AQUA ~その水と出遭いの惑星で~   作:ノナノナ

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Intermezzo1

Ⅰ,火星テラフォーミング、AQUAの成り立ち。

 

・Phase1。

火星をテラフォーミングするに当たって、まず薄い大気を地球に近い組成にすると同時に、極寒な地表を温めるために温暖化ガスであるオゾンと二酸化炭素が注入された。現在AQUAがマンホームより厚いオゾン層を持つのはこのためで、弱い太陽光でも温暖でいられるのである。そして極冠に蓄えられていた水が融け始め、数億年ぶりにまとまった液体としての水が地表に現れた。

・Phase2。

ここまでで火星に有った水は使い切り、より海を拡げようと短周期彗星や小惑星を集め水資源とした。いまAQUAを公転する二つの月がジャガイモのような歪な姿でなく、地球の月より小さいながら球形をしているのは、重力操作され資源集積として利用された名残である。そのためかつてのフォボス・デイモスよりも大きい。また火星自体も重力改造され地球と同じ1Gの星となった。また重力操作で火星の核が温められ、マントル対流と火山活動が活発になり火星は生きた星に生まれ変わった。エリシウム島、へスペリア列島から、ケプラー島、プロメテ諸島を経てネオ・メガラニカ大陸を結ぶ線上にマントル上昇による海嶺帯が、マリネリス峡海沖のクリュセ海谷からアルギレ海盆を結ぶクラリタス大陸の東沿いにはクラリタス海溝としてマントル下降帯が形成されている。火山活動が活発化したオリンポス・タルシス山塊群沖やクラリタス海溝の大陸棚側にはメタンハイドレードの露塔が並んでおり、大量のメタンガスが大気中に放出されている。火星に導入された二酸化炭素は海中に溶けて減少したが、活発化したマグマでメタンが生まれ温暖化ガスとして火星を温め続けている。

やがて重力操作と大気改造、気候制御で海岸には植物が繁殖し始め、北半球に広大な海が出現し本格的な環境改造が始まった

・phase3。

人類が居住可能な惑星環境が整いつつあり入植も検討され始める。そこで、グローバルデザインとしてどのような惑星とするかが問題となり、主に開発を行う植民星とするか、地球が失ってしまったものを保全するリコルド(記憶)の星とするかで討議が重ねられた。しかし結論を待つまでもなくマンホームが失ったものは余りにも大きかった。

・Phase4。

資源の有効利用からはphase3が適当だったが、北半球と南半球で陸地面積が偏り過ぎ惑星環境が単調になること、海洋面が温暖を調整する保温材となり穏やかな惑星環境が維持できること、なにより大気に複雑な対流が起きることで豊かな気象の個性が生まれることを求めて、惑星の90パーセントまで海洋が占める利便性の高い画一的な星とするよりもマンホームが手放してしまった多様性を求めて、テラフォーミングはPhase4まで進められた。

利便性よりも多様性に重きを置いて、水の惑星と言われる蒼い海と無数の島々が散らばる現在のAQUAが出来上がった。

そして、いまから150年前より、AQUAへの本格的な入植がはじまる。

 

 

Ⅱ,AQUAの地勢。

 

AQUA本土と言える一番大きな島がクラリタス大陸で、AQUAのほとんどの人がこの島に住んでいる。AQUAの中心地ネオ・ベネチアもここにあり、南半球アオニア湾のシレナ諸島に面した一角に建設された。またもう一つの中心地である水鎮新地(蘇杭市)は、クラタリス大陸内奥まで入り込んだリネリス峡海が逆T字に切れたルナ地方東部にある。

クラリタス大陸の西側には、大小さまざまな島が散らばる大洋が広がっており、特にクラタリス大陸西岸のシレナ列島、そして、ヘラス海を囲むように点在しているノアチス諸島、サバ島、シルチス島、ティレナ島、へスペリア列島が重要である。シレナ列島は新秋津嶋、ヘラス海を囲む島々は「アクアの真珠の首飾り」と呼ばれている。

AQUAの大半を占める大洋が、かつてのオレンジ・プラネットの記憶(リコルド)にちなんで名付けられた太橙洋である。

北に北極海に当たるボレアリス海が続いており、南には南極大陸に当たるネオ・メガラニカ大陸が横たわっている。ボレアリス海、ネオ・メガラニカ大陸は、ともに分厚い極冠氷原に覆われている。

 

