SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある?   作:ごはんはまだですか?

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1013話 ナザリックで朝食を【前編】

 王座の間に満ちていた緊張感を残したまま、42人は顔を見合せては何かを言おうと口を開いては黙るということを繰り返していた。

 言えば現実になってしまうことを恐れているのだ。

 

 豪胆で名を広げた漢も、今孔明と称えられる人物も、無知の知たる男も、沈黙のうちにあるのは今ここに一人だけ欠けている仲間のとった行動が深くかかわっていた。

 

 

 

 空想(ゲーム)が終わり、現実(リアル)になった。

 

 彼らの愛したゲームDMMOユグドラシル最後の日、その日は費やした長い時間と思い出を懐かしみ全てのギルドメンバーが集まっていた。

 過疎化の進んだゲームでもちょくちょく遊びに来ていた者は昨日の続きのように来て、しばらく顔を出していなかった者は気まずそうに気恥ずかしそうに現れ、残業が長引き23時を回ってから入ってくる者もいれば、モモンガのように有給をとって前夜からログインしている者もいる。

 ギルメンじゃないのに私もいていいのかな。なんていう遠慮するあけみを笑顔で迎え入れて、久しぶりに勢ぞろいしたことを喜び、またこの世界での最後の集まりになることを寂しんだ。

 

 想い出話は尽きることなかったが、時間はいつしか尽きようとしていた。

 最後の時は王座の間で迎えようとはモモンガの提案だった。ならばギルド武器を持っていこうとジルクニフが提案し、NPCを追従させるのはヘロヘロで、なにかを思い出して慌てて走り去ろうとしたタブラをこんな時だけは息が合うたっち・みーとウルベルトが足止めし、王座の間へと先回りした残りの面々はワールドアイテムを勝手に持ち出したことを責める代わりにアルベドの設定を揶揄しタブラを膝から崩れ落ちさせた。

 

「もういいです。これでどうですか!!」

 

 からかわれた羞恥心で床にうずくまっていたタブラが叫びながら設定を書きかえれば、それを確認した者から順に、ほうだの、へえだの短い感想の声をあげていく。

 

「『モモンガを愛している。』」

「ビッチよりはマシか」

「ちょ、なんで私に被弾してるんですか! タブラを愛している。でいいじゃないですか」

「ギルマスにだったら安心してウチの娘を嫁に出せる。……アルベドを任せましたよ」

「おめでとう、そしておめでとう」

「もうっ! それじゃあ(めと)っちゃいますからね。あとでちゃぶ台ひっくり返して文句を言っても返しませんからねっ!」

 

 祝福モードに煽られてモモンガは、どうせあとわずかな間だけだとアルベドを嫁に迎えることを受け入れた。その途端に「ぃよっしゃっ!!」と力強い喜びの声が聞こえた気がしたが、あたりを見回しても集まったNPCに埋もれる仲間たちの姿が広い部屋のあちらこちらに散らばっているのが目に映るだけで誰の言葉だったのかはわからなかった。

 

「ギルマス、なにぼんやりしてんのー?」

「最後だし、ちゃんとしめんぞー」

 

 三々五々に思い出話や連絡先の交換、再会の約束、はたまた仕事の愚痴なんかをこぼしていた面々は、モモンガが首をかしげている間に部屋の中央に集まり円陣を作っていた。

 42人がこちらを向いて待っている。自分が入れるように一人分の隙間が空いた囲いに熱いものがこみあげてきた。楽しかったな、という満足感とこれで終わりかという悲しさでぐちょぐちょの心のまま彼らの元へと駆けて行く。

 輪に入り、一人一人の顔を眺めるだけで12年間の長くも短い冒険が昨日のことのように瞼の裏に浮かんできた。本音をいえば、もっともっとずっと冒険をしていたかった。くだらない話だけで一日を潰したかった。ナザリックのギミックについて試行錯誤して頭をひねっていたかった。ワールドエネミーに挑んではまた駄目でしたねって笑っていたかった。悪戯に怒って逃げる問題児を追いかけていたかった。珍しいアイテムを競い合って集めたかった。喧嘩ばかりの二人の間でおろおろとしていたかった。美しい景色を探しにいきたかった。だけどもう、皆で過ごした<YGGDRASIL>は終わるのだ。現実世界で溢れた涙をバイザーの隙間から拭うと、記憶に深く刻みつけるためにモモンガはもう一度だけ仲間をゆっくりと見回した。

 

「では、いつものようにモモンガさん、しめの挨拶をお願いします」

 

