SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある?   作:ごはんはまだですか?

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異世界編
クトゥルフの中で黒き豊穣の母が一番好きなんで出したかったけど、敵軍とは言え暴虐はNGが出たのでお蔵入り。エロい山羊さんは好きですか?YESYESYES!


1017話 左遷先にも花は咲く

 王都の北西に位置する、二つの山脈に囲まれたリ・ブルムラシュールに吹く風は冷たい。

 海から水を含んだ風が届くからだと、この地の者が雑談混じりで教えてくれたが、学のないガゼフにはそうかと答えるしかなかった。それが本当がどうかはわからないし、聞いた知識をなにかに役立てられるかもわからなかった。

 

 わかるのは、期待がはずれたと向けられる視線の冷たさと、自らの立ち場の不安定さだけだ。

 

 国境を越えた場所で帝国兵が活動していると目撃情報があり、部下を引き連れ確認に向かったのは半年もたたない前のことだった。駆けつけるのが遅れたせいで、いくつかの村が焼き払われて少なくない死人が出た。だが結局、帝国が行ったという証拠はつかめずに部隊は辺りをしばらく見回ったのちに引き上げるしかなかった。

 そのわずか数週間後に帝国は宣戦布告を行ってきた。

 あれは偵察行為だったのだ。それをいつもの嫌がらせだと見過ごし、戦争もいつもどおりに痛み分けで済むと甘く見積もり、その結果、大敗を受けてエ・ランテルを中心とした領土をごっそりと奪われたのは、すべて戦士長であるガゼフ・ストロノーフの責任である。政治的なものが絡んでいたとしても、そう決定されてしまえば王にもかばいきれず、結果、彼は押し付けられた責任を取り、王都よりも離れた地に左遷されることになったのだ。

 

 

 

 虚しさをおぼえ、疲れた心にも同じような冷たい風が吹いていた。

 権力に振り回されるのは、軍に入ってから常のことだったが、堂々と立ち続ける気力が今度ばかりはどうしても湧いてこなかった。部下の一人もつかなかったこともあるのだろうか。帯刀はしているが街道を見回るだけのふぬけた男を、慕っていてくれた者たちにみせるわけにはいないので、単身流されたのは幸いだった。

 

 見上げた木々の枝に緑は少なく、暦が火も中に向かっているのに、この地に春はまだ遠い。

 山頂にある社を見てきてほしいと言われたのは、終りゆく寂しい村でのことだった。険しい山道を越えるのは老人しかいない村では難しく、もしよろしければとしわくちゃの手を合わせて頼まれた。名だけは広められているが姿まではみたことのない遠方にあって、お仕着せの鎧だったので巡回の一般兵と思われたのだろうが、わざわざ訂正して誇示つもりはなかった。

 それに困っている民間人を助けることこそ、ガゼフが望んでいたことだった。ならば、なんの不満があろう。

 

 周辺国家一と謳われる剣士の手には名剣ではなく、道を切り開くための鉈が握られている。背負子の中身も借りた大工道具や古布だ。

 陽の当たらない岩の根元に雪が残る山道を歩く男の足取りは軽かった。

 

 

 

 冬の気配が濃く残る森の中は静かだ。まだ鳥も虫も寝ているのだろうか。

 まるで世界にただ一人しかいないようだ。

 一抱えほどの礎石が点々と続いているおかげで迷いはしないが、先を知らぬ道を進む故の不安が湧いてくるのはしかたがなかった。あまり通行がないために土に埋もれかけているが、これだけ沢山の石を並べるのは大変だっただろう。それだけ村の人間にとって社は大切なものだったのだ。だけど、その神も、山裾の村とともに眠ろうとしていた。

 

 息は白いが、歩き続けた体は温かい。

 前方から吹いてくる風が、ほどよい運動で火照った体に心地いい。目的地が近いのか、並んだ杭が道を示すようになった。きっと祭祀があれば、多くの人が往来をしていただろう広くなった道は歩きやすいはずなのだが、ここらはちょうど山影に当たるのか深い雪が積もっていて、その恩恵を受けることはできなかった。

 

「上火月に雪に苦しむことになろうとは」

 

 最近にも降ったのか、踏めば抜ける古い氷雪ではなく、厚い綿布団を思わせるやわらかく重い雪層が足をとる。靴が脱げないように気を付けて進まなければならず、なかなか先へは行けずに思わず愚痴ってはみたが、そういう口元は楽しそうに笑っていた。