○AQUAの自然

一大特徴は見た通り、マンホーム(地球)以上の蒼い星であること。

表面積の9割を海洋が占め、かつて荒野の星であったオレンジ・プラネットは、アクア・マリンの水の惑星となった。しかし地球の二分の一の大きさでありながら満々と湛える(高低差は地球の三倍もある地形をほとんど覆っている)膨大な水の量から、重力調整でマンホームと同じ1Gとはいいながら干満の差は大きく、潮汐力で赤道付近が膨らんでいる。夏の初めの大潮と低気圧が重なったときには、マンホーム時代と同様にネオ・ヴェネツィアはアクア・アルタに見舞われ、マリネリス峡海の奥にある蘇抗市では大海嘯と呼ばれる海面遡上が見られる。そしてマリネリス峡海最奥のノクティス迷谷は完全に水没する。またシレナ列島は梅雨と呼ばれる雨期に入る。

気候は極地の寒帯から赤道付近の熱帯性気候まで多様であるが、水面積の多さから熱帯と亜寒帯のベルトは限られ温帯が多くを占めている。真珠の首飾りで見られる熱帯珊瑚礁にしても気候制御によって実現している。

気候制御の影響から、南半球の比較的低緯度にあるネオ・ヴェネツィアやシレナ列島では冬季にはかなり冷え込み雪が降る。特にシレナ列島は季節風と海の存在で南部では豪雪に見舞われる。またアマゾニス海の赤道付近で発生する熱帯低気圧で台風も訪れ、ちょうどマンホーム時代の日本列島に似た環境にある。

北回帰線上にあるルナ地方やマリネリス峡海に珊瑚礁は存在しないが亜熱帯性気候を示す。またノクティス迷谷の一部では熱帯森林群が広がっている。

シレーン海に浮かぶメレア群島やプロメテ諸島の一部はツンドラ地帯の寒帯で、ネオ・メガラニカ大陸は完全に氷雪に覆われている。

植物は気候環境に合わせた植生遷移を基本においてデザインされており、まだ計画の途上にある。動物群もそれに合わせた種が導入され繁殖している。AQUAが生きた星である以上、終着点は無いのかもしれない。しかし今現在をもってしてもきわめて自然な風景を持っており、マンホームで失われてしまった光景がAQUAでは気象と共に再現されている。

 

○クラリタス大陸

AQUA最大の大陸。面積はほぼオーストラリア大陸と同程度。島の北西部に脊梁山脈であるタルシス山脈が横たわり、北からアスクレウス山、バボニス山、アルシア山が連なる。大陸の北にあるアルバ島や西のオリンポス島も含めていずれも1万5千メートル級の活火山で、タルシス火山群と呼ばれる。ちなみにオリンポス山はAQUAの最高峰で標高17500m。

タルシス山脈の南には肥沃なタタリア平原が広がっており、東のマリネリス峡海とともにAQUAの穀倉地帯となっている。

・ネオ・ヴェネツィア市。

タタリア平原の南にあるアオニア湾のラグーナにネオ・ヴェネツィアがある。アオニア湾と、中間の多島海、ルーカス湾を合わせてネオ・アドリア海と呼ばれ、水没するヴェネツィアの移転という性格もあって旧ヴェネツィア市民を中心にアドリア海出身者が多い。またネオ・アドリア海の西に位置するシレナ列島が日本からの移民で占められていることから日本人もいる。

アオニア湾南部にはオランダやデンマーク、バルト海からの人々の街が作られている。中心地はサンクトペテルブルクを移転したエカテリンブルグ市である。

・マリネリス峡海、蘇抗市水鎮新地。

クラリタス大陸の特徴ある地形であるマリネリス峡海は、タルシス山脈の麓ノクティス迷谷から始まり、エイウス海路から中央部のメラス湾とコプラテス海路を経て大陸の東端にあるエオス湾まで、東西3000km南北200km水深7kmに及ぶ大地溝帯である。タルシス山脈と南に広がるソリス高地から運ばれた沃土によって、周辺には広大な耕地が開拓されている。その中心地が、メラス湾のカンドル・オフィル入江にあるルナ地方の蘇江市水鎮新地である。

蘇江市はヴェネツィアの水没でネオ・ヴェネツィアが建設された経緯と同じように、水没の危機に瀕した中国の蘇州・上海を中心に江蘇、浙江地方の古鎮を移築再現した都市である。

当然中国の長江下流域出身者で占められている。しかしルナ地方北西部やエオス湾地域ではベンガル湾やインドシナ半島出身者が多数で、マリネリス峡海奥地のノクティス迷谷はアマゾン河流域者が多い。

・ソリス高地。

クラリタス大陸の中央に位置するソリス高地は標高1500~2000mのなだらかな丘陵が拡がる高原で一大酪農地帯である。ウェールズやアイルランド、ノルマンディー地域からの移民が多くケルトの文化が継承されており、元々アイルランドの民話であるケット・シーがネオ・ヴェネツィアに伝えられているのもこれによる。

