赤木しげるのSecond Life   作:shureid

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東西決戦 其の一

 試合を始める前の決めとして、先ずはチーム内の誰とペアを組むかと言う話が上がる。本来ならば話し合いの末に決まるものなのだろうが、智葉は考えるまでも無いなと肩を竦めると眼前の席へ腰を降ろし、背後にネリーが回る。咲は言わずもがな照に張り付いており、その所作を見届けた照は智葉の下家へ当たる席へ手を突くと、理解が早くて助かると智葉へ視線を送る。ルールの性質上場決めは行われず、チームの面子が対面になると言う事は無い。

 

「あの、ウチらは――」

 

「ククク……恭子は俺とだな」

 

「ほな」

 

「決まりやな」

 

 照の下家へ恭子が座り、憩はお先にどうぞと洋榎へジェスチャーすると、口角を吊り上げおおきにと勢い良く座布団へ腰を降ろす。

 

「じゃあ、始めようか。さっき説明した通りルールは基本的に君達の浸透しているものを採用する。大きく違う点があるとすれば、赤は入っていない。親決めは……そうだね、恭子ちゃんを仮親としようか」

 

 掴み取りが無いのだからそうする他無い、無論その言葉に意を唱える者は居らず、その事を認めたひろゆきは恭子にサイコロを振るように促す。言われるがまま卓の中央へ手を伸ばし、サイコロの目を決めるボタンを押した恭子は、目を見開きそのサイコロの行方を見守る。点数が増えないこの麻雀では、恐らく親が非常に重要な役割を占めるだろう、やらずともそれは分かる話だ。少し浮かび上がったサイコロは、静寂に包まれた室内でカラカラと音を立てながら回り続け、ほんの数秒の内に五の目を観衆へと露わにする。

 

「ウチが起家……ですか」

 

 

 

 

 怪物と呼ばれる選手と対峙した時、これでもかと言う程味わう事がある。それは目に見えるものではないが、確かに存在している。分かりやすい言葉を借りるのならばプレッシャーとでも言うのだろうか。寒気や悪寒、震え、感じ方それは人により異なるが、恭子は確かに今、それを感じていた。そんな時、恭子はひたすらに平常心を保とうと自分を諌める。怪物と呼ばれる者達に自分が及ばない事は分かっている。しかし、それは負けを認める事とは似て異なるものだ。

 

(落ち着くんや末原恭子……本番は明日やけど、此処で勝てんようやったらインハイ優勝なんて夢や)

 

 

 起家のプレートを置いた恭子は、迫り上がってくる山に手首が当たらぬ様肘を上げると、もう一度サイコロを振る。出た目の七に従い山を切り分けると、少し震える手で牌を掴み眼前へと並べて行く。平常心、まるで念仏のように心の中で唱えつつ開いた配牌を目に入れた恭子は、その言葉が簡単に吹き飛んでしまう程の衝撃に襲われ、目を見開き生唾を飲み込む。

 

(萬子が十枚ッ……)

 

 その瞬間、先程まで平常心であろうとした恭子の心境は一変し、この手を必ず成就させると言う逸る気持ちが先行し始めた。

 

(これを仕上げれば最低でも親満……このルールで12000点の出費はでかいで……)

 

 相手からの直撃ならば申し分無い、ではツモならどうだろうか。仮に親満をツモったならば、同卓している洋榎の点数までも削れてしまう。しかし、同時に相手二人の点数を削る事も出来る。チームの出費として考えるならば、ツモる選択肢はあるだろう。不味いのは味方が親の時にツモってしまう事だろうか、これでは相手と自分のチームの削られる点数が同じになってしまう。この手がもし清一まで進めば最低でも跳満、ドラ表示牌は四筒と萬子に絡んで来てはいないが、一通や平和などが絡んで来れば親の倍満、点数の挽回が効かないこの麻雀に於いて、それは疑いのようの無い致命傷となる。

 

(……やっぱ直撃がベストやろな)

 

 無論直撃を取るに越した事は無い。ならばこの手は大物手を匂わせず、ひたすら無臭に徹する他ない。敢えて一萬から切り出した恭子は、その後も適度に字牌を転がしつつ、断ヤオ平和手を匂わせる打ち回しを続けた。その局、恭子はツキに恵まれたのか好形の萬子が入り続け、六巡目には一向聴と言う所までその手は育って行った。

