赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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東西決戦 其の二

 

 照から手牌を引き継がれた咲は、まだ東一局だと言うのに熱気がぶつかり合っている卓上へと意識を没頭させる。無論だが突然この状況を引き継がれた訳では無い、背後から姉の一挙一動を見逃さず、自分の手番はどうするべきかと考えていた。

 しかし、場が十巡を越えてしまうと流石に手は煮詰まってしまう。晒した一二三筒の順子に加え東の暗刻、三四四六六七八筒と並んでいては、どうしても手変わりに限界がある。

 大勢はもう決しているか、入れ替わった憩とネリーはベタ降りになるだろう。必然的に自分と赤木の一対一になるが、赤木も自分と同じく相方の手牌を引き継いでいると言った点では咲にとって好都合だろう。

 あれが萬子の染め手である事は明白だ、どういう訳かチームの辻垣内智葉は恭子の迷彩をいとも簡単に曝け出させ、加えて姉との連携を以て恭子を苦しめている。こればかりはご愁傷様と言わざるを得ない。

 

(赤木君の第一打は四萬……)

 

 手牌に落とした一索をツモ切りながら、咲は赤木の手から出て来た四萬の意味を考えていた。染め手の人間からその色が出て来るとすれば、大きく分けて二パターンあるだろうか。

 一つはより広い待ちへの手変わり、もう一つは自身の色を安牌とした降り。この場は本人を除けば萬子は格安だ、降りるならば萬子を切るだけで流局まで一直線だろう。ただ赤木がそんな降りをするとも考えにくかった咲は、前者の四萬切りに焦点を当てて考える。

 そして赤木の二巡目、ツモってきた牌を淀み無く手牌へ落とすと、摘み上げた四萬を河へ切り出す。

 

「リーチ」

 

 リー棒と共に。

 

 憩、ネリーの両名は索子と現物のみに徹しており、やはりこの局は自分がモノにしなくてはとツモ山へ手を伸ばす。しかし願い届かずか、指が教えてくれたのは索子であり、咲は内心で焦りを感じつつも気取られないよう何時も通りの打牌で索子をツモ切る。

 この局の行方は三つしか有り得ない、赤木が和了るか、咲が和了るか、流局か。それはまるで三穴のクルーン、結果と言う玉が穴の周りを彷徨っており、その時を今か今かと待ち侘びている様であった。

 一発目のツモを河へ切り出した赤木に安堵しつつ、咲は少し汗ばんだ手を残り少なくなってきたツモ山へ伸ばす。

 

「ッ――」

 

 この局の転機はまさにその牌、咲の手牌に落ちた七筒からだった。これで三筒を切り出せば両面の五八筒待ち、指は五本折れ満貫は確定している。となれば三筒のノータイム切りとなるが、咲は赤木の四萬の連打に嫌な予感を感じていた。普通に考えれば萬子の染め手だが、もしかすれば自分の筒子は狙い撃たれるかもしれない、その悪寒。と言ってもそれは何となく嫌な予感がすると言ったレベルであり、確固たる自信がある訳でも無い。

 咲の背後から一連の流れを見ていた照にもそれはひしひしと伝わって来る。確定した材料が無いため、決め兼ねていると。

 

 

 しかし一つだけ、咲にはあった。

 

 

(どうしよう……嶺上牌は……八筒――)

 

 この材料は流石の照も持っていない、この場で唯一咲が持ち得る理。嶺上牌が自分の和了り牌だと言う事実、そして槓に必要な東はまだ切られていないと言う事実。この二つが咲の三筒切りを後押しする。いや、そもそも三筒などで和了ったとして、満貫に届いているのだろうか。例え三筒で和了られたとしても、場が回るだけかもしれない。

 