 

○シレナ列島

クラリタス大陸の西に位置し、AQUAの南半分を占める多島海地域の東端に当たる。旧日本人が多く住み、青秋津嶋と自ら呼んでいる。(正式名称はシレナ列島だが青秋津嶋の方が通じる)

シレナ列島とクラリタス大陸の間にある多島海と呼ばれる海峡を挟んで、北側をルーカス湾、南側をアオニア湾がありネオ・アドリア海と呼んでいる。アオニア湾の南には、南氷洋に当たるシレーン海がある。ちなみにシレナ列島とヘスペリア列島の間をアマゾニス海、その北側にある、エリシウム島、アルバ島、オリンポス島に囲まれた海域をアルカディア海と呼ぶ。アルカディア海はそのまま太橙洋とボレアリス海に繋がっている。

シレナ列島には日本からの入植者が多いが、日本の場合はヴェネツィアや江蘇地方その他の、海面上昇によって土地を失って移住して来たケースと異なり、失われてしまった四季のために移住した人々である。いまマンホームと呼んでいる地球は、きわめて合理的に管理された環境となっており、四季をはじめ自然というものを無くしてしまった。その中心が高い科学技術力を持った日本だったのだが、失って自分たちがいかに自然を必要としていたか、自然に生かされていたがに気付いて、自然を取り戻す機運が高まった。しかし自然な海岸や山河、そもそも土というものを無くしてしまった地球では自然を回復させることは困難で、テラフォーミングに新天地を求めた。こんにちAQUAのテラフォーミングにおける環境デザインは日本入植者によることろが大きい。四季の調整を始めAQUAの自然環境は完全に人工的なものだが、木々の植生は四季の変化と緯度の違いに合わせて「将来的に本来はこのようになる」と、植生遷移をもとに数百年のスパンで計画されている。また海洋生物や動植物種の搬入でも、有用性だけでなく海流や惑星環境の一万年サイクルを考えて導入された。AQUAが、マンホームよりも人工的に作られた惑星であることを忘れるくらい自然に見えるのは、この基本コンセプトによる。

・青秋津嶋

日本人が多く住むシレナ列島に、科学技術が集積したハイテクな都市を見る事は難しい。せいぜい21世紀初頭の地方都市クラスがあるだけである。サテライト空港がある中心地の海明町や海森町がそれである。ほとんどが散在する村落で、きらびやかなネオ・ヴェネツィアやエカテリンブルグ、歴史の重層を感じさせる蘇抗市と比べると、はっきり言って田舎である。しかしこの惑星の成り立ちを考えるとき、かつて最先端で生活していた人々が、なぜこの島であえて田舎暮らしをしていることが解る。

この島を訪れると、はっきりした四季の移り変わりとそれに合わせて暮らす、高度成長や技術集約に依らない本来の日本の姿を見ることが出来る。

星自体がリゾート地であるAQUAにもかかわらず、観光地でないここは、他のどこよりもゆったりとした時間が流れている。実際、クラリタス大陸や他地域で活躍して来た日本系の人々やマンホームから、第一線を退いたあとここに移住してくる人も多い。そのためか他の地域に比べて高齢者の比率が高い。

 

 

○真珠の首飾り

AQUAには火星と呼ばれていた頃からの三つの巨大なクレータがある。イシディス、ヘラス、アルギレがそれで、現在は海盆となって海中に沈んでいる。一番大きなヘラス海盆は、その外輪山が島嶼となって周囲を取り巻いており「AQUAの真珠の首飾り」と呼ばれている。ノアチス諸島、サバ島、シルチス島、ティレナ島、ヘスペリア列島、ケプラー島、プロメテ諸島、メレア群島などである。シルチス、ティレナ両島の北にイシディス海盆があり、アルギレ海盆はクラリタス大陸の南東沖にある。

真珠の首飾りのうち三つの大きな島であるサバ島、シルチス島、ティレナ島と、ヘスペリア列島は赤道直下にあり、珊瑚礁が存在する。本来なら寒冷であるはずのAQUAに珊瑚礁は生育しないのだが、気候制御により実現している。ためにシレナ列島は定期的に台風に見舞われるのだが、それこそ青秋津嶋だと日本系の住民は気にしていない。

サバ島、シルチス島、ティレナ島にはインドネシアなどメラネシア島嶼群からの出身者が多く、ヘスペリア列島、ノアチス諸島にはポリネシア、ミクロネシア、モルジブなど、海面上昇に没した島々の人々が移り住んでいる。かつてのマンホーム時代と同じく漁労と観光が中心で、自分たちの文化を継承し海洋リゾート地区となっている。

 


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