渡る。小さなその残響が消えた直後、俺たちは同時に地を蹴った。キリトは地を低い体勢で疾駆し、俺は瞬歩で宙を駆ける。

 

 瞬く間に距離がゼロになり、刹那、世界がスローになる。痛みと恐怖と涙でグズグズになった、須郷の血走った目。焦点のあっていない奴の目と俺の視線が交差した、その直後、

 

「これでええええええええ――――ッ!!」

 

 キリトの双剣が胴を斬り裂き、

 

「――終わりだああああああアアァッ!!」

 

 俺の月牙が首を刎ね飛ばした。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 胴を消し飛ばされ、首を霊圧で灼かれた須郷は、拡声器から鳴り響くハウリング音みたいな耳をつんざく絶叫を残し、燃えカス一つすら残すことなく焼き尽くされ消えていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「アスナ……ッ!!」

 

 須郷の消滅を確認するなり、キリトは鎖に囚われっぱなしのアスナのもとに駆けて行った。つか、まだ宙吊りにされたまんまだったんだな、アイツ。俺が須郷とタイマンはってる間に助けときゃ良かったじゃねえかよ。戦い終えて冷静になった頭でツッコみつつ、涙お頂戴のシーンを見せつけられねえように、瞬歩で上空に飛んだ。

 

 懐かしい空気を踏みしめる感覚を味わいなからキリトたちから遠ざかり、周囲に展開された壁の前、プレイヤーネームが無数に表示されてるその一か所の前で立ち止まった。

 

 須郷が消えたせいか、もう恐怖(Terrer)なんて物騒な単語は表示されてない。その代わりに『Lina:Sleep』の簡潔な一文だけが、淡い白色で示されていた。

 

「……ったく、なんでお前まで捕まっちまってンだよ。あん時、現実世界で会おうって言ったじゃねえか。なのに、こんなヘンテコな形でまた会うとはよ」

 

 締まらねえよな、と呟き、苦笑する。

 

 返事が返ってくるわけでもねえけど、その落ち着いた無機質なネーム表示を見ていると、あの大食らいの白髪剣士が呑気に昼寝している光景が脳裏に浮かんできて、少し、安心できた。

 

 不意に、視界の端、壁に表示されたネーム一覧の端っこが光ったような気がした。そっちを見てみると、一番上の方から表示が睡眠(Sleep)から離脱(Log out)に切り替わっていってる。保守室で須郷の手下っぽいのを脅して吐かせた通り、須郷の消滅が幽閉された連中の解放の鍵になってたみてえだ。

 

 あと少しで、俺も現実世界に帰れる。そう思うと、これまで仮想世界で過ごした時間がどんだけ長かったかを、改めて痛感した。

 

 二年の間、SAOで戦い続け。

 

 三か月近くを眠ったまま過ごし。

 

 仮想世界に来て一番長い日を乗り越えて。

 

 たった今、元凶を打ち倒し。

 

 

『――そして、ようやく死神の力を取り戻した』

 

 

 突然、横から声が響いた。

 

 ゆっくりとそっちを振り向く。そこには、黒いマントを羽織った髭面の男が立っていた。薄い色のサングラスに覆われた目元はよく見えなかったが、その奥にある双眸が俺を見ているのが感じ取れた。

 

「……よお。久しぶりだな、おっさん」

 

 二年ぶりにそう呼ぶと、おっさんは、ああ、とだけ答え、そのまま前を向いた。同時に、俺を挟んでおっさんと反対側にもう一つ新しい気配が出てくる。

 

『――やれやれ。二年経っても甘チャンなのは変わんねえなオイ。テメエを閉じ込めた張本人だぞ? 生まれてきたことを後悔させるぐらい、ギッタギタに嬲り殺しにしてやれよ。ツマンネエな』

「うるせえよ。生憎、よえー奴をチクチク嬲るタチのわりぃシュミはねえんだ。テメエと違ってな」

 

 やっぱり出てきたのは、俺を白黒反転させた見た目の、白肌の男。虚特有の金色の瞳は相変わらず暴力的な感情に光り輝き、口元は他人をバカにした笑みの形に裂けている。

 

『ハッ! そんなんだと思ってたぜ一護。相変わらず、ムカツクぐらいの良い子ちゃんだな。これならやっぱ、テメーが現実で呑気にグースカ寝てる間にブッ殺して、俺が王の座を奪い取れば良かったぜ。そうすりゃ、こんなオモチャみてえな世界、全員まとめて皆殺しにしてブチ壊しにできたのによぉ』

「適当言ってんじゃねえぞ。本気でそう思ってたんなら、とっくにマジで俺を殺してるハズだ。それが出来なかったからここにいんだろうが。黙って消えろ、鬱陶しい」

『つれねえなあ。オイ相棒、アンタからも何か言ってやれよ』

 

 そう言って、白い俺はヒッヒと引きつるようにして笑った。話を振られたおっさんはそれには答えず、ただ黙して頭上を向き、ログアウトしていくプレイヤー連中の様子を静かに見ていた。