 

 だけど、進んでいくにつれて、その顔に真剣な表情が浮かびだす。

 膝下までとはいえ、積もった雪の中を進むという激しい運動をしているというのに、体がどんどんと冷えていく。つい先刻まではかすかに汗ばむ程度には温かかったのに、今は汗が冷えて首筋に震えが走るほどだ。

 先へ行けばいくほど深まる積雪も、疑惑の一片だった。

 

「おかしい……」

 

 雪まで降り始めてしまえば、これは異常だと悠長に構えていることなど出来なくなった。しんしんと積る白い雪が薄布のように前方を覆っている。事前に教えられていた目印となる大木がなければ、曲がるべき角すら間違えたかもしれない。鉈を背負い両手を空けると、いつでも剣を抜けるように構えて精神を研ぎ澄ませていく。相変わらず梢を渡る風が鳴るだけの静かな山中は、雪を踏み固める音すら辺りに大きく響く。

 

 頭の中も雪に覆われたように白くなっていく。引き返そうという考えすら出なかった。ただ細めた目で前を睨みつけ、全身を使って泳ぐようにして進んでいく。たった一歩の距離が長い。冷気に触れる肌が痛かった。

 

 社であろう建物が白瀑の向こうに影と浮かぶ。

 ようやく着いたのかと、顔についた雪を拭い、足を止めないまま深く息を落とす。これであとは状況を確認するだけだと一瞬ゆるんだ意識が、今日で一番強く張り詰める。

 グリップを強く握りしめるが、剣を抜きはしない。かつて決勝戦でぶつかった強敵のブレイン・アングラウスの抜刀術【技】を真似するわけではない。抜くことに迷いもない。

 それは、ただ大いなる力に対する敬意だった。

 

 

 

 森を切り開いてつくられた丸い広場の奥に古い小屋がある。あれがきっと神を祭る社なのだろう。日光に晒され黒くなった建物は、厚い雪の中でぽつりと浮いていた。

 その前に異形のものが立っている。

 氷を削りあげたかのような青白い体に、地面につくほどの長い四本腕。霜の張った金属の濁った輝きをした複眼はどこを見ているのか読めない。開閉する鋏角からはき出される息が白いのは寒いからではなさそうだ。

 十歩は離れている。それでも押しつぶされてしまいそうなほどの圧を感じる。こちらを視認していないのに、まるで剣の先が喉元に突きつけられている気分だ。なのに抜刀もせず、逃げもせず、呆けていたのは、まるで少年が英雄談に目を輝かせる如く、見惚れていたからだった。

 

 顔が写るまで磨かれた名剣の妖しげな艶。

 腹を減らした猛獣の極彩色な生命力。

 夜の闇さえも焼き切る魔法の炎。

 

 力あるものは、それがどんなモノであれ、優に美しく、傲慢に視線を奪う。

 それは先の大戦で見た光景も同じだった。一人一人の兵士は目を瞠るほど強くはないのだが、わずかな遅れさえなく連なり一つの生き物のように動く帝国の軍隊は、徴兵されいやいや戦う王国と比べるまでもなく強かった。押しては退く波状攻撃にガゼフが手を取られているうちに、他の部隊はどんどんと倒されて、王国軍は負けて領土は奪われた。エ・ランテル要塞都市は、伝え聞く限りでは平常通りで民も虐げられていないのは幸いだった。

 数百の兵よりも個人の武勇が優れる世界であっても、これがもし一騎当千の英雄一人に24万強の大軍が負けたのであれば、あいつさえいなければ勝ったはずなのに、そんな暗い遺恨があっただろう。だが集団としての力に純粋に敗北すれば、己たちのあり方を見直さなければならなくなる。だが保身ばかり考える組織では訓練や装備、作戦の立て直しなんて二の次で、誰が負けた責任をとるかということばかりが話題に上がっていた。

 

 王国の誰も予想がつかないことだが、帝国軍の統率の秘訣は、世界軸を二つもわたってきた、もう一人の鮮血帝の力だった。

 味方の能力を底上げする|支援魔法使い≪エンチャンター≫。群を個に変える指揮官。

  “ぷれいやー”に世界のバランスを乱されるのを嫌う竜と敵対しないように、彼は現地人を強化するスキルや魔法をいくつも取得して移転に備えていたのだ。そして、その成果はいつもの小競り合いで終わるはずだった大戦の圧勝という形で十分に出ていた。