 

「なーんや、接着剤みたいに固まってもーとるな」

 

 ツモ切りが続く洋榎は、何時も通り三味線とも取れる発言を漏らしており、恭子はその言葉を受け取りやはり此処は自分が行くしかないとツモ山へ伸ばす手に力を込める。まるで嵐の前の静けさと言った所だろうか、照と智葉の二人は鳴きの発声を上げる事無く、淡々と打牌を繰り返していた。唯一気がかりなのは照の河に少しだけ筒子が高いと言う事だろうか。

 

(聴牌しとる気配は無い……赤木君に手が回るまでにはこの手を完成させとくッ)

 

 手牌に落とした牌は三萬、唯一面子不足だった辺張に重なる最高のツモであり、残るは四萬、六萬の暗刻、そして七八八九萬の並び。浮いた白を切り出せば七八萬待ちであり、清一以外の役は無いものの跳満は確定している。更にツモに恵まれた自分の捨て牌は染めの匂いを極力消しており、ひょこっと河へ出てもおかしくは無い待ちであった。

 

(調子良さそうやん、恭子)

 

 はにかみながらその様子を横目で見ていた洋榎は、再び続く不要牌の嵐にこの局は店じまいだなと河に安い索子を切り出す。薄目で恭子の捨て牌を見つめていた智葉は、成程と溜息を吐くと手牌の中から二筒を摘み上げ、河へ叩き付ける。

 

「チー」

 

 小さく声を上げた照は手牌から一三筒を倒すと、鳴いた牌を卓の右端へと晒す。その鳴きに逸早く反応したのは恭子であり、智葉が照を援護し始めた事を直ぐに察知する。西を切り飛ばし、聴牌気配を漂わせて来た照に恭子は内心急きながらも息を止め、高鳴る鼓動を鎮めようと一瞬目を瞑りツモ山へ手を伸ばす。

 

(落ち着け……あれが本手なら筒子と萬子のぶつかり合い……オモロイやんッ!どっちが先にロン牌出すか――)

 

 恭子の思考は其処で途切れる。盲牌をするつもりは無くとも、長年染み付いた感覚はその牌の種類を恭子の脳内へ真っ先に知らせる。

 

(ドラ五筒……なんでや……こんなタイミングやなくてもええやん……)

 

 照の手が鳴き混一のみだとしたら、切り飛ばしてしまっても構わない五筒だ。しかし、満貫の材料は手の内にあるのだとしたら。

 

(いや……もしかしたらブラフ……?せやったら、ウチの清一がバレとる事になる)

 

 もしその鳴きが、筒子を掴んだ時に恭子を降りさせる為のブラフだとしたなら、何処かしらの段階で自分の手がバレていた事になる。本手でも無い相手にブラフを仕掛ける程間抜けな人間は恐らくこの場には居ない。ならば逆に考えてみよう、どの段階でバレたのかと。自分だって一端の麻雀選手だ、この手を育てる際には細心の注意を払っていた。しかしそれを容易く見抜き、先回りしようとした人物が居る。それは誰か。

 

(決まっとるな――)

 

 先程急にアクションを起こしてきた対面の人物以外に思い当たる人物は居ない。

 

(……辻垣内智葉ッ!)

 

 

 やられたかと舌を噛む恭子だったが、熱くなりすぎている自分に気付き、一旦思考を整理しようと手牌に目を落とす。

 智葉が抜き打ちで照に鳴かせた事は明白だ、自分の本手に気付き照の援護へ向かったのだろう。しかし、その先はどう読んでも答えは出て来ない。照の手に満貫が内蔵されているかどうか、其処で答えに行き詰ってしまう。それもその筈だ、智葉からすればどちらでもいいのだろう、恭子の本手を潰せるのならば照の手に満貫手が入っていようがいまいが。その曖昧さが逆に恭子の読みを妨げる。

 

(いや……まだ早まる時ちゃう。そもそも宮永照がまだ聴牌してない可能性も高い)

