SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
あれから幾度もの邂逅を経て、ガゼフとコキュートスは男として武人として仲良くなった。
日を改めて咲き誇る桜を眺めたり、ガゼフが買ってきた屋台の串肉を街の外で一緒に食べたり、気まぐれに手合わせをしてみたり、武具について日が暮れるまで熱く語ってみたり、そうしているうちに互いの家に招きあい、すっかりと親友とよべるまでになっていた。
ナザリックに初めて行った時には、宝石の名で称えられるヴァランシア宮殿をはるかに超える美しさと贅の凝らし様に圧倒され、またそれ以上に対しただけでのしかかるかの力を感じさせる多くの異形達にも一瞬ひるんだが、はじめて友達が子供に出来たことに喜ぶ彼らのあたたかい眼差しに構えた気持ちがすぐに緩んだ。
そんな立派な家を持つコキュートスを自宅に招くのは気遅れしたが、何度も会ううちに表情の読めるようになった彼の嬉しさの滲む照れ笑いに、こちらも歓迎の笑顔を返すと、冷やしておいた茶を取りにむかった。
そして今日も今日とてガゼフは休日にナザリックを訪れていた。
共に武練をし、建御雷の作った美しすぎて禍禍しい太刀を鑑賞し、途中モモンガさんが持ってきてくれた茶を頂き、書を解いて互いに意見を述べてみたりと、充実した友との時間を過ごした。
帰る際にお世話になりましたと支配者たちに挨拶をし、ゆったりと満ちた気持ちで帰路に向かうころになると、よく小さな可愛いメイドさんに足を引きとめられる。とは言っても色めいた話ではなく、持っている土産菓子が目的だ。
始めて招かれた際に、手ぶらで訪れるのはなんだと街で評判の焼き菓子を持ってきたのだが、ナザリックのあまりの絢爛さに気後れし渡せず、そのまま持ち帰ろうとした際に、いい香りがするぅと通りすがりの彼女に言われ、自分が食べるよりも、どうせなら喜ぶ人に食べてもらいたいと渡したのが事の始めだ。
それ以降、渡せない土産を毎回持ってくるのだから、堅物と揶揄されることが多い俺だが、驚くことにエントマとの時間が気に入っているのだろう。
食堂の並ぶ通りにあるいつもの喫茶店の椅子に座り、紅茶を口に運ぶ。ここでは何を頼んでもほっぺたが落ちるほど美味しいが、決まって頼むのは昔から慣れ親しんだ茶葉だ。つまらない男だと自分でも思う。同じ茶なのに、自宅で入れるのとは天と地ほどの差がある紅茶を味わいながら、向かいの席に座るエントマを眺める。
ぴこぴこと2本の触手を頭上で揺らし、ぶかぶかの袖からわずかにのぞかせた指先につまんでいるのは、ダイエット中と前に言っていた彼女のために選んだヘルシーなクッキーだ。カップを置くと持ってきたクッキーを一口齧る。おからが混ぜ込まれたクッキーは甘さは控えめだが、サクサクというよりもザクザクとした歯ごたえに、噛むごとに香ばしいかおりがしっかりと広がり、満足感がある。
「ジャムをつけたらぁ、もっと美味しくなりそぅ。だけどぉ、ダイエット中だから我慢なのぉ」
「エントマ殿は十分、痩せているじゃないか」
「甘いものと甘い言葉はぁ、女の子の敵だってぇ、至高の御方々も言ってたぁ」
「ふむ、ならばこういうのはどうだ?」
一口食べた残り半分のクッキーを目の前にかかげ、空いている左手を赤いジャムのビンに伸ばす。
「ヘルシーなクッキーであるのならば、カロリーのあるジャムを少しなら大丈夫という考えは」
スプーンで混ぜればとろりとした光が銀河の如く回転するジャムを掬い、半月の薄茶色いクッキーに乗せる。こぼさないように気をつけて、ぱくりと一口で食べれば、食事に供されてもおかしくはない固いパンに近いものから、紅茶によく合うお菓子になっていた。
羨ましそうにこちらを見つめるジャムよりも濃い赤の大きな眼に、微笑ましさを感じて眦を下げると、違う一枚に同じようにジャムをつけて、テーブル越しに腕を伸ばし彼女へと差し出す。
「うぅー」
「ほら、うまいぞ」