 

 俺はおっさんの方を向き、一つ、気になっていたことを尋ねた。

 

「なあおっさん。アンタは、いやアンタらは、俺の記憶から再現された、ただの複製なのか? それとも、現実でずっと一緒に戦ってきた、斬月そのものなのか?」

『……さあな。私は斬月の片割れ。そこにいる奴も同様。死神であるお前の斬魄刀であり、力を具象化した存在。それ以上でも以下でもない』

「やっぱ、そうくるかよ。アンタの分かりにくさも、相変わらずだな」

 

 要はちゃんと答える気がないってことだ。けど俺には、おっさんが言外に「経緯などどうでも良い、ただ私たちがここにいるという現実だけで十分だろう」って言っているような気がした。

 

 ……ただ、と、おっさんが付け加えるようにして口を開き、

 

『もし、私が本物(・・)の斬月であったなら、この仮想の世界で眠りから目覚めようとしているお前に、声をかける程度のことはしただろうな』

「……何だよ。結局そうなんじゃねえか。最初っからそう言えってのに」

『さて、何のことだかな』

 

 そう言うとおっさんはマントを翻し、ゆっくりとその姿を闇に溶かし始めた。同じように、白い俺の方も足元から崩れていき、その姿かたちを失っていく。

 

「……じゃあな、斬月。現実世界(向こう)で、また」

 

 二人の姿が消える前、俺は短い別れの挨拶を投げかける。おっさんは微かな笑みを浮かべ、白い俺はヒッ、と笑い、何も言葉を返すことなく消えていった。後にはさっきまでと同じ、プレイヤーネームが羅列された壁が囲む、殺風景な空間が残っている。俺はもう一度リーナのネーム表示に向き合い、そのまましばらく黙って立ち尽くしていた。

 

「――おーい、一護!」

 

 どれくらい経ったか、下から俺を呼ぶ声がした。見ると、アスナと一緒にいたはずのキリトが独りきりで俺に手を振っている。宙を蹴って地上に降り立ち、俺は黒衣の剣士と向き合った。

 

「アスナはどこいったんだよ」

「ついさっき帰ったよ。二年ぶりの現実世界に」

「そうか。まあ、須郷に野郎には相当ムカついたが無事にブッ倒せたし、俺自身含めて他の連中も解放できたし、アスナと、ついでにリーナも救出できたし、万々歳って言っていいんじゃねえか」

「……ああ、そうだな」

 

 キリトはそう言い少し躊躇ったあと、不意に居住まいを正すといきなり俺に頭を下げてきた。

 

「き、キリト? テメエなんだよ急に」

「ありがとう、一護。お前がいてくれたおかげで須郷を倒し、アスナを救い出すことが出来た。俺一人じゃ、きっと力が足りなかった。けどお前が、茅場を倒しSAOをクリアしたお前がいてくれたから、俺はここまで来れた。本当に……ありがとう」

「…………はぁ?」

 

 マジのトーンで、俺は疑問の声を上げた。いや本当に、心底、なんで「力が足りなかった」のか分からねえ。分からねえから、頭を下げ続けるキリトに近寄り、その胸倉を掴んで引き起こした。

 

「あのなぁ、俺がこの事件でやったことなんかたかが知れてんだろーが。ちょっとサクヤたちの素材調達の手間を省いて、ちょっと世界樹攻略を楽にして、須郷との戦いに加勢した。そんだけだろ。しかも須郷の戦いに関しちゃ、俺がいたせいで奴が強化されてた感があったし、むしろ俺はマイナス要素だ」

「い、いやでも……」

「でももしかしもねえんだよボケ!」

「うゴッ!?」

 

 空いた手でキリトの頭を小突き、しかめっ面二割増しで俺は言葉を続ける。

 

「テメエがやったことを考えろキリト。アスナの情報を掴んで、ALOに一人で潜入して、ユージーンをブッ倒して、サクヤたちに資金提供して、世界樹突破して、開かないハズの天蓋を空けて、理屈はよく分かんねーけど須郷の無敵状態まで解除した。こんだけやっといてまだ力が足りねえとか、寝言も大概にしとけよお前。

 SAOをクリアしたのが俺なら、このALOを『浄化(クリア)』したのはキリト、テメエの力だろうが。頭下げてねえで、むしろ胸張れよ」

 

 そこまで言って掴んでいた手を放してやると、キリトは少し呆然とした表情を浮かべていたが、やがて柔らかい笑みに形を変えた。

 

「……少しだけ、実感できた気がする。俺と一護の強さの差。その理由の一つ。仲間と『一緒に戦ってる』かどうかなんだ」

 

 なんだそりゃ、と俺が訊き返す前に、キリトは落ち着いた声で言葉を続ける。

 

「世界樹攻略戦を思い出したんだ。あの時、俺はリーファと一緒にいた。彼女に背中を預けていても、俺の気持ちはずっと天蓋の上、アスナの居場所に向いていた。だからリーファの剣を手にしても、武器を失った彼女のことを置いて、単身で頂上目掛けて突っ込んでいけたんだよ。