 かつてはたっち・みーが音頭をとっていたのだが、彼がギルドマスターから降りてからはモモンガの役割になっていたソレは、社会人ギルドにはふさわしい挨拶であったが、惑わしの霧たちこめる黒い森の奥深くでドラゴン狩りが無事に終えられた時にもするものだから、異形種だらけの禍禍しい風貌もあいまみえってどこかちぐはぐな可笑しさがあった。

 

「それでは、お手を拝借!」

 

 営業で慣らした声を高らかに張り上げ、持っていたスタッフを小脇にかかえると骨の両腕を持ち上げる。

 するとそれを待っていた他の者の手があがった。ペロロンチーノの黄金の手甲や、ヘロヘロのどろどろとした黒い触椀、タブラの蝙蝠の羽根のような手、やまいこの顔ほどもある巨腕、更には集められた守護者やNPCたちの腕まで上がるのにはAIプログラム担当の作りこみのこだわりっぷりに苦笑する。

 

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の皆々様の今までの健勝をねぎらうと共にー!! 今後ますますの発展と健康を願ってー!!」

「ちょっwww、最後までそれなのwwww」

「AOG合資企業wwww健在wwww」

 

 笑われたモモンガとて、いつもの通りの口上はどうかと思っているのだが、何分、応用力のない平社員の一般人なので容赦してほしい。対他ギルド時の魔王モードはカンニングペーパーを読んでいるだけと知ったら、叩き潰された連中は怒り狂うだろうか。

 

 骨しかない掌を打ちつけたのに意外と良い音が鳴ると同時に集まった全ての者の柏手が揃い鳴る。それは非常に大きな音となり、うわんとナザリック全体を揺らすとまで思えた。

 その打音の余韻を味わう暇なく、万の雷とばかりに拍手が響き渡る。

 

 大きさも形も違う掌が合わさり鳴る雷鳴は、まるでナザリックそのものを示しているようであった。その拍手はいつまでも、いつまでも終わりなく続くように、この栄光もいつまでも続くように。そんな願いがこもっているのかは分からないが、少なくともモモンガは真摯に願っていた。

 

 

 

 溢れているだろう涙をぬぐおうと、拍手をしている手はそのままに袖口でやや乱暴に眼窟を拭う。ふと、驚きに目を見開いてこちらに顔を向けるジルクニフの姿が目に付いた。いったい何にそんなに驚いているのだろうか。不思議に思いながらも拍手を止めないでいると、彼の異様な空気に少しずつ周りのものたちも辺りを見回し始める。

 

「サモン:ロイヤル・エア・ガード!!」

 

 黄金色の獅子が吠えると、召喚光の中から三騎の鷲馬が現れ、ジルクニフの前に跪いて頭を垂れた。焦げ色の羽にそれよりがは薄い茶色の毛並みがやわらかそうな生き物なのだが、鋭いツメと厚いクチバシが愛玩できるものではないと語りかけていた。そしてその鋭い目は騎乗している騎兵と同じく忠誠に溢れていた。

 鷲馬が翼を折りたたんだ際に生まれた風がモモンガの床まで届くローブをふわりと揺らす。

 

「ちょっとジルジルどうしたん?」

「説明はあとでする。シャルティア!」

「あい、ここにありんす」

 

 突然の奇行に驚いた隣の者が笑い混じりに問いかけるが、焦った色を隠さない男は守護者の一人である吸血鬼を呼びつけた。

 その声に呼び出されて後ろに控えていたシャルティアが、ボールダウンの裾をひらりと捌き、先に跪くジルクニフの近衛兵に倣い並ぶ。

 胸に手を当て、命が出るのを待つ4人の、本来ならばそのような動きをするはずはないNPCたちの姿、そして自分の身に起こったわずかだがありえない変化に、ここにきて異常に気が付き出して困惑めいたざわめきが円陣のあちらこちらから響き出す。

 

「ペロロンチーノ、借りてもよいか。決して危険な目にはあわさぬと約束しよう」

「え、ああ、うん、いーけど?」

「感謝する。―――聞いたな、シャルティア・ブラッドフォールン。供を命ずる」

「ペロロンチーノ様、ジルクニフ様、畏まりんした」

 

 真ん中の騎獣に着くニンブルを残し、あとの騎兵を下げると残った鷲馬をそれぞれ自身とシャルティアに割り振ると、ジルクニフは集中した視線をゆっくりと見返して、見る者を安心させるような力強い笑みを浮かべた。それはまさしく百獣の王の笑みだった。

