遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女   作:豆柴あずき

5 / 30
偽りの眼光

 綾香・アートゥラが最初の死闘を終えてから、十分後。

 

 三人の融合使いたちは、激戦の舞台となった公園へと足を踏み入れた。

 

「なんだ、これは……!?」

 

 既にセンサーにより大体の状況は把握していたとはいえ、改めて目の当たりにするその光景に戸惑う二人の青い服を着た少年たち。

 今まで侵略遂行にあたって倒された者など極々僅かだったにも拘らず、今回は自分達の目の前でその特殊事例が発生したのだ。彼らが戸惑うのも無理はなかった。

 

「おい、あそこだ!」

 

 茶髪の少年が指さした方へと、残り二人も視線を向ける。

 そこにいたのは、うつ伏せになって倒れる同胞の姿だった。

 

「くそ……例のレジスタンスとかいう連中の仕業か!?」

「どうせあいつらの事だ、卑怯な手でも使ったに違いない!」

 

 ヒートアップする二人の少年たち。彼らにとって、目の前に広がる仲間の敗北は何よりも受け入れがたく、また腹の底から怒りの湧く光景でもあった。

 そんな、エクシーズ次元の決闘者へと怒りを向ける彼らの肩を触れ、制止させる者があった。

 

「落ち着きなさい。まずは救助が優先だ」

 

 二人に先立って先頭を走っていた、二十代後半くらいの外見をした男性。彼は小隊員である少年らの肩に手を置いたまま、穏やかな口調でそう指示を出す。

 

「は、はい! 先生!」

 

 少年たちは慌てて振り返り敬礼をすると、急ぎ倒れたままの敗北者へと向かっていく。

 二人はデッキから一枚のカードを取り出すと、それぞれ展開していたディスクへと設置。すると《古代の機械猟犬》が二体召喚され、彼らの隣を併走する。

 

 そうして要救助者へと近づくと倒れたままの身体を二人がかりで持ち上げ、機械仕掛けの猟犬の上へと乗せていった。

 

「少し揺れるけど、我慢しろよ!」

「すまんが、今はこれしかないんだ。司令部までの辛抱だからな……っ!」

 

 二人が猟犬の背中に乗せられた同胞を激励している時だった。

 

 指揮官の男は、自分のすぐ近くの地面に「あるもの」が落ちていたのを見つけたのである。

 

「これは……」

 

 男はしゃがみ込むと、それを手に取ってみてみる。

 

 やや暗めのピンク色をした、エクシーズ次元で広く使われている市販のデュエルディスク。ライフ表記を行うための液晶には激しいひび割れが確認されており、表面の塗装もいたるところが剥がれ落ちている。

 

 それがもう本来の用途に適しておらず、だからこそ敵は勝利後ディスクを奪ったのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 だが、そんな事は男にとってはどうでもいいことだった。

 

「…………ほぅ」

「どうしました。先生?」

「何か手掛かりでも!?」

 

 そんな様子を察してか。部下たちは男の隣にまで移動してきた際に声をかけた。だが、男は彼らに視線も合わせずに続ける。

 

「ああ。これ以上ない収穫だよ……。ディスクを奪った敵の始末は私がやるから、君たちは彼を本部へと運びなさい。見たところ、かなりの重傷を負っているようだからね」

「はっ!」

 

 敬礼をすると再び前に向き直り、少年たちは街の真ん中に設置された仮の指令本部へ向けて一路走り出す。

 部下たちの姿がやがて見えなくなると、青年はそれまでの柔和な表情から一転。その性格の滲み出た、悪辣な笑みを浮かべはじめる。

 そうして印象を百八十度変えた青年は、手元のデュエルディスクを再び視界に入れる。

 

「……やはり、な」

 

 ディスクの側面に荒っぽく黒い塗料で描かれた「我」という文字を見て、青年は笑みをさらに深める。それはこのディスクの持ち主が使うデッキを現したものであり、()()が勝手に描いたものでもあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうか。君がやったのか。ならば……ちょうど良かったよ。()()()()()()()()()

 

 男は悪辣な笑みをさらに深めると、そのまま公園を後にしていった……。

 

―――

 

「とに……かく、まずは休まなきゃ……」

 

 脚を引きずって歩きながら、そう呟く。

 

 さっき叩きつけられた時の痛みは抜けず、はっきり言って歩くのもしんどい。今すぐここで全部投げ出し、大声で泣きたいくらいだ。

 

 だけど、まだアカネの仇は討ててはいない。

 

 あいつらを全員ぶっ倒す。それまで私の戦いは終わらないから、まだ倒れるわけにはいかないんだ。

 そう自分を鼓舞しながら、一歩一歩足を動かしていく。

 

 そうして着いた先は、大型のショッピングモールだった。入口にはバリケードが設置されていたものの、大きな穴が壁に穿たれている。おそらく、実体化した機械猟犬にでも破壊されたんだろう。

 見ているだけでも痛々しいその穴を利用し、中へと入っていく。

 奪ったこのディスクには生体反応感知センサーがついているため、中に誰もいないのは確認している。安全は確保されたも同然というのは、正直かなり助かった。

 

「はぁ……っ!」

 

 しばらく中に入ってからも進んで、適当な柱の下でへたり込む。もう立っている気力すらない。

 

 とはいえ、ただ倒れているだけにもいかないような状況だ。やる事は山積みなうえ、侵略者がいつ来るかもわからないのだ。少しでも何かやっておかなきゃ……!

