遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女   作:豆柴あずき

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第2章 反撃の兆し
抗う者達


 この街――ハートランドの夜景は綺麗で、毎日がお祭りのよう。

 マンションの自室。そのベランダから眺める景色を見て、私の頭の中にはふとそんなフレーズが思い浮かんだ。

 市の中心にあるハートのタワーを中心にライトアップされたそれは、私のお気に入りの景色のひとつだった。

 

「何考えてるの?」

 

 そんな時、横から声がした。私の一番の親友のものだ。

 

「あぁアカネ。ほら見てよ、きれいだな~って」

「何よ今更。ずっと見慣れている景色じゃない」

「まぁそうなんだけど……」

 

 呆れるように笑う親友にそう返すと、再び目線を外の景色へと向ける。

 デッキ構築に詰まったときや大会前、それにとっても嬉しい時なんかはよく、こうして何時間も夜空の下で過ごす。

 時には、今のようにアカネと一緒に二人でいて、恋の話や将来の夢なんかを語り合ったりもする。

 

 そんな優しい時間が、私は好きだった。

 

「ねぇ、綾香……一つ聞いても、いいかな?」

「もちろんいいですとも、アカネお嬢様」

 

 私がふざけてそう返した、直後。

 

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 アカネの冷たい声が、私の耳朶に襲いかかった。

 

 ――そしてそれと、同時に。

 

 すぐ横の夜景に青い巨人が現れ、街は瞬く間に炎に包まれた地獄へと豹変していった。

 

「ねぇ、どうして……?」

「――ッ、私だって、助けようと……手を、伸ばして……」

「でも、私カードになっちゃったよね?」

 

 炎が舞い、辺りが次々と瓦礫の山になっていく中。アカネは私と一定の距離を保ちながら詰問していく。

 

 その両手は、血で赤く染まっていて。

 表情は、不気味なまでに感情のないそれで。

 そんな瞳にずっと見つめられていると、大好きな親友のはずなのに……アカネが、怖くなってしまって。 

 

 ――私は、思ってもない、最低なことを口にしてしまった。

 

「じゃあ、なんでアカネは私を突き飛ばしたの! そんなに助かりたかったなら!」

「……そう。そんな風に思ってたんだ、綾香は」

 

 真顔のまま、冷たい声でアカネがそう言った、瞬間。私の顔から血の気が引いていくのをはっきりと自覚してしまう。

 ダメだ、このままにしていたら、またアカネは……!

 

「……ッ! 違う! 私、本当は――!」

 

 あわてて叫びつつ、手を伸ばす。しかしそれはアカネに届くことはなく、だんだんと彼女は私のもとから遠ざかっていく。

 ダメ、そっちに行っちゃ、ダメだ……ッ!

 

「さようなら、綾香」

 

 私の、必死の思いも空しく。アカネはその言葉を最後に遠くの暗闇へと消えていく。

 

 そしてそれと同時に、私の足元もにわかに崩れて行った。

 

「アカネッ、待って、アカネェッ!」

 

 崩れゆく地面とともに落ちていく中、私は叫びながら手を伸ばし、そして――。

 

―――

 

「アカネッ!」

 

 急激な落下する感覚が消失し、視界がブラックアウトした直後。

 

 私は毛布を捲り上げて跳び起きた。それと同時に全身が嫌な脂汗に塗れている感覚がし、ようやく現実に戻ってこれたということが徐々に感じられていった。

 

「っはぁ……はぁ……」

 

 そんな感覚を味わう中、息を荒げて思考する。

 周囲を見渡してみた限りだと、ここがテントの中だというのは間違いない。だけど、どうやってここまでやって来たのかは全く記憶になかった。

 

 確か神宮寺を倒して、その後黒咲に助けられたところまでは覚えているんだけれども、その後どうなったかについては一切思い出せない。

 

 一体あのショッピングモールの駐車場での戦いからどれくらい経ったんだろう。そして――。

 

「ここ、は……?」

「スペード校の隣のドーム内の、難民収容施設だ。君は三日前からここにいる」

 

 思わず疑問を口にした、その瞬間。一人の、端正な顔立ちの少年がいることに気づく。

 