じっと視線は食いついているのだが、なかなか食べるまでに進まないエントマの背を押すべく更に声をかける。
「いっ、いただきますぅ」
「どうぞ」
ようやく決断した彼女が受け取りやすいように、クッキーを摘まんだ手先をそちらに伸ばす。テーブルに両手を付いたエントマがぎこちない動きで身を乗り出したかと思うと、なんと直接手からぱくりと食べてしまった。
顎の下に消えたクッキーの行方をみつめながら、ガセフは一瞬だが人指し指に感じたかすかな熱を意識していた。
(そんなつもりで差し出した訳ではなかったのだが)
引っ込めた手の行き場をなくし、なんとなくテーブルの上に乗せてはいるが、妙に気になり落ち着かない。そわそわと浮わつく腰を座りなおして、どうにか格好をつける。
「えへへぇ、美味しぃ~」
「ならばよかった」
もぐもぐとクッキーを食べている仮面の表情は微笑んだままで変わらないが、幸せなオーラが全身から溢れんばかりに輝いている。椅子が大きくて床につかない足もぷらぷら振られて楽しそうだ。
「かわいいな」
思ったままの言葉が考える前に口から出た。
言った後で、どうしてそんな軟派なことを軽々しく投げかけてしまったのだろうと深く悔いて、頭を抱える。剣を恋人として王に武勲を捧げるを一筋に生きてきて、英雄色を知るというが英雄ではない俺は浮名を流すことなく、またあいにくと愛を囁くような相手もおらず、現在は召使いとともに侘しい暮らしを送っている。それなのに、なぜこんなに簡単に口説き文句が出てしまうのか。子供や動物を褒めるのと同じ言葉だと誤魔化せられればいいが、先ほどの甘く掠れた色を持つ口調はどう聞いてもただの口説き文句だった。
気を悪くさせただろうかとエントマの機嫌を伺ってみれば、先程まで機嫌良さげに揺れていた触角がぴんとこちらを指して立っていた。
「私ぃ、かわいぃ?」
「ああ、可愛らしい」
後悔はしているが、吐いた言葉を嘘だとは言わない。恥ずかしい気持ちを胆力で封じ込め、もはや堂々と可愛いと心からの感情を伝えるのみだ。
「本当にぃ」
「我が信じる神に誓って」
自分でもなにを言っているのかわからない。可愛いらしさの証明にどうして神が出てくるのだ。
「どこが可愛いのぉ? 顔ぉ? 声ぇ?」
甘く幼い声音が真剣ならば、ただ素直に真剣にむかいあうのが筋であろう。
「小動物のような仕草もそうだが、性格が可愛いな」
「…性格ぅ?」
「美味しいものが好きだったり、のんびり屋だったり、いつも楽しそうだったり、可愛くあろうと努力しているところなんかが可愛いと、私は思う」
口説いているわけではない。決して口説いてはいない。だが熱い言葉が自然と連ねられた。
きっと、どこが可愛いかと聞いてきた時のわずかに潜んだ答えを怯えた怖がる声に押されたのだろう。どうして可愛いと言われて恐れるのかはわからない。一度だけみせてもらった本当の姿は、ナザリックの他の者がそうであるように確かに人間とは違う異形ではあった。しかし、恥ずかしがってすぐに大ぶりな袖に隠してしまい一瞬だけしか見れなかったが、苺に似たくるりとした真っ赤な8つの眼も、節のある長い手足も、感情に連動して動く触角もなかなか愛嬌があると思うのだが。
「エントマ殿は可愛い!」
「うん、……ありがとぉ」
強く断言した言葉が届いたのか、ようやくいつものふわりと夢みるような蕩ける声音で感謝が返ってきた。エントマが元気になってくれたのならば、恥ずかしい思いをして身の丈を連ねたかいもあったというものだ。
「これぇ、お礼ぇ」
袖の重なるフリルからのぞかせた細い指に摘まれたクッキーに、たっぷりのジャムをのせるとこちらに差し出される。
先ほどは意図せずにやってしまった事が、今度は己の身になるとは。
意をけっして身を乗り出すと、口を大きく開けてクッキーをくわえる。今までこんなことをしたことがなかったので、正しいやり方がわからないが、とりあえずは食べれたのでよしとしよう。
さくさくとクッキーを噛むが、恥ずかしさで味がよくわからなかった。
源次郎「戦士長殺ス」