SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
「アーコロジーなんて全部爆発すればいい」
そう吐き捨てるように言ったのはウルベルトだった。
山羊の頭をもつ悪魔は、高めのカウンターチェアに浅く腰掛け、手に持った酒杯を敵のように睨みつけている。彼とモモンガがいるのは時間限定で開いている小さなショットバーを模した部屋だ。よく磨かれ黒い艶をしたマカボニーのカウンターを照らすのは、カウンター向こうの酒が並ぶ棚に設置されたライディングバーの反射光だ。色とりどりのガラス瓶を通した光は、天井や壁に美しい陰影を落としている。
仮想空間なので香るはずはないが、どこか煙草と酒の薫り漂う室内には二人の他には、カウンターの向こうにいるNPCのバーテンダーがいるだけだ。
「
ウルベルトがジルクニフに誘われて、アーコロジー・ニライカナイ在住のユグドラシルプレイヤーの集会に参加したのは先日の話だ。富民層を嫌ってやまないことを公言して憚らない男であるが、厨二仲間に何度も誘われて断りきれず、「気のいい連中ばかりだ。顔を出してくれるだけでいいから」と引っ張られていった。
「結局、あいつらは俺たちを同じ人間だなんて思ってやしないんだ」
憂い顔の魔術師は、草食動物には似合わない鋭い牙をむき出しにし憎々しげに言葉を切ると、長い爪のはえた手で器用に掴みジョッキに半分ほど残っていた黄金色した麦酒を一気に飲み干した。
味も匂いもなければ、酔うことも出来ないデーター上だけの酒だが、どうせ話すためのきっかけだ。ピーキーが差し出すカクテルを受け取るとモモンガも口をつける。
視界の片隅でステータス上昇を示すアイコンが点灯したのを視認してから、手の中のグラスを改めて眺める。透明なのに白くとも銀とも光に照らされて輝くカクテルグラスに注がれているのは、青の中に透明な黄緑が漂った静かな海を思わせる名も知らぬカクテルで、目で見るだけでも十分に酔えそうな美しさだった。
「俺を、……“ウルベルト・アレイン・オードル”を見て口々に言うんだ」
―――
―――
―――
―――最近、
重い沈黙の漂う室内で、グラスの中の氷が涼やかな音を立てる。
会話が止まれば、部屋にはバーテンダーがステアする音だけになった。ラウンジや酒場にいけばジャズやクラシック、はたまた派手なブギやロックが場の空気に合わせて流れているが、隠れ家をイメージしたショットバーには酒をきこしめく音の他には余計な音楽はない。
普段はその沈黙が心地よいのだが、今日ばかりは静けさを持て余していた。
空になったジョッキの代わりにバーテンダーが、満月にかかる薄雲を溶かし入れたような琥珀色の泡盛を切子のロックグラスに入れて差し出せば、ウルベルトはそれも一気に飲み干した。
「畜生、あいつら食べ物として見てやがるんだ」
思い返してみればジルクニフが
モモンガは口を開きかけたが、結局なにを言えばいいのか皆目もつかず、黙ってまた手の中のグラスに目を落とす。慰めればいいのか、笑い飛ばしてやればいいのか、友人の心を軽くしてやるための正しい選択がみつからないでいた。
「モモンガさん、長々と愚痴ってしまってすみません」
「いえいえ、私なんかでは何の力にもなれず、申し訳ありません」
「そんなことありません。聞いてもらっただけでも、楽になりました」
胸の苦味とともに酒を何杯も飲み下し、ようやくウルベルトの口調も飄々とした元の調子に戻っていた。
ステータスバーの時刻が、もうすぐ日を変わることを示していたことをきっかけに、次を最後の一杯にし、今日はもう解散する流れになった。自分はまだ最初の酒が残っているので、頼むのはウルベルトだけだ。
茸生物が踊るような慣れた動きで十種類ものリキュールを次々と混ぜていく。出来上がったのは“ナザリック”。自然を愛してやまないブループラネットが、アースというカクテルを参考に作り上げた、オレンジや緑、青に黄色、全部で十もの色がベースの銀の中に漂い、目でも楽しめるカラフルな酒だ。ゲーム内なので残念ながら味わうことはできないのだが、こんなにも綺麗なのだからきっとほっぺたが落ちるほど美味しいことだろう。
「愚痴を聞いてもらったお礼といってはなんですが、
「肉ですか! それはすごいですね」
良くて合成食糧。普段は栄養剤を主食としている身としては、肉という超高級食材なんて、幼いころに誕生日で一口だけ食べた記憶しかない。
「はい、本物の肉ですよ。……ヤギ肉ですけど(笑)」
再び沈黙がバーを支配する。
カクテルはすっかり色が混ざり切り、哀しみの色をしていた。