 この場を傍観していたひろゆきも、咲の背後から顎に手を当てその行く末を見据える。ひろゆきにはある予感があった、あの四萬落としは何か危険牌を引き入れた結果溢れたモノだと言う予感。この場での危険牌と言えば、無論咲に激高の筒子であろう。もっと言えばドラ付近、例えば五筒か四筒辺り。そこに何かがくっ付き牌が曲げられたとなれば、三六筒か二五筒は最も危ない所。強者との闘いに身を置き続けたひろゆきには、それが何か確信めいたモノに思えた。

 しかし当事者の咲にはそこまで見えてはいない、確定した材料が無い以上、その嫌な予感だけに頼らざるを得ない。

 

(……咲)

 

 降りてしまえば楽になれる。しかし、もし赤木が満貫とは程遠いゴミ手や、萬子の染め手だった時、自分が智葉と姉の作り上げた闘牌を台無しにしたと言う事実だけが残る。ならば切るのか、この三筒を。

 

 

 

 

 

 

「……へぇ~」

 

 既に店仕舞いした手牌には目もくれず、対面から咲の様子を見据えていた憩は、膝を立て両手を後ろへ突き、まるで自室で過ごしているかのような大将へと目線を移した。

 

「…………」

 

 ラフな姿勢は取っているものの、洋榎の目付きは真剣そのものであり、やはり咲の打牌の行方を見届けんとしている。他者から見れば、咲が何を悩んでいるのかは分からない。ある程度の予想は立てられるが、その奥底までは見えて来ない。

 

「麻雀はこーゆー時に、来るんやろなぁー」

 

「……何がやねん」

 

「さぁ~?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そういえば、あの時。そう、合宿でだ。

 多分、自分なんかよりもっと苦しい茨の道を突き進んだ人が居た。

 

 

「お姉ちゃん」

 

 俯いていた咲は、手牌に右手を乗せ、その重い口を開いた。

 

「……何?」

 

「私ね、合宿で凄い人とやったんだ」

 

 咲は手牌の四筒を河へ切り出すと、顔を上げる。

 

「……どんな人?」

 

 ツモ切りが続き、再び咲に手番が回る。

 

「とっても凄くて、凄くて……私にはまだ分からないと思ったの」

 

 引き入れた三筒を手牌の三筒にくっ付けると、ノータイムで四筒を河へ切り放つ。

 その様を赤木の背後から見ていた恭子は、目の前に構えている三六筒待ちをまるで避けているかのように錯覚し、只の偶然だと自分に言い聞かせる。

 こんな一通が仕込まれた三六筒待ちは、振ってしまった者は交通事故だなと思う他ない。赤木は最初から此処に着地するのが分かっていたのではないかと思う程、自然に手を進め聴牌へと漕ぎ付けた、本人はどこ吹く風だったが。

  

(にしても……四筒の対子落とし……?降りたとしか思えんけどな……。宮永咲が何言っとんのかもよう分からんし)

 

 恭子から見れば、赤木のリーチに対し染め手を警戒した筒子落とし。それに尽きる咲の打牌だったが、どう言う訳か洋榎と憩の表情には何処か楽観的なモノを感じない。

 憩はツモって来た牌を神妙な面持で河へ打ち出すと、洋榎と目を合わせやれやれと首を振った。

 

「……ま、しゃーないやろ」

 

「やなぁー」

 

 何を言っているのだろうか、この二人は。終始無愛想だったネリーでさえも、何処か驚いたような表情を浮かべていたのが見て取れた。そしてその答え合わせが、咲の口から飛び出す。

 

 

 

 

 

「カン」

 

 場に晒されたのは東、続けて掴み取られた嶺上牌が卓へと叩き付けられる。

 

「今なら、少し分かる気がする」

 

 倒された咲の手牌を見た恭子は、思わず体を前のめりに倒し、食い入るように見つめる。

 

「ツモ。東、混一、嶺上開花。2000・4000です」

 

 

(なんやそれッ!?)