 

「まず、は……ッ!」

 

 一人呟くと鞄を開けて包帯を取り出し、右腕の傷へと強めに巻く。

 

 さっきの決闘で、《古代の機械猟犬》に吹っ飛ばされたときに食らったダメージ。その治療の中でも右腕だけは優先しなければならない。

 なにせ右腕が動かなければカードを置くことすらできず、事実上デュエルが不可能になってしまう。そうなってしまえば、せっかくデュエルディスクを奪った意味がない。

 

「痛っ!」

 

 私自身慣れていないのもあるし、かなり急ぎ目に巻いているせいもあるんだろう。巻くたびに激痛が襲い、思わず顔が強張ってしまう。

 

 必死に自分へと「我慢しないとカードにされる」と言い聞かせ、どうにか巻き終える。そうしてから今度は水の入ったボトルを取り出し、一気に飲み干してひと息つく。

 本当は水だって節約しなければ、というのは分かっている。だが、今だけは特別という事にしておきたかった。

 

「……思った、以上に、きつい……!」

 

 そう、戦争としての決闘に架かるストレス。それは私の思っていたよりも遥かに強烈なものだった。

 カード1枚出し間違えただけで死神は私の首を刈り取りに来るうえ、敵のカードの多くは未知の代物。それは何も持たずに地雷原を縦断するようなものだ。

 

 そんな薄氷を踏むような戦いを続けなければ、私――いや、私達ハートランド市民は生き残れない。

 

「ふざけるな……!」

 

 侵略者への怒りを新たにしつつ、私はポケットからあるデッキの束を取り出す。それはさっき、あの男からディスクを奪った際に接収したデッキだった。

 まずはこいつの中身を、何としてでも生き残った決闘者たちに渡さなければならない。

 

 アカネの敵討ちでもあり、絶対に成し遂げなければならない目標。それはこの街からあの侵略者どもを追い払うということだ。

 

 そしてそれは、私一人では不可能だと言ってもいい。

 

 なにしろ数が多すぎるうえ、決闘以外の面でも人は必要になってくる。食料探索や生存者の捜索なんかがいい例だろう。

 そういった人たちを守るのは、少人数ではとてもカバーしきれない。

 

 だからまず生き残ったレジスタンスに、侵略者どもの使うカードの情報を提供する。

 敵の戦法を丸裸にできれば、生存率はきっと今よりは良くなるはず……!

 

 まずひと通り自分で確認してから、鞄に移し替えて失くさないように念を押す。

 

 そうしてから、今度はエクストラデッキから1枚のカードを取り出した。

 

「《No.61 ヴォルカザウルス》……」

 

 表面に書いてあるカード名を、ぼんやりと呟く。

 奴を倒したときは知っているような感覚がした。それは間違いないのに、今は全く馴染みなんてなかった。

 ――もっとも、ついさっきまで持っていなかったカードなのだから当たり前といえばそうだけれども。

 

 分かっていることと言えばカード表面に書かれた情報と、あの夢から覚めた前後で入手したという事だけ。

 つまりあの夢は本当で、私は契約を果たしてこいつを手に入れたという事になる。

 

 そしてそれは、私はこの力の対価を支払わなければならないという事でもある。

 

 ナンバーズなどという強力無比な力を与えてくれる存在と取引したんだ。いつか本当に「一番大切なもの」を差し出さなければならないんだろう。

 

 だけど――。

 

「今はそんな事……どうでもいい」

 

 そう言いながら立ち上がると、あの夢の中で扉に切った啖呵を思い出す。

 何もかもを失った今となっては、朽ちることなんて惜しくはない。

 

 不安なのは、あの連中を殲滅する前に死ぬことだった。もし途中で命を失った時のことを考えると、嫌な悪寒が瞬時に背筋を襲う。

 

 ただ、私はそんな途中でやられるつもりはないし、それまでは死ねないのだ。

 それにまだ一回しか戦っていない。私への取り立てはきっと先の話に違いない。

 

 そう思いながらモールを出ようとした時だった。

 

 突如センサーの端にアイコンがひとつ、にわかに点滅を始めだす。どうやら誰かが近づいてきた場合、自動で起動する仕組みになっているらしい。

 

 敵が使う分には厄介極まりないし、アカネがカードにされる原因の一端を担った忌々しい機能だけれども、自分で使う分には本当に役に立つ。

 その事実を否が応にも実感せざるを得ず、何とも言えない気分になる。

 

 そんな状態のまま、私はディスクの液晶に視線を向けた。

 

 表示されたアイコンの、識別カラーは赤。

 