 彼はハートランドのデュエルスクールに通う生徒ならみんな知っている。それくらいの知名度を持った人だった。

 

「ユート……」

 

 ユート。

 

 黒咲と同じスペード校の生徒で、今のハートランドのプロ志望の中では五指に入る強さを持った実力者。

 前回大会では予選決勝で黒咲くんに敗れ惜しくも代表を逃していたものの、私なんかよりもずっと上の存在だ。

 

 現に学校とかを抜きにして何回か個人的に対戦しているが、私が負け越していたりもする。

 

「そんな事より、大丈夫なのか? 随分とひどくうなされていたようだが……」

「ううん、平気」

 

 慌てて汗でべっとりとした髪の毛を整えつつ、平静を取り繕ってそう返すが……きっと、とても大丈夫って表情はしていなかったんだと思う。しばらくの間、ユートは何も言ってはこなかった。

 

 数分間続いた沈黙。それを破ったのは、彼の言葉だった。

 

「何があったのか、聞かせて貰ってもいいか?」

「……わかった」

 

 少し黙ってから頷き、それから私は語り始める。

 

 アカネと一緒にアカデミアの襲撃に遭ったこと。

 離れ離れになってから再会して、私を庇ってアカネがカードになってしまったこと。

 ディスクを奪った後、ショッピングモールの駐車場でスパイだったダイヤ校教師――神宮寺と決闘を行い、その際奴の口から敵の真相を聞いたこと。

 

 扉のことやナンバーズのことについては、流石に伏せておいた。

 言っても多分、信用はされないだろうし……それに何より私自身――どうしてかはわからないけれど――どうしても話したくはなかった。

 

 こればっかりは、きっと理屈じゃない。そう思う。

 

 こうして話し終えると、また気まずい沈黙が流れるが――無理はない、そう思う。

 

 家族を失ったアカネに声を上手くかけられなかったように、きっと彼も何を言えばいいのか分からないんだと思う。

 私たちは所詮、平和な街で穏やかに暮らしていた普通の少年少女だ。こんな経験をした人間にかけられる言葉なんて、思いつかないほうが普通なのかもしれない。

 

「今は過ぎたことより……どうアカデミアを倒すか、だよ」

 

 だから、気まずい沈黙を破るためにこっちから声をかけた。

 

 その「過ぎたこと」に引きずられているのは間違いないし、ユートだってそんな事は先刻承知のうえだろう。

 だけど「これからが重要だ」というのもまた、嘘偽りの一切ない言葉でもあった。

 

 そんな私の前に、ユートは袋に包まれた何かを手渡してきた。なんだろうと思いつつ、袋から中身を取り出す。

 

 やけに体積の大きなそれは、私がアカデミアから強奪したディスクだった。デッキは刺さっておらず、ふと辺りを見渡すと私のちょうど枕元にカードが置かれているのが分かった。

 

「申し訳ないが、無断で借りさせてもらった」

「別に気にしないよ。……それで、何か分かったことはあった?」

「あぁ、カード化機構がほぼ完全に残っていた」

 

 返答しつつ、彼はこっちの手元にあったディスクへと視線を落とす。だがこいつは、私が撃とうとしても反応せずにエラーの文字しか表示させなかったのだ。

 それなのに、無事に残っていたとはどういう事なんだろう……。

 

「誤射防止のストッパーが設置されていたんだ」

 

 こっちの疑問を察してくれたんだろう、ユートは私の疑問に対しすぐさま回答を口にした。なるほど、どうりであの時……ッ!

 

「今は急ピッチで生産、レジスタンス側のディスクにも搭載させている最中だ。だが……」

「行き渡るかどうかすらも怪しい?」

 

 今度はこっちの察した言葉に、ユートが反応する番だった。

 

 彼は苦々しそうに頷くと、今のレジスタンスの内情を説明しはじめてくれた。

 

 やはり生きていた決闘者は数少なく、施設の奪還は困難を極めること。

 生産拠点はこのドームくらいしか、もう残されていないこと。

 多大な犠牲を払いながらも奴らの数人を捕虜にし、敵がアカデミアと名乗る勢力という知識を得たこと。

 奪ったディスクの残骸からリアルソリッドビジョンのプログラムを入手。すぐさま製造に移ったこと。

 