 けれど一護、お前は違った。お前の周りには仲間がいて、一護はその仲間と力を合わせていたんだ。敵軍に突っ込み続けていた俺からでも、一瞬見えたよ。ユージーンがお前の力を高め、サクヤがお前の進路を開き、アリシャがお前を頂上近くに送り届けたのが。ギリギリまで仲間と一緒に戦い抜き、最後はその思いを一身に背負った斬撃でケリを付けた。

 仲間と『一緒にいる』だけで自分の力にばかり目が行く俺と、仲間と『一緒に戦い』信じた上でその全てを護ろうとするお前。どっちが強いかなんて、考えるまでもなかったんだ。だからこそ、須郷との戦いの中で俺が諦めかけてた一方で、お前は抗い続けて自分の力で戒めを解いた。奴を斬った一護じゃなく俺に助け(・・)が来たのは、多分そういうことなんだろうな……」

 

 最後の方は尻すぼみで、よく聞き取れなかった。けどその前に、キリトは首を振って表情を引き締めると、

 

「一護、須郷が妄想とかぬかしたお前の記憶。SAOでも時々見聞きした、お前の記憶の断片らしき技やアイテム。アレ……全部現実、なんだろ? 一護が生きてる世界には、ああいうものが跋扈してる。お前の並外れたスタミナと度胸の源は、多分そこにあると俺は考えてる」

「あ、いやそれは……」

 

 今度は俺が言い淀む番だった。

 

 迂闊に「はいそうです」なんて言えねえし、真っ向から否定すれば妄想野郎確定だ。いやでもキリトに霊感がねえと仮定してどっちが信じられるかっつったらやっぱ後者か……?

 

 なんて俺が考えていると、キリトがプッと吹き出したように笑った。

 

「そんな難しい顔をするなよ一護。心配しなくても、問い詰めたりはしない。と言うか、説明されても俺自身、理解しきれる自信がないんだ。他人の過去とか記憶とかに、そこまで深く突っ込んだことがないからさ。だから、訊かないんじゃなくて、訊けない、が正しいかな」

 

 アスナも多分、同じこと思ってるはずだ。そう付け加え、キリトはその黒い瞳で真っ直ぐに俺を見た。

 

「だから一護。この場では訊かない。けどいつか、俺がそれを理解できる強さを身に付けることができて、お前の強さに追いつける日が来たなら、その時改めて訊きに行くよ。あ、妄想でした、なんて言葉で済ませようとするなよ? お前の嘘のヘタクソさは、リーナじゃなくても俺でも充分に分かるんだからな」

「……好き勝手言いやがって。勝手にしろよ」

「ああ、俺の勝手にするよ」

 

 そう言いて、互いに笑みを交わす。他人と必要以上に距離を詰めたがらないキリトが、真っ向から俺に向かってそんなことを言ってくる。そんなコイツを見ていると、もしコイツが自分が言った通りに成長したなら、話してやってもいいかな、なんて少しだけ考えちまう。そう思うくらい、奴の黒瞳には真っ直ぐな意志が籠っていた。

 

「……さて、お互いそろそろ帰ろう。特に一護は二年三か月ぶりの帰還だ。早く戻って家族を安心させてあげた方がいい。それと、落ち着いたら御徒町の『ダイシー・カフェ』に顔を出してくれよ。現実世界でエギルがやってる店だ」

「ああ、気が向いたら行ってやるよ。オメーもさっさとアスナの見舞いにでも行ってやれ。用意周到なお前のことだ、どーせ病室はもう調査済だろ」

「当たり前だ。SAOから戻ってすぐに突き止めたさ」

「うわ、その行動の早さ、正直ちょっと引くぜ」

「うるさいな。これも愛の成せる技さ」

「物は言いよう、ってヤツだな」

「うるさいっての」

 

 最後に軽口を叩きあい、躊躇うことなく互いに背を向けた。

 

 左手を振ってウィンドウを開き、ログアウトボタンを選択。決定ボタンを押す前にもう一度だけ、目の前に広がる壁に視線を向けた。

 

 すでにリーナ含め、ほとんどのプレイヤーがログアウトしている。その後の思考のモニタリングもやってんのか、ほとんどの奴のキャラネームの横に『嬉しい(Happy)』の表示がある。

 

 無言で奏でられる歓喜の大合唱を見ながら、俺はログアウトを決定。身体が浮遊感に包まれ、視界が徐々に白んでいく。

 

 

 ――またな、リーナ。今度こそ現実で会おう。

 

 

 心の中でそう思い、アイツの名前が表示された辺りに視線を向けて、

 

「…………あのバカ」

 

 思わず苦笑した。

 

 四方八方を『Happy』で囲まれた中、素知らぬ顔してたった一文。そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 『Lina:Hungry』

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

トチ狂ってリミットブレイクしたスゴーさんでしたが、卍解一護と二刀流キリトに抹殺されました。メデタシメデタシ。


次回は現実世界に戻った後、ALO事件の顛末まとめになります。

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