 それは奴らにとっての敵を現す色であり、私達の仲間を現す色でもあった。

 

「……生き残りの人が、近づいてきている?」

 

 ハートランド住民が生きていて、合流できるかもしれない。

 もしその人がデュエリストならば、ここからレジスタンスの拠点(スペード校)へ向かうまでの安全性も跳ね上がる。

 

 そう思いながら外へと向かい、出てすぐの駐車場で待機する。

 すると――。

 

「誰か。誰かいるのかい!?」

「神宮寺……先生?」

 

 現れたのは、私もよく知る男の人――神宮寺京麻だった。

 

 私やアカネの通っていたダイヤ校の教師であり、私の担任だった人。

 

 かなり整った顔立ちなうえに優しい先生ということもあり、女子たちからも割と人気のあった教師。勿論教え方も上手で、名物教師として他の三校の生徒たちにも名が知らていれるほどだった。

 

 何より今重要なことは、彼が元プロという経歴を持っているという事だった。

 そんな人と二人で行動できれば、スペード校まで無事辿り着ける確率も格段に上がる。それは間違いないのに……。

 

 どうしてだろう。私の心の奥底では、ずっと警報が鳴り響いている。そんな気がしていた。

 

「そこにいるのは、綾香君か!? よかった……」

 

 神宮寺先生は車の陰にいた私を見つけると、こっちへと駆け寄ってくる。

 

「先生。無事だったん、ですね……」

「あぁ。何とかね……だが、多くの生徒達はもうすでに……ッ!」

 

 強く拳を握りしめながら、苦々しげに漏らす神宮寺先生。その表情からは強い憤りと無念さを感じ、彼の人柄がよく表れている。

 ――その、はずなのに。

 

 どうして、なんだろう。何故かそれを、どこか冷ややかかに感じてしまっている自分がいた。

 

 自分の直感を不思議に思いつつも、どうして自分がそんな感情を覚えてしまったかについて考えを巡らせようとした。その時。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ついさっき敵から奪い取った、デュエルディスクが。

 こんなものをつけているというのに、神宮寺先生は何も反応しない……!?

 

 考えてみれば、それは異常な話だ。

 

 敵のデュエルディスク。それがどれだけ危険なものかなんて、重々承知の筈。たとえるならば、今の私は手に拳銃を握っているようなものだ。

 

 そんな状況にもかかわらず、神宮寺先生はその事については何も反応していない。

 

 真っ先にどうやって敵から奪ったか質問するなり、私を敵のスパイだと誤解してもいいはずなのに。

 

 一度考えだすと、目の前の男がどうしても怪しく見えてきてしまって仕方がない。

 そう、思っていたら。

 

 

 

 神宮寺先生は物凄いスピードで右腕を動かすと、ディスクに触れ始めた――まさかッ!?

 

「くっ……!」

 

 迷う暇なく、すぐさま真横へと全速力で跳ぶ。すると直後、私がさっきまでいた場所には一条の光が、凄まじい速さで上空を通り抜けていった。

 

 体勢を整えつつディスクの液晶を見てみると、()()()()()()()()()()()()()()

 

「おやおや、戦う前から決着をつけようと思ったんだが……残念だよ」

「神宮寺先生……。あんた……敵だったのね!?」

 

 防御態勢を取ろうとディスクを構える私の言葉に、神宮寺は無言のまま頷く。それと同時に奴はディスクの液晶に触れると、器用に二、三度画面に触れる。すると、瞬く間に奴の左腕に装着されたデバイスは変形を始めていった。

 

 最終的には敵のディスクと同じ形状になると同時にデッキが排出され、地面にカードが無造作に散らばっていく。

 

「ふぅ、やっとこんな下等なデッキを外せたよ」

「か、とう……!?」

「そのとおり。まぁ、君たちのようなレベルの低い決闘者にはお似合いなのかもね。エクシーズなんてものは」

 

 心底こっちを――ハートランドの住民を馬鹿にした、腹立たしい発言。それとともに一つのデッキを取り出すとディスクにセットしてから、神宮寺は言葉を続ける。

 

「そしてその下等な君に、僕たちの仲間は一人やられた……。おそらく卑怯な手を使ったと思い、勝負の前に始末しようと思ったんだが――」

「お前ッ!」

 

 喉の奥底からの叫びを発しつつ神宮寺に近づこうとするも、奴は大きく後ろへ跳躍。十分な距離をとると、そのまま左腕を構える。

 

「おお。怖い怖い……。それじゃあ仕方ない、勝って君をカードにすることにするよ。早速始めようじゃないか」

 

 その言葉とともに、デュエルディスクのプレートを展開する神宮寺。奴にやや遅れつつ私も、同じくプレートを展開する。

 

 直後。側面からは剣を模したデザインのフィールドが出現し、戦闘準備が整った。

 間髪入れずにオートシャッフルが起動し、決戦の時は刻一刻と迫っていく。

 

「――デュエルッ!」

 

 そして互いの宣言とともに、私にとって二度目の侵略者との戦いが始まったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。