 反撃には出ていたものの、状況はとてもいいとは言えなかった。

 それを聞いてしまえばもう「敵の鹵獲品なんて嫌だ」なんて贅沢は、とてもじゃないが言えなかった。

 

「分かった。それならしばらく、コイツを使うよ」

「ああ。そうしてくれると助かる。勿論ストッパーは解除したし、識別コードもこちら側に変えておいた」

「……ありがとう」

 

 彼に礼を言いつつ、すぐ傍に置いてあった鞄からマジックを取り出すと、かつて愛用していたディスク同様「我」の一文字を液晶のすぐ下に書き込んだ。

 敵のディスクそのままは嫌だったので、せめてものわがままだ。

 

 これくらいは許される、そう信じたい。

 

「それじゃあ、俺は君から得た情報を報告してくる。何かあったら本部に来てくれ。スペード校の三階の職員室だ」

 

 ひと通り話すべきことを離し終えたのか。ユートは仏頂面のままペンを走らせる私にそう告げると、テントから出て行こうとする。

 そんな背中を見ると、酷く悲しい気持ちになってしまった。

 

 きっと目の前と記憶の中の彼が、あまりにも違い過ぎたせいもあるんだと思う。

 

 とても重いものを背負って、戦い続けなければならない戦士の背中。しかも、それは知っている人が変わってしまった姿。

 

 そこまで考えていたら。

 

「あのっ!」

 

 気が付くと、無意識のうちに呼び止めてしまっていた。

 

「どうした?」

 

 そんな私に振り向くユートに、私は――。

 

「……全部終わったら、さ。私とデュエルしてくれない? まだ、アナタに負け越したままだから」

 

 本心からの願いを、口にした。

 

 私も彼も……いや、きっとみんな、この街の決闘は大好きだった。だからこそ、全部終わったらまたやりたい。

 そう思っているに違いないっていう、私の勝手な想いからの提案。それを聞くと、ユートは穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。

 

「……ああ、約束しよう。お互い、全力で決闘しようじゃないか」

「うん。楽しみにしてる」

 

 私が言い終えると今度こそユートは外へと去っていき、テントの中は一人きりとなる。

 

 そんな静寂に包まれた中、私は声を殺してしばらく泣いていたのだった。

 

―――

 

 しばらくして気持ちの応急処置を済ませると、テントから出て難民キャンプの中を歩く。欠けたドームの天井から見える空からは灰の雪が降っており、否が応にも沈んだ気持ちにさせてくれる。

 

 そしてドームのあちこちから突き刺さる、疲れ切った人々からの敵意のこもった目線。それも私を意気消沈させるには十分だった。

 

「やっぱり……見られる、か」

 

 左腕に着けたディスクを見て、私はそう呟く。

 

 いくら盗品だとわかっていても。いくら少しアレンジしたとしても、それが敵の武器であった事実に変わりはない。

 憎いものだという気持ちは痛いほどわかるし、彼らにはどうしたって同情せざるを得ない。

 とはいえ、やめてほしいと思う気持ちもまた本当だった。

 

 だって……アカデミアが憎いって気持ちは、みんなと変わらないんだから。

 

 そんな事を思いつつ、スペード校へと向かうためドームの外へ。ドームにいたくないって気持ちもあったが、まずは他の決闘者たちとも会っておきたいというのもある。

 

「綾香? もう身体は大丈夫なの?」

 

 ちょうど校門をくぐった辺りで、よく聞いたことのある声に呼び止められる。振り返ってみると、そこにいたのは小柄な黒髪の少女だった。

 黒咲瑠璃(クロサキルリ)

 

 名前からも分かる通り隼の妹で、私と同じプロ志望の決闘者。

 ただ彼女もユートたち同様に侵略前とはだいぶ印象が変わっていて、今や立派なレジスタンスの一員といった印象を受けた。服装が女の子らしい恰好から、動きやすいスタイルに変わっていたのも一因かもしれない。

 

「そんな大げさな……ちょっと、疲れてただけだから」

 

 微笑を浮かべつつ、目の前の年下の少女にそう返す。実際目が覚めてからこっち、精神的にはともかく身体的にはすこぶる調子がいい。

 