 国と仲間を守り導きたいと望んだジルクニフは、自らの力でそれを叶えたのだった。

 

 対して、民を守りたいと同じ願いを持っていたが、力が足りながったガゼフは雪の辺境まで流された。

 弱ければなにも守れない。

 

 周辺国家一の戦士と掲げられているもののガゼフは自分のことを強いと思ったことはなかった。

 1人ではドラゴンには勝てぬし、人間であっても多勢に囲まれれば負ける。魔法詠唱者に距離を離されれば手が出なし、暗殺者に闇討ちされれば運が悪ければ死ぬだろう。強い強いと持て囃されていても、英雄にはなれなかった男の限界は悲しいがなここだった。

 何度もせがんだ寝物語の勇者を幼いころに憧れたように、大人になってもまだ強い力に憧れたままだ。御前試合でぶつかったアングラウスと同じだ。愚直なまでに純粋に力を求めている。彼の飢えた目は、いつも鏡で見る黒い目に似ていた。

 

 自分の弱さは自分が一番わかっている。守れるものは少ない、守れたものは少ない。

 だがガゼフはまっすぐに前をむいて立ち続ける。己の弱い強さを信じる者たちのために、己の背を追ってくる英雄に憧れる者たちのために。

 

 

 

 初夏の高い空にも似た色だが、真逆の冷たさを思わせる体の彼―なのだろうか―がこちらをゆっくりと振り向く。気が付いていなかったわけはない。きっとラッセルで上がった息が整うのを待っていてくれたのだろう。

 モンスターにはない人間味ある知性を感じられる雰囲気も、威圧しないようにとゆっくりとした動きにも好感が持てるが、見上げるほどの巨体に対しているだけで緊張で喉が渇く。

 

「何時、桜ガ咲クカ ワカルカ」

「桜……?」

 

 知った単語に広場を囲う桜並木を見渡す。こげ茶色の枝につくツボミは固く、満開にあえるには遠いことのようだ。

 ふと、毎年、新兵を鍛えながら眺めていた訓練場の桜が瞼の裏に浮かんできた。今年は見れなかったあの花は、もう盛りを過ぎて散ってしまっただろうか。

 

「ここは寒いから、まだのようだな」

「寒イト咲カナイ ノカ」

「ああ、春の花だからな」

「ウゥム、俺ガ イナク ナレバ咲ク カ?」

 

 ガラスを擦り無理矢理に人の言葉に聞かせているかのような歪な声音だが、その中に悔しそうな色は隠れずににじんでいる。がっかりと肩を落とす姿に、桜の花がみれないのがそんなに残念だったのかと同情した。我が身を流れる血と同じく南から流れてきた桜は美しいとは思うが、かの地のものと同じような愛着は抱いていなかった。

 だが、行きずりのものだとしても、桜をみたいなんて、ささやかな願いくらいはかなえてやりたかった。

 

「そうだ、桜ではないが、仲間の花であれば戻ったところに咲いていたな」

「ドチラ ダ?」

「こちらだ」

 

 会話はしっかりとできているし、体も立派なのだが、つい親切にしてしまうのは世間知らずでどこか幼くも見えるせいだ。

 腰まで雪に埋もれていても氷を固めた脚は水を蹴るように軽々と進んでいく。視界をふさぐほどだったのが桜の話をしだしてから一片も落ちてこない、やはり先ほどまでの季節外れの雪は彼が降らせていたのだろうか。気安く接してしまったが、神を祭る社にいたし、もしかしたら冬の化身だったのかもしれない。

 

 山を下がるにつれ、足をとる雪が減り歩きやすくなっていく道を進めば、記憶通りに曲がり角のところに桃色の花が見えてきた。

 後をついてくる者よりもわずかに高い程度の、枝を広げたアーモンドの木は、こちらもまだ季節は早かったのだが、それでもかわいらしい花がいくつも咲いていた。若々しい新芽に抱えられる薄桃色の花弁は、春の木漏れ日を集めたようだ。

 

「話ニ聞イタ通リ、綺麗ダナ」

「ああ、綺麗だ」

 

 ガゼフはまぶしいものを見たように目を細めて、花木を眺める。

 雪は残り、風に冷たさが混じっていても、春は確かに近づいてきていた。




vistaユーザーなので、次の更新は約束できません。
2016年の使用者割合7%ってどういうこと、なんでxpより少ないの?ヴィスたん優秀だよ。4月を待つまでもなく、1年くらい前から見捨てられてるけど、いいOSだよ

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