 

 実はライオンは百獣の王とは言っているが、狩りの成功率はとても低く、場合によっては他の肉食獣の狩った獲物を奪うことがあり、ハイエナからハイエナ行為をすることもあるんだ。などといういつか彼が長々と語った今は必要ない豆知識をこんがらがった頭で考えているうちに、後ろにシャルティアとニンブルを引き連れたジルクニフがモモンガの目の前にまで来ていた。

 

「ジルクニフさん、これは?」

「我が友モモンガよ。急ぎ調べたいことがあるので、ここを離れる。あとを頼んでもよいか?」

「……危ないことはしないでくださいね」

「ああ、わかった。3日で戻る」

 

 案ずることはないと最後に告げたジルクニフたちが転移して消えると、あとには先ほどまでの賑やかさはすっかりと消え失せ、重苦しい静寂が残された。どの顔には大なり小なり不安が浮かんでいた。そう、彼らの顔には表情が浮かんでいた。そしてモモンガ自身にも。

 肉も骨もない指で、恐る恐る顔を撫でれば固く乾いた骨の感触が触れた。

 慣れない死そのものの触感に弾かれたように指を離すと、コンソールを表示しようとするが頼みの綱であったGMコールすら出来ないことに改めて冷たい焦りが足元から上ってきた。

 

「何が……どういうことだ!」

「どうかなさりましたか? モモンガ様?」

 

 驚きのあまりに叫べば、初めて聞く、だが先ほど聞いたような気もする女性の綺麗な声が後ろからかけられた。振り迎えれば、そこにはこちらの顔を覗き込むアルベドの姿があった。

 可愛らしく首をかしげる彼女に、そういえば先ほど結婚したな。とまた現実逃避に思考がそれる。アルベドの背後を見やれば、円陣を囲むように控えているNPCたちがいるが、そのどれもが先ほどのシャルティアや今向かい合っているアルベドと同じように動きや佇まいに人間性が垣間みえていた。

 

「何か問題がございましたか、モモンガ様?」

「アルベド」

 

 重ねられた声に、微笑みを浮かべるアルベドに意識を戻す。白く清純なドレスに覆いかぶさる翼は鷲馬よりもつややかで触り心地がよさそうだった。6層でみた朝露に輝くクモの巣のような黄金のネックレスも、両手で抱え込んだ黒い短杖も、彼女に似合っており、無断でそれらを持ち出したタブラの気持ちも少しばかりわかった。この件に関しては先ほど散々に違う形で責めたので、改めて無断貸出のことを責める気にはならなかった。

 

 ワールドアイテムから目を離して、見ることに気恥ずかしささえ覚える美しい顔に視線を移せば、角が影を落として表情がわかりにくいが、潤んだ瞳の奥底に滲む不安の色をみつけた。

 実際には、名を読んだきり黙ってしまったモモンガに対する不安であったのだが、それをみた彼は自分の抱える足元の揺らぎさえ感じさせる戸惑いと不安と同じものだと思いこんだ。どうにかしなければという激情が沸き、一瞬で冷静になる。

 

 感状の振り幅に驚き息を飲んだが、落ち着いたことは好都合だとモモンガはローブの裾を蹴りあげて一歩前に出る。

 注目を集めるために手を上げれば、ぶくぶく茶釜や餡ころもっちもっとなど仲間たちばかりかNPCたちまでこちらへと向き直ったことに、下がりそうになった足を叱咤し更に一歩踏み出す。

 

「落ちつけ。とはいってもなんらかの緊急事態が起こっていてはそれも難しかろうが、ひとまずはジルクニフから連絡があるか、状況が把握できるまでは落ち着くのだ」

 

 混乱のあまりに魔王ロールが出てしまったが、一度やってしまったからには演じきるしかないとモモンガはがらんどうな腹をくくる。

 

「コンソールを操作できるもの、GMコールが出来るものはいるか?」

「ログインしてたはずの友達に<伝言(メッセージ)>送ったけど、繋がらなかった」

「こっちも全滅」

 

 それぞれ試してはいるのだろうが、色良い返事は得られなかった。

 空中に手を伸ばす奇妙な踊りをしているメンバーから、次にNPCに向かう。

 

「守護者、及びその配下の者に命ずる。全ての階層に異常がないか確認せよ。またセバスはプレアデスと共に地上部を偵察せよ。ただし、ナザリックより出ることは禁ずる。万が一、異常が発見された場合には決して対処しようとせず、どんな些細なことでもすぐに知らせよ」