「ところで、あなたのお兄さんは?」

「兄さんなら、ユートと一緒に偵察に行ってる。一刻も早く、敵の本拠地を見つけて叩かなきゃだし」

「本拠地……」

 

 考えてもみなかったことを耳にして、思わず鸚鵡返しで口からその単語を吐き出す。

 あれだけの軍勢で何人もハートランドにいるうえ、おそらく全てのディスクには次元移動装置は組み込まれていない以上、いちいち融合次元に帰っているとは考えにくい。

 ならば確かに、どこか前線基地みたいなものが必要になってくるに違いない。

 

「多分損傷の少ない建物がそうなんじゃないかって、目星だけはつけてるんだけど……」

「中々見つからない、か……」

 

 言葉の先を予想して言うと、瑠璃は暗い表情のまま頷く。

 意外と原型を留めているビルは数多く、しかも敵に完全制圧された地域への偵察は困難と来ている。そんな現状で、あっさり見つかるという方が不自然だ。

 

「昨日からクローバー校のレジスタンスの人と合同で探すことになったんだけど……それでもまだ」

「クローバー校、か……」

 

 あの日、侵略直前に私とアカネが向かおうとした場所、クローバー校。スペード校からほど近い場所にあり、生徒のレベルも高い学校だった。

 市の中心部にあったために壊滅したハート校と、神宮寺の口ぶりからして同じく壊滅したダイヤ校。

 

 四校中半分は生き残っているというのは不幸中の幸いなんだろうけれど……壊滅した学校(ダイヤ校)に通っていた身からすると、複雑な気分だった。

 

「カイトも今こっちに来ていたんだけど、ついさっき帰ったところ。ちょうど入れ違いになった形ね」

「そうだったんだ……」

 

 カイトといえば下手なプロより強く、名実ともにクローバー校のエース。そんな彼が、こっちに来ていたのには驚いた。

 

 向こうの防御に回っているものだとばかり思っていたんだけど……どうやら本拠地を探そうとしていることといい、レジスタンスの方針は攻撃よりのスタンスのようだ。

 守ってばかりじゃジリ貧になるのが目に見えている以上、攻めに転じるのは決して悪い選択ではないハズ。

 

 それに私個人としても、憎くてたまらないあいつらを殲滅したいという気持ちでいっぱいで、皆の判断を否定する気には到底なれなかった。

 

「綾香はこれからどうするの?」

「とりあえずこれを、本部に渡してから決めるつもり――」

 

 瑠璃の言葉に返答していた、その途中。

 突如として、けたたましいまでの警告音が鳴り響いた。

 

 急いでディスクの液晶を見てみると、そこには2つのアカデミアと、直ぐ近くに1つのレジスタンスのアイコンが表示されていた。

 

 ここスペード校はレジスタンスの大規模拠点。ある程度出払っているとはいえ、デュエリストも数十はくだらない位には集結している。

 いくらアカデミアといってもちょっとやそっとの数では攻め込んでこない。そう思っていた。だがもう、こんな少数で襲ってくるだなんて……!

 

「――ッ! 瑠璃、これ本部まで持って行って!」 

「ちょっと、綾香!」

 

 瑠璃に奴らから奪った「古代の機械(アンティーク・ギア)」デッキを乱暴に手渡すと、すぐさま方向転換して走り出す。

 それと同時にディスクのプレートを展開し、エクストラデッキから一体のモンスターを素早く抜き取って設置する。

 

「来い、エンジネル!」

 

 置かれたカード――《機装天使エンジネル》は私の言葉とともに実体化し、やや前方の位置で地面に着陸。そのまま私は前方に跳び、機械仕掛けの天使の背中へと移っていった。

 

「あいつらを、ぶっ倒してくる!」

 

 その言葉とともに、エンジネルは離陸し上空へと舞い上がる。これならば、戦場となっているドームの向かい側までは二分で着ける。やはり敵由来とはいえ、リアルソリッドビジョンも驚くほど優秀な技術だ。

 

「待っていろ、アカデミア……!」

 

 上空の強い風に煽られつつ、私は決意を口から漏らす。

 

 もう、お前らに誰一人としてやらせるものかッ!


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