 

 恭子から見たそれは、全てが非常識な打牌であった。先ず四筒を落とす前は、三四四六六七七八筒だった筈だ、四筒がドラな事を考えると、三筒切り以外は有り得ない。しかし何故か三筒切りを嫌い、ドラの四筒を落とした。染め手とはいえ、ドラが絡まないと満貫に届かなくなるリスクもあるにも関わらず。

 更に二打目、あまつさえドラを全て打ち切り、三筒を頭にした所で嶺上開花。咲がこんな打ち回しをした理由が恭子には分かる。それは至極当然、三筒は赤木の和了り牌だったからだ。

 しかしそれは後ろで答えを知っていたからこその解、恭子には咲がそうした理由は分かれど、理解は出来なかった。

 

 

「なーんや憩、削られてもーてるでー」

 

「えッ!?ウチのせいッ!?」

 

 こんな状況でさえ、二人は軽口を飛ばし合っている。新ドラこそ乗らなかったものの、親の赤木はリー棒を含め-5000、憩とネリーが-2000と、ネリーの点数こそ削っているものの、チーム全体で考えたならば、咲の和了りはファインプレーと言えるだろう。そして、あの赤木の点数を東発から五千点削ったと言う事実は、宮永姉妹にしか分からないが非常にアドバンテージとなった。

 

 

 

「えっと、ネリーちゃん……その」

 

「良い」

 

 チームとしてはプラスになったとは言え、ネリー個人の点数を見ればマイナスとなる。咲はおずおずとネリーに謝罪するが、ネリーは一言で切り捨てる。

 智葉が何故自分をこの場へ連れて来たのかが今の一局でよく分かった。久しぶりに血液が循環して行くのを実感する。金だなんだと言う前に、やはり何処を取っても自分は麻雀打ちなんだと言う事を思い出していた。

 

(……対面の)

 

 白髪の男子、奴に勝ちたいがために宮永照は臨海に乗り込んで来たと言う。確かに底が知れないが、果たして自分と対等に渡り合える存在なのだろうか。時間はたっぷりある、まだ自分の番では無いが、何れは分かる、分からせる。

 赤木を強く睨み付けていたネリーだったが、本人は意にも介さずやれやれと手牌を伏せ卓の中へ流し込んでいく。

 

「……すんません、赤木君」

 

「気にすんな、まだ東一だろ」

 

「やけど……」

 

「恭子」

 

「はい?」

 

「そうだな……満貫縛りを忘れてみな」

 

「うぇ……平常心って奴ですよね」

 

「違う、何時ものお前で行ってみろ」

 

「それって、普通に手作りするっちゅう事ですかね……」

 

「そうだ、満貫縛りなんて何時ものお前になった時に思い出せば良い」

 

「……やってみますわ」

 

 とは言ったものの、恭子としては普通に手を作っていて勝てる相手では無いと思っていた。

 しかし恭子は赤木の言う普通の手作りの本当の意味を、骨の芯まで理解する事となる。

 

 

 

 

 

 

 東二局、憩の親番。

 先程の局では四回手番を終えている為、憩に残されたツモは後六回。やられっぱなしは性に合わないと勢い良く手牌を開くが、ドラや役牌の絡んでいない凡手がそこにはあった。

 

「ケチやなぁー、麻雀の神様」

 

 荒川憩と言う麻雀選手は、後ろで横顔をしげしげと眺めている愛宕洋榎と少し似ている。宮永咲や天江衣と言った、インターハイに出場する選手が持っている特徴らしい特徴を持っていない。豪快にカンをしたり、ダブリーを決めたり、そう言った異才を放っている訳では無いが、それでもインターハイ個人戦準優勝を勝ち取っているのだから、麻雀は格別に強い。強いて言うならば、自分以外が和了ると次の配牌に良い手が入りやすいかなと思うくらいだ。

 何時もの流れならば此処で必殺の一手が入る所だが、愚痴を漏らす程度には手が悪い。

 

「まあでも、やれる事はやらんとなぁ」

 

 手を引き渡す洋榎の性格を考慮して、色々選択肢を残した手をバトンタッチするのが吉だろうか。

 

(とりあえず、内に寄せとこかぁ。ドラも五萬やし。後は洋榎さんが何とかするやろ)

