SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
風はない。地の遥か底から上る冷気が、沈黙に似て、辺りに張りつめていた。
「いくのか」
問うたのは死獣天朱雀であったが、見送るすべての者の想いでもあった。
行かないでくれ。止めてくれ。真綿で首を絞められるような、じわじわと押しつぶしてくる困難に目を逸らしたまま、このまま仮初の平穏な日々をやり過ごそうと、誰もが口に出せないまま、旅立とうとする男に呼びかける。
だけど、彼は男だった。
ヘロヘロはぬるま湯の日常に目を眩ませ、自らを犯す大いなる圧力を黙って甘受することはできなかった。
怒りに満ちていた。宿命感に駆り立てられていた。……仲間への思いに溢れていた。
「いってきます」
その先には険しい壁が立ち塞がると言うのに、まるで晴れた天気のいい日に散歩にいくかのような、なんの気負いもない背中だった。
覚悟を決めた男を、もはや引きとめることなぞ誰にも出来ない。
残されるものに出来るのは、ただ無事を祈り、見送るだけだ。
「気をつけて」
「頑張れよ!」
「必ず帰ってこい」
仲間たちの声に、歩き始めたヘロヘロは触手腕を頭上に伸ばす。それは別れの挨拶にも、ガッツポーズにも似ていた。粘度の高い液体は崩れることなく、天を指す。
彼は振り返らない。
前だけをみつめて進むスライムの姿が沼の向こうにみえなくなるまで、いつまでもいつまでもアインズ・ウール・ゴウンの41人は見送り続けた。
それから長くも短い時間が流れた。
待ち続けるものには長く、戦うものには短い時が。
始めにヘロヘロの影をみつけたのは、やはりというべきかモモンガだった。
「帰ってきましたよー!」
無駄足になろうと何度も大霊廟の入口にヘロヘロの帰りを待ち続けた
<広域化:伝言>を受け取ったメンバーが転移してくる頃には、ヘロヘロはナザリック地下墳墓の近くにまで迫っていた。
疲れ傷付き、足を引きずって歩く様に、駆けつけた面々は驚きに息をのんだが、決して肩を貸そうとはしなかった。
一歩。また一歩。
蝸牛の如く、みているこちらが焦れる速度で、だがヘロヘロは自らの足で確実に歩いていた。
たっち・みーの拳が強く握りしめられ音を立てた。ペロロンチーノの肩は興奮に振るえ、ぶくぶく茶釜は嗚咽混じりの声を漏らす。正門に並ぶ全ての者が迎えに行きたい気持ちを圧し殺し、男がナザリックに帰ってくるのを待っていた。
「……ただいま、……です」
最後の一歩で、ナザリックの入口を踏みしめたスライムは重力に従い倒れた。だが、彼は力尽きるその時まで前に進まんと、前のめりであった。
そんな崩れ落ちるヘロヘロを受け止めたのは冷たい地面ではなく、あたたかい仲間の腕であった。
「おかえりなさい」
「ヘロヘロさん!」
「お疲れさま」
「みんな……ゴメン。―――オレ、駄目だったよ」
悔しげに首をふる勇者を誰が責めるというのだ。振りあげられた腕は彼の汗を拭い、励ますために背や肩を叩く。
「おかえり、ヘロヘロ」
いつもは他人をからかってばかりのるし★ふぁーも、偽悪的にふるまい憎まれ口のウルベルトも、興味のないものにはとことん冷たい弐式炎雷も、優しげな声音で歓迎の意を表していた。
仲間たちのあたたかい言葉に受け入れられて、ピコンと笑顔のモーションキャプターを浮かばせヘロヘロは俯くのをやめた。
「あと少しで倒せるところまでいけたんだ」
「いいんです、ヘロヘロさんが無事に帰ってきてくれただけで十分です」
「あのやろう、まさか年末進行と盆休みを喚ぶなんて……盆と正月が一緒にきた騒ぎで、進行状況がめちゃくちゃだ畜生」
悔しいと口ではいいながらも、ヘロヘロの口調には次第に明るい色が浮かんでいった。
「だが、一撃は喰らわせてやった!」
その時の興奮を思い出したのか、彼の言葉が激しくなり熱を帯びていく。ゆるやかに流れていた体表も今は嵐のように強く波打っていた。
ここにいるのは傷付いた敗者ではない。満身創痍になろうとも抗う勇者なのだ。
常にへろへろです。と草臥れた様子の男は過去の事。今は自分の為、友の為、世界の敵へ単身挑む漢がここにいる。
「俺の力が足りず、ワールドエネミー月曜日を倒すことはできなかった。……だが、休みはもぎ取った!」
「ああ、こちらにも三連休の恩赦があったぞ」
「ありがとうヘロヘロさん!」
「久し振りに家族で出かけられました」
一人が感謝を述べれば、すぐに万感の声が続く。辺りには喜びの感情が溢れかえり、常夜の空を覆う陰惨な黒雲さえも晴らすようだ。
殺戮を積極的に行い多くの者たちの憎悪を一身に集める、悪を是とするギルドにあって、明るい笑い声が溢れる光景は似合わないだろうが、誰もが気にせずに素直に気持ちを表していた。
「ヘロヘロ万歳! アインズ・ウール・ゴウン万歳!」
「三連休万歳!」
感極まった者がヘロヘロを担ぎ揚げれば、残りのものたちの腕が伸び、わっしょいわっしょいと胴上げが始まる。言葉だけでは気持ちが伝えきれないと知り、自然と行動に現れたのだ。ヘロヘロを支える腕の一本一本に力強い感謝の心がこもっている。
「みんな、ありがとう」
拭い去った涙が、黒い眼窟からほろりと一粒零れた。
離れた場所で、騒動を独り眺めるジルクニフはポツリと呟いた。
「なんだ、この茶番は」
第16話 ヘロヘロさんが、ワールドエネミー月曜日を倒してくると、出て行ったきり帰ってこない