「「「はっ!!!」」」

 

 命令を下せば、お前らいつの間に練習したの?と聞きたくなるほどの揃った声で返答があった。平伏から一転、無駄のない動きで素早く散っていく後ろ姿を見送ると、ようやくモモンガは気が抜けた息をゆっくりと吐いた。

 

「あああああ、緊張した~」

「突然、魔王に転身するもんだからびっくりして、限界だった眠気も吹き飛んじゃいましたよ」

 

 どろどろと体表をゆらめかせるヘロヘロが言えば、ゆるんだ笑いがつられて沸き上がる。

 潮騒に似た笑いをこぼす集団は、一人分欠けているが大きな円を組んだままだった。上もなく、下もなく、助けあいを目的としたギルドを示す体勢、そのままだった。

 モモンガは踏みだしていた足を下げると、円周の一角に戻る。

 

「さて、どうしましょうね」

「とりま、これゲームじゃねーよな。リアルすぎるし」

「NPCたちもそうだし、俺たちの体もデーター量的に無理だら」

 

 早々に違法行為や電脳法についても試していた面々からの意見も出揃えば、重い沈黙が再び頭上にのしかかる。

 王座の間に満ちていた緊張感を残したまま、42人は顔を見合せては何かを言おうと口を開いては黙るということを繰り返していた。

 言えば現実になってしまうことを恐れているのだ。

 

 豪胆さで名を広げた漢も、今孔明と称えられる人物も、無知の知たる男も、沈黙のうちにあるのは今ここに一人だけ欠けている仲間のとった行動が深くかかわっていた。

 

 空想(ゲーム)が終わり、現実(リアル)になった。

 それだけならば、くそみたいな現実に見切りをつけていた過半数は喜んだことだろう。だが、ジルクニフがシャルティアを連れて出て行ったことが、軽率な行動を慎ませていた。

 

 かつて対ギルド戦で殲滅される間際まで行ったことがあった。かつてワールドエネミー戦で前線が崩壊し後方職が必死に逃げることがあった。そうした時にいつも最後まで生き残るのは、逃げ足の速いペロロンチーノでも、幸運EX+持ちと噂されるモモンガでも、知略に優れるぷにっと萌えでもなく、ジルクニフだった。

 エンチャンターかつ中途半端な召喚術師のジルクニフは戦い勝つことはできなかったが、どんな状況でも常に最後まで生き延びていた。

 事情を知っている様子の、その男が迷いなく守護者最強である鮮血の戦乙女シャルティアを選び、なにかを調べるに出ていったのだ。生存特化の男が、戦闘特化の者を連れていったのだ。気楽に構えていられる状況ではなかった。

 

 実際にはただ顔見知りかつ演技力に期待して連れていっただけなのだが、それを知る余地もない異形種たちはずっしりと背にかかる緊張感と不安に口まで重くなっていた。

 

「本当に、どうしましょうね」

「朝食にしましょう」

 

 ぽつりと零れた独り言に、声を張り上げたのはやまいこだった。

 右腕を高く挙手し、反対の手では震える妹の手をしっかりと握りしめた彼女はきっぱりと同じ言葉を繰り返した。

 

「朝食にしましょう」

「まだ2時だぜー」

「状況を確認するほうが先では」

「朝食にしましょう。前に聞いたことがあります。円満ハーレムの秘訣は“いっしょにご飯を食べること”だと。ならば、ここは私たちがばらばらにならないために、一緒にごはんを食べましょう」

 

 きっぱりさっぱりと断言する言葉には、強い説得力があった。

 それは彼女が教師ということもあるのだが、守るもののいる姉であることもあったのだろう。やまいこは言葉の確かさを証明するかのように掲げた拳を更に強く握りしめる。

 

「アンデッドでも食事とれるのでしょうか」

「オレ、ハーフゴーレムだぞ」

「食べないか、食べれないかではありません。願えばいいのです。一緒にごはんを食べられるように、と。さあ、朝食にしましょう」

 

 分厚い手甲に隠されて、その指にはまった三つの星が飾られた指輪が一つ輝いたのをみるものはいなかった。

 だけど、彼女の頼れる響きがある言葉に頷いた42人はぞろぞろと朝食をとるべく食堂へと向かうのだった。その伸びた背中には先ほどまでの暗い重圧はなく、最後を歩くやまいこは満足げにうなずくとにっこりと笑い、和食にするか洋食にするか幸せな悩みを浮かべた。

 




次の更新は3月9日(木)を予定しています。

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