 

 あまりのタイミングの良さに照が聴牌していると錯覚してしまったが、嵌張を鳴いた辺りまだ手牌はまとまっていない可能性が高い。もしそうなら自分は誰と闘っていたのだろうか。

 

(聴牌はしとらん……って事にしよか……。やけど……流石にこれは切れんか……)

 

 聴牌していないと決断するならば、後々危険牌と成りかねないドラ五筒はとっとと切り飛ばして行きたい所だ。しかし、万が一その五筒で牌を倒されたならば、親番と共に8000点を失ってしまう可能性もある。恭子は悩んだ末、とりあえず良形を残そうと手牌の八萬を河へ落とす。ドラを抑えながらも萬子を良い形で残す、一見正着打の様にも見えるが、背後から一連の流れを見ていた赤木からすればそれは只の言い訳に過ぎなかった。

 人は逃げる時、他者から本心を悟られぬ言い訳を考える。ドラを抑え萬子の形を残したと言われれば聞こえは良いが、聴牌していないと判断したならばその時点でその五筒は切り出して行くべきである。それは必ず後に自分へと返って来るものだ。恭子にとってのそれは次巡、ツモって来た牌に再び顔を顰める。

 

(東……場には一枚切れやけど……)

 

 またもや混一気味の照へ危険な東、前巡は全員がツモ切りだった為、恭子の聴牌していないと言う判断を信じるならば切り出すべき牌である。この東を残してしまえば確実に手は死に、残るのは言い訳で染められた手牌のみ。

 

(ッ……行くで恭子。此処で退いてられんッ!)

 

「ポン」

 

 場へとツモ切られた東へ視線を落とした照は右端の二枚を場へと倒し、二副露目を場へと晒す。

 

「…………っ」

 

(って……何やっとんや……ウチのアホッ!)

 

 突っ張ると決めたならば、先ず切り出されるべきは東より五筒が先であるべきである。混一の手がポンで進む時、それは中張牌より字牌で手が進む確率の方が高い。恭子は突っ張ると決めたものの、手拍子で東を切り飛ばしてしまった。それが仇となり、照の手を進ませ自分の手には更に危険牌と化した五筒だけが残る結果だけが其処には映っていた。

 鳴きが入った為、恭子は次のツモで一足先に赤木と交代になる。こんな半端な形を引き継がせてしまう事への後悔の念に苛まれながらも、恭子はツモって来た二索を河へ切り出すと、腰を上げ赤木の背後へと回る。目に見えて落胆していた恭子に、赤木はやれやれと苦笑いしつつ手牌の五筒を見つめる。

 

「恭子」

 

「……はい?」

 

「この場に着く時、何を考えてた?」

 

「えっと……平常心……とかですかね……」

 

「どうだ?」

 

 その結果がこれか、と言わんばかりに手牌の五筒を恭子に見せつける赤木に、やっぱり意地悪な人だなと照は横目で赤木の顔を眺める。

 

「…………」

 

「ククク……もっと軽く行け、恭子」

 

「軽く?」

 

「今のお前の泳ぎはバタ足、見てられるもんじゃねえよ。もっとお前の麻雀のステップは軽かった筈だ」

 

 本来の恭子のスタイルは手役重視よりかは早上がり、鳴きにより流れを掴み和了りへと結び付けると言うもの。

 

「この手を見た時から、お前は何処かおかしかったぜ」

 

 言われれば、平常心と言う言葉はあの配牌を見た時に吹き飛んでしまった。8000点縛りがあるものの、普段の自分ならばあの手はもっと別の方向に生かせた筈だ。そんなんじゃこの先苦労するぜと言いつつ赤木がツモって来たのは五萬、五筒を切り出せば五面張と言う最高のツモだったが、照と交代した咲には非常に通し辛い。

 流石の赤木もこれは切れないと五萬を手に入れると、四萬を場へと切り出す。

 

(最悪や……ウチの中途半端なプレーでこの手を潰してもうた……)

 

 

 その巡を境に洋榎、智葉共に背後の仲間と交代するが、二人の手は既にベタ降り、勝負は手を引き継がれた赤木と咲に委ねられた。

 

 

 

 


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