 

 憩はそう考え、先ずは端の整理からと一索に手を伸ばし河へ切り出す。その動作を見届けたネリーが山へ手を伸ばそうとしたが、それは赤木の発声に阻まれる。

 

「ポン」

 

「お、しげる飛ばすやん!いけいけー!」

 

 野次紛いの言葉を飛ばした洋榎だったが、後ろの恭子の顔が引き攣っているのを見るに、何かをおっぱじめようとしているのが分かる。

 東一局は相手に華を持たせたが、東二局はこっちの番だと言わんばかりの第一打ポン。憩は少し目を細め、赤木の様子を注視すると、溜息が漏れる。

 

「いやぁー、中間管理職ってきついわぁー」

 

 視線を後ろに控えた洋榎へ移し、もう一度赤木へと戻す。本当に管理職の気分だと浮いた字牌を河へ放流した憩は流し目でネリーの様子を伺う。さほど気にした様子も無く、ネリーはツモって来た牌を手牌と入れ替え河へ切る。

 咲は合宿の教訓から、己を注ぎ込んだ局の後も気を抜くまいと自分の手牌を見つめる。が、流石にやり過ぎだと内心苦笑いしてしまうドラ槓子が自身の手牌に鎮座しており、これの扱いをどうしたものかと頭を捻っていた。

 槓材を中心にすべきか、無難な所を切って姉に繋ぐか、自分は後四巡で照と入れ替わってしまう。手を拱いていては赤木のチャンタが和了りを決めるだろう。どちらにせよこのドラ槓子は赤木のノミ手臭漂う一鳴きに、封殺されたのだった。

 

 

 憩はてっきりこの局が前局に迫る勝負局になるのかと予想したが、三巡目にチャンタのみが確定したであろう二副露を晒した時点で、赤木の真意を察する。

 

(成程ね、東三局相手さんの親。そして恭子さんからの手番……)

 

 赤木が十回目のツモ切りを終え、恭子と入れ替わった事を確認した憩は、飄々と萬子の辺張を抜き打ち、入れ替わったばかりの恭子は慌てて手牌を倒す。

 

「あ、ロ……ロンっ!……千点です」

 

 無論それは場も回らない、只のノミ手。この振り込みにより憩のツモも十回に達し、背後の洋榎と入れ替わる。これで東三局は残り二回のツモ切りを残したネリーの親、後一度のツモで交代の咲、そしてまだ一度もツモ切りを行っていない恭子と洋榎となった。

 

 背後で赤木の暴ポンを見ていた恭子は、わざわざこれを狙ってやったのかと軽く目眩がしていた。咲の手に起爆剤が仕込まれていた事は露知らず、恭子は赤木がただ自分にバトンを渡す為だけに早和了りを決めたのではないかと思い、プレッシャーと高揚感の板挟みにあっていた。

 再び目の前には新品の配牌が居座っている。東一局でよく分かった、これを生かすも殺すも自分次第なのだと。よくよく考えてみれば、麻雀は当然そうなるものなのだが、他者の介入と言う通常のルールでは絶対に起こり得ないモノのお陰か、恭子はそれがよく身に染みた。

 

 赤木としては特段、全てを恭子の為だけに打ち回した訳では無かった。咲に入った大物手の予感に早和了りをぶつけただけでそれ以上の意味は無く、赤木のツモが終わると同時に恭子が和了ったのは殆ど偶然だった。

 しかし、赤木としてはこの末原恭子がもし、先程伝えた言葉の意味を理解するようになったなら、この卓の起爆剤と成り得る事も感じていた。となれば、この面子に勝ちに行くのならば、恭子にそれを託してみるのも悪くはないだろう。

 

 

 

(平常心、普通の……んー……普通のって言ったらなんやろか。いっつもうちが考えとる事……そりゃもう――)

 

 

「うちにしか出来ん事をする……。よしッ!サイコロ回して、頭も回すでッ」

 

 


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